「ねえ、俺ら大人になってもさ、俺のこと後ろに乗せて走ってよ。」
「やだよ。絶対お前の方が大きくなんじゃん。」
「ふははは。なんでだよ。いいじゃん。」
僕らは川辺の道、風を切りながら笑った。
楽しくて嬉しくて、なんだかくすぐったくて。
後ろに乗った君は僕のシャツの裾を掴んで、ときおり遠慮がちに触れる手は温かくって。
初夏の風が前髪を揺らす感覚を額に感じて、僕は意識を現在に戻す。
輝きすぎてて眩しいくらいのあの日々の思い出が、時々こうして蘇る。
最近それが頻繁になって、どんな時なんだろうって考えたら、そうかこの匂いのせいかって。
「智、なに飲んでんの?」
「ん?ああ、これ?パイナップルジュース。」
「美味いの?」
「んー。美味いよ?なんで?」
「なんかニコニコしてるから。」
「え、まじで?」
「ニヤニヤっていうか。」
「ふふふ。そう?」
同期の翔が僕の隣に座る。
小さなビルの屋上のベンチは大きな鉢に植えてある木を囲むように円になっていて、僕は日陰を選んで休憩中だ。
「あー、疲れた。」
翔が伸びをしながら言う。
「すごい集中してたね。」
「んー。ふと気づいたら智がいなかった。」
「ふふ。俺の集中力はかなり前に切れた。」
「例の企画書、17時までに終わらせろって今朝言われてさー。」
「いけそうなの?」
「うん。あと2時間もあれば。」
「さすが。」
「ははは。それ部長にも言われたけど、いらねー。」
「ふふふ。」
僕らが勤めている会社は規模としては中小企業に分類される。
成長中の広告会社だ。
翔は企画・営業部のエース。
企画からプレゼンテーションまで全部が得意。
特に対面での交渉に長けている。
みんながみんな分かりやすく彼に期待している。
本人はそんなことあまり気にしていない。
爽やかに、スマートにただこなしているだけ。
僕は同じ企画・営業部にいるけれど成績は中くらい。
対人は苦手じゃないけど、褒められるのは企画のアイデア。
そしてそのポジションを動くつもりはない。
同期はもう一人いるけど、彼女はあまり僕らと絡みたがらない。
3年間特に何も無く一緒に働いている。
嫌われているわけではなさそうだけど。
「ちょっと味見させてよ。」
「いいよ。気に入ったら販売機にある。」
「新しいやつ?」
「うん。先々週くらいに入った。」
「へえー、濃厚。美味いけどたくさんは飲めないな。ありがと。」
翔はなんだか苦いものでも口にしたように顔を歪めて、缶を僕に返す。
「ふふふ。小学生の頃しょっちゅう飲んでて懐かしくて。」
「へえ。智の小学生時代かぁ。想像つかないな。でも可愛かっただろうな。」
「ふふ。まあまあだよ。翔ほどではないだろうけどね。」
「俺ははっきり言って可愛かったよ。電車で高校生のお姉さんたちに可愛いって言われたりしてたもん。」
「ふふ。俺はただのわんぱく少年だよ。自転車二人乗りしてよく怒られてた。」
そう、よく叱られていた。
道行くおじさんとかおばさんに。
「降りて歩きなさい」とか「危ないよ〜」とか。
でももちろん聞かなかった。
返事だけ、「は〜い」なんて大きな声でしたけれど。
「楽しそう!俺はそういう子供時代なかったなぁ。あれ、智、今通勤チャリでしょ?今度後ろ乗せてよ。」
「無理だよ。そういうチャリじゃない。」
「なんだ。残念。」
「ふふ。それにこんな都会でやってたら捕まっちゃうよ。」
「ははは。それもそうだ。」
「・・・最近よく思い出すんだ。多分これのせいで。」
僕はパイナップルジュースの缶を口元に運んで、口を付ける前にクンクンと匂いをかむ。
そうだ。
この香りだ。
またふっと潤の顔が目に浮かぶ。
さっきとは違う、中学生くらいの潤だった。
(つづく)