<11月22日のFacebook投稿からの転載>
ここで言うクマは本州のツキノワグマです。その出没要因については、長期的な要因と短期的な要因に分けて考える必要があります。ここでは短期的な要因について考えてみます。
疑問
(1)今年、東北をはじめいたるところでクマが大量出没しているのはなぜなのか
(2)うち(京都府北部の綾部市)の近辺ではクマが今年に限って出てこないのはなぜなのか
(1)の要因としては、冬眠前のクマの主食であるドングリの不作が言われています。(*1)
19日放送のNHKクローズアップ現代でも、ドングリが豊作だとクマが増えて、翌年が凶作になると、クマの食料が足りなくなってクマが里まで下りてくる可能性が指摘されていました。(*2)
東北森林管理局のブナ開花・結実調査によると、今年、東北のドングリは大凶作です。(*3)
写真1は最近の調査結果を示しています。大凶作、凶作、並作、豊作のうち、青森県では昨年が豊作で今年が大凶作ですが、秋田県、岩手県については昨年は並作です。これまでの調査で大凶作は39%あり、豊作の翌年が大凶作になったのは今年が初めてではありません。岩手県については、豊作の翌年に大凶作になったのは平成13年、平成18年、平成26年、平成28年の4回あります。秋田県は平成8年、平成18年、平成28年、令和元年の4回あります。どちらも豊作の翌年だけでなく翌々年も大凶作だったときもあります。最近では岩手県、秋田県とも、令和4年が並作で令和5年が大凶作です。昨年と今年の豊凶パターンと同じですが、岩手県の令和5年の豊凶指数は0.0で今年の0.1とわずかな違いとはいえ、今年よりもひどい大凶作でした。

<写真1>
このように、今年の東北のドングリの大凶作がこれまでよりも特別ひどかったとは言えず、これだけでは今年のクマの大量出没の原因を説明することができません。
では、何が原因なのか。今年が今までと違ったこととして考えられるのは、夏の異常高温と少雨です。記録的な暑さになったことはわかっているので、気象庁の月間降水量のデータを調べてみました。(*4)
秋田県と岩手県の2022年以降の月ごとの降水量を表にしました。気象庁のデータは観測地点ごとの表示となっています。内陸部と沿岸部で大きな違いが見られなかったので、全地点の値を単純平均しました。写真2(秋田県)と写真3(岩手県)です。

<写真2>

<写真3>
どちらも7月の月間降水量が極端に少なかったのがわかります。6月も少なめです。8月以降は雨が多かったようです(特に秋田)。
今年の梅雨入り、梅雨明けについての気象庁の確定値でも、東北南部、東北北部とも平年より梅雨入りが遅くて梅雨明けが早く(梅雨の期間が短い)、梅雨の期間の降水量が平年の半分以下だったことが示されています。(*5)
クマの生態や行動パターンがわからないのであくまで仮説ですが、クマの生活圏である深い山が異常高温と乾燥によって、いつもでさえ少ない夏場の食料と水が枯渇して、クマが飢餓状態になり、人里近い川下まで下りてくるきっかけになった可能性があるのではないでしょうか。あくまで仮説です。
次に疑問(2)です。うちの近所では近年、毎年のようにクマが人目につかない夕方以降に現れては山の畑や民家の庭の柿を食べていました。柿の木に爪跡や枝をへし折った跡があり、オレンジ色をした新鮮なふんが残っているのでクマが出たことがわかります。
ところが今年は全くその気配がありません。わが家の近くでクマの痕跡を見たのは、8月1日の1度きりです。スモモにカラスよけの防鳥ネットを張り終えた次の日、地際のすきまからクマが入り込んで木に登って残っていた実を全部食べてしまいました。枝がへし折られていたのと、ふんが近くに落ちていたのでクマのしわざとわかりました。
今日(11月22日)の毎日新聞京都面の記事によると、うちの隣の福知山市での今年度のクマの目撃件数は昨年度から半減しているそうです。
東北と何が違うのか。まず、ドングリについて見てみます。
京都府のブナ科種子の豊凶調査によると、ブナ科種子全体としては「並作に近い凶作」です。(*6)
これはもう少し細かく見る必要があります。
まず、植生の違いです。東北は落葉広葉樹林帯(ブナ林帯)で、冷涼な地域に多いブナやナラが主体です。一方、西日本は照葉樹林帯で、カシ、シイなどの常緑広葉樹が多くあります。落葉広葉樹は低山に生えるクリやコナラなどが多く、東北に多いブナは標高の高いところにしかありません。
京都府のブナ科豊凶調査では、コナラ、ミズナラ、ブナ、イヌブナが調べられています。表を見ると、大江山などの標高の高いところにあるブナ、イヌブナがどの地点も凶作です。それよりは標高の低いところにあるコナラ、ミズナラは大半の地点が並作です。
京都府のクマが住む丹波山地は標高が低く、クマの主食のドングリの中でも照葉樹林帯に多いカシ、シイの実があります。落葉広葉樹では標高の低いところに多いコナラ、クヌギ、クリがあります。それらの豊凶調査は行われていないのか、ネット検索では見つけることができませんでした。うちの裏山にはカシ、シイのドングリが足の踏み場もないほど落ちているし、人から聞いた話でも、クリは栽培種、野生種(柴栗)ともに豊作、カシ、シイのドングリもたくさん落ちているそうです。標高の高いところにしかないブナは東北と同じように凶作でも、標高の低いところでとれるドングリ、クリは豊作のようです。
京都府のブナ科種子の豊凶調査の表を見るうえでもう一つ注意しなければならないのは、表の上が「丹波」、下が「丹後」と分けられていることです。この「丹波」と「丹後」は古代律令制の区分ではなく、クマの集団の分類名です。
京都府内に生息するツキノワグマは由良川の中下流を境として西の「丹後個体群」と東の「丹波個体群」に分かれています。遺伝的に異なる特徴を持っているので、何千年間も由良川を越えて移住をしていないことがわかります。(*7)
クマは大きな川を越えて移動しないため、大きな川と海に囲まれた千葉県にはクマがいません。しかし、クマは居住圏内であれば、何十キロも移動することが知られています。うちのあたりに出てくるクマは「丹波個体群」です。日本海に面した舞鶴市から京都府の南限とみられる桂川の付近(京都・嵐山など)までが生息エリアです。
「丹波個体群」の生息エリアは京都府の南北にまたがっていますが、京都府の気候は南北で大きく違っています。京都府の今年の気象条件は南北に分けて考える必要があります。
気象庁のデータで月間降水量を調べみました。綾部市から北の北部と、その南の京丹波町から南の南部に分けて全地点平均を出しました。京都府北部(写真4)を見ると、秋田や岩手と同じく、7月の降水量が極端に少なくなっています。4月、5月もかなり少なくなっています。うちのスモモがクマに食べられた7月31日のころには、山の土はカラカラに乾いていました。田んぼの水不足が深刻化したのもこのころです。

<写真4>
ところが京都府南部(写真5)はそうでもありません。7月の降水量は昨年よりは少ないものの一昨年とはほとんど変わらず、大きな変化がありません。北部と同じように梅雨明けは早かったものの、7月にそこそこ雨が降ったのです。

<写真5>
京都府南部のブナ科以外のカシ、シイなどのドングリの豊凶とクマの出没件数については調べることができていません。丹波個体群の生息エリアの南限である京都市の北部での出没がニュースになっているので、例年より多いのかもしれません。
ここから仮説です。7月に京都府北部の山に水がなくなったとき、丹波個体群のうち北部にいたクマの一部が水を求めて南部に移動した。秋になってドングリがとれるころ、北部の元のすみかに戻ったクマも、北部に踏みとどまって夏を越したクマも、山にカシ、シイのドングリやクリなどがたくさんあったので、人里に出てきて柿を食べる必要がなかった。(クマは柿より脂肪分の多いドングリが好物です)
秋になっても南部にそのままとどまったクマもいたかもしれません。京都の北山地域(南丹市美山町など)の標高の高い山にいたクマはブナのドングリが大凶作で低いところに下りてきたと考えられます。京都市北部はクマの密度が高くなった可能性があります。
最後に今までクマの目撃情報がなかった木津川市など京都府の最南部でクマが出没している理由です。丹波個体群の生息エリアとは淀川とその支流で隔てられているので、別の個体群と考えられます。奈良県の標高の高い山にいたクマが下りてきたのかもしれません。
*1 『ツキノワグマ大量出没の原因を探り、出没を予測する』(平成23年、森林総合研究所)
https://www.env.go.jp/nature/choju/docs/docs5-4a/background/full.pdf
*2 NHKクローズアップ現代「緊急検証“過去最悪”のクマ被害」(初回放送日NHK総合テレビジョン11月19日(水)午後7:30
配信期限11月26日(水)午後7:57)
https://www.web.nhk/tv/an/gendai/pl/series-tep-R7Y6NGLJ6G/ep/L2Y31NZ63N
*3 東北森林管理局 ブナ開花・結実調査(管内である青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県の145箇所の調査)
https://www.rinya.maff.go.jp/tohoku/sidou/buna.html
*4 気象庁 過去のデータ検索「データの種類 2025年の月ごとの値を表示」
https://www.data.jma.go.jp/stats/etrn/index.php?prec_no=32&block_no=&year=2025&month=&day=&view=
*5 2025年(令和7年)の梅雨入りと梅雨明け(確定値) 2025年9月1日
https://www.data.jma.go.jp/cpd/longfcst/seasonal/202508/tsuyu2025.pdf
*6 ブナ科種子の豊凶調査について(報告) 令和7年9月 京都府農林水産部農村振興課
https://www.pref.kyoto.jp/choujyu/documents/r7donnguri.pdf
*7 京都府中丹広域振興局「京都府に生息するツキノワグマ」
https://www.pref.kyoto.jp/chutan/kichou/documents/6_r6kuma.pdf