今月のブログは、連載形式での投稿をしていきます。

『自己を見失いながらも、哲学の思索を通して少しずつ自己理解を深めていく』

姿を描いていきます。

最後までお付き合いいただけたら幸いです。

 

主人公:加代子

正しくあろうと、正解を選びたいけど選べない葛藤の中で、

自分を否定したくなる気持ちを持っている。

 

『“わたし”に耳をすませる』

第10章:言葉ではなく、“ことば”で

月曜の午後、加代子は職場の給湯室で、紙コップにコーヒーを注いでいた。

 

「…最近、なんか落ち着いてきたね」

 

背後から、声がした。振り向くと、同僚の西田さんが微笑んでいた。
嫌味でもなければ、お世辞でもない、なんとなく素直なひとこと。

 

「そう、見えます?」

加代子は少し笑った。ほんの少し、声のトーンが明るかった。

 

「うん。前より…肩の力抜けたっていうか、無理してないっていうか」

 

その言葉を聞いて、加代子はふと、“問いを持てない夜”の自分を思い出していた。
何も考えられず、ただ沈黙に包まれていたあの夜。
誰の声も届かず、自分の心も掴めなかったあの時間。

あの沈黙が、今、誰かのひとことに耳を傾けられる“空白”を作ってくれているような気がした。

 

「最近、図書館に通ってるんですよ」
「哲学の本とか、言葉の本とか…読んでて」

 

加代子がそう言うと、西田さんは少し驚いた表情を浮かべた。

 

「へえ、意外。難しくない?」

「うん、難しい。でも、読むっていうより、“黙って聞いてる”感じかもしれない。
 本の向こうから、誰かが静かに話してるような、そんな…感じなんです」

 

沈黙が、やさしいものになる日がくるなんて、あの頃は思いもしなかった。

 


 

夜、加代子はテレビをつけず、部屋の灯りを落として音楽をかけていた。

 

窓の外は静かだった。


ノートに向かう時間が、いつの間にか“日課”になりつつある。

けれど、今日のページには書けないこともあった。

 

「“ことば”って、書きたくない夜もあるんだね」

ポツリとつぶやく。

 

SNSでは軽々しく言葉が飛び交う。
名言、格言、励ましのフレーズ。
「自分を信じて」「もっと自分を大切に」
どれも正しく、どれも痛い。

なぜだろう。

 

「正しい言葉が、私を救ってくれなかった夜を、私は何度も生きてきたからだ」

そして思う。


言葉は、真実かもしれない。でも、“まなざし”を持たない言葉は、
時に、刃になる。

 

人を救うのは、“意味”よりも“声”なのかもしれない。


意味を越えて、そこに込められたまなざし。
それが、「ことば」だ。

 

「だから私は、“ことば”を探してるんだ」

そしてそれは、どこかで自分自身に向けられる“ことば”でもあると、
加代子は、静かに気づき始めていた。
 

 

次回に続きます・・・第11章 問いを持つという贈り物

「他者との対話」を通じて・・・・

 

  独り言・・・・

 

 

「正しい言葉が、私を救ってくれなかった夜を、私は何度も生きてきたからだ」

 

ホントにそう思う。

 

他人の無責任な言葉を見て、勝手に自分を傷つける。

誰にも悪意はない。

ただの善意の押し売りと、自分の目的の為の発信でしかないんだろう

 

でも、それを何気なく見て、勝手に傷ついている自分がいる

 

分かってる。

言葉の意味は分かってる。

 

でも、出来ない時もあるし、その言葉が私に重くのしかかる。

見たくないのに

見させられているのは・・・

私が類似を見ているから。普段の私が求めているから・・・

正しさだけじゃ、私は救われない。

正解なんて何の役にも立たない。

それなのに、正解と正しさにすがる私が居る。