大野さんは僕を見つめたり、ちょっと照れたように目をそらしたりしながら、穏やかな声で話し続ける。

 

 

「友達としてどっかにいて、助けてって言われて飛んでいくのもいいけど、やっぱり俺は櫻井さんのそばにいてあんなのもう起こらなくて済むように支えたいなって。そんなことできるものなのか分からないけど。でももっと心も体も近くにいたいなって。」

 

「心も、体も・・・。」

 

「ふふふ。変な意味でじゃないですよ?まあ、別にそういう意味でも俺は構わないんですけど。ふふふ。」

 

「っははは。お、俺だって構わないですよ。そりゃ、そんなの・・・。」

 

「ふふ。でも心が近づいたら、なんて言うんだろ、窮地を救うのも偶然じゃなくなって行くのかなって。」

 

 

顔が熱い。

ってか、全部熱い。

全身。

 

 

「ふふふ。で、さっきそんなこと考えながら歩いてたら、いたんです。櫻井さんが。」

 

「すげえ。」

 

「でも、もう一度伝えるのはもう少し先にしようって。」

 

「・・・俺が興味のないふりをしたからですよね。」

 

 

「違いますよ。もっとちゃんと守れる自信を持ちたかったんです。偶然に任せなくてもちゃんと俺が守れる立場になりたかったんです。まずは、友達としてあの松本さんを超えてから、って。」

 

「でも、友達じゃやだって。」

 

「けど、櫻井さんを落とすにはもっと時間が必要だと思ってたから。ふふ。」

 

「そ、そっか。はは。」

 

「松本さんはむしろライバルなのかなって思ってたし。」

 

「はは!それはないです。彼はもうずっと想ってる人がいて。」

 

「そうなんだ。」

 

 

大野さんが僕を落とそうとしてすることはどんなことだったのだろう。

僕はそんなことをされなくてもとうに大野さんにズブズブとはまっていたのだから、そんなことされたらどうなってしまったことか。

 

でも、ちょっとそれは体験してみたかったな・・・。

 

 

「手、触ってもいいですか?」

 

「え、あ、はいっ。」

 

僕はいつの間にか固く握っていた拳を解いて大野さんに差し出す。

 

 

「手汗が・・・」

 

「ふふふ。気にしません。」

 

 

嬉しそうに、愛おしそうに、大野さんは僕の手を取って、自分の両手に包み込む。

 

 

「櫻井さん。俺と付き合ってください。」

 

僕の手に話しかけるように大野さんが言う。

 

 

「お、俺で良ければ是非。」

 

「やった。」

 

大野さんは一瞬で子供のように表情を崩すと、僕を見てまた言う。

 

 

「大好きです。ずっとずっと。」

 

「お・・・」

 

 

僕は一度黙って深く息を吸ってから目を閉じてそれを吐き出す。

大野さんは何も言わずに僕の言葉を待っている。

 

 

さっき、ペンを操るそのキレイな手を見つめていた。

その手が今は僕の手を優しい力強さで包んでいて。

相変わらずうるさい鼓動は静まる予定もなさそうだけど、それだってもう心地良い。

この音が僕を傷つけることはない。

少なくともしばらくは。

 

 

「俺を見つけてくれてありがとうございます。ラッキーだったのは俺だから。大野さんが雑誌の俺を見つけてくれた日から、多分ずっと。」

 

「・・・すんごい口説き文句。これ以上好きにさせてどうするんですか。ふふふ。」

 

「ははは。俺だって大野さんを捕まえておくために努力しますよ。ずっと一緒にいたいんですから。」

 

「ふふふ。」

 

「はは。」

 

 

お互い照れてしまって目をそらして、でもまた見つめ合って。

 

 

そして僕らはキスをした。

 

僕の人生で、一番ドキドキするキスだった。

 

 

 

 

 

 

「翔くん、ハンカチ。」

 

「あ、ありがと。智くん、今日合鍵作って来られる?」

 

「うん。でも翔くん帰ってきてからでもいいよ?」

 

「嫌じゃなければ今日作っちゃってよ。俺がいなくてもここで描きたいでしょ?」

 

「嫌じゃないからそうする。」

 

「まあ俺の持っててもいいけど。」

 

「ううん。作ってくる。」

 

「うん。」

 

 

僕は明日から2泊の出張で、昨日は会えなくなる前にと智くんがうちに泊まった。

 

朝を一緒に迎えるのはもう何回目か分からないほどになったけど、目覚めるとまだなんとなく照れくさい。

それは智くんも同じのようで、朝食を食べるときの僕らは目をあまり合わせない。

 

 

だからというわけではないけど、別々の一日を始めようとバタつき始めると、急に離れがたくなる。

もっと顔を見たい。

もっと声が聞きたい。

もっと触りたい。

 

 

僕は何かをわざと置き忘れて、智くんは僕の忘れ物を探して部屋中に目を走らせる。

見つけた物を持ってきてくれる智くんを、僕はガッチリと抱きしめてしばらくそのまま会話をする。

 

 

「ああ、やだな。なんで今日ミーティングなんて入っちゃったんだろ。」

 

「ふふふ。マサキの陰謀か?」

 

「はははっ。ヤキモチか?」

 

「ふふ。でも俺も今日は定例会議の日だからさ。」

 

「チクショー。もっと一緒にいたかった。」

 

 

12時間一緒にいても、24時間一緒にいても、僕らは多分満足しない。

 

 

だから今夜、智くんが合鍵を作ったあとで僕は提案するつもりだ。

 

 

 

 

「智くん、そろそろここで一緒に住まない?」

 

「え、うん、住む。ふふ。いいの?」

 

「うんっ。別にどんなに離れてても俺の気持ちは変わらないけどさ、一緒にいられるならいたいって思うし。」

 

「ふふふ。うん。」

 

「喧嘩とかしても?一緒に住んでたら仲直りも簡単だし?」

 

「喧嘩なんてしないけど?」

 

「はは。まあそうだけど。まあ、なんか困難なことが起きてもさ、 」

 

「一緒にいれば大丈夫だもんね。」

 

「うん。」

 

 

 

僕をモヤモヤとした場所から救い出したのは、間違いなく智くんだ。

何度も本当にスーパーヒーローのように僕を助けてくれた。

発作が起こらなくなってからも、智くんの存在は絶対的な僕の支えだ。

 

 

僕はどれだけ智くんの支えになれているだろうと、たまに不安にもなるけれど、お互いへの感謝をちゃんと口にすることで、それを解消する。

 

 

そしてまた智くんは僕を救うのだ。

 

 

いつも、どこにいても。

 

 

 

 

(おわり)