大学という斜陽産業 -182ページ目

なぜMS社製ソフトにこだわるのか

元々は、レポートの手書きを認めるか否かという話題(大学教員の日常・非日常の「手書きレポートが生き残る理由 」)なのですが、関連して、個人的に気に入らないことを!


#いつも、そんなことばっかり書いているので、わざわざ気に入らないことなんて書く意味がないかも知れないけど。


学生に課すレポートに手書きを認めないと、PCを買え学生が不利益だとか、大学のPC設備を利用すればいいと、いろいろコメントがついています。さらには、大学が共同購入する方法とかも。自分の知る限り、すでに学費にノートPC代が含まれている大学もある。


それよりも問題なのは、結局PCの使い方についてきちんと教えないといけない(別に大学でなくてもよいはずではあるが)という点には御意。


個人的な経験ではあるが、前任校では、あくまでも希望者のみであるが、大学がノートPCの共同購入を勧めていて、9割9分以上の学生が購入していた。必修で、リテラシーの科目もあって、担当の教員から、彼らの学習のインセンティブにもなるから、レポートの提出などをメールを利用するようにして欲しいとの依頼もあった。


今の大学は、そこまではしていないけどリテラシーの科目は必修ではないけど、実質的に必修(時代も変わって、高校での教育も充実しているので、不要の学生もいるようになったからだと思う)。


このように教育に力を入れているのだけれど、使うソフトに不満があります。そう、なぜMS社製ソフトばかり使うのか。ワープロはワード、表計算はエクセル、プレゼンはパワーポイント。この問いに対する答えは、結局「企業等でも一番使われているので」という趣旨。確かに実務上の利便性を考えると、これを凌駕する再反論はあまり出来そうもない。


でも、情報教育に関わっている先生の多くが、MS社製ソフトに不満を持っているのが不思議でならない。自分もOSはMS社製だが、それ以外はあまりMS社製ソフトは余り使っていない。理由は重いし、すぐフリーズするし、余り使い勝手がよくなかったし(今の状況は恥ずかしながら余り知らない)、マクロにウィルスが仕込まれるし・・・。(使っているソフトを明示すると、知り合いには正体がばれるので、以下自粛。)


大学のシステムもMS社製ソフトにこだわるのが多くて嫌である。たとえば、WEBを使った各種の登録・申請手続きがIEしか対応していない(あの独自のJAVAを使う)。成績の登録に、(マクロを使うなどの関係で)エクセル・ファイルしかアップロードできない。


最後に、もう一つ。行政機関のwebsiteでIEしか対応していない奴は○○喰らえ!!人の税金で特定の会社を潤すな!!


講義回数

最近、講義回数を大学設置基準に示されている規定を理由に、半期15回を実施せよとうるさくて仕方ない。


これに加え、学部評価も圧力になっているらしい。自分の勤務先と同じ状況なのが、 「大学教授になりたい人!」の「JAB○Eって一体? 」というエントリーにあります。


ちなみに、大学設置基準の関連する規定はこれ。


第二十一条
各授業科目の単位数は、大学において定めるものとする。
2 前項の単位数を定めるに当たっては、一単位の授業科目を四十五時間の学修を必要とする内容をもって構成することを標準とし、授業の方法に応じ、当該授業による教育効果、授業時間外に必要な学修等を考慮して、次の基準により単位数を計算するものとする。
一 講義及び演習については、十五時間から三十時間までの範囲で大学が定める時間の授業をもって一単位とする。
(略)

第二十二条
一年間の授業を行う期間は、定期試験等の期間を含め、三十五週にわたることを原則とする。

第二十三条
各授業科目の授業は、十週又は十五週にわたる期間を単位として行うものとする。ただし、教育上特別の必要があると認められる場合は、これらの期間より短い特定の期間において授業を行うことができる。


これを、特に23条を今更杓子定規に適用しようというらしい。でも、単位の考え方からすると、21条の解釈によっては、別に15回じゃなくたって問題なさそうだ。


でも、その前にもっとやるべきことがあるんじゃないの、って言いたい。個人的には楽したいから、あまり声高に主張したくないけど(苦笑)。


たとえば、21条にある「授業時間外に必要な学修等」の時間。今時予習復習なんて期待できません。


また、1時間といいながら、通常、45分をもって1時間としている。これは、1時間につき、15分の休憩が必要とのことらしい。学生の学習時間を確保するという正論から言うならば、講義回数を1~2回増やす効果なんてただが知れてますって。


結局そんな主張をする彼らも、単にアリバイ作りな訳ですね、ハイ。

創立記念日(開校記念日)

昨日、だんだん夏休みが短くなってきたと書いたが、同じようなことが、創立記念日にもある。


今までだったら、創立記念日といえば休み。でも、最近は授業があるんです。ちなみに、勤務先だけではなく、非常勤先でも同様のことを経験しています。


要するに、半期15回の講義回数を確保することが最近の至上命題らしく、変なところに休みが入ると、その曜日だけ講義回数が減って、変則的な日程になってしまう。それを避けたいためらしい。


だからハッピーマンデーは、大学にとってはアンハッピーマンデーである。その結果、全然休みではなく、授業をする大学が増えてきている。


個人的にはちょこちょこっと休みが入るより、まとめて休める方がいいです(お金も同じ。同じ金額でも毎月分けてもらうよりも、年に一度にまとめてもらった方がうれしいです)。




テンパってます

もちろん、麻雀中ではありません。自分の能力不足のせいで、大学の事務処理、論文、頼まれ原稿、後期の講義の準備等々、だいぶヤバいです。

こんな時に、ブログの更新どころではないだろう、という意見もありますが、最近はアクセス数も増え、気になっちゃいます。

勤務先の後期は来週から始まります。と同時に連休もあるので、今週末の連休とあわせて、ラストスパートしなくては。

でも、すでに後期が始まっている大学に比べると、まだましかもしれません。

でも、学生時代は二ヵ月ほどあった夏休みも、年々短くなっています。贅沢な悩みかもしれませんが、もう少しまとまった時間が欲しい、今日この頃です。

学会でのクールビズ撃沈

先日のエントリー(ウォームビスねえ )で、学会にクールビズで行こうと書いたのだが、元来気の弱い自分は、先日の学会、念のためネクタイを持参していった。


司会者と報告者がネクタイをしているだろうとの予測は大当たり。それ以外は多少はクールビス派がいるだろうという予想は大外れ。見渡す限り、クールビス派はいない。おそらく(数えてはいないけど)99.9%がネクタイをしていた(泣)。


思わず、途中でネクタイを締めてしまいました(弱~)。う~ん、まさに備えあれば憂いなし。


今度の学会は、司会を頼まれているので、ネクタイをするつもりで行きます(移動中はノーネクタイ)。


査読制だけでいいの?

この際、紀要ネタで続けちゃいます。


勤務先で査読制を試行的に導入した背景には、そもそも、紀要のレベルを上げる(下げない?)ためにはどうしたらよいか、という議論があった。だから、本来はすべての論文に査読制を入れるべきだという方向で議論が進められていたはずだった。


しかし、一部の教員から強烈な反対があり、差し当たり、「専任教員は研究者として独り立ちしているので、まあ、よしとしましょう。でも、大学院生はまだ研究者として独り立ちしていないので、投稿する論文をチェックしましょう」というあたりを落としどころとして、どうにか議論をまとめたものである。


#そもそも、専任だからちゃんとした研究者であるとみなすこと自体乱暴だと思うけど。


余談だが、この落としどころ自体は個人的には不満だけど、あれだけ揉めた議論をどうにか収束させた某教授の手腕は見事だった。あの調子じゃ、絶対まとまらないと思ったし、自分だったら絶対まとめられなかったと思う。


しかし、「レベルを上げたい」という点については、個人的には大学の紀要にはもっと根本的な問題があると思っている。それは、「分野が特定されていない」という点である。紀要は、単科大学や学部数が少ない場合は、「○○大学紀要」とか「○○大学論集」といいような誌名であり、学部が多かったら、「○○学部論集」とか「○○学論集」となっている。後者の場合、その学部に関連する論文が掲載されていそうだが、通常投稿資格はその大学や学部に所属している教員全員にある。自分の場合は、社会科学系の学部に所属しており、自分の専攻も広い意味で同じ分野なので、紀要の誌名と自分の論文は関連がある。でも、同僚には語学や体育や教養科目の教員だっている。彼らの論文も一緒に掲載されるのである。そうなると、外部から見ると、いったいこれは何の分野の論文が載っているものなの?ってなると思うのである。


紀要の中には、このような弊害を避けるためか、すでに分野を限定されている紀要もあるし、たとえば社会科学系の学部の「○○学部論集」で「人文科学特集」としているところもある。


すべてを見ている訳ではないが、特に分野を限定しているところは、査読制だけでなく、外部からの投稿を広く受け付けており、(世界的に見たらレベルが低いかもしれないけれど)それなりの評価を受けている、もしくは受けるようになるのではないか、と思うのである。


まあ、もっと根本的な問題は、発行する大学自体の評価でしょ(いわゆる中堅・底辺大学の紀要じゃ駄目)、とう指摘もあるでしょうけど、それを言っちゃあ身も蓋もないということで。

紀要の原稿料(2)

原稿料の話の続き。とはいえ、紀要に限定しない話です。


先のエントリーとの関連から言うと、自分の場合、論文を書いてお金をもらえる(原稿料がある)のことは普通のことだと思っていました。もちろん、全く原稿料が出ないこともありますし、査読誌に投稿する場合には査読料を払うこともあります。

でも、理系の人に言わせると、論文を書くことはお金を払うことであるとのこと。査読料だけでなく、掲載料(1ページ当たり○○円とか)がかかる場合もあるらしい。その負担が結構厳しいとぼやいていた人もいたなあ。

この話を聞いたときには結構吃驚したものです。こういう点でも文系と理系ではかなり意識が違うと思う。もちろん、すべて「文系」と「理系」では括れないし、同じ文系でも「人文科学」と「社会科学」は随分違う。「理系」の人に言わせればそれはまた分野によって大部違うのだろう。

紀要の原稿料

本来は、昨日のエントリーのコメントにつなげるべきなのだろうけど、ネタが浮かばなかったので、エントリーに格上げします。


しんのすけさん曰く、


査読料は1本(理系の方に言わせると1編らしいですが)あたり1万円です。
で、執筆料は3万円です。
今時、ありえないと思うのですが、今でもきっちり規定が存在してます。


勤務先の場合も、原稿料が出ます。前の勤務先も出ました。義理で書いたことのある某大学のところも出ました。金額はまさに千差万別ですが。いずれもすべて私学です。もちろん、原稿料が出ない私学もあります。また、大学によっては紀要を販売しているところもあるので、一概に原稿料を出すことがよくないとは言えないと思うわけですが。


ところで、勤務先の場合、紀要は年数回発行されます(たまに合併号となるので、実質発行回数は毎年変動します)。そして、毎回毎回、論文やら研究ノートやらを書いている人がいます。しかも、同じ号に複数掲載されるケースもあります。分野が違うので断定は出来ませんが、個人的には「小遣い稼ぎか?粗製乱造じゃないの?」なんて思ったりします(だって、それなりの業績をそんなに量産できるならば、とっくにどっかに移ってるでしょ?と思うので)。

紀要の査読

今年はどうも審査づくしのようだ。


とはいえ、研究者のふりをしている自分には、一流の学術誌からのレフリーの依頼なんて来ないので、あくまでも学内の紀要だけ。


でも、紀要も本当に千差万別。文系の多くは、いままで査読なんとほとんどしていなかったと思う。理系の状況はあまり知りません。というか、理系に紀要なんて無い、というか不要だという話しか聞いたことがありません。


勤務先の場合、これまで査読を実施しておらず、専任教員は基本的にフリーパス。だから、といっても、自分ではいい加減に書いたことはないつもり。でも他人の評価は別ですけどね。


しかし、ここ数年の間、いろんな大学(あくまでも文系)が紀要を外部に解放すると共に、査読制を導入しつつあるようだ。そこで、勤務先も実験的に大学院生やオーバードクターに査読制を導入してみようと言うことになった。


でも、学内にその専門が同じ人が何人もいる訳ではなく、おのずと「関連分野」どころか「ちょっと無理があるけど関連しているかなあ」という人にまで依頼が来ることになる。おいおい。そのとばっちりですよ。


紀要のレベルを上げたいという気があるならば、査読者にも気を配らなくちゃ、と思うのは自分だけでしょうか。


ちなみに、もちろん無報酬です。だって試行期間だから(本格導入したら、査読料払うのかなあ)。

台風と休校

またまた大きい台風が猛威をふるっていきました。幸い、居住地には大きな影響は無く済みました。


さて、そこでこの台風の関連で、公立学校などが一斉に休校になっていたりしたようですが、勤務先はどうかというと、キャンパスが所在する都道府県内に暴風警報が発令されると、その発令されている時間によってどこまで休校になるかが決まります。


今回は幸い夏休み期間中でしたので影響なし。でも7月は試験期間中でしたので、影響があり、(教員もそうですが)学生も台風の予想進路等が気になってしょうがないようです。せっかく勉強したのにとか、延期する日にすでに予定がはいっているとか。


じつはたまたま前勤務先も現勤務先も(ストライキというのもありますが、自然災害に関連するものとしては)この暴風警報だけが休校となる要件です。だから当然だと思っていたのですが、そうではない大学も多いようです。東海地方だと、地震の警戒宣言が要件に入っていても暴風警報は入っていないところもあるようです。


大学って、キャンパスが広いので、災害時の避難場所にも指定されていることが多いようですが、勤務先の場合、飲料水とか食料とかが確保されていると言うことは余り聞いたことがない(自分が無関心なだけかもしれないけど)。


この点も含め、リスク管理とい観点からももう少し検討する余地がありそうです。