「うそだあ・・・。」

 

大野さんは眉間に入っていた力を抜くと、弱々しい声で言う。

 

 

「俺のこと可哀想だと思ってます?マサキと別れたこと聞いたとか?」

 

「可哀想だなんてそんなっ。」

 

 

僕は顔の前で手をブンブンと振り回して否定するけど、大野さんはまだ訝しんでいる。

 

 

「あ、別れたっていうのはついさっき松本から聞きました。でも、違うんです。ちゃんと全部話すんで。」

 

「・・・はい。」

 

 

僕は順を追って大野さんに説明する。

 

いつからかははっきりしないけど、大野さんが伝えてくれたときはもうとっくに好きだったこと。

その時点で自分の気持ちを言えなかった理由。

あの日散々泣いたこと。

松本とした会話。

今日松本からもらった電話のことも。

 

それから、ずっとずっといつでも会いたくて仕方なかったこと。

 

大野さんは僕が話している間も色んな表情を見せてくれた。

疑ってるような表情もあったし、喜んだり、多分感動したりもしていた。

 

 

「信じられない。」

 

僕が息をつくと大野さんが言う。

 

 

「まだ信じられませんか?」

 

「あ、違くて。・・・じゃあ、つまりは俺は櫻井さんと両想いってことですか?」

 

「・・・もし大野さんがまだ俺のこと、 」

 

「好きですっ!」

 

 

大野さんが乗り出すようにして小さく叫ぶ。

その瞳をまっすぐと見つめる。

 

 

僕の心臓はもう破けそうに膨らんで、嬉しくて嬉しくて叫びたいくらいだけど。

ここは僕の空間だとしても外だしと、かろうじて働いた理性でそれを抑える。

 

 

耳が熱い。

その耳の中に響き渡る鼓動。

 

ほんのちょっと腕を伸ばせば触れることのできる距離で、大野さんがやっぱり僕を見つめている。

 

 

「大野さん、好きです・・・。」

 

「ふふ。」

 

 

フワッと表情を崩した大野さんが今までで一番柔らかくてキラキラした笑顔を見せる。

僕は目がチカチカしたようになって、その後の言葉を繋げない。

 

 

「俺・・・」

 

「じゃあ、櫻井さんにとっても今日は最高の日だってことだ。」

 

「え・・・」

 

「俺が感じてた運命を櫻井さんも?」

 

「あ・・・はい。そう、それは多分初めてあった日から。あのチューリップが頭から消えなくて。」

 

 

僕がそう言うと、大野さんはペンをどかしてスケッチブックをめくりだす。

 

 

「これ。」

 

 

大野さんが開いたページはあのときのチューリップの絵のところで、そのチューリップは花の部分だけが着色されている。

 

 

「うわぁ・・・」

 

「ふふふ。」

 

花だけが着色されているからなのだろうか、その佇まいは夢の中で見ているような不思議さをまとっている。

あのときのチューリップに限りなく近いピンク。

 

 

「櫻井さんと公園に行った日の夜に色つけてみたんです。俺もずっと頭にあったから、すぐに色も決まったし。」

 

「はい・・・。」

 

「終わったら、なんか知らないけど泣いてました。なんか言い表せない複雑な気持ちでした。嬉しいやら、悲しくて苦しいやら。後悔とか、怒りなんかもちょっと。」

 

「怒り・・・ですか?」

 

 

「自分に対するものです。櫻井さんにあんな風に気持ち投げつけて、なのにちゃんと本当の気持ちでさえなくて。」

 

 

大野さんは親指でチューリップの花を愛おしそうになでる。

 

 

「花言葉。『愛の芽生え』とか『誠実な愛』なんだって、知ってました?」

 

「え・・・、知らなかったです。」

 

「ふふ。俺もです。昨日カズに聞いてびっくりしちゃって。」

 

 

「カズに?」

 

「意外ですよね。ふふ。あ、いや、キャラクターの相談をちょっとしてて、そしたらこれが出てきて。『なんかこれだけ違うじゃん』って言われて説明したら、そんな話になって。」

 

「ああ、なるほど。」

 

「『芽生えたのか?』とか『チャラくない誠実なやつなのか?』とかなんか責めるように言ってくるからウザくて。ふふふ。」

 

「ははは。うぜえ。」

 

 

「でもそれでちょっと考え直してたんです。」

 

 

大野さんはまた僕をまっすぐ見つめて言う。

 

 

「俺、別に全然櫻井さんと友達でいたくないなって。」

 

「はは・・・」

 

「恋人がいいのになって。」

 

「あ・・・ああ、ああ!」

 

 

急にまた心臓が暴れだす。

 

 

両思いになれたら、もうこんなにドキドキしないと思っていた。

片思いだからこその痛みだと思っていた。

 

 

そうか、本気の恋の痛みは、想いが通じる通じないは関係ないのか。

 

常にドキドキズキズキするものなんだ。

 

 

 

 

(つづく)