よしなさい! | studio7の映像実験室

よしなさい!

 ビートきよし師匠がアメブロをやっている、というので覗きに行った。

 問題は、通常「有名人ブログ」なんか見ない私が何故きよし師匠のブログを見に行ったか、ということである。


 実は、四半世紀前、きよし師匠とはニアミス…ではなく、思いっきり「よしなさい!」とツッコミを入れられた経験を持っている。

 そのあたり、「Wけんじの手話通訳をやったことがある」というのと並んで私としてはすんげぇ自慢なのだが、ほとんどの人が「え…たけしじゃなくてきよし?」という反応を示す。
 

 確か、たけしさんが個別の活動を始めた頃だったと思う。

 東京・西荻窪で開催された小さい福祉バザー。
 銀行の駐車場を借りて、いくつかの障害者団体やボランティアサークルがリサイクル品やオリジナルグッズのブースを出していた。
 私は手話サークルのメンバーとして、聴覚障害者協会と一緒にやきそば屋をやっていた。

 仮設ステージで発表会なども行われていたが、その司会を務めたのがきよし師匠。

 夏。

 ちょうどその日24時間テレビをやっていて、たけしさんはそっちに出ていたような気がする。


 ステージでは、売り出し中の若い女性の演歌歌手の歌も披露されていた。
 で、各団体から一人ずつ出てその方とデュエットで歌うという展開になった。

 手話サークルの会長から「お前、行け」と言われてステージに上がり、確か『銀座の恋の物語』を歌ったような気がする。

 歌い終わると、きよし師匠がサービス・トークで「いや、お上手ですね~」と絡んで(?)きた。


 …。


 このシチュエーションで、何かボケなければバチが当たる。

 私はとっさに「ええ、9月21日にポリドールレコードからデビューします」とかましかけた瞬間!

 「よしなさい!」

 私に最後まで言わせず、それでいて観客には私が何を言いたいのかがわかる…そのギリギリの一瞬を逃すことなく、きよし師匠からのツッコミが入ったのだ。


 会場は笑いに包まれたと記憶しているが、私は愕然としていた。
 「こ…このツッコミは…ただ者では無い!」と。
 「これがプロのツッコミか!」と。


 「笑い飯」みたいにダブルボケ・ダブルツッコミという例外はあるが、だいたい漫才(お笑い)コンビはボケとツッコミで成立している。

 で、多くの場合「面白い」と評価されてなおかつピンで活動するようになるのはボケである。
 もちろん、ツービートだとボケ=たけし&ツッコミ=きよし。


 余談だが、爆笑問題は出始めの頃に立川談志師匠に見込まれて飲みに誘われた。
 その時、談志師匠は太田に「お前さん、この男(田中)を切っちあゃいけないよ」と忠告をしたらしい。
 ※『笑うカドには~お笑い巡礼・マルコポーロ』(竹内真 小学館2003)


 私もたけしや太田のセンスや才能は認める。
 ただ、漫才という形で観客にその面白さを伝えるためには「ツッコミ」という、何と言うか観客との橋渡しみたいな存在が必要な場合が多いのだ。そのツッコミにも才能や技術が求められる。
 ま、ボケっぱなし…ある意味で観客を突き放したまんまという芸風のコンビもあるとは思うが。

 
 最近のたけしさんは、「コメント系ツッコミ」または「一人ボケ一人ツッコミ」をやっている。
 まあ、『世界の北野武』でありながらもなおああいうノリを保っているのは偉いと思うんだが、ツービートの頃のような暴走は無い(年齢のせいもあろうが)。
 ツービートがいかに過激に暴走しても許されたのは、きよし師匠のツッコミがあったからこそなのだ。

 申し訳ないが、だからと言って私は「きよしファン」と言うほどのモンではない。
 ってか、そもそも特定の芸能人のファンではない(クレージーキャッツは別格)。

 しかし、「ツッコミ道」を体感させてくれたきよし師匠の存在はけっこう大きいのである。


 高田文夫センセの責任編集による『笑芸人』Vol.5「世界の北野より、足立区のたけしが好き!」(白夜書房 2001)の中で、きよし師匠はたけしさんに「(人間は)年取ったらこどもに戻るっていうでしょ。だから、そろそろ、おれの元に戻ってこいよ~」というメッセージを入れている。

 まあ、たけしさんが漫才…というより「芸人」に戻ることは無いような気がするが、この記事で面白かったのがメイン写真で、インタビューを受けるきよし師匠の右手がブレている。キャプションによれば「(ツッコミを入れる動きをする)右腕の動きは今だにおとろえず、目にも止まらぬ早さを維持。シャッタースピードを最速にしてようやく撮影に成功しました」と。


 …どーでもいいが、上記のようにウチの書棚にはお笑い系の本がけっこうある。
 私なりに勉強しているのだ(何をだよっ!)