大学という斜陽産業 -184ページ目

ウォームビスねえ

今度はウォームビズですか。説明やニュース記事へのリンクはいらないでしょう。もともと大学教員の多く(一部?)はウォームビズですから、別に何か変わる訳ではないでしょう。


しかし、クールビズは、クールに涼しいとかっこいいという2つの意味があったようですが、ウォームでは暖かいだけで、ひねりも何もないですね。


近々学会(国内)があります。まだ暑さが厳しいこの時期の学会、クールビズでいけるだろうか。人間、楽な方に流れ気味(自分だけ?)。この夏、ネクタイをしないという楽なスタイルにすっかりなれてしまった自分は、もうネクタイするのが嫌でしょうがない(笑)。まあ、報告者や司会は絶対ネクタイしているだろう。今度の学会は聞くだけなので、クールビズでいこう!


でも、初めて国外の学会に参加したとき、夏だったのだけれど、米国西海岸の人が、Tシャツに短パンで、「これがカリフォルニア・スタイルだ」といって報告したときにはびっくりした。でも、そのほかの国の人は、さすがにジャケットは着ていなくて半袖シャツだったけど、結構ネクタイしていた。


学生への成績の通知

勤務先では、この月末に、学生に対して前期試験の結果を含んだ成績表を渡すことになっている。


夏休み期間中ということで、自宅に郵送する。その際、宛名は父母等と本人を連名にしている。連名にする訳は、日本ではほとんどが親が学費負担者であることから、父母等にも成績を知らせたいという配慮らしい。「らしい」というのは、実際問題として、特に成績の振るわない者は、この郵便を待ちかまえていて、父母には見せずに隠してしまうから、本来知って欲しい人には意味がないものになっているからである。


かくして、進級制が無い勤務先の場合、4年生となってしまえば、父母の卒業ができるのではないかと期待する。しかし、場合によってはどう頑張っても卒業できない人も出てきて、卒業判定の時期に近くになるとちょっともめてしまうこともある。両親は、「どうしてこんな状況になる前に連絡をしてくれないのだ」と言い、大学は、「成績は郵送していますよ」と答える。だから、例年、この成績の郵送は、親宛にして欲しいとの要望が出てくる。でも、今年も連名だそうだ。まあ、親宛にしたとしても、その郵便自体を隠してしまうことは可能だから、根本的な解決にはならないけど。


また、その結果を持って、学生が研究室を訪ねてくることになる。さてさて、今年は何人ぐらいクレームをつけてくるだろうか。こちらとしては、平常点等についてはすでに学生に知らせており、試験については解答と採点基準を用意しているので、これに従って説明をするだけである。


選挙活動

世間では、「どっちが優勢?」なんていう親父ギャグぐらいしか思いつかない、「郵政民営化」に端を発する衆議院選挙のニュースがやたら目につきます。


大学人は、いろいろと選挙に関わっています。学内では、学長選挙(この制度を廃止した大学もありますし、そもそも無い大学もあります)。学外的には学会の会長や理事の選挙。


自分の属する学会の1つは、今年が会長と理事の改選期にあたります。その開催が近づいてきたので、いろいろと連絡というか、投票依頼が来ます。普段あまり親交の無い人からも電話など、もうそれだけで内容が推測できちゃうぐらいです。


しかし、学内的にも学会的にも、余り適任には思えない人ほどやりたがりなので、本当に困ったものです。また、このような政治活動が好きな大学もあって、そこから来る投票依頼を見てみると、思わぬ人が入っていて、どういう関係なのかを推測すると少し面白いです。


さてさて、結果はどうなることやら。

作問依頼

う~ん、またしても悩ましい問題が。それは、大学院の入試の作問依頼が来たのだ。もちろん、断る訳にはいかない。


出題分野はまさに専門科目。所属の研究科では3つの専門分野(その中でさらに細分化されているが)があり、入試では、受験者が大学院に専攻したい分野と、そうでない分野から各1問の計2問を解答しなければならない。(その他に外国語もあります。とは言っても、実際には英語だけです。)


大学院入試の最近の傾向としては、全体的に出来が悪いこともあるのだが、専攻したい分野はそこそこできても、そうでない方が全滅に近い答案が多い。一応、足切り点があるので、あまりにも難しすぎると、大学院生を確保できない。院生の確保という、ある種余り良くない戦略(?)的視点から出題しなくてはならないというのが、悩みの種である。


個人的にはそんなに無理して院生を入学させなくても、と思うのだが、大学上層部、まあ経営側の上層部は定員確保にうるさい。結局、大学院のレベルも下がるのだが、レベルよりも財政しか頭がないのが今の経営陣ということなのである。

一丁上がり?

頼まれ原稿の1つがようやく上がりました。珍しいことに締切までまだ数日を残しているけど、これにて推敲も打ち止めにします。


しかし、結局、この8月は何をやっていたんだか。頼まれ原稿はあと1つ。論文等の研究系については・・・。さて、もう一踏ん張りしますか。そしてその気分転換にブログの更新でもします。といっても、今日のような単なる日記みたいなもの中心になるかもね。


事務連絡の無駄

ふと、夜空を見上げたら、月がきれいでした。思わず、月見酒でも、と思ったのではありますが、まだ酔っぱらえないので、あきらめました。そういえば、あまり星空を見上げなくなったような気がします。


さて、昨日のエントリーに書いたように、大学に行ってきました。お盆休み前後の事務連絡が溜まっていました、溜まっていました、メールボックスに。しかし、みんなコピーによる連絡ばっかり。あれ、環境に優しい大学を謳っているんじゃなかったの?


と、まるで環境に対する意識が高いような発言ですが、実は、この休みの間に提出すべき書類があったけど、締切をすぎちゃったなあ、メールで連絡してくれれば間に合ったのに、ということに対する、個人的な八つ当たりです。だって、事務連絡の文書をワープロで作ったんなら、わざわざ打ち出して、コピーして、メールボックスに入れるなんてことはしなくてそのままメールで送ってくれれば良いのに・・・。

(no subject)

大学のお盆休みも明けました。大学自体が機能停止しているのが1週間強ありましたが、もう10日以上職場に顔を出していません。明日ぐらいにはちょっと顔を出そうかと思っていますが、行ったら行ったで、会いたくない人にも会う可能性があるので、ちょっとためらっています。


なお、この「会いたくない人に会う」というのは、特定の人間的に嫌いな人物に会う、という訳ではなく、「あ、良いところで会った」と言われながら、いろいろと仕事を頼まれてしまう状況を意味しています。


最近は電子メールをはじめ、BBSなど、いろいろと学生と コミュニケーションをとる手段があって、このような暑い盛りに、わざわざお互いに大学に出向いてやりとりをしなくて済むようになったのは、自宅派の自分としては非常に良い環境になったと喜ぶべきことではあります。


でも、個人的に非常に気に入らないのは、特に学生からの、(no subject)で来るメールです。学生、特にゼミ生には、(no subject)のメールは読まないからと言っていますが、一向に減りません。


自分が電子メールを使い出した当初、パソコンのメーラーだと、subjectを書かないと警告が出てきました。しかしいつ頃か、書かなくても警告が出なくなったようで、かつ極めつけは携帯電話。もう(no subject)が当たり前のようです。


あと、(no subject)のメールは読まないよ、と言うことの学生の対応策(?)は、「○○先生」とか「△△です」といった、宛名や差出人をsubjectに入れることです。このようなメールも、内容が推察できないので、嫌です。

切りのいいところまですすめるべきか

先日のエントリーではないが、研究を進めようと思っても、浮き世の義理もあって、いろいろと仕事が入ってくる。そうなると、机周りは、その複数の資料等で埋め尽くされてくる。もちろん、毎回片づければ良いのだろうけど、自分は元来片づけが苦手らしく(認めたくないけど)、また、すぐ手の伸びる位置に資料がないことが嫌なため、出しっぱなしなことが多い。


そこで、問題は、一日の中で複数の仕事を進める場合、どこで切り替えを行うべきか、という点である。これは、複数の作業をしなければならない場合だけではなく、食事などの小休止を取る場合にも関連している。


院生時代(この時期はゼミでの報告準備などではあるが)までは、時間単位ではなく、「切りが良いところまで」すすめて、次のことに取りかかったり、食事をしたりしていた。


しかし、ある時、「あえて中途半端なところで止めた方が、再開したときに前のことを思い出しやすいよ」という話を聞いて、真似してみたら、結構いい感じだった。


たとえば、文献を読んでいても、本当に章や節などの途中で読むのを止めてしまう。執筆中の論文も、特定の章まで終わらせることなく、しかも文章の途中で止まったままなんてことも多い。ただし、これは研究方法にもよるので、おそらく(一部の)文系にのみ適用可能な方法だと思う。理系の、特に実験などを伴う研究の場合、そうもいかないだろう。

学会の司会

どうも、夏休みに入って頼まれごとが多いような気がする。


その1つは、昨日のエントリーにも書いた。それ以外にも色々あるが、数日前に、ある学会での司会を頼まれたのは意外だった。その学会、ここ数年さぼり気味だったので、今年も不参加にしようと思っていたのだけれど、さぼる訳にはいかなくなりました。まあ、司会だけなので、当日行けば良いだけですが。開催地が日帰り圏内なのがせめてもの救いか。


学会での報告以外の学会活動って、実際、どれだけ評価されるのだろうか。会長とか理事とかは、経歴等に含めることが多いけど、司会は別になんにも加算されないと思う。でも、これも持ちつ持たれつだから、しょうがない訳ですね。

テキストへのコメント

同業者(といっても年長者)から、テキストを改訂するので、コメントして欲しいとの依頼があった。デッドラインは今月末。う~ん、夏休みの残り時間を考えると結構辛い。でも、こういうのは持ちつ持たれつであるので、無下に断る訳にはいかない。


しかし、こういうのって、2者の関係で持ちつ持たれつではなく、AがBに持たれ、BはCに持たれ、CはDに・・・という関係だったりする。要するに、もし自分が何かを執筆したときに、今回自分に頼んできた人には(相手が年長であるということも含め)コメントを頼めなかったりする訳である。とはいえ、自分の勉強にもなることもあるので、持ちつ持たれつとも言えるかもしれないが。


で、実際の内容だが、依頼者は改訂する部分だけを見てくれればよいと言うが、そうもいかないだろう。他の部分に関連しているかもしれない。ということで、今日から折を見て、この作業もこなしていかなければならい。せっかくだから何かを得てやろう、と自分に言い聞かせながら。