他の製品を混ぜないでください
「他の製品を混ぜないでください」
これって大して意味がないものだと思っていたら、それなりの理由があるんですね(液体なら化学反応で固化するとか)
コピー機のトナーが切れたので、別製品同メーカーのトナーカートリッジをこじ開け、無理やりコピー機のカートリッジにトナー粉を入れたら
壊れました。
壊れたというか、印刷面がもやもやした汚れで覆われ、汚い。
急いで修理業者さんに来てもらい、診てもらったところ
「違うトナー入れました?」
「うっ…
さぁ…(違うトナーを使ったのは上司。その場の空気は『余計なことは言うな』ムード
いつものトナーだと思います・・・」
「おかしいなぁ・・・」
「?」
「普通なら手が触れない場所が傷ついているんですよね…」
「!!!!!」
気がつくと、上司はその場におらず、
敵前逃亡。
一人残された私はしどろもどろ
で白状。
「やっぱりねぇ!」
なじみの業者さん、笑って許してくれました。手を真っ黒にしてるのにゴメンナサイ(でも、犯人は上司。私は冤罪)
「原因がわかれば修理は簡単ですよ」
専用の掃除機を使い、前よりぴかぴかに磨いて修理終了。
画面が汚れたのは、違うトナーを使ったためで、このまま使用すると汚れの範囲は広がるそうです。一見ただの黒い粉のトナーですが、同じメーカーでも全く異なる性質なので「混ぜるの厳禁」だそう。たとえば、磁性があるとか、静電気に強い、粒子の大小などなど・・・。
で、修理代ですが
それは秘密です。
上司がショックを受けるので。
韓国ではこんな感じでした
韓国行きですが、全体像を説明していなかったので地図をつくりました。地道に旅行記を整理する上で地図は必要だし、おおまかに足取りを説明しますね。
新千歳空港を出発した大韓航空機は、インチョン空港へ。夜、ソウルのゲストハウスに着きました。この時点で目的地はぼんやりしていたものの、具体的なプランは皆無。漠然と、ある建築家の本で読んだ、化石のような村「ハフェマウル(河回村)へ行きたいなぁ…」とだけ考えていました。あと、「焼肉食べたい。」
翌日はソウルよりもこの地方の小さな村が魅力的だったので、とりあえずバスターミナルまで行きました。で、地方都市アンドンまでのバスチケットを購入(240kmも走って1500円くらい。安いですね。韓国は、物価は日本とほぼ同じですが、公共交通料金は安いので助かりました)。
ハフェマウルまでは、アンドンからさらに路線バスに乗るのだけど、「今日走っていなければアンドンに一泊して、明日村に行こう。でも村の民泊には泊まりたい…。板門店を見にいく明後日までに帰ってくればいいんだな」と、かなり適当モード。
バスはソウルから三時間走りつづけ、午後三時にアンドンに到着。案内所を探し、村行きのバスの時刻を調べると、まだ走っていたので村まで40分ほど乗り、夕暮れ時の日も落ちようとする頃に村についたのです。
で、村ではバスで知り合ったおばあさんに宿を紹介され(本当に宿なのかな?レストランではあると思う。あとで重要文化財とわかった。)一泊。ホテルとは一味も二味も違う古民家の宿泊はなかなか面白かったです。
翌朝、村を見物。再びバスに乗り、アンドンで乗り換えソウルへ。翌日は板門店ツアーへ(板門店へは予約制のツアーでしか行くことができないのです)。
上の地図にもあるけれど、軍事境界線と、北緯38度線は簡単な言葉では語り尽くせないものを感じさせられました。平和な日本から客観的に見た場合と、自国の問題として認識している人々の考え(それもまた多様)。そして、国?戦争?なんのため?という素朴な疑問がリアルにわきあがって来るのです。
そして、翌日は帰国。おみやげの、ぐるぐる巻きに包んでもらったキムチを臭わせながら、みんなの待つ札幌へ帰ったのでした。
と、こんな感じです。またスケッチがたまり次第公開しますので、よろしくお願いします。
長い箸
話しに聞いていた韓国の長い箸。ホントに長いんですね、そして金属製。あの深くて大きなピピンパ鍋から食べるにはこの長さが必要なのかな。金属製っていうのは、木の割り箸より合理的かも。洗えば繰り返し使えるし、プラスチックより強度もある。
写真はアンドンハンジ(安東韓紙)です。韓紙は、和紙と同じ楮(コウゾ)を原料とした紙のこと。韓国の伝統的な紙で、古い民家に行くと、壁・天上・窓にこの紙が用いられています。日本による韓国支配の時に昔から伝わる製法が廃れ、日本から持ちこまれた和紙の製法が代わったそうです。むかしながらの方法を見てみたい…。
そんなアンドンハンジに、スケッチブックから箸の絵をおこしてみました。ハフェマウルの古民家に泊まったときに、壁に貼られた墨書きの書を見て墨を使った絵をひらめいたのです。にじみ具合とか、灰と黒の濃淡が楽しい。
ALWAYS 三丁目の夕日
正月2日目は映画を見に行きました。
ジムキャリーの「復讐は最高」か「ALWAYS 三丁目の夕日」 どちらにしようか迷ったのですが、上映館の都合で「三丁目」に。正月から「復讐は最高!!」はちょっと…(笑)
この映画、大して期待せずに行ったら、これがいい作品でした。コメディのなかに笑いと涙があわさって、ほのぼのした気持ち。ベタな内容ながら、なぜか心にしみて来る。
舞台は昭和30年代の東京下町。東京タワーが完成した年、売れない小説を書く駄菓子屋の主人と、小さな町工場の一家を中心に物語りは進みます。
実は私の母が、この頃の東京の人間なのです。昭和26年生まれだから、物語の子供たちと同じくらいの年齢かな。初めてテレビが来た日や、かみなりオヤジ、下町の様子、母の話しの通りでした。
土ぼこりが舞って、となり近所が自然に付き合いのある、「古き良き時代」なのかもしれないなぁ。戸外に人がいるもんね。
子供の頃のアルバムを見るだけで、今との違いを明らかに感じたり、スーパーマリオの曲に「懐かしい~!」と感じるあたり、時の流れを感じるなぁ(でも、昔を感じて懐かしくても、先を造るほうが面白い、肝心なのは今を生きることですよね)。
終わった後は、鼻がグスグスいっていました。明日から仕事、がんばるかな。
-12℃で足湯を満喫
お正月と言えば温泉、というわけで足湯
足はぽかぽか。徹夜の移動と仕事の疲れが吹っ飛びますね、足を温めるってこんなに気持ちいいなんて。ここは北村という空知地方の小さな町。
が、
頬に吹きつける冷たい乾燥した風。ズボンをまくっているので、お湯に浸かりきらないひざ小僧が、だんだん冷えてくる…。そうなんです。タイトルでお分かりと思いますが、ここは屋外の足湯。
気温は-12℃。温度計を持つ手もガチガチになっていました。足はポカポカ、外気はひんやり。これも冬の温泉の醍醐味かもしれないですね。
新年早々マニアックな展開ですが、貸しきりの足湯を満喫したあとは、屋内の温泉で肩までつかり、ぬるーい露店風呂でウトウト極楽気分。これからお雑煮を作って食べます。楽しみだな。
おまけ
北村へ向かう国道から。夜が明けて、いよいよ初日の出。晴れているので放射冷却が始まり、気温がぐんぐん下がっていくのです。雲に見えるのは、地上から数メートルの高さにできた「もや」。きれいな帯状に連なってました。自然て不思議。
朝もやと雲の中にお目見えした初日の出。雲がフィルターになって、紙で作ったような太陽。
伝統菓子「口取り」
ドアにしめ飾りを飾り、大掃除も終わった、年賀状も出した。いよいよ今年もおしまい。食料を買いに行き、初めて「口取り」菓子を買いました。これ、年末になるとスーパーに並ぶのですが、本州出身の彼は見たことがないそう。わたしも食べたことがないので試してみます。調べると、めでたい席に出されるお菓子のようですね。原材料を見ると手亡豆、小豆、餅粉、手亡豆って何??なぞが多い食べ物ですが、華やかな色がウキウキさせてくれてとても楽しみ。
そして部屋の一角にはお正月コーナーをセット。花屋で正月用の花束を、100円ショップで鏡餅を揃えました。鏡餅の下に敷く紙は、コピー用紙を正方形に切り、クレヨンでふちを赤く塗って用意。生花があると部屋が潤いますね。
今日は冬の運動不足解消に近くの里山に登ってきました。体は鈍りきっていたのだけど、汗をかいて筋肉と心臓を動かすのは気持ちいいです。全身のすみずみまで血液がめぐり、体がほぐれました。明日は何をしようかな。











