大学という斜陽産業 -180ページ目

ノーベル賞

10月はかのノーベル賞の各賞が発表されていますが、絶対に超を何十個つけても大丈夫なぐらい、自分には関係のない話です。だから、研究者だなんて名乗っちゃいけないという説もあります。


特に理系の受賞者は、その対象となった成果を出したのが30歳台のケースがざら。う~ん、自分の場合の三十代の成果は・・・・・・。


#定年引き下げ問題で、理系の人が60歳でも構わないというのが何となくわかるような気がします。


体育の日

明日は体育の日。ハッピーマンデーが導入されたせいで、毎年日にちが一定せず、久しぶりに体育の日が10月10日に帰ってきます。このように、元々の祝祭日にいわれがあったのが、単に第○月曜日になるのは寂しいような気がしますが、もう何年かすると、学生世代にとってはハッピーマンデーが当たり前の制度になるのでしょう。


幸い、個人的には休みになりましたが、最近はハッピーマンデーの祝日には授業を実施する大学も増えてきました(以前にも書いたかな)。もちろん、授業回数を確保するためです。


体育の日というか、10月10日といえば、例年晴れの日が多いということがよく言われていました。気象のことはよくわかりませんが、自然現象にこのような特異な(?)傾向が生じることについては、結構不思議に思っていました。子供のころ、体育の日といえば学校の運動会がおこなわれたのだけれど、「体育の日だから晴れるから、心配しなくていいよ」なんてよくいわれたものでした。


でも、自分の知る限り、ほとんどの大学で大学祭はあっても運動会みたいな行事がないなあ(サークル対抗とかゼミ対抗○○大会なんていうのはよく聞きますが、あくまでも全学的な運動会の話)。クラスがないことも多いし、いまさら紅白に分けるのも大変ですかね。


ヤマダ電機

PC関係の買い物は、近所のヤマダ電機 を愛用(?)している(もちろん、日常生活に必要な電化製品関係も)。最近は、フロンティア神代によるBTOもあって、結構充実していると思う。まあ、秋葉原(いまではアキバと言うようだが)とこかの専門店には負けるだろうけど。


しかし、いつも思うのは、「売上高一兆円を超えた」などと自慢するくせに、必要な人員がいないように思うのは自分だけだろうか(そういう不満を抱えながら利用している自分も矛盾しているが)。自分のタイミングが悪いのか、レジには必ずと言っていいほど人がいない。同じフロアの他のレジに移動して会計をすませるしかない。そんなに人がいないなら、レジを何カ所にも置くなよ。


同様に、フロアの割には人員が少ないから、頼みたいことがあっても、他のお客の接客でこちらは待たされる。まるで公務員みたいだ。人はいるけど、担当者がいないとか、ね。


ところで、ヤマダ電機だけでなく、いくつかの家電量販店では、ポイント制というのを採用している。そこで思うのは、研究費の立て替え払いが出来る勤務先の場合、そのポイントの帰属がいずれ問題になるだろうなあ、と思うことである。


以前、会社員が出張によって貯めた航空会社のマイレージが誰に帰属するかと言うことが問題になっていた。実際、会社に帰属させて業務に利用しているところもあるらしい。


個人的には、電球とか電池やPC関係の消耗品はさておき、出来るだけ値切ってポイントはいらない、というスタンスなんですけどね。

履修者名簿

非常勤先では、履修者名簿が顔写真つきです。講義に持参はしないけど、結構便利です。講義中にうるさい学生を憶えといて、名指しで注意できたりと。

大教室のあの人数、ちょっとやそっとじゃあ憶えられないよっと。

ゴールデン・ポップス

ここ数日気になっているのが、パートワーク方式という独自の出版を手がけるデアゴスティーニ という出版社が出した最新シリーズがこれ。


このパートワーク方式という方法もなかなか曲者で、すべてを一括して買うと相当の値段になるところ、毎週または隔週、徐々に買いそろえていくところが支出の痛みを和らげるわけです。しかも、第1回目の値段を安く設定して、まずは第1回を買わせようという戦略もミソでしょうね。


で、これまでも、いろいろ心惹かれるシリーズが出版されていて、数シリーズど購入を試みたところ最後まで続いたことがありません。ひどいものになると、第一回を買って終わり。今週末にでも、このシリーズ、まずは今回も第1回を購入しようと思ってます。さて、どうなることやら。

外部資金の獲得

最近、勤務先でも、外部資金、すなわち研究助成を獲得するようにうるさいうるさい。もちろん、その代表は、科研費なのだろうけど。


この外部資金の獲得状況がこれからの大学評価において重要になってくるとのことで、おそらくどこの大学も同じような状況だろうと推察されます。


ちなみに、自分の周りを見て思うこと。さまざまな研究助成に申請すらしない。申請書を書くのが面倒くさい、というのも結構いる。その原因と思われるのは、実は勤務先の学内の研究費が(文系としては)結構充実しているからではないかと思う。個人研究費、学部独自の助成、大学全体の助成、これがなぜかセクショナリズムで2本立て、とある。


個人研究費は、研究をしていなくてももちろん全員に、そして学部独自の助成、実は非常に申請書がいい加減で、研究テーマ、研究計画2~3行でも申請者が少ないので通ってしまう。しかも、成果は紀要に書けば事足りる。


ちなみに、特に大学全体の方は理系学部も対象にしているため、文系にしては相対的に潤沢な助成額があるけど、申請書や成果の公表義務を避けるためか、あまり出していないようです。

地球温暖化と衣替え

衣替えとはいえ、まだまだ暑いですねえ。


先日、天気予報で、衣替えの起源(?)のようなものを紹介していました。元々は、軍隊で軍服を夏服から冬服に替えたことが始まりとか。明治時代の話だったです。


そして、東京の10月1日の平均気温を比較していました。当時の平均気温や約17度、当時と比べて近年の平均気温は約3度が上がっているとのこと。あわせて、当時の17度になるのはいつ頃になるかも紹介。もちろん、北の北海道では9月中でしたが、東京辺りだと10月20日頃でした。暑さ寒さも彼岸までとは言いましたが、本州の真ん中以西ではまだまだ暑いようで。


話は変わってこの夏クールビズを推進した環境省。今日からクールビズは終わって、ネクタイ&ジャケットが義務づけられたとか。気候を無視して日にちですぱっとやってしまわないと規律が保てないのかもしれませんが、そんなんで良いの?って感じです。クールビスの良さは、涼しさよりも首元の苦しさが緩和されたところにあるような。


まあ、とりとめもない話です。

ヒトゴト、その後(1)

先日書いた、採用人事の件(人事の審査 )。しっかり採用の審査に駆り出されています。


もちろん、守秘義務がありますから、詳しくは書けないのですが(他のネタも同様ですけど)。


はっきり言って、困りました。良い人がいません。研究業績がありません。もちろん、若い人はそれなりに割り引きますし、将来性も考慮したいのですが、Aという領域で募集しているのに、それはBやCの研究でしょ、というのが多い。今時、周辺領域なら出して当たり前とも言えますが。


個人的には、「採用者ゼロ」といきたい気分。時間が許すならば、再募集かなあ。


もう、うちぐらいの大学には良い人は来てくれないのだろうか。大学業界も斜陽産業だと思っているけど、勤務先の傾きぶりは業界平均よりも大きいと言うことかな。


#大学名を明らかにしないのに、こんなこと言われても困りますよね。

断った

以前書き込んだヒトゴト(誘われた )の話。


結論から言えば、お断りしました。でも、情けない自分は、しばし、「もったいないことをしたかなあ」と思ったりもした。まあ、こんなことをかくと、「贅沢な悩み」と言われるかも知れないけど。


もうそろそろ、風の噂でその人事の後日談も入ってくるだろう。数年前、別のところから誘われたとき(お断りしました)、数ヶ月後に学会で声をかけてくれた人との会話(もちろん、細部まで再現できませんが)。


「例の話、決まったよ。sphinx君、公開すると思うよ。」


「えっ、どうしてですか。」


「だって、『えっ、あんな奴が』って思うのに決まったからね。」


「どういう意味ですか。」


「まあ、その点は良いじゃない。俺は反対だったんだけどね。」


その後、実際にその人物がわかった時に、自分がどう思ったかというと、客観的に見ても、業績は彼の方が劣っているかも知れないけど、それは年齢差もあるだろうということ(社会科学系だとよくある状況ですね)。でも、自分がその年齢でそのポストに就けたならば、結構うれしいかもしれないだろうとも思った訳です。


ちなみに、強がりでなく、その意思決定については後悔していないことを付け加えておきます(今度のお誘いについてはまた別ですけど・・・)。

いずこもおなじ秋の夕暮れ

本来の意味のように、別に寂しい訳ではありません。


あまり私生活系は出さないようにしていたのですが、皆(「両立」は大変同志! 等々)、同じように悩んでいるんですよね。


個人的には、「自分の子供に関われなくて他人の子供の教育なんかできるか!」と開き直ったこともありました。


ほぼ同じ年代で、以前から研究も教育も雑務もバリバリやってきた同僚が、数年前結婚したら、以前のようにフットワークが軽くなくなってきました。そして最近もっと重くなってきたと思ったら、案の定、お子さんができたとのこと。別に我々のようなものを批判していた訳ではないのですが、彼もこれで世帯持ちの気持ちが分かるかなって、ちょっと期待しています。


言い訳がましいかもしれないけど、知識だけを詰め込むのが大学教育ではないでしょうと。


#教員も、いつも「先生、先生」と相手に頭を下げてもらっているだけでなく、子供のことで「すみません」

#と頭を下げてはじめて分かることもあるってもでんす。あ、でも自分は下げても、下げられることは余り

#ありません。下心(?)のある出入りの業者ぐらいなものです。