「智、そのハンカチ、すげえいい色だね。」
トイレで遭遇した翔が僕の手元に目をやって言う。
「あ、これね。」
ついこの間、母の誕生日プレゼントを探しに行ったデパートでつい買ってしまった物だ。
この青に惹かれて。
「ってか、智ハンカチたくさん持ってない?なんかいつも違うの持ってるみたいなイメージ。」
「ふふ。うん。なんか集まっちゃって。・・・20枚くらいはあるかも。」
「多っ!俺まずそんなに持ってるアイテムが無いかも。」
「ふふ。ハンカチでもさすがにかさばって来てるよ。」
「だろうね。」
今日は朝から雨で、自転車で来られなかった。
カーテンを開けて雨が窓を濡らしているのを見た瞬間からモヤモヤが止まらないのは、きっと昔の感情を引きずったままだからだと分かっている。
そしてそんな日は、青いハンカチを選んでしまうことも、最近薄々分かってきているところだ。
雨の日は潤と二人乗りができなかった。
雨の朝は目に見えて元気の無い僕に、母はいつも言ってくれた。
「雨がやまなかったことなんて無いんだから。」
僕は「そりゃ、そうだけど」なんて言いながら、母が出してくれる牛乳を飲んで、朝ごはんを食べる。
「雨だねー。」
「うん。」
家の前で顔を合わせると、残念そうな声で潤が言う。
でも、僕ほどは落ち込んでいない。
それは、気持ちの大きさの差なんだと、僕は思っていた。
「智、今日は俺んち来てよ。」
「ん?」
「雨やまなかったら、自転車無理じゃん?」
「んー。」
「いいっしょ?」
「いいよ。何すんの?」
「んー。ゴロゴロする?」
「ふふふ。」
「明日のための休息日ってことで。」
潤が歯を見せて笑って、僕はその笑顔に癒されて。
「まあいいか」って少し気持ちを楽にした。
自転車に乗って隣町のそばまで行くといつも、帰ってくる前に僕らは河原で座って話をした。
話と言っても、小中学生の男子がする話なんてたかが知れている。
内容の薄い、笑い話がほとんどだった。
でもたまに、僕らは将来の話をした。
どんな風にずっと同じことをしているかを。
どんな風にまだ一緒にいるかを。
そして2人ともが、本気でそれを望んでいた。
望んでいたのだけど。
「青が好きなんだよね。」
僕は手の中のハンカチを見ながら翔に言う。
「はは。うん、そうだろうね。」
「なんか、気持ちのいい空の色とか。思い出も含めて、青にたくさん関わりがあって。」
「ふーん。智は五感をすごく大切にしてるんだね。」
「五感?」
「うん。この間は匂いでなんか思い出すって言ってたし、それが嗅覚なら、青色でって言うのは視覚。多分、いろんなことをちゃんと感じながら生きてるんだよ。」
「・・・なるほど。」
「ははは。にしても最近なんか昔のこと色々思い出してるんじゃない?なんかあった?」
「いや、なんもないけど。」
何もない。
けど、きっとなにか起きて欲しいと、本能的に求めているのだろうと思う。
パイナップルジュースの香りをきっかけに、上手くしまい込んだと思った感情が漏れ出して。
寂しいとか、恋しいとか、悔しいとか。
そういう、忘れたかったやつらが僕にまとわりついて。
昔からずっと、そう、潤と会えなくなってからずっと、僕はこの複雑な感情とうまく付き合う術を見つけられずにいる。
たまに戻ってきては胸の中にくすぶる感情たちに、少なからず心を乱されるのだ。
なにをすれば慣れるのかも分からないし、誰かに相談したこともない。
そんなんだから、僕だけずっと潤が恋しいまま。
「まあ、俺も少しくらいはそういうのあるから分かるけど。俺で良ければ聞くからさ。」
「ふふ。うん。ありがと。」
「・・・そのつもりはなさそうだね。」
「え?ふふ。まあ、自分でもよく分からないんだよね。」
「そっか。ま、俺がいること覚えておいてくれればさ。」
「うん。」
僕らは笑顔を交わし合って、それぞれの仕事に戻る。
僕の頭の中にはやっぱり潤がいて、白い歯を見せて笑っている。
最後に見た潤は、太めの眉を怒らせて、僕を睨めつけていたけれど。
(つづく)