今回は、ゆきなさん(ロック所属)における、H30年8月頭の大阪東洋ショー劇場の公演模様について、演目「千と千尋」を語りたい。

 

 

H30年8月頭の大阪東洋ショー劇場に中日から顔を出す。

今週の香盤は次の通り。①ゆきな(東洋)、②前田のの(ロック)、③春野いちじく(TS)、④白鳥すず(東洋)、⑤みおり舞(ロック) 〔敬称略〕。

 

ゆきなさんは四度目の東洋公演になる。前回の2018年3月結から少し間をおいて約四か月ぶりの出演になる。今やすっかり東洋の人気者である。

今回の演目は言うまでもなく映画「千と千尋の神隠し」をモチーフにしている。2001年7月公開時に、叔母が先導役になって私の子供達と親戚の子供達を連れて一緒に映画館に行った思い出がある。今から17年も前のことなんだね。未だに日本映画史上最高の興行収入という名作中の名作である。

今回ゆきなさんの演目に触れ、その晩すぐに映画を再び観た。一度観てはいたものの情けないことに断片しか記憶になく、初めて観る気分になった。いい映画は一度観た切りというのはダメだね。何度も観ないと本当の味わいは分からないね。最近つくづくそう思う。だから、最近は映画をモチーフにした演目があれば必ずその映画を鑑賞するようにしている。そうしないといい観劇レポートは書けないからね。ゆきなさんのお陰で今回いい機会を得られたと感謝しているよ。

 

最初にステージを観て、それから映画を観て、そしてもう一度ステージを拝見する。そうすると、たくさんのことが見えてくるので面白い。漸くステージを味わえる資格を得られた気分になる。

本映画は、千尋という名の10歳の少女が、引っ越し先へ向かう途中に立ち入ったトンネルから、神々の世界へ迷い込んでしまう物語。千尋の両親は掟を破ったことで魔女の湯婆婆によって豚に変えられてしまう。千尋は、湯婆婆の経営する湯屋で働きながら、両親とともに人間の世界へ帰るために奮闘する。

 

さっそくステージの内容を紹介しよう。

最初に、舞台の上に大きな「ゆ」と書いた紫の湯暖簾(ゆのれん)が天井から垂れ下がる。一目でこの作品が「千と千尋の神隠し」がモチーフと分かった。なぜなら「ゆ」こそがこの映画のキーワードであると私自身が感じていたからだ。舞台構成として最高の演出だと思うよ。

合わせて、映画の主題歌「いつも何度でも」(覚和歌子作詞、作曲・歌はソプラノ歌手の木村弓)が流れる。この曲は50万枚以上売り上げたヒット曲なので、この曲を聴いたらすぐに映画「千と千尋の神隠し」と分かるね。

「今からお前のことを千と呼ぶ。分かったら返事をするんだ!」という湯婆婆のナレーションが流れる。

音楽は映画のサントラ曲に変わる。

そして映画と同じ、湯屋の赤い衣装で黒いたすき掛けをした千(千尋、10歳)が登場。靴を片付けたり、雑巾がけで床掃除をする。辛い仕事のためか泣きながら大きなおにぎりを頬張る。映画の中で千尋がハクから「千尋を元気にする御まじないをかけたおにぎり」をもらい涙しながら食べる場面を思い出す。

一旦、暗転。

激しい雨の音。「あ、そこ濡れませんか。ここ開けておきますね。」妖怪カオナシとの出会いの場面の音響が流れる。カオナシが発するか細い声「アー、アー、アー」。

次に、ハク(12歳)の格好で登場。ハクは湯婆婆の弟子であり、また番頭として湯屋の帳場を預かってもいる。ステージでは白装束の出で立ち。半振袖の付いている白い上着を紫の帯で締める。襟と袖のところは青い。下半身は青い半ズボンで裸足。

音楽は映画のサントラ曲が続く。

表が青く、裏が白い扇子を両手に持って、舞い踊る。

映画では、ハクは最初から千尋の力になり、千尋はハクを慕うようになる。ハクは昔から千尋のことを知っていた。話が進むにつれ、ハクの正体は千尋が小さい頃に家の近くで遊んだ「コハク川」という川の神であることが分かる。映画の中盤以降は、ハクは傷を負った白龍の姿に変身し、千尋はハクの傷を癒そうとする。

一旦、暗転。

音楽は映画のイメージソング『白い龍』(歌手:RIKKI 作詞:宮崎駿 作曲:久石譲)に変わる。

ここで、上半身は裸、下半身に白と緑の布を巻いて裸足で登場。右手にも同じ布の手かせを付ける。

長い長い蔓状のポイを引きずる。同じく白と緑の色をしている。これは白龍をイメージしている。

音楽が中島みゆきの『銀の龍の背に乗って』に変わる。

そのまま、ベッドショーへ。

近くでアクセサリーを目で追う。首には白い数珠がたくさん垂れた首輪をする。左手首にガラスのブレスレットを二本。銀のマニキュアがキラキラ。

 

この映画の舞台は、まさしく日本の庶民文化である湯治場「湯」と日本古来の信仰「八百万の神々」を絡ませた日本独特な物語になっている。

日本は火山国なので、キレイな山々があり、キレイな河川があり、そしてたくさんの温泉場がある。また日本人は山にも川にも全てのところに神々が存するという「八百万の神」信仰を持つ。この物語にはこうした背景がある。だから、映画にオクサレ様やハクのような河の神が登場する。川を汚すことは神を穢すことでもあることを痛切に風刺している。

西欧のシャワー文化と違い、湯船につかる日本のお風呂「お湯の文化」は、単に身体を洗うだけでなく心をも癒す=リラックスさせる効用がある。要するに‘心も洗う’。

日本の性風俗にソープランドがあり多くの男性に愛されるのは、お風呂の文化であるからだ。ストリップも相通じるところがある。一週間の仕事の疲れを休日に行くストリップで癒しているスト客は多い。まさに‘心を洗う’気分なんだな。

私は毎日ストリップを観ているから、心は洗われていつもキレイだよ(笑)。

 

 

平成30年8月                          大阪東洋ショーにて

 

 

【ゆきなさんからのコメント】

レポートうれしかった!!! まさか映画観てくれたとは! 映画観るとまた全然違うよね!!!

 

 

 

 

 

 

ストリップ童話『踊り子になった千尋』 

~ゆきなさん(ロック所属)の演目「千と千尋」を記念して~

 

 

 

不思議な町に迷い込んだ。まるで神隠しにあったみたいだ。

町の繁華街はあるものの、人の気配はない。ところが、美味しい匂いがしてきて、その匂いの先を探したら食べ物が軒先に置いてある。ついつい手を出して食べてしまった。美味しいので食べ過ぎたら、まるで豚になった感覚に襲われた。お腹を満たしてから少し歩き始めた。

街はずれに古い大きなストリップ劇場があったので入場してみた。

まだ日中なので客はいない。カエルの格好をした男子従業員がかいがいしく応対してくれた。「開演までかなりお時間がありますので、場内のソファーにでも座って、ゆっくり休んでいて下さい。」

場内を見回してみる。昔ながらの古い大きな建物だ。ナメクジの格好をした女子従業員がせっせと場内を清掃していた。経営者らしいママさんが、従業員たちがしっかり働いているかを監視するような目つきをさせて、厳つい顔で椅子にふんぞり返っていた。銭婆と呼ばれていた。きっとお金に執着しているんだろうなぁ。彼女の口癖は「ここでは働かないと生きていけないんだ!」。

 

夕方になり陽が落ちかけた頃に、大きなバスが劇場の前に到着した。たくさんのお客を乗せていた。お客はぞろぞろと劇場の中に入っていく。

立派な服装をしている紳士もいたが、泥だらけの破れかけた服を着た、いかにも臭そうな感じの人もいた。みんなおじいちゃんばかりだ。

彼らが入場して、すぐにストリップは開演した。

 

最初に、千とリンという若い踊り子が登場し、慣れないながらも精一杯のステージをこなした。彼女たちはまだデビューまもない踊り子だった。

おじいちゃんたちは、にたーと顔の表情を緩め、目尻と鼻の下を伸ばして、彼女たちのステージを眺めていた。彼女たちが近づいてきて精一杯のオープンショーをやると「あー、あー、あー」とため息をつく。長生きするでよぉ~♪

彼らの顔は孫娘を可愛がる好々爺(こうこうや)の表情をしていた。みんな同じ顔をしていたので、顔があって顔がない感じ。誰もがサービスしてくれた女の子にチップを渡していた。

ひとりの老人が幼い千に向かって呟いた。「おまえも神隠しにあって、ここへやってきたのか。まだ年端もいかねぇいのによく頑張っているな。感心だべ。ここでは働かないと生きていけねぇからね、頑張るんだぞ。おれたち老人にとっちゃ、おめぇたち若い女子(おなご)の裸は元気の素じゃ。ありがたやーありがたやー」そう言って、千に千円のチップをくれた。実際、千は神隠しにあった子で、元の名前を千尋と言った。銭婆がストリップ劇場で働くにあたって彼女の名前を「千」にしたのだった。

千はその老人にかいがいしく御礼を言って、舞台を降りた。

千とリンの後はベテランの踊り子たちが味の或るステージを務め、しっかり締めた。

おじいちゃんたちは満足気な顔で、またバスに乗って帰っていった。

 

私は近くに宿をとって、翌日もその劇場に行った。

その日も、おじいちゃんたち一行がバスでやってきた。おじいちゃんたちは毎日この劇場に通っているようだった。

さて、老人ばかりのお客の中に、ひとりの若者がいた。貴族のような恰好をした白面の美少年。彼の名前はハクといい、ここの劇場の常連らしい。

彼のお目当ては若い千のようだった。そういう千もハクに気があるのだろう。千はオープンショーでハクの前に来ると、恥ずかしそうに両足を閉じて見せれなくなった。そんな千の姿をハクは微笑ましく眺めていた。

千はステージを楽しいと思ったが、自分がどういうステージを演ずればいいのか分からなかった。踊りもまだ不十分。未だに自信がもてず心が折れそうになっていた。しかし、この世界では働かなくては生きていけない。踊り子を辞めることは死を意味する。ハクはそんな千のことを懸命に支えた。

 

千はお絵描きの大好きな女の子。ハクはそれを知ってから、ポラタイムでいつも白紙(ハクシ)の紙を渡した。すると千は次の回までにかわいい絵を描いてきた。愛と夢にあふれたファンタジックな千の絵が、ハクは大好きだった。千は成長するにつれ、その絵の中に描かれたお姫様のようになっていった。

ハクは知っていた。絵というのは、その人の熱い想いであり、そして願いは叶うことを。千が演ずべきステージはもともと千の心にあったのだ。絵によってそれが具現化した。

千はますます絵に夢中になった。その絵をハクは大切に保管しファイルに整理した。

いつしか、その絵のファイルは千の成長記録になっていた。

 

ある日、千の絵に、ハクとの結婚式の絵が描かれていた。それを見たハクは、迷わず千にプロポーズした。

私は千とハクの結婚式に友人として参列した。いつしか私もストリップ劇場の常連になり、千とハクと仲良くなっていたのだ。そして私は、二人の結婚式を機に元の世界に戻ることになる。ハクは私との送別記念にこれまでの絵のファイルを私にくれた。

千はハクと結婚することで、神隠しのまま、この不思議の町に残ることにした。

千の絵はその後も続いているようだ。

 

                                   おしまい

 

 

 

 

『千尋がやってきた ―うさかめver―』  

~ゆきなさん(ロック所属)の演目「千と千尋」を記念して~

 

 

ある日のこと、10歳くらいの女の子が一人で森のストリップ劇場にやってきました。一緒に連れそっている両親も見当たりません。彼女は一人で森の中を彷徨って来たのでしょうか。

 ところが、彼女は迷子になったと騒ぐわけでもなく、ただ一言「ここで働きたい」と言うだけでした。劇場関係者はどうしていいものか悩みました。

 カメさんはピンときました。人間界で、10歳の少女が森の中で突然姿をくらましたと報道されていました。その子の名前は千尋と言いました。彼女はその千尋ではないかと感じたのでした。

 しかし、彼女は自分の名前を憶えていませんでした。ただ「ここで働きたい」と言うだけ。カメさんは、この子は神隠しにあったのだと考えました。

 劇場としては、放り出すわけにもいかず、とりあえず雇うことにしました。名前がないと困るので、とりあえず「千」と呼ぶことにしました。

 

 千は初めてストリップを観て、目が生き生きしてきました。

 うさぎちゃんやバンビちゃんが超―かわいい♡ それに何ともいえないエロスに身体の奥からジュウと湧き出るものを感じました。「私もステージに上がりたい!」

 千は必死で劇場関係者にお願いしました。最初は、まだ若すぎるからと渋っていましたが、彼女の熱意に負けました。うさぎちゃんやカメさんも後押ししました。こうして、千はストリッパーとしてデビューすることになりました。

 

 千がデビューして不思議なことが起こりました。

 森の精霊たちがお客で現れるのです。

 最初に、たくさんのカエルがぞろぞろとやってきて、ゲロゲロと騒ぎました。ポラタイムが来ると「カエル、カエル」と騒ぎます。うさぎちゃんたちはカエルポーズを嫌がりました。ところが、千は平気でした。お客さんが喜んでくれるならと、どんなポーズでもこなしました。お陰で、千はたくさんのチップをもらいました。

 時に、オクサレ様と言われる物凄く臭い客がやってきました。うさぎちゃんたちはあまりの臭さに近づこうとしません。しかし、千は一切臭いを気にしませんでした。千が近づくと、オクサレ様はにたぁーと笑って、沢山のチップをくれました。

客の中に、カオナシと呼ばれる者がいました。黒い影に白い仮面を付けているので、表情や感情が全く読み取れません。しかも「あー」とか「えー」としか言葉を発しません。うさぎちゃんたちは気持ち悪いと近づきません。ところが千はお客を姿格好で差別したりしません。またカオナシも、千のことが気に入っているのは分かります。千が近づいてくると、手からチップを差し出すのです。

最後に、赤い腹掛けをした巨大な赤ん坊がやってきた。「坊」と言う。彼には、緑色した三体の中年男の顔「頭(かしら)」と、顔は湯婆婆で身体はカラスという鳥「湯バード」を家来として引き連れていました。そして千に向かって「坊の言う通りにしないと、ばーばに言いつけてやるぞ」とか「おまえなんか、ひとひねりだ」とか生意気な口をききました。これに対しても、千は一切感情的にならずに、赤ん坊をなだめすかすように対応しました。すると坊は「これは湯婆婆の姉の銭婆からもらった小遣いだ」と言ってチップをくれました。

他にも、蜘蛛のような格好で六本の手足を持つ釜爺と真っ黒なススワタリ、白狐のリンなどが来て、千を応援しました。釜爺は黒焼けのイモリを差し入れしてくれました。千はこのイモリが大好物です。

 こうして、千はたくさんのチップを貯めることができました。

 

 ある日、一人の白面の美青年が現れました。名前をハクと言いました。彼は昔の貴族のような白い衣装を纏っていました。彼は優しい微笑みを浮かべて、千に向かって言いました。

「私は森の精霊たちを監視する陰陽師です。精霊には、いい精霊と悪い精霊がいます。彼らは神隠しに遭った千のことを詮索するために森のストリップ劇場にやってきています。千の対応次第では憑りついてやろうという魂胆でした。ところが、精霊の誰もが千の優しさ・素直さに感心しています。あなたのことを神隠しから解放することに精霊の誰も反対しません。

あなたはもう自由の身です。あなたは本来、荻野千尋という名前です。元の世界に戻りませんか?」

千はきっぱり言いました。「ストリップは私の生きる道です。もう人間の世界に戻る気はありません。ここで森の精霊たちと一緒にストリップを楽しみたいと思います。」

それを聞いていたカメさんやうさぎちゃんたちは一斉に拍手をしました。

 

その後、ハクは千のリボンさんになり、いつまでも千を支えたと言います。

ひとつ、千はハクが握った白いおにぎりが大好物であることを付け加えておきますね。

 

めでたしめでたし

 

 

 

 

 

 

 

今回は、H30年3月結の大阪東洋ショー劇場における、ゆきなさん(ロック所属)の公演模様について、演目「かみふうせん」「がんばるちゃん」を題材にして、「ゆきなのはじける笑顔が東洋を明るくする」という題名で語りたい。

 

 

H30年3月結の大阪東洋ショー劇場に初日から顔を出す。

今週の香盤は次の通り。①渚あおい(東洋)、②misaki(ロック)、③ゆきな(ロック)、④紗凪美羽(東洋)、⑤小野寺梨紗(ロック) 〔敬称略〕。

 

ゆきなさんは三度目の東洋公演になる。一回目は2017年6月結、二回目は12月頭、そして今回の2018年3月結、約三か月ぶりの出演。「思った以上に早く戻ってこれて、すごく嬉しいです。」もうすっかり東洋の人気者になっている。

ゆきなさんと言えば「はじける笑顔」と「元気いっぱいのはじけるステージ」というイメージが強い。というか、東洋常連はそういう演目しか観ていない。

今週は二個出しだが、1,3回目の「かみふうせん」はしっとりした和物で今までのゆきなさんのイメージとは違う面を魅せてくれる。「着物しっとり頑張りりまーす!!」 一方、2,4回目の「がんばるちゃん」はいつもの‘はじける’イメージの作品。「マジ女」の路線かな。

 

では、さっそく演目「かみふうせん」の模様を紹介しよう。

最初に、豪華な着物姿で花道に登場。赤地をベースに金の鶴の絵が描かれている。金の帯を締める。頭は後ろにひとつ結びし、金縁の中に赤い花を置く髪飾り。白足袋を履いて、紙風船をひとつ持って、インスト曲に合わせて舞い踊る。

音楽が和楽器バンドの曲「オキノタユウ」に変わり、しっとりと聴かせる。

途中で、豪華な内掛けを脱ぐ。下には、青地の着物で、赤い花柄が描かれている。金の帯をしている。

三曲目がインスト曲になり、ここで暗転。

音楽がAimerの曲「茜さす」に変わる。彼女の耳をくすぐるような声質がたまらなく心地いい。Aimer(エメ)に興味をもったので後で参考として記載した。

長袖の白い襦袢姿に着替えて登場。刺繍入りの白い生地で、襟元は黄色く、しかもキラキラ光る金箔を施して、高貴さを漂わせる。白い帯を巻く。

紙風船をもって、そのままベッドショーへ。

ベッド曲は、奥華子の「変わらないもの」。この曲は奥華子の作詞作曲で、アニメ映画「時をかける少女」の主題歌になっている。奥 華子(おく はなこ、生年月日:1978年3月20日 (現在40歳) )は、日本の女性シンガーソングライター。本名同じ。千葉県船橋市出身。東邦音楽大学トランペット専攻卒業。ポニーキャニオン所属。血液型はO型。

お転婆な元気娘というイメージの強いゆきなさんが、こんなにもしっとり、おしとやかに決めてくるとは・・驚きである。ゆきなファンとしては、こういう一面を見れて嬉しい限り。

 

もうひとつの演目「がんばるちゃん」は次の通りの内容。

最初に、メガホンをもった少女が登場。白と赤の袖なしワンピースを着ている。上着は襟付き、白と黒の縦縞の中に赤い苺の模様。赤いベルト。スカート部にも白と黒の縦縞で大きな苺が描かれる。裾は赤い。白いブーツを履く。

白いメガホンを片手にして、歌詞に合わせて「世の中な なんやかんや言うてもな やるしかないねん 誰かのせいにしたらあかんな わかるやろ 景気もようなるはずや だからな みんなでヤッタルチャンになるんやで~」と叫ぶ。

この曲は、S/mileageの曲『ヤッタルチャン』(2013年7月3日発売の14thシングル、作詞・作曲: つんく) このスマイレージ (S/mileage)は旧グループ名で、現在はアンジュルム (ANGERME)。ハロー!プロジェクトに所属する日本の女性アイドルグループである。2009年4月4日から活動。第52回日本レコード大賞最優秀新人賞受賞。2014年12月17日にグループ名を現在のものに改名した。スマイレージ名義時代のキャッチフレーズは「日本一スカートの短いアイドルグループ」だったが、現在は使用されていない。なお、スマイレージ名義時代は一貫してつんく♂がプロデュースを担当していた。

今回の作品では、このアンジュルムの曲二つが最初と最後を飾り、間をモー娘の曲が二つ入る。AKBグループと違うところに、ゆきなさんの好みが窺われる。

二曲目は、モーニング娘。の「泡沫サタデーナイト!」(2016年5月11日発売の61枚目トリプルA面シングル)。この曲は、LOVEマシーンの再来ともいわれるほどに評価の高い楽曲。津野米咲(赤い公園)による楽曲提供。2016年3月12日に行われたライブツアー『モーニング娘。'16コンサートツアー春 〜EMOTION IN MOTION〜』の初日公演内で収録曲「Tokyoという片隅」の初披露と共に本作の発売が発表された。本作は鈴木香音が最後に参加するシングルである。

上下セパレートのピンクの衣装に着替える。襟元、胸元、袖、スカートの赤いリボンを縫い付ける。左太ももに青い布を巻く。髪はリボンを取り、肩までのさらさらヘア。白いブーツを履いて、舞台から盆前に移動しながら踊る。

一旦、暗転。

三曲目も同じくモーニング娘。の「One・Two・Three」(50枚目のシングル。2012年7月4日に発売。新垣里沙、光井愛佳が卒業し、10人体制となってから初のシングル。メインボーカルおよびセンターは田中れいな、鞘師里保。)。

青いワンピースドレスに着替える。肩紐で吊るされ、花柄の刺繍がされている。襟とベルト部がキラキラ青い。裸足のまま、ベッドショーへ。

近くでお顔を見ると、赤い口紅、そして目尻に涙袋キラリ。

白いパンティを左手首に巻く。透き通るような白い肌。パイパンが眩しい。

アクセサリーを見ると、長いY字になったガラスのネックレス、右手首にガラスのブレスレット二個、手足の爪が赤いマニキュア。おしゃれだね♪

ベッド曲は、marinaの「夏の空を見上げて」。しっとりしたバラード。かわいい歌詞が耳をくすぐる。「覚えていますか? あの日木漏れ日の中で 初めて手を繋いだね 頬赤らめた時 たまらなく嬉しかった 帰り道で分け合ったアイス 甘すぎる缶コーヒーとか どんな小さなことだって ただ側にいれたらよかった ... 夏の空 見上げた 星が降って 私たち 照らす いつも変わらず 悲しみも 痛みも 忘れさせてくれるような 二人を 見守ってくれてる ほら 綺麗だね 忘れていいよ でもたまには思い出して欲しいなんてね 君を困らせるだけだよね でも これが本当の気持ち ここにいるよ」(作詞:marina 作曲:KAZUYA(universe))  marina(マリナ、1987年2月7日 - 現在31歳)は、日本の女性シンガーソングライター。宮崎県出身。幼少時から音楽に親しみ、県内外の歌のコンテストで活躍する。高校を卒業すると同時に音楽を学ぶため、上京する。テレビアニメ『Angel Beats!』の作中バンド「Girls Dead Monster」の初代ボーカル・岩沢まさみ役の歌い手を担当したほか、DECO*27のアルバム「愛迷エレジー」やシングル「エゴママ/恋距離遠愛」の計5曲にボーカルで参加している。2014年現在は主にゲームソングを歌っており、sasakure.UKのバンド「有形ランペイジ」のボーカリストとしても活動中である。

立上り曲は、トップと同じくアンジュルムの「次々続々」(2016/04/27発売)。ノリノリで締める。

 

平成30年3月                          大阪東洋ショーにて

 

 

【参考】選曲について

 

●演目「がんばるちゃん」のメイン曲を唄うアンジュルムについて説明。

 

アップフロントプロモーション所属。

ハロー!プロジェクト所属グループとしては最初の、初期メンバー全員がハロプロエッグ(現ハロプロ研修生)出身者で構成されるグループ。

グループ名はフランス語の天使(ange)と涙(larme)を組み合わせた造語で、天使のような優しい心で、色んな涙を一緒に流して行こう、という意味があるとされる。

スマイレージ時代は「女子中高生の悪ガキ」をグループのテーマとしていた。グループ全体のカラーとしては、メンバーの個性を重視していた従来のハロプロ各グループとは違って統一感を前面に押し出し、メンバー全員が衣装にお揃いのスマイレージエンブレムを付け、初期は基本的に全員が全く同じデザインの衣装を着ていた(後にはメンバーごとに違うデザインの衣装が用意されることも増えていた)。シングル曲の編曲を大久保薫が担当することがやや多めで、楽曲の音使いにも独特の統一感があった。『日本一スカートが短いアイドルグループ』というキャッチフレーズを使用していた。

 改名後はミニスカートへのこだわりは見られなくなった。楽曲面では今のところ、可愛らしい曲調の曲より強く激しい曲調の曲が目立っている。ただ「悪ガキ」というテーマは失われていないようで、ライブMCやラジオなどでのトークでは他のハロプロ各グループよりフリーダムさが際立っている。

 

●演目「かみふうせん」の中のAimerの曲「茜さす」

 

この曲は彼女の12枚目となる両A面シングル「茜さす/everlasting snow」として2016年11月発売。「茜さす」はテレビアニメ『夏目友人帳 伍』のテーマソングに起用された。

 Aimerに強く惹かれてネットで調べた。Aimer(エメ)は、日本の女性歌手。生年月日:1990年7月9日 (27歳)。出身地:熊本市。所属レーベルはSME Records、所属事務所はagehasprings。アーティスト名は、自身の長年の愛称である「エメ」に由来し、フランス語で「愛する」「好む」を意味する動詞である。彼女のプロフィールの中に「幼少期よりピアノやギターでの作曲や英語での作詞を始め、15歳のとき声が一切出なくなるアクシデントの末に独特の歌声を獲得する。」とあり、彼女の声質について以下に詳しく調べてみた。バンドでベーシストを務めていた父親の影響でジャズやブルースなどをはじめとした音楽が身近な環境で育つ。音楽好きだった父の影響で小学校でピアノを習い始め、椎名林檎や宇多田ヒカルの声色を真似して家で歌っていた。中学からはアヴリル・ラヴィーンに傾倒してギターも始める一方、英語での作詞にも力を入れる過程で海外での生活経験も持つ。15歳の頃、歌唱による酷使が原因で声帯を痛め、治療のために沈黙療法を選択したことで発声が出来ない期間を約半年間経験するが、そのおかげで歌手になりたいという夢が明確になり、回復後に喉を守るように工夫して歌うなかで現在の声質と歌唱法を確立する。このときの声帯の傷はデビュー後の現在も完全に治癒していないが、完治すると今の声は出せなくなるとの主治医の忠告もあり、声質を維持するために現在の状態を保っている。日本音響研究所所長(当時)の鈴木松美は、この声質を「振幅ゆらぎと周波数ゆらぎが同時に発生している、非常に稀な声の持ち主です」と分析している。

2011年より、agehaspringsの玉井健二らを中心としたプロデュースのもと、同社のマネジメント部門であるFOURseamに所属し、本格的に音楽活動を開始。

同年9月にシングル「六等星の夜 / 悲しみはオーロラに / TWINKLE TWINKLE LITTLE STAR」でメジャーデビューを果たす。以降、「夏雪ランデブー」「機動戦士ガンダムUC」といったアニメ作品のテーマソングを担当する。2014年6月に2ndアルバム「Midnight Sun」と、澤野弘之らとのコラボレーションアルバム「UnChild」を同時発売し、同年9月には菅野よう子、青葉市子らが参加する新作「誰か、海を。」を発表した。2015年7月に3rdフルアルバム「DAWN」をリリース。2016年7月にONE OK ROCKのTaka(Vo)と凛として時雨のTK(Vo,G)が提供およびプロデュースした楽曲を収めた両A面シングル「insane dream / us」、8月にRADWIMPSの野田洋次郎(Vo,G)制作の「蝶々結び」を収めたシングルをリリース。9月にTaka、野田のほか、内澤崇仁(androp)、スキマスイッチが楽曲提供およびプロデュースをした新曲を含むアルバム「daydream」を発表し話題を集める。2017年5月にベストアルバム「BEST SELECTION“blanc”」と「BEST SELECTION“noir”」を同時リリース。8月に初の東京・日本武道館公演を行う。

この玉井健二(たまいけんじ)がプロデュースすることで、Aimerの声質について理解者になっている。彼はクリエイターズ・ラボ「agehasprings」主宰。YUKI、中島美嘉、JUJUなどJ-POPシーンを代表する数々のアーティストのヒットを創出する傍ら自身のユニット元気ロケッツでは世界中の音楽ユーザーから絶大な支持を得ている。またagehasprings代表として蔦谷好位置、田中ユウスケ、田中隼人、百田留衣、飛内将大、釣俊輔など気鋭のクリエイターを続々と発掘し世に送り出し、2011年のメジャーデビュー前よりAimerのプロデュースおよびマネジメント代表を務める。近年では最新3DCG技術やAR演出をフィーチャーしたライブイベント『Synapples2.0』や、岡崎LOOPSでの『node_vol.1』をはじめとするライブイベントのプロデュースも手掛けるなど、幅広い分野で活躍している。

 

【ゆきなさんからのお返事コメント】

・「レポートもすごかったー!! いつもしっかり見て下さって感謝ですー!」 

 

 

 

 

 

 

 

 今回は、ロックの踊り子・ゆきなさんについて、演目「(仮称)マジ女」を題材に、女子学園風景を語ります。

 

 

 今年も暑い夏が続いている。8/11(金、山の日)から夏季休暇が始まる人も多いだろう。

初日にH29年8月中の蕨ミニ劇場に顔を出す。

今週の香盤は次の通り。①潤奈(天板)、②ゆきみ愛(A級小倉)、③秋元みり(蕨ミニ)、④ゆきな(ロック)、⑤RIKA(蕨ミニ) 〔敬称略〕。今週はRIKAさんが16周年週(周年グッズにLEDライトをもらったので、フィナーレでゆきなさんの股間を照らす。ゆきなさんが興味深々だった。使っていいかな?笑)

 

ゆきなさんが蕨ミニ初乗り。広い東洋から、川崎ロック→横浜ロック→蕨ミニとどんどん小さな劇場を体験中。(笑) ただ今三連投中。

H29年6月結の大阪東洋から約二カ月ぶりの再会。しっかり覚えてくれていて嬉しい。「東洋で初めて会ってから、仲良くしてくれて、本当にありがとう。」

 今回プロフィール等を教えてもらったので私のストリップ日記にメモさせてもらうね。

・今年H29(2017)年5月2日(1日は臨時休館)、新宿ニューアートでデビュー。

・誕生日は1995年3月3日、現在22歳、若いねぇ~

・AV経験あり。元ロータス、「松浦ゆきな」で出演。ストリップの「ゆきな」というネーミングは事務所の方が付けた。踊り子としては別名「松表ゆきな」。

・芸能人では女優の志田未来に似てると言われるらしいが、ムーミン顔である。

・160㎝ 84/60/88(おっぱいちっちゃくなったかもという本人のコメントあり)

・仲良しの踊り子さんとしては現在、桃瀬れなさん、武藤つぐみさん、大見はるかさん

・憧れの踊り子さんはたくさんいるようだが、現時点では桃瀬れなさん、鈴木千里さん

 

 彼女のチャームポイントは、(失礼ながら)愛嬌あるムーミン顔。今回かぶり席から目線を合わせると、めちゃくちゃ可愛い♡

 そして、ストリップファンとして涎垂ものの、若くてキレイなヌード。透き通るほどの色白な肌、そのためか乳首と性器のピンク度はストリップ界№1だ。近くで見るとホクロがエロい。両方の乳房の下にひとつずつホクロがありワンポイント。他にもこんなところに!というホクロ探検をやっております(失礼!)。蕨ミニは狭い分、近くでゆきなさんのヌードが眺められるので今週は絶対にここが隠れたお得ポイント。私は最高に幸せ気分♪

 

 初日は一個出し。今週が初出しの新作。桃瀬れな姐さんと一緒に選曲し作った作品で、演目名はまだ正式に決めておらず、今のところ「マジ女」にしておいてほしいとのこと。。

 この演目はAKB48のドラマ『マジすか学園』をモチーフにして作られている。

最初に、ドラマのオープニングテーマ曲「マジスカロックンロール」が流れ、ゆきなさんが公立高校生っぽいお決まりの学ランで登場。紺色の長袖セーラー服に赤いスカーフ、スカートの下には長い黒いストッキングと黒い靴。まじめな感じでメガネをかけている。

私はこのドラマや曲を知らない。曲の中の台詞がヤンキー風に突っ張った女性の声だったので、昔のダウンタウンブギウギバンドの宇崎竜童を思い出し、その女の子版かなと思っていた。ところが、よく聴いてみると聞き覚えのある女の声だ。桃瀬れなさんと黒崎優さんの声だ!後でゆきなさんから川崎ロック時の出演メンバー(桃瀬れなさん、黒崎優さん、徳永しおりさん)にお願いしたの!と教えてもらった。私は急にこの演目に興味が湧いた。

次に、ブルーなドレスに着替える。上下セパレートの軽装で、上着はブルーのふわふわ半袖で、胸元に白やピンクの花が散りばめられ、その下は銀色のコルセット状の布地。スカート部はベルトが同じ銀色のコルセット状の布地、その下にブルーのふわふわミニスカートに白・ピンク・赤・黄色など彩とりどりの花が点在する。

頭には回によって花輪を付けたり付けなかったりしている。左手に真珠のブレスレット。

裸足で軽快に踊る。ダンス経験があるとのことで、ダンスセンスがいい。楽曲はNMB48の「僕はいない」。

最後に、また女子学生服で登場。今度は私立高校っぽい感じで、上は白いブラウスに赤い縁のある紺色チェック柄のリボンをぶら下げる。スカートは紺色のチェック柄。

そのまま、裸足で盆に移動し、ベッドショーへ。

アクセサリーは特になく、指先のマニキュアが薄い白・ピンクにキラキラ輝く。

なんてキレイなヌードだろう。おじさんは、色白で若さに輝くヌードに元気をもらう。

ベッドの楽曲はAKB48の「制服が邪魔をする」「背中から抱きしめて」と続く。

全体としてはドラマだけにこだわっているわけではなく、AKB48の曲をバックにしたひとつの女子学園風景を描いた演目である。だから「マジ女」は仮称に過ぎないのだろう。

 この学園に、ゆきなさんのようなムーミン顔の女の子がふつうにいるような気がする。ゆきなさんがAKB48の中に混じっても全く違和感がないよー。ゆきなさんのお陰で、おじさんの憧れの女子学園を味わえてとっても幸せです♡

 

 

平成29年8月                            蕨ミニにて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【参考】ネット検索による。Wikipedia参照

 

◆概要

『マジすか学園』(マジすかがくえん)は、テレビ東京系列のドラマ24枠(毎週土曜0時12分 - 0時53分〈金曜深夜〉)で2010年に放送されたAKB48出演の連続テレビドラマ。主演の前田敦子をはじめとするAKB48のメンバー、さらに姉妹グループのSKE48やSDN48のメンバーも多く出演する、多人数のドラマ。

企画・原作を務めた総合プロデューサー・秋元康は「AKB48をアイドルっぽく見せないドラマを作りたい、そしてこの人数の多さと各メンバーの個性を生かしたい。そう思ってこのドラマを企画しました」と語っていた。

 

あっちゃん(前田敦子)がいたこの頃のAKB48が一番よかったと懐かしむ声が多い。

 

◆あらすじは次の通り。

悪名高きヤンキー高校・馬路須加女学園(まじすかじょがくえん/通称:マジ女)に、ひとりの少女が転校してきた。名は前田敦子、地味で無口な文弱の風情を装っているが、その前身は凄腕の武闘派ヤンキーであった。ある事情でケンカを断っていた前田は自身の前歴をひた隠しにしていたが、同日に転校してきた鬼塚だるまがチームホルモンにボコられているところを助けたことで その実力が学園内に知れ渡り、マジ女史上最強武闘派集団ラッパッパ 及び そのライバル校・矢場久根(やばくね)女子商業高校の強豪ヤンキーたちから次々に挑戦を受けることになる。頑なに孤高のスタンスを保っていた前田も数々のタイマンを重ねるうちに、互いに認め合った者たちに対して心を開いてゆく。

 

◆主題歌・挿入歌

桜の栞 作詞:秋元康 作曲:上杉洋史 編曲:光田健一

 

オープニングテーマ

マジスカロックンロール(『2』でも使用) 作詞:秋元康 作曲:Candy&Megane 編曲:野中"まさ"雄一

 

 

 

 

 

 

 ロックの踊り子・ゆきなさんについて、「ゆきな人気の爆発→新たな平成の伝説的踊り子誕生の予感がする」という題名で語ります。

 

 

H29年6月結の大阪東洋ショー公演に顔を出す。

今週の香盤は次の通り。①青山ゆい(東洋)、②遠野こころ(東洋)、③前田のの(ロック)、④ゆきな(ロック)、⑤大見はるか(ロック) 〔敬称略〕。ゆきなさんが東洋初乗り。

今週は、ロック若手三人を中心に東洋のベテラン二人が脇を固める形。

 

 ゆきなさんは今年H29(2017)年5月2日(1日は臨時休館)、新宿ニューアートでデビュー。AV時代に元「松浦ゆきな」であったため現在の踊り子として別名「松表ゆきな」という名前を使うこともあるようだ。「うら」から「おもて」になったわけか。東洋初乗りのスタンド花に「松表組」というファン一同のネーミングが漸く理解できた次第。踊り子としては新米だが、既にマルチに活躍しているようで追っかけファンがいる模様。

 

 私は今回の大阪東洋で、ゆきなさんと初顔合わせとなる。

 事前に関東でゆきなさんのステージを観たというスト仲間から連絡が入る。「かわいい娘だから、太郎さん気に入ると思うよ。是非、東洋に観に行ったらいいよ。」彼はゆきなさんのことをカバちゃんと呼んでいた。ムーミンみたいな顔をしているから。そう言われて宣材ポスターを見るとそんな気がしてくる(失礼↓) 

そんなこんなで東洋に行くのが遅れているうちに、東洋のスト仲間から、東洋の常連たちが次々とゆきなさんの魅力にはまっているという情報が入る。私は慌てて楽日前に顔を出す。

  ステージにゆきなさんが登場した瞬間、「あらっ! かわい~い♡」 笑顔いっぱいの明るい女の子だった。「しまったー! もっと早くから来ておきたかった~」後悔しきり。。。

 まぁ~大阪東洋に来て良かった♪と思い直す。気を取り戻して観劇する。。。

 

 今週は二個出し。1,3回目は「デビュー作」、2,4回目は演目名「NKM645」。

 まず「デビュー作」の内容を紹介する。

最初に、かわいいワンピースドレス姿で登場。白をベースにした生地に、水色の布が胸部やスカート部をおおう。黒髪のショートヘアで、白と水色の髪飾りを付ける。手首にも同系の腕輪をしている。

銀のハイヒールを履いて二曲を軽快に踊る。

次に、透け透けの赤いシュミーズで登場。胸元は刺繍入りで高級感が漂う。そのままベッド・ショーへ。

ゆきなさんはロリ系ファンが涎垂するタイプだね。透き通るほどの白い肌、形のいい乳房にピンク色の乳首がきれい。左の乳房の横にあるほくろが愛らしい。眩しいばかりのパイパン。そして信じられないほどピンク色した性器が私を襲う。心が狂おしいほどに騒ぐ。ひとたまりもなく彼女の性奴隷に落ちた。

彼女にはアクセサリーなんて何も要らない。若き素材のままが美しい。指先のマニキュアだけが金キラキラに輝く。

ステージを観終わって、私は満足気にひとつ大きくため息をついた。

 

もうひとつは演目名「NKM645」。

まずNKM645って何や? なんと、645年大化の改新の中臣鎌足のことと知ってびっくり。そういえば一曲目に中臣鎌足の名前が出てきていたなぁ。いずれにせよ、こういう発想で演目を創れるゆきなさんに歴女のような知性を感じる。

最初に、黒い刀を背負った女忍者のような格好で登場。赤い生地に白い花模様が描かれる。盆近くに来たのでよく見ると、花の中に平安貴族のような女の人が描かれている。

着物の裾は短く、黒いブーツを履いて舞台狭しと駆け回る。

刀を抜いて、観客を切りつける。東洋の常連たちが大袈裟に切られたポーズをとる。舞台がゆきなさんの魅力に参った男たちの屍の山となる。

次に、白い衣装で登場。ナイトドレスのように透け透けふわふわしている。白い鉢巻き(リボン?)をしている。手には星型の白いペンライトを持つ。観客に宝物箱を渡したり、ペンライトを当てたりして客と絡んでくる。お客は大喜び。

 

ふたつの作品とも、新人らしいオーソドックスな構成であるが、可愛いゆきなさんの味をよく惹き出している。ロリ好きな人にはたまらない。

改めて、彼女には二つの武器がある。

ひとつは、場内を一瞬で明るくする笑顔。まさしく彼女にはステージの華がある。

もうひとつは、信じられないほどピンク色した乳首と性器の美しさ。男心を狂おしいほどそそるものを持っている。

私はひとりの踊り子を思い出していた。平成の伝説的ストリッパーと呼ばれた東洋の篠崎ひめさん。彼女は平成24年10月10日に13年間の踊り子人生から引退した。実際、ゆきなさんの顔立ちがひめさんによく似ている。

また先の二つの武器がひめさんとすごく共通している。ゆきなさんのルックスやヌード等の外見だけでなく、客に愛される雰囲気までひめさんを彷彿させる。

ゆきな人気が東洋から爆発するかもしれない。私はゆきなさんのステージを観ながら、新しい平成の伝説的ストリッパーが生まれようとしている予感がしていた。

 

 

平成29年6月                             大阪東洋にて

 

 

 

 

 

 

実は、先の「中条サンマ」のレポートが踊り子さんにプレゼントした最後のものになった。翌日にもう一度書き直して中条彩乃さんに渡すつもりだったが、悲しい運命かな、翌日に私は脳梗塞で倒れた。だから、最後にステージを見れた踊り子が中条彩乃さんということになる。もう二度とストリップ観劇のできない身体になってしまった。もっともっとストリップを見て観劇レポートを書きたいと思うも、私のストリップ歴の最後を中条彩乃さんが飾ってくれたことに今は満足しています。

せっかく命を拾ったので、今後は命のある限りで、ストリップ童話を書き続けたいと思っています。

 

中条彩乃さんは私の熱心な童話ファンでした。彼女からミニオンズの童話をリクエストされ、書き上げたら感激してくれて、ミニオンズのお絵描きをプレゼントしてくれました。それがすごい上手で、彼女はすごく絵心があり驚きました。いい思い出です。

 

*****

 

 

 

 

 ミニオンがやってくる

 

森のストリップ劇場に、見たことのない変な生き物たちがぞろぞろとやってきました。なんと説明したらいいのでしょうか。背が低くて、黄色い生物。潜水用ゴーグルを付けたような目だけが異様に大きい。一つ目であったり、二つ目であったりする。衣装としては吊りのジーンズをいつも着ている。訳の分からない言語で、ぺちゃくちゃ、ごちゃごちゃ喋っている。彼らはミニオンと呼ばれる生き物。

 なぜ森のストリップ劇場に来たのか不明。しかし、ストリップ劇場に来るのだから、女性の裸に興味があるということ。きっと男なのでしょう。ストリップに差別はありません。

 入場するには年齢制限があります。受付のところで背が低いから子供ではないかと最初揉めていたようですが、ほとんど頭が薄かったり禿げたりしているから若くはないのでしょう。基本的にお金さえ払えば、森のストリップ劇場に入場することは問題ありません。

 

 ミニオンたちが入場して席に座ると、劇場の中が異様な雰囲気に包まれました。

 出演した踊り子さんが驚いている。いや、驚いたことに踊り子さんがみな大喜びしているではないか。人間界のストリップからもミニオンファンの踊り子が友情出演しているほど。

 カメさんは彼らの様子をじっと眺めた。そして、なるほど!!!と納得した。カメさんの分析によると次の通り。

 彼らは黄色いバナナのような形をしているが、これはまさしく男性の性器を象っている。大きかったり小さかったりするが、全てゴムのように伸び縮みするから間違いない。

 先ほど、ミニオンには髪がふさふさしているのが全くおらず、皆、髪が薄かったりハゲたりしている。髪が薄いのは精力絶倫の証拠である。エロスが大好きなのだ。(おっ!ということは私もミニオンになる資格がありそうだなぁ~余談です笑)

 また、身体の中で目だけが異様に大きい。目が強調されるということは、視覚の遊びであるストリップにはピッタシ。これだけストリップと相性のいい生き物はいない。

 踊り子さんが喜ぶはずである。

 

 ミニオンたちの行動が面白い。

 踊り子さんがオープンショーに現れると、彼らは目を大きくさせる。いつも半目になっている一つ目のスチュワートまで目を大きく見開いている。そして、おもむろにバナナを取り出して、「はい!」っとばかりに踊り子さんに手渡しでプレゼントする。そのバナナを食べてほしいのか、使ってほしいのかは分からない。

 エロポラの撮影では、お尻だけをズームアップして撮っている。お尻好きなのか。ミニオンの身体をよく見ると凸凹が殆どない。出っ張りとしては、鼻も耳もなく、性器もない。まぁ全身が性器なのだから当然か。引っ込みとしては臍もない。ところが、お尻の割れ目だけは存在する。お尻に執着する何かがあるのかもしれない。映画の中で、コピー機をいたずらして、お尻だけをコピーする場面があったのはそういうことか。

 彼らの身体能力が発揮されたのはパンプレの時。踊り子さんがパンTを投げた瞬間にピョーンと飛んでGET。手足がゴムのように伸びる。これでは誰もかなわない。

ちなみに、パンTを取ったところで、彼らには鼻がないのに臭覚が分かるのかな。映画の中では、ジャムゼリーのまずさが分かるので人間と同じ味覚をもっていることは判明したが・・臭覚はどうか???

どうも彼らは親分の怪盗グルーへのお土産にしようと企んでいるようだ。

 ミニオンたちは、GETしたバンTを持って踊り子さんのところに行く。踊り子さんは喜んでパンTにサインしてくれた。そして「記念にボクたちのマンガを描いてほしい」とおねだりした。ミニオンは歌は得意だが、絵心はない。それに対しても踊り子さんは快く応じてくれた。

 こうして楽しい森のストリップ劇場は終わった。

 

 ミニオンたちは喜び勇んで怪盗グルーのところに帰った。

 そして、お土産としてGETしたパンTをグルーに差し出した。ところが、グルーは怒った。「こんなものを俺が喜ぶと思ったのか。俺は独身じゃないんだぞ。もう女房のルーシーがいる。彼女に見つかったらタダではすまんだろ。それに年頃の娘三人がいるんだ。教育上よろしくないだろ。少しは考えろ!」てな感じ。

 褒めてもらえると思ったミニオンたちはがっかり。

 そこで、せっかくGETしたパンTを喜んでくれる他の人を探すことにした。ストリップ関連のポラを斡旋販売している業者ト〇〇〇商会があった。そこのボスに会った。顔を見た瞬間、ミニオンたちは彼が悪党に思えて嬉しくなった。

「なに、このパンTを誰かに譲りたいって。誰のパンTか分からないでは処分できないだろ!」「えっ!? サインが書いてあるって! サインじゃダメだ。写真じゃなきゃ。」「えっ!?お尻の写真があるって。お尻だけじゃ、顔が分からんだろ!」いろいろ話しているうちに、だんだん要領が分かって来た。そこで、ミニオンたちはまたストリップ劇場に行って新しいパンTと顔写真をGETしてきた。

「しめしめ、こいつらをうまく利用したら、がっぽり儲けることができるかもしれない。」と、ボスはニヤリと笑った。

 すぐに、ボスは新たに下着泥棒業界の黒幕と手を結び、販路の拡大をもくろんだ。

 無数のミニオンを「ミニオングッズ」と称して女の子に無料で配った。女の子たちは大喜びで受け取った。そのミニオンは単なるぬいぐるみではなく生きていた。夜中になると、下着を盗んだ。しっかり顔写真も撮った。ミニオンは、女の子に御礼としてバナナを一本置いていった。

 この事件は一夜にして有名になった。すぐに怪盗グルーの耳に入る。グルーはミニオンたちを呼び集めた。「こらーっ!おまえたち、俺の知らないところで、下着泥棒なんていう情けない盗みをしやがってー!!! 月を盗んだ俺様の手下として恥ずかしくないのかー」と怒鳴った。ミニオンたちはクシュンとした。

 そして、グルーはもう一度ミニオンたちに新しい仕事を与えることにした。ミニオンたちはグルーの下でよろこんで働いた。

                                  おしまい

 

 

 

 

 

 

『ボスベイビーとのストリップ・ミッション』  

~中条彩乃さん(ロック所属)に捧げる~

 

 

人類は、子供を産まない大変な時代に入ってしまった。どの生物も子孫繁栄があってこそ発展してきたわけであるから、子供を産まないということは人類の存亡にかかわる大問題。

原因はいろいろある。ひとつは、男性の肉食化から草食化への変化である。言い換えれば男がスケベでなくなってきたのである。これまでは結婚適齢期を前にして、男性は性的にガツガツし、女性を求めずにいられなかった。それが本能として組み込まれている。ところがネットやゲームの普及により、バーチャル的な内向き志向が強まり、男性が本来持っていた外に対する野獣のような戦い志向が弱まってきた。いわゆる‘おたく化’である。

また、スケベが残っている男性にとっても、今やAVを始めとした性風俗の普及で、性処理が極めて楽になった。僅かなお金さえ出せば簡単に性処理できるので、いちいち女性にアタックする必要がなくなったのである。

社会背景もそれに追い打ちをかける。コンビニ等の普及で、男性は結婚しなくても食事面では困らない。男女雇用機会均等法等により女性の社会進出が広がり、女性も仕事をするのが当たり前になり、男性に頼る必要がなくなった。女性としても仮に結婚しても仕事を続ける人が多くなり、そうすると仕事プラス家事の負担が増え不満も募る。当然、女性も結婚したがらない。

また、最近はLGBTの社会的認知が進んでいる。LGBTとは、女性同性愛者(レズビアン、Lesbian)、男性同性愛者(ゲイ、Gay)、両性愛者(バイセクシュアル、Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)の各単語の頭文字を組み合わせた表現である。あえて説明を要しないと思うが、トランスジェンダー(T)とは、“自身の性と心の性が一致しないが、外科的手術は望まない人”のこと。当然に彼らは子供を産まない。そのことを批判した政治家などは吊るし上げに遭うご時世である。

 

こうした傾向は、ストリップの衰退に繋がっていく。端的に云えば、スケベでなければ男はストリップに行かないのである。最近はスト女という女性のストリップ進出現象も見られるものの、数はまだまだ少ない。

サワティ王子は、これらを強く懸念してベイビー社に相談に行った。そこでボスベイビーと出会った。

既に、ベイビー社でもこの問題は強く認識されていた。ベイビー社にある大きな円グラフがベイビーのシェアが大きく減退していることを示していた。

サワティ王子はボスベイビーと協議することにした。

 

サワティ王子は、手始めにボスベイビーをストリップに誘った。まずは、ボスベイビーにストリップを知ってもらわないと話が進められない。

ボスベイビーは親友のティム(ティモシー・テンプルトン)、そして部下である、かわいい女の子のステイシー、やんちゃな三つ子、ふとっちょのジンボを連れて行く。彼らは外見が若すぎるためにサワティ王子が特別招待枠として入場させた。ちなみに、フランシス・フランシスとユージーンは外見上問題ないので通常の大人枠でこっそり入場していた。

ボスベイビー達を見た踊り子さんは、母性本能がくすぐられ、大サービスをした。見た目の身体は赤ちゃんだが、ボスベイビー達の意識は大人である。一発でストリップに嵌った。女の子のステイシーまで「ストリップをやりたい!」と騒ぐ有様。

ボスベイビーは札束を出して、チップと言ってばら撒いた。踊り子さんは狂喜する。それを見て増々ボスベイビーはストリップに嵌っていく。最近では外見を気にしているせいか、黒縁メガネをして劇場に通っているらしい。(笑)

 

まずは、どうすれば男性のスケベを取り戻せるか!

この点に関して、ボスベイビーは「スーパーミルク」の改良型を提案した。元々「スーパーミルク(Baby‛s secret formula)」とはベイビー社の経営チームが「意識は大人の状態で、身体は赤ちゃんのままを維持する」ために作られたものだった。これを改良すれば、「身体は常に若々しいままで、スケベを維持する」ことができるというものであった。高齢になれば、徐々に性は枯れていく。しかし、このスーパーミルクがあれば、男性は永遠に「スケベ親父」のままなのである。

合わせて、スーパーミルク専用の「おしゃぶり」を提案した。おしゃぶりは女性の乳首を象っている。そのため、男性に女性の乳首を吸わせ、それに慣れさせて、スーパーミルクを与えるのである。これで効果てきめん。

中には、映画のフランシス・フランシスのように乳糖不耐症の人もいるかもしれない。また変態さんのようにスケベの度が極めて高い方もいるかもしれない。そういう人には成分を変えることもできる。例えば、変態さんにはミルクの代わりに聖水を入れる。おしゃぶりでは乳首の代わりにクリちゃんを吸わせる等。これも効果てきめん。

こうしたことは女性との接触が必要なので、最初は専門のヘルス(SMクラブ?)で行う。しかし、これだと費用が高くつくので、次第にストリップに移行させて安く提供していくというのがサワティ王子の提案であった。ストリップには、タッチショーや素人大会、またSM大会・スカトロ大会などの変化系もあるので十分対応可能と考えていた。

しかも、このスーパーミルクには若さを保つという効果があることが分かり、踊り子さんにも大いに受け入れられ、おしゃぶりを含め協力する方が続出するというおまけつきであった。

 

サワティ王子は、男性がスケベを取り戻すためには、AVやネットのようなバーチャルの世界ではなく、生の女性を観て、触れ合っていく必要があることを強調した。その一歩としてストリップをもっと活用することである。

実は、ストリップにも昔から根本的な課題があった。若いときにストリップに嵌ってしまった男性は結婚しなくなるのである。サワティ王子自身は普通に結婚し子供三人を社会に旅出させた後からストリップに嵌った経緯がある。ところが多くのストリップ・ファンは独身のまま。サワティ王子はストリップ仲間に魅力的な男性がいっぱいいるのに結婚しないのは社会的に問題だ!と認識していた。時に酒を呑んで語り合うと、彼らは「ストリップさえあれば、いちいち面倒な交際や結婚しなくても、好きなときに好きな女性に会いに行けるからその方が楽でいいですよ。今から一般の女性と付き合って、デートを重ね、相手の親に会ってなど結婚の手続きを進めることは面倒くさくてたまりませんよ。」と話す。サワティ王子は彼らの言い分もよく理解しているものの、立派な仕事をして収入もあり、彼らこそ立派な家庭を築き、子供を育てる素養のある連中なのに、あまりにももったいないと思う。「親御さんは君が結婚するのを望んでいるだろ? 」と聞くと「もう諦めたようですよ。」と彼らは笑う。そうだろうか。

人はなぜこの世に生まれてきたのか? サワティ王子は「人は‘社会貢献’と‘子孫繁栄’のためにこの世に生まれてきている」という持論を持っていた。人類は常に進化し続けている。進化を止めたら人類は衰退する。その進化のために人々は自分の役割に応じて働かなければならない。それが社会貢献である。一方、人類が地球上である一定の地位を保ち繁栄し続けるためには子孫を増やさないといけない。この両輪が働いてこそ、人類は繁栄する。

この‘社会貢献’と‘子孫繁栄’のためは、DREAM志向とLOVE志向という二つのキーワードがあって、それがスパイラルに絡んで成長していく。DREAM志向を担うのが男性で、LOVE志向を担うのが女性である。男性が外で狩りをして、女性が家庭と育児を守る。それが長い間の形であった。しかし、その構造が先ほど述べたように崩れかけているのだ。

サワティ王子にとって、ストリップ仲間の多くが仕事で立派に社会貢献しているのに、もうひとつの子孫繁栄が欠けているのは大問題と思えた。しかも、それをストリップが助長しているのだから、ストリップ推進派のサワティ王子としても耐え難いこと。

 

この点について、ボスベイビーはいいアドバイスをしてくれた。

「映画『ポスベイビー』を観てくれたかな。映画のラスト、ボスベイビーはミッションを成功させ、ベイビー社の中で地位と名誉を手にした。黄金のオマルもね。(笑)

ところがしばらくして落ち込む。そう、トップは孤独なんだよ。淋しくて堪らない。そしてティムたちの家族でいた頃が懐かしく感じられる。

最後は、地位も名誉も全て捨て去って、以前のボスベイビーだった記憶も全て消し去って、もう一度テンプルトン家の次男坊として産まれることになる。仕事より大切なものが『家族愛』なんだよ。この映画の主題はそこにあるのさ。

ストリップに嵌って結婚しない人々には、是非とも映画を観てもらい、ボスベイビーの『家族愛』を感じてほしいな。」

サワティ王子はボスベイビーのアドバイスに大きく頷き、付け加えた。

「大切なのは『愛』なんだね。一般に男女の愛というのは相手を独占しようとする。ところがストリップは大好きな踊り子を独占しようとはしない。みんなで応援するんだ。私は、これをストリップ独自の‘見守る愛’だと考えている。愛にはいろんな形があっていいと思う。ボスベイビーの云う『家族愛』もそのひとつ。もっと『愛』という面からストリップを見ていく必要がありそうだね。」

サワティ王子は、ボスベイビーとの協議を通じて、ストリップの新たなミッション(任務)を再認識させられるともに、ストリップに新たな未来が見えてきたような気がした。

 

                                   おしまい

 

 

 

   

ストリップ版ボスベイビー第二弾『バーチャル・ベイビー』  

 

 

 

 巷で「バーチャル・ベイビー」というゲームソフトが話題を呼んでいた。どうもオタク人間が作ったものらしい。

 内容はこうだ。二人の異性の情報を入力むして仮想で赤ちゃんを作り、それにネーミングして育てるというゲーム。以前に流行ったたまごっちの人間場である。かなり精巧に出来ていてリアル感抜群なのである。

 そのため入力項目は多岐にわたっている。まずは、外見面の情報として、二人の男女の顔写真、全体像、それに伴う身体的な情報や特徴を入力する。生年月日、身長・体重、スリーサイズ、ホクロの位置、身体的不具合(歩き方がガニ股など)、病歴、など。次に性格面の情報。感情コントロール状況(怒りっぽい等)、思想(政治的なものを含む)、趣味、異性の好み、など。そして環境面の情報。出身地、家族構成、学歴、友達、など。

 こうした男女二人の情報を入力する。なお顔写真や生年月日、身長・体重など必須入力項目はあるものの、不明な情報は入力むしなくても構わない。このときにはコンピューターAIが適切に判断し補ってくれる。ただ、入力情報が多いほどリアル感に富む。

 ともあれ、こうした入力情報に基づいて、バーチャル・ベイビーが誕生する。

 

 産まれてくるベイビーには男女の区分も洗濯できるし、双子、次男・次女も可能である。

 オタク人間にとって、大好きな異性相手との子供が誕生するわけである。こんな嬉しいことはない。盲目のように可愛がり育てる。バーチャル・ベイビーはもちろん生身の子供と同じく夜泣きもする。めちゃくちゃ手がかかる。次第に子育てのため仕事どころではなくなる。そのためバーチャル・ベイビーを育てるために会社を退職する人も出てきて社会問題化している。

 

 また、バーチャル・ベイビーは何人との異性でも可能。当然相手が違えば別のベイビーが誕生する。顔かたちや性格が違い、その違いがたまらなく面白い。ふだんは相手にされない異性との子供をこっそり作って楽しめるのだから、オタク人間にはたまらない。

 

 先ほど、かなり精巧なゲームだと話したが、このゲームソフトは実際に現在のメガデータをベースに作られている。だから、現実に夫婦である男女カップルが入力すると今の自分たちの子供とそっくりのバーチャル・ベイビーが誕生する。もはやバーチャルとは言わないかな。それほどに成功に作られているからこそ、爆発的な人気ソフトになったのである。

 

 また、便利なことに、ひとつのバーチャル・ベイビーに飽きたらリセットするだけでいい。生身の人間と違って、子育てする責任を持つ必要ははない。簡単にリセットできるのがバーチャルの良さでもあった。しかし、リセットを繰り返していると心がだんだん荒んでくるのが分かる。これも大きな問題であった。

 

 いずれにせよ、いろいろ問題含みではあるにせよ、このバーチャル・ベイビーはひとつの社会現象として普及してきていた。

 

 

 ボスベイビーは、バーチャル・ベイビーに危機感を募らせていた。

 バーチャル・ベイビーが流行り出してから、出生率が極端に落ちだした。ゲームの中で子育てを味わえるため、実際に苦労して結婚や子育てをする必要がなくなってきた。特にオタク人間というのはそういうのが苦手な人達なので、仮想現実の中で生きていければ十分なのである。オタク人間が増えることで出生率が下がったことは既にお話しした通り。これにバーチャル・ベイビーが拍車をかけて出生率を落としているのだった。

 

 

 ストリップの世界でもバーチャル・ベイビーが浸透してきた。

 もともと踊り子というのは、スト客にとって高嶺の花。絶世の美女であればあるほど手の届かない対象である。彼女との結婚は夢のまた夢。だから、好きになった踊り子さんとのバーチャル・ベイビーを作って楽しむスト客が増えている。

 バーチャル・ベイビーそのものが直接的にストリップ界にダメージを与えることはないものの、出生率が下がれば人口が減り、いずれは踊り子も客も減っていくということになりかねない。ストリップ王子はボスベイビーと連携して、バーチャル・ベイビー対策を練ることとなった。

 

 

 ストリップ王子は、まずはバーチャルの世界ではなく、生身の人間に目を向けるためにストリップを推奨していた。これはバーチャル・ベイビー以前から、AVやインターネットの普及した頃から取り組んでいた。映像や機械を相手にするのではなく、やはり実際の人間同士の触れ合いが大事と考える。しかし、従来のストリップでは直接的な触れ合いはない。ただ間接的な触れ合いはできる。少しの会話、握手、手紙のやり取り等は可能だ。

 

 ストリップ王子は、バーチャル・ベイビーに対抗するキーワードは『愛』だと考えていた。先に‘見守る愛’ということを話したが、応援には無償の愛がある。ストリップ王子はそれ以外にも更に別の「ストリップに愛を取り込む」ことを真剣に考えていた。

 

 具体的には、ストリップを男女の出会いの場にしたい、と。

 対象は踊り子ではない。踊り子はステージを魅せる、あくまで憧れの存在として位置付ける。踊り子と客には適正な距離が存するというのがストリップ王子の持論であったからね。

 男性客の相手をするのは一般の女性。スト女と呼ばれる女性客がものすごい勢いで増えていた。特定の踊り子をカリスマとして崇め、追いかけている女性客が多かった。そこで、その踊り子が自分を応援する女性客と男性客を結びつける恋のキューピットの役割を果たしたらどうかと考えた。

 

 例えば、これまでお客が踊り子さんに渡していた手紙やお絵かき依頼、色紙依頼、もちろん差し入れも込みで、渡す対象をその踊り小を応援するスト女にまで広げる。スト女は決して女が好きで男が嫌いなわけではない。交際相手を見つけたい人はたくさんいる。客それぞれの好みを、つまり手紙好き、絵が好き、音楽が好き等を踊り子が判断し、踊り子が仲介役になって、男性客とスト女との間をとりもつのである。

 

 また劇場側は、男女がカップルになるためのいろんな企画を練る。一番簡単なのが、じゃんけんで勝ち残った男女でフィーリングカップル5vs5形式をやる。少し凝ると、じゃんけんで勝ち残った男性客と踊り子が新婚カップルの寸劇を行う。次に踊り子とスト女が交代する。とか

 ゲームで好きな女性とのデート券をGETする企画もウケる。面白いものとして、これまで通りのパンティプレゼントを踊り子からスト女に広げる。スト女としても自分がはいた下着を欲しがる男性には関心が向くよね。かわいくなって交際が始まるケースも増えるだろう。

 

 お互いストリップという趣味を共通する者同士、しかも憧れの踊り子も一緒なので、話題に事欠かず、ストリップ通いのり理解が深い。結婚しても一緒にストリップを愉しめる。これまでのように、ストリップ通いがばれて離婚するケースは減る。みんながストリップでハッピー♪ 万々歳である。

 

 ストリップ王子の努力が功を奏して、ストリップは更なる隆興となる。

 合わせて、バーチャル・ベイビーも様々な問題が表面化するとともに人気は落ち廃れてきた。

 

                                   おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

ストリップ版ボスベイビー第三弾『Tedとの共演』  

 

 

 

 ベイビー誕生に対する阻害要因を、ペット、そしてバーチャルベイビーと見てきたが、次に現れたのは‘ぬいぐるみ’であった。

 ペットは生き物だし、バーチャルベイビーも仮想空間の中で生き物のように振る舞う。ところが、ぬいぐるみは全く生き物とは違う。だから面白くないかと言うと、そうでもない。現代人は、相手が生き物のために振り回されるより、ただカワイイ顔をしている無機質な置物の方が心が休まるようなんだ。要するに、人間というのは自己中な生き物だから、自分の意に反する言動を嫌がり、自分の感情を黙って全て受け止めてくれるぬいぐるみにたまらない愛着を覚える。楽しいときは一緒に遊んでくれて、悲しいときは一緒に泣いてくれる。人間はぬいぐるみに自由自在に感情移入できるのだ。こんな人間の自分勝手を許してくれるものなんてこの世に存しない。

 しかも安く手に入るし、ペットのように処分に困らない。最終的にはゴミ扱いすればいい。そんなお手軽な対象物、それがぬいぐるみなのだ。

 

 全ての動物やキャラクターが、ぬいぐるみの対象となる。まさしく千差万別、多種多様。その中から自分のお気に入りを見つければいい。

 子供や女性の間で圧倒的な人気を誇るのが、くまのぬいぐるみである。

 よくテディベアと云うよね。なぜテディと云うか知ってるかな? テディとは第一次世界大戦のときのアメリカ大統領ルーズベルトの愛称です。彼がハンティングに行ったとき、標的にした熊があまりにも可愛く見えてしまい撃つことができなかった、というエピソードからきています。その話を聞いたドイツの車椅子の女性がクマのぬいぐるみを作り、叔父の工場で販売したところ爆発的に売れました。

 そのクマのぬいぐるみのひとつが、イギリスのクリストファー・ロビンという幼い男の子の部屋にありました。彼のお父さんA・A・ミルンはそのクマを主人公に童話を書きました。それが有名な「クマのプーさん」です。

 クマのプーさんを見れば、テディベアの魅力はなんとなく分かってもらえると思う。身体が大きく、モフモフしているよね。女性や子供は、そこに身体の大きな、頼りがいのある男性をイメージしているようです。だから、文句を言って扱いにくい生身の人間より、なんでも言う事を聞いてくれるぬいぐるみに愛着を感じてしまうようです。そうなると男性は女性からだんだん相手をしてもらえなくなりますね。

 

 さて、ベイビー社にある、一番目立つところに掲示されている大きな円グラフに、ぬいぐるみのシェアが大きく伸びてきています。バーチャルベイビーが衰退したことも大きな原因にもなっているようです。そして、このぬいぐるみの存在が出生率に大きく影響していると分かり、ベイビー社としては無視できなくなりました。

 ボスベイビーは、このぬいぐるみ対策を練る必要がありました。彼は仲良くなったサワティ王子とも相談しました。サワティ王子は、踊り子さんがクマのキャラクターが大好きなのを知っていて、彼女たちからTEDという生きたテディベアがいることを知りました。サワティ王子とボスベイビーはさっそく映画館に行って、その存在を確かめて、実際に二人でTEDに会いに行くことにしました。

 

 ご存知のように、TEDはおっさんキャラです。見た目は、もふもふとしたカワイイぬいぐるみなのですが、話し言葉や行動はおっさんそのものです。

 ボスベイビーもTEDも、お互いの本能かのように相手に拒否反応を示しました。相手を見つめる視線がバチバチと対立の炎が出ています。

「おまえかぁ~、おれの真似をしたおっさんキャラのぬいぐるみというのは~!?」とボスベイビーは叫びました。

「なにを言うかーっ!映画デビューはおれの方が先だ。おれは既に第二弾の映画にも出演しているんだ。」とTEDは切り返した。

「チビ・デブ・ハゲというのが、おっさんの条件だー。おまえはモフモフと大きいし、ハゲていないではないか。そんなんで、おっさんキャラと言えるかー。」とボスベイビーは息巻く。

「なにを言うか!? おまえは、タバコを吸えるか? 酒が飲めるか? おれなんかはマリファナだっていけるんだぞー!」とTEDは毒舌を始めた。

「そんなんで‘おっさん度’を計るなんて馬鹿げている。おっさんは心の有り様だ。かの有名なサミエル・ウルマンは『青春の詩』で、青春とは心の有り様だと言っている。青春の対語として、老人には玄冬という渋い表現があるのをおまえは知っているか?」

「そんな玄冬なんて言葉は知らない!」とTEDは言う。

「おまえはおつむが弱いようだな!」とボスベイビーはTEDを馬鹿にしたような表情を浮かべた。

「そんなことより、おっさんならどれだけスケベかで勝負しようぜ!」とTEDは言う。そして「一体おまえは、女性を満足させられるのか? おれは女房をもらったことがある。映画『TED2』では裁判で少し揉めたけど・・。まぁ、おれさまは女房を満足させられる。おまえはまだ皮がむけてないだろう・・」と馬鹿にした表情をする。

 それに対して「なにを言っているか。いまは皮をかぶっているが、いずれは立派に女性を満足させられる。将来性はあるんだ。それより、おまえの方は最初から生殖機能を持っていないだろ。」とボスベイビーは反撃する。

「身体的な欠陥を問題にする発言はやめようぜ。埒が明かないし、情けなくなる。それよりも言葉でどれだけ女性を満足させられるかで競争しよう!」とTEDは提案した。

 横で二人のやりとりを聞いていたサワティ王子は半分あきれ顔だったが、最終的にその提案にのることにした。そして、ボスベイビーとTEDの二人をストリップ劇場に連れて行って、踊り子さんの前で二人のおっさん振りを披露し、人気投票することにした。

 TEDがステージの上に上がり、かわいい顔を更に愛くるしくさせて、しかも渋い声を発して、踊り子さんに手を振る。すると、踊り子さんたちは「TED―っ!!!! もふもふしていてカワイイー♡」と悲鳴を上げる。踊り子の中には熱狂してTEDにハグをする人が現れる。すると「だいちゅきー(大好き)!」と自動音声が流れる。これまた大歓声!!!

 一方、ボスベイビーもかわいい表情から一転ニヒルな渋い顔になって、踊り子さんに手を振る。これまた踊り子さんたちが「キャー、ボスベイビー、最高にチャーミング♡ 見ているだけで濡れちゃう♡」と悲鳴が上がる。

 二人の人気は絶大だった。その人気は甲乙つけがたく、とても勝負がつくような状態ではない。

 このおっさんキャラの人気はなんだ!!! この結果を見て、肝心のスト客である並みいるおっさん達は「おれたちは一体なんなんだ」と肩身の狭い思いをせざるをえなかった。(笑)

 この状況を踏まえて、サワティ王子は「二人とも踊り子さんの人気は凄まじいものがあるね。君たちは今まさに青春真っただ中だよ。御見それしました。この際、つまらないことでいがみ合わずに、お互いの共生を目指していこうじゃないか!」と声を高めました。

 ボスベイビーもTEDも悪い気はしませんでした。

 こうしてベイビーとぬいぐるみの共生の道を見つけることに邁進しました。

 

 女性というのは、かわいいもの、美しいもの、光るもの、面白いこと、そして何よりも自分のことを綺麗だ!と褒められることが大好きです。そして、歌うこと、踊ること、お絵描きすること、お喋りすること、おいしいものを食べること、それを料理すること、などは本能的な領域です。また、おそらくエッチも大好き。そういう気持ちのいいものに目がない生き物なんですね。

 男は女性のこういう習性をしっかり勉強しなくてはいけません。そうすれば、女性はぬいぐるみばかりに目が行くようにはなりません。やはり生身の男性が一番いいのです。

 サワティ王子は、ストリップをそんな憩いの場所にしたかったのです。男と女が一緒に楽しみ、そして人間教育の場にしようと考えました。

 その結果、ベイビーのシェアは回復していきました。

 

                                めでたしめでたし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モフモフしようぜ!!

 

 

解説

『ザ・ファイター』のマーク・ウォールバーグ主演のドタバタ異色コメディー。命が宿ったテディベアのテッドと自立しきれていない中年男のコンビが巻き起こす騒動を、にぎやかなタッチで映し出していく。監督とテッドの声を務めるのは、テレビアニメ「ファミリー・ガイ(原題) / Family Guy」などの製作に名を連ねるセス・マクファーレン。固い絆で結ばれたテッドと主人公に嫉妬するヒロインを、『ブラック・スワン』のミラ・クニスが演じる。かわいいルックスとは裏腹に、言動すべてがオッサンなテッドには爆笑必至だ。

                                  

「テッド」毒舌テディベアと中年ダメ男の爆笑バディムービー

 

 ギャップが大きいほど魅力は増す。その定説をこれほど証明してみせるケッサクはないだろう。なにしろ、見た目はかわいいテディベアのテッドの中身は下品な元セレブの中年オヤジ。しかも、親友の優柔不断なダメ男ジョンを演じるのも、最近はおバカコメディが続いているマーク・ウォールバーグ。子供時代の誓いどおり、ずっと一緒に27年間過ごしてきた彼らの物語は、相棒がテディベアというだけで、まさに大人になりきれない男たちのバディムービー。男ならテッドの悪友ぶりに大喜びし、女だって彼のナイスなジョークのセンスにハートをつかまれまくり。もちろん、ふたりが子供時代を過ごした80年代の懐かしネタをちりばめたり、大物スターが実名で登場したりとお楽しみも盛り沢山なのだが、最高なのはおバカな笑いをまき散らしながら、最後は愛と友情に胸を熱くさせるってこと。それがアメリカンおバカコメディのお約束だとわかっていても、その予想をはるかに超える感動をくれるあたりも大ヒットの理由だろう。

 

 セス・マクファーレンはそもそもアニメ化を考えていたそうだが、テディベアが喋るというシュールさは実写ならでは。だが、それを可能にしたテクノロジーの進歩に感心せずにはいられないが、“奇跡のクマ”のセレブライフを楽しませながら成長を一気に見せるオープニングタイトルや、脇役まで何気に美女をそろえたキャスティングなどなど、やはり痺れずにいられないのは、本作に“魂”を宿らせたのはセスのセンスの良さ。日本では女子受けしないこのジャンルも、今作ばかりはテディベアが主人公だってことで、大ヒット確実!?(杉谷伸子)

 

テッド

ジョンの親友で、出会って27年目になる。中年男性の声になり、日常会話で下ネタやブラックジョークなど下品な言葉を使うようになっている。また売人から手に入れたマリファナ(日本版では「毒キノコ」)をやったり、女性とエッチなことをしたりと本能のままに生きる。ジョンのケータイの自身の着信メロディは、ナイトライダーのテーマ曲が使われている。兄弟のようにいつも2人で仲良く過ごしているが、あくまでも互いに「親友」と語っている。体の大きさは子供並みだが、見た目のフワフワした質感に反して時に大人でも打ち負かしてしまうほどの腕力を持つ。自堕落な暮らしをしていたが、ジョンの家を出て、スーパーに就職し一人暮らしを始める。

 

若年期のテッド

当初普通のくまのぬいぐるみだったがジョンの願いにより命が宿る。テディベア人形の名称から最初の頃は『テディ』と名付けられるが、いつの間にか『テッド』と呼ばれるようになる。ハグをすると「だいちゅきー(大好き)!」と自動音声が流れる。言葉遣いは、子供のような愛くるしい声と言葉遣い。ジョンと出会った数日後にテレビのニュースで「(話して動ける)奇跡のテディベア」として伝えられ世間に知れ渡る。

 

 

 

 

 

1985年のクリスマス・イヴの日、ボストン郊外に住むジョン・ベネット少年はサンタさんに「一人でいいから親友がほしい」と祈る。翌朝プレゼントでもらったテディベアに『テッド』と名付けてかわいがり、さらに命が宿るように祈るとそれが叶うのであった。以後、ジョンは命を吹き込まれたテッドと親友となり共に暮らし成長する。そして月日は流れ27年後の2012年、ジョンは35歳になり、テッドは見た目は変わらないものの中身はすっかりオッサンのようになってしまう。

会社員となったジョンは親元を離れて親友のテッドと、ジョンの恋人・ロリーの“3人”で暮らしている。かつて「生きているぬいぐるみ」としてマスコミに取り上げられ、国民的キャラクターとして一世を風靡したテッド。しかし年と共に中年になったテッドは、今や落ちぶれ、酒と女とマリファナ漬けの日々を送っていた。一方、35歳になったジョンは職場で昇進話が出るも仕事に身が入らず、休日にはテッドと共にマリファナを回し飲みし、子供の頃のように『フラッシュ・ゴードン』のビデオを見ては一日中ダラダラと過ごしている。しかも、雷が鳴るといまだにテッドが一緒じゃないと眠れない、いつまでたってもガキのままであった。

ロリーは、ジョンがいつまでも大人になれず、結婚する決意もできないのは、テッドと一緒に暮らしているからだと考えるようになる。進展しない2人のすきを突いて、ロリーは上司・レックスから口説かれてうんざりしている。ある時テッドとジョンが散歩中にテッドのファンの男性・ドニーと出会い、「テッドを売って欲しい」と言われるがもちろんそんな話には乗らない。交際4年目の記念日の晩、ジョンとロリーが食事を終えて帰ると、何人もの売春婦を呼んで乱痴気騒ぎをしているテッドに、ついにロリーの怒りが爆発した。ロリーに促されたジョンは、テッドに家を出るよう提案し、2人は初めて離れ離れの大人の生活を始める。

いざ離れて暮らすジョンだったが、勤務中にテッドから遊びに誘われて作り話をでっち上げて会社を早退してしまう。その夜、そのことがバレてロリーに叱られたジョンは、決意を新たに精神的に大人の男になると宣言する。数日後、レックスの豪邸で開かれるパーティーに招待されたロリーとジョンだった。そこへテッドからまたしても遊びに誘われたジョンは今度こそ断ろうとするが、憧れの俳優と一緒にいると聞く。その言葉にジョンはレックスに頼んで「30分で戻るからロリーには内緒にしてくれ」とテッドのもとへ。その後テッドたちと楽しい時を過ごしたジョンが我に返った頃には約束の時間をとっくに過ぎ、パーティーを抜け出したことがロリーにバレてしまう。

 

言い訳をするも一方的にロリーから別れを告げられたジョンは、彼女と別れた責任をテッドに押し付ける。2人は殴り合いのケンカの末和解し、テッドはジョンとロリーのよりを戻す方法を考える。後日レックスとデートに行ったロリーの後をつけたジョンとテッドは、二人が親密になるのを阻止。翌朝、テッドはロリーに会って謝罪し、ジョンにもう一度チャンスを与えてほしいと頼む。ロリーと別れた直後一人でいたテッドは、ドニーによって誘拐されてしまい、監禁された部屋から脱出を試みる。

 

 

テッド2  ストーリー[編集]

 

前作でローリーと結婚したジョン・ベネットだったが、離婚してしまい意気消沈していた。その半年後、彼の親友で「生きたテディベア」であるテッドが、ガールフレンドのタミ・リンと結婚を果たすところから映画は幕を開ける。

 

しかし結婚から1年後、テッドとタミ・リンは夫婦喧嘩をこじらせ、仲直りのため子供を儲けることを決めるが、テッドは人形のため、人間の精子提供者を探すことにする。テッドとジョンはサム・J・ジョーンズに頼みに行くが断わられ、トム・ブレイディの家に忍び込んで精子を盗む計画も失敗に終わってしまう。そしてジョンはテッドのために精子を提供することを申し出るが、婦人科の医師からタミ・リンは過去の薬物濫用のため子供を作れないと宣告される。

 

テッド夫妻は次に養子縁組紹介所へ向かうが、それも断られたうえ、身元調査の過程で、それまで人間同様に扱われていたテッドの法的人権がマサチューセッツ州の当局から否定されてしまい、勤務先のスーパーマーケットからは解雇、銀行口座やクレジットカードやピッツア屋の会員も解約、タミ・リンとの結婚さえも無効とされてしまう。

 

テッドとジョンはマサチューセッツ州を相手に裁判を起こすため弁護士事務所に相談に行ったところ、「無料でよいから」と姪の見習い弁護士サマンサ・レスリー・ジャクソンを担当に充てられる。人生がかかった大事な裁判だからと一度は断りかけた2人だったが、サマンサもマリファナの常習者であったことで意気投合、裁判に向けて動き出す。

 

一方、前作でテッドを誘拐したストーカーのドニーは、玩具メーカーのハズブロ社で清掃員をしていた。彼はハズブロの副社長に、「もしテッドが裁判で敗訴すれば人間(攫えば誘拐・殺人)ではなく所有物(攫っても窃盗・器物損壊)にすぎないことになり、テッドを盗んでハズブロに提供し、仕組みを解明して量産すれば大儲けになる」と話を持ち掛ける。ドニーは見返りは量産品1台で良いといい、副社長はその提案を受け、州政府に優秀な弁護士を付けることを約束する。

 

裁判ではテッドに自己認識や他者を愛する感情があることが確認されたが、製造時にプログラムされた「I love you(日本語吹替版では「だいちゅき」)」と喋る機能の存在が残っていたことが明らかにされ、結果的にテッドは所有物という判決が下る。サマンサは優秀な人権派弁護士パトリック・ミーガンに連絡をとり、テッド、ジョン、サマンサは彼への弁護を頼むためにボストンから車ではるばるニューヨークへと向かうも、テッドやジョンの素行不良・前科を理由に弁護を断られる。

 

テッドは絶望し、ジョンとサマンサの仲を妬み、2人のもとを離れる。当てもなく町中を歩くテッドは、偶然見かけたコミコンのイベント会場へと入っていき、その跡を彼を狙うドニーが付け狙う。コミコンの会場で「ラファエロ」の着ぐるみを着たドニーはテッドを誘拐しようとし、テッドはジョンに電話で助けを呼ぶ。

 

テッドがドニーに捕えられ、危うく解体されそうになったところでジョンとサマンサが駆けつけ救い出す。3人が和解して帰ろうとしたとき、ドニーが会場の天井にぶら下がっていたエンタープライズ号の巨大模型でテッドを轢こうとする。ジョンがテッドを押し倒して助けるが、自分が巨大模型に跳ね飛ばされ、展示物のビジョンの下敷きになってしまう。警備員が駆け付け、テッドはドニーを探し出し、彼は逮捕される。ジョンは意識を失うが、テッドはそばでひたすら彼の名を呼び続け、その模様はテレビでも生中継されていた。

 

意識不明のままジョンは病院に運び込まれ、一度は心停止に陥るが無事蘇生し、医師と共謀してテッドらに死んだと思わせ驚かす。喜ぶ彼らのもとに、一度は弁護を断ったミーガンが現れ、テッドを助けようとしたジョンの献身やその直後のテッドの姿に感銘を受け、弁護を引き受けることにしたと申し出る。ミーアンは裁判で、自己認識に加え、コミコンの事件のテレビ放映から、「テッドが複合感情を理解し、共感する能力をもつことは明らかである」と主張し、前回の判決は覆され、テッドは勝訴する。

 

法廷の外で、記者にコメントを求められたテッドは、タミ・リンに再びプロポーズする。テッドは「クラバーラング」の姓を名乗ることにし、再び結婚、養子に迎えた男の子の赤ん坊にアポロ・クリード・クラバーラングと名付ける。ジョンはその子に、テディベアをプレゼントする。テッドも親としてオムツ交換をするようになり、便の付いたオムツをジョンに投げつけフェイスブックに投稿した。

 

 

 

解説

命を宿したテディベアのテッドと親友のジョンが巻き起こす騒動を描いた、大ヒットコメディーのシリーズ第2弾。結婚して子供が欲しいと願うものの、それをかなえるには人間であることを証明しなくてはいけなくなったテッドたちが奔走する。前作に引き続いて、セス・マクファーレンが監督と脚本、テッドの声を務め、マーク・ウォールバーグがジョン役で再登場。『マンマ・ミーア!』などのアマンダ・セイフライド、オスカー俳優のモーガン・フリーマンらが共演する。下ネタを織り交ぜたギャグの数々に笑いがこみ上げる。

 

 

あらすじ

アルバイト先で出会った恋人タミ・リン(ジェシカ・バース)と愛を育み続け、ついに結婚を果たしたテッド。幼いころからの親友ジョン(マーク・ウォールバーグ)との悪ふざけと新婚生活を楽しむ中、彼はタミ・リンとの子供を欲しいと思うように。だが、自分が縫いぐるみではなくて人間であることを証明しなければ子供を持てないと知った彼は、女性弁護士サマンサ(アマンダ・セイフライド)のもとへ相談に。そして、彼女とジョンの協力を得ながら、法廷に立って自分は人間だと証明しようとするテッドだったが……。

 

■青春の詩

サムエル・ウルマン 宇野収、作山宗久訳

 

青春とは人生のある期間ではなく

心の持ち方をいう。

バラの面差し、くれないの唇、しなやかな手足ではなく

たくましい意志、ゆたかな想像力、もえる情熱をさす。

青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

 

青春とは臆病さを退ける勇気

やすきにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。

ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。

年を重ねただけで人は老いない。

理想を失うとき はじめて老いる。

歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ。

苦悩、恐怖、失望により気力は地にはい精神は芥(あくた)になる。

 

60歳であろうと16歳であろうと人の胸には

驚異にひかれる心、おさな児のような未知への探求心

人生への興味の歓喜がある。

君にも我にも見えざる駅逓が心にある。

人から神から美、希望、よろこび、勇気、力の

霊感を受ける限り君は若い。

霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ

悲嘆の氷にとざされるとき

20歳だろうと人は老いる。

頭を高く上げ希望の波をとらえるかぎり

80歳であろうと人は青春の中にいる。

 

「青春の詩」

 

サムエル・ウルマンによって書かれた不朽の名詩「青春の詩」は、戦後の日本人に勇気と希望を与え、高度経済成長の原動力の一つにもなったと言われています。詩の内容からして産業界のトップリーダーを始め、中高年層に愛好者が多かったようですが、「千の風になって」で話題になった作家・作曲家新井満氏の新訳の影響でしょうか、最近は若い世代の愛好者も増えてきているとのことです。

 

「サムエル ウルマン (Samuel Ullman)」

 

私はかねがね、幻の詩人とも言われている「サムエル・ウルマン」が書いた「青春の詩」を座右の銘としています。「青春の詩」は、ウルマンが70代で書いたものです。彼は1840年4月13日、ドイツのヘヒンゲンでユダヤ人両親の長男として誕生しました。その後、両親とともにアメリカに移民し、後半生をアラバマ州バーミングハムで過ごしたのです。ウルマンは、教育者として、またユダヤ教のレイラビ(精神指導者)として、実業家として幅広く精力的な活動をしていましたが、晩年になって数編の詩をつくりました。実はこの「青春の詩」は1922年に家族が発行した詩集「80年の歳月の頂から」の巻頭の詩です。ウルマンはこの詩集が発表された2年後の1924年3月21日84歳でこの世を去りました。

 

「青春の詩と日本」

 

 この詩は「リーダーズダイジェスト」が1945年に”HOW TO STAY YOUNG”のタイトルで掲載しました。そして、1955年、ダグラス・マッカーサー元帥がロスアンゼルスで講演をした際、この「青春」を引用。1958年、森平三郎(米澤工業専門学校校長-現山形大学)が群馬県桐生の東毛毎夕新聞に「岡田義夫訳」の「青春」を紹介したことによってこの詩が次第に広がりはじめました。その後、1982年、宇野収氏(元東洋紡社長)が日経新聞に「青春」の一部を紹介、大きな反響を呼びました。

 

 1985年、この詩に心を深く打たれた故宮沢次郎氏(当時トッパンムーアー㈱社長)の精力的な運動によって「青春の会」が発足、財界産業界のとトップたちの共感を呼び、静かにして強力な活動がはじまり、その活動は一つの大きなうねりとなって日本全国を覆い始めたのです。その2年後、財界人200名による「青春」と作者を讃える大会が開催。ウルマンの遺族も来日し、1992年サムエル・ウルマン賞が制定されました。そして各界から浄財が募られ、ウルマンゆかりの地バーミングハムにサムエル・ウルマン記念館の開館となり、彼の胸像も建立されました。

 

「私とサムエル・ウルマン」係わりについて

 

 1968年にたまたま私の会社がトッパン・ムアー社(現在トッパン・フォームズ社)と取引を始め、宮沢氏の知遇を得た私は、彼を通して「青春の詩」知ることになりました。インタ-ネット時代の到来を迎え、私がWEBにこの詩を紹介して以来、この詩について実に多くのことを知りました。この詩は岡田氏の外、作山宗久・宇野收両氏によっても日本語に訳され、それなりに格調高く多くの人々を感動を呼んでいます。「青春の会」が、岡田義夫氏の訳を使っていたこともあり、また会員が各地でそれを紹介したこともあって、今日、岡田義夫氏の訳による「青春の詩」が全国的に一番有名になっているようです。

 

 

「私とサムエル・ウルマンの曾孫デビッド」について

 

 1998年4月21日、 Dr David Ullmanなるロスアンジェルスに住む米国人から1通のE-MAILが飛び込んできました。何と、彼はかのサムエル ウルマンの曾孫でした。たまたま彼がホームページをあちらこちらサーフィングしているうち日本のこの私のページに遭遇。そこで「青春」の詩を見つけ、私とこの詩の出会い等を尋ねてきたのです。彼と私の間に太平洋を越えて多くのメールが行き交いました。デビッドは子供の頃アラバマ州の記念館に一度だけ父親に連れていって貰ったことがあるそうです。彼からのメールの一部をご紹介します。事実は小説よりも奇なり・・・・・・・・・・とはまさにこのことです。

 

 

サムエル・ウルマンの永遠の名詩「青春」には、岡田義夫氏それに作山宗久・宇野收氏によるものとの2つがあります。以下、それぞれの訳詩と英詩を示します。

----------------------------------------------------------------

青春

サムエル・ウルマン 宇野収、作山宗久訳

 

青春とは人生のある期間ではなく

心の持ち方をいう。

バラの面差し、くれないの唇、しなやかな手足ではなく

たくましい意志、ゆたかな想像力、もえる情熱をさす。

青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

 

青春とは臆病さを退ける勇気

やすきにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。

ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。

年を重ねただけで人は老いない。

理想を失うとき はじめて老いる。

歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ。

苦悩、恐怖、失望により気力は地にはい精神は芥(あくた)になる。

 

60歳であろうと16歳であろうと人の胸には

驚異にひかれる心、おさな児のような未知への探求心

人生への興味の歓喜がある。

君にも我にも見えざる駅逓が心にある。

人から神から美、希望、よろこび、勇気、力の

霊感を受ける限り君は若い。

霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ

悲嘆の氷にとざされるとき

20歳だろうと人は老いる。

頭を高く上げ希望の波をとらえるかぎり

80歳であろうと人は青春の中にいる。

 

------------------------------------------------------------

青春

サムエル・ウルマン 岡田義夫訳

青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。

優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、

安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。

年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。

歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。

苦悶や、狐疑や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年

月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。

年は七十であろうと、十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。

曰く驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、その輝きにも似たる

事物や思想に対する欽仰、事に処する剛毅な挑戦、小児の如く

求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。

 

  人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる。

  人は自信と共に若く 失望と共に老ゆる。

  希望ある限り若く  失望と共に老い朽ちる。

 

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして

偉力の霊感を受ける限り人の若さは失われない。

これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、

皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至れば、この時にこそ

人は全くに老いて神の憐れみを乞うる他はなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                              めでたしめでたし

 

中条彩乃さん(ロック所属)について、2022年1月中の大阪東洋ショー劇場での公演模様を、新作「中条サンマ」を題材に、「文学の香り」という題名で語りたい。

 

 

2022年1月18日、新年のご挨拶を兼ね、大阪東洋ショーに顔を出す。

今週の香盤は次の通り。①佐々木ひなこ(東洋)、②雨宮衣織(ロック)、③熊野あゆ(ロック)、④中条彩乃(ロック)、⑤樋口みつは(ロック)〔敬称略〕。樋口みつはさんは東洋初のりで私と初顔合わせになる。佐々木ひなこさんは1周年作を初披露(本当は12月11日デビュー)。

 

一年ぶりの観劇レポートになる。私の昨年は、コロナ禍のせいでストリップ観劇頻度ががくんと減り、また長編小説が書きたくなったこともあり、観劇レポートを書かなくなっていた。申し訳ない。

中条彩乃さんのステージだけは、見るたびにステージのメモをとっていたし、曲名を教えてもらっていたので、その気になったら書ける準備はしていたものの、書き上げずにいた。もしかして期待してくれていたら心からお詫びします。

 

久しぶりに、観劇レポートを書きたくなった。なぜかというと、一言でいうと、‘文学的な香り’を感じたから。

最初の場面で、浴衣姿で魚を焼くシーンがあるが、私はここに、どこか夏目漱石の世界観を重ねてしまった。あえてラストでまた浴衣姿に早着替えして現れて幕を締める。このことから更に印象を強くした。

すぐにポラタイムで演目名を確認したら「中条サンマ」と聞いて思わず笑ってしまった。ネコの演目とは思ったがサンマにポイントが置かれているんだな。代表作「中条サンバ」にかけているところもGOOD!

実は私はただいま文豪ブーム。文豪作品を読み漁って、たくさんのストリップエッセイを書いている。本好きの人でないと興味がないかもしれないが、中条さんは本好きだからぴったしカンカンだね。私の場合、昨年一年間で、芥川龍之介、太宰治から始まり、谷崎潤一郎にいき、川端康成、三島由紀夫と通り、次は明治の文豪、森鴎外と夏目漱石へときている。

そんな中、今週のライブシアター栗橋に行き、鈴木ミントさんの「吾輩は猫である」の作品を見た。私は、正月に夏目漱石の「こころ」「明暗」を読んでいたので思わず笑ってしまった。そのとき、ミントさんがポラタイムで、あるお客と中条さんの話をしていたんだ。「中条さんは昨年300日もステージにのった。残りも浅草の練習をしていたので、全く休みなんかない。彼女は超~アスリート。私には無理、無理、無理・・・」と言っていた。私は耳を傍建てて聴いていた。笑

そういう経緯が、私に、この作品「中条サンマ」に興味と親しみを与えてくれたんだな。

 

まだ曲名を確認していない段階だが、さっそく観劇ステージを書いてみる。なお、曲名を確認した後で再度また書き直したいと思う。

 

演目名「中条サンマ」。サンマはカタカナでいいのかな?

それにしても、うまいネーミングだ。思わず、座布団一枚!と叫びたくなった。

アニメ「サザエさん」を彷彿させるね。

 

最初に、白い浴衣姿にピンクのベールを頭上にはおって登場する。

薄い水色生地の浴衣には赤い楓の葉が描かれている。ピンクの帯を締める。髪はこぎれいに編み結んでいる。白い足袋をはき、青味がかった扇をひとつ持って、女性ボーカルの歌に合わせて舞い踊る。

客側から向かって右端の舞台の上で、一匹の魚を焼いている。それがサンマであることは後で知る。キャンピング用の黒い魚焼き器(キャッシュロースター)である。ここは、できれば古い焼き火鉢なんかだったら、もっと風情が増しそうなところ。

一曲目の最後に、そこに佇み、一匹の魚をつまみ上げる。

そのまま暗転する。

二曲目のインスト音楽が始まり、着替えて登場。音楽はピンクパンサーぽい。

茶色のネコの恰好で現れる。ここから、この作品はネコの演目であることが分かる。

茶色のネコ耳。上着は茶色のふわふわ毛皮をチョッキ風に着る。下はオレンジ色のパンツにギザギザの青いフリルがミニスカート状に付いている。そして茶色の尻尾。すらりとした足の先にはギラギラした銀のハイヒール。

ハーモラスな三曲目の音楽に合わせて、軽快にダンス。紫の縁取りをした黄土色の、長い蔓状のポイを身体に巻き付ける。

そのままベッドへ。

立ち上がり曲は、ジブリ映画『猫の恩返し』の主題歌である、つじあやのの『風になる』で盛り上げる。この作品は間違いなくネコの演目である。

このまま終わるかと思い気や、早着替えして、再度、最初の浴衣姿で現れる。そして、火鉢の上にオレンジの花を一輪置いて、エンドとなる。

 

この花はなにを意味するのかな。と思いつつ、私は文学的な余韻に浸った。

 

 

2022年1月                        大阪東洋ショー劇場にて

 

 

 

 

 

 

 

童話『文豪たちがストリップにやって来た!!!』

 

 

第一部     文豪たちの集い

 

 天上の神様は大の読書好きなので、たまには文豪たちの慰労会でも企画しようと考えました。

 最初は近代日本の文豪を集めることにしました。

 そうそうたるメンバーが揃いました。

 まずは、明治の重鎮である夏目漱石と森鷗外の二人。そして、夏目漱石門下(木曜会メンバー)の志賀直哉と芥川龍之介。森鷗外を慕う永井荷風、荷風を師と仰ぐ谷崎潤一郎。

 昭和の代表としては、いわゆる無頼派。太宰治、坂口安吾、檀一夫、織田作之助の四人。その他、川端康成と三島由紀夫の師弟コンビ。以上12名の面々です。

 

 ある高級料亭の一室。彼らのお座敷での配置を見てみましょう。

 正面に位置する床の間の柱を挟んで、夏目漱石と森鷗外が座ります。夏目漱石の右横には志賀直哉と芥川龍之介が続きます。そこから少し間をおいて、いわゆる無頼派。太宰治、坂口安吾、檀一夫、織田作之助の順で並んでいます。

 森鷗外の左横には永井荷風、谷崎潤一郎の順で並びます。そこから少し間をおいて、川端康成と三島由紀夫がいます。

 

 日本の頭脳とも言える面子なので、ほとんどが東大卒(中退含む)で、さぞかしアカデミックな議論が展開されるかと思いきや、意外にも他人(作品)の悪口ばかり言ってます。悪口を言われた方は自己弁護に懸命です。東大出が他人の足を引っ張ったり、自分のための言い訳ばかり上手いのはいつの時代も同じですね。(笑)

 

■ さて、具体的に彼らの会話〈悪口合戦の模様〉を聞いてみましょう。

                                                                                                                                       

◆ まずは、夏目漱石と森鷗外の両巨頭、この古狸二人の腹の探り合いからスタート。

 今でこそ、夏目漱石が文豪としての筆頭株ですが、森鷗外の方が文壇デビューも早く、最終的な公的役職が軍医総監と上なので、夏目漱石が森鷗外を立てていました。でも、夏目漱石は内心は自分の方が格上と思っています。

「鷗外先生が前に住まわれていた千駄木の邸宅に、私もイギリスから帰国後三年ほど住んでいたんですよ。そこで私は『吾輩は猫である』を書いて作家デビューしたんですよ。」と夏目はそつない話題で鷗外に話しかけました。

 森鷗外はうわべは冷静でしたが、ライバル意識が強く、夏目漱石のことを「このエゴイストめ!」と内心思ってました。鷗外は漱石に向かい「夏目先生のデビュー作『吾輩は猫である』を読みましたよ。大変面白かったです。私も負けずに『吾輩も猫である』を書こうかと思ったほどです。(笑) 実際、私の長編小説『青年』は夏目先生の『三四郎』に刺激を受けて書き上げました。読んで頂けましたでしょうか。」

夏目は苦笑いした。正直に言うと鷗外の『青年』はいまひとつな作品と思っていました。だから変な言葉を返したら鷗外を怒らせるかもしれない。森鷗外は酒に酔って喧嘩に及んだ逸話を書いているくらいなので慎重に対応しました。(『文豪たちの大喧嘩―鴎外・逍遙・樗牛』谷沢 永一著)

一説によると、森鷗外は夏目漱石の私小説に刺激され、『青春』や『雁』などの私小説を書いたものの、漱石の次々と発表される私小説の名作に、とても太刀打ちできないと感じて、晩年は歴史小説の方向に進んでいったと言われています。

 

 

◆ 夏目はおもむろに隣の志賀直哉の方を向いて話し出しました。「先日話した新聞連載小説の件だがどうかね。是非とも君を新聞社に紹介したいと考えているのだが。」

志賀は困り顔で「その件ですが、考えてみたのですが、元来私は短編向きのようです。長編小説は自信がなく、この話はお断わりさせて頂きます。」と答えました。身体が緊張して震えています。小説の神様とまで称された志賀直哉ですが、生涯唯一の長編小説が『暗夜行路』のみで、これを書き上げるのになんと25年も要しています。マイペースな志賀直哉には最初から無理な依頼でした。しかし、折角の夏目先生の推薦を断ってしまったことに心底恐縮します。

それを見かねた芥川龍之介が、助け舟のごとく志賀直哉に話しかけました。「志賀先輩、相談にのってください。最近の私はスランプで書けないんですよ。どうしたらいいものでしょうか?」

志賀は即答しました。「書けないときは書かないことだよ。いずれ書きたくなるさ。」

 それを聞いた芥川はがっかりしました。答えになっていません。オレは書かないと生活ができないんだ。やっぱり志賀はマイペースな人だと思いました。

 志賀直哉は宮城県石巻市に生まれました。父親は第一銀行に勤務し明治期の財界で重きをなした人物です。だから裕福な家庭でした。志賀は学生運動にはまり、資本家寄りの父親に反抗しました。また結婚にも反対され、親子の縁を切ります。そのため全国を転々として歩くことになりますが、しっかり親の援助を受けています。だからお金には困らなかったのです。しかも後に父親とも和解します。

 今回集まった文豪の中で志賀直哉が88歳と一番長生きしました。この要因はマイペースな人生にあるのかもしれませんね。(笑)

 

 

◆ 向かい側では、永井荷風と谷崎潤一郎とが話が弾んでいました。美食家の二人は今日の料理についてウンチクを話しています。そして、話は戦争中のことに及びます。二人は戦時下でも闇物資を調達して食を楽しんでいました。永井荷風は、東京大空襲に遭い関西方面に疎開したときに、先に関西に移住していた谷崎潤一郎の好意で一緒に食べた牛鍋の味が忘れられないと話しました。戦時下では実際に谷崎潤一郎は官憲から目をつけられていたようです。

谷崎潤一郎は裕福な家庭に生まれたものの、だんだん没落して東大を中退せざるを得なくなりました。そのとき、彼の在学中に書いたデビュー作『刺青』を高く評価し文壇に導いてくれたのが永井荷風です。この作品の持つ江戸情緒とエロティシズムを理解されたのは幸運でした。この師弟愛は生涯にわたり続きます。

ちなみに、文豪の多くは短命ですが、永井荷風と谷崎潤一郎は共に79歳まで長生きしました。長寿の秘訣はやっぱり栄養ある食べ物を摂取できたからでしょうね。(笑)

 

芥川が話に割り込んできました。芥川と谷崎は仲良しです。

「松子さんは元気かな?」と芥川は聞きました。松子さんは谷崎の三番目の奥さん。谷崎は生涯に三人の妻を得ましたが、松子さんこそが理想の女性として添い遂げました。実は谷崎と松子さんとの出会いには芥川が深く関与しています。芥川が大阪出張の折り料亭で谷崎と飲みました。そこに芥川の熱烈な読者であった松子さんが訪ねてきました。松子さんは芥川目当てでしたが、谷崎の方が松子さんに一目惚れ。そのとき谷崎は48歳。しかも松子さんは既に結婚しているにもかかわらず谷崎は猛アタックし結婚してしまいました。

次第に酒がすすみだすと、芥川龍之介と谷崎潤一郎は芸術論を戦わせました。芥川は芸術至上主義を訴え、作品には美的表現こそが大切であり筋書きなど必要ないと言います。それに対して、谷崎は作品には美的表現も大切だがおもしろい筋書きがなくてはダメだと主張します。長編小説を得意とする谷崎らしい主張です。芥川は短編小説ばかりで、なかなか長編小説が書けずに悩んでいました。この論争は、谷崎が優勢の模様。

 

 

◆ 一方、隅の方で、川端康成と三島由紀夫の師弟コンビが小声で話していました。

「今回の集いには我々の仲間が少ないな。梶井基次郎くんも入れたいところだけど彼は酒癖が悪いからなぁ~」

 川端も三島も梶井基次郎を高く評価していました。感覚的なものと知的なものが融合した簡潔な描写と詩情豊かな澄明な文体といわれます。代表作は『檸檬』『冬の蠅』『闇の絵巻』『kの昇天』など。梶井は結核のため31歳で亡くなります。そのため若くして死を意識していたことから彼の作品は「絶望の文学」とか「闇の文学」といわれます。ただ酒を飲むと喧嘩ぱやくなるのが欠点。以前も川端がいたところで女流作家の宇野千代さんを巡り彼女の旦那である尾崎士郎と喧嘩するという事件を起こしていました。

 

川端が「岡本かの子でも同席していたら楽しいのにな。彼女はオレの愛弟子だ。洋行経験もあるハイカラさんだから場が華やぐはず。」と呟きました。
 川端康成は岡本かの子の夫である漫画家の岡本一平(朝日新聞にコマ漫画を掲載していた)とも親しく、家族付合いしていました。この夫婦はあの「芸術は爆発だ!」で有名な芸術家岡本太郎の両親です。

かの子は豪商である大貫家に生まれました。若年期は歌人として活動しており、その後は仏教研究家として知られます。小説家として実質的にデビューしたのは晩年ですが、生前の精力的な執筆活動から、死後多くの遺作が発表されました。耽美妖艶の作風を特徴とします。代表作は『母子叙情』『金魚撩乱』『老妓抄』『生々流転』『鮨』など。

なお、私生活では、夫一平の公認のもと、かの子の愛人とも同居するという「奇妙な夫婦生活」を送ったことで知られます。当時としてはぶっ飛んだ女性ですね。

 そうした性格面からか、かの子は谷崎潤一郎からよく思われていません。実は、谷崎はかの子の実兄である大貫晶川と文学活動を通じて親交がありました。かの子は歌人を目指した十代の頃、谷崎ら文人が大貫家に出入りするようになり影響を受けます。きっと谷崎にもモーションをかけていたかもしれません。しかし谷崎は終生かの子を評価しませんでした。

 

 三島が額に皺を寄せて、「岡本かの子さんを加えるなら、他の女流作家も入れないとバランスが悪いのでは。」と言い出します。
 問題は誰を入れるか。

三島由紀夫が以下にとうとうと自説を述べました。・・・


 まあ~名作『たけくらべ』の樋口一葉さんあたりが妥当なところでしょうか。しかし、岡本かの子と樋口一葉では相性が悪そうだなぁ~。
  なにより、樋口一葉は森鷗外先生の大のお気に入り。鷗外先生が彼女を独り占めしちゃうかも。
 樋口一葉は文才があるだけでなく、若くて美人です。鷗外先生には、樋口一葉が結核のため24歳で亡くなったとき、軍装して馬に乗って葬式に駆け付けたというエピソードがあります。そのときはさすがに場違いと思い直し葬式に出ずに帰ったらしい。きっと惚れてたんだろうな。
 もうひとつ、樋口一葉だと、夏目先生との関係も心配になるなぁ~。

夏目先生は「自分は千円紙幣なのに、樋口一葉は五千円紙幣なのか。オレの方が価値が上じゃないのか。」と内心思っているはず。

他にも、夏目漱石と樋口一葉にはこんな実話エピソードがあります。夏目漱石の妻・鏡子の著書『漱石の思ひ出』によると、一葉の父・則義が東京府官吏を務めていた時の上司が漱石の父・小兵衛直克であった。その縁で一葉と漱石の長兄・大助(大一)を結婚させる話が持ち上がったが、則義が度々直克に借金を申し込むことがあり、これをよく思わなかった直克が「上司と部下というだけで、これだけ何度も借金を申し込んでくるのに、親戚になったら何を要求されるかわかったものじゃない」と言って、破談にしたという。

ということは、もう少し縁があれば、樋口一葉は夏目漱石の義理の姉だったのですね。姉なら五千円紙幣でもいいか(笑)。それにしても世の中は狭いものです。

 

そこで、樋口一葉の代わりに、歌集『みだれ髪』の与謝野晶子を入れたとしましょう。与謝野晶子と岡本かの子は歌人として旧知の仲。ただ懸念材料として、岡本かの子と与謝野晶子の二人が揃うと、夫の浮気癖について、さぞかし激しい愚痴合戦を始めることでしょうな。

 

先ほど岡本かの子の「奇妙な夫婦生活」の話が出ましたが、こうなった元々の原因は夫一平の方にあったわけです。かの子は21歳で岡本一平と結婚します。翌年太郎を産みます。ところが一平は家庭をかえりみず放蕩します。彼は男前で女にモテたようです。かの子は続く長女の出産に失敗したことも重なり、神経衰弱になり神経科に入院します。退院後、一平は深く反省しますが、かの子はもう一平を愛せなくなります。その結果、当時かの子の熱烈な崇拝者であった早稲田大学生と共に「奇妙な夫婦生活」を始めることになったのです。学生との間に次男が生まれますが間もなく死亡します。その後、かの子は仏に救いを求めていきます。(瀬戸内晴美『かの子繚乱』参照) まるで瀬戸内寂聴さんの生き方そのものですね。

 

与謝野鉄幹の浮気癖はもっと酷い。与謝野鉄幹と晶子は生涯12名もの子供(うち1名は生後二日で死亡)を作った仲睦まじい歌詠み夫婦と思いがちですが、とんでもない間違いです。与謝野鉄幹の女グセの悪さは半端ない。山口県徳山女学校で国語教師をしていた若き鉄幹はあたりかまわず女学生に手を出していました。最初に妊娠させた子は生後間もなく死んだが、それが原因で退職させられました。ところがそのときには既に別の女性を孕ませていました。その子は無事に生まれるが、もう徳山にいられなくなった鉄幹は妻子を連れて逃げるように上京します。その後、文芸活動しながら暮らします。晶子(22)とは大阪の歌会で出会うわけですが、そのときはもちろん不倫でした。晶子は5歳上の鉄幹に夢中になります。翌年、鉄幹と晶子は駆け落ち婚。もちろん晶子と結婚後も鉄幹の浮気癖は直りません。晶子の親友にまで手を出します。みだれていたのは髪だけじゃなかったのですね。(笑) 

与謝野鉄幹は長身で和歌を嗜み、今でいえば芸能人並みに女性に人気があったようです。

芸の肥やしに女性と関係をもつといったところでしょうか。それにしても与謝野晶子に捨てられず愛され続けた魅力は一体なんだったのだろう。晶子は結婚生活の前半はずっと妊娠していたことになります。鉄幹は浮気の代償にとせっせと子作りしていたのでしょうか。晶子は愛と性の奴隷だったのかな。「柔肌の 熱き血潮に 触れもみで 寂しからずや 道を説く君(みだれ髪)」

 その後、鉄幹の創作活動は極度の不振に陥ります。気分転換にと洋行する始末。逆に、晶子の創作活動は高く評価されていきます。歌人だけでなく、童話、小説、源氏物語現代語訳と幅広くなり、懸命に家族を支えていきます。また、平塚らいてう等と共に女性解放運動の先頭にも立ちます。鉄幹の最大の評価は晶子という天才女流作家を見出して、しかも彼女を妻にできたことと言い切れますな。

 鉄幹の業績には、後に慶応義塾大学文学部の教授になり、明星を創刊して、高村光太郎、石川啄木、北原白秋など優れた文学家を育て、晩年にはお茶の水駿河台に文化学院を創設したなども挙げられますが、それもこれも晶子の内助の功(いや妻の七光り?)あってのものでした。゙

(渡辺淳一『君も雛罌粟〈コクリコ〉われも雛罌粟〈コクリコ〉 /与謝野鉄幹・晶子夫妻の生涯』参照。この題名は、夫に恋焦がれてパリまで追いかけた与謝野晶子(34)の歌「ああ皐月 仏蘭西の野は 火の色す 君も雛罌粟 われも雛罌粟」からとられた。雛罌粟(ひなげし)は、フランス語で「コクリコ」という。このときの晶子の洋行の費用を工面してあげたのは森鷗外でした。鷗外は女性に甘いようですな。)

 

 与謝野夫婦と親交が深かった森鷗外ですから、晶子に愚痴られでもしたらたまったもんじゃないですな。尊敬する先生たちが女性問題で右往左往する姿を見たくない。梶井くんのように女性が絡むと感情的になる奴もいるし。あー考えただけでうんざりします。私はこういうのが嫌なんで男色なのですよ、実は。・・・

 

以上の三島の独白に対して、同じく男色とされる川端は苦笑い。
 やはり女性の文豪の話は止めときましょう。

 

 ということで、三島由紀夫は真面目な面持ちになり、文体としては森鷗外と谷崎潤一郎を尊敬していると芸術的なことを話し出しました。

 

 ところが、すぐに太宰治の話題になります。

太宰治は、芥川龍之介を心酔していたので、第一回芥川賞(昭和10年)を欲していました。ちょうど彼のデビュー短編集『逆行』がその候補作品にノミネートされていたのです。

当時デビュー間もない26歳の太宰は酒と女と麻薬中毒により乱れた生活を送っていました。そのため借金まみれ。だから芥川賞の賞金500円が喉から手が出るほど欲しかったのです。現在の芥川賞の賞金は百万円ですが、当時の500円はそれよりはるかに上回ります。

しかし、その選考委員をしていた川端は、太宰の私生活の乱れを知っていたので落選させました。特に太宰の女性問題、最初の心中事件は相手の女性が死んだために報道されていました。

太宰はそんな落選理由はないと川端に激しく詰め寄りました。それに対して「君には才能があるから、私生活さえ建て直したらいい作品を書けるはずだ。」と川端は太宰を諭しました。

 たまたまそれを聞きつけた芥川龍之介が近づいてきて「太宰くんに賞を取らせてあげればよかったのに。そうすれば芥川賞の権威がもっと上がったはず。」と太宰を援護しました。

 太宰は尊敬する芥川の加勢を受けて気をよくしました。

 川端の旗色が悪くなってきたので、側にいた三島由紀夫は太宰に向かって「オレはお前の作品が嫌いだ。お前の作品は女々しい。」と批判しました。それに対して、太宰は「私の作品をしっかり読んでくれているようだから、本当は私のことが好きなんじゃないの?」と切り返しました。

 険悪になりそうな雰囲気を察して、川端は三島と太宰の二人を制しました。

 

 

◆ もうひとつの隅では、いわゆる無頼派の四名が盛り上がっていました。太宰治、坂口安吾、檀一夫の三人はいつもの飲み仲間です。坂口安吾は戦争直後に書いた『堕落論』『白痴』が注目されました。檀一夫の代表作は『火宅の人』。今日は大阪から『夫婦善哉』で有名な織田作之助が特別参加しています。織田作之助は他の三人とも、東京で何度か飲んだ仲です。

  

 先ほどの太宰治と川端康成と三島由紀夫のやり取りを聞いていた檀一夫はこう言います。「おれは東大出の中では太宰治が一番の天才だと思うね。」

 そして、ひとつの思い出(エピソード)を紹介しました。

〈以前、太宰と檀が熱海で飲み明かしたが、その代金が払えない。太宰が東京に引き返してカネを借りてくるという。檀は熱海に残ることになる。事実上の人質である。ところがその太宰が戻ってこない。数日後、東京に帰った檀は恩師の井伏鱒二の家で将棋を指していた太宰を見つける。「あんまりじゃないか」。それに対して太宰は「待つ身が辛(つら)いかね、待たせる身が辛いかね」と言った。(檀の『小説太宰治』にある) その時もちろん檀は怒ったようだが、この逸話が後に太宰の名作『走れメロス』につながるという。〉

 檀はここまで話して「やはり太宰は天才だ」としみじみ言います。坂口安吾が「太宰治はフツカヨイの天才だ!」(坂口安吾著『不良少年とキリスト』『太宰治情死考』から)と付け加えます。(笑)

 太宰はしきりに頭をかきました。

 

 ときに太宰治は志賀直哉を牽制しました。あいつは重箱の隅をほじくるような指摘をする肝っ玉が小さい奴だと。(坂口安吾著『不良少年とキリスト』から)

 太宰は自作『斜陽』にケチを付けられた腹いせに、志賀直哉が戦時中「シンガポール陥落」等で戦争を讃美するような発言を残したことを、自作『如是我聞』などで攻撃しました。太宰も大人げないところがあるな。

 太宰は175㎝の長身で色白の美男子。実際に女にはモテました。彼の次に文壇で美男子と言われていたのが志賀直哉だったから気に入らなかったのかもしれないな。(笑)

 志賀直哉が美男子というのは、志賀と同じ白樺派で親友でもあった武者小路実篤の作品『友情』『愛と死』からも窺えます。

 

 また、坂口安吾は永井荷風のことを通俗作家として批判しました。「根本的な作家精神の欠如」と切り捨てます。安吾先生も厳しいなぁ~  (坂口安吾『通俗作家 荷風 ——『問はず語り』を中心として - 』より)

 

 最後には「今日は中原中也がいなくて良かったな」と皆で言い合います。太宰も中也から随分からまれて嫌な思いをしたようです。中原の親友である小林秀雄(評論家)でさえも「中原には詩人としての魅力は感ずるも、性格的な嫌悪を感ぜずにはいられなかった。」と言っています。中原の性格の難というのは、子供っぽく人懐っこいところで、相手を気に入り文学論議に熱が入ると毎日のように押しかけて長居をします。しかも酒癖が悪いのだから困りものです。

 しかしながら中原は結核のため30歳の若さで亡くなります。誰もが夭折の天才詩人を懐かしみました。彼の詩集は『山羊の歌』『在りし日の歌』の二冊のみ。
 

 

 

■ 最後に、『この中で最も偉い文豪は誰か』という全体に係わる話題になりました。

 

◆ これに対して、夏目漱石は威厳をもって発言しました。

「私は38歳で『吾輩は猫である』を執筆して遅咲きの作家デビューですが、死ぬまでの12年間に長編小説をたくさん世に送りました。しかも驚くなかれ、全作品が今でも売れ続けています。文豪の中で一番でしょう。

全ての小説にわたるテーマは〈近代日本人が抱える自我の苦悩〉という普遍的なレベル。そのため、日本文学史では、あの『源氏物語』の紫式部以来の優れた文学者であると位置付けられます。また私は漢詩の素養も高く評価されています。初期の名作といわれる『草枕』の冒頭部分〈智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。〉は特に有名です。

さらに思想的にも〈則天去私〉の悟りに達しています。思想史的には、僧侶を除くと、聖徳太子の〈和を以て貴しとなす〉以来のものとされます。

 お分かりですか。偉人としての実績は誰もかなわないでしょう。」

 

 森鷗外は夏目漱石の発言を横で聞きながら「私の良さは分かる人にしか分からないさ。」と呟くのみ。

  森鷗外を心から崇拝している永井荷風は、鷗外先生が黙して語らないのが不満でした。

 

 志賀直哉も芥川龍之介も鷗外同様に達観していました。夏目先生の発言を聴いた後ではとても自慢話なんか出来ないといったところでしょうか。

ちなみに、志賀直哉は「写実の名手」であり、鋭く正確に捉えた対象を簡潔な言葉で表現しているとの定評があります。無駄を省いた文章は、文体の理想のひとつと見なされ高い評価を得ています。このことから直哉の作品は文章練達のための模写の題材にされることもあります。当時の文学青年から崇拝され、代表作『小僧の神様』にかけて「小説の神様」に擬せられていました。

芥川龍之介も文学評論『文芸的な、余りに文芸的な』のなかで、「通俗的興味のない」「最も詩に近い」「最も純粋な小説」を書く日本の小説家は志賀直哉であると述べています。

夏目漱石も志賀直哉の文体を高く評価しています。志賀は30歳のころ山手線の電車に跳ねられ重傷をおいます。一命を取りとめた志賀は療養のため兵庫県の城崎温泉に行きます。そのときに書いた志賀の名文とされる短編小説『城の崎にて』を読むと、旅館の窓から見えた蜂や鼠やイモリなど小動物に自分の死の影をみています。一読しただけでは難解な文章ですが、彼の凄さはこの直感力であり、それは禅問答に通じていると思わせられます。

 

◆ 天上の神様は、漱石の雄弁さ、鷗外の無口さ、その対照的な二人の様子を眺めながらほくそ笑んでいました。天上の神様は、文豪の中でも明治の巨匠二人は別格だと認識していたのです。

 なぜなら、二人の影響は当時の若手文士、そして後の文士たちに与えたものが甚大であるからです。

 具体的には、二人とも自宅に若手文士を集めて自由闊達な議論をしています。それは堅苦しい師弟関係ではなく、ヨーロッパ留学経験のある二人らしく欧州サロン風だった点が特徴です。二人とも決して偉ぶらず、極めて面倒見がよい。その中で知り合った才能ある若手文士をどんどん文壇に紹介していきました。だからこそ、二人の人柄に惹かれ多くの若手文士たちが集まったわけです。

 

 まずは夏目漱石のケース。

 毎週木曜日の午後三時から自宅に集まります。木曜会と称しました。

小宮豊隆、鈴木三重吉、森田草平、内田百間、野上弥生子、芥川龍之介、久米正雄らの小説家の他に、寺田寅彦、阿部次郎、安倍能成、和辻哲郎などの学者もいました。

なお、本童話には木曜会メンバーとして志賀直哉を入れています。白樺派の武者小路実篤や志賀直哉も事実上の漱石門下としています。彼らは文壇に先輩や師を持たないというポリシーを持っており、漱石門下を自称することはありませんでしたが、当時の文壇で漱石を最も尊敬していることを自認していて、漱石も彼らに目をかけていました。

そうそうたる人たちが、夏目漱石の自宅・書斎に集まり様々な議論をしていました。集まった人々は、漱石に教えを乞うと言う訳ではなかった様です。芥川龍之介は、当時をこう思い返しています。「木曜会では色々な議論が出ました。小宮先生などは、先生に喰ってかかることが多く、私達若いものは、はらはらしたものです。」多分漱石自身もそう言う議論を楽しんでいたのでしょう。

漱石には気難しい、癇癪持ちのイメージがありますが、木曜会では教育者としての顔が前面に出ています。それほどに漱石は門下生に対して面倒見が良く、仕事の世話をしてやったりもしていました。芥川龍之介が東京帝大在学中に書いた『鼻』を漱石が絶賛したことで、芥川が文壇で一目置かれるようになった話は有名。また、凝りもせず生涯借金を繰り返した内田百聞をはじめ、大半の弟子たちは漱石への甘えからか迷惑ばかりかけています。漱石に一切迷惑を掛けなかったのは芥川一人だけ。(笑)

 彼らは後に‘漱石山脈’と呼ばれます。夏目漱石の元に集まった人々の人脈です。その中には、出版業界において「漱石文化」を普及させた最大の功労者である岩波茂雄もいます。

 

 次に、森鷗外のケース。

自宅の二階(当時は二階から海が見えたらしく「観潮楼」と呼んだ)で定期的に開催された歌会が有名です。その観潮楼歌会は、1907年(明治40年)3月、鷗外が与謝野鉄幹の「新詩社」系と正岡子規の系譜「根岸」派との歌壇内対立を見かね、両派の代表歌人を招いて開かれました。以後、毎月第一土曜日に集まり、1910年(明治43年)4月まで続きます。伊藤左千夫・平野万里・上田敏・佐佐木信綱等が参加し、「新詩社」系の北原白秋・吉井勇・石川啄木・木下杢太郎、「根岸」派の斎藤茂吉・古泉千樫等の新進歌人も参加しました(与謝野晶子を含めて延べ22名)。

 

 改めて思うに、この明治の巨匠二人がいなかったら、その後の日本文学や文壇の発展はだいぶ変わっていたことでしょう。

 天上の神様がそんな風に考えているところに、太宰治の発言で、一転して議論は思わぬ方向に進みます。

 

◆    一方、太宰治はこう言いました。

「歴代の日本文学作品の中で売上ナンバーワンを知ってるかい? 夏目漱石先生の『こころ』と私の拙書『人間失格』が首位を争っている。ただ『こころ』の方は高校の教科書に載っているため学校側がまとめて本を購入して生徒に配布しているらしい。だから生徒が本当に読んでいるかどうかはわからない。その点、私の『人間失格』は読者が読むために購入している。だから実質の売上ナンバーワンは私の『人間失格』ということになる。」

「ある文学者が言うには、私の作品『斜陽』は貴族の没落をテーマにしていますが、万一これがフランスで出版されていたなら間違いなくノーベル文学賞だったろうと。」

 他の無頼派はみな太宰を押しました。

 

 川端康成が太宰のコメントに反応します。 

「いやいや、実際にノーベル文学賞を取った私が一番なんじゃないかな。」

「私はこれまで美しい日本を美しい日本語で表現することにひたすら精進してきました。私の代表作『雪国』を読んでいただければご理解いただけると思います。」

 

谷崎潤一郎もこれに対して発言します。

「私は何度もノーベル文学賞の候補にあがりました。もう少し長生きしていたら私が日本人初のノーベル文学賞受賞者になれたかもしれないなぁ~」

「私も日本語の表記にはかなりこだわりました。私の作品『春琴抄』を見てもらえば驚くと思いますが、句読点や改行を大胆に省略しています。このように文体や表現を作品ごとに常に見直しています。だから、私の代表作『痴人の愛』『春琴抄』『細雪』などは、情痴や時代風俗などのテーマを扱う通俗性と、文体や形式における芸術性を高いレベルで融和させた純文学の秀作として高く評価されています。」

 

 急に三島由紀夫の顔付きが変わりました。ノーベル文学賞という言葉を聞いて黙っていられなくなったようです。

「私だって美しい日本語を極めようと日本語の辞書をまるごと一冊飲み込みましたよ。(笑)だから語彙が豊富です。また比喩や装飾が多いのが私の文章の特徴です。ぜひ私の代表作『金閣寺』『仮面の告白』『豊穣の海』を読んでみてください。」

さらに感情的になり、おもわず本音を暴露し出しました。

「川端先生から直接に、君は若いので次の機会があるだろうから、今回は私に譲ってほしいと言われ、私はノーベル賞委員会に川端先生の推薦状を書かされたんだ。しかし本当は自分こそがノーベル文学賞に相応しく思えてしょうがない。正直言って私が欲しかった。」

 

◆    話が内輪揉めの事態に発展して険悪な雰囲気になってきました。ノーベル文学賞は戦後

の話なので判断の基準にはなりません。

天上の神様が慌てました。これでは慰労会の趣旨に合いませんから。

そこで天上の神様はこんな提案を行いました。それには一同啞然としました。

「この中で一番のデクノボウこそが最も偉いんじゃよ!」

ふとよく見たら、天上の神様の後ろに宮沢賢治が立ってほくそえんでいた。なるほど、そうか宮沢賢治の童話『どんぐりと山猫』に通じるか。

 天上の神様は近代日本文学史の中では宮沢賢治が一番だと思っています。彼の代表作は何と言っても『銀河鉄道の夜』。しかし、彼は岩手の孤高の作家なので、文豪の仲間がおらず淋しい思いをさせてはと、今回の集いからは外していました。

天上の神様の一言により『この中で最も偉い文豪は誰か』という議論はようやく沈静化しました。

 

 

 

第二部 文豪たちがストリップ劇場へやってくる

 

 一次会は盛り上がりました。文豪たちが酔った勢いで、次はストリップ劇場に流れました。

 ストリップ通を名乗る永井荷風が先導してきたらしい。文豪らはみな基本的に真面目なインテリです。永井荷風が小説のいいネタになりますよと彼等を誘ったようです。そうでもしないと低俗と思われているストリップなんかに文豪が来るわけがありません。

 

ここで永井荷風のことを簡単にご紹介します。どうも彼は影が薄そうなので。(笑)

永井荷風は、明治から昭和を生きた小説家で、東京市小石川区(現在の東京都文京区)に明治12年に永井久一郎の長男として生まれました。父親は海外留学の経験もある優秀な官吏。厳しい教育のもと荷風は実業家になることを期待され海外渡航の経験もします。しかし荷風は文学に傾倒し父親の期待に背きます。帰国後は31歳で慶応義塾大学文学部の教授になり三田文学を創刊します。この頃は執筆活動も順調でしたが、芸妓遊びなど放蕩癖があり私生活は安定しません。困った家族は荷風33歳にて無理やり見合い結婚させます。ところが翌年34歳で父親が亡くなるや、家督を継いで、妻とも離縁します。そして大学の職も辞し、まさしく父親の呪縛から解放されたように自由気ままな生活を送るようになります。

彼の小説ネタは庶民の風流で粋な生活で、江戸情緒や𠮷原遊郭に関心が向きました。それは森鷗外や夏目漱石など文壇からも高い評価を得ました。

ところが、この頃から永井荷風は、私娼街(いわゆる赤線)にしばしば足を運びました。そこ(玉の井)での経験をもとに書いた小説が、昭和12年、朝日新聞に連載されました。これが彼の代表作『濹東綺譚』です。

戦後になり、ストリップが風俗の代表格になってくるとストリップに興味をもち浅草通いを始めます。晩年には、1949年(70歳)から翌年にかけて、浅草ロック座などで「渡り鳥いつ帰る」「春情鳩の街」「裸体」などの荷風作の劇が上演され、荷風自身特別出演として舞台に立ちます。踊り子の新人採用にも選考委員になります。楽屋で踊り子さんに囲まれて談笑する姿がよく報道されました。文化勲章を受けたときもたくさんの踊り子さんに囲まれて祝福されます。亡くなる直前までストリップ通いしていたらしい。

先に、永井荷風と谷崎潤一郎の長生きの秘訣の話をしたところですが、栄養摂取の他に、エロスという要因も付け加えておきたい。(笑) なお、一言でエロスといっても、谷崎潤一郎のエロスは三人の妻を始めとする身内に向けられる傾向があり、永井荷風のエロスは外へ外へと玄人筋に向けられることに特徴があるのが面白い。

 

話を戻しましょう。永井荷風は先に劇場に入るや踊り子さんに目配せ。彼は完全に常連扱いされています。「このケーキはみんなで分けてくれ」と手土産を渡します。一次会のうちにケーキを準備させていたようです。手筈は万端。

 

さっそく夏目漱石を先頭にして文豪たちは入場しました。

すると夏目漱石の顔を見た瞬間に踊り子さんが叫びます。

「キャーキャー!!!  千円札の人―☆」

踊り子さんは現ナマに弱い。

しかし、堅物の夏目漱石は踊り子にチップをあげません。

 

文豪たちがずらりとステージのかぶり席に座ります。

やはり、最初に踊り子さんの目をひいたのは太宰治でした。何と言っても美男子・・・長身、色白の整った顔、流し目、巧みな話術、、、彼は女性を酔わせる天性のダンディさをもっています。

 案の定、踊り子の中には志賀直哉に気をひかれた者もいます。太宰が不満そう。

 でも多くの踊り子は太宰に夢中になりました。

太宰が「俺に夢中になると一緒に心中しちゃうよ」と言うと、踊り子は腰砕けになりました。

 

 芥川龍之介も美男子でした。彼は、鋭い眼光で踊り子を睨んでいます。芸術至上主義を掲げる彼は、ストリップをアートと評していたのですね。

男前な芥川に踊り子たちは一瞬傾倒しかけます。しかし、彼の鋭い視線を浴びると、もしかしたら『地獄変』のように燃やされるかもしれない!と思った踊り子は逃げ出しました。

ちなみに、『地獄変』の内容はこうです。平安時代、当代随一といわれた絵仏師良秀が大殿から地獄絵図の屛風を描くよう命ぜられたものの、地獄など見たことがないため描きあぐねていた。そんな折、火に囲まれ絶体絶命な状況の愛娘を目の当たりにする。ところが、良秀は娘を助けようともせず、見殺しのまま夢中でそれをスケッチし出した。そして屛風絵は見事に完成し評判になる。良秀は完成した翌日に自殺する。というお話です。芸術のためには自分の娘すら犠牲にするという芥川の芸術至上主義を見事に表しています。芥川が最も脂がのっていた中期の最高傑作とされます。なお、三島由紀夫はこの『地獄変』を基に最初の歌舞伎戯曲を書いており、歌舞伎座などで上演されました。

 

谷崎潤一郎は、一見ジェントルマン風に、真剣な目で、ステージの上の踊り子の脚を眺めました。それは芸術家のようにも見えるが、どこか変態チックでした。

ポラタイムには、彼は踊り子の顔を写さず、ひたすら脚ばかり撮り続けました。やはり彼は完全な「脚フェチ」でした。

そういえば、谷崎潤一郎の小説のネタはフェティズム(特に脚フェチ)やサディズム・マゾヒズムを始め、同性愛(レズ)、女装マニア、自虐趣味、覗き見、はてはスカトロまで、変態のオンパレードです。あらゆる変態的な趣味趣向や風俗を取り上げているものの、ストリップを題材にしたものはありません。これは不思議。きっと恩師の永井荷風に気をつかい荷風の得意分野を遠慮したんだなと思えてなりません。まあ~二人のエロスに対する個人差といえるかな。(笑)

 

ボディビルを趣味として、ごつい身体をした三島由紀夫は、ニヒルな顔に「ふふん、俺は男色だからストリップには興味ないよ」という表情を浮かべていますが、しっかり観ています。きっと頭の中ではキラキラとした美しい文章が流れるように浮かんでいることでしょう。

 

三島の隣で、川端康成がストリップを真剣に観ていました。あのギョロっとした眼差しで見詰められた踊り子は、泣き出してしまいました。きっと踊り子の全てをしゃぶりつくすように見たからでしょう。

ちなみに、川端にはこんなエピソードがあります。小説のネタにするために、実際に芸妓数名を集めて壇上に並べて観察したようです。そのとき、頭のてっぺんから足の先まで舐めるように見詰める川端の眼差しがたいそう気持ち悪かった、と芸者たちは証言しています。(笑)

川端康成の鋭い眼は特徴的で、人をじっと長くじろじろと見つめる癖があることは、多くの人々から語り継がれています。泥棒が布団の中の川端の凝視にぎょっと驚き、「だめですか」と言って逃げ出したという実話や、大学時代に下宿していた家主のおばあさんが家賃の催促に来た時、川端はじっと黙っていつまでも座っているだけで、おばあさんを退散させたなどという、様々なエピソードがあります。

 

文豪たちはすぐに踊り子に夢中になりました。「オレと一緒にいてくれないと自殺しちゃうぞ!」と脅すのでした。とくに三島は日本刀をもって腹を切りそうな勢い。冗談じゃない。

踊り子たちは、たしかに文章には魅了されますが、この人たちは人間としては変人だなと思うのでした。

 

  総じて、無頼派の連中が踊り子さんに人気がありました。明るく陽気に拍手をします。気前よくチップをあげます。要は粋にストリップを楽しんでいます。いつの時代もどんな人も楽しみ方の基本は同じなんですね。

 

 

 

第三部 文豪たちの墓

 

 文豪たちの魂は久しぶりの再会と遊行を楽しんだ後、自分らの眠るべき墓へと帰っていきました。

 彼らの墓について、いくつかエピソードを紹介します。                                                                                                                

 

 文豪のお墓参りには全国から多くの読者が訪れます。人気者の太宰治の桜桃忌と芥川龍之介の河童忌はとくに有名。芥川龍之介の河童忌(命日)は7月24日で彼の晩年作品『河童』により命名。太宰治の桜桃忌は6月19日であり、その日は太宰治の命日でもあり誕生日でもあります。太宰が玉川上水に入水自殺してその遺体が発見された日が奇しくも彼の誕生日にあたっていました。亡くなった同年に書かれた作品『桜桃』(さくらんぼのこと)をとって忌日名としました。

 

゛芥川龍之介の墓は巣鴨慈眼寺にあります。

 なんと隣には谷崎潤一郎の墓があります。そういえば谷崎の最晩年の作品『瘋癲老人日記』(ふうてんろうじんにっき)には、自分の墓石は息子の嫁の足型にしてもらい、死んでも踏まれ続けたい老人の性倒錯(脚フェティシズム)が描かれていましたが、残念ながら谷崎のは普通の墓です。(笑)

 

 太宰のお墓は、彼が一時住んでいた三鷹市にある禅林寺という浄土真宗本願寺派の寺院にあります。

 なんと、そのはす向かいには森鴎外(本名、森林太郎)の墓があります。

 そのへんの事情は太宰治の『花吹雪』という作品の中にあります。「この寺の裏には、森鴎外の墓がある。どういうわけで、鴎外の墓がこんな東京府下の三鷹町にあるのか、私にはわからない。けれども、ここの墓所は清潔で、鴎外の文章の片影がある。私の汚い骨も、こんな小綺麗な墓地の片隅に埋められたら、死後の救いがあるかも知れないと、ひそかに甘い空想をした日も無いではなかったが、今はもう、気持ちが畏縮してしまって、そんな空想など雲散霧消した」とあります。

生前森鴎外をとても尊敬していた太宰治のその遺志を酌み、太宰の死後、美和子夫人が

森鴎外のお墓のはす向かいに太宰治のお墓を設けたというわけです。

 

 そこで、なぜ森鴎外のお墓が三鷹にあるか、しかも墓標に森鷗外ではなく本名の森林太郎とあるのかを説明します。

最初は上京した際に住んだ鷗外ゆかりの地である向島の弘福寺に埋葬されたのですが、関東大震災で弘福寺焼失後、東京都三鷹市の禅林寺と出生地の山口県津和野町の永明寺に改葬されました。

そして、鷗外には「余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」で始まる最後の遺言が有名であり、その遺言により墓には一切の栄誉と称号を排して「森林太郎ノ墓」とのみ刻まれました。

 軍医トップの軍医総監という肩書も文豪としての鷗外というペンネームもいらない。ただ森林太郎として死んでゆきたいという潔さを感じさせます。

だてに永井荷風や太宰治や三島由紀夫をはじめとした多くの文士に尊敬されているわけではないと感じさせられます。永井荷風は鷗外が亡くなってから鷗外全集の編纂を行いましたが、自著『鷗外全集を読む』の中で、文学を志す者は大学に入るよりも辞書を片手に鷗外全集を読んだ方がいいとまで言っています。森鷗外の代表作は『舞姫』『雁』『高瀬舟』『山椒大夫(安寿と厨子王)』など数多い。私としては『妄想』『かのように』『ヰタ・セクスアリス』を気に入っています。

 

ところで、一方の明治の巨匠である夏目漱石の墓所は東京ドーム2つほどの広さを持つ雑司ヶ谷霊園にあります。森鷗外とは対照的ですね。また一般的な墓石よりもデザインも変わっていて椅子のように思えます。まるで漱石が腰かけているようにさえ感じます。

 

雑司ヶ谷霊園は広いので他にもたくさんの有名人の墓があります。

 永井荷風のお墓もあります。彼に関しては是非とも紹介したいエピソードがあります。

永井荷風は散歩と江戸を愛しました。永井荷風が訪れた寺に三ノ輪の浄閑寺があります。浄閑寺は、吉原で亡くなった遊女が投げ込まれるように埋葬されたことから、投込み寺とも呼ばれています。そうした境遇で亡くなった多くの遊女たちを慰霊するため本堂裏手に「新吉原総霊塔」が建立されています。この浄閑寺を何度も訪ねていた永井荷風は、死んだら浄閑寺に埋葬して欲しいと願っていました。(永井荷風の『断腸亭日乗』昭和12年6月22日より)

 しかし、永井荷風の願いは叶うことができず、浄閑寺ではなく、雑司ヶ谷霊園の父の永井久一郎の墓の隣に埋葬されました。浄閑寺に眠りたいという荷風の願いは叶えられませんでした。

 しかし、その願いに応えようと荷風没後4周年の昭和38年、谷崎潤一郎たち永井荷風を慕う後輩たちの手によって、「新吉原総霊塔」の向かい側に、「われは明治の兒ならずや」の一句を含む詩碑と筆塚が造られました。墓はありませんが、荷風の願いは叶ったことになるでしょう。

 この人間臭いエピソードを知り、私は胸が熱くなり、私の中で谷崎潤一郎の株が急騰しました。(笑)

 

 最後に志賀直哉のお墓について述べて締めたいと思います。

彼の遺骨は青山霊園に葬られましたが、不届きものがいて1980年(昭和55年)に盗難に遭って行方不明となっています。そんなことがあってか、遺族と弟子の申し合わせにより、芥川龍之介の「河童忌」、太宰治の「桜桃忌」のような命日に故人を偲ぶ集まりは行われていません。

死後は静かに眠りたいのか、志賀直哉は死んでからもマイペースな人です。(笑)

 

                                    おしまい

 

 

 

【備考】

 

◆川端康成のお墓は鎌倉霊園にあります。

川端康成と鎌倉との関わりは、36歳の1935年(昭和10年)鎌倉市浄明寺宅間ヶ谷に住んだことから始まります。報国寺の近く、林房雄の隣家でした。1937年(昭和12年)38歳の時に二階堂に移り、1946年(昭和21年)47歳になり終の住み家となる長谷264番地に転居します。甘縄神明神社の隣にあり、小説『山の音』の題材ともなりました。

長谷の自宅は現在も川端家が居住する個人宅です。同じ敷地には川端康成記念会があり、川端康成の養女政子さんと結婚した東京大学名誉教授の川端香男里氏が理事長を務めています。

川端は養女政子さんをたいそう可愛がります。川端の一番弟子である三島由紀夫は七つ歳下の政子さんを気に入っていたようです。1952年(昭和27年)6月に林房雄の夫人・後藤繁子が自殺し、その通夜の席で三島由紀夫が川端夫人に、政子さんと結婚したいと申し出をしましたが、秀子夫人は川端に相談することなく、その場で断ったとあります。(川端秀子「続・川端康成の思い出(二)」より)  27歳の三島にしては随分タイミングの悪いことをしたものです。

 

◆三島由紀夫は府中市多摩霊園の平岡家墓地に遺骨が埋葬されています。なお三島と楯の会の森田の忌日には、「三島由紀夫研究会」による追悼慰霊祭「憂国忌」が毎年行われています。

 

◆檀一夫は1976年(昭和51年)1月2日に死去しました。享年63歳。檀の墓は故郷・柳川の福厳寺に建てられています。1977年(昭和52年)、終の住家となった能古島に文学碑が建てられ、その文面には檀の辞世の句となった「モガリ笛 幾夜もがらせ 花二逢はん」と刻まれ、毎年5月の第3日曜日には檀を偲ぶ「花逢忌」がこの碑の前で行われています。

 

◆坂口安吾は1955.2.17 に死去しました。享年48歳。坂口の墓は故郷・新潟市の坂口家墓地に埋葬されています。

 

◆織田作之助は1947.1.10 に死去しました。享年33歳。織田の墓は故郷・大阪府天王寺区にある楞厳寺に埋葬されています。

 

 

 

 

 

中条彩乃さん(ロック所属)について、2020年12月結の大阪東洋ショー劇場での公演模様を、新作「水月鏡花」を題材に、「ストリップははかない幻なのか?」という題名で語りたい。

 

 

2020年12月26日、年末の挨拶を兼ね、大阪東洋ショーに顔を出す。

その週の香盤は次の通り。①榎本らん(東洋)、②松本なな(東洋)、③うららか麗(東洋)、④中条彩乃(ロック)、⑤真白希美(ロック)〔敬称略〕。うららか麗さんのデビュー週になる。

 

 スト仲間が前週に広島に遠征して、中条彩乃さんの新作を拝見した!とメールをくれた。また新作を出したのか!? こりゃ新作のスピードが速くて付いていくのが大変だぁ~

 新作名は「水月鏡花(すいげつきょうか)」。正直メールでは読み方さえ分からなかった。でも字のイメージはとても美しい。さて、なんのこっちゃ? ネットで意味を検索する。<はかない幻のたとえ。目には見えるが、手に取ることのできないもののたとえ> 他にも<または、詩文などの作品から、感じ取ることができるが言葉では表すことができない奥深い味わいのこと。>とある。

 事前勉強はこのくらいにして、さっさく新作「水月鏡花」のステージ内容を観てみる。

「MIKA姐さん振付」と教えてもらい俄然興味が湧く。

 

 盆の上からスタート。

 うさぎをイメージした黒い衣装を着ている。ショートヘアがよく似合う。上着は、うさぎの耳が付いたフード付き。胸元と腰にはふわふわの黒い毛皮。足元までふわりと流れる黒いスカート。裸足で踊る。光る球を持つ。月をイメージしているのだろう。

 うさぎと月・・・

 一曲目は、Orangestar feat. 初音ミクが歌う「回る空うさぎ」。

 ボカロ曲とはとても思えない美しい曲である。初音ミクの柔らかい歌声と歌うようなピアノとの共鳴が印象的。歌詞がとても意味深で美しい台詞が並ぶ。MVの画像もとても綺麗。

Orangestar(オレンジスター、1997年8月20日 – 現在23歳)は、1st PLACEから発売されているIAなどの音声合成ソフトVOCALOIDをボーカルに用いたオリジナル楽曲を発表している音楽プロデューサー、ボカロP。別名は蜜柑星P。配偶者はクリエイターの夏背。『回る空うさぎ』は23作目にあたる。

⇒ すごく綺麗な日本語で歌ってるから、てっきり日本人と思ってたら韓国の方というのにすごく衝撃を受けた!

歌い出し♪「また月が昇る 今日が終わりだす 願い奏でる 言葉をのみこむ Friday… 」

ちょっと聴いただけでは最初は意味が分からなかった。月が回ることを月に住むうさぎに例えているようだ。心で受け止めて聴くしかない感じかな。私なりにこう解釈した。

どうやら金曜日の夜、月が昇り出すのを見てふさぎ込む

願いをかけるも叶わず、今日も一日が、いや一週間が過ぎてしまった

これじゃダメだと一念発起するも空回り

時間はいたずらに過ぎていく

月が夜空を一周しながら満月や半月、三日月へと変わっていくように…

思うようにならず、もがき苦しむ日々が続いた

でも、最後には、流れ星が流れるごとく、願いが叶う

この「回る空うさぎ」は、中条彩乃そのものか。タイトルの「水月」、水にうつる月のごとく、月を、願いを手に入れようともがく姿を描いている。

音楽が変わり着替える。

薄暗い中を、大きな緑のベールを頭からかぶって裸足で登場。金の首輪。白いブラ。白いベルトに黒いスカートがふわふわとなびく。手には先ほどの白い光る球を持つ。

ここでも、暗い宇宙空間に浮かぶ惑星をイメージしているように思える。

衣装をすべて脱ぎ、緑のベールを振りながら、舞い踊る。

二曲目は、KOKIAの「記憶の光」。彼女の伸びやかな歌声は、水月鏡花のイメージにピッタリだ。  

 歌い出し♪「信じている 未来だけが 1つの答えなのか 誰も知らない 記憶だけは… 」

この曲をネットで調べて私は釘付けになった。映画「宇宙戦艦ヤマト2199 第四章「銀河辺境の攻防」」エンディングテーマだ。この歌こそがヤマトの戦いを静かに彩っていたのだ。

「宇宙戦艦ヤマト」は私の青春のひとつ。高校三年の文化祭で、私のクラスは「宇宙戦艦ヤマト」をテーマに選んだ。グランドには大きなパネルを描き上げ、教室は宇宙戦艦ヤマトの艦内のイメージに改造した。仲間との思い出が蘇る。

ヤマトの一作目『宇宙戦艦ヤマト』は、1974年に讀賣テレビ放送・日本テレビ放送網で放送されたテレビアニメ。全26話。企画時では全52話、更に放送開始時では全39話にする予定だったのが、同時間帯に放送されていた『アルプスの少女ハイジ』(フジテレビ)、『猿の軍団』(TBS)などの影響もあって視聴率が低迷し、本来の予定回数(全39話)から全26話に短縮されたのがヤマトファンである私としては今でも残念に思う。

しかし、再放送などで改めて注目され、再編集した劇場映画が公開される頃までには社会現象とも言える大ブームとなっていた。子供のものと思われていたアニメ作品に中・高校生から青年層までの幅広い視聴者が存在していたことを広く示すことになった。その後の『銀河鉄道999』『機動戦士ガンダム』『超時空要塞マクロス』『新世紀エヴァンゲリオン』に至るアニメブームの先駆けとなった。

『宇宙戦艦ヤマト』は松本零士原作かと思われるがそうではない。本作品の著作のクレジットはオフィスアカデミーであり、小説や漫画などの形で先行した、いわゆる原作(漫画、小説)は存在しない。このアニメの原作は西崎義展、山本暎一(企画原案)と紹介されているが、このアニメの監督はやっばり松本零士なんだよー。私は松本零士が大好き。

そういう中で、『宇宙戦艦ヤマト』のリメイク作品にあたる『宇宙戦艦ヤマト2199』(うちゅうせんかんやまとにいいちきゅうきゅう)に出会え感無量になった。2012年に劇場先行公開およびビデオソフト先行発売、2013年4月7日から同年9月29日までMBS・TBS系列でテレビ放送されたアニメ作品。1974年の『宇宙戦艦ヤマト』第1作を原典とする38年ぶりのリメイク作品であり、素材は完全新作アニメーションとして制作された。

彩乃さんはこの映画かアニメを観たのかな? この時期の私は恥ずかしながらストリップばかり観ていたから目に留まらなかったんだな。(笑)

彩乃さんは、この歌やアニメから、言葉では言い表せないような心に感知する趣きを覚えたのかな。私としては、思い出そのものが<水月鏡花>なのかもしれないな、とふと思えた。高校三年生のときは必死で受験勉強していた。また、すごく純粋だった。遠い昔のことではあるが、今のようにストリップに夢中になっている自分はとても想像できなかっただろうな。あの当時の自分の願いは叶ったのだろうか。今のストリップ三昧の自分を見たら幻滅するかな。それとも憧れの女性ヌードを見れて羨ましく思うかな。そんなことをふと考えてしまった。ともあれ、好きなこと三昧をしている今の自分に後悔はない。おそらく、当時の<水月鏡花>の願いが今に繋がっているような気がしてならない。

おっと、話をステージに戻します。

 

 音楽が変わり、袖に入って着替える。

 ふわふわした白いドレスを羽織って、白い光る球をもって全裸で舞い踊り、そして盆に移動する。

 三曲目は、Aimerの「VOICE」。作詞:aimerrhythm. 作曲:Masahiro Tobinai.。

歌い出し♪「一人では長すぎる夜 ねえ今夜夢は見られるの? 叶わない願いを胸に漏れるため息が虚しい できるなら こんな感情(おもい)は 失くしたってかまわない どうして 涙を流し ...」

 久しぶりに彩乃さんのトレードマークであるAimerの曲が登場したね。しかも、<水月鏡花>の心境を切々と歌っている! 一曲目や二曲目とリンクして、最後はAimerに行きつくといった感じだね。

 最後のベッド曲は、アニメ「ギルティクラウン」のインスト曲「Krone」。挿入歌の「Bios」のピアノバージョンが「Krone」というらしい。このアニメはフジテレビ系列『ノイタミナ』枠にて、2011年10月13日から2012年3月22日まで放送されました。

フィギュアスケートの高橋大輔がギルティクラウンのkroneを使って滑ったのが話題になりました。なんか、スケートリンクの氷がまるで鏡のように思え<水月鏡花>に繋がってきます。

 

私は、ネットの無料動画で、このアニメ「ギルティクラウン」やアニメ「宇宙戦艦ヤマト2199」の第一話だけを観ました。どちらも興味深く、時間的余裕があったら観てみたい。同時に、これらのアニメ世界が全て<水月鏡花>に思えました。はかない幻の世界です。

 ふと、ボラに写る踊り子の笑顔も<水月鏡花>に思えてきました。どんなに踊り子に夢中になっても、それは触れられない「はかない幻」なんです。

 そんな「はかない幻」に夢中になって時間とお金を費やして虚しくないのか?

 でも、結局、人はパンのみでは生きていけないのです。心を満たしてくれるものを求めて、それを生きるエネルギーにしないと生きていけないのです。だから、私にはストリップがあるのです。

 

 

2021年2月                           京都DX東寺にて

 

 

【中条彩乃さんからの返事】

「水月鏡花」・・・この言葉をなんで知ったかは覚えていないけれど、この言葉の意味を知ったときに、“これストリップじゃん”って思ったんだ。(笑) 水、月、鏡、花を使って演目ができないかと考えたよ。5メートルの布で水を、光るボールとうさぎで月を連想できるようにしたんだ。鏡はお客さんの瞳、そしてそこに映る私が花。そう、お客さんも、私に触れられないけど、みんなの目にうつる私を、私は触れることができないんだ。そんな儚い、一瞬を‘記憶の光’にして、永久に大事にできたらいいなと思います。

レポートのラスト。‘心を満たしてくれるものを求めて…’まさにそうだなーって思ったよ。技術的にも、もっとスキルアップしたいけど、誰かの心に寄り添えるような踊り子になりたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中条彩乃さん(ロック所属)について、2020年11月結の大阪東洋ショー劇場での公演模様を、三周年作「ターニングポイント」を題材に、「音楽に揺れる」という題名で語りたい。

 

2020年11月21日から四日間、大阪東洋ショーに顔を出す。

その週の香盤は次の通り。①上野綾(東洋)、②榎本らん(東洋)、③mico(ロック)、④中条彩乃(ロック)、⑤早乙女らぶ(ロック)〔敬称略〕。今週は、早乙女らぶさんの東洋初乗りであり、ラストのダブルOPショーでは二人で息の合った盛り上がりを見せていたね。

「今週は『私と今』『ターニングポイント』『れもんさわー』の三つをもってきて、さらに綾姐さんのリクエストで『さんぽ』もやることに! いろんな私を楽しんでもらえますように!」

 

 まずは、三周年作「ターニングポイント」の作品内容をおさらいする。

 最初に、OLが電車に乗っている場面からスタート。

 上半身は白いブラウスで袖をめくる。下半身は、黒いタイトスカートに、黒いハイヒールを履く。おもむろに、黒いバックから緑のファイルを取り出す。まさしくOLとして営業回りしている感じ。

 黒い椅子に座り、黒い帽子をかぶる。彼女はなにを思っているのだろうか。

 一曲目は、カーリー・レイ・ジェプセンの「Tonight I'm Getting Over You」。揺れる女心を歌っている。

カーリー・レイ・ジェプセン(Carly Rae Jepsen、1985年11月21日 – 現在35歳)は、カナダのブリティッシュコロンビア州ミッション出身のシンガーソングライターである。2012年に発表したセカンド・アルバムの中の「コール・ミー・メイビー」が世界的に大ヒットした。

 二曲目は、TOCCHIの「Swing Remix」。日本語のラップ曲。

TOCCHI(トッチ)は北海道・札幌市を拠点に活動しているラッパー兼シンガーソングライター。誕生日は1991年3月27日(現在29歳)。ソフトな歌声と独特なフロウ、共感性の高い歌詞に注目。

ターニングポイントという題名を考えた場合、この曲がひとつのポイントになりそうだね。この気だるい曲調と意味深な歌詞。外回り営業をしている自分と重ねつつ、「これでいいのかな」と悩む、そんな彩乃さんの姿が浮かんでくる。

この曲をネットで検索したとき、冒頭に「どうやって生きるかなんてことは、誰も他人に教えられないよ。それは、自分自身で見つけるものだ。」というボブ・マーリーの言葉が出てきた。今、ラテンアメリカンの音楽とダンスに興味をもって調べている私にとって、ジャマイカのレゲエミュージシャンであるボブ・マーリーはまさに時の人でもある。そのため、この言葉は自分に向けられたものと強く意識させられた。

袖で、OLの衣装を脱いで着替える。

一転、黒いレオタードの上に、黒いタキシードを羽織って登場。首には黒い首輪。

三曲目はBart & Bakerの「Big Band」。なるほど、ネットで観たシンガーの衣装そのものなんだね。

なんか古い懐かしい曲かと思ったら、新しい曲なんだね。米ニュージャージー州モントクレアのシンガー、ニコ・ロシェとバリのクラブ・ジャズ・ユニット、バー&ベイカーの2013年シングル曲なんだ。MVでのレトロな風味スウィングいいねっ!

次の四曲目も同じ感じで黒人女性が歌う。Alice Francisアリス・フランシスのSt. James Ballroom』。

オランダ出身のカロ・エメラルドの成功を受けて、ブームが広がりつつある ヨーロッパ産のモダン・ヴィンテージサウンド! 1920年代のジャズ・エイジに魅せられた、エレガントな魅力溢れるアリス・フランシスがデビュー! ポーランド生まれのアリスのデビュー・アルバム『St. James Ballroom』。

大胆にヴィンテージ・サウンドを歌い上げる、エレクトロ・スウィング界のエレガント・ディーヴァ(成功した女性歌手)、アリス・フランシスが新作を引っ提げてカムバック!アリスが待望のセカンド・アルバム「ELECTRIC SHOCK」を発表。ヨーロッパで大人気を博す新ジャンル、エレクトロ・スウィングによりゴージャスなフレイヴァーを加えたデビュー・アルバム「St. James Ballroom」がロングセラーを記録し、その後、3年にわたるワールド・ツアー(ヨーロッパ全土、カナダ、ロシア)を経験したアリス。ロシアではエリカ・バドゥやアリシア・キーズといったトップスターらとの共演も果たし、さらにパワーアップして新作「ELECTRIC SHOCK」の制作に挑んだ。スウィング・ジャズにR&Bそしてヒップホップのエッセンスも加わったダンサブルなアリス・ワールドは前作以上にバラエティに富んだ内容に!全曲のマスタリングを手掛けるのは、シャーデーやアデル、宇多田ヒカルなども手掛けるトム・コイン(Sterling NY)。よりアグレッシヴなサウンドに生まれ変わったアリス・フランシスがあなたをワンダーランドへと誘います。

また袖で着替える。

曲に合わせた感じで、今度は、赤いフリンジがたくさん垂れる白いブラとパンティというセクシーな出で立ち。黒いハイヒールを履く。椅子に座ったり立ったりと踊る。赤い羽扇子を使い、まさに煽情的に踊る。

次の曲は、Caravan Palaceの「Jolie Coquire」。

キャラバン・パレス(Caravan Palace)は、パリのフレンチ・エレクトロ・スウィングバンド。ジャンゴ・ラインハルト、Vitalic、Lionel Hampton、Daft Punkから影響を受けている。2008年10月にアルバム「Caravan Palace」でデビューし、アルバムはスイス、ベルギー、フランスのチャートにランクインし、最高で11位を記録した。

最後に、赤いドレスを着る。金の飾りがジャラジャラとついている。赤い羽扇子をもって盆に移動。

ベッド曲は、クリスティーナ・アギレラ(Christina Aguilera)の「Walk Away」。しっとり聴かせる。「Walk Away」は「立ち去る」の意。ここでは、過去の私から立ち去るターニングポイントを暗示しているのかな。

クリスティーナ・マリア・アギレラ(Christina Maria Aguilera、1980年12月18日 – 現在40歳)は、アメリカ合衆国のシンガーソングライター。身長156cm。「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第58位。

エクアドル出身のアメリカ陸軍軍曹の父ファウスト・ハビエル・アギレラと、ドイツ人、オランダ人、ウェールズ人の血を引くアイルランド系アメリカ人でスペイン語教師である母シェリーとの間に、ニューヨーク市のスタテンアイランドで生を受ける。日本を含む世界各地の米軍基地で育つが、7歳の頃に父親の虐待が原因で両親が離婚、妹のレイチェルと共に母に連れられ、祖母の住むペンシルベニア州ウェックスフォードに移り住む。母親の再婚後は継父と3人の異父弟妹と共に暮らしていた。本人によると、3歳から6歳まで日本に住んでいた。

1999年、デビューアルバム『クリスティーナ・アギレラ (Christina Aguilera)』をリリース。アルバムの収録曲「ジニー・イン・ア・ボトル (Genie in a Bottle)」、「ホワット・ア・ガール・ウォンツ (What A Girl Wants)」、「カム・オン・オーヴァー・ベイビー (Come On Over Baby)」は全米で1位を獲得。その年のグラミーの最優秀新人賞を、ブリトニー・スピアーズなどの強敵を抑え受賞した。 その後、リッキー・マーティンとのデュエット曲 「ひとりにしないで (Nobody Wants To Be Lonely)」がリリース。

ミッシー・エリオットによるプロデュースで映画「ムーラン・ルージュ」の主題歌、「レディー・マーマレード」でLil' KimやP!nk、Mýaと競演。全米1位を記録し、グラミー賞も獲得。

2002年、セカンドアルバム『ストリップト (Stripped)』を発表。ラッパーのリル・キムをフィーチャーするなどし、パワフルなR&Bやポップ、彼女の歌唱力が映えるバラード等、様々な楽曲を収録。このアルバムタイトル同様、彼女の歌詞は赤裸々なものになった。

メイクや服装もデビュー当時の清純なイメージから露出度の高い派手なものにかわったが、これはブリトニー同様しばしば批判されることもある。反面、父親による暴力におびえた幼年時代の告白、社会的弱者への共感を歌った「ビューティフル (Beautiful)」などが高く評価され、ブリトニーとは異なる土壌にあることを強く表明した。また、ゲイフレンドリーとしても有名で、「ビューティフル (Beautiful)」を歌ったことでゲイからも多く支持されている。

 最後に、盆から舞台に移動。

 ラスト曲は、PE'Z(ペズ)のインスト曲「Bix Beiderbecke」で盛り上がる。

PE'Z(ペズ)は、1999年に結成された5人組ジャズインストゥルメンタルバンド。ジャズをベースにしながらもラテンやロックなど多様な音楽を貪欲に取り入れたサウンドと緊張感と躍動感を兼ね備えた圧倒的なライブパフォーマンスで「侍ジャズバンド」と評される。

東京渋谷でのストリート・ライブでは時に1000人以上の観客を集めてデビュー前から話題となり瞬く間にインディーズ・チャートを席巻、「インストはメジャー・シーンでは売れない」という常識を覆してメジャー・デビューを果たす。全国各地の野外フェス等への出演を経て全国区の知名度を獲得し、テレビ、ラジオからPE’Zの曲が流れない日はないと言われる地位を不動 のものとする。日本に留まらず世界に向けて音楽を発信し、ヨーロッパ、韓国、台湾などでもCDをリリースしている。ラストステージは「EN-MUSUBI2015」で、16年の歴史に幕を閉じる。

 

たくさんの内容がぎゅうぎゅうに詰め込まれた、めちゃくちゃ中身の濃い作品である。

ターニングポイントが主題なので、彩乃さんの思いが詰め込まれていると思うが、楽曲は洋物が多く、みおり舞さんあたりの選曲が多いのかなと思えた。どうなのかな?

主題は「揺れる」かな。そこから、ジャズのスイングを当てはめていった感じ。

私としては今回、エレクトロスイングという音楽ジャンルを知れて凄く嬉しかった。エレクトロスイングはスイングとエレクトロニックなリズムをあわせてできたものを表す。もともとスイングは1930年代にアメリカで生まれたジャズ風のダンス音楽。それが、30年代~50年代ぐらいにすごく流行っていました。それを今風にロックのようにビートを効かせたダンサブルな音楽になった。90年代ぐらいからあるしい。アーテストによって、ロック、ポップ、ジャズ、ハウス、ヒップポップなどなどの効かせ具合が違う。

 

とにかく、お腹いっぱいに満足できた作品です。素晴らしいステージをありがとう。

 

 

2020年11月                       大阪東洋ショー劇場にて

 

 

 

中条彩乃さん(ロック所属)について、2020年10月頭のライブシアター栗橋での公演模様を、演目「れもんさわー」を題材に、「コロナなんかぶっ飛ばせー!」という題名で語りたい。

 

2020年10月8日、ライブシアター栗橋で拝見する。

その週の香盤は次の通り。①浅井ひなみ(栗橋)、②美樹うらら(栗橋)、③KAERA(TS)、④御幸奈々(栗橋)、⑤中条彩乃(ロック)〔敬称略〕。

 

 

次は、新作『れもんさわー』について。

今週初出しの作品である。

 このタイトルを聞いて、すぐに頭に浮かんだことを書いておく。

 レモンの味といえば、初恋の味であり、ファーストキッスの味であるとよく言う。懐かしくも甘酸っぱい思い出と重なるのだろう。私にはこんな思い出がある。田舎の中高生であった自分は、友達に連れられて初めて喫茶店に入ったときの記憶が蘇る。50年近く前のことだから当時の田舎では喫茶店も珍しかった。働いているウエイトレスは知っているお姉さん。注文を聞かれ、自分は「レモンスカッシュを下さい!」と答えた。これが私にとって精一杯の答えだった。今なら「ホットで!」とすぐに答えるだろうが、当時の自分にはコーヒーを飲む習慣もなかったからね。

 次に浮かんだのが、仙台に単身赴任していた10年以上前の記憶。当時ストリップに夢中になって毎日仙台ロックに通っていた。「今日のおやつ」と称して毎日日替わりの仙台銘菓を出演している踊り子さんに差し入れするのが私の日課だった。踊り子さんはすごく喜んでくれたので、新しい仙台銘菓をいろいろ探した。そのときのストリップ日記にこんな記事がメモしてある。・・・

 

私「今日は、塩釜に本店がある有名な栄太楼の生どらやき、しかも新発売のサワークリーム入りだよ」

黒崎優さん「サワイ・クリームね!!」

私 (おっ、ナイス・フレーズ!!  これはなんかに使えそうだなぁ~)

別の日。

私「今日は、生どらやきの新発売品。なんとサワイクリーム入りだよ。美味しいよぉ~!」

京本かえでさん(現在の君島みおさん)「え゛ぇ~!!」

私「あら、食べないの?」

かえでさん「いただきま~す」・・・

 

 そのせいか、「れもんさわー」と言われた瞬間、「れもんさわーい」と聞こえ、自分のことを言われている気分になる(笑)。是非とも、私のことを意識して踊ってほしい(^0^)!!

 

 と、まぁ、今回は軽いノリで観劇レポートを進めてみたいところ。

 いつものように、選曲を確認するところから作業スタート。

 実は、二つの曲に心が鷲掴みされ、そのミュージシャンの代表作や経歴をネットでむさぼった。ずいぶん時間を割いた。いや、割かずにおれなくなった。その二人とは米津玄師さんと西野カナさん。

 最初に、米津玄師さん。

 米津玄師といえば、中条彩乃さんのカラー曲のひとつと言える。中条彩乃さんのカラー曲と言えば真っ先にAimerが挙げられるが、米津玄師も二番手の存在に思える。なにせデビュー作の最初の曲が米津玄師の『LOSER(ルーザー)』。まさしく「中条彩乃のステージは米津玄師から始まった!」と言える気がする。私はこのとき米津玄師を初めて知り、そしてハマった。次に彩乃さんが米津玄師を使ったのが三作目「私と今 -2018-」で曲「ピースサイン」。私の記憶が正しければ、今回の新作「れもんさわー」で米津玄師の曲が三度目の使用となる。しかも彼の最大のヒット曲「Lemon」である。もちろん知っている。この曲を聴いた瞬間、もっと別の曲も聴きたくなり、しばし米津玄師に釘付けにされた。改めて、こんなに柔らかい歌声だったかなと思ったりして。やはり歌詞がいいなぁ~。米津さんがこの歌について「梶井基次郎の『檸檬』や高村光太郎の『智恵子抄』(「レモン哀歌」)などから無意識的に自分の頭の中にはあったものから生まれたもの、という面はあるかもしれない」と述べている記事を読んで、彼は文学にも造詣が深いから、こんな素敵な歌詞が書けるんだなと感じた次第。

 

 次に、西野カナさん。

 たくさんの踊り子さんが西野カナの曲をステージで使っているので、もちろん彼女のことは知っているが、改めて代表曲「Darling」「トリセツ 」「君って 」「会いたくて 会いたくて 」などを聴いていたら止まらなくなった。耳障りのいいメロディーがヒットのポイントだが、彼女も米津玄師同様に耳に残るその歌詞がいい。すべて自分で歌詞を書いていることに感心させられる。

 改めて彼女の経歴を見て驚く。

三重県松阪市出身。平成生まれの歌姫と呼ばれているが、彼女の誕生日は1989(平成元年)年3月18日生まれで現在31歳になる。ということは私の長女と同い年なのか!!! これだけでも親近感が涌いてくる。

2005年、16歳の時に角川映画とソニー・ミュージックアーティスツが共同開催したオーディション「スーパー・ヒロイン・オーディション ミス・フェニックス」に母親が応募。女優オーディションだったにも関わらず応募総数40000人の中からその歌声が見出される。私は彼女のことをシンガーソングライターかと思っていたが全く違うのにビックリ。そして2006年にSME Recordsと契約を結び、高校3年間は準備期間として、津軽民謡を習うなどしてボイストレーニングを行い、いつも母親と一緒に協力して練習に励んだ。2007年はデビューへの準備を進める一方で英文学を学ぶため大学に進学。

2008年2月20日にシングル『I』でメジャー・デビュー。18歳でのデビューになるのか。2009年6月24日に初のオリジナル・アルバム『LOVE one.』を発売。同アルバムからは「君に会いたくなるから」がヒット。2010年6月23日に2枚目のオリジナル・アルバム『to LOVE』を発売し、オリコン、ビルボードの両アルバムチャートで初登場1位、オリコン年間アルバムランキング3位を獲得し、95万枚の大ヒットを記録。同アルバムからの先行シングルとして発売された『もっと…』『Dear…/MAYBE』『Best Friend』『会いたくて 会いたくて』は、全てオリコンチャートで上位10位入りを果たしている。ここからの活躍は誰もが知っている。

驚くべきは、歌手になってから歌詞を書き始めたこと。

< デビュー以来、ほぼ全ての楽曲の作詞を行っている。デビューするまで全く作詞経験はなく、デビュー・シングル「I」の表題曲が初の作詞作品になった。「自ら歌う以上、自分の想いを伝えたいし、そうすることで"西野カナ自身のことを知ってもらえる"」と思い、自ら詞を書くようになった。歌詞の書き溜めは一切行わない。作詞は自宅にこもって行う事が多い。詞には自身や身近な友人から聞いた経験談を反映し、熟考して何度も書き直す。それは、インスピレーションで作詞が出来ない為である。> 

浜崎あゆもそうだが、自分で歌詞を書いて歌える人は素晴らしい。歌への思い入れがやっぱり違うね。

 今どきの女の子の気持ちを書かせたら、西野カナの右に出る人はいないんじゃないかな。若い女の子たちから圧倒的な支持を得ているのがよく分かる。

 西野カナのヒット曲のほとんどは恋愛ソングである。恋愛ソング以外聴いたことがない。

 ところがところが、今回の新作「れもんさわー」で使っている「LOVE & JOY」は、恋愛ソングではない。そもそも、この曲は、2014年に西野カナの人気曲「darling」のB面曲。「darling」が爆発的にヒットしたため、同曲はそこまで目立たなかった。同じ年の紅白でも、西野カナは「darling」を歌っている。

 なお、「LOVE & JOY」はロート製薬の人気化粧品シリーズ「肌研」の「極水」CMテーマソングとして起用された。「極水」はすっぴんの肌を美しくしてくれる美容アイテム。「化粧で隠す必要のないありのままの肌」というのがテーマ。LOVE & JOY」は等身大の自分を受け入れることを歌った1曲なので、「素の自分を大切にする」という共通のテーマを持っていたこともあり、雰囲気もテーマも非常にマッチしたCMとなった。

 なんで、中条彩乃さんがこの曲をあえて選んだのか、とても気になった。

「LOVE & JOY」は恋愛ソングの多い西野カナにとって珍しい1曲で、メッセージ性の強い曲だ。女性だけでなく、年齢も国籍も超えた色々な人へ向けた応援ソングである。そのため、西野カナのファン層を広げるきっかけにもなった重要なナンバーともいえる。

 じっくり歌詞を味わうと、中条彩乃の踊り子魂をとてもよく反映しているのに気づく。

歌詞では、自分の気持ちに素直に従い、ありのままの姿を見せて生きることを促している。自分をさらけ出すことでより愛や楽しさLOVE & JOY」を感じることが出来ると訴えている。

 踊り子は裸体をさらし、ありのままの姿を見せることにより、真の「LOVE & JOY」を感じえます。

そのために大切なのは、ありのままの自分を認めてあげること。すなわち人の言う「良い」ではなく、自分の思う「良い」を追求すること。自分が良いと思ったものを純粋に楽しめることが「LOVE & JOY」なんですね。

それは踊り子サイドだけでなく、われわれ観客も同じ。

踊り子がストリップで輝くこと、そして我々ストリップファンが踊り子のステージを楽しむこと。世間体がどうとかの問題はさておいて、真にストリップを楽しむことができれば、「LOVE & JOY」に満ちた時間を過ごせるわけだし、それは人生を楽しむことに通じる。

 そして、この概念は、男女を問わず、年齢も国籍も超えたものだと歌は奏でる。

 そうか、この曲は、ストリッパー中条彩乃にとっても最高の応援ソングなのだ!!!

 

 

 感想の方を先に述べてしまった形だが、ステージ内容をおさらいしますね。

 まずは彩乃さんの解説から。

「レモンサワーの妖精が、一人の女の日常を見守っている物語。家で仕事に追われる女は(休みの日まで何でこんなことしてんだろ…)って感じで飲みに行きたくなる。オシャレなバーカウンターで飲んでる・・・のは理想の自分の妄想で、家で缶れもんさわー(檸檬堂)をあける女。でもそれが幸せ!ってゆう、コミカルだけどストーリー性があって、仕事疲れを吹っ飛ばしたい明るい演目!」というコメントを頂く。

なるほど・・・これもコロナ自粛の第二弾作品みたいな印象を受けるな。

 

 最初にナレーションが入る。

 オレンジ色のかぶりもので登場。これがレモンサワーの妖精かな!?

  ショッキング・イエローと紺の混じった、半袖着とスカートという上下セパレートな衣装を着ている。白いブーツを履く。

 一曲目は、米津玄師の大ヒット曲「Lemon」(レモン)。2018年2月12日リリースで、メジャー通算8枚目のシングル。石原さとみ主演、野木亜紀子脚本のTBS金曜ドラマ「アンナチュラル」の主題歌として書き下ろした楽曲。“切なさと怖さと希望"そして“美しくも切ない"歌詞。

「アンナチュラル」は人間の死を扱う法医解剖医の活躍へスポットを当てており、楽曲もまた人間同士の死別がモチーフにされた。また、楽曲制作中に祖父が他界し、自分の中での死に対する価値観が変わったことで、かなり悩んだことや完成までにかなりの時間がかかった事を明かしている。

 ここで、いったん暗転し、着替える。

  眼鏡をかけ、頭に黄色いタオル地のハチマキを巻く。白い半袖Tシャツに、紺のジャージを履く。裸足で踊る。

 二曲目は、ダブル・レ・モンモンの「果汁と果実まるGOD!!」。明るく楽しい曲だ。

芸人界グラマラス代表たんぽぽ川村エミコさんと、神ボディ女優片山萌美さんが “神ってるほどの果実感”を伝える神ボディユニット『ダブル・レ・モンモン』を結成!「あふれる果汁しぼって」、「たわわな果実砕いて」など神ってる歌詞が連発!! ~まるごとレモンをモチーフとした水着姿で、セクシーな歌とダンスを披露!! 振付はパパイヤ鈴木。

◇川村 エミコ(かわむら えみこ)1979年12月17日生まれ 神奈川県出身

◇片山 萌美(かたやま もえみ)1990年10月1日生まれ 東京都出身

 曲が終わり、袖でTシャツとジャージをすべて脱ぐ。

 黒と金が混じったドレスをガウン風にまとう。

音楽は、マカロニえんぴつの「レモンパイ」に変わる。2018年10月に発売された、マカロニえんぴつ2枚目のシングル。コミカルなメロディの中に男性の切ない恋心がリアルに描かれる。

(歌いだし)♪「ふざけ切って我に返る 鶴は千年、馬鹿は残念 安らかなロクデナシの午後だ どうせ何百回も会いに行く支度する 迷惑だったりする? ...」

マカロニえんぴつは、日本のロックバンド。2012年に神奈川県・洗足学園音楽大学内で結成。所属事務所はmurffin discs。所属レコード会社はトイズファクトリー。バンドの中心人物は、はっとり(1993年6月29日(27歳) - ) - ギター、ボーカル。本名、河野 瑠之介(こうの りゅうのすけ)。大半の楽曲の作詞・曲を担当。

ガラスのグラスを持ったまま、盆に移動。

 ベッド曲は、ましのみの「Ourレモンサワー」。ましのみさんが次のようにコメントしている。「毎週金曜日に生配信で『1H1S』という1時間で1曲作れるのか!?チャレンジをして作った曲です。パンケーキ、ひきこもり、レモンサワーという3つの単語を皆様からもらい1時間(と15分)で作った曲です。個人的には、なんだか外出自粛にぴったりな曲になったような気がして良かったなーという感想です。」

ましのみ(1997年2月12日 – 現在23歳)は、日本の女性シンガーソングライター、歌手である。千葉県出身。2018年2月7日にポニーキャニオンからメジャーデビュー。ピアノとギターを用いた弾き語りスタイルで活動しており、Sony Music アーティスト養成講座 the LESSON オーディションで第二期生に選出された。 また、ヤマハグループが開催する日本最大規模の音楽コンテストである、Music Revolution(ミューレボ) 第10回 東日本ファイナルでグランプリを獲得した。ライブ中、常備されているという2リットルのペットボトルに入った水を飲み干す様がトレードマークとなっている。

 ベッド中に暗転する。

 そして再度ジャージ姿で盆の上に現れる。檸檬サワーの缶を持って踊る。最後に「カンパーイ」と叫ぶ。

 立ち上がり曲は、西野カナの「LOVE & JOY」。

 

 コロナなんかぶっ飛ばせー!といった作品である。

 

 

2020年10月                          ライブシアター栗橋にて

 

 

 

 

 

 

中条彩乃さん(ロック所属)について、2020年10月頭のライブシアター栗橋での公演模様を、演目「素晴らしい旅」を題材に、「コロナなんかぶっ飛ばせー!」(その1)という題名で語りたい。

 

2020年10月8日、ライブシアター栗橋に顔を出す。

その週の香盤は次の通り。①浅井ひなみ(栗橋)、②美樹うらら(栗橋)、③KAERA(TS)、④御幸奈々(栗橋)、⑤中条彩乃(ロック)〔敬称略〕。

その週の出し物は、「今回の栗橋は『素晴らしい旅』『ノンフィクション』『れもんさわー』の3作品。」

 

 

まずは、演目『素晴らしい旅』から観劇レポートをさせて頂きます。

この作品は、6中の横浜ロックで初出したもので、自粛明けに出した演目なんですね。仙波先生振付とのこと。

コロナ自粛期間中に作品を作ってきて披露している踊り子さんがけっこういる。コロナそのものをネタにされている方もいるが、暗にコロナを意識しているものもある。今回の中条さんの作品は後者に属するかな。

まず中条さんから作品の解説メモを頂いたので紹介しておきたい。

< マスクをせずに旅をする、今の世の中に反した理想や希望を詰めたよ。

地球が回る限り出会える=盆が回る限り(劇場がある限り)再会できる、という前向きなメッセ―ジ。

・サボテンの花言葉 →忍耐、あたたかい心、枯れない愛、など

・どこを旅してるんですかとよく聞かれるけど、照明や場内の雰囲気によって変わる情景を楽しんでほしい。>

このコメントを頼りにして、観劇レポートを進めていきたい。

 

最初に、新型コロナについて、最近私が思うところを述べさせてほしい。

私はここ21年の間ほぼ毎日のように劇場通いしている。まさにストリップが生活のリズムになっている。21年の間で一番長くストリップを観れなかったのは上海出張の五日間だったかな。中国にはストリップはないのでストリップ禁断症状が出そうになったよ(笑)。だから、一か月以上という長い間、ストリップ通いを中断されたのは初めての経験だった。私のストリップ歴の中で極めて大きなトピックスになる。だから、このコロナについて刻銘に記録したいと思っている。その都度、感じたことをエッセイにまとめている。

私はちょうど、コロナ自粛期間前から妖怪に関心が向いていて、それをネタにしてストリップ童話を書き始めていた。そのためコロナが妖怪とラップしてきた。典型例は妖怪アマビエだった。そんなかんなで、結論として、「コロナは妖怪ではないかな」と思えてきている。

少し長くなるがお付き合い願いたい。

 

新型コロナの原因はよく分かっていない。コロナは中国の武漢から発生した。このコロナの前に、コロナと同じ感染症としてSARS「重症急性呼吸器症候群」があった。2002年に中国で報告され、8000人以上が感染した。コウモリが持つウイルスが広がったと言われている。中国というのは広い国土で、人間が踏み込んだことのない未知の領域がたくさんある。パンダだって長い間発見されていなかったほどだ。しかも中国は人口が多いため、食を維持するためになんにでも手を出して食べてしまうところがある。SARSはそんな中国人がコウモリを食として手を出したためにコウモリの持つ病原菌が人間社会に顔を出したものだと言われている。同じように、コロナも中国人がタヌキかなんかに手を出したから発生したのじゃないかと疑っていた人もいるようだ。ちなみに世界保健機関(WHO)が、新型コロナウイルス(COVID-19)の原因はコウモリにあり、中国の魚介類市場がウイルスの発生源となったと伝えてはいるが、まだまだ調査する必要性がありそうだ。 

 

この地球には人間以外でたくさんの生き物がいる。動物も昆虫も草食類も、コロナのような菌類も例外でない。我々と同じ生き物なんだ。それらが皆この地球号に乗っている。この世は、みんなが仲良く生きていかなければならない箱舟なんだ。その生き物たちの棲む領域を勝手に人間が侵しておいて人間の方で「これは問題だ!問題だ!」というのはどこかお門違いではないかと思える。

人間というのは、長く生きてきた中で、自分たちの力の及ばない未知の領域があることを知ってきた。それを自然という。それらを対象にして、神様や妖精や妖怪という畏れおおい厳かな偶像=概念を作り上げてきた。

それは、地球という乗り物の上で共に生きていかなければならないための知恵だった。

昔の人はそのことがよく分かっていた。人間には生きる上で決められたテリトリーが存する。人間は明るい昼の世界で生きればよく、夜の世界を侵してはいけないと考えていた。人間は夜には寝ていればいいのだ。夜には夜を生き場とした生き物たちの世界がある。だから、子供たちに夜遊びをさせないように、夜には怖いお化けがいる話を作った。これが昔の人の、大人の知恵だったのだ。ところが現代人は電気を発明して、夜の世界を侵してしまった。共存共栄を人間がぶち壊したのである。ましてや、科学技術で自然を破壊したり操作しようとまでしている。そうしたことは他の生き物が生きていくうえで邪魔以外の何物でもない。もっとお互いが生きていくうえでのテリトリーを尊重しなければならない。つまり同じひとつの地球号に乗っている乗組員として、人間以外の生き物とのお付き合いの仕方を学んでいかなければならない。

人間には知恵がある。我々人間は万物の長として、みんなが共生できるよう知恵を使わなくてはいけない。そういう使命を負っているのである。生き物という点ではコロナウイルスも同様の対象である。

コロナ禍はそのことを我々に警告しているのだと私は感じてならない。

 

 

 さて、長い前置きになったが、演目『素晴らしい旅』の内容を私なりに紹介したい。

 久しぶりに会う中条彩乃さんは、茶髪のショートヘアにきれいにまとめていた。とても似合っているね。

 最初に、山高帽をかぶり、大きなガウンを羽織って登場。

 帽子をとって、それをサボテンの上にかける。ここで言うサボテンとは彩乃さんの解説によれば「サボテンの花言葉 →忍耐、あたたかい心、枯れない愛、など」となる。

 ガウンを脱ぐと、下はラフな格好。上は肩だし、丸首の銀の上着、下は薄いベージュのズボン。オレンジのスーツケースを持っている。

 一曲目は、「リリィ、さよなら。」の曲「素晴らしい旅」。優しいいい歌声だ♪ 作詞:ヒロキ. 作曲:ヒロキ。編曲:koma’n。アルバム「愛する以外になかったからさ」の六番目ラスト曲。2018年7月18日リリース。オリジナルアルバムとしては4枚目。

(歌い出し)♪「『さようなら』より切ない『またね』 言わない君が旅立つ朝 玄関のドアが閉まるまで 涙よ待って 笑うからさ 『どんなに愛おしい時間も終わるよ。』とちゃかしていたくせに まるでそこに僕がいる ...」

「リリィ、さよなら。」は、傷をえぐるドキュメンタリー×センチメンタルポップス、現役大学生、と紹介されている。たしかに、リリィ、さよなら。の世界は、切ない歌詞と綺麗なメロディで聴く人の涙を誘う。私はこのミュージシャンを初めて知ったが、演目のタイトルになっているくらいだから、彩乃さん自身が彼の音楽性にはまっているんだね。

熊本出身のヴォーカル、ヒロキによる音楽ソロ・プロジェクト。中高生時代に地元・熊本でシンガー・ソングライターとして活動後、大学進学のために上京した2013年より東京を中心に“リリィ、さよなら。”名義で活動を開始。同年11月に配信シングル「約束」を発表。2014年にはTV出演や超特急へ「EBiDAY EBiNAI」を提供するなど活動も活発化。2015年2月、1stミニ・アルバム『リリィ、さよなら。』をリリース。

彼のオリジナルアルバムでは、ブックレットの最後に添えた花言葉を読むと、その曲の歌詞が色彩を放つ仕掛けになっているらしい。もしかしたら、この曲にはサボテンの花が添えられていたのかな。

すごく味のあるアルバムジャケットイラストで、pomodorosa氏が担当。カルピス100周年キャンペーンに起用されるなど、多方面から注目されているイラストレーター。そのカラフルで切ない世界観は、リリィ、さよなら。の音楽とシンクロし、より深みのある作品に仕上がっている。

 次に、インスト曲が続く。阿知波大輔の「木漏れ日のカンパネラ」。ウキウキしてくるサウンドだ♪

ソフィーのアトリエ~不思議な本の錬金術士~ オリジナルサウンドトラックより。コーエーテクモゲームスより2015年11月19日に発売された日本のゲームソフト。

<あらすじ>

キルヘン・ベルという小さな街に、ソフィーという少女が住んでいた。彼女は今は亡き祖母から教わった「錬金術」を志していたが、独学では限界があり、失敗続きだった。

ある時、ソフィーは不思議な「しゃべる本」を発見する。プラフタと名乗るその本は、失われた錬金術を記した本だった。プラフタは記憶を失っており、失われた錬金術のレシピを書き込むことで、人間に戻ることができるという。ソフィーは失われた錬金術を再生させ、プラフタを人間に戻すことを決心する。

  ここで、オレンジのカバンから別のドレスを取り出し着替える。茶色い葉の絵が描かれている。

 三曲目は、GOOD ON THE REELの「砂漠」。作詞:千野隆尋、作曲:伊丸岡亮太。3rdフルアルバム「グアナコの足」2017年2月8日発売。

(歌い出し)♪「どんなに長い道程も 振り返ればほんの数秒 どうやら随分来てしまった 相変わらず喉が渇く 敢えて戻らない訳じゃない どう足掻いても戻れない ...」

GOOD ON THE REEL(グッドオンザリール)は、日本のロックバンド。2005年4月、専門学校ESPミュージカルアカデミーでメンバーが出会う。バンド結成前から千野と伊丸岡で楽曲制作を行っていた。2006年3月、伊丸岡と岡﨑を中心に結成。英会話のテレビ番組で紹介された「〜ON THE REEL」で「〜な感じ」という意味のイディオムから「GOOD ON THE REEL」にしたら「なんか、良い感じ」になるのでは?と千野、伊丸岡、岡﨑で命名。

メンバーの音楽の趣味がバラバラで、コピーするアーティストが決められず、はじめからオリジナルをやっていた。

千野隆尋(ちの たかひろ、1986年8月10日(34歳)、A型) - ボーカル。愛称は千野ちゃん。茨城県古河市出身。茨城県立総和高等学校卒業。ほとんどの曲の作詞、一部の曲の作曲を手掛けている。

伊丸岡亮太(いまるおか りょうた、1987年1月3日(33歳)、O型) - リズムギター、コーラス。ライブでの立ち位置は向かって左。青森県北津軽郡出身、愛知県名古屋市育ち。作曲、一部の曲の作詞を担当。

岡﨑広平 (おかざき こうへい、1986年12月23日(33歳))- リードギター、コーラス。ライブでの立ち位置は向かって右。千葉県木更津市出身。千葉県立袖ヶ浦高等学校卒業。

宇佐美友啓(うさみ ともひろ、1988年1月12日(32歳)、A型) - ベース。神奈川県横浜市出身。神奈川県立旭高等学校卒業。身長173センチ。

高橋誠(たかはし まこと、1986年4月7日(34歳)、O型) - ドラムス。リーダー。

神奈川県厚木市出身。神奈川県立厚木東高等学校卒業。

砂漠を旅する旅人のイメージが強くなる。黄色い大きな花を一輪出す。

 盆に移動。

  ベッド曲は、坂本真綾の「ループ」。坂本真綾の12作目のシングル。2005年5月11日にビクターエンタテインメントから発売された。作詞:H'S(ポルノグラフィティの新藤晴一). 作曲:H-WONDER.

(歌い出し)♪「ねえ この街が夕闇に染まるときは世界のどこかで朝日がさす 君の手の中 その花が枯れるときは小さな種を落とすだろう 踏み固められた土を道だと呼ぶのならば目を閉じることでも愛 ...」

この曲に「地球が回る限り出会える=盆が回る限り(劇場がある限り)再会できる、という前向きなメッセ―ジ」を込めたんだね。

NHK教育テレビアニメ『ツバサ・クロニクル』第1シリーズEDテーマとして起用されており、CLAMP作品による楽曲起用は本作で4度目となった。→ネットで第一話を観てみたよー面白そう♪

坂本 真綾(さかもと まあや、1980年3月31日– 現在40歳)は、日本の声優、女優、歌手、ラジオパーソナリティ、エッセイスト。愛称はマーヤ。夫は声優の鈴村健一。東京都板橋区出身。東洋大学社会学部社会学科出身。

 ラスト曲「旅行」が残念ながらネット検索で見つけきれなかったよ。Kim Tae Hwan 金太煥(キムテファン)って韓国の俳優、モデルかな?

 

 

 最後に、もう一度コロナ禍の話をしたい。

 思えば、コロナ禍は異常な事態ではある。

 しかし、異常な事態はコロナ前からあったようにも感ずる。コロナで三密回避を訴えているわけだが、これまで日本自体が三密状態だった。東京と名古屋と大阪の三か所に人口が密集し過ぎている。一方、地方は過疎化に悩んでいる。私は東京勤務で満員電車を経験したが、これは昔の奴隷船と同じで、アフリカ黒人をぎゅうぎゅうに詰めてアメリカに運んだのと変わらないんじゃないかな。以前、若かりし私は満員状態の電車の中に無理やり入りこもうとして、一旦入ったと思いきや、中からの圧力に押し戻され、ホームと電車の隙間に片足を落とし、ストンと体が落ちかけたことがある。身体の半分くらいで済んだが、そのとき足を挫いてしまった。会社で通勤災害として処理された。名前は出なかったものの、通勤災害として回覧され、恥ずかしい思いをした経験がある。これくらい、満員電車はひどい状況である。

 今や、コロナ対応により、東京本社では二割くらいしか出勤していないらしい。テレワークが普及し、本社を地方に移転する企業の動きも出ている。人間の活動というものはやはりフェイス・ツウ・フェイスが一番効率的だとは思うが、今のコロナ禍では難しい。ともあれ、コロナ禍のお陰で地獄の満員電車を回避できる意味も大きい。私は片道二時間の通勤を余儀なくされていたが、往復四時間の通勤時間は時間的にも体力的(睡眠不足)にもあまりにももったいない。人生の大損害だと思える。本社が地方に移転すれば、マイホームの夢はさらに近づき、子供は自然の中で育てられ、地方も活性化する。それがあるべき日本の形ではないかと思える。

 ストリップは劇場がどんどん減り、東京に一極集中し、残るは一部の関西に点在するくらいとなり悲惨な状況になってきている。ひと昔前は地方の大都市には必ずストリップ劇場があったものだ。ところがストリップは地方から崩壊してきた。ストリップはやはり多くの劇場があって、多くの系列がしのぎを削って争ってこそファンは楽しめる。一強のロックだけが生き残ったとしても、おそらくストリップ業界は繁栄しないだろうと思える。

 withコロナが叫ばれる。

ストリップは日本を元気にできる。彩乃さんの言う通り、‘劇場がある限り再会できる’というふうにしたいものだ。来年の5月には小倉A級が閉館すると聞く。広島も道後も閉館の噂が絶えない。彩乃さんは何度も小倉にも広島にも乗っているので、そこにたくさんのファンがいると思う。彩乃さんはきっと、西日本の劇場がなくなっていくのを本当に淋しく思う踊り子のひとりでしょうね。

withコロナの時流に乗って、地方都市にストリップを復活させたいと心から思う。地方への遠征を「素晴らしい旅」にしたい。

このコロナ禍を人々の意識を変えるきっかけにしたいものだ。必ず世の中は良くなるものと信じたい。

 

 

2020年10月                          ライブシアター栗橋にて