その理由は、
自分でできる工夫すれば平穏に過ごせることまで、私の感じ方に合わせてテレビを見たいと感じる人にガマンしてほしいとかはなんか違うしね。
けど、この件に限らずだけど
自分の工夫だけじゃどうにもならなくて、
自分だけが一人でガマンし続ける生活が永遠に続くようなら、それで心身壊れない人はいないから
勇気出して
「気持ちを伝える*相手の話を聞く」コミュニケーションをとる、
その後自分が自分に必要な決断をする
などしていく必要があると思う。
どう困っているのか気持ちを伝えること。
※伝わる相手も時間が必要な場合があるので、一回いって、うるせーお前がオカシイ―とか言われても、それが「結果」と捉えるのではなく、一週間一か月と、相手にも考える時間を与えること。
私は↑これすると、私も相手にとったらどうしてわかってくれないの?なわけで、アイツホントに頑固だ奴だ変わらないな、って思うのも相手とっちゃ私がそれなんだなあと気づくことが多いです。そう気づくと、相手変えるより自分が自分を守るために何すればいのか思いを巡らせることができるようになったりします。
コミュニケーション取った結果
「何をどう工夫しても一緒にいる限り苦しいことの方が多い相手だった」とわかることもあるけれど
そんな時でも、できることはあります。
❷何をどうしても、どう考えても、一緒にいると苦痛に耐えるばかりの相手なら、実際の距離を置く。
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●改めて、自分側の心のフィルタ―(当たり前、おもいこみ)の自己点検をしてみる。
「相手に伝えて理解してもらえなかったことを、自分が自分の存在価値と結び付けて自己否定していないか」
「相手は私のことはどうでもいいに決まってるなど自分の価値観で相手の気持ちを否定に変えてるのは自分自身ではないか」。
…これを点検して、あ、と気づくこともあれば、そうでない時もあると思うけど
自分のネガティブな想像(決めつけ)の中でグルグルしてるだけの時よりは、
相手が変わっても
一生変わらなくても
ラクになる「こともある」ということ。
自分でできることをしながら、
借りられる人の借りられる力を借りる。
のイメージをざっとかいてみたけどなんとなく伝わったかな。
エスパーでもない限り、ちゃんと言葉で伝えなきゃ分からないのも、
(フリしないで本気で伝えて
ここを受け入れないと
逆の立場のになった時
苦しくなるよ💦
だって、逆の立場のときにも
(人に助けを求められた時も
自分にとって「できないこと」でも助け求められたら、無理してでもやってあげなきゃいけない気がして断れなくなってしまったり、
助けを求める相手の気持ちを読んでうまいこと求める返答上げられなかったら自分を責めてしまったり
ふだんから自分がそんな無理をしてるからこそ、
人に対しても
私はこんなにやってるのに、
なんであの人はあーなの??
って不公平感で一杯になってしまったり…
…てなると思う💦
※昔の私がそうだった😭💦
まあさ、人間、相手に対する自分の「期待」と相手の反応がすれているときって、誰でもモヤっとはするもの。
そのモヤモヤも、期待のズレがここにあるよって教えてくれるサインだから、感じてはいけないって否定しないでいいからね。
たださ、
相手が気持ちをわかってくれないからって、
自分がありのままではダメなきがしたり、
自分は大切にされない存在だ、誰にも助けて貰えない存在だ、私という人間がオカシイいのだと自己否定に走ったり
自己否定で辛い感覚を、相手を変えることでスッキリしようと、変わらない相手と戦い続けているのなら、、
それ、何かしらの病気になって当たり前といえるくらい辛いツライことだというのをわたしは知ってる。
そんな心当たりある方にこそ、ちょっと今日のお話、
心の片隅にいれておいてほしいと思います。
人間すぐに変わることは難しいけど、私こんな捉え方の癖があるんだなーって「ただ気づく」だけで違ってくるから。
気づくことの繰り返しで、自然に、
それでよいのだと思います。
ごめんね、チョット書こうと思ったら長くなった!
今日はここまで!
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