一杯のための雑談…【Simple Minds】って何でしょう? -4ページ目

一杯のための雑談…【Simple Minds】って何でしょう?

波乱万丈の人生に少し疲れたかな。

前回、今年最後のブログ記事と言っときながら、

追記します。

音楽ブロガーとして。

 

2020年4月~2023年11月25日(土曜日)。

これが、私の愛猫、ウサの生涯。

なんてあまりにも短い期間でしょう。

決して本人が望んだわけでもないのに、

ウサは、この短い生涯を閉じてしまった。

 

まだ泣いてるよ。

あんた、男でしょ!

しっかりせいよ!

 

2023年11月24日、

行きつけの動物病院が休診日でした。

ウサを病院の前まで連れて行ったんだよね。

そこで、「あっそうか、今日は金曜(休診日)だった」っと

気づいたんだよね。

ウサ、それでもまだ意外と元気だったよね。

 

だから、「明日」でもいいか。

 

この判断。

バカ、バカバカ!

ごめんね、ウサ。

本当はとても苦しかったんだよね。

仕事なんて休めばよかった。

 

仕事に行く直前、

「座っている」のではなく、

「横たわっている」姿に、

少し不信感を抱いたんだよね…

なんか変だなって。

そうだよ、仕事なんて休めばよかったんだよ!

なんで、その発想が出来なかったんだろう。

「命」を何だと思ってんだよ、このバカな私!

私は、なんて愚かな飼い主でしょう。

 

どちらかというと、大人しい猫だったウサ。

妹思いのやさしいウサ。

とてもテレ屋のウサ。

恥ずかしそうに、私の膝に寄ってくるウサ。

青い目のウサ

シャムネコのようなハスキー声のウサ。

最後まで、私に心配をかけなかったウサ。

本当は、とても寂しがり屋なのに。

 

神様、

どうして、その命を奪ってしまったの?

そりゃないよ!

神様、あなたは本当に神様なの?

だったら、私を奪えばよかったでしょ。

なんでウサなの?

あなたもバカなの?

暴言、ごめんなさい、神様。

ごめんなさい、ウサ…。

 

今までありがとう、ウサ。

さようなら、ウサ。

すごく苦しいよ。

でもその苦しさは、

ウサを想い続けている証(あかし)であり、

私の責任。

一生背負っていくよ。

 

さようなら、私のかわいいウサ。

さようなら、青い目のウサ…

 

The Time Is Now / Naked Eyes(1983年)

ウサに愛(eye)をこめて

愛しのウサへ

 

2023年11月。

まだ年の瀬には早いのですが、

今年は、これで最後の記事にいたします。

 

この記事を、ブログにするか迷いました。

そもそも、今回の記事を書く気力さえ、

失っていましたから。

しかし、私のブログは、自分自身への日記。

これ程にも重大な出来事は、

きちんと残しておくべきでしょう。

 

2023年11月25日。

私の愛する猫、「ウサ」が、お星さまになりました。

生まれてから、まだ3年くらいの、

まだまだ育ち盛りの男の子です。

 

死因は「膀胱炎(ぼうこうえん)」。

雄猫がかかりやすい病気のようですが、

当初、異常を察した私は、すぐに病院へ。

治療の結果、まだ重症ではないとのことで、

とりあえず、薬治療での様子見となりました。

 

確かに、その後症状は少し良くなり、

時間と共に、完治するものだと、

勝手に私は判断しました。

ところが…

 

11月22日の夜くらいから、

ウサの「泣き声」が、いつも違うと感じました。

哀(あわ)れむような、悲痛な声でした。

でも、結構元気なんだよね。

それでも、いやな予感がしたので、

薬治療中ではありましたが、

すぐにまた医者に診てもらおうとしました。

 

ところが、

11月23日の祝日(勤労感謝の日)と、24日(金曜日)は、

行き付けの病院は休診。

11月25日の朝に、病院に連れて行こうと思いました。

この判断が甘すぎ!!

 

私の仕事は遅番なので、

24日(休診日)の朝、仕事に行く前に、

自宅でウサを見届けました。

確かに元気なかった。

「明日の朝、すぐに病院に行こうね」

体をなでて、仕事に向かいました。

そう、それが最後のお別れでした。

 

11月25日の朝。

仕事から戻ったのが9時半過ぎ。

その時、ウサはすでに息絶えていました。

でも、手足は硬直していましたが、

まだお腹は暖かいのです。

だから、何度も蘇生を試みました。

泣きながらね。

 

でも、やはりこの世に戻すことはできませんでした。

 

私は声を出して泣きました。

まるで赤ん坊のように。

私は、男が泣くのは「恥」だと思っているので、

泣くことが大嫌い。

泣いてる男を見るのもイヤです。

そんな私が、昨年、父親が亡くなった時よりも、

はるかに上回る「泣き」になりました。

 

実は、今も連日一人で泣いてしまう。

私に、こんなにも涙があるとは思いませんでした。

 

動画を作りました。

一日でね。

ウサのために。

当たり前だけど、泣きながら作ったよ。

 

私はバカです。

ウサの病状悪化を感じていながら、

対応が後手後手(ゴテゴテ)に回ってしまった。

なんてバカな飼い主でしょう。

なんて可哀想なウサでしょう。

 

本当は、ずっと、

とても苦しかったんだよね、ウサ。

ごめんね、ウサ。

そこに気づかないパパは、本当にバカです。

本当にごめんね。

 

2023年も、昨年の「父」に続いて、

大切な、大切な「ウサ」を失いました。

ねぇ、神様、

「死」は、誰の人生においても必然だけど、

「死」の順番が違うでしょ!

何で今「ウサ」なの!

今は、自分と神様を恨みます。

神様のバカ!

そして、何よりも、自分のバカ!!

 

死んじゃうなんて…

そりゃあ、ないよ…

勘弁してよ…

パパは悲しいよ、苦しいよ…

ごめんね、ウサ…

ごめんね…

ごめんね…

 

最悪の年、2023年。

 

simple.m

I Don't Mind / Lindsey Buckingham (2021年)

 

私の家族、全4名。

一応、主(あるじ)の私、

そして、妻、長女(お姉ちゃん)、次女(アホ娘)

もう各々が、それぞれの生活を営むために、

私と女房も含め、全員が別居しています。

そんな家族に、私が呼びかけました。

この4人でだけで、旅行をしようって。

 

昨年、

末期癌で病弱になってしまった父を連れて、

父とは最後の旅行となった温泉地、

「湯西川(ゆにしがわ)温泉」(栃木県日光市)

父がずっと「行ってみたい」と言っていた温泉地でしたので、

病弱になってしまった父でしたが、

私は強引に旅行計画を立て、実行しました。

父の言うとおり、本当に良い所でした。

 

いつか、湯西川温泉には、

自分の家族とも行ってみたいと強く思い、

その意思を家族に伝えていました。

 

でも、全体の環境的に、なかなか実現が難しく、

内心はあきらめていたのに、

次女(アホ娘)が引っ張ってくれました。

「ねえ!あの旅行、いつやるの!!」ってね。

ありがとう、私のかわいいアホ娘…

 

2023年10月15日(日)、16日(月)。

私たち家族の「湯西川温泉ツアー」は決行されました。

みんな、都合をつけてくれて、ありがとう。

 

父と行った旅館の部屋付き露天風呂が最高!で、

一度私の家族にも入ってもらいたかったんです。

この旅館の大浴場にも露天風呂はあるのですが、

個人的には、それを上回る、

すっごく雰囲気の良い、

素敵な部屋風呂なのです。

湯西川温泉、旅館「本家・伴久(客室・相生)」の部屋付き露天風呂より

 

それにしても、私はいつも感じます。

楽しみにしている行事は、

当日よりも、それを待つ日々こそが、一番楽しい。

だから、今回も私は、

まるで遠足を待つ子供みたいに、

前日まで心を躍(おど)らせていました。

そして当日は…

ああ、これがもうすぐ終わってしまうっという

とてもさみしい気持ちでいっぱいでした

この旅行が始まった時からね。

 

昔は当たり前だった家族旅行。

今は、とても貴重な時空間です。

ありがとう、私の家族たち。

雨上がりの「湯西川ダム」にて

 

さて、自称・音楽ブロガーの本題です。

リンジーバッキンガムの本日の曲「I Don't Mind」は、

すごくナチュラルで、大人のポップスに仕上がっています。

 

個人的な意訳ですが、

人生における、今までのつらい経験、

そして、これから起こるかもしれない様々な困難。

「でも、それはいいんじゃないの(I don't mind)」。

「すべて受け入れようよ」。

「人生ってそんなものさ」。

 

本来は、強いクセのあるところが魅力だった彼ですが…

しかし、今や多くの困難を味わい、

今も尚、悩めるアーティスト、リンジー・バッキンガム

特に直近では大きな病を患(わづら)い、

生死をさまよったとか。

そんな彼が、

神の域に達した境地に立って、

多少クセを残しながらも、自然な曲調で、

とても優しく歌い上げているように感じています。

 

どうが、長生きしてくださいね。

父が癌で亡くなって、9か月以上が経(た)ちます。

でも、いまだに空虚感ばかり。

そんなに仲良かったっけ??

お互いの会話が多かったわけでもなく、

世間からすれば、

そんなに仲の良い親子関係ではなかったと思います。

 

でも、世界一、尊敬していました。

親としては子育てに至らない所がたくさんありましたが、

仕事の先輩として、何よりも、生きる「人として」、

心から敬服しています。

アハハ、それは結局、子育てとしても、きちんと出来ていたのね。

 

しかし、兄の考えは、私とは違うようです。

私は次男なので、何かと甘えて育ちました。

私への育て方(厳しさ)は、明らかに兄とは違うと、この目で見てきました。

兄は、今でも父や母に対して恨みのある態度を取ります。

永遠に近づけない「兄弟」なのでしょうね。

 

さて、もう、8月なんですね~。

ブログを更新しないと、ブログを止められてしまいます。

私は、自称、音楽ブロガー。

だから、音楽記事でいきます。

 

ブライアン・アダムズ…

アメリカンでもUKでもなく、カナディアン・ロッカー。

いや~、彼のサウンドやクセのないルックスともに、

とにかく爽(さわ)やかなポップス・ロッカー「でした」。

アハハ、「でした」はないですね。まだ現役ですからね。

ブライアンの全盛期は、私の青春時代とピッタリ当てはまります。

こんな私でも、爽やかな時代があったのです。アハハ…

 

Summer Of '69 / Bryan Adams 

(1985年・全米5位)

 

ブライアンは、多くのバラード・ロックの名手でもありました。

大ヒットした「ヘブン」を含め、

リリースされた数々のアルバムには、

シングルにならなった曲も含めて、多くの傑作バラードがありました。

 

Heaven / Bryan Adams

(1985年・全米1位)

 

今日ピックアップするロック・バラード↓は、

個人的には、とっても泣ける曲です。

 

1991年に封切りされた、

ケヴィン・コスナーメアリー・エリザベスが主演の映画「ロビン・フッド」。

その主題歌を担ったのが、ブライアン・アダムズの名バラード。

でも、当時見ていたMTVが、なかなか見つかりませんでした。

彼らのバンド演奏と共に、映画のシーンが入っている、

とても素敵な動画だったのです。

やっと「ようつべ」で見つけましたよ。

画質はきびしいものがありますが、アップしてくださった方(かた)には、

心より感謝申し上げます。

きっと著作権などの問題で、公開するのが難しいのでしょうね。

でも、私がサウンド・アップして、あらためて復活させました。

公開できるように工夫したつもりですが、

おそらく、いずれ削除されることでしょう。

ほんのしばらくの期間ですが、自己満足の動画で楽しむことにしましょう(笑)

 

(Everything I Do)  I Do It For You / Bryan Adams

(1991年・全米1位)

 

ちなみに、ブライアンも良いですが、

ブライアンのバンドのメイン・ギターリストが大好きでした。

カッコいいわ!

どの動画でも、ほんの少しだけ出てきます。

でも、そんな彼を見たさに、いつもブライアンの動画を見ていたような気がします。

 

あらためて父親の存在の大きさを実感する日々。

私自身、自分の娘たちには、きっとできない事ですね。

素敵な過去をくださって、ありがとう、お父さん。

 

さて、ブライアン!

いっそのこと、私を昔に戻しておくれ!

 

One Night Love Affair / Bryan Adams

(1985年・全米13位)

Here / The Dream Academy

※1987年、アルバム「Remenbrance Days」より

 

2022年(令和4年)…

 

たまたま仕事のシフトの都合で、

3年ぶりに大晦日(おおみそか)を家で過ごす事となりました。

でも、今まで当たり前だった父親との食卓は、

もう、ありません。

 

2022年…

 

年末が押し迫った12月。父親が亡くなりました。

でも、こうなると覚悟はしていた死でした。

きっと年を越すことはきびしいだろうなって。

 

「孝行したい時に、親はなし」って、

よく親が亡くなって後悔するたとえで使われる文言ですが、

私には当てはまりません。

 

後悔はしていない。

ただただ、寂しい…

悲しいよ…

何気ない、父の過去の事が

走馬灯(そうまとう)のように過ぎていきます。

 

2022年…

 

散々私を苦しめてきた次女。

急に素直になり、昔のように接してきた。

二十歳(はたち)前で、いきなり婚姻と出産。
相変わらずの「やんちゃ」振りには、

もう慣れたわ。

もう、何も驚かないよ。

今年の唯一明るい話題が、

このかわいいアホ娘。

ありがとね。

 

2022年…

 

神様、来年も日本をお守りください。

 

良いお年を…

 

simple.m

 

★「ドリーム・アカデミー」関連記事

 

 

2022年12月3日、朝の6時…

病院からの電話で、父の死を知りました。

「すい臓がん」という、癌の中でも、

とても手ごわい相手に対して、2年以上の闘病生活。

本当によく頑張りました。

コロナ対策の元、父の入院時に私もPCR検査を受け、

翌日、面会が可能になる予定の矢先の出来事でした。

 

まず、

この世で私が最も尊敬する「わが父」に向けて、

合掌

(享年86歳)

 

父の異常が発覚したのは、2020年の7月。

体中が黄疸(おうだん)にさらされ、具合も悪くなり、

近くの病院に緊急入院。

検査の結果、「すい臓がん」と判明しました。

「すい臓がん=死」という、私なりのイメージがあったので、

とてもショックを受けました。そして、父の死を覚悟しました。

その日、あまりにつらくて、父に向けた動画を作る事で、

気を紛らわしたことを覚えています。

(一枚の絵 / 財津和夫)

 

でも、それから2年、父は生きました。

奇跡だと思います。

この2年の間、私は家族旅行を提案しました。

父の地元である、栃木県、那須塩原温泉から。

そして、千葉県の鴨川温泉、

静岡県の修善寺温泉。

最後は、やはり父の地元・栃木県、湯西川(ゆにしがわ)温泉

最後の湯西川温泉は、父が「行ってみたい」「行ってみたい」と、

ずっと言っていた温泉の一つ。

父の具合がだいぶ悪くなってしまった今年の10月、

私が強引に計画しました。

きっと、最後の旅行になると思って。

 

湯西川温泉は、本当に素晴らしい場所でした。

父が「ここはいい温泉だろ~」って、

行ったこともないくせに自慢する姿が、切なく思い出されます。

でも、本当にいい温泉だったよ…ありがとう、お父さん。

今度、私の家族を連れて、私も自慢するからね。

 

12月7日のお通夜、8日のお葬式は、

父の言葉通り、身内を中心に、少数での式でした。

でも、決して質素ではなく、それなりに豪華にやりました。

だって、私の父親は、それだけの事をしてきた人間ですから。

 

私は半月前に会社を休職して、自宅にて父を見守ってきました。

仕事はいつだって出来る。

父の死を感じた時、迷わず会社に休みをお願いしました。

その決断には間違いはありませんでしたが、

最後の最後、

入院をしたその日に、コロナのせいで立ち会えなかったことが、

とても、とても悔しい。何のために会社を休んだんだろう…

いや、立ちえなかったけど、

一緒にそばで闘えた日々があって良かったよ。

人生で、一番父に近づけた日々でした。

 

父の死を受け入れる事が出来るのか、

当初は不安でしたが、

今は意外なほど、その現実を受け止めています。

さて、今週から、いつも通り、仕事に復帰します。

今度は母親の心配がありますけどね。

 

私は音楽ブロガー。

こんな時だって、きちんと音楽で締めないと…

大好きなバンド、フリートウッド・マックの主力メンバー、

クリスティーン・マクヴィが、11月30日にお亡くなりになりました。

(享年79歳)

 

実は、これも私にとっては大ショックです。

フリートウッド・マックが大躍進していた頃の曲。

彼女らしい、ブルース色の強い、とっても素敵なバラードです。

 

Over And Over / Fleetwood Mac 

※1979年、アルバム「牙(タスク)」より

 

2022年、

私の親しみを感じる人たちが、

たくさんお亡くなりになりました。

「死」というものが、これ程身近に感じる年はありません。

歳をとるって、こうゆうことなのか…

 

父へ、

至らぬ息子で本当にすいませんでした。

ありがとう。

私は、自分自身の日記のつもりで、

音楽(洋楽ポップス)ブロガーを自称しています。

だから、今日のメインは、

アメリカ・イリノイ州のアーティスト、

ダン・フォーゲルバーグの曲「ロンガー」

 

以前の音楽記事を書くトーンでアップします。

この曲「ロンガー」も、当ブログでは既出なのですが、

今回はあらためて特別な思いを込めて、

ブログ記事を残します。

 

Longer / Dan Fogelberg (1979年・全米2位)

 

ダン・フォーゲルバーグの声は、本当に優しい声。

声だけでなく、人格面としても、

とても優しくて、愛妻家の男性だったようです。

こんなに大人しい曲なのに、1979年の全米チャートでは2位まで獲得する、

彼一番のヒット曲なのです。

ダン・フォーゲルバーグは、残念ながら、

56歳(今の私と同じ歳)という若さで、

2007年、癌によってこの世を去りました

 

この曲「ロンガー」は英字では「Longer」

直訳すれば「より長く」。

本来は「愛」の歌なのですが、

今の私は、癌で闘病する父へ捧げます

 

わかってます。もう回復はしない。

私がどんなに介助しても、もう無駄な事ばかり。

まあ、下の世話は無駄にはなりませんね。

でも、こちら側への反応は、日々薄くなってきています。

そんな中でも、父は「もう、想い残すことは何もない」「幸せだった」と

小さな声でささやいています。

そんな声を聞きながら介助する側も、毎日毎日が本当につらい。

自分の活力が、どんどん吸い取られていく感じがします。

 

それでも、いつも私が念じていることは、

より長く…

そして、感謝。

 

★「Dan Fogelberg」関連記事

 

さて、久しぶりに私のアホ娘の事を残しておきましょうか。

 

私の次女…今年でハタチ(二十歳)

やんちゃで、無謀な行動をし放題。

警察にも何回行ったことことか…。

いっそのこと、こいつを殺して私も死のうと思ったことも、

冗談ではなく、本気で考えた時もありました。

 

とにかく、この娘は私たち夫婦を悩ましてきました。

私は、この娘のおかげで、仕事や住居も変えました。

 

おまけに知らない間に勝手に結婚して、妊娠までして。

私は知らん!

(でも、相手はいい旦那さんだと感じた…)

 

そんなアホ娘が、近年、とても素直になりました。

まるで、昔の娘を見ているように…

「時」が、彼女を育ててくれたようです。

私たち夫婦は、何もしてあげれませんでしたが。

 

「何もしてあげれません…?」

イヤ!訂正します!

私の女房は、ホントに子育てに苦心し、努力し、戦っていました。

信念を曲げずにね。女房はえらいわ。

母親と娘の別居という手段も取りましたが、

妻にとっても、娘にとっても、

それが良かったと、今でも信じています。

きっと、娘も、自分の母親を見直してくれたと思います。

 

さて、前置きが、ものすごく長くなりましたが、

私のアホ娘、今日、日本男児を出産しました!

15時間の難産の末…。

その間、ずっと付き添っていたのは女房。

お二人とも、

本当にお疲れさまでした。

アホ娘、本当によく頑張ったね。

つらかったでしょう。ママもつらかったんだよ。

あなたも、もう立派な母親だね。

私みたいな、むさい「男」は、

一歩引いて、これかも一緒に尽力するだけです。

 

ありがとう、神様。

母体ともども、無事に出産が出来ました。

良き家族の時代を思い出すことが出来ました。

 

でも、娘よ

これからが本番。

これからが、ホントに大変な日々だぞ!

私は、ずっと見守っているよ。

 

私の宝物動画

A Day Without Rain / Enya

(2000年・アルバム「A Day Without Rain 」より)

 

★「私の宝物動画」関連記事

 

前回の記事で、

安倍晋三(元内閣総理大臣)の「死」について取り上げた時に、

「おおたか・静流(しずる)」女史の曲をアップさせていただきました。

その彼女も、お亡くなりになられたのですね。

(2022年9月5日・享年69歳)

 

悲しくてやりきれない / おおたか静流

 

今の私にとって、

「死」とは、最も怖く、さびしいものに感じます。

自分の「死」?

アハハ、私なんていつ死んでもかまいません。

周りの人たちの「死」が、とても悲しいのです。

 

一番の恐れは、癌で療養している両親の事です。

いつ最期が訪れるのか…

日々、それを考えると、「悲しくて、悲しくて」

とてもやりきれません。

 

でも、その前に、

両親より若い、安倍さんやおおたかさんが

お亡くなりになるなんて…

神様…本当にそれでいいの?

 

悲しくてやりきれない / ザ・フォーク・クルセダーズ

おおたか静流さんの歌は、

一番有名な「花」よりも、

この「悲しくてやりきれない」が、最初の出会いです。

とても素敵な曲だったので、

私の好きな「桜」と一緒に編集したのが、上の動画なのです。

他のアーティストのカバーが多いイメージですが、

カバーを越えて、彼女のオリジナルとしての世界に引き込まれる、

とても素敵なアーティストでした。

 

心よりご冥福をお祈りします。

 

花 / おおたか静流

 

こんな悲しい記事、本当は書きたくないよ…

でも、ちゃんと残しておかないと。

 

覚悟はしていましたが、やはりお亡くなりになりました。

本日、2022年7月8日(金)、17時3分とのこと。

享年67歳。

 

政治は、

イデオロギーや権力闘争、

闇社会の部分もあり、

何が「正しい」とは、なかなか言えない。

 

ただ、私にとって、今の真実は一つ。

 

最も尊敬する政治家を、今日、失いました。

 

それも、日本国内にて暗殺という、

なんと無体な…

 

日本国に、これ程貢献した政治家が、

無念にも、日本人の手によって、

あっという間に殺されてしまったのです。

 

私を含め、なんて愚かな国民でしょう。

なんて愚かな国家でしょう。

悲しくて、悲しくてしょうがない。

本当にやりきれない…

 

いずれ、真相は解明される事でしょう。

どんな理由があるにしても、

やってはいけない事。

日本の良い子のみなさんは、

絶対に真似しないでください。

 

今の私には、これだけ書くのが精一杯。

手が震えて、キーボードが打てないよ。

涙が止まらない。

 

でも、私は音楽ブロガーです。

安倍晋三氏の「死」を受け入れ、

彼に捧げる曲をアップします。

めいいっぱい、明るく振舞って…

 

「若死にするのは善人だけ」

(Only The Good Die Young)

by Billy Joel