韓国ではこんな感じでした | いつもどこかへ

韓国ではこんな感じでした

地図

韓国行きですが、全体像を説明していなかったので地図をつくりました。地道に旅行記を整理する上で地図は必要だし、おおまかに足取りを説明しますね。


新千歳空港を出発した大韓航空機は、インチョン空港へ。夜、ソウルのゲストハウスに着きました。この時点で目的地はぼんやりしていたものの、具体的なプランは皆無。漠然と、ある建築家の本で読んだ、化石のような村「ハフェマウル(河回村)へ行きたいなぁ…」とだけ考えていました。あと、「焼肉食べたい。」

翌日はソウルよりもこの地方の小さな村が魅力的だったので、とりあえずバスターミナルまで行きました。で、地方都市アンドンまでのバスチケットを購入(240kmも走って1500円くらい。安いですね。韓国は、物価は日本とほぼ同じですが、公共交通料金は安いので助かりました)。

 ハフェマウルまでは、アンドンからさらに路線バスに乗るのだけど、「今日走っていなければアンドンに一泊して、明日村に行こう。でも村の民泊には泊まりたい…。板門店を見にいく明後日までに帰ってくればいいんだな」と、かなり適当モード。

バスはソウルから三時間走りつづけ、午後三時にアンドンに到着。案内所を探し、村行きのバスの時刻を調べると、まだ走っていたので村まで40分ほど乗り、夕暮れ時の日も落ちようとする頃に村についたのです。

で、村ではバスで知り合ったおばあさんに宿を紹介され(本当に宿なのかな?レストランではあると思う。あとで重要文化財とわかった。)一泊。ホテルとは一味も二味も違う古民家の宿泊はなかなか面白かったです。


翌朝、村を見物。再びバスに乗り、アンドンで乗り換えソウルへ。翌日は板門店ツアーへ(板門店へは予約制のツアーでしか行くことができないのです)。


上の地図にもあるけれど、軍事境界線と、北緯38度線は簡単な言葉では語り尽くせないものを感じさせられました。平和な日本から客観的に見た場合と、自国の問題として認識している人々の考え(それもまた多様)。そして、国?戦争?なんのため?という素朴な疑問がリアルにわきあがって来るのです。


そして、翌日は帰国。おみやげの、ぐるぐる巻きに包んでもらったキムチを臭わせながら、みんなの待つ札幌へ帰ったのでした。


と、こんな感じです。またスケッチがたまり次第公開しますので、よろしくお願いします。