情報の混乱と、競争の激しい時代には、多くの人の精神に負担がかかります。精神疾患の増加は、世界的にみられています。
 
今回は、統合失調症の治療に関するニューイングランドジャーナルオブメディシン(薬の治験結果では、世界の最高峰の権威ある雑誌)を紹介します。
 
抗精神病薬は、50年来使われてきた第一世代の抗神経病薬
(ブチロフェノン系: ハロペリドール ピパンペロン スピペロン フェノチアジン系: アセプロマジン クロルプロマジン フルフェナジン レボメプロマジン プロペリシアジン ペルフェナジンなどが代表薬)
 
が長く続きました。しかし、錐体外路症状など、不快な副作用はつきまといました。1993年から多数の抗薬が世にでました。今は、こちらが主流になっています。今回は、これらの薬の効果を比較しました。

従来薬のペルフェナジン日本では1959年より販売。 第一世代薬の代表は、有効性からハロペリドールで、世界で最も使われていたが、錐体外路症状も強いことから、今回は、このペルフェナジンを比較薬に用いた。

米国における新薬4種の発売時期
1993年リスパダール(リスペリドン 日本は、1996年4月)
1996年ジプレキサ(オランザピン 日本は、2001年6月)
1997年セロクエル(クエアチピン 日本は、2001年2月)
2002年アビリファイ(日本は、2006年1月)

リーバーマンJA、らにより、57の米国の地域から、合計1493人の統合失調症を対象に、薬剤比較試験が行われました。それぞれの薬剤別に、差がでないようにしました。治療対象は、統合失調症の症状の続いている人たちで、平均年齢は、40歳です。過去になんらかの神経関連薬を服用したのは、平均24年前、何らかの抗神経病薬を服用したのは、平均14年前でした。 
男性が、7割、白人6割、黒人3.5.割、既婚者1割でした。
 
又、割り当てられた薬で副作用があった人や、症状が改善しない場合には、他剤の追加は許可しました。
重症になり、目的薬の継続が不可能と主治医が判断した人は、対象から除いています。
 
論文は、以下です。http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa051688
N Engl J med. 2005;353の(12):1209-23
 
背景:50年前から使われている第一世代の抗精神病薬(ペルフェナジン)と、1993年以後に発売された第2世代の抗神経病薬を二重盲検試験で比較しました。
二重盲検試験とは、患者も医師も飲んでいる薬の内容がわからない状態で投薬を行い、効果判定に主観を入れないようにして、薬の効果を評価する方法です。無作為割付けとは、どの薬を飲むかを抽選(作為のない方法)で決めます。こうした方法による薬効評価は、日本では、ほとんどやられていません。

方法:オランザピン(7.5~30mg/日)、ペルフェナジン(8~32mg/日)、クエチアピン(200~800mg/日)、リスペリドン(1.5~6.0mg/日)を最高18ヵ月間の治療を無作為割付けされました。 後に、FDAがジプラシドン(40~160mg/日)を許可して、治療薬枠に含みました。結果: 18ヵ月の間に、続けて薬を飲み続けることができた人はどの薬剤でも、平均、1/4程度でした。中断してしまった人は、オランザピン64パーセント、ペルフェナジン75パーセントでした。長く服用できた人は、オランザピン・グループでした。
 
 オランザピンは体重増加、そして、ペルフェナジンは錐体外路症状がおきてしまうことが、中断と関係していました。

結論: 各々の薬剤群に含まれる患者は、いろいろな理由で、かなりの人が割り当てられた薬剤をつづけることができませんでした。薬の効果に関しては、薬剤間で、大きな違いがありませんでした。従来の抗精神病薬ペルフェナジンと、新薬の、クエチアピン、リスペリドンとジプラシドンの効果は、類似していました。PMID: 16172203

ブログで紹介してきたネーチャーの統合失調症の特集号には、この患者・医師、製薬会社が努力して気合を入れた(CATIE研究)の成果は十分ではなく、残念な結果であったと評されています。
 
元々、副作用が個々の人で多様であることから、こうした治験の計画自体が、とても難しいということでしょう。
この研究の解釈は難しいですが、新薬は、従来薬よりはるかに有効とはならないまでも、副作用が少なく、従来薬と同様の効果が出た事は評価できるのかもしれません。
 
統合失調症は、ひとりひとり脳内環境の違いがあるので、個々の人で、薬剤の微妙な調整を必要とする治療であると、改めて確認したと言えるでしょう。
 
昨日のブログのつづきです。
フリーランスライターのDavid Dobbs氏による、統合失調症の記事です。
 
統合失調症では、ドーパミン作動性神経の発火しすぎが、症状に関係すると一般に考えられてきました。しかし、実際の脳内でおきているイベントは、ドーパミンが量的に増えすぎなのか、一人一人、かなり異なると思われます。
 
さらに、ドーパミンの種類や作用が複数的なものであること、他の物質との関連や脳内環境に、個々の人で、多様性があるものと思われます。さらなる分子生物学的、薬理学的な解明が必要です。現在、認可されている治療の薬剤には、限界があり、この病気の治療や介入を困難なものにしています。しかし、確実に治療性成果はあがってきています。
 
 
従来、統合失調症の治療には、ドーパミンを抑える薬剤がつかわれてきました。その逆に、ドーパミンが不足して起きる病気は、パーキンソン病でした。統合失調症の治療をすると、パーキンソン病様症状が出てくることが治療上の悩みでした、抗ドーパミン作用により、運動失調、錐体外路症状が起きてきます。又、口が渇く、胃腸障害が出るなどの症状もあります。副作用の起き方に個人差が大きく、脳内失調の様相や薬の影響の個人差は、病気の解明を難しくしています。統合失調症と呼ばれる病気でも、個々の人の脳内は、同じ状態ではありません。
 
昨日のブログで、統合失調症では、大脳皮質のピラミダール細胞の発火を抑えるはずのシャンデリア細胞の機能が悪いとするルイスの学説を紹介しました。
 
シャンデリア細胞の役割は、抑制性としましたが、ルイスは、統合失調症のシャンデリア細胞とピラミダール細胞とのシナップス伝達において、情報伝達物質がの1/4量が、減少していることを示しています。しかし、シャンデリア細胞自体も常に抑制的に働くわけではなく、時にピラミダール細胞に対し、“発火せよ!”との、興奮を伝達する場合もあると、ルイスは言っています。しかし、こうした異常が、シャンデリア細胞の本来の異常なのか?それとも、二次的な変化なのかについては、ルイスは明言をさけています。
 
ポートランド(メインメディカルセンター)のマックファーデン医師らは、NAPLS(北アメリカ前駆症状長期研究)と呼ばれる統合失調症の早期発見・早期治療の試みを、多施設病院が協力して2003年にスタートさせました。診断のためのツールDMS5版を用いて、思春期に統合失調症の早期発見に努め、発症リスクの高い291人を選び出しました。その結果、2.5年の間に、35%の人に、統合失調症の典型症状が現れました。

一方で、こうした早期介入のトライアルには、反論もあり、ロンドンのキングスコレッジの精神科医は、統合失調症にならない人を治療に巻き込む可能性があることを指摘しました。早期介入は、実際には発症につながらない人までも、治療の対象となるので、その人自身、家族、友人関係に問題を残すと反論でした。
 
研究者たちは、統合失調症は、これが原因であると決めたがる傾向があるが、ふりかえってみると、最初の理論通りにはなっておらず、もっと研究者自身がどこにいるのかを見極める必要があるという言葉で、記事が結ばれています。
 
このネーチャー記事に載っていた統合失調症の初回入院が、どの年齢に多いかを示した概図を載せます。米国の話しです。
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昨年11月、ネーチャーに統合失調症の特集が組まれたことを、以前のブログ(12月30日)ご紹介しました。

ロンドンに本拠を置く、フリーランスライターのDavid Dobbs氏が、この特集号に統合失調症の記事を書いています。彼の記事は、米国NIHメンタル医療部門の責任者である精神科医Freedman教授の著書の紹介から入ります。Freedman教授は、米国精神神経科学会の大御所で、精神科の有名医学雑誌American Journal of Psychiatry の編集者でもあります。
 
David Dobbs記者は、Freedman教授の著書 “The Madness Within Us” という解説書、(日本語訳は、“私たちにある狂気”程度でしょうか?)の中の女性患者の紹介から、記事が始まります。
 
28歳の女性レイチェルは、3人目の子供を出産したばかりです。その時から、彼女に激しい幻聴がはじまります。年少時の彼女は、普通の聡明な女の子でしたが、精神疾患の兆候はありました。ひきこもりがちな彼女は、引き出しの中に、多数のこだわりグツズを集めるのが好きでした。10代の頃には、突然、音に対して、とても神経質になりました。部屋の冷蔵庫の音や、アポートの外を歩く足音が気になってしかたない様子でした。
 
Freedmanの著者によると、こうした前兆は、後の統合失調症の発症に先立って見られます。しかし、その時点では、正常感情との見分けは難しいと言っています。鑑別が難しい前駆症状には、パラノイア、混迷、過敏、幻覚などの症状があります。
 
統合失調症では、ドーパミン作動性神経の発火しすぎが、関係すると一般に言われています。特に、陽性症状といわれる不穏、幻覚などの症状との関連です。しかし、治療が困難であることからもわかるように、ドーパミン作動性神経の質的量的の関与のレベルは、不明な点が多いです。
とにかく、脳研究者たちは、脳内伝達のしくみを解明し、異常を特異的に調節する物質や手段をさがそうとしています。
 
思春期の脳では、脳内細胞のネットワークが組まれ、シナップス形成や神経突起の枝分かれが進みますが、このネットワーク形成作業において、同時に、剪定作業が行われます。機能しないシナップスや、小枝がきりとられ、強いシナップスに置き変わったりします。この新たな剪定がうまくできないと、神経突起が長く、遠くに伸びてしまいます。統合失調症の脳では、こうした解剖学的な異常がみられます。
 
David Dobbs記者は、彼の記事の中で、新進のピッツバーク大学の精神科医師ルイスを紹介しています。ルイス氏は、大脳の背外側皮質にある神経ニューロンである、錐体細胞(ピラミダール細胞)(空色)に、病気の原因を求めています。大脳の表面にある皮質は、人として最後に進化した高度な知能を生み出す部分ですが、それぞれ役割が異なる多層の構造から成っています。この主要な成分であるピラミダール細胞は、四方八方に、樹状突起や軸索突起を出しています。そして、皮質の多層の中で、横たわるように存在し、長く突起をだして、脳内知的活動の大事な部分を担っています。
 
図を参考にしてください。以前に、このブログでも紹介しています。
http://blogs.yahoo.co.jp/solid_1069/1063012.html
ウキペディアでは
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%B9%E7%8A%B6%E7%AA%81%E8%B5%B7

脳の皮質のピラミダール細胞にからみつくように、インターニューロンと呼ばれるシャンデリア細胞(緑)があります。シャンデリア細胞は、ニューロンの補助役を担っていてGABA作動性(抑制性)の細胞です。抑制性とは、神経細胞の発火をおさえて、神経伝達しなくするための機能です。GABA作動性の細胞が、ピラミダール細胞の行き過ぎ(発火しすぎ)を、抑えているのです。
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ルイスによると、思春期に、シャンデリア細胞がピラミダール細胞をじょうずにコントロールできないことが、統合失調症の発症につながるのではないかと推論しています。
 
ルイスは、シャンデリア細胞のGABA受容体を刺激する新薬(研究中で未発売)を、統合失調症の人に試みたところ、作業記憶の改善が見られたと言います。
 
統合失調症では、皮質下(皮質の下にある脳組織、発生学的には、皮質より古い脳)に存在する、ドーパミン作動細胞の異常の可能性も指摘されています。
但し、こうした説に対しては、細胞、分子、伝達物質などのさらなる研究の裏づけが必要なようです。
人の感情と機能的MRI サイエンス、Takahashi先生の論文です。Science. 2009 ;323(5916):937-9.
National Institute of Radiological Sciences
 
最初に、嫉妬を感じるときの、脳の活動部位を確認しましょう。

前帯状皮質は、ここです。
 
 
人は、他人と自分自身を比較し、評価します。 他人が、自己より優れていると感じると、妬みの感情が起こります。 そうした相手が挫折した時、シャーデンフロイデ(ドイツ語で、他人の不幸や災難を喜ぶこと.)が起こります。 妬みやシャーデンフロイデの脳内メカニズムを説明するために、機能的磁気共鳴映像(fMRI)を用いて、検討しました。
 
人が強い妬みを感じると、前帯状皮質(ACC)が活性化しました。 次に、うらやむ相手に不幸が起きた時、線条体腹部が活性化しました。 ACCの活性化は、次に、線条体腹部の活性化につながると予想されました。 PMID: 19213918
脳の島(とう)という場所を知っていますか?言葉で説明するより、ウキペディアの図をご覧ください。

島の役割については、以下のウキペディアのサイトです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E7%9A%AE%E8%B3%AA

機能的核磁気共鳴画像法 (ファンクショナルMRI、fMRIと略) により、脳の島皮質は痛みの体験や喜怒哀楽や不快感、恐怖などの感情に関係することがわかりました。又、人の高度な知的活動には、前頭野が活躍します。少し、古くなりましたが、雑誌サイエンス(ネーチャーと並ぶ世界の二大科学雑誌)に、fMRIによる島の機能についての論文がありましたので、紹介します。Science. 2003  13;300(5626):1755-8

この論文では、お金をわけるゲームをします。一方の人の申し出を、他方は断ることができます。二人が、お金の分配の駆け引きをする時、fMRIでは、どの部分の脳が活性化されるかを、調べました。

一方の人が、他方の人にとっては不利益となるようなお金の分け方を提案した場合、その申し出に対し、他方の人の脳では、島の前方と、前頭前野皮質の背外側が活動しました。特に、拒絶するという思考回路の時には、前島部の活動の亢進がみられました。このように、情動的な意思決定には、島の役割が確認できました。PMID: 12805551
がん検診の精度とは、がんがあれば必ず見つけてもらえること、と、もうひとつ、がんで無い時は、がんとまちがえないでもらえることです。
 
ガン発見を目的としたスクリーニング・マンモグラフィーの感度(がんをとりこぼしなく見つけること)と、特異性(がんでないと診断できる正確性)は、女性の月経のサイクルの影響を受けるのでしょうか?
 
又、初回の検査では、精度は低下するのでしょうか?さらに、乳房の状態が月経の影響を受けやすい人では、検診の正確性や精度は、月経の影響を受けるのでしょうか?今回は、この問題を多数の女性の検診データを元に考えます。

Journal: Radiology :-Date: 2010 Dec 03
方法:閉経前の女性で387218件のスクリーニング乳房X線検査を行いました。その結果、1283の乳がんが診断されました。月経周期のどの時期が、がん診断の正確性が高くなるかについて、 ロジスティック回帰分析を使用しました。

検査をうけた全年齢の女性を対象として、検診の精度を検討してみると、マンモグラフィーによるがん発見の精度は、月経週数によって影響をうけませんでした。
しかし、マンモグラフィーを過去2年以内に受けた女性の66.6%において、がん発見の感度は、第1週が79.5%と、他の週より高くなりました(週2、70.3%; 週3、67.4%; 週4、73.0%; P = .041)。
 
一方、初回のマンモグラフィー検査では、17.8%の女性が、がん発見の感度、ろ胞期に低い傾向となりました(週1、72.1%; 週2、80.4%; 週3、84.6%; 週4、93.8%; )。
 
3年以上前に、マンモグラフィーを受けた女性では、がん発見の精度は、月経のサイクルにより変化はみられませんでした。
 
結論:過去の検診の有無で、診断の精度は変化しました。月経のサイクルの1週目にスクリーニング・マンモグラフィーを予定すると、がん発見の精度が増しました。
 
これは、米国のデータですが、検診の精度は、100%ではないわけです。日本でも、検診の啓発は盛んですが、検診の難しさについての、啓発が不十分と思います。つまり、検診は100%では無いのです。がんが無いと保証するものではありません。そこの啓発も大事と思います。
前回、ラットにおけるDBSという治療を紹介しました。この治療は、脳内に小電極を外科的に挿入して、神経細胞(ニューロン)を、長期に少しつづ刺激する方法です。人では、すでに重症のパーキンソン病に、DBS治療が試みられています。パーキンソン病の症状は、神経伝達物質の放出が妨げられます。主要な臨床症状は、運動障害ですが、うつ状態も病気の治療のターゲットです。
 
パーキンソン病は、parkin(パーキン)と呼ばれるたんぱく質の異常が起こります。この蛋白の本来の働きは、障害されたにミトコンドリアの除去です。よって、この蛋白に異常がおきると、細胞のミトコンドリア内に蓄積する有害物質の除去作業ができなくなります。細胞内の異物や代謝物質の除去ができなくなります。そして、レビー小体と呼ばれる物質が蓄積してしまうのですが、レビー小体の主成分であるα―シスヌクレインの増加が、病態に関係します。この物質は、神経伝達物質の放出に大事です。α―シスヌクレインを産生する遺伝子部分のメチル化が外れて、遺伝子発現が亢進するのではないかなどが推定されています。
 
重症なパーキンソン病の治療に、DBSが試みられています。
DBSで刺激する場所は、脳の基底核の淡蒼球と視床下核です。解剖学的にわかりにくい部位なので、興味ある方は、ウキベデジアでご確認ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%A1%E8%92%BC%E7%90%83
この両部位を、2年間、電気刺激して、臨床的改善があったとする成績が、N Engl J Med. 2010;362(22):2077-91.にありましたので、紹介します。

論文は、無料で入手できます。http://www.nejm.org/doi/pdf/10.1056/NEJMoa0907083
 
重症の299人の特発性パーキンソン病患者を対象に、一方を淡蒼球刺激(152人)、もう一方の群に、視床下部刺激(147人)、の2種のDBS治療群に、無作為割付けし、2年間、治療と観察を行いました。どちらも、運動能力の改善がみられましたが、両群の治療効果に違いはありませんでした。
患者本人の評価でも、両群に有意差がありませんでした。視床下部刺激を経験している患者の方が、淡蒼球刺激(P=0.02)群より、ドーパミン作用薬が少なくて済みました。2年間の治療の間には、有害事象が、両群とも、約半分の患者に生じました。
人がうつ状態に陥る時は、その前に、不安状態が続くことが多いです。
うつ研究や治療薬の開発には、動物モデルが用いられますが、動物に負荷をかけ、不安状態をつくりだします。その方法は、足に電気ショックを与えるとか、水中を泳がせるなどがあります。
 
動物モデルでは、急性のうつ状態を誘導する以外に、慢性的に動物にストレスをかけて飼育します。急性ストレス反応が強くおきる動物を選んで繁殖させ、慢性ストレスの家系の動物を作り、研究します。
 
こうして誘導されたうつ動物は、どのような脳内神経細胞のトラブルがあるのでしょうか?ラットを用いた動物モデルでの研究の紹介です。ソースは、ネーチャーレーター2月24日号、2011年です。
 
動物モデルをうつ状態にするために、次のような負荷をかけます。足に不規則な電気ショックをあたえるテスト、その時、ラットがレバーをおせば、電気ショックが中断するようにしておきます。治療により、うつ状態が改善すると、このレバーを押すことができるようになります。他の方法によっても、ラットのうつ状態を評価しています。ラットがゲージの一方に避難できれば、足ショックが中断するテストです。さらに、水泳をさせた時に、ラットが静止してしまうテストなどから、ラットのやる気を評価しています。
 
論文の著者らは、以前の研究から、うつ発症にかかわる特定の細胞に注目しています。それは、手綱外側核(lateral habenula、LHbと略)にある神経細胞で、神経突起を腹側被蓋野(ventral tegmental area、VTAと略)に、投影する(神経突起をVTAに伸ばしている)細胞です。VTAに色素を注入し、この色素により、LHbにある神経細胞が染まることを確認しています。今回も、この手綱外側核の細胞に注目しています。そして、蛍光色素を埋め込んだ単純ヘルペスウイルスを、この神経細胞に感染させ、細胞体と軸策を光らせました。
 
ストレスを与えると、うつ状態のラットでは、シナプス電位の振幅が増加し、シナップス伝達が増加しました。うつ状態に陥ると、この細胞が興奮して、シナプス伝達を増加させてしまうことが確認できました。急性、慢性うつ状態では、シナプス伝達が高まっていて、又、正常ラットでは反応しない低いレベルの刺激にも反応してしまいました。
 
この特定部位の神経細胞の興奮と、うつ状態が関係することがわかりました。うつ動物の手綱外側核に電気刺激を与えると、シナップス伝達が減少して、後電位が低下する結果、動物のうつ状態が改善することを示しました。動物に、抗うつ行動が出てくるか(レバーをおす、泳ぐ)を評価しました。治療のための、電気刺激は、300μAが望ましく、刺激する部位は、LHbに限局させると有効でした。他の部分を電気刺激した場合では、抗うつ効果が減少しました。
ネーチャーにレター(レター形式の小論文)がありました。その内容は、類人猿(チンパンジー)から人へと進化する時点で、人がどのような遺伝子構造物を失ってきたかが書かれています。
 
人の全ゲノム解析が終了した時、人の遺伝子は、当初、10万個位との予想でしたが、実際には、2万2千個前後であることがわかりました。他の植物や小動物が、それより多くの遺伝子をもつことがわかっていたので、2万2千個前後の数は、以外な結果でした。実は、遺伝子は、数以外の部分で機能して、人を人たらしめていたのです。
 
生物には、遺伝子を失くすという進化の方法があります。つまり、できるだけ遺伝子構造を単純にして、生物体として生き延びるという選択肢です。微生物であるマイコプラズマがこの選択をしています。人は、生物進化の頂点にたちますが、猿から人への進化は、遺伝子の数を増やすという選択でなく、遺伝子発現を調節するという進化法を選びました。
 
ネーチャー論文では2011年月10日号、チンパンジーと人の遺伝子構造を比較し、人が、何を失い、何を得てきたのかを比較しました。人は脳が発達し、脳が人の行動を決めます。人の生存に生殖活動は必須ですが、人も他の動物同様、全能力を駆使して異性をひきつけようとします。しかし、人が安定した生活環境を手にいれた時、男女の役割は、変化しました。そして、その男女の役割の変化は、今もダイナミックに続いています。男女差は、生物学的には残っていても、社会的には希薄になっていきます。
 
子孫を残すには、男女の相互理解がさらに大事な状況になりました。昔のように、体力や富のある男性が、女性を威嚇することができなくなりました。そして、それよりもっと前に、男性の体から攻撃的な構造物が失われて行きました。
 
人の精神構造の特徴を考える時、人と猿の染色体構造の違いから、学ぶものがあります。
人と猿は、神経細胞をつくりだしてくる遺伝子部分の違いは大きくなく、むしろ、遺伝子の働きを抑えるしくみに違いが見いだせます。つまり、猿では細胞増殖を抑制する働きがあり、一定以上の神経細胞が産生されませんが、人では、この抑制がきかず、神経細胞の新生が起こせるようになったのです。
 
神経細胞が増え、そのネットワークも複雑化した結果、人はメンタルトラブルをかかえやすくなったわけですが、それを調節するためのしくみも進化させてきました。人は、前頭葉が発達し、その恩恵をうけるものの、そのバランスの乱れもが起きやすく、壊れやすい生き物にもなりました。心を通わせたい相手に、よいところを見せたいと望み、努力すれどそれがかなわず、挫折感や心の消耗を感じてきました。しかし、その代償として、立ち直るための脳構造も進化させました。
 
人と猿の違いは、遺伝子として働いている翻訳領域以外の部分の違いが大事です。遺伝子として、直接的に転写・翻訳にかかわる部分ではなく、それをコントロールしている非翻訳部分の違いです。論文では、人とチンパンジーやマカーク(猿の種類)を比較し、さらにマウスから霊長類に進化する過程にも触れています。
 
人とチンパンジーの塩基配列の違いは、37251か所であり、塩基の数では、34メガベース(全体の1.17%)に及びます。一方、哺乳類に共通して存在し、猿までうけつがれてきた塩基の大きさは、70メガベースでした。猿まで確実に受けつながれてきた塩基配列の583か所が、人では全く消失していました。人で無くしてしまったロス部分は、Y染色体以外のすべての染色体においてみられました(Y遺伝子の検査をしていない)。
 
論文の著者は、猿では存在するものの、人では失われた塩基配列を、hCONDELsと名付け、ここに注目しました。このhCONDELs部分の多くは、直接、遺伝子をコードしておらず、非翻訳部分として、翻訳部分の調節にかかわる役割を負っていました(イントロン部分が154か所と、インターゲニック355か所)。
 
hCONDELsは、ステロイド受容体関連遺伝子と、神経組織に関する遺伝子の周りに、多く散らばって存在していました。hCONDELsのうちの、39か所に注目して、精査しました。特に、アンドロゲン(男性ホルモン)受容体遺伝子ARが働く遺伝子近郊のそばの塩基配列を、詳しく調べました。
 
雄の体を特徴づける遺伝子の近郊には、アンドロゲン受容体遺伝子があり、これが刺激されると、雄は雄らしい体の構造となります。さらに、そのそばの非翻訳領域に、受容体遺伝子ARを増やしたり、減らしたりする調節のための塩基配列が存在します。hCONDELsの一つの例は、顔のひげと男性性器形成に関する遺伝子近郊の塩基配列でした。ARがしっかり働くと、ネズミや猿は、雄としてりっぱな体になります。ひげや性器が大きく、性器には小さなとげ構造ができます。一方、精巣をとってしまった動物の雄では、ひげが細く短くなり、男性性器は形態が変化し、小さなトゲ構造を欠きます。
 
人の染色体では、この部分の塩基配列を欠いています。つまり、この部分の遺伝子付近に存在するアンドロゲン受容体調節を失っていました。その結果、人は、ひげや、性器のとげを失ってしまいました。
 
GADD45G遺伝子という細胞のサイクルと、アポトーシスを誘導する腫瘍抑制因子の近郊にも、人と猿の違いがありました。この腫瘍抑制因子が働かないと、下垂体腺腫がおきてきてしまいます。つまり、この抑制遺伝子の働きが低下すると、神経細胞の増殖が高まるわけです。人では、この抑制が無く、神経細胞は、増殖しやすくなりました。

猿と人では、遺伝子の発現を抑えたり、亢進させたりする仕組みに違いがあり、人としての多彩な進化を可能にしたようです。
 うつ病は、気持ちが落ち込み、かつ認知能の低下を伴う病気です。本日、紹介する論文は、抗うつ剤のフルオキセチン治療により、海馬での神経細胞新生がみられたという、コロンビア大学からの報告です。
 
従来の脳科学では、神経細胞であるニューロンは、生下時に数などは完成されていて、ニューロンの新生自体は少ないと考えられてきたのです。実は、人や動物の脳では、状況に応じて、ニューロン新生がおきていることがわかってきました。
 
今回は、霊長類のボネット・マカークという種類の猿を用いての研究です。抗うつ薬の有効性は、しばしば齧歯類(マウス系)を用いて検討されてきました。しかし、マウスより、霊長類(NHP)を用いた方が、より人の病気に近い病態を研究できると予想されます。この種類の猿は、群れる志向が強く、仲間と離すことにより強いストレスを感じます。それで、この猿に、仲間の動物を離すというストレスをかけ、人工的にうつ状態を作りました。この論文で使用された薬剤フルオキセチンは、米国で良く使われているSSRI(セロトニン再取組み阻害剤)です。

フルオキセチンFluoxetine (米国での薬剤名はProzac)は、選択的セロトニン再取り込み阻害薬SSRIに分類され、主にうつ病や強迫観念などに使われます。その働きのメカニズムは、伝達物質のセロトニンを取り込みを阻害し(セロトニンが増える)、そしてヒスタミンやコリン作動性の伝達物質の結合を抑えます(抗コリン作用が出る)。この薬は、鎮静剤や低血圧、抗コリン剤、四環系抗うつ剤よりも、副作用が少なく使いやすいです。フルオキセチンは、妊婦にとっての危険度はBに指定されています(第一世代の抗うつ剤よりも安全性が高い)。
 
マウスは、脳内の神経細胞の新生や成熟は、人より早く、人では8-9週が必要と考えられていますが、霊長類ではその中間の6-7週間とされています。今回の研究では、6-7週間、抗うつ薬による治療をして、脳内でニューロン(神経細胞)の新生が促進されるかを調べました。
 
以下が論文です。
成人のメスのボネット・マカーク(猿)を、条件や環境を替えて、3群に分けました。
第1群では、抗うつ剤のフルオキセチン、または偽薬投与をして、15週間、観察しました。 
第2群は、猿に分離-ストレスを加えて、フルオキセチンまたは偽薬を投与して、15週、観察しました。
第3群は、2週間の照射(N = 4)または偽の照射(N = 2)をして、分離ストレスをかけて、フルオキセチンを投与しました。(照射をすると、ニューロンの新生が抑制され、グリア細胞が増加します。)
 
観察終了後には、動物はと殺され、脳の組織が検査されました。各群の行動の観察結果と照らし合わせて、脳内神経細胞の新生状況を観察しました。

結果:繰り返しの分離ストレスを猿に与えると、猿の海馬において、ニューロン新生が低下し、海馬の顆粒細胞領域が減少しました。そして、猿の行動の変化が観察されました。猿は、積極的な行動がなくなり、落ち込み状態となり活動が低下しました。
 
しかし、フルオキセチンを投与した群の猿では、活動性が回復し、海馬の歯状回ニューロン新生が促進されていることがわかりました。ニューロンの新生は、動物の落ち込みを防ぐと考えらました。
 
照射をしてニューロン新生を抑えると、フルオキセチンの治療効果が低下しました。 落ち込み行動の改善は、ニューロン新生と関係していました。しかし、ニューロン新生は、歯状回の前方部分に限られ、ここでのニューロン成熟に限局していました。PMID: 21525974 PLoS One. 2011 ;6(4):e17600.