オエップ君の親指ゲーム
ブログネタ:この遊び、なんて言う?
参加中「いっせ~の」とか言われるゲームですが、
ネスカフェ・ドルチェグスト
ブログネタ:おうちコーヒー、インスタント派?ドリップ派?
参加中年末に日本橋電器街に行ったらキャンペーンのお姉ちゃんが
「よかったらコーヒー淹れますから飲んでいってください」って。
ちょうど寒かったから、エスプレッソをお願いした。
ネスカフェ・ドルチェグスト
というコーヒーメーカーのキャンペーンだった。
少しヴァカっぽいお姉ちゃんで、トークもヘタだ。
でも、機械の扱いは簡単そう。
それに……コーヒーがおいしかった!
クレマが立って、写真のよう。
値段もそんなに高いわけじゃない。
キャンペーンで特に安くしてるって、
今日買えば、コーヒーもサービスで2箱もつけるって、
「うーん、悪くないな」
誰でも簡単にっていう説得力もあるな。
でも、衝動買い癖のあるぼくは、
必死にがまんした。
だって、ウチにはデロンギがあるじゃん。
普通のコーヒーメーカーもある。
コーヒーメーカーだらけになっちゃうよ。
でも、それからずっと欲しいと思い続けてる。
インスタントにも負けない簡単さ、
普通のコーヒーメーカーに出せないおいしさ。
ぼくはぜったいドリップ派ですね。
まだこの「ブログネタ すんものおへや」のシステムが
よくわかってません。ただお題が出題されてるだけ?
わからないまま、これが2回めの参加です。
普天間のことを考える
橋下知事に追随する気はないが、
ぼくも普天間は大阪に来たらいいと思う。
それも、関空でなくて、伊丹に。
伊丹は自衛隊と米軍のみ。
民間は関空に集約。
思いやり予算で、大阪の経済もうるおう。
伊丹の地元にAサインバーが並ぶ。
そもそも日本に米軍なんて要らない。
だからって沖縄にだけ押し付けるのは
ぜったいにまちがい。
大阪にも国防の責任感と自覚が必要。
これがほんとの「イタミ分け」や!
って、けっこうマジに考えてる。
著作権について考える
著作権にうるさい国は、第一にフランスだそうだ。
次がアメリカだろう。
中国は著作権なんて発想は通用しない。
だって、「昔から中国の発明も漢字も漢訳仏典も、どんどんコピーさせてきたじゃないか」というぐらいに思っているのだろう。
それは、そのとおりだ。
著作権にうるさい企業は、第一にウォルト・ディズニー社。自分ではジャングル大帝をパクって「ライオンキング」なんて作っておきながら、他人には厳しい。
「ジャングル大帝」より
「ライオンキング」より
日本では姉妹社が著作権にうるさい。
サザエボンのときは大阪の十三(じゅうそう)で手作りで販売されてたときに、赤塚不二夫はそのパロディ性を認めたのに対し、姉妹社は厳重に抗議したそうだ。
サザエボン
(のちに韓国の工場でサザエボンだけでなく鉄腕波平などが大量生産されるにいたり、裁判所も動いて製造中止となった。)
鉄腕波平
安室波平
しかし、いったい何がパクリで何がオマージュなんだろう。
アニメ「らき☆すた」で「さあ始まるざますよ、いくでがんす、フンガーフンガー」と言っているのが「怪物くん」opのオマージュであることを知らないままに、さらにそれをパクっている作品(「生徒会の一存」)もある。
「らき☆すた」
「怪物くん」
日本古来の「本歌取り」は、パクリとは言われない。本歌とは別の世界を展開するからだというが、本歌がなければなりたたないのには違いない。
ラテン文学の最高峰とされるウェルギリウスも、わがグロントヴィ師に瓢窃の文学と言われるほど、ホメロスのパクリだ。
ウェルギリウス
画家の修行も模写からはじまる。
オマージュやパクリを積み重ねて、ときにまた新たなオリジナルが生まれるのだ。
偉大な創作者に対して敬意を払い、著作権が保護されねばならないのはわかる。しかし、創作者の死後50年も70年も保護するというのは、行き過ぎである。しかも、最近の創作者は創作活動をやめてからも、なかなか死なない。ドラマや映画の著作物については、著作権、人格権、公表権それぞれに保護期間の解釈は複雑きわまりない。作品の公表後70年なのか、チャップリンの死後50年なのかは去年も問題になっていた。
世の中はアメリカの押しつけるグローバルスタンダードとして保護期間の延長に向かいつつある。日本もアニメなどの著作権をはじめとして、科学技術などの知的所有権を守るべく、それに同調しているところだ。
ぼくは、どうも完全に賛成とは言い切れない気持ちでいる。
長々と書いてすみません。よろしければペタお願いします。
世の中に絶えて桜のなかりせば……
京阪に御殿山という駅があります。
その名の通り、「御殿」のあった「山」なのでしょう。
今、その山の上には、神社があります。
まわりは坂だらけ。
昔、昔は淀川の水際は、この山のふもとまで来ていたらしく、
この山の北側のふもとの地名が「渚」です。
そこに、惟喬(これたか)親王の狩猟用の別荘がありました。
その別荘の名を「渚の院」といいました。
その跡地は、後にお寺になっていたのですが、
今は、そのお寺もなくなり……
いくつかの石碑がありますが、
お寺の名残の釣鐘にわずかに「渚院」という文字が読めます。
今は冬枯れで、葉を落としているこの木は、たぶん桜でしょう。
まだ植えてから2・3年でしょうか。
この「渚の院」で、惟喬親王の親友、在原業平が詠んだ歌が、
かの有名な
「世の中に絶えて桜のなかりせば
春の心はのどけからまし」
です。日本人は桜が大好きで、好きすぎて、好きすぎて、
「桜のせいで、春はのどかじゃないんだよ~」
と詠んだのですね。
咲くとともに、すぐに散ってしまう桜の花、
在原業平は、桜の花に惟喬親王の身の上を重ねていました。
かの『伊勢物語』82段の話です。
ぼくが、ずいぶん前にここを訪れたときには、
桜も植えてありませんでした。
まったく「絶えて桜のなかりせば」状態だったのです。
桜の季節にはまだまだ早い今日、
やっぱり桜のない「渚の院」でした。
いやあ、それにしても寒かった。やっぱり春でないとね。
在原業平たちの70~80年後でしょうか、
ここを通ったときのことを紀貫之が『土佐ブログ』に書いていますね。














