人の意識や記憶はどのような脳内処理で説明できるのか?の研究が続けられています。過去ブログで、人の脳内イベントは、MRIなどを用いて調べられていることを紹介しました。又、アルツハイマー病では、神経細胞の外に貯まる物質(アミロイドA)により細胞表面の受容体が壊されて、細胞が消失してしまうことを話しました。
 
今回は、記憶の維持、そして記憶の強化についての、脳内メカニズムについてです。動物は、記憶をため込むために、脳内で蛋白質を合成します。新しい事実を記憶した後、新たな記憶を積み重ねることにより、過去の記憶が変化していきます。動物の記憶には、脳内神経細胞内での蛋白合成が必要で、蛋白合成時には、遺伝子を動かすための転写因子と呼ばれる多数の蛋白が必要です。
 
こうして記憶に必要な蛋白を合成して、記憶を強化・維持していくのですが、記憶の保持には、さらに、次なる蛋白質やその貯蔵場所を必要とします。最初に記憶の獲得に必要だった因子とは、異なる因子を必要とします。しかし、同一ないし類似した記憶の獲得においては、以前に獲得した記憶に上書きされるように記憶が維持されます。動物が過度の恐怖におびえ続けることを避けるための、生存のための仕組みであるとも言えます。
 
1990年後半には、動物が記憶を作る時には、サイクリックAMPが結合できるCREB-C/EBC蛋白が必要になることがすでに明らかになっていました。CREB-C/EBC蛋白合成をブロックすると、動物は記憶を保持できません。動物モデルを使い、恐怖を覚えさせ(恐怖の獲得)、その恐怖を避けるための記憶の保持テストなどの実験手法を用いて、動物の記憶研究が進みました。
 
記憶研究には、記憶を作る蛋白質CREB-C/EBCを人工的に操作する手法が用いられました。記憶蛋白質を薬剤で分解処理したり、遺伝子発現をとめる(蛋白がつくられないようにする)などの、人工的な操作を加えて、記憶がどのように変化するかを調べました。こうした脳科学から、得られた知見は、記憶は保持、強化されていくものの、思いだしたり、再度、強化されるための脳内イベントは、別だということでした。又、類似した経験は、新たな経験を積み重ねることで上書きされてしまうものであることもわかってきました。これは、認知行動療法を支持する根拠となりそうです。
 
今回、紹介するのはラットの恐怖実験です。ラットの記憶は、どのような脳内イベントの結果なのでしょうか?今回紹介する実験では、ラットの脳内物質を人工的に変化させて、記憶への影響を見ています。MilekicらLearn Mem. 2007 18;14(7):504-11.
 
方法は、まず、ラットに恐怖を覚えこませます。ラットに電気ショックの恐怖を負荷して、次にその恐怖をさける行動がとれるかを調べます。具体的には、ラットが元の小部屋から他の続き部屋に移動すると、次の部屋には、足に電気ショック(恐怖)が流れるようにしておきます。ラットは、そのショック部屋から出て、元の小部屋に戻ります。この時期は恐怖記憶の獲得です。
 
次に、記憶テストに移ります。テストでは、ショックは、流しません。恐怖記憶を獲得したラットを、再び、元の小部屋に入れても、ラットは、恐怖をおぼえているので、すぐショック部屋に移動することなく、元部屋に留る時間が長くなります。ラットは、48、96時間、2週間後にも、恐怖を覚えていて、ショックのある部屋には移動しにくく、元の部屋に長く留まる状態が維持されますが、この元の部屋に留まる時間を測定して、ラットの記憶能力を測定します。
 
恐怖負荷後、48時間経つと、ラットは小部屋にとどまる時間が長くなり、恐怖の記憶は強化されていることがわかります。さらに恐怖負荷後、2週間たつと、恐怖記憶はややうすれてきて、ラットが小部屋に留まる時間がやや減少します。
 
こうした背景のラットに、記憶物質を変化させる薬剤を用いて実験します。
記憶を変化させるための人工的介入の手段は、①脳内薬剤注入と、②アンチセンスODNによる遺伝子操作です。
 
ラットが、恐怖記憶を得たすぐ後に、脳内扁桃体の外側核BLAに薬剤(アニソマイシン)を入れてCREB-C/EBC蛋白の合成を阻害すると、テスト時のラットは、恐怖を忘れてしまい(ショック部屋に行ってしまい)、元の小部屋に留まる時間が短くなります。
 
次に、薬剤の注入する時期を変えます。今度は、恐怖獲得してから48時間後のテストの後に、脳内扁桃体の外側核BLAに薬剤(アニソマイシン)を入れます。CREB-C/EBCの合成が阻害され、ラットは、元の部屋に留まる時間が短くなります(強化できないばかりでなく、前の記憶をわすれてしまう)。一方、薬剤注入の処理をしないラットでは、96時間後でも、同程度の記憶がありました(ショック部屋に行かずに、元の部屋に留まる時間が長いままでした)。
 
次に薬剤ではなく、アンチセンスODNを使って蛋白合成が阻害させて、ラットの記憶への影響を見ました。アンチセンスODNは、遺伝子に作用して、転写を阻害できる物質です(蛋白はつくられない)。アンチセンスODNを脳内扁桃体の外側核BLAに注入しますが、ODNが有効なのは注入後2-5時間以内です。この物質は、長くは脳内部位にはとどまりません。
 
恐怖負荷後48時間後のテスト直後にアンチセンスODNを注入しても、アンチセンスODNの効果は出ません。ラットの恐怖を保持されています。しかし、テスト後5時間にラットの脳内にアンチセンスODNを注入すると、次なるテストでは、ODNが効いて記憶が消され、ラットはショック部屋に移動してしまいます。
 
恐怖負荷をして2週間がたつと、扁桃体のCREB-C/EBC蛋白を操作しても、ラットには変化が起きません。すでに、2週間がたつと、恐怖記憶は保持されていても、新たなCREB-C/EBCの合成は必要としないことがわかりました。つまり、保持されている記憶は、扁桃体外側核BLA のCREB-C/EBCの合成を必要とすることはなく、それとは別の機序により脳内に留まっていることを示唆します。つまり、長期の記憶の保持には、CREB-C/EBC蛋白の関与が薄くなる事を示します。
 
ストレスが続くと、それに対抗する(ストレスをがまんする)ために、人は心のエネルギーを失っていきます。心のロス状態が回復できないでいると、うつや不安障害が高まります。恐怖を感じることもストレスの一種ですが、恐怖はまず扁桃体で感じ、大脳がそれを修飾することを、前回のブログに書きました。
 
エネルギーの残っている時の大脳皮質は、恐怖に対抗しようとしますが、時には、大脳が恐怖を増強させることがあるわけです。恐怖を感じると、血圧や脈拍があがり、血糖も上昇しストレスに対抗します。しかし、PTSDなどでは、さしせまった恐怖が無い状態で、不安や恐怖が高まります。本来、不安に対抗するように準備された体のしくみが、ストレスをさらに増強してしまう方向に働いてしまいます。
 
不安発作は、視床下部から分泌されるコルチコトロピン放出因子(CRF)が影響します。ストレスを感じた動物は、視床下部-下垂体-副腎系が活性化します。これを略してHPA axis(HPA軸)と呼びます。このしくみも本来は、恐怖ストレスを治めるために準備されているのですが、この反応が恐怖を治めず、逆に高まるようになっていくと、不安障害、PTDS(外傷後ストレス症候群)が起きてきます。特に、女性はこうした不安発作の頻度が高くなっています。その理由は、女性は男性と比べ、低レベルのコルチコトロピン放出因子(CRF)に反応し、さらにストレスが強くなっても、コルチコトロピン放出因子(CRF)が、ストレスを治める方向へ対応していくことができにくいのです。
 
男性は普段から、コルチコトロピン放出因子(CRF)を感じ取る受容体蛋白が低値で、ストレス時には増加するものの、ストレスが持続すると、細胞表面でCRF受容体が内包化という現象を起こします。受容体が隠れてしまう生体反応です。内包化したCRF受容体は感度がにぶり、恐怖の克服ができます。つまり、男性は過度のストレスを感じないように(勇敢であるように)、神経がしくまれているようです。つまり、恐怖の高まり時に強くなれるようです。男性の戦場で感じる高揚感と相通じるのかもしれません。
 
このコルチコトロピン放出因子(CRF)は、遺伝子から合成されるタンパク質です。この物質のでき方は、個人差があり、かつ、性差があることがわかってきました。さらに、遺伝子の発現に、エストロゲンを感じ取る部分があり、エストロゲンはコルチコトロピン放出因子量に影響を与えます。エストロゲンは不安を増強させる因子として働く事が多いようです。つまり、ここでも、不安発作における「エストロゲンの多彩な神経作用を垣間見ることができます。
 
ラットで、コルチコトロピン放出因子の性差を証明した論文を紹介します。Mol Psychiatry 2010;15:896

受容体はG蛋白と結合して(c-AMPによるエネルギーを得て)機能します。今回は、受容体蛋白とG蛋白の結合状態に、メスとオスで差があることを証明しています。また、受容体を働かせなくする(恐怖の感度を落とす)しくみについても、性差があることを証明しています。
 
オス・メスのラットに、コルチコトロピン放出因子(CRF)に対するLCニューロン(Locus cerueus)活性化の程度を、調べました。実験は、コルチコトロピン放出因子(CRF)を投与して、LCニューロンの発火の増強を測定しました。受容体が増加していると、コルチコトロピン放出因子(CRF)投与により、ノルエピネフリン作動性LCニューロン の活性化(発火)が増加します。さらに、ラットにおいて、ストレスが無い状態と、ラットを泳がせてストレスをかけた(スイムテスト)後で、LCニューロン発火の変化を見ました。
 
ストレスが無い状態では、オスラットでは、低用量のコルチコトロピン放出因子(CRF)を投与しても、LCニューロンの発火は見られず、スイム後(ストレス後)では、LCニューロン は発火しました。一方、メスラットでは、ストレスが無い状態でも、低用量のコルチコトロピン放出因子(CRF)の投与で発火し、スイム後(ストレス後)では、LCニューロンの発火の増強はありませんでした。
 
高用量のコルチコトロピン放出因子(CRF)を投与した場合には、オスでは平時も反応(発火)しましたが、スイム後は反応が低下しました。一方、メスでは平時も強く反応し、スイム後の反応の減弱は少ないという結果でした。
 
高用量のコルチコトロピン放出因子(CRF)に対して、反応が起きなくなる理由は、受容体に内包化が起きて、受容体が感じ難くなるためです。この受容体の内包化の働きを担うベータアレスチン2蛋白の働きに性差がありました。
 
オスでは受容体にベータアレスチン2蛋白が結合して、受容体の内包化へと、ベータアレスチン2蛋白がしっかり働くのに対し、メスでは受容体にベータアレスチン2蛋白が働きにくいという結果でした。メスではスイムテスト後、時間がたっても、受容体の内包化が起きずに、ストレスを感じやすい状態が続きました。
 
動物が恐怖を感じる時に、脳はどのような反応するのか?についての、研究が盛んに行われています。恐怖研究は、ニューロサイエンスの重要な課題で、長く、研究が続けられています。
 
PTSD(ストレス性外傷後症候群)や、パニック障害などの治療介入を考える時、恐怖研究が、治療のための謎を解きます。基礎医学の分野でも、げっ歯類の用いて、恐怖研究が積み重ねられてきており、すでに、そのいくつかを紹介しました。
 
動物では、光や音で刺激した後に、足に電気ショックを与えて、光や音などの中立的な刺激と恐怖体験を結びつけます。そして、その時の、神経伝達物質などの脳内イベントをしらべます。これを条件付け刺激((conditioned stimulus,CS)と呼びます。一方、こうした条件付けと直接結びつかない刺激は、US(unconditioned stimulus)と呼びます。USからCSにつながる過程が、研究の重要なテーマです。CSとして使われるのは、音、画像、色などであり、USは、不快な刺激(電気刺激、音、不快な絵など)を使うことが多いです。
 
さらにもうひとつの条件付け(trace conditioning)は、中立的な刺激が、少し時間をおいて、不快な恐怖刺激に関連していくことを言います。この場合、ワーキングメモリーが働きます。
 
生理解剖学や、機能的MRIなどの手段を用いた研究から明らかになったことは、恐怖を感じるのは、動物も人もまず、扁桃体が活性化するという事実です。そして、この部分での刺激が維持されることで、恐怖と不安の高まりが形成されます。恐怖の条件付けが高まってしまう人が、患者さんということになります。

当初、ある刺激が、その後の不快な恐怖と結びついてしまった後でも、その刺激が不快感を呼び起こずに、何度も繰り返されると、やがて、恐怖との結びつきが消滅していきます。学習効果を積み重ねることにより、恐怖は消滅していきます。この変化は、単に忘れることより、脳が新たな学習能力を得た(新たな条件付けをした)と、考えられます。こうした時点に到達できれば、患者さんは恐怖から解放されます。
 
しかし、恐怖は、容易に思いだされ、更新され、積み重ねられてしまいます。恐怖の復活は、単に忘れていたわけでないことを証明するものです。むしろ、積極的に、脳が新たな回路を学習したと理解されます。打開を可能にするには、大脳皮質の働きが大きいのです。扁桃体には、大脳皮質からの神経細胞線維が伸びています。扁桃体で感じる恐怖には、大脳からの支配を受けています。大脳前頭野の皮質からの学習効果は、扁桃体で感じる恐怖反応を抑えます。
 
恐怖を感じる扁桃体では、大脳支配に加えて、抑制性のニューロンがサーキットの回路を形成していることを、5月12日付けブログに紹介しました。扁桃体内部でも恐怖に対し、抑制が働いており、又、大脳からの神経線維によっても、恐怖感情が行き過ぎないように、調節されています。
 
これらの知見は、人の恐怖の治療のために、認知行動療法を行う根拠となります。
 
私たちの体には、病原菌やウイルスなどの外敵から体を守るために、体中にセンサーがはりめぐらされています。そうした免疫細胞の守りのおかげで、私たちは守られています。さらに、それらのセンサーは働き過ぎないように調節されています。
 
以前に、肺の中に吸い込んだカビに、反応しないように、肺には、カビを見逃すしくみが働いていることをブログに書きました。同じ様に私たちの腸でも、セグメント菌などの腸内細菌のおかげで、異物排除ためのの過剰な免疫反応が回避されていることを話しました。私たちが知らぬ間に、体の細胞が頑張ってくれている仕組みについて書きます。今回は皮膚編です。ネーチャー2009年12月号の記事です。
 
皮膚の角化細胞のセンサー(受容体)は、そこに付着した危険な物質を感知します。普段の皮膚にはついていない物質を感知して、危険信号をだします。さらに、角化細胞が危険を感じ取ると、周りの角化細胞は、炎症性のサイトカイン(IL-6、TNF-α)を出します。すると、そこの皮膚の血流が多くなり(赤くなり)、白血球が呼び込まれてきます(腫れて痛くなります)。
 
食事の前には、手を洗いましょうとは、衛生教育の大事なポイントでした。でも、実は、皮膚に常在する細菌は、私たちを守る役割をしていることがわかりました。それは共生と呼ばれる、持ちつ持たれつの関係です。私たちの皮膚は、無菌ではありません。皮膚には常在菌と呼ばれる菌がたくさんいます。皮膚の表層は、角化細胞から成ります。皮膚は2-4週間で、下層の細胞が上まで登ってきて脱落していきます。この時、膨大な細胞由来の蛋白質にさらされます。こうした自己成分に反応しないように、皮膚は守られています。皮膚に常在する菌や、自己の細胞に過剰な免疫反応がおきないようになっています。
 
ちょうど、腸内細菌が、私たちの腸に病気をおこさない様に働いているのと同様です。
腸管では、1週間くらいで細胞が入れ替わるので、多数の細胞死がありますが、腸内細菌は、過剰な免疫反応を抑える働きがあります。
 
皮膚の常在菌は、表皮ブドウ球菌などが代表ですが、皮膚の免疫活動を調節しています。表皮ブドウ球菌は、皮膚が赤く腫れたりしないよう、白血球が皮膚に呼び込まれないように抑え込む役割をしています。
 
この常在菌表皮ブドウ球菌の活躍は、皮膚の細胞を傷つける実験にて確認することができます。皮膚に傷をつけたり、紫外線をあてて細胞を殺してその周りの角化細胞の動きを見ます。角化細胞のセンサー(受容体)は、自らの傷を感知して、あわてて炎症性のサイトカインを産生し、白血球を呼び込みます。血流を増やして、早く傷を治そうとします。角化細胞のセンサーは、トールライクレセプター(TLR)と呼ばれます。角化細胞の表面に出ているセンサー(TLR3受容体)で、外部で起きている危険状態を感じ取るのです。
 
角化細胞による炎症反応は、表皮ブドウ球菌由来の物質を加えることにより抑えられます。表皮ブドウ球菌培養液中の低分子の水溶性物質に、炎症抑制作用があり、サイトカインの産生が低下します。皮膚のトールライクレセプター(TLR)を生まれつき欠損したマウスがいますが、このマウスでは、皮膚に傷をつけてもサイトカインが産生されず、白血球も呼び込めません。
 
一般的に細菌は、炎症を起こさせる役割のものでしたね。しかし、皮膚の表層では、炎症が起き過ぎないように、皮膚と細菌と究極の協力関係が築かれているのです。しかし、細菌は細菌です。皮膚の深層の細胞では、表皮ブドウ球菌に対して免疫反応を起こします。つまり、表皮ブドウ球菌の侵入がどこまで及ぶかで、生体の反応が変化していくのです。血液まで入ってきたら、生体は強く反応します。
 
トールライクレセプター(TLR)は、昆虫類から、人間まで伝わった生体防御のための受容体(危険を感じ取る部分)です。皮膚のTLR3(受容体)は、自己の傷ついた細胞からこぼれたRNA部分を感知しています。角化細胞上のTLR3(受容体)は、壊死した自己細胞のRNAを感じ取り、炎症を起こします。そこに、表皮ブドウ球菌由来物質を入れると、炎症反応が低下します。細胞がこわれる時に排出されるRNA分解酵素もTLR3(受容体)を壊します。TLR3が壊されると、生体に過剰な免疫反応はおきないですみます。
 
表皮ブドウ球菌は、角化細胞上のTLR3(受容体)が、RNAと反応するのを抑えていて、皮膚の健康を維持しているのです。
 
しかし、黄色ぶどう球菌などの毒性の強い病原菌の中には、この生体側の調節機構(免疫が弱まる)を逆手にとって、自らの増殖に利用することがあります。
 
健康や美容のために、皮膚に次々と何かを乗せていくと、時に免疫細胞の逆鱗にふれてしまうことがありますね(接触性皮膚炎)。特に、タンパク成分が可能性が高いです。
 
2004年のWHOの発表では、世界で一番、診断可能な精神疾患の人が多いのは米国で、人口の26.4%だそうです。そして、それを治療する精神科医は、10万人あたり15人いるそうです。
 
それにくらべて中国では、2009年のランセット(有名医学誌)によると、診断可能な精神疾患の人は、17.5%と極めて高いそうです。ネーチャーの統合失調症の特集号11月号に、記事(Davit Cyranoskiによる)がありました。この記事をさらに読んでみますと、こう書かれています。
 
中国の精神疾患者の特徴は、1999年から急増しているとのことです。汚職と関連して数人の官僚が自殺するという事件がありました。又、紛争の続くチベットから、精神病科医師が撤退していうようです。今は、中国の急増する精神疾患に対応するために、オーストラリアから精神科医が治療協力をしているそうです。
 
中国が経済大国になり、世界レベルの医学知識が導入、診断技術の向上、新薬の開発など、複数の要因により、中国における精神疾患の急増の実態が明らかにされました。そして、精神科領域の医療費が急増してします。1999年には、精神科領域の医療費が、うつ領域2500万ドル、精神疾患2500万ドルであったようですが、2005年に医療保険の制度が変更され、この時から、抗うつ薬、抗神経病薬の使用量が急増しています。2010年の医療費は、うつ領域23000万ドル、精神疾患33000万ドルになっています。
 
アメリカ精神医学学会はDMS(Diagnostic and Statistical Mental Disorders 精神疾患診断のためのマニュアル)と呼ばれる精神疾患の診断基準を発表しています。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%81%AE%E8%A8%BA%E6%96%AD%E3%81%A8%E7%B5%B1%E8%A8%88%E3%81%AE%E6%89%8B%E5%BC%95%E3%81%8D
 
従来難解だったヨーロッパ系の精神医学を廃し、実際の診療の場で使いやすく改訂したものです。日本でもこの考えは導入されているものの、日本語に訳すと、大うつ病、小うつ病などとなってしまい、居心地の悪さがあります。人の病気の複雑性を考えると、単純化しすぎているという批判はありますが、病気をクリアに分類して、分類の根拠を明確化したため、世界中で使われているガイドラインとなっています。中国もこの基準を用いて、元のDMSをほとんど持ちこんで、中国風改定版の診断基準をつくりました。

以下は、ネーチャーの記事から離れます。
中国では、高級官僚にうつや自殺者が多いそうです。この理由は、はっきりしていませんが、少しでもランクの高いポストにつくための熾烈な競争の陰の部分なのかもしれません。日本でもそうですが、役人は、入庁後、移動と共に少しづつポストがあがります。勤勉さ、事務処理能力の高さ、友好性、人間性など、多方面から能力が評価され出世していくようですが、所詮、人間の決めること!そこにはさまざまな当人の能力以外の因子が働きます。
 
役所の仕事は、組織の仕事なので、誰か個人の業績になることはなく、従って、誰が優秀かの評価はわかりにくいです。部下の努力で出生していく人間もいるかもしれません。しかし、一旦、役所にミスが起きると、その時のしかるべき立場の人間に責任が生じてきます。本人は、まったくそのミスに関与していなくともです。それまでの人生をかけて、営々とキャリア築きあげてきた優秀な人材が、そのミスを契機にいっぺんにだめになることがあるようです。こうした役人の残りの人生は、他の多くの同僚と同じような横並びのポストに甘んじなければなりません。
 
もっとも、失脚した人の苦しい気持ちは、昔から絵画や歌にもありますね。
 
俺は河原の枯れすすき、同じお前も枯れすすき、
・・・・
熱い涙の出るときは、汲んでおくれよ、お月さーん
 
中国の役人の場合の汚職の内容はわかりませんが、自殺者が複数ででるという事態は悲しいことだと思います。日本の自殺者も毎年、3万人を超えています。ニューロサイエンスの知識が広まり、普段から心のしくみを学んでおくことで、少しでも自殺の回避につながれば良いですが・・・。
 

臨床脳科学は、病気との関連において、まだ、闇の中だろうと書きました。闇のひとつが、グリア細胞の働きです。グリア細胞には、血液細胞由来の小グリアと、神経細胞由来の大グリアがあります。これを1昨日のブログに書きました。小グリアは、その起源が長い間、不明でした。
 
さらに、議論の対象となっているのは、グリア細胞の役割です。グリアは、膠の意味で、糊ではりつけるという意味があります。小グリアは、脳が安静時にある時は、静止状態にありますが、有事には白血球様の働きに帰ることができるようです。
 
一方、大グリア細胞の中で、代表的なアストロサイトには、不明な点が多いです。ニューロンと密にネットワークを組んでいますが、この役割に謎が多いです。一体、何をしているのでしょうか?アストロサイトは、他の細胞と密にネットワークを組み、一つの細胞が3万個ぐらいのシナプスを形成しています。ニューロンとシナプス結合していることから、神経伝達に関与しているのではないかと、長い間、研究が続けられてきました。しかし、電気生理学の手段を用いては、神経伝達への関与の働きを証明することができませんでした。
 
2010年11月のネイチャーの統合失調症の特集号の中の記事です。Kerri Smith氏 Nature Podcastの編集者が、「グリア細胞をめぐる論争」をかいています。
 
この記事は、小説風に始まります。昨年のアムステルダムで開かれたニューロサイエンスの国際学会のシンポジウムでのMcCarthy教授の容貌の描写から、記事が始まります。McCarthyは、この研究分野の重鎮で、ノースカロライナ大学医学部の遺伝学者です。黒のシャツで身をつつみ、黒のジーンズをはいた彼は、さっそうと演壇に立ちました。日焼けした顔に白髪、強い顎の線は意思の強さを伺わせ、その姿には、映画スターのようであったと書かれています。
 
ニューロンで神経伝達が起きる際、付近のアストロサイトにも、カルシウムの流入が起こることがみつかりました。昨日、私のブログで、ニューロンが伝達物質を出す時に、カルシウムの流入が起こることを言いました。アストロサイトが神経伝達に関与するというのは、それまでの教科書的知識をくすがえすことでした。
 
昨年、韓国の研究者が、小脳のアストロサイトがGABAを放出するとの発表や、フランスの研究者が、アストロサイトはD-セリンという神経伝達物質をだすと発表がありましたが、McCarthyは、神経伝達の証拠は十分でないと言いました。シナプスでは、ニューロンが多量の神経伝達物質を放出するので、アストロサイトのみの働きのみを見ることが難しいのです。アストロサイトだけをとりだして、実験室で培養しても、生理的条件とは異なります。人工的な培養条件で、カルシウムを加えても、アストロサイトからは何の反応もみられません。従来の実験では、アストロサイトからの神経伝達物質を証明できませんでした。
 
しかし、世界中の研究者は、アストロサイトと会話を始めました。それは、従来のニューロンを刺激するような手段ではだめで、アストロサイトに合った刺激をあたえなければいけないというものでした。アストロサイトに刺激を与える強さも長さも、ニューロンとは変えなければならないことがわかりました。静かに話しかけると、アストロサイトは静かに答えると、研究者は説明します。アストロサイトにカルシウムの流入がおきても、発生する電位はわずかで、シナプス部位では、捕まえられない可能性もあるとのことです。
 
タフツ大学のHaydonは、国際学会の同じ日に、McCarthyの講演の後、演壇にたち、彼の遺伝子改変マウス(カルシウムのシグナルを低下させてある)を用いて、アストロサイトが、神経伝達に関与することを示しました。
 
科学の世界では、新しい事実を証明していくことのむずかしさ、解明した事実を用いて、人の脳機能を理解していくことの難しさがありますが、そうした研究者たちの熱い思いが垣間見えように、記事は書かれています。
 
図には、2つのニューロンとアストロサイトの三つ巴のシナプスが描かれています。神経伝達とは、一方のニューロンから伝達物質(黄色)が放出されて、他方のニューロンが受容体(緑の突起)で受け止めて、その結果、伝達が起きます。黄色と緑のニューロンの図は、どこでも見ることができますが、そこに水色のアストロサイトのシナプスもからんでいる図を見る機会は少ないと思います。主要な伝達物質顆粒(黄色)に加えて、水色アストロサイトからの、水色の伝達物質も関与することをしめした図です。
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ウキペディアでは、アルツハイマー病を次のように説明しています。

アルツハイマー病では、病理学的に脳組織の萎縮、大脳皮質の老人斑の出現がみられる。老人斑はアミロイドベータ (Aβ) の沈着であることが明らかになっている。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%84%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%BC%E5%9E%8B%E8%AA%8D%E7%9F%A5%E7%97%87
 
アルツハイマー病は、記憶障害がおき、神経細胞が消失する結果、脳が委縮していく病気ですが、それでは、なぜ、記憶が障害されてくるのか、その先の知識を知りたい方のために、ネーチャー論文を参考にしてください。2011年1月6日号を紹介します。
 
アルツハイマー病は、アミロイドベータが中枢神経細胞内に沈着してくるのですが、どのようになると、記憶にダメージがおきてくるのでしょうか?この謎を解明するために、科学者が良く使うのは、遺伝子を改変させた実験動物を使う手です。アミロイドベータを遺伝子的に入れ込んで、遺伝子改変動物(hAppマウス)を作ります。このマウスでは、脳内でアミロイドベータが多く産生されてしまいます。その結果、アルツハイマー病類似の症状となり、記憶の維持ができません。
 
アミロイドベータは、神経細胞のどこで増えてくるのか、その結果、脳にどのような影響が出てくるのかを観察しましょう。
 
神経細胞の表面には、チロシンリン酸化受容体NMDA受容体(グルタミン酸受容体の一種)があります。この受容体は、記憶と関係します。受容体は複数の蛋白でできていますが、リン酸がついたり、はなれたりすることで、受容体からの情報が、細胞内に伝わります。受容体の一部の構造は細胞の外に出ていて、他方の構造は細胞内にとどまります。受容体として機能している時は、細胞の表面に、受容体構造の大事な成分が集まっています。条件により、受容体が細胞内に隠れてしまうと、刺激が伝わらない、鈍い細胞になってしまいます。
 
正常な神経細胞では、NMDA受容体から刺激が入ると、細胞内にカルシウムが流入し、核内移動と転写がおき、記憶に必要な蛋白物質がつくられていきます。NMDA受容体は、記憶に関連する受容体なので、受容体を刺激された神経細胞は、活動電位が生じ(発火し)、維持されます。記憶に関連する発火は、その状態が維持され、蛋白合成を介して、記憶が長く残せるように仕組まれています。
 
さらに、遺伝子改変動物でアミロイドベータが増えてしまった時の、受容体で起きてくる変化を見ていきましょう。

アミロイドベータは、受容体蛋白EphB2蛋白に結合します。EphB2蛋白は、リン酸化と関係する蛋白質ですが、一部の構造を、細胞の外にだしているため、ここに、アミロイドベータが集まってしまいます。アミロイドベータ が結合したEphB2蛋白は、壊れてしまいます。遺伝子改変動物(hAppマウス)では、アミロイドベータ が増えているため、EphB2蛋白量が減少し、リン酸化も減少しています。その結果、受容体からの情報が伝わらなくなってしまうのです。アミロイドベータは、EphB2蛋白の細胞外部分に突き出したフィブロネクチンに結合します。
 
正常なEphB2蛋白は、受容体を細胞表面に集めることができます。EphB2蛋白が減少すると、NMDA受容体として機能せず、シナプスの伝導は低下し、細胞間のネットワークは低下してしまいます。
 
遺伝子改変動物(hAppマウス)では、アミロイドベータが、脳の歯状回で増加し、EphB2蛋白が作らなくなっています。その結果、hAppマウスは、記憶の保持ができないマウスになります。マウスは、泳がせる実験を繰り返しても、隠された水中ステップにすばやく到達することができないのです。
 
今回のネーチャー論文では、EphB2蛋白が、マウスの記憶を回復させることができるかどうかの実験にチャレンジしています。
 
遺伝子改変動物(hAppマウス)に、再度、EphB2蛋白を作らせる遺伝子導入したウイルスを脳内歯状回に注入しています。するとその結果、EphB2蛋白の増加したマウスでは、脳内に挿入した電極で測定したところ、シナプス電位も長く続くようになりました。記憶が低下したマウスの記憶を回復させることができました。EphB2蛋白が回復したマウスは、水中ステップに早く到達できるようになったのです。
 
将来的には、EphB2蛋白の増強させる薬の開発などが進み、治療により、人のアルツハイマー病の記憶改善につながる可能性があります。あるいは、アミロイドベータ がEphB2蛋白の外側部分に結合するのを阻止する物質の開発なども、考えられます。但し、他の脳細胞への影響など、高次機能脳の治療には、慎重を要します。

NMDA型グルタミン酸受容体は、グルタミン酸受容体の一種。記憶や学習、また脳虚血などに関わる受容体
私のブログでは、脳科学の最新の研究のさわりを紹介しています。
 
人の意識とは何か?なぜ心の病気は起こるのか? この問題は、将来、画期的に解明されるという可能性より、ジグソーパズルのように、少しづつわかっていくのではないでしょうか?比較的早期に、中核となる絵を完成できたとしても、ジグソーパズルの辺縁の似たような色の部分は、ピースの置き場がわからないという状態になりそうな気がします。残念ながら、臨床レベルの脳科学は、まだ、中心部分の絵についても、ピースの場所はわからないという状態でしょう。
 
脳科学は、1900年初頭の近代医学の始まりから、たえまなく研究が続けられてきました。そして、多くの論争を生んできました。そして、100年たって、ここまできました。
 
初期の脳科学は、多くの他の医学分野同様に、解剖学の視点から機能解明が進みました。密にネット状に組み込まれた神経細胞を分類することは、当時の研究者には困難なことでした。しかし、人の努力が続くことにより、1913年には、Cajalと言う人が、神経細胞には、第一成分(ニューロン)、第二成分(アストロサイト、グリア細胞の1種)、第三成分(小円形細胞)に、脳内の神経細胞をわけることができました。
 
それから6年後、Rio-Hortegaは、小円形細胞の一部は、第二成分に属する事を示しました。小円形細胞に分類されたオリゴデンロサイトは、アストロサイト付近に出現することから、第二成分と同じ仲間であることが示されました。そして、彼は、小円形細胞は、ニューロンとは起源を別にする細胞であることを発見しました。それは、他の神経細胞が外肺葉から出てくるのとは異なり、中胚葉系の血液細胞から出ていると主張しました。実は、1899年には、脳の中には、他の臓器と同様に、元々存在しているわけではなく、何かイベント時に限定して増加する細胞の存在がすでに指摘されていました。
 
図に、これらの起源をことにする神経細胞を書きました。
 
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下の三つの薄い黄色の3種は、マクロ(大)グリアと呼ばれ、左からオリゴデンロサイト、アストロサイト、ポリデンロサイトと呼ばれます。オリゴは少ない、ポリは多いという意味です。これらの細胞は、ニューロン(水色)と同じ仲間です。つまり、神経外肺葉という組織から、分化してくる細胞です。左に示した赤の小グリアは、中肺葉系の血液細胞から生じてきます。
 
現在、脳の細胞は、図に示したように、外肺葉系の神経上皮から生じてくる神経細胞(水色のニューロン、黄色のデンロサイトとアストロサイト)と、血液細胞(赤)から生じていくる小グリアに、分類されています。実は、これがきまるまでが大変でした。
 
 
Rio-Hortegaは、小グリアが血液細胞から生じることを、当時の技術で発見したのですが、その後の脳科学の進歩により、彼の説は否定されてしまいます。そして1990年まで、小グリアの起源に関して、神経細胞系(外胚葉)か?血液細胞系(中胚葉)か?で、議論が続きました。神経細胞系の小グリア様細胞は、多くが死滅してしまうのです。それが、この起源論争を難しくした原因でした。
 
血液細胞系のマーカーの一部(Pu.1)を欠くマウスでは、小グリア細胞が生じてこないことなどから、小グリアは、血液細胞系起源であることがわかりました。この小グリア細胞は、グリア細胞としては働きながら、時には白血球のように、食細胞となることができるのです。
病原菌やウイルスが脳内に侵入すれば、白血球は、それらと闘わなければなりません。
 
他の細胞の脳の恒常性を維持するために必要であるのに対し、脳を機能させる中心の細胞は、なんといってもニューロンです。生下時までにニューロンが作られ、その後に成長と共に完成するニューロンのネットワーク構築が大事なわけです。
 
成長発育の時点で生じる、大きなイベントは、ネットワーク構築に大きな影響があります。思春期に戦争を経験した世代は、メンタルが強いとか、そうした影響が出てくるようです。
 
成長と共に神経軸のネットワークが効率よく成長し、最後の、思春期で、抑制系ネットワークが完成すると考えられます。抑制系の完成が不十分であると、統合失調症でみられる陽性症状(不穏、幻聴など)につながると考えられます。
 
不安発作も、ネットワークで抑制系が機能して、不安を抑えます。そして、ネットワークの再構築は可能なわけですから、魔法のようなことはなくても、少しづつ改善させていくことはできるわけです。
海馬も扁桃体も近い部分ですが、いずれも、脳の比較的古い部分に存在しています。ウキペディアには、アーモンド型の扁桃体内部の、細かい神経核部分が、きれいに図示されています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%81%E6%A1%83%E4%BD%93
 
人も動物も、恐怖を感じると、大脳辺縁系の神経核から繊維を送っている脳幹の循環器・呼吸器の制御部位が興奮し(恐怖対抗モード)、さらに顔面神経や三叉神経を介して、顔に恐怖の表情が現れます。
 
BLA(前回ブログ参照)には、グルタミン作動性神経が9割位に存在し、一方、CeA(CeM及びCeL)には、抑制性のGABA作動性神経が中心です。CeMで恐怖を感じると、その刺激は脳幹に伝わります。CeMからの刺激は、CeLにも伝わり、ここから、不安を抑える刺激が生じて、不安は軽減されると考えられています。今回の研究から示されたように、GABA神経は、恐怖をおさえる方向だけに働くとは、簡単には言えないようです。
 
光受容体の導入により、脳内光源を光らせて、神経細胞を刺激する方法が開発されました。微小光源は、レンズの角度をかえることにより、焦点を限定して光をあてることができるようなので、細胞体にあてたたり、その長い軸先が到達した先のシナプスに限定的に光をあてて、興奮させることができます。
 
BLAからのシナプスがCeLニューロンに抑制の信号をだしています。CeMは、脳幹に神経突起をつなげていますが、CeMに光があたった時には、興奮しますが、同じCeMニューロンは、自らの繊維をのばしている先のCeLに光があたると、抑制性に働きます。このように、3箇所で、相互に抑制が働きます。
 
マウスでは、手綱外側核(lateral habenula、LHbと略)にある神経細胞で、神経突起を腹側被蓋野(ventral tegmental area、VTAと略)に、投影する細胞が興奮すると、不安が起きました。単に、伝達物質が足りないとか、過剰とかの問題でなく、特定神経細胞の興奮すると、不安と関係することがわかります。
 
今の精神医学の治療は、患者に対する医師の細かい観察眼と経験に頼っており、職人芸と言った感じです。しかし、医師の考えはばらつきが起きます。今後の脳科学の進歩により、医師の経験が、理論的に裏付けられ、特異的な薬の開発につながれば良いと思います。医師や薬への不信感が少なくなって欲しいです。
 
エストロゲンが、女性の不安を解消するという実験成果も、卵巣を除去したメスのげっ歯類に、エストロゲンを投与したら、元気になったとの実験結果から、エストロゲン神話につながりました。実際には、更年期うつに対して、エストロゲンの治療効果は不十分で、その理由がわからないと言われてきましたが、動物実験とは違うのは当然です。エストロゲンは、核内転写物質以外に、神経伝達物質として働くことを考えると、この多機能物質(エストロゲン)が、女性の心を鎮静に導く物質とは考えにくいです。
ある特定の細胞の遺伝子に、蛍光を発する蛋白物質をコードする情報を組み込み、蛍光が光る条件にすれば、その細胞内で、蛍光を発する蛋白物質を光らせることができます。
 
同様に、ある特定の細胞に、遺伝子的手法を用いて光を感じる受容体を埋め込めば、動物の体内に光を感じて反応する細胞をつくることができます。そして、体内に埋め込んだ微小光源から光をあてると、その細胞は、興奮して発火します。この手法を、脳の神経細胞などに用いて、神経細胞を、光刺激で反応させることができます。そして、その神経細胞(ニューロン)の性質が、興奮性か?抑制性か?を、知ることができます。
 
脳では、神経細胞同士がそれぞれに、神経突起を縦横無尽に突き出していて、密にからみあい、シナップスを形成しています。そのため、それぞれの細胞別に、働きを調べることが難しかったわけです。電極刺激などでは、その場所の神経細胞が、全部、刺激されてしまい、抑制性とか、興奮性が混合した結果しか、評価することができませんでした。
 
さらに、神経細胞は、核のある細胞体と、それが突起をのばした先の場所で果たす働きは同じとは限りません。シナップスにおける神経伝達物質が変わると、興奮か?抑制か?の役割は変わります。
 
光遺伝子を利用した研究の進歩が進んでいます。この手技は、光受容体遺伝子を細胞に埋め込みます。神経細胞の役割を研究する時、ターゲットにする細胞に、光受容体遺伝子を埋め込みます。そして、光を当てると、光受容体遺伝子を持つ細胞のみが興奮します。神経細胞は、増強か、抑制かの働きを持つので、興奮性か?あるいは抑制性を知ることができます。働きの異なる神経細胞を、個々に検討することができます。
 
脳の異なる場所に、光をあてて、脳のどの部分の細胞が、どのような働きをしているのかを見ることができます。
脳内扁桃体において、この光遺伝子の手技を用いて、興奮性と抑制性の神経細胞の相互作用を調べた成績が、ネイチャー2011年、3月11日にありました。
 
脳内扁桃体では、不安を起こす細胞と、それを抑える細胞が、相互に存在し、シナップスを形成して、不安感情をコントロールしています。つまり、同じ場所で、同じ様な細胞が、別々の作業をしているのですから、それを解き明かそうとする人間の努力は、大変なわけです。
 
マウスの扁桃体には、中央核CeA (外側中央核CeL、正中中央核CeM) と、外側核BLAある、それぞれのニューロン同志が、相手の細胞の興奮を牽制しあっています。扁桃体におけるニューロンの興奮は、不安の増強につながりますので、別のニューロンからの抑制性のシナップス結合が働き、不安が異常に高まらないようにしくまれています。図を参考にしてください。図には、3か所の部位と。そこにあるニューロンの相互のシナップス結合が書かれています。実際の細胞の大きさはもっと、小さいです。
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今回は、マウス脳内に、光刺激に反応する神経細胞をつくり、CeM(図では赤)、CeL(図では黒)、BLA(図では青)のそれぞれ異なる海馬の部分に光を当てて、そこに存在するピラミダール細胞(ニューロン)が、他の扁桃体部位にどのような影響を与えるかを調べました。
 
BLAにあるニューロンの細胞体を光で刺激すると、その刺激は、マウスの不安行動を増強しました。しかしBLAからCeLに神経突起を伸ばしてシナプスをつくっている場合、このシナプス部分に光を当てると、マウスの不安が抑えられました。その理由は、シナプスが、CeLの細胞に抑制性のシグナルを送っていたからです。CeMに光をあてると、この部分のニューロンが興奮しますが、その結果、抑制性の神経刺激が起こり、この場合も、マウスの不安状態が改善しました。
 
とても、複雑な実験系ですが、それぞれ異なる役割を、各ニューロンが担っているということがわかりました。
 
この研究から、個々のニューロンのシナップスレベルで、その機能を解明しない限り、脳内のニューロンの発火も、鎮静も、評価できないことがわかってきました。この領域での、さらなる進歩が必要です。
 
人の脳において、うまく機能しなくなってしまった場合、異常は、どのレベルで起きているのか?どこの場所にあるどの種類の細胞か?どこへの投影しているのか、シナプス伝達物質はどうか?などが、大事な情報になるでしょう。
 
個々の人で異なる異常部位を知ることができれば、そこを選択的に改善させることができます。脳科学の進歩は、個々の人の脳内環境の異常に応じた、副作用のない薬の開発につながることになるでしょう。