「まあとにかく食事をゆっくりしてみるんだね。」
そう言って、ニノはようやく帰って行った。
泊まるのかと思ってなんとなく気持ちの準備はしていたのだけれど。
どこを切り取ってもあっさりとしていた。
だけど、本当にいいタイミングで来てくれたと感心する。
いつ、どこで、全部バレたんだろう。
ジュンさんの顔がさっきから頭を離れない。
小さく首を傾げて、バサバサのまつげの隙間からでも輝いて見える瞳を細めてほほ笑む。
つられて笑顔になるのを待つような、あの笑顔。
ジュンさんから離れようと、櫻井さんを思い浮かべる。
胸がズキンとなる。
口角を上げて唇をクッと締めるようにした、上目遣いの笑顔。
目じりに数本入った笑いジワが好きだ。
告白してくれた夜、ひと際優しさをたたえていたあの瞳。
くりくりに丸いところも、すごく可愛い。
真っ赤になって、すぐに返事はいらないと弁解するように言いながら顔の前で振った手。
あの手が、出会ってからこっちのダンスを支えてくれている。
櫻井さんといるときの、あのなんとも説明しがたい空気を思い出す。
初めてここに来てもらった日にはもう・・・。
だけどあの頃はまだ恋愛なんてしたくなかったんだよな。
・・・やっぱり櫻井さんが好きだ。
でも、それを疑っていたわけではないとすぐに思い直す。
問題はジュンさんへの気持ちがなんなのかだ。
ニノが言っていた通り、食事をゆっくりしてみることから始めるしかない。
すっかり冷めきったお茶を一口すする。
緑茶の香りにホッとする。
ベッドに放り出してあるスマホが震える。
ニノが家に着いたのだろうか。
たまに「ついた」とひとこと連絡してくることがあるのだ。
無視しておこうかとも思ったけれど、まだ22時半だし、櫻井さんやジュンさんの確率も捨てられない。
「いってぇ・・・」
床に座り続けていたから、練習後の腰が悲鳴をあげる。
櫻井さんの顔が浮かぶ。
普通に施術を頼んでいいのか分からずに、予約を入れていない。
「会いたくなっちゃうなぁ。」
小さな独り言を言いながら、スマホの通知を見ると、櫻井さんからのLINEが入っている。
「さっ・・」
すぐに開くと、いつも通りの文面で、今夜の体の調子を訊いてくれている。
『大野さん、今日の練習はなかなか激しかったと聞きました。身体どうですか?まだしばらく起きているので、是非!』
「ふふ。あっちは気楽に連絡取りあってんな。」
なんだか可笑しくなってしまう。
こちらは泣くほど悩んでいるというのに、あの2人は情報交換でもするように、なにも変わらず通じ合っているのだ。
どちらかが選ばれるなんて、実感していないのかもしれない。
どちらも選ばれないとしたら、笑いながら慰め合うのだろうか。
スマホを持ったまま洗面所に鏡を見にいく。
泣きはらした目だったら、今夜はストレッチだけして眠る。
「・・・頼むか。痛ぇし。」
会いたいし。
お金も・・・大丈夫だ。
『この時間の15分の道のりが面倒じゃなければお願いしたいです。短いやつで。』
すぐに返信が来る。
『40分コース、了解です。今すぐ出られるので15分でお会いしますね。』
荷物を片方の肩にかけて早歩きをする櫻井さんを思い浮かべる。
胸が高鳴る。
早く会いたい。
(つづく)