「智くん。さっきの話なんだけど。」

 

「ん。またちゃんと気を付ける。心配かけてごめんね、翔くん。」

 

「っていうか、そうじゃなくて。」

 

「俺もさ、すんごい久しぶりに外であんなに飲んだからびっくりしたの。ずっと家で飲んでたんだけど。でもあいつらは知ってるから、俺のことちゃんとね。」

 

「あ、うん。そっか。うん。」

 

 

翔くんはなんとなくまだ何か言いたそうな顔をしていたけど、俺は見ないふりをした。

これ以上なにか言われても、どうしたらいいか分からない。

 

ふと時計を見ると、ちょうど21時を回ったところだった。

最近、収録が巻いて終わることが多い。

 

 

「リーダー、今日まっすぐ帰ります?」

 

「ん。ニノは?」

 

「私はあなたとちょっと一杯どうかなと思ってるんですけど。」

 

「え?いいよ、俺は。」

 

「いいよじゃなくて。お願いしますって言えば行ってくれんの?」

 

「なに、なんか話?」

 

「んじゃあ、そうです。話です。」

 

「なんだよ、それ。」

 

 

翔くんがそばで笑い声を立てる。

ニノと俺の会話を聞いていたのだ。

ニノがすかさず言う。

 

「翔ちゃんも話あるでしょ。行こうよ。」

 

「俺は・・・、行きたいのは山々なんだけどね。兄さんが、どうかな。」

 

「いいよね?翔ちゃんも。」

 

「まず、俺が行くって言ってない。」

 

ニノが俺をにらみつける。

翔くんはまた少し笑って、

 

「じゃあ、俺はお先に帰ります。次は明後日かな?」

 

「え。」

 

 

つい、声が出てしまう。

翔くんが反応して俺を見る。

 

 

「え?」

 

「あ、いや。本当に来ないんだ。」

 

「え?行っていいの?ってか、智くん行くの?」

 

「あ、いや・・・。」

 

「ほら、行くのよ。だから。翔ちゃんも行こ。」

 

 

もう仕方ない。

無意識に翔くんといられる時間を楽しみにしてしまった俺のせいなのだろう。

ニノは嬉しそうに、スマホでなにか調べている。

翔くんも横からそれをのぞき込んで、軽く眉間にシワを寄せている。

自然と、ワクワクしてくる自分に気づくけれど、誰にも知られたくなくて、ふと周りを見回す。

 

相葉ちゃんは荷物をまとめて、誰かと電話で話していたし、松潤は鏡を見ながら帽子をかぶっている。

ふたりとも、多分予定があるのだ。

 

 

「ということで、なんか飲んで帰ることになっちゃったから、先あがって?」

 

後ろで待っていたマネージャーに言う。

 

「了解です。明後日は朝迎えに行きます。」

 

「うん。よろしく。お疲れ様。」

 

「お疲れ様です。飲み過ぎないでくださいね。」

 

「ふふ。大丈夫だよ。」

 

「必要なら、呼んでくれてもいいですからね。」

 

「いい、いい。自分でタクシーでもなんでも呼ぶからさ。」

 

「一応ですよ。酔い過ぎて心配だとかなったら。翔さんにも言っておきます。」

 

「なんで翔くんに言うのよ。」

 

「一応ですよ。じゃあお疲れ様です。」

 

「あい。」

 

 

待っていてくれたマネージャーには申し訳ない。

早く分かっていたら、収録再開前に帰ってもらえたのに。

宣言通り、翔くんに一言声を掛けてから、マネージャーは出ていく。

 

 

「おけ。じゃあ、タクシーにしちゃいますか。」

 

「任せて。」

 

「リーダー、なんか顔赤くない?」

 

「え、そう?」

 

「息止めてた?」

 

「なんでだよ。」

 

「んはは、分かんないけど。大丈夫?」

 

「平気。」

 

 

「タクシー、5分後に前の通りに着きます。」

 

「じゃ、行きますか。」

 

 

ニノの声を合図に、5人そろってドアに向かう。

相葉ちゃんがドアを開けて、そのままドアを抑えてくれている。

それぞれがお礼をいいながら、松潤、翔くん、ニノ、俺がドアを出て、相葉ちゃんが続く。

 

エレベーターまでの道のりは誰も話さない。

でも、気まずさはない。

それがいつもなんとなく不思議だし嬉しい。

 

 

 

 

(つづく)

 

 

「嵐さん、再開になります。スタジオにお願いします。」

 

ちょうどその時、ADが楽屋のドアを開けて言う。

5人ですかさず返事をして、俺以外の4人がすっと立ち上がる。

翔くんが手を差し出して、俺はその手を見つめて一瞬迷うけど、すぐに自分で立ち上がる。

 

 

「智くん。ごめん。」

 

「ん。」

 

言葉が出てこないまま、しわにならないようにハンガーに掛けてあった上着を羽織る。

戸惑いを感じたけど、このタイミングを狙っての話だったのなら待つしかない。

 

 

「リーダー、背中めくれてんぞ。」

 

松潤が後ろから近づいてきて、腰の辺りをちょいちょいと叩いてくれる。

 

「さんきゅ。」

 

「どした?大丈夫か?」

 

「ん。眠い。」

 

「いつも眠いな。なんか足りない栄養でもあんじゃないの?」

 

「かもね。」

 

「倒れてる暇ないからな?」

 

「分かってる。」

 

 

翔くんはちょうどスタジオにつながるドアをくぐったところだった。

松潤と並んで続くけど、翔くんと同じ空間にいることの息苦しさがすごい。

見られたのがニノや相葉ちゃんならこうはならない。

ただ、からかわれて軽く笑って終わる話だ。

 

だけど、翔くんとは1年くらい前に約束している。

翔くんが家まで送ってくれて、俺が食べたいとだだをこねたアイスまで買ってくれたというのに、すっかりとその記憶がなかったその後に。

 

実際あれからずいぶん気を付けていたし、一昨日は本当に久しぶりにあんなに酔っぱらったのだ。

計画した状態ではなかったし、相手は気を許している仲間でもあった。

だけど、こんなにも後ろめたい。

謝るようなことでもないのかもしれないけど。

翔くんと俺はそんな関係でもないし。

 

求めていても。

 

 

 

 

「お疲れ、リーダー。」

 

「お疲れ、相葉ちゃん。」

 

「今度の嵐会のときさ、最近マナブの収録で出会ったお酒持ってくね。」

 

「お。楽しみだね。」

 

「めっちゃ美味いから。リーダー絶対好き。刺身に合うから。」

 

「ふふ。」

 

 

「んじゃ、俺はやっぱ餃子かなぁ。早く行ってリーダーんちで作っちゃおうかな。」

 

「早く来んのはやめとけ。」

 

「んふふ。なんでよ。いいじゃんか、水曜日18時で終わるからさ。さらに巻く確率も高いのよ。」

 

「・・・巻いたとしても18時以降にしろ。」

 

「はいはい。じゃあ、18時で。」

 

 

そんな会話を相葉ちゃんとニノとしていると、翔くんが後ろから入ってくる。

心臓が跳ね上がる。

誰も気づいてはいないだろうけど。

 

 

「ははは。兄さんしっかり言いくるめられてるじゃんか。」

 

「しーっ。そこがリーダーのいいとこなんですから。」

 

「うるせぇな。」

 

「怒ってます?」

 

「怒ってはねえ。」

 

「はははは。えーじゃあ、俺も早く行けたら行こー。」

 

「翔くんは集合時間守れ。」

 

「え、じゃあ、いっそのこと18時にしちゃう?」

 

「おい。松潤がいっちゃったらそうなっちゃうんだから。あなたは黙ってなさいって。」

 

「ふはは。いいじゃんか。時間が大丈夫なら早くたって。」

 

「そんなにうちに居られてもさ?早く集まって早く終わるならあれだけど、そうはなんないでしょ?」

 

「なんで長く居たらダメなのよ。」

 

 

こうして口々に好き勝手言ってくるメンバーと笑い合っていると、平和ってこういうことかと思う。

 

だけど、なんでか分からないけれど怖くなるのだ。

ずっとこのままでいたいと思うと同時に、そんなのできっこないとも思ってしまう。

 

どれだけ年を取ってもこのままいられるのだろうか。

 

 

 

 

(つづく)

*このお話は2019年5月に書いた「暁」の続編です。

 

 

 

「次の嵐会、リーダーんちだけど大丈夫?」

 

5人での仕事の空き時間、ソファでTikTokをぼーっと見続けていた俺の視界に、松潤が横から飛び込んできて聞く。

突然のことで、ちょっと体を反らせて避けながら応える。

 

「ん。いいけど。」

 

「オッケ。6月ね。一週目だと、いつならいける?」

 

「水曜日とかどう?火曜日釣りだから。」

 

俺が言うと、松潤はみんなに向けて言う。

 

「6月一週目の水曜日、リーダーんちで嵐会ね~。20時集合~。」

 

 

「了解ですっ。」

 

「はーい。」

 

「分かった~、リーダーありがとね~。」

 

楽屋で散り散りにいろんなことをしながら、3人が口々に返事をする。

翔くんの表情を盗み見ようとしたけど、新聞を読む後ろ姿しか見えなかった。

一昨日切ってきたという襟足が美しくて見惚れそうになる。

 

 

 「ほんとにみんな空いてんの?」

 

いつも忙しいのに水曜の夜8時とか、俺はどうとでもなるけど。

横に座り込んだ松潤は、俺の独り言のような質問には答えない。

 

「釣りの翌日ってことは?」

 

「釣果があれば刺身。」

 

「だよね。たくさん釣ってきてよ?」

 

松潤が目を輝かせて言う。

 

「ふふ。簡単に言うけどさ。」

 

「ふはは。だって、もうプロのようなもんでしょ?あ、でももし釣れなかったら言ってよ。どっかでいい魚仕入れてくから。」

 

「松潤の方がプロだろ。」

 

「ふはは。楽しみにしてんね。あと、翔さんがさ・・・。あ、これはやっぱいいや。」

 

「なっ、途中で気持ちわりぃな。」

 

「ごめん、ごめん。あとで本人から言われると思うから。じゃ、ちょっとお手洗い。」

 

 

気になる。

ものすごく気になる。

でも、騒ぎ立てて聞き出すのも恥ずかしい。

後で本人からって言うけど・・・。

 

TikTokの画面にのめりこむようにして、なんだか速くなってしまった鼓動を誤魔化そうとする。

口をすぼめて大きく息を吐くと、それにつられて肩の力が少し抜ける。

ソファに深く寄りかかるとお尻が前にずれて、姿勢は余計に悪くなるものの、リラックスできる気がする。

 

 

「智くん。ちょっといい?」

 

「しょっ、翔くん?」

 

「はい。翔くんです。智くん、今大丈夫?」

 

「ああ、うん。どした?」

 

俺は体を起こして座りなおす。

翔くんがその横に座る。

腕がぶつかりそうな距離に、軽く怯む。

少しだけ離れたいけど、感じ悪く映るのも困るから我慢する。

 

 

「ちょっと聞きたいことがあってさ。まあ、こんな風に改まって話すことでもないんだけど。他にタイミングも無いからなーって。」

 

「もうすぐ再開だよ?」

 

「うん。5分ぐらいがちょうどいいっていうか。」

 

「ふふ。なんだそれ。」

 

「いい?」

 

「俺で答えられるの?」

 

「うん。むしろ兄さんしかいないっていうか。」

 

「・・・へえ。んじゃあ。」

 

ドキドキした。

翔くんの香りが近くて。

もう輪郭しか思い出せないあの本当かどうかも分からないキスとハグの記憶が脳裏をかすめる。

もう一年も経つのに、今でも支えだし、反対に涙の理由でもあるあの記憶。

 

 

「ん-と・・・。ちょっと待ってね。」

 

翔くんは目線を落として、言葉を探しているようだった。

なにか言いづらいことでもあるのだろうかと不安になる。

俺が翔くんになにかしてしまったのだろうか。

 

 

「智くんが答えたくなかったら答えないで欲しいんだけど。」

 

「ん。」

 

なんだ?怖すぎる。

お腹が痛くなってきた。

 

 

「一昨日、俺髪の毛切りに行ったって言ったじゃん?あの日、智くん六本木にいたりした?9時くらいだったかな。」

 

「朝?」

 

「夜。」

 

「・・・・。」

 

いた。

友達に誘われて、飲みに行った。

久しぶりに外で飲んで、勧められるままにいろいろ飲んでベロベロになった日だ。

どこでどんな姿を見られたのだろう。

 

 

「あ、いや。なんて言うか。・・・誰?・・だったのか・・なーって?一緒にいた人?」

 

「・・・友達。釣り仲間かな。」

 

「かな?」

 

「・・・いや。ん。誰が連れて帰ってくれたか覚えてなくて。3人いたんだけど。そのあと誰とも話してないから...。」

 

最悪だ。

こんなこと翔くんに言いたくなかったけど、嘘もつきたくはない。

 

 

「兄さん。」

 

呆れた声を出す翔くんの顔が見れない。

しかもこういう時の「兄さん」呼びは距離を置かれているようでツラい。

 

 

「ごめん。約束したのに。」

 

「俺なら良かったのに。」

 

「え?」

 

予想もしていなかった言葉に、翔くんの顔を見る。

翔くんは俺の顔を見ないままで続ける。

 

「俺が送りたかった。外で飲むなら俺が一緒にいたかった。」

 

「え・・・。それって・・・?」

 

 

 

 

(つづく)

 

 

最高な日も最低な日もあるよな。

 

どちらかと言うと、今までは自分の人生はイマイチ冴えないなって思っていた。

大人と呼ばれるようになって、嫌なことがたくさんあったから、目立たず静かに過ごしていこうと決めた。

絶望とか、もうしたくないって思っていた。

つらくて泣くようなことがもう起きないように、人間関係も最低限でやってきたのだ。

 

 

なのにこの数か月。

最低だった。

楽しくて。

怖くて。

 

 

 

「どうしました?」

 

「ん・・・いや。」

 

「・・・こういうの、早すぎます?」

 

「あ、や。そういうわけでは・・・。」

 

「なにか話でもしますか?」

 

 

櫻井さんは、これでもかと優しい声を出す。

ほんのりといい香りがするのは、香水なのだろうか。

ちょうどよく柔らかい胸筋が肩甲骨辺りに押し付けられている。

このまま寄りかかっていて、重くならないだろうか。

そんなことを思いながらも、櫻井さんの首に額を押し付けたまま動けずにいる。

 

 

「正直、俺ちょっとつらくなってます。」

 

「えっ。やっぱ重かったですか。」

 

慌てて腹筋に力を入れる。

 

「あ、待って。」

 

櫻井さんに引っ張り戻されて、また同じように斜め後ろから抱きしめられる。

 

 

「そうじゃないです。欲求に負けそうになってるって意味で・・・。お恥ずかしい。でも、もうちょいこのままいさせて欲しいです。」

 

「よっきゅ・・・あ、ああ・・・。」

 

「恥ずっ。ははは。あと2,3分でいいんで。」

 

「ふふ。」

 

 

 

さっき、あまりに長いこと目が合っていて、気持ちが溢れそうで恥ずかしくて後ろを向いたとき、櫻井さんに抱きしめられた。

心臓の音が背中から伝わってしまうのではと、少し体を離したくて硬くなっていたら、「俺、変な誤解してますか?」と耳元で尋ねられ、小さく「いいえ」と応えた。

「え?!え?!」とのぞき込まれて、「す・・・好きです」と目をそらしたままで言うと、半身になったまま、再びギュッと抱きしめられて、今だ。

 

 

どんどん顔が赤くなっていったのは分かっていた。

隠そうとしても無駄だと思ったけれど、伝えたいかどうかが分からなかった。

だけど、後ろからでも抱きしめられてみると、そこがずっと居たい場所だと分かった。

 

櫻井さんの首元に押し付けられた額には、櫻井さんの鼓動が伝わってきて、ドキドキしているのは自分だけではないと分かる。

深呼吸をするたびに膨らんでは縮む胸も、櫻井さんが平静を取り戻そうとして一生懸命なのを伝えてくれる。

 

 

「俺・・・」

 

「はい。」

 

「こっぴどく振られたことがあって。」

 

「はい。」

 

「もう誰とも付き合ったりはできないって思ってたから。」

 

「ん。」

 

「今もまだ怖いです。」

 

「・・・わかりました。」

 

「ん?」

 

 

櫻井さんは、体を離して正面からのぞき込んでくる。

言葉の真意を知りたくて、きちんと見つめ返す。

 

 

「俺が、その恐怖をちょっとずつ幸せに変えていくんで。大野さんはとりあえずただこの関係を楽しんでください。」

 

「・・・・。」

 

「俺が怖いのは、潤が大野さんを奪っていくことです。大野さんも潤のこと好きそうだなって、勝手に思ってたから。」

 

「・・・・。」

 

「潤の良さは俺が一番よく知ってます。だからこそ、めちゃくちゃ怖いです。でも、大野さんには俺がいいんだって、信じてもいます。はは。」

 

「ふふ。」

 

「・・・あー!可愛い・・・。」

 

櫻井さんは両手で顔を覆うと、大きな音を立てて呼吸を繰り返している。

スースー、コーホー鳴るのを聞いていると、なぜかリラックスした気分になってくる。

 

「ふふふ。」

 

指の間からのぞいた櫻井さんの瞳がキラキラしていて可愛らしい。

お互いに、愛おしく思っているのだなと、まるで他人事のように考える。

 

 

「好きです、大野さん。出会ってからずっと、眠ってても忘れてないかもってくらいずっと恋しく思ってます。俺と付き合ってください。」

 

急に背筋を伸ばして正座をした櫻井さんがまくしたてるように言う。

ドキドキがまた大きくなって、だけど今度はどうしたいかを分かっていた。

ジュンさんの顔ももう浮かばなかった。

 

「ふふ。喜んで。」

 

「こ!これはっ!」

 

喜びで変な風にびっくりしている櫻井さんに、目を閉じて顎を少し上げて見せる。

 

「い、いいんですか?」

 

「お願いします。」

 

 

櫻井さんの唇は見た通りの柔らかさで、でも緊張からかちょっとだけ芯を感じる。

キスの香りは、ずっと嗅いでいたい種類のものだし、クラクラしそうになったちょうどその時に腰から支えてくれた腕の強さも好みでしかない。

 

頭がふわふわするような幸せに包まれて、ふと思い出す。

 

 

「お前なんか幸せになれるわけない」

 

 

この人のためなら死んでもいいと思っていた相手が、別れ際に吐き出すように言った言葉だ。

胸を撃たれたのかと思うくらいな痛みだった。

なぜそんなことを言われたのか分からないまま、しばらくはその言葉を信じていた。

 

 

櫻井さんの唇が少し開いて、舌が優しく入り込んでくる。

 

 

どうかな。

今、すんごい幸せだけど。

そっちは?

ちゃんと幸せにしてんの?

 

見てたらいいよ。

この人と、これでもかってくらい幸せになってやるから。

 

 

櫻井さんの求めに応えて、舌を絡ませる。

涙が出てくる。

自分の居場所はここかもしれないと、キスをしながら実感するなんて。

 

キスの音が大きく聞こえて、胸が痛いくらいにときめく。

 

この人が、好きだ。

 

 

 

 

(おわり)

 

 

 

息を弾ませて玄関ドアを入ってきた櫻井さんは、挨拶で目が合うと照れくさそうに目線をずらす。

そんなところを見せられて、胸がギュッとなって苦しくて、言葉が続かない。

 

しばらく黙ったまま、リビングを施術室に変えていく櫻井さんを後ろから見ていた。

振り向いたらどんな顔をしているのだろう。

体を触られたら、この鼓動があの手に伝わってしまうだろうか。

 

それはそれで、いいのかもしれないけれど。

 

 

「どうぞ。」

 

指先を綺麗に揃えた手のひらが、マットを指し示す。

顔はこちらを向かないままだ。

ホッとしたような、ガッカリしたような。

 

「よろしくお願いします。」

 

「どこか重点的にとかあります?」

 

「あ、お、お任せで。」

 

「了解です!あ、思ってたよりデカい声出ちゃった。はは」

 

「ふふふ。」

 

「ちょっと舞い上がってて。申し訳ない。」

 

「いえ。ふふ。」

 

正直に言っていくスタイルか。

笑えたことで、少し楽な気持ちになる。

 

「腰の様子はじめに見るので、まずはうつ伏せでお願いします。」

 

「はい。」

 

素直に返事をすると、いつものようにリビングの中央に敷かれたマットにうつ伏せになる。

腰を伸ばすと鈍い痛みがある。

ちょうど今痛みを感じていた部分に櫻井さんの指先が触れる。

さっき急いで着替えたTシャツは、少し分厚いものを選んだ。

だけど、触れられている感覚はいつもよりもはっきりと感じるような気がする。

 

 

「あー、痛そう・・・。」

 

「んあ、はい。鈍い痛みが・・・。」

 

「・・・お任せを。んじゃ、仰向けで、足からほぐしていきますね。」

 

仰向けになって、しばらく天井を見ていたけれど、すぐに目を閉じる。

温かい手が足の指先を引っ張るようにして、ゆっくりと動く。

それだけで、もう腰まで良くなったような気分になる。

 

 

「しまった。ちょっとごめんなさい。汗拭きます。」

 

「ん?暑いですか?」

 

「あ、いや・・・恥ずかしいんですけど・・・走ったので。ははは。」

 

「え?」

 

そう言われてみると、15分も待っていなかったかもしれない。

でもLINEを終えたときの時間をあまり覚えていないから、はっきりとは分からない。

 

 

「冷たいお茶でも?少し休んでから始めてもらえば良かった・・」

 

「いいんですっ。勝手になんか走っちゃっただけなんで。謎に。あ、でもお茶は頂いても・・・?」

 

 

飛び起きて冷蔵庫に向かう。

ボトルの麦茶がちょうどある。

大きめのグラスにたっぷりと注ぎながらチラッと見ると、櫻井さんは大きめのタオルを首にかけて、額を拭っている。

汗っかきだと前に言っていたのを思い出す。

こんな時間に走ってきてくれたのだと思うと、嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが混ざり合って変な感じだ。

 

 

「どうぞ。ゆっくり飲んでください。」

 

「ありがとうございます。いただきます。・・・うめぇ。」

 

「ふふ。」

 

「潤が、大野さんの仕上がりがすごいって言ってました。」

 

「え。」

 

「俺も早く見たいなぁって言ったら、お前はとりあえず腰のメンテをやってこいって言われて。」

 

「え・・・。」

 

2人の会話が自分のことだというのが、照れくさい。

だけど、堂々と喜べないものがある。

 

 

「あっ!いや、別に潤に言われたから連絡したわけじゃないですよ?言われる前からどうしようかと考えてたところ、背中を押されたとでもいいましょうか・・・。こんなにすぐ俺から連絡するのもなぁとか、でも大野さんからはしづらいか、とか。ちょうどまあ、考えていたので。」

 

「ふふ。」

 

「え?」

 

「嬉しいです。正直、俺もお願いしたくて迷ってました。時間も時間だし。けど会い・・、あ、いや。ちょ・・・。」

 

口を滑らせそうになって、慌てて手で顔を隠す。

余計に変だとは分かっているけれど、赤くなった顔を見られたくない。

櫻井さんがこっちを見ているのが気配でわかる。

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

「え?」

 

「え・・・。」

 

 

いつのまにか目と目がしっかりと合っている。

その状況も逃げ出したい理由ではあるけれど・・・。

 

どうしよう。

 

このまま、好きだと伝えてしまっていいのだろうか。

 

 

 

 

(つづく)

 

 

「まあとにかく食事をゆっくりしてみるんだね。」

 

そう言って、ニノはようやく帰って行った。

泊まるのかと思ってなんとなく気持ちの準備はしていたのだけれど。

どこを切り取ってもあっさりとしていた。

だけど、本当にいいタイミングで来てくれたと感心する。

いつ、どこで、全部バレたんだろう。

 

 

ジュンさんの顔がさっきから頭を離れない。

小さく首を傾げて、バサバサのまつげの隙間からでも輝いて見える瞳を細めてほほ笑む。

つられて笑顔になるのを待つような、あの笑顔。

 

ジュンさんから離れようと、櫻井さんを思い浮かべる。

胸がズキンとなる。

口角を上げて唇をクッと締めるようにした、上目遣いの笑顔。

目じりに数本入った笑いジワが好きだ。

告白してくれた夜、ひと際優しさをたたえていたあの瞳。

くりくりに丸いところも、すごく可愛い。

真っ赤になって、すぐに返事はいらないと弁解するように言いながら顔の前で振った手。

 

あの手が、出会ってからこっちのダンスを支えてくれている。

 

櫻井さんといるときの、あのなんとも説明しがたい空気を思い出す。

初めてここに来てもらった日にはもう・・・。

だけどあの頃はまだ恋愛なんてしたくなかったんだよな。

 

 

・・・やっぱり櫻井さんが好きだ。

 

 

でも、それを疑っていたわけではないとすぐに思い直す。

問題はジュンさんへの気持ちがなんなのかだ。

ニノが言っていた通り、食事をゆっくりしてみることから始めるしかない。

すっかり冷めきったお茶を一口すする。

緑茶の香りにホッとする。

 

 

ベッドに放り出してあるスマホが震える。

ニノが家に着いたのだろうか。

たまに「ついた」とひとこと連絡してくることがあるのだ。

無視しておこうかとも思ったけれど、まだ22時半だし、櫻井さんやジュンさんの確率も捨てられない。

 

「いってぇ・・・」

 

床に座り続けていたから、練習後の腰が悲鳴をあげる。

櫻井さんの顔が浮かぶ。

普通に施術を頼んでいいのか分からずに、予約を入れていない。

 

 

「会いたくなっちゃうなぁ。」

 

小さな独り言を言いながら、スマホの通知を見ると、櫻井さんからのLINEが入っている。

 

「さっ・・」

 

すぐに開くと、いつも通りの文面で、今夜の体の調子を訊いてくれている。

 

『大野さん、今日の練習はなかなか激しかったと聞きました。身体どうですか?まだしばらく起きているので、是非!』

 

 

「ふふ。あっちは気楽に連絡取りあってんな。」

 

 

なんだか可笑しくなってしまう。

こちらは泣くほど悩んでいるというのに、あの2人は情報交換でもするように、なにも変わらず通じ合っているのだ。

どちらかが選ばれるなんて、実感していないのかもしれない。

どちらも選ばれないとしたら、笑いながら慰め合うのだろうか。

 

 

スマホを持ったまま洗面所に鏡を見にいく。

泣きはらした目だったら、今夜はストレッチだけして眠る。

 

 

「・・・頼むか。痛ぇし。」

 

会いたいし。

お金も・・・大丈夫だ。

 

 

『この時間の15分の道のりが面倒じゃなければお願いしたいです。短いやつで。』

 

すぐに返信が来る。

 

『40分コース、了解です。今すぐ出られるので15分でお会いしますね。』

 

 

荷物を片方の肩にかけて早歩きをする櫻井さんを思い浮かべる。

胸が高鳴る。

 

早く会いたい。

 

 

 

 

(つづく)

 

 

「他にも出てきた?登場人物増えたんだ。」

 

「・・・すげぇな。」

 

「なっるほど、ね。」

 

「分かんないのよ。」

 

「その人を好きかどうかね?」

 

「・・・すげぇな。」

 

「ちょ、黙ってな。」

 

 

ニノは相変わらずの視線を送りつけながら、たまに大福にかじりつく。

目の前に置かれた湯呑からお茶をすすることも忘れない。

 

じっと黙って待っていた。

頭の中には、櫻井さんとジュンさんの顔が交互に現れる。

気持ちの種類が違うような気もする。

だけど、せっかく告白してくれた櫻井さんにまっすぐ向き合える気がしないのだ。

 

いつまで待ってくれるかも分からない。

櫻井さんの気持ちをふいにするのは嫌だった。

 

ずっとあんなに想っていたのに。

告白をしてもらって、本当に嬉しかったのに。

一体なんなんだ。

 

 

「なるほど・・・ね。」

 

「ん。」

 

「最悪じゃん。」

 

「ふふふ。なんだよそれ。」

 

「え?だって板挟みってやつでしょ?智が迷うくらいだから、どっちもすんげえいい奴ってことじゃん?」

 

 

いつのまにかニノは同性愛者であることを承知して、受け入れて、こうして助けてくれようとしている。

そんなに分かりやすかったのか、ニノが超能力でもっているのか。

泣きそうになりながら、そんなことを思う。

 

 

「ティッシュ。後ろにあるから。」

 

「ふふふ。」

 

「泣き笑い、可愛いからやめときな。」

 

「ふふふ。」

 

「鼻かんで?垂れる前に。」

 

ニノは自分ではそこから動こうともせず、でも的確な指示で揺れる気持ちを救っていく。

鼻をかむ。

いつのまにか涙もこぼれていて、はりつめていた気持ちが少し緩んだ気がする。

 

「すげぇな。」

 

「お前が下手なんでしょうが。」

 

「お前って言うな。」

 

「ははは。それホントいつも言うけどさ。」

 

どんどん涙がこぼれてくるから、とうとうティッシュの箱を目の前に置く。

 

 

「そんで?どんなやつなの?もうひとりは。」

 

「なにしろ綺麗な顔。」

 

「へえ。智って面食いだった?」

 

「見ればわかる。ちょっと次元が違うの。そんで、優しい。」

 

「『優しい』はだいぶ色んな人に共通してるじゃん。もっと違う言葉探して?」

 

「・・・んー。細かいことに気づいてくれて、隠すでも押し付けるでもなくさりげなく・・・。」

 

「アピールもしてくるんだ。」

 

「ん。そんで絶妙に・・・響いてくるっていうか。」

 

「智のモテキか。その人には告白されたの?」

 

「はっきりとは。飯は誘われてるけど。」

 

都度ズビズビと鼻を鳴らしながら応える。

ニノは大福を食べ終わり、指先の粉をティッシュで拭っている。

 

 

「でも、普通の仕事の仲間とのメシって感じがしないのね。」

 

「考えすぎかもだけどね。」

 

「いや。多分智が感じてるってことは合ってんでしょ。」

 

「でも、完全に櫻井さんのことが好きだと思ってたの。告白されたときめっちゃ嬉しくて、なのになぜか即答ができなくて。」

 

「すぐじゃなくていいから考えてくれって言われたんでしょ?」

 

「言われたけど。」

 

「だからじゃない?」

 

「どういうこと?」

 

「考えてって言われたから考えることを瞬時に見つけちゃったんだよ。元々小さくても持ってた気持ちがひょっこり出てきちゃったんでしょ。多分ね。」

 

「そんなことある?」

 

「あるんじゃない?その櫻井さんもさ、なんとなく智に考えることがあるんじゃないかと思って自信がなかったのかもね。」

 

 

櫻井さんには伝わっているかもと思っていた。

気持ちを隠しきれていない気がしていたからだ。

 

 

だけど。

 

 

 

 

(つづく)

 

 

「気楽な飯ですよ?あんま気負わないでYESって言ってくれれば。」

 

ジュンさんはそう言って、いつものキラキラした笑顔で首を傾げる。

まるで爽やかな風に正面からぶつかられたように、一瞬首から上が煽られる。

シパシパと瞬きしてから、口の中に入ったままになっていたいんげんの胡麻和えを飲み込む。

 

「い・・・えす。」

 

「ふはは。やった。」

 

低い声でそう言うと、ジュンさんは満足そうな顔で食事を続ける。

食べ物を頬張っていてもカッコいい人っているんだな、などと考える。

そうだ、やっぱりジュンさんは好みの顔なのだ。

 

 

「翔がね。」

 

「ん?」

 

「翔が、最近よく言ってるんですよ。智さんの専属のセラピストになって全国回っちゃったりしてね、ははは!とか。飲むたびに言うから多分本気。」

 

「・・・へえ。」

 

「それで俺が、じゃあ俺はマネージャーになって一緒に回るわって言って。プロデューサーでもいいけど。」

 

「ふふ。」

 

あまりに突飛な話で笑ってしまう。

それは楽しそうだけど、別に全国を回るようなアーティストを目指しているわけでも、ダンスでそんなことができるとも思っていない。

 

 

「智さんは、夢とかってあるんですか?」

 

「夢・・・あんまないかな。今くらい食えてたら満足だし。」

 

「へえ、もったいない。俺、智さんの振付すんげぇ好きです。しかもそれを一番うまく踊れるのが智さんだと思ってます。」

 

「ふふ。ニノと雅紀は・・・あ、俺の仲間の、 」

 

「動画一緒にやってる?」

 

「そう。あいつらは、もうちょっと真剣に考えてるんですけど。俺はどうしてもひとつのことにずっとは無理で。」

 

「そうなんだ。他になにやるんですか?」

 

「他は金にならない趣味です。釣りとかキャンプとか絵とか。けどやんなきゃ生きてけないから、あんま忙しくなりたくないんですよね。」

 

「・・・そっか。」

 

 

ジュンさんはなにかを真剣に考えるそぶりで、お弁当に箸を添えたまま黙り込む。

伏せたまつげが長い。

目をそらすために壁の時計を見る。

休憩はあと15分ほどで終わる。

 

半分ほど残っているお弁当に集中する。

ジュンさんはなにも言わない。

食べる様子もないけれど、とりあえず踊りの再開前に5分は欲しいと、話しかけることもせず食べ続ける。

銀鮭が旨い。

すごく気を使って選んでくれたのだと分かる。

 

ジュンさんを見る。

いつのまにか、また食べ始めていた。

 

 

 

「いいかげん俺に相談したらいいじゃん。」

 

ソファに片腕をのせて床に座るニノが突然言う。

 

また突然やってきて、お茶をいれろと言って和菓子を差し出してきたのだ。

 

「あ?」

 

「無理やり聞かないでいいやと思ってたのよ?けど、もう悩み過ぎてんじゃん。俺が大福食べながら聴いてやるって言ってんの。」

 

「・・・偉そうに。」

 

「こうでもしないと自分からは言わないでしょうが。」

 

「・・・・。」

 

その通りだし、そろそろ一人で悩むのにも限界がきていたのも事実だった。

ニノはいつもタイミングよくこうしてやってくる。

 

 

「言い出すのムズイなら質問形式にする?」

 

「・・・ん。」

 

「んじゃあ、それはあのマッサージセラピストのことですか?」

 

「・・・はい。」

 

「ん~、告白をしたいのですか?」

 

「・・・されました。」

 

「は?!じゃあなに悩んでんの?好きなんでしょ?」

 

「好きだね・・・。」

 

「あれ?」

 

 

ニノは頬に手をすべらせながら、優しくも鋭い目線を向けてくる。

 

今のこの気持ちをどう伝えていいのか分からない。

自分でも分かっていないのだから。

 

 

 

 

(つづく)

 

 

「じゃあ今日はこちらのカメラでメイキングを撮るので。カメラマンの菊池です。どこかで発表するにしてもまだ先ではあるんですけど。なんか居心地悪いなーとか感じたら、俺に言ってくれたら一旦オフにするんで、遠慮なく言ってください。」

 

「はい。よろしくお願いします。」

 

紹介された、それほど大きくはないカメラを抱えた菊池さんに頭を下げる。

菊池さんは小さく「っす」と吐く息と混じったような声を出す。

気取らない感じが逆に好感を持てた。

 

 

「・・・智さん?」

 

「はい?」

 

さっきからジュンさんの目が見れなかったことに、とうとう気づかれてしまっただろうか。

櫻井さんから聞いた話のせいで、なんだか照れくさかった。

 

 

「智さん、なんか・・・あ、いや俺の気のせいかもなんですが・・・。」

 

「・・・・。」

 

無言でジュンさんを見る。

目をそらしたくなるのを一生懸命我慢した。

 

「ああ、目が合いましたね。朝から目が合わないなぁって思ってたんで。」

 

ジュンさんが可愛らしい笑顔で少し首を傾げる。

胸がズキンとする。

これはなんだろう。

 

「俺も今日はずっとこっちにいるんで。端の方で見てますから。菊池にはたまにどこ撮って欲しいかとか口出すんですけど、智さんはいつも通りでお願いします。」

 

「あい。」

 

「ホントに、居心地悪くなったらいつでも言ってくださいよ?」

 

黙って頷く。

居心地はすでに良くはない。

でも、別にカメラを意識しているからじゃない。

 

 

 

 

「俺と付き合ってくれませんか?」

 

「え。」

 

「あ、いや!今日の今日で返事欲しいとかそんな贅沢言わないんで、ちょっと時間かけて考えていただいてですね・・・。」

 

「・・・はい。じゃあ・・・考えます。」

 

すぐに返事をしても良かったのかもしれない。

でも、なんとなくだけど、言い切れない何かがあった。

顔は赤かったと思うし、櫻井さんだってもう分かっているかもしれない。

そうは思ったけれど・・・。

 

 

 

 

「そんじゃ、今日はアップ後にすぐ通しでやっていきます。明後日は本番です。気合入れていきましょう!」

 

「うっす!」

 

そんなやり取りの後、まずは体を慣らしていく。

昨日のカッサがどんな効果をもたらしたのかは分からない。

眠りが深くなるとは言われたものの、あんなことがあった後では結局なかなか眠りにつけなかった。

あんなに想っていた人に告白をされて、迷いのようなものが生じるなんて思っていなかった。

 

櫻井さんの顔が浮かぶ。

心臓がキューっと縮むような痛みを感じる。

胸に手をやって、息を深く吐き出す。

反動で入り込んできた酸素は体をビリビリ言わせながら全身に行き渡る。

 

 

「大野くん、今日足重いかー?」

 

「あ、いえ!」

 

足が上がりきっていなかった。

すぐに見破られてしまうから気を付けなくてはいけない。

というか、集中だ。

 

「おお、いいねぇ!次ブリッジ!5秒ホールド!」

 

 

やってみると、寝不足の割には体はよく動いているのが分かる。

このまま集中して、しばらく頭を空っぽにしてしまいたい。

 

カメラが動き回っているのが目の端に映る。

「あんなに練習した後にこれか」などと誰にも思われたくない。

 

 

 

「明後日の本番なんですけど、車で迎えに行くんで、朝。」

 

弁当のふたを開けながらジュンさんが言う。

当たり前のようなトーンに、断る気も起きない。

 

「ちょっと遠いし、電車混んでると速攻疲れちゃうじゃないですか。もともと運ぶ物多くて車なんで、ついでっていうかですけど。」

 

「お願いします。」

 

「ふは。良かった。今朝の感じだと断られるかと思った。」

 

揚げ出し豆腐を頬張るふりをして、なにも言わなかった。

ジュンさんは気にする様子もなく、自分の弁当から野菜を口に入れる。

 

「豆腐。」

 

「ん?」

 

「豆腐が入ってる弁当って、なかなかないんですよね。智さん好きだからと思っていつものところに頼んでみたら、揚げ出しなら入れられるって言われて。」

 

「ああ、これ?!わざわざ?」

 

「ふはは。言わなくてもよかったんですけど、なんか言っちゃいました。」

 

 

相変わらずの笑顔で照れているジュンさんの瞳の光に目を奪われる。

櫻井さんからあんなことを聞いたせいで、変に意識してしまっているのだろうか。

いや、以前からジュンさんにはそうだった。

これは昨日聞いたこととは関係ない。

単純に顔が好みなのかもしれない。

 

食べながらそんなことを考える。

 

 

「智さん、明後日の本番の後、良かったら飯でも行きません?」

 

 

心臓が跳ね上がるような感覚になる。

目を上げて見たジュンさんは、穏やかな表情のままだった。

 

 

 

 

(つづく)

 

 

「え、ジュンさん。」

 

「えっ。あれ、今日俺がここにいること言ってある・・・。」

 

迷ったけれど、出てみることにした。

急な用事だとしたら、明日の仕事に関してかもしれない。

 

 

「もしもし。」

 

『あ、智さん?もう翔の練習終わりました?』

 

「あ。はい。いまちょっと、お茶を・・・。」

 

『おお、そうですか。じゃあ、俺もちょっとお邪魔してもいいですか?』

 

「今からですか?」

 

『はい。ちょっと明日のことでお話ししたいってのもあるんですけど、せっかく2人いるならって。』

 

「ああ・・・。ちょ、ちょっと待ってくださいね。」

 

 

櫻井さんに目で合図をする。

櫻井さんは目を少し見開いて、なんですか?と表情で応える。

スマホを手で覆って、少し体から離して櫻井さんに小声で伝える。

 

「ジュンさん。今からここに来たいって言ってます。」

 

「は?・・・ちょっと俺が話してもいいですか?」

 

「あ、はい。」

 

櫻井さんにスマホを渡す。

 

 

「ジュン。」

 

電話の向こうのジュンさんの声は聞こえない。

ただ、櫻井さんはさっきのカチコチの感じではなくなっていた。

 

「いや、俺ももうお暇するところだから。大野さんはこれからもう明日に備えて寝てほしいのよ。」

 

「分かった。15分くらいで行く。ん。ジュンも寝る準備する時間だろ?寝不足続いてんだから。んじゃな。はいよ。」

 

耳を離した櫻井さんがそのままスマホを差し出してくる。

受け取ってみると、まだ通話はつながっている。

 

「もしもし。」

 

『あ、じゃあ、用件だけ。明日なんですけど、ちょっとメイキングの撮影入っても大丈夫ですか?多分11時くらいから終わりまでいると思うんですけど。』

 

「それって断ったり・・・?」

 

『ふはは。されると困ります。でも、断ってもいいですよ?嫌ですか?』

 

「ふふ。ちょっと聞いてみたかっただけです。断らないです。」

 

『良かった。じゃあ、俺も明日は一日いるつもりなので。朝会いましょ。』

 

「はい。よろしくお願いします。」

 

『ふはは。硬いんだよなぁ。じゃあ、翔のことすぐ追い出していいんですからね?』

 

「ふふ。はい。」

 

『じゃ、おやすみなさい。』

 

「おやすみなさい。」

 

 

ジュンさんは不思議だ。

胸につかえていた固い何かが消えてしまったようにすっきりした気分になる。

後ろには櫻井さんがいるっていうのに。

 

 

「なんか図々しくてすみません。」

 

「ジュンさんですか?全然です。」

 

「この後ちゃんと言っておきます。」

 

「・・・あの。ジュンさんって、櫻井さんの・・・。」

 

「ああ、えっと、・・・元カレっていうんですかね。」

 

「パートナーっていうのは・・・?」

 

「あっと、もう恋人ではないんですけど、なにも変わらずの距離感なんで、ちょうどいい呼び方としてパートナーって呼んでます。ややこしいけど、これまで困ったことなくて。・・・でも、大野さんと会って、ちょっとそれがなんていうか・・・。」

 

「・・・・。」

 

 

耳まで熱くなってくる。

これは、誤解ではなくそういう意味なのだろうか。

 

 

「ぶっちゃけちゃうと・・・俺は初めに会った時から大野さんが好きになってしまっていて。クライエントとしていて欲しくて、言わずにこのままの関係でって思ってはいたんです。あ!いや!体に触れたいからとか、そういうのではないですよ!?」

 

「ふふ。」

 

「壊したくなかったんです。好きなんて言って、気持ち悪いと思われるのも怖くて。」

 

「はい。」

 

もうきっと櫻井さんは分かっていると思う。

耳だってなんだって真っ赤に違いない。

 

 

「ジュンが・・・ジュンが言い出したんです。俺が勝手にあいつのこと言うのはルール違反かもと思うんですけど、俺はそういうズルいところもあるんで・・・。あいつが俺より先に口にして、一緒にいた時のこととか話されて、俺はなんとなく毎日焦って。」

 

「ジュンさんが、なんて?」

 

 

どういう意味なのか分からなかった。

櫻井さんを焦らせるなにか。

 

 

「ジュンが、『智さんは素敵だから、仕事が終わったら誘う』って言いだして。」

 

「え?」

 

「毎日のように言ってくるんで。まじで気が気じゃなくて。ジュンは人たらしなところがあって。」

 

「ふふ。それは櫻井さんも同じです。」

 

「え?俺ですか?」

 

 

実感できる範疇を超えたからだろうか、言葉が口をついて出てくるようになっていることに気づく。

でも、目の前の櫻井さんはいつになく素敵だった。

顔を赤くして視線をきょろきょろと外しているところも、とても可愛らしかった。

 

 

ふと気づく。

もしかしたら、櫻井さんと・・・?

 

 

 

 

(つづく)