レポートの代筆(?)もネットの時代
昔から、というほどの昔を知らないけど、自分の学生時代にも、レポートの代筆みたいのものはあったけど、やはり時代の趨勢というか、こんなサイトもあるんですね。
う~ん、知識取引所ですか。一応、著作権は確認するとは書いてあるけれども、学生のレポートに、ネットからのコピー&ペーストが多用されている現状を鑑みると、ここに登録されるレポート等がオリジナルなものであるのかを本当に確認できるのだろうか。
前期の打ち上げ~大学院編
昨日はまだ、特に前期が終わった訳ではないのに、なぜか大学院の打ち上げがありました。といっても、全体と言うよりも、同じ専攻の一部の院生が中心になって企画したもので、呼ばれた教員も一部でした。打ち上げだって聞いたから、ちょっと無理して参加したのでしたが、ちょと騙されたよう な。でも誘われないのも寂しいかもしれないなあ。
しかし、最近の大学院は社会人の方も多く、中には年上の人もいて、こっちはやりにくい感じもするが、社会人院生の方はどう思っているのだろう。
今回だって、端から見るとどう見たって親子ぐらい(もちろん、院生が親、自分が子)の感じの方がいて、二次会で入ったスナックのママさんがちょっとびっくりしていました。
世代が近い人たちだと、ちょっとした話題も共有できて、それはそれで楽しかったりしますけど。
成績の二極分化
成績をつけて、教務に提出してきました。
「おまえの教え方が悪いせいだろ」と言われてしまえば、それで終わってしまう話ですが、ここ数年の個人的感想を。
ご存じの方には今更ですが、大学の成績は、100点満点で、60点以上で合格(その中で、80点以上がA(又は優など)といった区分がありますが)、60点未満が不合格となる。
そして、実際の試験の成績が、出来る者と出来ない者にくっきり区分けされる傾向がある。(平常点を加えたとしても、その総合評価と試験の成績は概ねその傾向が一致するということは昨日のエントリーにも書きまし た。)単に合格不合格に分かれるのではなく、A(優)かD(不可、しかも20点以下)の二極分化という傾向がある。
成績は正規分布になるはずだ、なんてことは言いません。でも、この業界に入った当初は、B(良)やC(可)の学生もある程度いたのだが、最近はそうではない。
どうしてだろう → おまえの教え方が悪いせいだろ(最初に戻る)
採点終了
試験の採点が終わりました。あとは最終的な成績評価です。
成績評価は、試験に平常点等を加味しています。その割合はもちろんシラバスに明示。たとえば、平常点20%、レポート20%、試験60%などと。
単なる出席点は否定しているので、平常点は小テストなどをもってカウントしています。
もし、上記のような割合の場合、平常点もない、レポートも提出しない、という学生は試験で満点を取らない限り単位が認定されない。けれども、試験だけを受ける学生が結構いるんですよね、これが。
で、当然というか、平常点も良い、レポートの出来も良いという学生は(例外もあるけど)たいてい試験の結果も良いので、試験だけで評価してもよくて、総合評価する必要もない。でも、学生 に勉強させるという意味で、こちらの負担も多いけど、小テストやレポートを課しています。
ちなみに、大学教員の日常・非日常のレポート上等! というエントリー等では、レポートと宿題の議論があるようですが、その区分けによると自分のは宿題かなあ、実質は。
ただいま採点中
今回も試験関連ネタです。といっても採点中のぼやきではありますが。
前期末という時節柄、他のブログでも、レポート関係など、成績に関連する話題のエントリーが見られますね。
自分にとっては、試験の採点というのは、学生の試験を採点している一方、自分の授業を採点されているようで、本当に悩ましいです。
自分の担当している科目は、一つは専門領域の思いっきり基礎になる科目で、複数の教員でクラス分けをして教えています。もう一つは、これとは対局に、応用的な科目です。
授業は生き物だとはいえ、前者の場合、シラバス等までは統一していないものの、教えるべき内容は統一している(そうしないと、関連科目に影響する)ので、学生の理解度が今ひとつかなあ、と感じてもちょっと無理をしてでも先に進めてしまうことも多い。
だから、先日のエントリー(評価とFD )のように、自分の教育力を評価されている気がして、出来が悪いときは、反省をすることしきり。やっぱりあの時、もう少しじっくり進めれば良かったのかなあ、とか。今年は・・・、
反省しています。
それに対して、応用科目の方は、かなり自由度がある。一応、基礎的な科目、中核的な科目をとってから履修すべき科目で、この科目を取ってから他の科目へ、ということがないので、学生の反応を見ながら進めることができる。こちらはまだ採点していないので、これからです。ただ、試験中の様子からは少し手応えがありそう。この予想が当たるといいのだけれど。
作問~入試編
最近、試験ネタが続いたので、さらに試験ネタでも、今度は入試という試験ネタで。
入試になると、同じ試験でも、その出題内容の適切性、ミスなど、外部の目が光っているので、かなりの時間を割いて作問しているはずです。
#諸外国だと、通常の講義の試験も外部チェックが入る場合もあるようですが。
ここ数年来、入試シーズンのニュースには、必ず入試の不手際のニュースがあり、関係者はピリピリしています。特に出題ミスです。それが試験実施時に問題訂正で対処できれば良いのですが、最悪なのは、一度合否判定をした後に判明するケース。
しかし、関係者は誰しも思っているはず。作問の体制を変えない限り無理です。でも、いわゆる教養科目がドンドン減らされてきた現状では、教員も徐々に減らされており、それもそう簡単に変えられない。
私立文系の一般的な入試科目にある国語と社会。国語を専門にしている教員なんて、社会科学系の学部にはそういませんって。社会科学を専門にしていたって、高校で学ぶ社会を専門にしている人もそういません。
大学によっては、幾ばくかの作問手当が出るようですが、その責任に比べたら雀の涙。あ、でも、責任を取る方が少数かも(まさに大学の掟)。
郵政民営化問題と学会の案内
昨年あたりから、学会の案内が宅配メール便でくることが多くなった。おそらく、値段が安いからだと思うのだが、思わぬ副作用もあるようで、事務局の人も困っていた。それは、住所が変わった人には転送されないということだ。
郵便であれば、届けを出しているというのが前提だが、引っ越してから1年間は新たな住所に転送してくれる。しかし、宅配各社はそのようなデータをもっていないので、そうはいかないらしい。
民営化しても同じようなサービスが維持されるのだろうか。人間誰しも便利なものになれてしまうと、なかなかそれを手放すことはできない。もちろん、このような転送サービスを維持するコストを無視して議論はできない。我々がそのコストを料金として負担するとしたら、いくらぐらいだったら利用するのだろうか。
ファイト(NHK朝の連続ドラマ)
自動車通勤の自分は、車中でTVを聞いている(見ている、ではありません)ことが多い。
まあ、何となく昔から習慣でNHK朝の連ドラを見ているので、その時間帯はこのドラマを聞く。それ以外は、朝の場合、ワイドショーでネタを仕込むこともある。
昔から、TVに登場する大学教員という生き物は、やたら権力欲や金銭欲が強い。そして周りが持ち上げるというか、あがめるというか。
今日の「ファイト」でも、大学病院の慰安旅行か何かで、原田大二郎扮する「教授」に、徳井優扮するおそらく助教授であろう人物が「教授、教授」とおべっかをつかう。教授が温泉に入るというと、その他大勢も「はい」といって一斉に立ち上がる。う~ん、本当に不思議な光景だ。
本当に私立文系の場合、講座制とか研究室とかがないので、教授になったって部下になる人がいないし、人事権もないし、本当に偉くも何ともない。天下もとれません。仲間内で、「教授」なんて呼びませんよ。教授もごろごろいるし。基本はさん付け。まあ、目上の人には先生で呼ぶ場合もあるかな。
しかし、TVのステレオ・タイプの教授像、本当にどうにかなりませんかね。絶対に世間で誤解されてる。