「もし。もし嫌だったときは、すぐに忘れて欲しくて、そんでまた元通りに・・・あ、いや、ごめん。元通りはあまりにも自分勝手だな。」
「いいよ。俺だって大人だし、そんくらい。」
「はは。うん。」
「どんとこい。」
翔くんが深呼吸をする。
そんなに覚悟がいるようなこと、俺はなにをしでかしたのだろう。
「一年前のあの日。智くんは覚えてないんだけど・・・。俺らキスした。」
「き、きす?」
「智くんが『翔ちゃんちゅーしろ』って言うから。」
「無理やりさせたってこと?」
「あ、いや。まじでそれは違くて。俺もしたかったから。した。」
「・・・・。え。」
「酔ってる智くんの言うことだし、本気にしちゃいけないと思ったんだけど、首に腕回されて、我慢できず・・・。」
「・・・そこ覚えてる。首に腕。」
「そうなの?」
「ん。夢だと思ってた。」
「はは。いや、まあそういうことで。ごめん。」
待てよ?
「我慢できず」?
「じゃあ、俺はこれで。」
翔くんがゆっくり立ち上がって、背を向けようとする。
ここで帰してしまったら、もう俺らはこのまま一生この話をしないだろうと思う。
一生。
「翔くん!」
「はい。」
振り返り方の勢いがすごくてビックリしてしまう。
言葉が出てこないのはそのせいばかりではないけれど。
「やっぱ嫌だったよね?」
心配顔で翔くんが聞く。
そんなはずはない。
「あ、あのさ。我慢、できずって?」
「・・・それは・・・。」
「酔っててわかんなかったからじゃないよ。」
「へ?」
「翔くんだからしてほしかった。」
「・・・覚えてないけど?」
「うん。」
「・・・そっか。」
「うん。」
「俺だから?」
「うん。」
「そっかぁ。」
翔くんが顔中笑顔になる。
それからすぐ、泣き顔に変わる。
「え、え、翔くん?」
「ごめ・・・。俺なんで泣いてんだろ・・・。」
翔くんを正面から抱きしめる。
ふわっといつもの翔くんの香りが鼻をくすぐる。
少しだけお酒の香りが混ざっている。
こんな気持ちで抱きしめる日がくるなんて思わなかった。
ひどく感動的だ。
翔くんが泣いているからか、俺は泣かずに済んでいるけれど、胸がパンパンにいっぱいになっている。
苦しいくらい。
「智くん、 」
「ん?」
「アイス。食べる?」
「食べるか。」
「うん。」
俺の腕から解放された翔くんは、手の平で涙をひとふきすると、座り込んでスプーンを手に取る。
鼻をグスンと言わせた翔くんにティッシュを渡してから、俺も隣に座る。
さっきまでは向かい合っていた。
なんだか不思議な気持ちだ。
ピノのパッケージの開け口のテープを引っ張ると、箱をくるんと回してビニールを一気にはがす。
「一個食うでしょ?」
「欲しい。」
そう答えてから、自分のアイスのひとくち目を乗せたスプーンを俺に差し出す。
「あーん。」
「ふふ。」
「早い?」
「ふふふ。」
早いなんてことがあるはずがなかった。
何年待ったと思ってるんだ。
すぐに口を開けて、翔くんのアイスを受け入れる。
「はは。幸せすぎる。」
「うまい。」
「智くん。」
「はいよ。どれがいい?」
「ははは、どれでもいい。じゃなくて、 」
「ん?」
「ちゃんと言っていい?」
「お?」
「ちゃんと言いたい。」
「分かった。ちょ。」
俺は翔くんの方に体を向けて、正座をする。
翔くんも、それを見てから、ちょっと微笑んで正座をする。
大きく深呼吸を、ふたり同時にする。
もう、誤解じゃないって分かる。
これから翔くんから言われる言葉は、ちゃんと俺が欲しいものだ。
(つづく)