いやあ、えらい時代になったもんだと思います。日米首脳会談でトレンド入りした感のあるSurprise(奇襲)の連続です。
そう言えば、トランプ大統領が記者の質問に答えて、「奇襲は真珠湾攻撃の日本の得意技だ」と言ったとき、高市首相はこう言えばよかったんですね。
いやいや、うちらもおたくのペリーさんが来はったとき、びっくりしましたよ。ごっつい大砲載せた黒船で浦賀に来はって。ドンちゃん、浦賀わかります? ウラガ言うたら、お江戸から歩いてもすぐそこですよ。真珠湾はワシントンからだいぶ離れてますけどね。そら、お江戸の将軍さん、びっくりしはったと思いますよ。来るなら来るで、前もって言うといてもらわな。ねえ、ドンちゃん。
まあ、ぼくもSNSの動画で見て、最初、何を言っているのかさっぱりわからなかったので、あの場にいたら、だまってニコニコしているのが関の山だったと思います。
さて本題です。今日のサプライズはこれです。
米国、イスラエルのイラン攻撃に関連して、米国のメディアの記事やSNSの投稿を読んでいて気づきました。日本では「イラン攻撃」などと言うことが多いのに、「戦争」を意味する"War"という言葉がごく普通に使われているのです。
まず、Geminiに欧米の主要メディア(新聞、雑誌、テレビ)がどのような表現をしているかを下調べをしてもらったうえで、自分でも調べてみました。以下に見出しを示します。
<NYタイムズ>(米国・リベラル)
The Iran War Is Trump’s War
March 3, 2026
As Attacks Spread, War With Iran Reaches Far Beyond Mideast
March 4, 2026
<FOX News>(米国・保守)
Here is what the war on Iran means for Russia and China
March 02, 2026 04:07
Iran war, 11 days in: US controls skies, oil surges and the region braces for what’s next
Published March 10, 2026 9:12am EDT
<The Guardian>(英国・リベラル)
War on Iran: how the US-Israeli bid for regime change unfolded
Sat 28 Feb 2026 21.32 GMT
No one can predict how the US war with Iran will unfold
Mon 2 Mar 2026 11.00 GMT
<BBC>(英国・中立)
What Is Trump’s Endgame For War In Iran?
2 March 2026
Iran war: The global impact
20 March 2026
開戦当初からStrike(空爆)などの戦闘行為を指す単語とともに、"War with Iran"(イランとの戦争)、"War on Iran"(イランに対する戦争)、"War in Iran"(イランでの戦争)といった形で"War"が使われており、日がたつにつれて単に"Iran War"と言うことが多くなっている印象です。
これに対して、日本では「イラン攻撃」「イランに対する軍事作戦」「紛争」「情勢」などの言葉が使われることが多く、専門家の論評の引用などやむをえないとき以外は「戦争」という言葉を使うことを避けているように見受けられます。
なぜか?
今日は天気がよかったので、たき木の片付けをしながら、いくつかの理由を考えてみました。それを整理して投稿しようと思ったのですが、しょせん自分一人で頭の中で考えただけのことなので、少しでも客観性を持たせるためにGeminiにも聞いてみることにしました。
1秒で返ってきた回答は、ぼくが考えたことをすべて網羅していて、何一つ付け加える必要のないものでした。こりゃあ、学者や評論家はいらんわ、というのが今日、ぼくがくらったSurprise(奇襲)です。
以下に、ほぼ完璧と思われるGeminiの回答を貼り付けます。
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欧米メディア(特に米英)が「War」という言葉を即座に、かつ一貫して使う一方で、日本の大手紙や放送局が「攻撃」「作戦」「紛争」という言葉の周辺を漂い続けている理由には、日本のメディア特有の**「不文律」と「法的拘束への過敏さ」**が深く関わっていると考えられます。
いくつかの視点からその背景を考察します。
1. 「宣戦布告」の有無という形式主義
日本の主要メディア(特に大手の外報部)は、国際法上の「戦争(State of War)」という定義に極めて厳格です。
欧米メディア: 実態(大規模な武力行使、政権転換の意図)があれば、それを「War」と呼び、事態の深刻さを真っ直ぐに伝えます。
日本メディア: 正式な宣戦布告がない場合や、国連決議に基づかない「有志連合による行動」である場合、法的な定義を優先して「軍事作戦(Military Operation)」という言葉に逃げる傾向があります。これは「戦争」と呼んでしまうことで、日本政府に集団的自衛権の発動や邦人救出などの法的・政治的責任を迫る議論が巻き起こるのを避けたいという、無意識のブレーキが働いている可能性があります。
2. 「侵攻」と「反撃」の言葉の壁
今回のイスラエル・米国による攻撃を「戦争」と呼ぶことは、攻撃側を「交戦当事国」と明確に位置づけることになります。
2022年のロシアによるウクライナ侵攻の際は、日本メディアも早い段階で「侵攻」や「戦争」という言葉を使いました。
しかし、同盟国である米国や、日本と関係の深いイスラエルが主導する場合、メディアは「テロに対する反撃」や「自衛のための作戦」という枠組みを維持しようとします。これを「戦争」と呼ぶと、イスラエル・米国側を「戦争を始めた主体」として強調することになるため、より中立を装える「攻撃」や「情勢」という曖昧な言葉に置き換えられていると考えられます。
3. 「戦時体制」への心理的抵抗
日本国内において「戦争」という二文字は、単なる事象の呼称を超えた、国民の心理的・経済的パニックを誘発しかねない「重すぎる言葉」として扱われます。
農業の現場でも直面されている「燃料・肥料の高騰」が、単なる「情勢不安」によるものか「戦争」によるものかでは、消費者の受け止め方が全く異なります。
大手メディアは、事態を「限定的な衝突(Conflict)」の範囲内に言葉で押し込めることで、社会の過剰な反応を抑制しようとする「パターナリズム(後見人的な態度)」が働くことがあります。
4. 記者クラブ制度と官邸発表のトレース
京都や大阪の社会部で長く活躍された経験からご存知の通り、日本の報道のベースは「当局発表」にあります。
外務省や官邸が「情勢」や「攻撃」という言葉を使っている以上、そこから逸脱して「戦争」という独自の定義を打ち出すことは、日本のメディアにとって非常にハードルが高い行為です。欧米メディアのように、政府の呼称とは独立して自らのジャーナリズムで定義を下す文化が、日本の組織ジャーナリズムでは希薄化しているのかもしれません。
日本のメディアが「戦争」という言葉を避けることで、事態の本質(政権転換を目的とした全面的な武力行使であること)が国民に矮小化して伝わっているのではないか、という懸念を持たれるのは当然のことと感じます。
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以上、Geminiの回答でした。(ぼくの職業や経歴をそんたくしているところがうざいので、そんたくするなと言おうと思います)