今月のブログは、連載形式での投稿をしていきます。

『自己を見失いながらも、哲学の思索を通して少しずつ自己理解を深めていく』

姿を描いていきます。

最後までお付き合いいただけたら幸いです。

 

主人公:加代子

正しくあろうと、正解を選びたいけど選べない葛藤の中で、

自分を否定したくなる気持ちを持っている。

 

 

『“わたし”に耳をすませる』

 

 

第12章:沈黙に、耳を澄ます

夜。加代子は部屋の電気を消し、あえて音のない部屋に身を置いていた。

テレビも、スマホも、音楽も、すべてをオフにする。
不意に空っぽになった世界に、胸が少しざわついた。

(沈黙って、こんなに重かったっけ)

自分が“言葉を持たない時間”に、あえて身を置く。

誰の声もない。自分の声もない。
聞こえるのは冷蔵庫の小さな音と、時計の針が進む音だけ。

 

音ではない、意味でもない、ただの「気配」を感じる。
沈黙の中に浮かぶ、小さな残響のようなもの。

 

沈黙。


それは、長いあいだ加代子にとって恐ろしいものだった。

沈黙は、拒絶。
沈黙は、失敗。
沈黙は、「あなたには価値がない」と言われているように思えていた。

 

数週間前なら、この沈黙に耐えきれず、何か音を流していただろう。
哲学の本も、SNSの言葉も、誰かの知識も、自分の中の空白を埋めるために。

 

でも今夜は、その空白のままにしてみたかった。


“埋めないままの空間”に、なにがあるのか知ってみたかった。

けれど――
しばらくすると、心の奥から声にならないざわめきが這い出してきた。

(私は何をしてるんだろう)
(ただの怠けじゃない?現実逃避じゃないの?)
(問いを立てたかったんじゃなかったの?)

 

問いすら持てなかった夜を思い出す。
言葉を待つことすら怖かった夜。
あのときと、今はどう違うのか。

 

わからなくなってくる。

沈黙とは、自分を見失う瞬間でもある。


輪郭のない空間に、心が溶けそうになるから。

 

(私はまた、“問いのない夜”に戻ってしまったのか…)

加代子は、不意に胸が締めつけられ、膝を抱えるようにしてソファに身を沈めた。
涙が出るほどではないけれど、どこか自分を責めている。

 

(なぜ、私は“静かであること”に耐えられなかったんだろう)
(誰かに話しかけてもらえなかった沈黙は、なぜあんなに冷たかったんだろう)
(ほんとうの沈黙って、あたたかくもあるのかもしれない…?)

 

加代子はハッとした。

それは、まぎれもなく「問い」だった。
“考えよう”と思って出てきたものではなく、

“沈黙のなかから、立ち上がってきた”ものだった。

 

以前とは違う

 

沈黙とは、「まだ言葉が見つからない」という予感の地層かもしれない。
まだ形になっていないだけで、確かにそこにある「何か」。
その沈黙に、耳を澄ますことこそが、哲学の始まりなのかもしれない。

 

「問いは言葉になる前に、沈黙としてやってくる」

 

そんな詩を、どこかで読んだことがある。

それは、まるでどこか遠くの地図から自分の元へ届いた小さな印のようなもの。

 

そして加代子は、心の中でひとつ呟いた。

 

「だから、私はこの沈黙を聞く」

ノートにはそう書き足した。

 

 

次回に続きます・・・第13章 問いの地図をひらく

「私は、自分の過去を“問い”として見直してみたい」

 

  独り言・・・

 

沈黙はいつも非情

 

どれだけ好意的に受け止めようとしても、沈黙から伝わってくるのはネガティブな言葉ばかり。

沈黙に耐えられず、無意味な会話をしてしまうことがある

黙っているより、空気が良くなる気がするから

でも、無理に何かを伝えて、何かをしようとしても・・・

どうしてもネガティブな会話になってしまう。

 

仮に、自分から何かを話して、伝えようとしても

何も返ってこない時には「否定」や「軽蔑」を感じてしまう。

 

沈黙はそれだけで、私達を苦しめる一つの原因になっている。

 

きっと、誰もが意図して返事をしないわけでも、会話を発展させないわけでもない

 

ただ、返す言葉が無いだけで

そこには伝えたい想いが眠っているのかもしれないから。

 

沈黙に意味を見出すのは、常に自分自身

相手の言葉に意味を持たせることが出来るのが、自分の気持ちなように

誰かの反応に意味を持たせることが出来るのも自分自身。

 

沈黙という反応に意味を見いだせるかどうかは・・・

自分の気持ち次第。

 

そして、1人きりの静寂

意味を見出して、有効な時間だと感じるのか?

孤独で悲しい時間だと感じるのか?

 

時間にも、人の言葉にも、意味と理由を持たせられるのは、自分以外の誰にもできない。

意志と気持ちで、意味あるものに出来るかどうか?が決まるんだろう。

今月のブログは、連載形式での投稿をしていきます。

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姿を描いていきます。

最後までお付き合いいただけたら幸いです。

 

主人公:加代子

正しくあろうと、正解を選びたいけど選べない葛藤の中で、

自分を否定したくなる気持ちを持っている。

 

『“わたし”に耳をすませる』

 

 

第11章:問いを持つという贈り物


ある午後、理子から「よかったら会いませんか」とメッセージが届いた。


以前SNSで言葉を交わしただけの理子。
それでも、加代子はなぜか断れなかった。
誰かに会うのは、久しぶりだった。
誰かに“ありのままの自分”として会えるかもしれない予感が、そこにはあった。

 


 

待ち合わせたカフェのテーブルには、静かな午後の日差しが差し込んでいた。
理子は落ち着いた声で「こんにちは」と笑った。


年齢は少し加代子より下だろうか。
けれどそのまなざしは、言葉よりもずっと丁寧だった。

 

「SNSで書いてた言葉、すごく好きです。問いを持ってる人の言葉だと思いました」

加代子は、驚いた。

 

「問いを……持ってる?」

「はい。何かを疑うって、すごく優しいことです。
 “違うかもしれない”って想像できる人って、強いと思う」

 

その言葉に、加代子の胸の奥がじんわりとほどけていった。

 


 

会話の中で、ふと理子がつぶやいた。

「私は、母とずっとうまくいかなくて。
 自分が悪いと思ってたし、母を責めることすらできなかった。
 でも最近、“本当に母は私を愛してたのかな”って思うようになって……
 自分が冷たい人間なんじゃないかって、怖いんです」

 

そのときだった。

加代子の中に、初めて“問いが湧く”感覚が走った。

 

「ねえ、それって……
 “愛してなかったかもしれない”って問いじゃなくて、
 “どうしてその問いを持つようになったんだろう”って考えてみたことある?」

 

理子が、目を見開いた。

 

「……そういう問い方、考えたことなかった」

「私も最近、思い出してばかりで。
 過去の言葉って、すごく強い。
 でも、その言葉をもう一度“問う”ことで、
 本当に言いたかったことが浮かび上がることもある」

 

言いながら、加代子自身が驚いていた。


“自分の問い”が、誰かの問いに寄り添っている。


それは、これまでになかった感覚だった。

 


 

帰り道、加代子は胸の奥に熱を感じていた。
それは、言葉にできるかぎりの“あたたかさ”だった。

 

「問いって、贈り物みたいだ」

思わず口に出していた。

 

“わからない”ことを、他人に手渡す。
“決めつけない”ことを、対話として差し出す。

 

それは、“答え”よりずっと豊かなものなのかもしれない。

 


 

夜、ノートを開いた。

「今日は、問いを“発した”。
 答えが出たかどうかより、その問いが“誰かと共有できた”ことが、
 なにより大きい。」

 

「問いとは、断絶ではなく、接続だったのだと知った。
 “違う”からこそ、つながれる場所がある。」

 

次回に続きます・・・第12章 沈黙に、耳を澄ます

 

沈黙は、拒絶。
沈黙は、失敗。

 

  独り言・・・

 

「どうしてその問いを持つようになったんだろう?」

 

とても不思議な言葉。

 

今まで、当たり前と思っていて特別なにかを感じることもないコトに、急に立ち止まって見つめる時

私達は、なにかに気が付けて

見方を変えるキッカケになる瞬間なのかもしれない。

 

普通だと思っていたこと・・・

愚痴を言って、不満を言う

自分に絶望して、悲観して、諦める

 

思い通りにいかない現実の中で・・・「否定されていると思っていた現実」に疑問を持つ

 

否定されていた事実の有無じゃなく

どうして自分が思っていたのか?って言うこと自体に疑問を持つ

 

どういうことか・・・伝わるかな?

 

自分が実は何かを求めていたんじゃないか?

求めていたのか?求められていたのか?

それとも、不安や心配を煽るような何か出来事や言葉があったのか?

 

人は、自分が感じる世界が全てて、見たいモノを見る生き物

 

その上で、「どうしてその疑問の持ち方をしたのかな?」

っていう、疑問に対する問い

 

否定的な問いを持った理由

肯定的な疑問を持った理由

 

なぜ?私はその疑問を持つことになったのかな?

正解と正しさだけでは、私達が生きていくには複雑すぎる今の世界

自分は今・・・

どこに居て、何を思うのか?

 

私は今ここに居る!って言える人がどれだけいるのだろうか?

 

🤗シンプルフレーズのお部屋へようこそ✨

 

 

動画のご紹介

いつもご覧いただきありがとうございます。

 

シンプルフレーズのyou tube新しい動画上がりました。

 

『 ありのままの自分で生きていく 』

自分を認めて許してあげる。その為に必要なことを届けたい。

シンプルフレーズ

 

 

~プロローグ~

 

今回のお話しは、『 ありのままの自分を大切にする方法』

 自分の気持ちを大切にすることの素敵さをお伝えします。 

 

私達は、いつでも他人の影響下にあるから自分を見失う。 

 

他人の影響下にあって、自分を出さない人は それだけで価値がある。

 

ように見られる・・・・

 

他人の意見に流されやすく、合わせてくれる人の方が、

『優しいイメージ』を持たれやすい。

 

そんな風に見える・・・・

 

ご挨拶

シンプルフレーズは、素敵な言葉とあなたを元気にするメッセージを探します😌

何が正しいかより、なにが素敵かを大切にして生きて行けたら、 それがきっと一番だと信じてる。

 

合言葉!

 大丈夫!

大丈夫?

 

受け身じゃない、

私から伝えたい「大丈夫」

 

あなたの幸せを願います。

『幸せになれ~💕』

 

  過去動画もご覧いただけたら嬉しいです🤗

 

 

 

 

 

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  アメブロ 連載 #エッセイ

 

 

 

 

 
 
 

これからもご覧いただけたら嬉しいです🤗

私の言葉は、正しいかどうかじゃなく

私は私の感じた思いをそのままに表現して伝えています。

 

だれかと共感できるかは分からない。

でも、もしどこかで誰かの心に響いたら嬉しいって感じます✨

 

 

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『“わたし”に耳をすませる』

第10章:言葉ではなく、“ことば”で

月曜の午後、加代子は職場の給湯室で、紙コップにコーヒーを注いでいた。

 

「…最近、なんか落ち着いてきたね」

 

背後から、声がした。振り向くと、同僚の西田さんが微笑んでいた。
嫌味でもなければ、お世辞でもない、なんとなく素直なひとこと。

 

「そう、見えます?」

加代子は少し笑った。ほんの少し、声のトーンが明るかった。

 

「うん。前より…肩の力抜けたっていうか、無理してないっていうか」

 

その言葉を聞いて、加代子はふと、“問いを持てない夜”の自分を思い出していた。
何も考えられず、ただ沈黙に包まれていたあの夜。
誰の声も届かず、自分の心も掴めなかったあの時間。

あの沈黙が、今、誰かのひとことに耳を傾けられる“空白”を作ってくれているような気がした。

 

「最近、図書館に通ってるんですよ」
「哲学の本とか、言葉の本とか…読んでて」

 

加代子がそう言うと、西田さんは少し驚いた表情を浮かべた。

 

「へえ、意外。難しくない?」

「うん、難しい。でも、読むっていうより、“黙って聞いてる”感じかもしれない。
 本の向こうから、誰かが静かに話してるような、そんな…感じなんです」

 

沈黙が、やさしいものになる日がくるなんて、あの頃は思いもしなかった。

 


 

夜、加代子はテレビをつけず、部屋の灯りを落として音楽をかけていた。

 

窓の外は静かだった。


ノートに向かう時間が、いつの間にか“日課”になりつつある。

けれど、今日のページには書けないこともあった。

 

「“ことば”って、書きたくない夜もあるんだね」

ポツリとつぶやく。

 

SNSでは軽々しく言葉が飛び交う。
名言、格言、励ましのフレーズ。
「自分を信じて」「もっと自分を大切に」
どれも正しく、どれも痛い。

なぜだろう。

 

「正しい言葉が、私を救ってくれなかった夜を、私は何度も生きてきたからだ」

そして思う。


言葉は、真実かもしれない。でも、“まなざし”を持たない言葉は、
時に、刃になる。

 

人を救うのは、“意味”よりも“声”なのかもしれない。


意味を越えて、そこに込められたまなざし。
それが、「ことば」だ。

 

「だから私は、“ことば”を探してるんだ」

そしてそれは、どこかで自分自身に向けられる“ことば”でもあると、
加代子は、静かに気づき始めていた。
 

 

次回に続きます・・・第11章 問いを持つという贈り物

「他者との対話」を通じて・・・・

 

  独り言・・・・

 

 

「正しい言葉が、私を救ってくれなかった夜を、私は何度も生きてきたからだ」

 

ホントにそう思う。

 

他人の無責任な言葉を見て、勝手に自分を傷つける。

誰にも悪意はない。

ただの善意の押し売りと、自分の目的の為の発信でしかないんだろう

 

でも、それを何気なく見て、勝手に傷ついている自分がいる

 

分かってる。

言葉の意味は分かってる。

 

でも、出来ない時もあるし、その言葉が私に重くのしかかる。

見たくないのに

見させられているのは・・・

私が類似を見ているから。普段の私が求めているから・・・

正しさだけじゃ、私は救われない。

正解なんて何の役にも立たない。

それなのに、正解と正しさにすがる私が居る。

今月のブログは、連載形式での投稿をしていきます。

『自己を見失いながらも、哲学の思索を通して少しずつ自己理解を深めていく』

姿を描いていきます。

最後までお付き合いいただけたら幸いです。

 

主人公:加代子

正しくあろうと、正解を選びたいけど選べない葛藤の中で、

自分を否定したくなる気持ちを持っている。

 

 

『“わたし”に耳をすませる』 

第9章:記憶に、もう一度まなざしを

洗濯物を干しているとき、ふいに指が止まった。

一枚のシャツ。夫が着ていたものだ。
白地にうすい青のストライプが入っている、何の変哲もないシャツ。

だが、その模様を目にした瞬間、過去の場面が頭の中でぶわっと広がった。

 

──日曜の朝、食卓で。
パンの焼き加減が焦げていた。


子どもがぐずり、加代子が返事をしないまま何かを手にしていたとき、夫が言った。

 

「お前って、ほんと段取りできないよな。だからお前に任せたくないんだよ」

 

その瞬間、頭の中が真っ白になった。
反論もできなかった。ただその言葉が、自分の人格全体を否定するように聞こえた。

 

(だから──)

 

加代子は、そのときのシャツの柄を覚えていた。
記憶は、言葉と結びついて残る。
思い出したくない場面に限って、鮮やかすぎるほどに。

 

でも今、加代子はその記憶から目をそらさなかった。

 

(本当に、あのとき私は“段取りできない人”だったの?)
(それとも、“段取りできない”という定義の枠に押し込まれたの?)

 

「私はただ、焦っていただけだった。
 子どもが泣いて、パンが焦げて、頭が回らなくなった。
 それは、“段取り”じゃなく、“状況”だったのに……」

 

声に出すと、不思議なほど胸が軽くなった。

過去を「評価」するのではなく、「問う」こと。
それが、こんなにも違うのだと知った。

 


 

午後、図書館で加代子はある哲学者の本を手に取った。
装丁は地味だが、中に印象的な言葉があった。

 

「人間の失敗とは、“間違った答え”ではなく、
 “問われなかった問い”の中にこそ潜んでいる。」

 

目の奥が熱くなる。
そうだ、私はあのとき「なぜ段取りできなかったのか」を誰にも問われなかった。
ただ、「お前はできない」と決めつけられただけだった。

でも、それは「問い」じゃない。


ただの断定、ただの裁きだった。

「じゃあ、私は──私に問いかけてみよう」

ノートを開き、書き始める。

 

「あのとき、加代子さんは何に焦っていましたか?
 子どもの泣き声、朝の空気、気がかりなメモ帳──
 全部に一度に応えようとして、体がついていかなかった。
 それは、無能だからではなく、“生きていた”から。」

 

そう書いたとき、自分の中の何かが、ひとつ剥がれ落ちたようだった。

 


次回に続きます・・・第10章 言葉ではなく、“ことば”で

「“ことば”って、書きたくない夜もある・・・・・・・」

 

  独り言・・・

 

自分の意思に関係なくされる

 

『裁き』

 

でも、そこには理由がある。原因がある。

私にだって反論したい思いがある。

 

でも、言葉にならない・・・言葉にならないと、それは受け入れたことになってしまう。

自分が受け入れたわけじゃない

相手が認識するわけじゃない

その場の環境が受け入れたっていう雰囲気になってしまう。

 

どうすることも出来ない現実。

そして、後から思いかえして

「あの時言っていれば」「私の事情も分かってないのに」

「言い返したい言葉が今あるのに・・・」

溢れてくる感情がそこにある。

 

きっと、後悔っていうモノなんだろうって今だから思える。

 

でも、今だからこそできることもある。

その瞬間には、余裕もないし、思考も回らない。何も出来ないし、言えないけれど・・・

今だからこそできる事。

その時を思い出して、問いかける。

 

ほんの少しの時間・・・答えも出ないし、誰からも返ってこない・・・

それでも問いかけることが、後悔じゃない・・・・・意味ある経験にしていくきっかけになっていくんだろう・・・。