今朝6時45分頃、玄関のドアベルが鳴った(らしいが。私には聞こえてない)。 ツレアイはもう出かけていていない。 リュザエモンが出た(という話)。 そうしたら、そこには中年の女の人がいて、”今日ごみを出す日だっけ”と訊く。 えーとリュウザエモンは絶句。 うちは木曜がごみの日。でもうちの両隣の人はちがう会社のごみ収集で、月曜、それでごみ箱が通りに出ている。 


何にもいわないリュウザエモンを相手に、一人で、ああそうか、隣の人のゴミ箱は違う会社だもんね、とか言いながら、一人で納得して、帰って行ったとか。  まったく何を考えているのか。 見たことがない人だったらしいから、この近くの人ではないらしい、 急にごみの日を忘れたと思ってパニックになったのか。

 

朝っぱらから不思議なことの日でした。

日本では新学期の季節。 けじめの季節。 新しい学校、クラス変えの席順、きれいに削ってある鉛筆、不安と興奮でどきどきするような。 そういうのはここにはない。 新学期は長い長い夏休みの後。 


大学卒業30年の同窓会が開かれると聞いた。 それにあわせて帰国するのはこの仕事に就いたばかりだしちょっと無理。 残念である。 昔の仲間にあいたい、馬鹿話をしたい。 駅弁大学の英文科、私たちの年は20人にも満たない。 ただ一人だけいた男の子は入学してすぐに学生運動にのめりこみ、そのうち消息が知れなくなった。 今はどうしているんだろう。 亡くなった人一人。 結婚が早かった人はもう子供たちが結婚して孫がいるとか。  


今まで一度も同窓会に出たことがない。 小学校の同窓会に一番出てみたいような気がする。 なでしこが校章だった田舎の学校。 そういうのが懐かしく思えるのは年をとったしるしかも。

子供たちが大きくなった今はもう、キャンディをいれたプラスティックの玉子をかくしたのを探したり、玉子に色をつけたり、絵を描いたりすることもしなくなった。 教会へ行くわけでもない。 今年は家にいるのがリュウザエモンだけだし、ディナーを作るのも面倒。 たとえば大きなハムの塊やラムの足など料理しても残り物がいっぱい出るのはわかりきっている。 3人で出かけることにした。


キリスト教徒のおおい土地なので、今日は休みの店が多い。 ツレアイは食事の前にちょっとジムで汗を流してくるといって出かけたがすぐに、閉まっていたと帰ってきた。 典型的なイースターのディナーではなくて、ひょっとしてチャイニーズにでもなりそうな。 私は出かける前に洗濯をしておこう。 

グルメのブログをみると、新キャベツや菜の花たけのこなどをつかったおいしそうな料理がいっぱい。 このアメリカのど田舎ではキャベツはいつもの顔をしているし、スーパーの野菜売り場は変わり映えしない。 アスパラガスはおいしい季節なので(安くなったし)ゆでたり、てんぷらにしたり、スパゲッティに入れたりする。 近頃はじめた簡単な調理法は アスパラをお皿に並べ、水を振り掛けてラップをして1分半チンする。 それだけ。 余計な油がなくて、年寄りにはいいと思う。 バターいために味は負けるとやっぱり思うけど。



私の新しい仕事場の受付嬢でかかってきた電話を適切な人に振り分ける人はサリーという女性である。もう20年近く勤めていて、議員たちの性癖、職歴、あらゆることに知識がある。 この人真っ白な髪をショートにして、長身をパンツスーツに包み、マニキュア、お化粧も忘れず、夜10時過ぎになる長い日も笑顔を絶やさない。 ユーモアも、ちょっと辛口で楽しい人である。 今日彼女が77歳であると知った。 こういう人が活躍できるこの国はやっぱり底が深いなあ。 細い金の鎖のアンクレットが粋な彼女、仕事が出来る人は政府の上官や会社のトップに限らない。

サイノスケは春休みの終わりの日に髪にハイライトを入れるといって、一緒に買い物に行った。 店にはブロンドからブルネットのさまざまな色の染料がたないっぱいに並んでいる。15分はかけてやっとライトブラウンを選ぶ。 美容院に行ってしてもらうと20ドルはかかるからと自分ですることにしたのだ。 染料のセットは7ドル。早速家に帰って、シャツを脱ぎ、説明書きを読んで液体と白い粉を混ぜ合わせて糊状にする。 それを同封してあるくしみたいなもので髪に塗りつけていくわけである。 どういうわけかそれは私の仕事と思い込んでいる。


私は髪を染めたり脱色したりしたことがない。 リュウザエモンを顧問になんだかんだといいながら狭いバスルームで3人奮闘。 あたま中白いすじだらけ。 途中からリュウザエモンが交代して塗りつける。後ろの見えないところにニコニコマーク描いてやろうとかいいながら。


出来上がりはあまり目立たないので、ちょっと不満そう。 もっとブロンドの目立つのにすればよかったなどという。 この子は長髪にしてみたり短くしたり、うるさい。 クマゴローとリュウザエモンはどちらも私に似た黒髪でいつも同じくらいの長さを保っている。 クマゴローはウエーブがかなりはいっているのに、リュウザエモンは直毛なのが違うだけ。 クマゴローを後ろから見ると、昔の父の若いころの写真にそっくりなのがおかしい。 サイノスケだけ、細くて少ない天然茶髪。 もうすぐはげるのではと恐れている。 


ツレアイはずっと前からバリカンで自分で丸坊主にしている。 てっぺんが薄くなってしまったので目立たないようにしているそうだ。 かえって目立つのではと思う私。

今の職場のボスは59歳の女性である。 ここカンサスは保守的ではあるが結構女性の活躍している土地である。 特に政府関係。今の州知事は二人目の女性知事で共和党の強いこの地で珍しくも民主党で、出来る人と人気がある。 女性の州最高裁判長はもう10年以上勤めているし、7人の裁判官のうち4人は女性である。 クマゴローの医学校の総長も女性。


もちろん他の差別は表に出ないことも含めてあるだろう。 でも女性であるというのはあまりハンディにはならないようだ。 反対にいえば甘えていられないということ。 部下と上司との関係のとり方のうまさ、努力、時間を惜しまないことに加えて、本当に頭の切れる人という女の人は多い。 そういう人に会うたびに、励みにしてわが身を反省するこのごろ。

クマゴローのベリース旅行の報告。 いっぱい写真をみせてもらった。 ジャングルの濃い緑とインディオの人たち。 僻地の村へ出向き、放置された学校の建物でクリニックを開く、シーツをめぐらせて、診察室。子供たちに衛生教育をする〔歯磨きの仕方、手を洗うことの大事さなど)。 英語が公用語だけど、地元の人たちはマヤの言葉を、エクアドルからの移民はスペイン語なので、通訳が必要である。 学校では英語が必修なので、小学校の上級生がその役を務めるらしい。 でもクマゴローのスペイン語も結構使えたとか。 診察に来た人たちは貧しいけど、栄養失調ではなく、怪我が化膿しているのとか外傷が主らしい。 頭痛とか訴えるので見ると、子供を大きな布に包んだのを背中に負って額にまわして運んでいる。 それじゃ首に負担がかかってあたまが痛くなるだろうというけど、背負い紐でおんぶすると腰に負担がかかるから、いったいどっちがいいんだろう。 まあ今では赤ん坊を背負い紐でおんぶしている人は日本でもいないだろう。


部落に行くとホテルなどないので、学生たちは分担してホームステイ。 クマゴローと友達はトーティャ工場にハンモックをつって寝たそうだ。 でも朝4時半になると人が来てトーティャを作り始めたしおちおち寝てはいられなかったとか。 でもとうもろこしをひいて作りたてのをブラックビーンズと一緒に食べた朝食はさすがにおいしかったそうだ。 羽をむしられた鶏が走り回っている写真があったので、これ何と訊くと、食べる寸前のチキンだって。 最後の日はビーチで水泳、サンスクリーンを忘れて、日焼けのあとの皮が剥けている。


笑顔が底抜けに明るい子供たちのかわいいことに感動。


こちらではどういうわけか傘をささない。 少しぐらいの雨だとみんな平気で歩いている。というより、車に向かってあるいは車から走っている。 歩くとこころは車と建物の入り口の間だけだから。今朝は朝になっても雨がやまず、かなりひどい降り方だったので、学校へでるまえにリュウザエモンにちゃんと傘を持っていると訊くと、僕はサイノスケじゃないんだから、傘なんかささないよという。 車を駐車場に置いた後、学校までどうするのというと、濡れていくよ、平気だよという。 まったく、親の言うことを聞くわけもなく、風邪をひくよと言っててみても効果なし。 


サイノスケはどういうわけか、傘もちゃんとさすし、イギリス風だろうと気取ってマフラー、スカーフ、帽子など好んでつける。 リュウザエモンは典型的アメリカ人のティーエージャーである。

春の嵐が来ている。 夜になって真っ暗なのに雷がなっていなびかり。 スミは怖がってダイニングテーブルの下にもぐりこんで、晩御飯と言ってても出ようとしない。 雨は土砂降りでそのなかを運転していると、ほんの数メートル先しか見えない。 シーツのように雨が降るという言い方をするのを実感。 降るときにはこれでもかというほど降って、朝になるとあきれるくらいに空が晴れている。 


菜の花にやさしく降る日本の雨、アジサイを重たくする雨などlここにはない。