連休前みたいな日は、仕事を早く終わらせたくなる。
でも、そういう日に限って、周りとの温度差がやけに目につくことがある。
誰も悪くないのにしんどい・・・そんな日って、案外たくさんあるんだと思う。

温度差は、静かに人を削っていく。だから私はネガティブを吐き出す

 

はっきり言うね。

もう、超帰りたいの!

1秒でも早く帰って、連休を週末を休日を満喫したい!そして・・・お酒が飲みたい・・・

 

そう、私は仕事より、休日に命を懸けている。

最近聞く「ワークライフインテグレーション」?あほか?って思う。

  それぞれ正しいのに、モチベーションだけが噛み合わない

もう週末。
明日から連休。
こちらとしては、出来るだけ早く仕事を終わらせて帰りたい。

 

でも、現実はそんなに単純じゃない。

休日出勤の人もいる。
日にちがズレて連休の人もいる。
予定がない人もいる。
少しでいいから残業したい人もいる。
予定はあっても、そこまで急いでいない人もいる。

 

状況は本当にさまざまだ。


そしてその違いは、そのままモチベーションの差になる。

早く終わりたい人。
急いでいない人。
残業代が欲しい人。
少し余裕を持って進めたい人。

 

ここで厄介なのは、誰も間違っていないことだと思う。
悪い人がいるわけでもないし、サボっているわけでもない。


みんなそれぞれ、自分の事情の中で理性的に正しい判断をしているだけなんだよね。

だからこそ、余計にしんどい。
正しさでは、この温度差は埋まらないから・・・

  この温度差は、仕事だけの話じゃない

こういうことって、仕事だけじゃないと思う。
たとえば子育ての時の夫婦の温度差も、きっとそうだろう。

 

主観的に強く関わる側と、少し引いて客観的に見ている側。
どちらが正しいとかじゃない。


でも、感じている熱量は違う。

 

音楽を習わせるのか。
スポーツをさせるのか。
勉強を優先するのか。
何を大事にするのか。

方向性が違うことだってあるし、そこまで対立していなくても、温度差は生まれる。


そして、それを放置すると、だんだん亀裂になる。

小さなズレが、軋轢になる。
「なんで分かってくれないの?」が積もっていく。


最後には、関係そのものが危うくなることだってある。

 

だから、温度差を甘く見ない方がいいんだと思う。
誰も悪くないからこそ、余計に扱いが難しいんだ。

  じゃあ、今日のモヤモヤをどうするのか?

問題はここからだと思う。

今日の感情や想いを、どこでどう吐き出すのか?


コントロールするのか。
発散するのか。
ぶつかるのか。
ぶつけるのか。
それとも、一度飲み込んで別の場所で出すのか?

 

この選択肢を、自分の中に持っておくことは大事だと思う。

感情って、放っておけば自然に消えるほど都合が良くない。
言えなかったこと。
飲み込んだ不満。
モヤモヤした違和感。
そういうものは、溜まっていく。

そして、溜まったものは、いつか別の形で出る。
 

どうでもいい一言にイラついたり、関係ない相手に強く当たってしまったり、自分の中だけで腐っていったりする。

だから、出口は必要なんだよね。

  私は、出来ることをやるしかないと思っている

私の場合、予定を立てる時は基本的に余裕ありきだ。


仕事のしがらみがあることも前提にするし、思い通りに進まないことも込みで考える。

子育ての時もそうだった。
私に出来ることなんて限られていたし、一緒にいられる時間が少ない側だったから、フォローが中心だった。

 

結局、出来る側が、出来ることを全力でやる


そのくらいが現実的なんだと思う。

全部を自分の理想通りにしようとすると、苦しくなる。
みんなのモチベーションを揃えようとしても無理がある。


だって、事情が違うんだから。

でも、そう分かっていても、感情は残る。
そこが厄介なんだよね・・・

 

  ネガティブな投稿には、案外ちゃんと価値がある

だから私は思う。
案外、ネガティブな方向性のブログや投稿って、共感の力と可能性を持っているんじゃないか?って。

 

前向きな言葉が刺さる日もある。
でも、しんどい時って、眩しい言葉は重たいことがある。


そんな時に救いになるのは、「分かる、その感じ」と思える愚痴や不満だったりする。

 

毎日不満を投稿し続けるのも、ありだと思う。
専用のアカウント、いわゆる裏垢みたいなものも、使い方によってはかなり理にかなっている。

ただし、そこに落とし穴もある。

投稿するために、わざわざ意識や感情をネガティブな方へ持っていったら意味がない。
吐き出すための場所だったはずなのに、不満を探しに行く場所になったら本末転倒だ。

 

だから、ネガティブ投稿は「住む場所」じゃなくていい。
あくまで、吐き出すための場所
叫ぶための場所。
王様の耳はロバの耳って叫ぶための、古井戸みたいなものなんだと思う。

 

  愚痴は弱さじゃなく、自分を守るための出口かもしれない

愚痴や不満って、あまり良くないものみたいに扱われることがある。


でも私は、そうは思わない。

溜め込みすぎた感情を外に出すことは、自分を守ることでもある。

 

誰かを傷付けるためじゃなく、自分が壊れないために吐き出す言葉なら、それは必要なものだと思う。

 

誰も悪くないのにしんどい日。
正しさでは埋まらない温度差に削られる日。
そんな日に、「こんなことでモヤモヤする自分が悪い」なんて責めなくていい。

ちゃんとしんどかった。
ちゃんとズレを感じた。
だから、ちゃんと吐き出していい。

それだけで、明日は少し違うかもしれないから。

 シンプルフレーズ

誰も悪くない温度差ほど、人を静かに削っていく。
だからこそ、今日のモヤモヤは今日のうちに吐き出していい。
愚痴を吐くことは弱さじゃない。自分を守るための古井戸だ。

 

「大様の耳はロバの耳~」ってね(笑)