(no subject)
大学のお盆休みも明けました。大学自体が機能停止しているのが1週間強ありましたが、もう10日以上職場に顔を出していません。明日ぐらいにはちょっと顔を出そうかと思っていますが、行ったら行ったで、会いたくない人にも会う可能性があるので、ちょっとためらっています。
なお、この「会いたくない人に会う」というのは、特定の人間的に嫌いな人物に会う、という訳ではなく、「あ、良いところで会った」と言われながら、いろいろと仕事を頼まれてしまう状況を意味しています。
最近は電子メールをはじめ、BBSなど、いろいろと学生と コミュニケーションをとる手段があって、このような暑い盛りに、わざわざお互いに大学に出向いてやりとりをしなくて済むようになったのは、自宅派の自分としては非常に良い環境になったと喜ぶべきことではあります。
でも、個人的に非常に気に入らないのは、特に学生からの、(no subject)で来るメールです。学生、特にゼミ生には、(no subject)のメールは読まないからと言っていますが、一向に減りません。
自分が電子メールを使い出した当初、パソコンのメーラーだと、subjectを書かないと警告が出てきました。しかしいつ頃か、書かなくても警告が出なくなったようで、かつ極めつけは携帯電話。もう(no subject)が当たり前のようです。
あと、(no subject)のメールは読まないよ、と言うことの学生の対応策(?)は、「○○先生」とか「△△です」といった、宛名や差出人をsubjectに入れることです。このようなメールも、内容が推察できないので、嫌です。
切りのいいところまですすめるべきか
先日のエントリーではないが、研究を進めようと思っても、浮き世の義理もあって、いろいろと仕事が入ってくる。そうなると、机周りは、その複数の資料等で埋め尽くされてくる。もちろん、毎回片づければ良いのだろうけど、自分は元来片づけが苦手らしく(認めたくないけど)、また、すぐ手の伸びる位置に資料がないことが嫌なため、出しっぱなしなことが多い。
そこで、問題は、一日の中で複数の仕事を進める場合、どこで切り替えを行うべきか、という点である。これは、複数の作業をしなければならない場合だけではなく、食事などの小休止を取る場合にも関連している。
院生時代(この時期はゼミでの報告準備などではあるが)までは、時間単位ではなく、「切りが良いところまで」すすめて、次のことに取りかかったり、食事をしたりしていた。
しかし、ある時、「あえて中途半端なところで止めた方が、再開したときに前のことを思い出しやすいよ」という話を聞いて、真似してみたら、結構いい感じだった。
たとえば、文献を読んでいても、本当に章や節などの途中で読むのを止 めてしまう。執筆中の論文も、特定の章まで終わらせることなく、しかも文章の途中で止まったままなんてことも多い。ただし、これは研究方法にもよるので、おそらく(一部の)文系にのみ適用可能な方法だと思う。理系の、特に実験などを伴う研究の場合、そうもいかないだろう。
学会の司会
どうも、夏休みに入って頼まれごとが多いような気がする。
その1つは、昨日のエントリーにも書いた。それ以外にも色々あるが、数日前に、ある学会での司会を頼まれたのは意外だった。その学会、ここ数年さぼり気味だったので、今年も不参加にしようと思っていたのだけれど、さぼる訳にはいかなくなりました。まあ、司会だけなので、当日行けば良いだけですが。開催地が日帰り圏内なのがせめてもの救いか。
学会での報告以外の学会活動って、実際、どれだけ評価されるのだろうか。会長とか理事とかは、経歴等に含めることが多いけど、司会は別になんにも加算されないと思う。でも、これも持ちつ持たれつだから、しょうがない訳ですね。