今月のブログは、連載形式での投稿をしていきます。
『自己を見失いながらも、哲学の思索を通して少しずつ自己理解を深めていく』
姿を描いていきます。
最後までお付き合いいただけたら幸いです。
哲学の思索を通して少しずつ自己理解を深めていく物語
主人公:加代子
正しくあろうと、正解を選びたいけど選べない葛藤の中で、
自分を否定したくなる気持ちを持っている。
『“わたし”に耳をすませる』
プロローグ:声なき声
「またやってしまった」
帰り道、加代子は何度もその言葉を飲み込んだ。
職場での些細なミス。言い訳もできたはずなのに、
謝るだけで精一杯だった。
頭の中では、誰かの声が響いていた。
「どうして、そんなこともできないの?」
「あなた、また同じミスしてるわよ」
「気を遣ってよ、もう大人でしょ?」
声は現実のものだけじゃない。
“過去の誰か”の声が、繰り返し心に焼きついて離れなかった。
(私は、また責められる)
(私は、また失敗した)
(私は、また、だめなまま)
気づけば、いつもこの結論に行き着いていた。
第1章:囚人の部屋
夜が明ける前、加代子はベッドの中で目を覚ました。
目覚ましはまだ鳴っていない。カーテンの隙間から差し込む街灯の光が、天井にぼんやりと模様を描いている。
「また、眠れなかったな」
ぼそりと呟いた自分の声が、やけに遠く聞こえる。
夢を見ていたような気がする。叱責される夢。何をしても誰かに指を差される夢。だが目覚めても、あの声は現実と地続きで、自分の中に根を張っている。
──なぜ、いつも失敗ばかりなんだろう。
思い返せば、幼いころからだった。
「どうしてそんなことするの?」
「ちゃんと考えてから話しなさい」
「また?もう何度目?」
言葉は刃にもなる。加代子は、そのことを知っている。
だが本当に厄介なのは、誰かの言葉がやがて“自分の声”になることだ。
今、自分を叱りつける声は、もう他人のものではなかった。完全に自分の中に染み込み、「加代子」を責める“加代子”になっていた。
職場でも家庭でも、些細なことが引き金になる。
資料の提出が少し遅れただけで、上司の口が歪む。
料理にちょっと塩を入れすぎただけで、夫が箸を置く。
それらの反応が「またやった」と自分を裁く声と結びつき、胸の奥で波紋を広げる。
もう何年も、自分を信じるという感覚が思い出せない。
そんな夜、スマートフォンを開いた。意味もなくSNSを眺める。誰かの成功、充実、幸福。それらが無言の圧力となって襲ってくる。
スクロールを止めたのは、ある投稿だった。
白黒の写真に、短い言葉が重ねられていた。
「人は、自分の考えの中に閉じ込められている囚人である。」
──アルベール・カミュ
読んだ瞬間、その言葉が静かに胸を打った。
──囚人?
自分の中のどこかが、わずかに震えた。
「他人に責められるのではなく、自分の考えに閉じ込められている」という言葉。
それは、まるで見透かされたようだった。
加代子の脳裏に、これまで自分に投げかけた無数の“否定の言葉”が浮かぶ。
「私なんて」
「どうせうまくいかない」
「誰にも必要とされていない」
言葉は時に、現実を形作る力を持つ。
自分に向けた否定の言葉は、やがて世界の見え方すら変えてしまう。
人の表情が厳しく見え、声の調子が敵意に聞こえる。
だが──その解釈を作り出しているのは、結局、自分の思考だった。
「私は、自分の考えの囚人なのかもしれない」
そう呟くと、胸の奥にわずかな空洞ができた気がした。
そこはまだ痛むけれど、なぜか呼吸が少しだけ楽だった。
加代子は古びたノートを引き出しの奥から取り出し、初めてそこに書いた。
「カミュ:人は、自分の考えの中に閉じ込められている囚人である」
——では、私は何に囚われているのか?
それは、自己否定から抜け出すための最初の問いだった。
肯定の言葉も、否定の言葉も、どちらも人を動かす。
でも、どちらを“選ぶ”かを決めるのは、自分自身なのかもしれない。
加代子は、ノートを閉じた。
眠れなかったはずの夜の終わりに、少しだけ眠気が差してきた。
囚人としての朝を終え、「問い始める者」としての朝を迎える前に。
次回に続きます・・・・第2章:問いのかたち
加代子の内面の問いが、少しずつ言葉と向き合う旅へと変わっていく始まりです。
独り言・・・


