「ノルウェイの森」
先週の土曜日、
映画「ノルウェイの森」を観てきました。
小説ももちろんヒットした1987年に読んだのですが、
日本文学の伝統である「私小説」の域をでない
凡庸な作品というのが、読後感でした。
そのため、映画も内容は期待していませんでした。
彼女?みたいな女性を通じて、
学園紛争にも関わっていくというのは、
「いちご白書」という古い映画でしたが、
こちら「ノルウェイの森」では、
主人公ワタナベ君は、右翼的な学生寮に住み、
時はまさしく70年安保の闘争のまっさい中、
でもそれら政治的な時代背景は、
単なる背景に過ぎず、
ワタナベ君は何らの関わりも持ちません。
ぼくが早稲田に在学した80年代前半には、
まだ学内はタテ看だらけで、
中にはトロ字(左翼フォント)で、
大書されたものもしばしばでした。
まだ学園紛争のキズ跡は、
完全に払拭されてはいませんでした。
ぼく自身、学生時代、ガクランを着て、
革マルに反対していただけに、
学園紛争のころの早稲田の雰囲気が
どのくらい描き出されているかが、
ぼくの興味をひいたところでした。
さて、映画の感想を率直に言うと、
原作どおりのガッカリものでした。
まぁ原作に忠実だからこそ当然ですが、
時代背景は人生観に何も影響なく、
ただのポルノ映画まがい。
リビドーだけに生きる登場人物だらけ。
美術さんががんばっているという点でしょう。
喫茶店などの室内の装飾やペンダントライトなど、
チープな当時のカラーがよく配されています。
デジタル時計が回転板式の表示なのも、
東京の彼女「緑」の家に釣忍(つりしのぶ)が
吊られているのも、
黒電話の受話器に芳香剤がついているのも、
タクシーが2km100円と表示されているのも、
ちょっとワザとらしいといえばいえなくもないですが、
まぁ、よく集めたなあという調度品の数々です。
ツメの甘いところが目に付きます。
学生寮の公衆電話が赤電話で、
病院の公衆電話がピンク電話になってた点です。
「緑」が大学病院から学生寮のワタナべ君に
父の死を知らせる電話をかけた場面ですが、
実際には赤電話あてには電話が掛けられません。
逆にピンク電話なら番号もあって掛けられます。
でも、病院の電話がピンクというのも変です。
青いヘルメットをかぶっていましたが、
青ヘルは革労協(青虫)で、
早稲田を牛耳っていた革マルの敵対勢力です。
革マルは白ヘルに「Z」の黒文字です。
学内にもいろいろなセクトがあったのかも
知れませんが、革マルをあえてださなかったのか、
そのへんが不自然にも見えてしまいます。
まぁこのへんは主人公の生き方には
なんら影響をしていないので問題はないのですが、
社会が人生に影響をしていないということこそが、
この作品の弱点であると思うのです。
あと、直子の入院する「阿美寮」の景色は、
どう考えても、鞍馬の山奥や
周山街道付近らしい景色ではなく、
そこが京都であるという設定も
なんら意味をもちません。
原作からして、別に京都でなくて、
兵庫県の砥峰(とのみね)高原(上写真)であっても、
なんら差し支えはないようなものです。
世界で村上春樹氏が人気があるというのは、
日本文学的な「私小説」の伝統が、
世界的には珍しい存在だからでしょうか。
個人の内面を剔抉すると言えば、
聞こえはいいのですが、
実際はグジグジと思い悩む、
情けない男の独白にすぎないように思います。
時にはそれが
読者の共感を得ることもあるかも知れませんが、
社会性や思想性が低いのは当然です。
世界的には文学とはもっと壮大なもののほうが
歴史的主流であると思います。
しかし、主流でないからこそ、
世界的に評価されているのだと言えます。
もしも村上春樹氏がノーベル賞を受賞していたら、
今回の映画も、爆発的なヒットをしたことでしょう。
景気浮揚の一助にもなったのにと思います。
経済効果はいざ知らず、
純粋に文学的見地からすれば、
少なくとも「ノルウェイの森」に関して言えば、
村上春樹氏のいうコミットメントも程遠く、
ただのエロ小説でしかありません。
ノーベル文学賞が正しいとも思いませんが、
あんな小説を書いている作家が
ノーベル賞をとるべきではないと思います。
もう一度、結論だけ簡単に言います。
映画「ノルウェイの森」は原作に忠実で、
予想に違わずくだらない作品でした。
ビートルズの"Norwegian wood"を、「ノルウェーの森」と訳したのは、
とんでもない誤訳であることは、訳者の倉本美津留氏自身が認めています。
主人公ワタナベ君のいた右翼的学生寮というのは和敬塾がモデルです。
また村上春樹氏はギリシアのミコノス島でこの「ノルウェイの森」を
書いたと言っていますが、筆者はミコノス・タウンにある「ソマス・バー」という
小さなお店に通っていたと、バーの店主ソマスが教えてくれました。
長々と文章ばかりのつまらないブログになってしまいました。
これも原作者のせいであります。
うれしいルシアの日
聖女ルシアの日です。
もともとスウェーデンのお祭りだったものが、
デンマークでも同じように
お祝いするようになってきました。
古くは、やはり冬至祭だったと思われます。
クリスマス12月25日は冬至に限りなく近いのですが、
冬至に先立つこと10日ほど。
この日を迎えると、
いよいよクリスマス(冬至)も間近という気持ちに。
まぁ、クリスマスの前祝いみたいな感じでしょうか。
北欧の暗い冬を、楽しく彩ってくれる
大切なお祭りのひとつになっています。
聖女ルシアについての解説は、
いろいろな人が書いているので
ここでは省略いたします。
お盆の上に目玉を載せているのが特徴です。
お祭りの日には、
聖女ルシアに扮した若い女性が、
たくさんのお供の女性をつれて、
歌を歌いながら行進します。
聖女ルシアは頭に、
火のついた本物のロウソクが
ならんだ冠をかぶっています。
(八墓村を思い出す日本人も多いです)
それにしても
「本物のロウソクなんて大丈夫?」
と思うのですが、
北欧ではロウソクは日常生活でよく使います。
わが家でも夜はたいていロウソクを灯していました。
それだけにロウソクの質は非常にすぐれています。
ダラダラと溶けたロウが流れ落ちているのは、
とってもダメなロウソクです。
いいロウソクは溶けたロウが流れ出ることはなく、
キレイに灯りつづけます。
とにかく顔にロウが流れてくるなんてことはありません。
デンマークでは驚くことに、
クリスマス・ツリーにも、
本物のロウソクを灯すことがあります。
これって、火事にならないか心配なんですけどネ。
話を戻します。
このルシア祭のときに歌われる歌が、
「サンタルチア」です。
デンマーク語の歌詞と日本語訳をつけた
動画をyoutubeにアップしておきました。
youtubeを開くのがめんどうな方のために、
歌詞と訳を載せておきます。
Nu bæres lyset frem さあともしびをかかげて
stolt på din krone 堂々とあなたの冠に
rundt om i hus og hjem 家じゅうに
sangen skal tone うたごえはひびくでしょう
Her ved vor ønskefest 待ちに待ったお祭りよ
sangen skal klinge 歌はひびきわたり
gaver til hver en gæst 贈り物をどのお客さまにも
glad vil du bringe 幸せを届けましょう
nu på Lucia-dag 今日はルシアの日
hilser vort vennelag おともだちにあいさつを
Santa Lucia, Santa Lucia 聖ルシア! 聖ルシア!
skænk os af lykkens væld 幸多き富をもたらしますように
lige til livets kvæld 命の前夜ももうすぐ
Santa Lucia, Santa Lucia 聖ルシア! 聖ルシア!
(日本語訳:skip)
もとの曲はイタリア語だと思います。
こちらの歌詞と意味は次のとおり。
Sul mare luccica, l'astro d'argento
輝く海 輝く星空
Placida e` l'onda prospero il vento
波は穏やかに、風は軽やかに
Venite all'agile barchetta mia
私の小舟よ 軽快に進め
Santa Lucia! Santa Lucia!
聖ルチア! 聖ルチア!
(h ttp://www.worldfolksong.com/songbook/others/santalucia.htmより)
目をえぐられた聖女ルシアは、
光を失った象徴でしょう。
それでも彼女は信仰の中に
光を見出していったのです。
長くて暗い北欧の冬で、
信仰の中に光を求めるお祭り、
ルシア祭は、明日です。
娘のいる家庭では、ルシア祭の朝は
娘が父親を起こしにいくとか、
娘が父親にコーヒーをサーブするとか、
聞いたこともあります。
このブログを読んでくださった
みなさまにもいい聖日でありますように。
また臨時休刊 (付録海老さま復活公演)
昨日から準備しようとしていた
記事があるのですが、
動画の編集が、
なぜかうまくいきません。
コンピュータを変えたり、
もう一度やりなおしてみたり
いろいろしたのですが、
原因不明で途中で止まってしまいます。
最後は「方違えor物忌み」でもするかと、
一日待ってみましたが、
それでも変わりません。
どうやら、craving explorerで現在、
youtubeのダウンロードに支障があるようで、
原因はyoutubeの仕様変更らしいのですが、
どうしようもありません。
一度DVDに焼いて、
それをまたwmvに変換しなおしたら、
と思って挑戦していますが、
まだまだ時間がかかりそうです。
うまくいく保証も確証もありません。
というわけで、
本日、skip記者、入稿できませんでした。
読者のみなさま、どうもすみませんでした。
おわびといっちゃなんですが、
このあいだから考えてる
くだらないことを一つ。
海老さまの復活公演には、ぜひ
「世話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」
通称、「切られ与三(よさ)」がいいですね。
有名な名ゼリフ、
「女将さんへ、ご新造さんへ、
いやさ、お富、久しぶりだなぁ~」って、
そりゃ、久しぶりや、復活公演やからってネ。
つづく名ゼリフ、
「しがねえ恋の情けがアダ、
命の綱の切れたのを、
どう取り留めてか西麻布から…」
ちょっとアレンジも入れたりしてネ。
あと、夏には大阪でぜひ
「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」を。
暑い夏の大阪で、
泥まみれになって、
血まみれになって、
人ごみにもまれていく…
そんな修羅場が見どころです。
十八番ではないが、
成田屋の得意とする演目でしょう。
ぜひ海老さまにまた演っていただきたい。
こんなこと書いてたら、
歌舞伎をバカしなさんなと、
お師匠さまにおこられちゃいまス。
いつものように大した内容ではないので、
よけいに申し訳ないのですが、
ちょうど今の季節の北欧のお祭り、
ルシア祭についての記事になる予定です。
レゴ・マンがいたずら電話?
日本でももっと流行るかなと思いきや、
意外とあまり知られていない
Annoying Orange"ですが、
その作者Daneboe氏のいたずら電話で、
次のような動画があります。
米語字幕つきですので、
わかりやすいと思いますが、
こまかなニュアンスを訳出するのが
面白いと思って、
あとに日本語訳を載せてみました。
これは2009年2月20日にした、
本当のいたずら電話です。
レゴ・マンの声:デーンボー氏
■はい、○○建設のリチャードです。
ご用件をどうぞ。
△やあ、リチャード。
新聞で求人広告を見たもんだから、電話してるんですが。
■かしこまりました。
私どものウェブサイトはご覧になりましたか?
△いーえ。
■私どものウェブサイトでは、
実際どのような職にお申し込みになれるか確認できますが。
△あぁ、いや、いや。
それはできません。
コンピュータは使えないんです、指がないもんで。
■えっ、それで。あのー。
△ええ、指がないんです。
っていうか、カギつめみたいなの。
キーボードも打てないし、
マウスやそんな感じのもの使えないんですよね。
■了解いたしました。えーっと、
どのような職につきたいとお考えですか?
△わかりません。
建設にかかわる仕事ならなんでも。
■建設ですか?
△そうです、
ぼくはものを作りあげるのがホントに上手なんです。
■では、どんなものを建設されましたか?
△あぁ、いろいろです。
ぼくの乗ってる車も作ったし、
帝国の旗艦も作ったし、
宇宙輸送システムのモノレールも、
とにかくいっぱい。
■それらは、あなたが関わったお仕事なんですね。
△そうそう、ぼくが作ったの。
■はぁ、作ったとおっしゃるのはどういうことでしょうか。
デザインなさったのか、それともエンジニアなのか。
△いーえ、組立説明書があるもの。
■あの、もしもし?
△いや、組立説明書ですよ。
■あぁ、青焼き図面ですね。
図面が読めるのですね。
△いやいや、白いですよ。絵も載ってます。
■それでは、あなたは何をなさったのですか?
もちろんあなたが、そう、そのぅ、
なんだか障ガイみたいなものをお持ちのようですが。
△え? 何、何だって?
■あなたの、手がなんとかおっしゃっていた。
△あぁ、カギつめのことね。
■手が無いようでいらっしゃって…。
△それが何か?
■(※言葉にならない)
ホラ、私どもの仕事には
肉体的なことがとても要求されますので。
△あぁ、でもぼくはうまくつかめるんだ。
なんでもぼくの手にピッタリだよ。
なんていうか、魔法みたいだよ。
■わかりました。あのぅ。
私どもの雇用機会が平等であることは
ご理解いただきたいのですが、
でも、そのぅ…。
△共済関係はどうなってますか?
■健康保険もそろってます、
歯科保健もあります。
きちんとしたヴィジョンもありますし…
確定拠出年金もあります。
△ブロック補償だけど、
ブロック補償はどうなってます?
■煉瓦補償とおっしゃいましたか?
△そうです。
■あなたのおっしゃっていることが、わからないのですが。
△おやおや、そんなに難しくないんだけどな。
ブロック塀を作ったりしてて、ぜんぶ崩れてきたりしたとき、
そのへん、ちゃんとなってるかって知りたいだけなんですヨ。
■(※フンヅマリの状態)
私どもの仕事では煉瓦は、ほとんど使わないんですが。
△ええ? 使わないの、あらら。
■そうです。私どもは商業ビルを手がけております。
高層建築になります。
だれも煉瓦積みで建てたりはしません。
△ブロックを使わないんですか?
■煉瓦ですね。
△ブロックなしでは何にもできないじゃない!
家だって、車だって、船だって、
ヘリコプターも飛行機もスペースシャトルも…
そうだろ!
■申し訳ありませんが、私どもは煉瓦は使いません。
△あぁ、わかったよ。
どこかブロックを使うところを、よそで探してみるよ。
■ハイ、お電話ありがとうございました。
△そうやってレンガで塞ぎ続けてるといいんだ!
■何だって?!
(以上、スキップ訳)
レゴ・マンの挨拶として、
「レゴし続けようね!」と
訳してもいいんですが、
brickには「窓などをレンガで塞ぐ」
つまり「閉じこめる・閉じこもる」という
意味もありますので、
そのダブル・ミーニングがこの
面白みとなっています
ご覧になってください。
腹がたって、おもしろくて、
そして、かわいいです。
もしも作者のデーンボー氏が本名なら、
その名前から、
デンマーク系アメリカ人に違いないと
ぼくは考えています。
臨時休刊です。
今日は、ちょっと忙しくて、時間がなく、
とうとうもう日にちが変わります。
考えていたネタはあったのですが、
今日はちょっと作業する余裕がありません。
どうしてもムリです。
いつも、わざわざご訪問いただいているみなさま、
今回はごめんなさい。
かといって、次回は爆笑ネタを用意できる
わけでもありませんが。
これに懲りず、またお気軽にご訪問ください。
12月…年末は何かと慌しくなりますね。
あだ名って他人が勝手につけるもの
ブログネタ:まわりの面白あだ名の人
参加中ちょっと忙しくしているので、
「面白あだ名の人」というお題で、
ちょっと書いてしまいます。
ぼくの弟の高校時代の友達のことです。
ある友人が、別の子のことを、
子供っぽいといって馬鹿にしてました。
「おまえはガキやな。
おまえまだケツ青いやろ。
お前なんかケツ青や。
ケツ青、ケツ青!」
その子のことを見るたびに、
「ケツ青、ケツ青」
と呼んでは馬鹿にしていました。
それで…、
その馬鹿にしていた本人に
ついたあだ名が「ケツアオ」。
自分にはね返ってくるという
教訓みたいなお話です。
ぼくの弟の高校時代のクラスメイトに、
ヒツジ顔の女の子がいました。
それで…、
ついたあだ名が「メリーさん」。
でも、よく考えたら、
メリーさんはひつじじゃないんですよね。
ひつじを飼ってる女の子なだけです。
ぼくの弟の高校時代のクラスメイトに、
ニコちゃん大王に似た女の子がいました。
それで…、
ついたあだ名が「おしり」。
これはさすがにひどすぎるので、
男子同士がクラスの女の子の話をする時に
こっそり使ってただけなようでした。
結局、陰口や悪口から始まるものが多いのかな。
以前ぼくの所属していたサンバチームに、
「ハクサイさん」というスルド奏者がいました。
彼も若いときに、
「キャベツ買ってこい」といわれて、
間違えて白菜を買ってきたのが、
その名の始まり。
失敗談からのあだ名でした。
高野山金剛峰寺蓮花院
大学時代の友人が、
熊野古道を歩いたあと、
高野山に歩いて登りたい
ということなので、
(高野山の部分だけ)
同行することにした。
現在は、南海高野線の
九度山(くどやま)駅を起点とする
コースが一般的であるが、
ぼくたちはこのひとつ手前の駅、
学文路(かむろ)から
歩くことにした。
幼い石童丸(いしどうまる)が母親と離れて
ひとりで高野山をめざしたのが、
この学文路からである。
(石童丸の話は有名だし長くなるのでここでは割愛します)
ここには人魚のミイラがあるという。
ところが、残念なことに
このとき人魚は外出中。
拝見することはできなかった。
九度山までの道で、
道行く車のおばさんが、
「私たちも高野山にお参りに行きます」
と言って、
ぼくたちにペットボトルのお茶を
手渡してくれた。
九度山の慈尊院からは
町石道(ちょういしみち)と呼ばれる
コースを辿る。
世界文化遺産にも指定され、
わりにたくさんの人が登るので、
整備された歩きやすい道だろうと
ハイキング気分で、
完全になめていた。
前夜2時までワインを飲んでた身には
とてもつらい。
「ごめんなさい高野山」
と思いながら歩いた。
いきなり、急な坂道が続き、
ベンチも水が補給できる場所もない。
持ってきた柿の葉ずしを二ツ鳥居で食べて、
やっと身体も、復調のもよう。
そこから始まる下りでスピードアップして、
けっこういいペースで歩いていったのだが、
二ツ鳥居で一緒になったカナダ人には
途中で追い越されてしまった。
この夜お世話になったのは蓮花院。
徳川家の菩提寺として、
江戸時代には高野山でも最大の勢力を
ほこった由緒ただしい塔頭である。
実はこちらのご住職は、
大学の先輩で、元NHK職員でもある。
ぼくは以前から少々お付き合いがあった。
テレビ界からの転身もめずらしいが、
今は大僧正という最高位階になられている。
泊めていただいたのは、
いちばん奥にある「将軍の間」。
徳川将軍の高野山参詣の際に、
宿泊していた部屋である。
そんな文化財の部屋を使っていいのかと
いうような気もしながら、
お風呂のあとの楽しみが精進料理。
その精進料理をいただいたのは、
「将軍謁見の間」。
正確には謁見の間は三部屋あり、
こちらはその一番奥にあたる
将軍の座のある部屋である。
「一滴の水にも天地の恵みが
こもっています。
一粒の米にも多くの人の力が
加わっています。
ありがたくいただきます」
と唱えて、合掌。
最初にお吸い物をふくんだ瞬間、
ぼくと友人は、思わずうなった。
「めちゃくちゃうまい!」
魚肉も使えないので、かつおだしではない。
甘みのある塩を使っているのだろうが、
しょっぱいだけでなく、
とにかくうまいのだ。
登山で汗をかいて、
体がミネラルを要求していたのだろうか。
膾も高野豆腐も
ごまどうふも
てんぷらも
豆乳の豆腐なべも
みんな、本当においしい!
もちろん、今夜はアルコールも抜き。
自然に感謝の気持ちがこみあげてくる。
おん あぼきや
べいろしゃのう まかぼだら
まに はんどま じんばら
はらばりたや うん
南無大師遍照金剛。
南無大師遍照金剛。
食後にご住職のお話を伺った。
仏教はもちろん、政治経済、
そしてゴルフや芸能界、
多岐にわたった興味のつきないお話で、
ぼくたちの質問にも
気さくに答えてくださった。
実はこの写真、
ここで公開するのは、
見る人が見るとスクープにも
なりかねない画像流出なのだが、
解説がないなら、
あまり意味もわからないだろうから、
載せちゃおう。
元禄年間の絵地図なのだが、
保存状態のよさに驚かされる。
翌朝は、朝のお勤めに参列。
40分ほど正座をして、
すっかり脚がシビれてしまった。
その後、本堂内陣の見学。
そしてまた楽しみの朝食をいただく。
夢中だったので、
食べだしてから慌ててパチリ。
味噌汁がまた、昨日のお吸い物と
まったく違って、
あわせ味噌だが甘めのお味噌が
やたらにうまい。
食後には、広間で写経。
またご住職と面談があって、お礼を述べて、
その後、奥の院まで、お参りに。
小雨にけむる杉木立も高野山らしい。
高野山のもみぢもみごろだった。
女人堂(にょにんどう)のところから、
不動坂を、極楽橋まで降りる。
途中、石童丸が軒下で寝たという
清不動堂があるが、
現在の場所は移築された場所らしい。
周りの眺めも楽しみながら、
高野山を下っていった。
いにしえからの祈りの空間、
高野山は、日常を離れ、
清々しい気持ちにしてくれる
場所であった。
ありがとう、高野山。
また歩いて登ろう。
葛城山(かつらぎさん)
ちょっと前のことになるが、
友人が熊野古道を歩くという。
伊勢のほうからスタートするので、
その最後に高野山にもお参り登山を
したいというのだ。
「同行二人」ではないが、
実際に二人のほうがいいかと思って、
一部の同行を申し出た。
軽いハイキング気分で
申し出たものの、
ちょっと予行演習を
しておこうと思って、
自宅から自転車で、葛城山にむかった。
水越峠の手前まで、
上り坂が続き、足はすでにつった状態。
青崩(あおげ)というところにある
天狗谷コースの登山口に到着したのは
すでに午後3時。
ここで引き返そうと思ったが、
農家のおばあさんが歩いているので
ちょっと尋ねてみた。
すると山頂までは40分もあれば
着くだろうということ。
それならば、
疲れた足で1時間かけても、
明るいうちに戻って来れる。
自転車を道端にくくって出発。
ところが、なんと、
このコースのキツいこと。
写真を撮る余裕もない。
早瀬を渡ったり、
鎖のついた一枚岩を登ったり、
結構、本格的な登山コースだ。
葛城山には奈良県側からしか
登ったことなかったので、
ぜんぜん知らなかったが、
このコースのほうがだんぜんキツい。
40分どころか1時間登っても
まだ着かない。
引き返すのが正しいのだろうと
考えたが、そこは、
「いい加減」にできない性格。
どんどん登って、
やっと山頂に着いたときには
すでに午後の5時。
秋の山頂はススキの名所。
空には月も出て、
すでに日も沈むところ。
山々の遠景も美しい。
もみぢに目をうばわれている暇もない。
下山しだしたときすでに山頂付近も
薄暗闇につつまれている。
先を急いで下山するが、
谷にかかる道は真っ暗になった。
自転車用のライトの薄明かりの中、
こけないように気をつけながら、
一気に下山していく。
真っ暗の中、自転車を組み立てて、
真っ暗な谷の街道を、走る。
寒さを気にしながら、
途中で、何度も休みながら、
家にたどりついたときは、
芥川龍之介の「トロッコ」か、
映画「スタンド・バイ・ミー」
みたいな気分だった。
あ~、遭難するかと思った!
「糸まきまき」の原曲:本邦初公開
この夏デンマークで調べてきたことの一つ、
ようやくアップすることができます。
日本で一番知られているデンマークの歌は、
実は「糸まきまき」の歌なんです。
デンマークがオリジナルなのは、
けっこう知られているのですが、
では、何というどんな曲かというのは
ずっと日本でも報告されたことのない事実です。
「本邦初公開の情報」です!
このためにユーチューブ動画を作って、
(sengoku38という名で)投稿しましたので、
ここにご紹介します。
動画を見るのが
面倒くさい人のために、
歌詞と訳を載せておきます。
"Først den ene vej" (最初はこっちむき)
またの名を
"Skomagerstykket" (靴屋のうた)
作者は不明です。
Først den ene vej 最初はこっち
og så den anden vej それから反対
og tju og tju シュッシュッシューと
og skomagersdreng 靴屋の小僧
(gentage) (くりかえし)
Skomagerdrengen er et svin 靴屋の小僧はブタだもん
for han drikker brændevin キツいお酒を飲むからさ
(gentage) (くりかえし)
(日本語訳:skip)
動画にも解説を載せておきましたが、
デンマークでいうsvin(ブタ)には、
貪欲だとか卑劣なヤツという意味もありますが、
それよりもっと普通に使います。
たとえば、子供がいたずら書きをして
部屋の壁にクレヨンで絵を描いてしまったり、
食事をするときに、やたらと周りにこぼしたり、
そういう散らかした状態なんかも
「ブタだね」などと表現します。
「で、チュ、で、チュ」という擬態語は
「シュッシュッシュー」と訳しましたが、
ひょっとしたら、「チマチマチマと」
ぐらいのほうがいいのかもしれません。
アメリカではこの歌は
"Wind the bobbin up"
という名で、なんだか長くなって
いるようですが、
幼児英語教育の定番
"Head, shoulders, knees and toes"
と変わらないような感じになってしまってますね。
では、最後におまけ、
初音ミクさんの
「糸まきのうた」で、
みなさんも手遊びをどうぞ。














