日本人なら決して間違うことがない間違いをネイティブスピーカーのアメリカ人は犯す。 たとえば、there とtheir それに too と to を混同する。 所有格と複数形が、ごっちゃになる。 (例) teacher's  teachers' teachers。 耳で聞いて覚えた言語だから。 うちの子供たちも例外ではない。  lie と lay の違いもわからない人が多い。 lie は自動詞 lay は他動詞だから目的語が必要。 ヨガの先生が "Let's lay down." というたびに顔をしかめたくなるのは私だけなのか。


箸のあげおろしにまでうるさい嫁いびりの意地悪ばあさんの心境になってしまった。



昨日仕事場でちょっと話題になったのが、コンマの使い方、Ltd. Inc. それに Jr. の前とあとにコンマを入れるか入れないか。 私は前と後ろに律儀に入れたい。P氏も同感。 調べてみると2つのコンマをセットにして使っても使わなくてもどちらもあり、ハーヴァードスタイル とテキサス大学スタイルとある。 まったく使わないほうが好まれるともあった。 


でも私たちの書いた文書を校正するボスが後ろのコンマだけを削除するのだ。 それはないでしょう。 ふーんどうすべきか。 こういう細かいことにこだわる人と、こだわらないというかこだわれない人の2種類に分かれる。 書いてる内容に影響があるわけじゃなし、と言っても、間違ってるのをそのままでは落ち着かない。 


私とP氏は仕事場でコンマ取締り警察官と呼ばれている。 結局バカにされているのでは? いいけど。

サイノスケは高校もあと3週間で卒業となり、暇になったらしくて、今晩はクッキーを焼くんだそうだ。 まず、バターをやわらかくして、砂糖と混ぜる。 それからその他の材料と、チョコレートチップスを入れる。 そして、オーブンへ。 このオーブンは家を16年前に買ったときからあったのでもうかなりの年代ものである。 温度が当てにならないというか、しょっちゅうみてないと、焦げてしまうか、生焼けかということになる。


買い換えなくてはと思いながら、私がオーブンを使うお菓子を焼いたり、料理をあまりしないせいで、延び延びになっている。 やっとクッキーの焼けるいいにおいがしてきた。 リュウザエモンとサイノスケが、まだ中身がやわらかすぎるよ、とか イやこのくらいがおいしいんだとか言い合っている。


50過ぎた太りすぎを自覚している身としては、一センチ角くらいのを、リュウザエモンからもらって満足ということにしよう。

一時の暖かさがうそのように、今は肌寒い日が続いている。 とりの声がやけにはっきり聞こえるのは、窓を開けているから。 庭には ロビン(オレンジ)、ブルージェイ(青)、カーディナル(赤)、と来て色あざやかである。 リスは小さいのがうろちょろし、先ほどから、野うさぎの家族がとなりの庭との間に住み着いているらしい。 スミのお友達がたくさんできたようだ。


田舎といっても一応町の中なので、鹿は出ないけど、ハイウエーには、無残に交通事故の犠牲になったのが結構ある。 ”ヘッドライトの中の鹿”とたとえて言うくらい、ボーっとして逃げないのだ。 大きな図体なのでぶつかって、車の方が壊されたり、乗っていた人が怪我をしたりする。 まったく災難だ。


狩猟をする友達にもらう鹿の肉のソーセージは美味である。 バンビを食べるのと子供たちには言われるけど、おいしいモンね、平気。

アメリカは個人の自由を尊重することには厳しくてそれのための法律もきちんとある。 求人広告で女性のみとか、30歳未満、などと限定するのは違法である。 障害のある人や白人以外のマイノリティの応募歓迎しますという。 面接でも 結婚しているか、子供は何人いるか、宗教は何か、歳はいくつか、などの質問はタブー。  


でも、建前と本音が違うのはどの国でも一緒。 最近はゲイ、レスビアンの差別されない権利が話題になることが多い。 子供たちのブログをみていて、その友達のリストに昔から知っている近所の子のブログサイトを見つけた。 懐かしく読んだ。


D君は、うちとおなじように母親が日本人でアメリカ人と結婚してこの町に住んでいる。私にはいつも日本語で話しかける人懐っこい子。 3歳のときからはじめたバイオリンを今でもオーケストラで弾いている。 大学はサイノスケと同じ、地元で工学部専攻である。 その彼のブログに高校のゲイ、レスビアンの権利を守る会のミーティングのこととか、書いてあるので、子供たちにD君こういうことに興味あるのと訊くと、 知らなかった? D君はゲイだよという。


知らなかったよ ぜんぜん。 でも家族のサポートもあるようでよかった。 子供たちのD君との友達付き合いも変わらないでいるらしい。   


ストレートに愛情を表して、名前を呼ぶとすぐに飛んでくるイヌ。 名前をよんでも知らん顔、気が向いたときだけ、ごろごろのどを鳴らして、擦り寄ってくるネコ。 人間にもこの2種類あるそうだ。 デパートへ買い物にも映画を見に行くのも1人のほうが気楽という私は明らかにネコ。 かまって、かまって、一緒にあそんでーと言い、私の帰りをおとなしく待っているツレアイはイヌ。 スミと一緒にカーペットに寝転がって、同じような目つきで私を見ている。


私はクマゴローの学校の面接を口実に今年になってけっこう旅行したけど、ツレアイはずーっと留守番だったので、2人でこの学期が終わったら、休暇にラスヴェガスに行くことにした。 1週間足らずのご褒美の旅である。ヴェガスはもう5回目くらい。 何をしなくてはとか、どこへ行かなくてはとか、そういうことの一切ないスケジュールなしの休養の旅。


日本料理のレストランをネットで探している最中。 確か、食べ放題の店があったような。 

  

春の味覚はなんといってもアスパラガス。 そのほかにないからというのが本音。 木の芽も、たけのこも、ふきのとうも、菜の花もない。 友だちのP氏がいつもアスパラガス狩りに行って、そのおすそ分けにあずかる。 新鮮なアスパラガスはそのままゆでて、塩だけでおいしい。キューピーのマヨネーズをつけたり、てんぷらにしたり、ハムとパスタをしたりする。


そのP氏が言うのに、彼のお父さんが死ぬ前、認知症だったそうな。 (そうか、痴呆症とはもういわないんだ。) あるとき、施設に訪ねると、日本軍の捕虜になっていたのを助けに来てくれたのかと、とても感激してくれたそうな。 それまでは何をしても気に入らない、一番末の息子に厳しい人だったらしい。 P氏曰く、認知症は悲劇だけど、おかしいこともあるんだそうだ。 ランボーみたいに、父親を戦争捕虜収容所からただ1人で助けに行くなんて、すごい。その気になって、調子を合わせたらしい。


あるとき、その施設の患者さんで、女の人だけど、髪は短いし、いつもズボンをはいていて男の人に見える人がいたそうだ。 お父さんが耳打ちして、こっそり言うことには、あの人、女に見えるだろう、でも本当は男なんだ、と。 うーん、あたらずともトウカラズ。


P氏は、認知症になって、お父さんはすごく優しくなったという。 微生物学の教授で、細菌戦略の武器の開発に加わっていたらしいけど、最後は、英語もおぼつかなくなり、心理的には亡命してきたポーランドに帰っていった。 


私がぼけたら、朝ごはん食べたの忘れて3回くらい食べそう。 ドイツ語のテストを受けてる妄想だけは勘弁願いたい。 今でも、夢で見てうなされるので。

ハナと一緒に大きくなった子供たちがどうその死を受け止めるかは大きな課題だった。死ぬ1年くらい前から、ハナはもう年寄りになっていくのを見ていたわけだが、頭でわかっていていることと実際に起きたのを受け入れるのとは別物。 スミをもらってきたのが夏、そしてハナが死んだのがその冬だった。 スミは子犬でやたらとエネルギーがあり、老嬢ハナはつられて元気になったり、迷惑そうに無視したりしていた。


ウエブサイトで 虹の橋のはなしを見つけた。 死んでしまったペットは天国の虹の橋のもとで、病気も怪我も癒えて若いときのままに戻ってずーっとまっていて、やってきた飼い主に再会する。 子供のためにといいながら、読んで私が泣いてしまった。 このサイトに墓標を立てることもできます。 


 http://www.rainbowbridge.org/



イヌは飼い主に似るというけど、本当だろうか。 だったらだれに似ているのか、気は優しくて力持ちのハナであった。 歳をとってくると、散歩に行く前には飛び跳ねて喜ぶけど、50メートルくらいも歩くと、力尽き果てて座りこんでしまうようになった。 そうなると、とても私の手には負えない。 散歩はどんどん短くなって、家の前庭で近所をながめるだけに。 雪が久しぶりに降って子供たちがそり遊びにいくのに連れて行った。家の目の前の小学校の芝生が格好の斜面なのだ。 ところが、帰りの雪の中で、腰が抜けたようになってしまった。 つれあいの救助隊急遽出動。


それから、あまり歩き回らなくなったが、でもまだドッグフードを食べる元気があるうちは大丈夫といってた。ところがある日ついに立ち上がれなくなった。 裏のポーチの上で、立とうとして滑って円を書いている。 立てないということはトイレにいけないということだ。 つれあいが抱えて、立たせてやって、よたよたと芝生まで行き、用を足した。 そういう日が何日か続いて、ついに、食べられなくなり、抱えてやっても立って歩けなくなった。


安楽死は悲しい決断だ。 つれあいがかかりつけの獣医さんにハナを連れて行った。 車から降ろすとコレで最後のイヌの誇りとばかり、自分で歩いたそうな。いよいよ最後、抱いてやって注射をされる。 今までよっぽど我慢してたんだろう、薬が効き始めて、自制できなくなると、どーっという感じで糞尿があふれたそうだ。 つれあいはずーっと男泣きに泣いていた。


ハナのピンクの首輪だけが残った。

ハナは生後3ヶ月くらいのときにネブラスカのブリーダーからやってきた、アイリッシュウルフハウンドである。 やたら大きい種で痩せ型だけど背は高く、gentle giants と呼ばれる。 アイルランドの国犬なので、セントパトリックのお祭りのパレードの先導を勤めるのがこの種類の犬。


ハナは兄弟たちのなかでは残り物というか、小柄だったので、もらわれずに残っていた。 あまり賢いとはいえないけど、やさしい女の子。 うちに来たときリュウザエモンは2歳、サイノスケは4歳。 ハナは明らかに、この2人よりは格が上と思ったらしく、守ってはくれるけど、命令は無視。 つれあい、私、クマゴロー、そして、自分(ハナ)と 家族の中での位置づけははっきりしていた。 


成長して体重は45キロ近くになり、散歩に連れて行くと 近所の子供たちから子馬だーといわれたりした。 でも気は弱くて、プードルに行き会ってもほえられると怖がっていた。なんというざまだ、その図体でと親はあきれた。 でも知らない人が見たら、怖そうに見えるので、泥棒よけには最適。


でも大型犬の寿命は短く、あっという間に10年が過ぎた。