好奇心旺盛な人って、なんだかすごく若々しく見えるじゃないか?

 

能動的で、エネルギッシュで、いつも活発な印象を受ける。

 

そういう人たちを見ていると、やっぱり思うのだ。

常に自分の「知らないこと」に関心を向け、それを探して、感じて、体験しようとしているんじゃないかって。

その圧倒的な行動力と探究心こそ、周囲が「若々しさ」として感じ取っている正体なのだろう。

身を焼く好奇心に胸躍らせて

好奇心は常に破滅への片道切符

欲望はいつも破滅への約束手形

 

イカロスが羽を焼かれ

バビロンが崩れ

ソドムとゴモラが燃え上がる

そして、神でさえオオカミに喰われる

 

「さらに」「もっと」という感情は、いつの世も傲慢に繋がって消えていく。

 

おい?ちょっとまて?これって、いつも誰かに邪魔されてない?

自分で壊れるって言うか、誰かに邪魔されてる感じない?

 

人の好奇心や探求心はいつも人らしさの素敵な象徴だろう?

ただ・・・老いていくとその好奇心と探求心が煩わしくなるから、制限したいって話じゃないか?

 

若さと老いと好奇心の話し・・・を、しようじゃないか。

 

  大人になると「なんで?」が減っていく

子供の頃って、何でも「なんで?」だったと思は無い?

 

ところが大人になると、徐々に質問が減っていく・・・

関心ごとも少なくなっていく・・・

別に、知りたくなくなったわけじゃないんだと思う。

 

時間がない。

お金がない。

体力がない。

余裕がない。

いろんな事情が積み重なって、知る意欲ごと消えていく。

世の中に対する関心ごとも、どんどん減っていく。

 

そして、いつの間にか、今持っている知識と経験だけで戦おうとする。

「だいたい分かる」

「こういうもんだ」

「前にもやったことがある」

そうやって、持っている手札だけで目の前のことを処理していく。

 

それで「理解した」ような気持ちになる。

刺激を感じれず、楽しみを見つけられず・・・

もしかしたら、そういう時に人は老いを感じるんじゃないかな?

 

  好奇心は「性格」だけじゃない

だから、好奇心旺盛な人っていうのも、本人の性質や個性だけで決まるものじゃないんだと思う。

 

もちろん、生まれつきの気質はあるだろう。

でも、それだけじゃない。

 

周囲の状況や環境。

そして、生きるために必要なリソース。

時間がある。

お金がある。

体力がある。

教えてくれる人がいる。

調べる方法がある。

失敗しても戻れる場所がある。

 

そういうものが揃っているから、好奇心を使えるのかもしれない。

 

好奇心って、「持っているか、持っていないか」だけじゃなくて、

好奇心を「使えるか?使えないか?」

なんじゃないかな?

 

  子供の質問は、答えてくれる人がいるから続く

「子供は3歳〜5歳までに約4万回も質問をする」なんて説がある。

 

数字が本当かどうかは知らない。

でも、私はそこよりも気になることがある。

そんなに質問できるのは、答えてくれる人がいたからじゃないのか?

 

「なんで?」

「どうして?」

「これは何?」

と聞いて、答えが返ってくる。

 

だから、また聞く。

 

答えが返ってくるから、その答えから次の疑問が生まれる。

そうやって好奇心は続いていく。

でも、それができるのは「必ず答えてくれる大人」がそこにいるからだ。

 

逆に、

「自分で調べろ!」

と言われ続けたらどうだろう?

 

今ならスマホを渡して、動画でも見せておけば、大人も子供も静かになる。

便利な時代だ・・・。

 

でも、便利だからこそ、誰かと一緒に「なんでだろう?」と考える時間は減っているのかもしれない。

 

受け止めてくれる存在が誰もいなければ、子供だってそんなに質問なんてできない。

結局のところ、関心や知的探究心という羽を育ててくれるのは、本人の才能ではなく「環境」なのだ。

 

  イカロスだって、ライト兄弟になれたかもしれない

もちろん、好奇心旺盛なのが、いいことばかりとは限らない。

現実はそんなにバランスが良くない。

 

イカロスは落ちる。

バビロンは崩れる。

ギャンブラーみたいな、トレジャーハンターみたいな、夢を追いかける人間だって、どうにもならなくなることがある。

好奇心も探究心も、過ぎれば危ない。

 

それでも私は思う・・・

 

イカロスがライト兄弟(*2)の3人目だったら?・・・違ったかもしれない。

バビロン(*1)だって、ブルジュ・ハリファ(*3)になれたかもしれないじゃん?

 

まあ、そんな単純な話じゃないんだけど。

好奇心のアプローチ次第で結果が変わる、なんて簡単には言い切れない。

 

成功する人の陰には、何倍もの失敗した人がいる。

 

だから、好奇心が若さの秘訣だったとしても、

「好奇心さえあれば成功する」

なんて話じゃない。

 

ただ、無茶ができるのも若さの一部だとしたら、

若さって、最高の言い訳じゃないか?

「ちょっとやってみたかったんだよ」

「知らなかったんだから仕方ないじゃん」

「面白そうだったんだもん」

……いいじゃないか。

身を焼かれない程度なら、それくらい言わせてくれ。

(*1)バビロンの塔:旧約聖書に登場する巨大タワー。天に届く塔を建てようとした人間の慢心(好奇心と欲望)が神の怒りを買い、崩壊させられたとされる。 

(*2)ライト兄弟:動力飛行機の発明者。長男ウィルバーと次男オーヴィルの2人組として有名だが、もしイカロスという熱量のある3人目がチームにいたら……という思考実験。 

(*3)ブルジュ・ハリファ:ドバイにある世界最高の超高層ビル(約828m)。現代の建築技術という「環境とアプローチ」によって実現した、崩れなかったバビロンの塔。

 

  若々しくいられる環境を選ぶ

結局、好奇心を持ち続けるために必要なのは、

「好奇心旺盛な人になろう」

と頑張ることじゃないのかもしれない。

 

自分がどんな環境に身を置きたいのか?

そして、実際にどんな環境に身を置けるのか?

そこなんだろう。

 

図書館に行って、新しい本を眺めてみる。

いつもと違う場所に行ってみる。

新しい友人を探してみる。

SNSで新しいアカウントを作って、知らない人の投稿を覗いてみる。

知らなかった音楽を聴いてみる。

知らない場所へ行ってみる。

 

そうやって、自分の基地(既知)の外側に、ちょっとだけ足を出してみる。

 

そこで何かに出会って、

「なんだこれ?」

と思えたら、それでいい。

「もっと知りたい」

と思えたら、もっといい。

好奇心って、きっとそういうものなんだろう。

 

若さを保つために、無理して若者みたいなことをする必要なんてない。

 

ただ、知らないものに出会った時に、

「ちょっと見てみたい」

と思える自分でいる。

 

そのために、自分を少しだけ好奇心が動き出す環境に置いてみる。

身を焼かれない程度に、程よく刺激を受ける。

それくらいが、きっと楽しい若さの秘訣なんだろう。

 

そして、タイトルの一文に戻る。

「彼女がまだ知らないことに、いつまでも胸を躍らせることを願って」

これって、いい願いだと思う。

 

知らないことがなくなることを願うんじゃない。

知らないことが、いつまでも自分の前にあること。

 

そして、それを見つけた時に、

「なんだこれ?」

「もっと知りたい」

と胸を躍らせられること。

 

そんな自分でいられたら、年齢なんて関係なく、まだまだ若いんじゃないかな?

……まあ、好奇心旺盛な私が言っても、説得力があるんだか、ないんだか・・・

身を焼かれてから反省するタイプだからな。

 

それでも私は、

知らないことに、いつまでも胸を躍らせていたい。

メリットとデメリットってさ、本当に不公平にできているよね。

常にメリットは目の前に現れて、これでもかってくらい最大化して提示される。

 

キラキラしていて、話はうまくて、未来まで明るく見える。

 

営業マンの話なんて、本当に見事なものだ。

最近のフランチャイズブームもそうだし、ネットワークビジネスやら、投資やら、勧誘やら。

 

もう、テレビショッピングもビックリの世界だと思う。

「今がチャンスです」

「この仕組みなら成功できます」

「自由な時間が手に入ります」

「家族のためにもなります」

なんとも、聞けば聞くほど上手くいきそうに思えてくる。

メリットはドレスを着てやってくる。デメリットはツケを回収しにやってくる。

 

メリットは、ただメリットとして現れるんじゃない。

人はそこに、勝手に物語を乗せるんだ。

これを選べば、こうなれる。

この道を進めば、ここに辿り着ける。

この人となら、幸せになれる。

まるで、最初からレールが敷かれているみたいに。

 

でもね、今ならよく分かるんだ。

人が本当に惹かれているのって、その「メリットそのもの」だけじゃないんだよ。

 

  メリットには、未来の物語が乗っている

人が欲しいのは、目の前の利益だけじゃない。

成功した自分。

自由になった自分。

誰かに認められた自分。

家族を幸せにしている自分。

今より少し良い未来にいる自分。

メリットには、そんな未来の自分が勝手に乗り込んでくる。

 

だから強い。

 

だって、ただのお金や利益の話じゃないんだから。

 

価値の話で、意味の話で、人生の話になっている。

まだ敷かれてもいないレールを、もう目的地まで繋がっていると思い込む。

途中に分岐点があるかもしれない。

交差点があるかもしれない。

遅延も、運休も、事故もあるかもしれない。

でも、そんなものは見えない。

というより、見たくない。

路線図が常に正確で、時間通りに運行しているわけじゃないのにね。

  「だろう」は危険だと習ったはずなのに

運転免許の試験で、散々言われたはずなんだ。

「だろう運転」は危険です。

歩行者は来ないだろう。

車は止まるだろう。

この道なら大丈夫だろう。

危険を予測して運転しましょうって、あれだけ言われた。

 

それなのに、人は人生になると急に「だろう」で走り出す。

 

きっとうまくいくだろう。

自分なら大丈夫だろう。

この人なら裏切らないだろう。

これだけ頑張れば報われるだろう。

まぁ、なんとも都合の良い運転である。

 

しかも、人間は年齢とともに老眼になっていく。

目の前の危険より、遠く先の可能性が見えるようになっていく。

 

遠くの危険を見通せば、普通は避ける。

危ない場所には踏み込まない。

でも、遠くの可能性は見たいんだ。

 

見たいから、見る。

目の前に転がっている違和感なんて、ピントが合いやしない。

 

  デメリットは、通過した後に姿を現す

デメリットは悲しいかな、後からしわ寄せのように迫ってくる。

 

ギャンブルの負け。

投資や投機の負債。

人間関係の悪化。

信用問題。

疲労。

後悔。

破綻。

 

それらは最初から無かったわけじゃない。

途中に分岐点もあった。

交差点もあった。

伏線もあった。

でも、通過した後になって初めて認識する。

 

「あそこから繋がっていたのか」

「あの違和感は、これだったのか」

「最初から兆候はあったんだな」

なんて。

 

デメリットは、受け取った時にしか実感が湧かない。

借金の説明を聞いても、借金を背負った重さまでは分からない。

人間関係が悪化する可能性を聞いても、本当に誰かを失った痛みまでは分からない。

 

失う前の人間に、失った後の現実なんて見えないんだ。

 

  盲目だから幸せなんだ

恋愛も同じだと思う。

 

恋愛している時が、一番人は幸せなんじゃないか?と思う。

片思いの時が一番幸せでしょ?違う?

 

まぁ、私してないですけどね(笑)

 

恋愛の渦中にいる時って、盲目になるんじゃない。

盲目だから幸せなんだよ。

気になることが無い。

引っかかることが無い。

多少の違和感も、欠点も、笑って流せる。

見えていないわけじゃない。

ただ、問題として見ていない。

 

それが幸せなんだ。

 

ところが、不満が生まれる。

障害が生まれる。

気になることが出来る。

すると、人はよく見ようと目を凝らす。

昨日まで気にならなかったことが気になり出す。

癇に障ることが癪になる。

目をつむっていたことに、目くじらを立てる。

 

幸せの終わりで、刮目の時だ。

見えたから終わる。

見ようとしたから、終わり始める。

一度ピントが合ってしまったら、もう前の盲目には戻れない。

  幸せと不幸は、天秤には乗らない

人は、幸せでいたい。

だから、デメリットを見たくない。

 

後から来るリスクを考えたら、今の幸せが消えてしまうから。

幸せっていう形のないモノと、不幸っていう形のあるモノは、天秤には乗らない。

比べられないんだ・・・

 

未来にあるかもしれない幸せと、今すでにある小さな違和感。

いつか来るかもしれない破綻と、今ここにある期待。

 

同じ重さで測れるわけがない。

だから、人は見たいモノを見る。

それは認知のバイアスでもあると思う。

 

でも、それだけじゃない。

 

感情があって。

欲望があって。

本能があって。

価値と意味を求める。

 

  それが人の性なんだと思う。誰かの幸せが乗った瞬間、逃げられなくなる

そして、もっと厄介なのが、そのメリットが誰かの幸せに繋がる時だ。

家族のため。

子どものため。

大切な人のため。

会社のため。

誰かを守るため。

そこに「誰かの幸せ」が乗った瞬間、人は簡単には降りられなくなる。

 

もう、自分だけの損得じゃないから。

ここで辞めたら、誰かを裏切る。

ここで逃げたら、誰かの未来を壊す。

ここで諦めたら、全部が無駄になる。

そう思ってしまう・・・

 

まさに、結婚の形だと思う。

 

だからこそ、

破綻させなければいい。

壊さなければいい。

自分が我慢すればいい。

自分が耐えればいい。

そうやって、自分を追い詰める。

 

関係を壊さないために、自分が壊れる。

 

なんとも悲しい話だ。

  メリットから逃れられるほど、人は強くない

メリットは、ドレスを着てやってくる。

綺麗で、魅力的で、未来まで見せてくれる。

 

デメリットは、忘れた頃にツケを回収しにくる。

現金で。

信用で。

人間関係で。

時間で。

時には、自分自身で。

 

それでも人は、メリットを見る。

幸せになりたいから。

誰かを幸せにしたいから。

選んだ物語を、間違いにしたくないから。

 

メリットから逃れられるほど、人は強くない。

自分のためだけに生きられるほど、人は強くない。

誰かのために。

大切な何かのために。

人は追われて、走って、守ろうとして。

 

そして、壊れてしまうのかもしれない。

悲しいね。

でも、たぶんそれも、人が価値と意味を求めて生きるってことなんだろうね。

 

今までのあなたは、今のあなたの為にある!

 

私も沢山の経験をしてきた。

本当に沢山の経験をした・・・
結婚もした・・・離婚もした・・・
子供も出来た・・・不登校にもなった
自己破産もした・・・
転職も何度もした・・・
田舎に引っ越した・・・村八分にされ住めなくなった・・・
鬱や精神障害、発達障害、適応障害・・・

 

 

今になって、やっと感じることがある。

全部終わって、もう戻れなくて

やり直しも出来なくて

 

それで、やっとブログを書けるようになった。

 

今までの自分だったら、ブログに書くようなことも思いつかないし

今までの自分だったら、自分の思いや気持ちを誰かに発信しようとは思わないし

今までの自分だったら、失敗を失敗以外の形で見れなくて、それをどうこうしようとは、思わなかった。

 

これで良かったんだと、今、思う・・・。

 

今までのあなたは、今のあなたの為にある!

今までのあなたがあるから!

これまでの経験や体験があるから!

良いことも、悪いことも

素敵なことも、悲しいことも

辛いことも、幸せなことも

苦しいことも、嬉しいことも

笑ったときも、泣いた時も

逃げた時も、戦ったときも

 

それがあるから、今がある!

 

だから、今までのあなたを否定しないでください!

大丈夫です!それでも大丈夫!

 

あなたのことは、あなたが一番分かっています。

今まで、十分頑張って来ました。

だから、これからは、

あなたは、あなたの為に、自分の為に生きて大丈夫です。

 

今までの自分を否定して、目を背けていてはダメです。

あなたは、本当の自分を諦めて・・・受け入れて・・・

本当の自分の気持ちを見つめなくてはいけません。

大丈夫です。

 

今までの自分を受け入れて、

その時々の自分の気持ちを受け入れて

本当は自分はどう思っていたのか

その時自分はどう感じていたのか

あの時、あなたはどうしたかったのか・・・

 

それに気付いてください。

 

そして、これからは・・・

今のあなたの気持ちを

今、これからのあなたの気持ちを

今、これからの本当のあなたの想いを

 

自分自身が聞いてあげて、その気持ちを正直に受け止めて

理解してあげて下さい。

そうやって、本当の自分を大切にしてあげるんです。

自分を大切にして、

自分の自分だけの自分にしか分からない

自分軸を見つけて

自分軸を持って生きて行ってください。

 

それが、あなたらしく生きていくことです。

 

この世界が生きにくいと感じていて

この世界で生きていくことが辛いと感じていて

本当の自分が分からなくなってしまっている

あなたは・・・

 

これからこの世界を変えて行けます。

 

大丈夫!それでも大丈夫!

あなたは、ありのままのあなたが一番素敵です✨✨

忙しいって毎日言っているのは、私です。

でも、そんなに忙しくはないんです・・・

やらないといけないことから目をそらしているだけなんです。

だって、嫌なんだもん・・・

忙しいって、最高の現実逃避かもしれない

「忙しい」って、便利な言葉だと思う。

仕事が忙しい。
家事が忙しい。
子育てが忙しい。
今は余裕がない。

やりたいことも、やらなきゃいけないことも、「忙しい」でペンディングできる。

でも私は、最近この「忙しい」って、単なる言い訳じゃないんじゃないかと思っている。

むしろ、現実を取捨選択するためのスキルなんじゃないかって。

  忙しいって、自分で選んでいる

私の実家は、共働きの兼業農家だった。

農業があって、仕事があって、さらに田舎独特の地域の繋がりもある。

寄り合い、消防、婦人会……とにかく24時間365日忙しい。

 

そんな「忙しい」という状態を見せられ続けた子供の私たちは、当然のように自分たちで遊ぶようになった。

 

ある時、私は「遊んで欲しい」と言ったと思うんだ。

返ってきた言葉は、

「ご飯はちゃんと食べさせている」

だった。スゴイ記憶に残ってる(笑)

これには返す言葉がなかったですね~

 

清々しいほどに、「忙しいから仕方ない」と、子供ながらに思える返答だったから。

 

別に親を否定したいわけじゃない。

ただ、忙しいっていうのは、そういうものなんだと思う。

 

その人たちには、その人たちの優先順位があって、その優先順位を一生懸命に消化していた。

とても大変だったことも、今の私なら分かる。

今だからこそ忙しいって重要なコトなんだと思えるんだ。

  逃げながら、別の現実を進める

仕事が忙しい。

大いに結構じゃないか?

 

嫌な現実から目を逸らして、忘れたい不安から逃れて、仕事に没頭する。

しかも、お金が貯まる!!!

最高じゃないか。笑!!!

 

もちろん、本当に忙殺されている人もいる・・・

 

仕事をして家に帰るだけで限界なのに、そこへ家事や育児まで加わったら、ハードを超えてヘルモードだ。

そんな人に「忙しいなんて言い訳でしょ」なんて言っていいわけがない。

 

実際、忙しいんだから。

 

その上で、忙しいことには悪い面だけじゃないと思う。

仕事をしている間は、仕事のことだけ考えればいい。

掃除をしている間は、掃除に集中すればいい。

走っている時なら、次の電柱まで走ることだけ考えればいい。

 

明確なゴールがあれば、余計なことを考えなくて済む。

寝る前のあの嫌なモヤモヤを持ち出さなくていい。

家に帰った瞬間の、なんとも言えない消失感を感じなくていい。

忘れたい過去のフラッシュバックに怯えなくていい。

 

こんな心の解放があるのだとしたら、「忙しい」というのは自分を守るための、とても大切な自己防衛機能なんだと思います。

  ペンディングしたって、別の現実は進んでいる

読みたくて買った本が積み上がっている。

「仕事が忙しくて読めないんだよね」

これ、よくある話でしょ?

 

宿題があるのに、なぜか部屋の掃除を始める。

めっちゃやる気あるのに、無意味に漫画読み始めちゃう。

 

恋人が欲しいと思っていても、

「今は仕事が忙しいから」

とペンディングする。

 

旅行に行きたいと思っていても、

「今は余裕がないから」

と先送りする。

 

一見すると、逃げているだけに見えるでしょ?

でも、部屋は綺麗になる・・・はず?

仕事は進む・・・終わってくれ。

お金は貯まる・・・使いたくなるけどな。

全部投げ出して休日は全部寝る。よく眠れる。この背徳感が無敵。・・・翌朝スッキリする?

 

つまり、ペンディングした問題は解決していなくても、別の現実はちゃんと前に進んでいる。

 

だから私は、「忙しい=悪い」とは思わない。

 

人間、全部の現実を同時に引き受けるなんて無理なんだから。

今向き合えるものを消化して、今は向き合いたくないものを棚上げする。

 

それだって、現実との付き合い方の一つだと思う。

もちろん、ペンディングした問題が消えるわけじゃない。

 

いつか向き合わなきゃいけないこともある。

 

それでも、今は仕事をしていたほうが楽なら、仕事をしたっていい。

不安を忘れるために働いたっていい。

お金が貯まるんだから。

 

そして……結婚前の男性が、結婚式の準備から逃げるために仕事を忙しくする。

これもまあ……ある意味、自己防衛なんじゃないですかね。笑

忙しいって、案外、悪くない。

現実から逃げながら、別の現実を前に進める。

そんな現実逃避があったって、いいじゃないか。

 

あなたの心にぽっかり空いた・・・

いつも、なにか探していませんか?

いつも、なにかに追われていませんか?

いつも、自分に足りないものを探していませんか?

あなたの心に空いた・・・・

あなたの中で、欠けている何か・・・

足りないと感じている・・・何か?

 

その、あなたの心に空いている・・・穴

 

埋めようと必死に過ごしていませんか?

 

なんとなく・・・足りないような・・・

何かが足りなくて、寂しいような・・・

自分に必要な何かが、欠けているような・・・

 

その、自分に足りない何かを探していませんか?

 

それを埋めようとして、さらに自分を苦しめていませんか?

 

代わりになる何かを探しながら、

埋めるための何かを探しながら、

日々、自分の大切なモノをすり減らしながら・・・

 

過ごしている人がいます。

 

あなたは、違いますか?

大丈夫ですか?無理していませんか?

 

 

心の穴を埋めるために過ごしているあなたへ

 

心の穴を埋めるために、足りない何かを探すために・・・・

 

仕事をしてみたり・・・

買い物をしてみたり・・・

友達と遊びに行ったり・・・

 

恋人を探したり・・・

 

あなたの、心の穴を埋めるために、足りない何かを補うために、

何かを足そうとしていませんか?

 

自分が、足りないと感じている・・・欠けていると感じている・・・

その何かを埋めるために、

新しい何かで埋めようとしていませんか?

 

自分の大切な心・・・あなた自身の・・・

隙間に・・・

 

あなたじゃない何かを入れて埋めようとしていませんか?

 

確かに、それが埋める方法なのかもしれません。

確かに、手に入れた瞬間は埋まったような気がするかもしれません。

確かに、何かを入れることで、満たされるコトはあるかもしれません。

 

でも、それは他のモノ・・・

 

あなた自身のもとは、違うなにか・・・

 

それで、いくら埋めようとしても、

また・・・まだ・・・どれだけ足しても・・・

満足、満たされることはないでしょう。

 

だって、自分の大切なモノが欠けているのに、

自分以外の何かでは、埋めることは出来ないからです。

 

自分自身の大切な心が、想いが、気持ちが・・・

足りないと、穴が空いていると、欠けていると

感じているモノは、

あなた自身でしか埋めることが出来ません。

 

昔…遠い昔に無くしてしまった想いとか・・・

つい最近、気付かなくなってしまった感情とか・・・

これから先、見えなくなってしまう自分の輝きとか・・・

 

自分の大切なモノは、

あなた以外の、『なにか』では、埋めることは出来ません。

 

そして、本当に必要なモノは、あなた自身にあるのかもしれませんよ?

実は、持っていて、気付けていないものなのかもしれませんよ?

 

本当にあなたに必要なモノは、

『モノ・コト・人』ではなく、ただただ

癒しなのかもしれません。