一杯のための雑談…【Simple Minds】って何でしょう?

一杯のための雑談…【Simple Minds】って何でしょう?

波乱万丈の人生に少し疲れたかな。

Straight From Your Heart / 高中正義

1983年・アルバム「CAN I SING?」より

 

お父さん、ごめんなさい。

父のアーカイブ(記事テーマ)より、

母の方(ほう)が、

断然多くなってしまいました!

アハハ!

それが、

偉大なる母(女性)のパワーなのです!

 

父上様、

昨日、母がそちらに行きました(火葬)。

よかったね。

またいつものように、

二人で、

夫婦仲良くお過ごしください。

 

2026年8月23日(通夜)、24日(告別式)を経て、

これで、ひと段落しました。

最高気温35度、真夏日の真っ盛りの中、

爽(さわ)やかな

お別れでしたね。

まさに、タカナカ・サウンド

ピッタリでした。

 

これで両親ともに、

無事見送ることができました。

私にとっては、

まさに、

一つの時代の終焉(しゅうえん)

を実感しています。

 

いかに自分が母に甘えていたか…

 

そんなの、ずっと前から自覚してたさ!

だから、開き直って、

とことん甘えてやったのさ!

 

そう、

だから、涙はなし!

笑顔で、

最後の最後まで見送ったよ。

 

母上様、

やっと父のそばに行けてよかったね!

本当にお疲れさまでした。

最高の「母」…

いいえ、最高の「両親」でしたよ!

 

ありがとう!

またいつか…

私がそちらに行った時、

よろしくお願いします。

 

simple.m

(一応、私は音楽ブロガーなのだ)

 

She's Always A Woman / Billy Joel(1978年)

 

2026年8月18日。

施設にいる兄からの連絡は14:13分。

 

「今、(息を)引き取ったよ」「すぐ来て」

アハハ、

今日の朝、さっき交代したばかりじゃん。

…亡くなったって…

そりゃ、ないよ、、、

 

偉大なる、私の母親。

享年88歳。

 

看取ることはできませんでした。

でも、不思議と後悔の念が、あまりない。

なぜなら、

その日の明け方、

私は母とじっくり語り合ったから。

 

その日(8月18日)の明け方、

なぜか、

急に母に話しかけたくなったんだよね。

 

「あなたは、母親としてすごいよ!偉いよ!」

「いつも反抗ばかりしていたけど、

いつもあなたの方が正しかったよ」

「いい先生だったね。あなたは立派な教員だったよ」

「向こうで、パパ(私の父)が待ってるから、心配ないよ!」

「ありがとう…ごめんなさい、こんなバカ息子で」

「あなたの子どもでよかったよ」

 

尽きることなく、母親の髪をなでながら、

じばらく母に語りかけていました。

母は、もう意識がもうろうとしている状態でしたが、

目をしっかり開けて、私の話を聞いてました。

そして、嬉しそうな表情に…

私には、確かにそう見えました。

 

残念ながら、看取ることは出来ませんでしたが、

伝えたいことが言えたこと。

今にしてみれば、それが唯一の救い。

 

もう、本当に逝(い)ってしまったんですね。

寂しいよ…

でも、もう十分頑張りましたからね。

生きていてほしかったけど、

今まで随分頑張ったから、

もう、父親とゆっくり過ごしてくださいね。

 

男尊女卑が、まだまだはびこる時代の女性として、

決して気張ることなく仕事をこなし、

それでも、我が子には厳しく教育し、

時として嫌われ、

それでもパワフルに、

父親以上に家庭を支えてきた母を

ずっと見てきました。

 

母親が取り組んできた姿勢を見てきた私は、

自然と、「女性ってすごいな~」っと

小学生の頃から思っていましたよ。

そして、その気持ちは、

今の今まで変わりません。

 

母上様、

本当にありがとうございました。

感謝の気持ちや、あなたを失った悲しみは、

とても言葉だけでは表しきれませんが、

最後に思い浮かぶ一言は…

 

父が亡くなった時と一緒だよ。

 

「至らぬ息子で、本当に申し訳ありませんでした」

 

合掌

 

simple.m

すい臓癌の母とのラスト・ラン。

 

私たち家族(私と兄)にできることは、

もう何もありません。

ひたすら「見守り」

ただただ、痛みのない、安らかな旅立ちを「祈る」だけです。

そして、心からの「感謝」を念じるばかりです。

 

Power To Believe / The Dream Academy(1987年)

 

7月22日に、病院から「介護・看護付き老人ホーム」施設に移住させ、

8月1日から、私は約1カ月ぶりに仕事復帰しました。

しかし、8月15日未明、母の容体が悪化。

急きょ、あらためて会社に休暇を申請し、

施設での寄り添いを開始しました。

何度も会社にご迷惑をかけてしまい、

本当に心苦しい。

 

もはや母は、ほとんど意識がありません。

「痛み止め」は継続投与してますが、

点滴は施していません。

これ以上の無理な栄養摂取は、

むしろ母を苦しめることになります。

つまり、延命処置は全く行なっていない状態なのです。

 

母や父の癌への看病生活を通じて、

今後、自分自身が闘病する局面を迎える上での教訓を得ました。

家族(自分の娘たちや妻)とは、日頃から、

自分が末期になった際の意向を伝えておくことが大切です。

結局は、面倒をかけてしまうのですから。

 

それにしても、

母への看病生活において、最大のストレスをもたらしているは、

兄の存在です。

もともと折り合いの悪い仲でしたが、

母の看病における様々な局面で、考え方が合わないのです。

それでも、ほとんど兄の意向を取り入れ、

私はいつも引いています。頭にくるけどね。

 

母が亡くなったら、私たち兄弟は崩壊するでしょうな~。

まあ、それが自然な成り行きで、私も楽になります。

「兄弟同士、仲良くしてよ!」っという母の意向には

背(そむ)いてしまいますが…

ごめんなさい、母上様

 

母がいなくなったら…

寂しくなるよ…悲しいよ。

New Kid In Town / Eagles

(1976年・全米1位)

 

2026年7月22日。

母の癌との闘病生活((ラスト・ラン)。

千葉県柏市の郊外(柏の葉キャンパス)にある総合病院から、

同じ柏市の中心部に立地する介護施設へ引っ越しました。

 

「緩和ケア病棟」での約三週間の入院生活から、

ある意味「追い出された」感じかな~。

藁(わら)をもつかむ思いで入院させた病院ですが、

病状が少々安定した今、

もう治療はしない病院からすれば、

母よりも、新たな患者を受け入れる方が、

使命に乗っ取っていますね。

 

決して嫌味ではありません。

嫌味どころか、今回の病院には、

心から感謝しています。

 

日々、機敏にお世話をしてくださった看護師の皆さん。

定期的に訪れてくれるリハビリの介護士さん。

毎日、お部屋をきれいにしてくださる清掃の職員さん。

本当にありがとうございました。

心が沈みがちな日々でも、

何かと明るさを提供してくださいました。

あえて言えば、その病棟の先生!

あんた、もっと「人間力」を上げなはれ!(笑)

 

さて、母の新たな施設でのスタートは…

 

今、母が生活していく上での最大の課題は、

痛みへの迅速な対処と、日々の下の世話、そしてお風呂です。

 

このたびは、「社会福祉法人」ではなくて、

「株式会社」が運営する施設を選択しました。

大まかな括(くく)りとしては、「介護付き老人ホーム」。

「介護」と「看護」を24時間体制でケアするのが特徴。

 

初日に色々と説明を聞きましたが、

贅沢を言わない限り、それなりにきちんとした施設です。

※本音を言います。「病院」ではないので、所詮は「施設」です…

 

おそらく、母はここで、生涯の最期を迎えるのでしょう。

住めば都(みやこ)…母もそう思ってくれるよね。

 

なかなか先が読めずに迷走していますが、

来月(8月1日)から、とりあえず仕事に復帰します。

 

気性の激しかった母ですが、

今の私には、

リンダ・ロンシュタットの優しい歌声と重ねています。

リンダと同じウエスト・コースト・ミュージシャンで、

イーグルスのお母さんと言われてたように。

 

Under African Skies / Paul Simon & Linda Ronstadt  (1986年)

Scarborough Fair / Sarah Brightman(2001年)

 

2026年6月30日、

私の住む町のすぐ隣の市にある、

比較的大きな総合病院に、母を入院させました。

 

確実に癌は進行していますが、

決して緊急入院ではありません。

痛みが強く、様々な世話をするにも、

自宅での看護に限界を感じたからです。

最大の要因は、

少しでも痛みを和らげてあげたかった。

 

その点では、この入院は正解でした。

 

入院先は、「緩和ケア」を積極的に推進している病院を選びました。

今そこにある苦痛を和らげて、極力日常の生活を目指す一方、

延命処置は施(ほどこ)しません。

おかげで、家族である私は、24時間の面会が可能です。

私は、介助が必要な朝食前から夕食後をめどに、

毎日お見舞いをしています。

 

父の時もそうでしたが、

癌の看病は、する側も本当につらい

 

認知症の気がある母は、

幻覚症状である「せん妄(もう)がひどく、

手に負えない事もしばしば。

少しの間だけなら、幼児の話相手のように対応できますが、

今は24時間営業。

それに、この相手は立派な大人で少々気性が荒い!

勝手にわめき散らし、私にも罵倒を浴びせます。

相手は病人なんだと割り切ろうとしても、

無性に悲しくなります。

 

夜は薬で落ち着かせて寝かせますが、

目を覚ますと、また、訳のわからないことを言い出します。

独り言ではなく、人に到底不可能な事を命令し、

思い通りにいかないと発狂します。

トホホ…泣きたくなります…

 

Scarborough Fair / Simon & Garfunkel(1968年)

 

それでも、母の寝顔を見ていると、

とても可哀そうになり、

「もっと寄り添っていかないと…」っと反省します。

その点は、二人の娘たちを育てていた時と同じかな…

 

とにかく、精神的疲労が残る日々です。

夜、病院から自宅に帰る車の中。

ふっと「スカボローフェアー」をかけました。

母に捧げるために、

ずっと前から選んだ曲なのです。

 

意味もなく、涙が流れます。

いつの間にか、

自分を慰めるための曲になってしまいました。

 

さて、

明日も、やれることをやろう…

後悔しないように。

 

Scarborough Fair (2018年)

by

Jadyn Rylee, Sina and Charlotte Zone

2022年、癌で闘病中の父に向けて、

ダン・フォーゲルバーグの「ロンガー」を応援歌として記事を書きました。

 

2026年6月。

今度は母に向けて、同じ曲で激励します。

 

Longer / Dan Fogelberg (1979年)

 

父親と同じ「すい臓がん」

6月に入って、急激に進行。

あっという間に寝たきり状態になってしまいました。

だいぶ前から覚悟はしていましたが、

急すぎるよ…

悲し過ぎます。

 

でも、まだ意識はあり、会話もできます。

かろうじて、まだ入院もさせていません。

だから、こちらは取り乱すことなく、

平静に、いつも通りの対応をしています。

自分に許された、最後の親孝行だと思って…

 

一昨日から、会社にはしばらくの休暇をいただきました。

今は、母の記憶があるうちに、

母の部屋の整理・清掃をしています。

 

母の部屋を整理していると、

過去の母について、

あらためて懐かしい思いが蘇(よみがえ)ってきます。

 

厳しい母でした。

ヒステリックでスパルタ式。

まあ、兄と私という男子二人を一人前に育てるには、

それくらいが丁度いいでしょう。

 

職業人としては、超優秀な人だと、今でも思っています。

女性の東京都教職員として、専門は「音楽」ですが、

教頭まで務め上げました。

教職員としては道半ばで、

諸事情により渡米。

何とニューヨークで茶道・表千家の支部を立ち上げてしまいました。

私に後を継いでほしかったようですが、

私に茶道は絶対に無理な注文ですわ。

「酒」道なら、喜んで継ぎましたよ(笑)。

 

母に対しては、敬意を持っていた一方で、

反抗期の頃から、ずっと反発し続けてきました。

いつも対立ばかり。

でも、それは、母に甘えていたのです。

いい歳をして、今の今まで、ずっと甘えていたのです。

 

今、自分がするべきこと。

甘えることではなく、

感謝を伝え、寄り添って尽くすこと。

 

母上様、

本当にお疲れさまでした。

もう、反発しませんよ。

今なら、すべて母に同意します。

いいえ、本当は昔から、

心の中では、

母の言うことがいつも正しいって思っていましたから…

 

だから、より長く…Longer,please

 

 

 

まだ、ちょっと先ですが、

今月で、いよいよ60歳です。

 

60歳…

昔のイメージと違うな~。

「お年寄り」っという感覚が持てません。

でも、変に「若返り意識」は持っていません。

実際に、もう若くないのですから。

年齢相応に生きていくだけ。

 

これからは、今後の日本国を支えてくれる若い力に、

微力でも尽くしたいと思っています。

 

さて、一応音楽ブロガー!の私が、

最近になって、少し感動した曲を残したいと思います。

 

既出の記事でも触れた女性シンガー「エイヴァ・マックス」。

 

彼女の曲で、

私の二人の娘たちが一緒にイメージできる曲に出会いました。

 

攻撃的なしぐさは、次女のアホ娘。

いたずら染みた表情はお姉ちゃん。

個人的には、

一つ映像でお得感たっぷりの曲なのです、アハハ!

 

過激なミュージック・ビデオの映像とは裏腹に、

微笑ましく拝見しております。↓

 

Sweet But Psycho / Ava Max (2018年・全米10位)

 

エイヴァ・マックスを見ていると、

なんか、レディ・ガガを重ねてしまいます。

きっとレーベル会社もそうゆうプロモーションをしているのでしょうね。

 

Porker Face / Lady Gaga (2008年・全米1位)

 

いや~、

レディ・ガガにしても、エイヴァ・マックスにしても、

パワフルですね。

私の二人の娘たち、そして女房。

私は、そんなパワフルな女性陣のおかげで、

ここまで過ごしてこれたのです。

 

誕生日を前に、

そんな女性陣に向けて、

あらためて感謝の意を表します。

 

ありがとう、女神様。

 

 

エイヴァ・マックス記事

 

Windowsの標準動画編集ソフト、「ムービー・メーカー」

既に2017年にサポートが終了していましたが、

その後もずっと愛用してきました。

このソフトで編集した動画は200本くらい。

使い方も熟知していたので、本当に重宝してきました。

 

今年、長年使い続けてきたデスク・トップ・パソコンを買い替えました。

したがって、サポートの終了した「ムービー・メーカー」は装備されておらず、

私の趣味である動画編集を続けるためには、

新しいソフトを探す必要がありました。

 

とてもさびしい気分。

使い慣れた「ムービー・メーカー」での編集は、

もう二度とできないのですから。

 

これから、どうしようか…

 

後継ソフトに選んだのは、「Wondershare Filmore」

料金体系が曖昧で評判が悪いようですが、

しばらく使ってみて、様子を見ようと思います。

 

それにしても、今回色んな動画編集ソフトを模索しましたが、

つくづく感じました。

「ムービー・メーカー」は、

無料で、機能性も高く、最高なやつ・同志でした。

本当に、今までありがとう。

大変お世話になりました。

 

さて、新しい同志になり得るのかどうか、「ワンダーシェア」

初めての操作なので仕方ありませんが、悪戦苦闘しています。

多機能なのはわかりますが、

私が真に求めている機能の使い方がわからんわ!(笑)

慣れないとダメですね~。

でも、これは「ムービー・メーカー」の時も一緒。

誰にも教わらず、勝手に何度も使っていくうちに、

使いこなしていましたからね。

 

まあ、期限がある訳ではないので、

気長にやっていきます。

 

それでも、一曲、編集してみましたよ。

曲は、私のテーマソング。私の一番好きな曲。

もちろん、シンプル・マインズさ!

以前編集した動画を、ライブシーンを取り入れて再編してました。

 

動画のつなぎでのアニメーション、スピード調整、色彩変化など…

まだまだ理想通りには仕上がりませんでしたが、

何とか「試運転」としては上出来かな~、アハハ(自画自賛)。

少しくらい自分を褒めてあげないと、やってられんわ(涙)

 

それにしても、

やっぱり、シンプル・マインズは最高さ!

 

Waterfront / Simple Minds (全英13位・1983年)

※アルバム「Sparkle In The Rain」より

私の次女、通称:アホ娘(むすめ)については、

色々とブログに残してきましたが、

お姉ちゃん(長女)に関しては、あまり触れてこなかったので、

ここで、しっかり残しておきたいと思います。

 

昨日(4月19日)、お姉ちゃん夫妻と昼飲みをしました(笑)。

東京・上野の海鮮居酒屋で3時間以上ね!!

盛り上がり過ぎだわ!アハハ。

お姉ちゃん、お酒、強えー!!

ちなみに、次女のアホ娘もね。

さすが、私の娘たちだわ。

 

普段は福島県で小学校の教員をしているため、

千葉県に住んでいる私とは、ほとんど会うことはありません。

 

このたび、東京に夫妻で上京。

国立競技場で開催された、

「ミセス・グリーンアップル」というバンドのライブ観戦に来たとのこと。

私は存じ上げなかったのですが、

このバンド、日本では国民的な人気があるようです。

お姉ちゃんも、そして同じ教員でもある旦那も、熱狂的なファン。

お姉ちゃんいわく、

「パパ!グリーンアップルを知らない人のほうが珍しいよ!」だって(笑)

 

そんなお姉ちゃんも、1995年(平成7年)12月生まれだから、

え~と…31歳か~。

立派に育ったもんです。

いい旦那さんにも恵まれて、本当に良かった。

ありがとう、神様…

 

私と女房にとって、初めての子。

命名は私。

生まれる前から決まっていました。

男子なら「朝」。女子なら「朝子」ってね。

女房も100%賛成してくれていました。

 

「朝(あさ)」って、一日の始まりというだけでなく、

全てのスタートっという感じがします。

清らかな朝陽(あさひ)のイメージも大好きで、

心清く育ってくれる事を願って、「朝」にこだわりました。

 

初めての子育ては、

ご多分にもれず、とても気を遣いました。

夫婦ともに、わからないことばかりでしたからね。

ついつい厳しく育ててしまいました。

女房は、私以上に苦労したはずです。女房も教員だからね。

 

お姉ちゃんは、厳しい中でも、

しっかり「自分」を持って、成長してくれました。

好奇心が強く、活動的で、努力家でした。

ハッキリ言って、すでに私を超えてます!

マジで…

 

そんなお姉ちゃんですが、

愛国心に関しては、明らかに私の影響を受けてますね~

その姿勢、とてもうれしく感じます。

これからの日本は大変な時代を迎えることでしょう。

日本教育の重要性はますます高まっています。

 

朝子は、日本にとって、とても良い先生だと思います。

決して「親ばか」ではなく、そう断言できます。

アハハ!それが親ばかだっちゅーの!ってか。

 

朝子が生まれて、すぐに編集CDを作りました。

80分CDに収めた20曲の編集CD。

テーマ(表題)も、まさに「朝子の朝」

その一曲目は、

ランディー・ヴァンウォーマー

アメリカン・モーニング(邦題)

 

朝子のテーマソングです

 

Just When I needed You Most(アメリカン・モーニング)

 by  Randy VanWarmer 

(1979年・全米29位)

 

今やボロボロになった編集CDの表紙ですが、

小学校になった朝子が、

直筆でテーマを書いてくれたこのCD。

当然ですが、私の宝物です。

 

Just When I needed You Most

リニューアル・バージョン(1994年)

第104代内閣総理大臣、高市早苗さん。

2026年2月、衆議院選挙に挑みます。

 

何度も記しますが、

とにかく彼女は敵が多い

だから、今の現状は、ある程度、

織(お)りこみ済みでしたが…

 

いや~、ここまでア〇な連中が、

しかも堂々と、

私からすれば、「自分はア〇どぇ~す」と言ってる連中が、

何て多いことか。

 

日本国を愛する、一国民として、

あきれますわ。

 

高市早苗批判。

マスコミ、政界、経済界、芸能界、スポーツ界、

ありとあらゆる所からの批判が、

オールド・メディアを中心に展開されています。

ここで一致団結して、何したいの?

それは本当に日本国のためになるの?

 

「批判」は決して悪いことではありません

様々な立場・状況の人がいるのですから、

物事を良い方向に前進させていくためには、

色んな意見をぶつけ合うことが大切です。

 

しかし、今展開されている「高市批判」は、

嘘と欺瞞(ぎまん)、

自らの利権を守るための利己主義にまみれています

 

しがない私の意見。

基本的なこと。

亡くなられた前安倍首相、今の高市首相がやっていることは、

日本の失われた30年、つまり現体制ではダメで、

日本国を元の姿に戻すこと。

その姿勢が大切。

 

選挙の時期まで批判されて、

おかしいと思います。

選挙は、民主主義である最大の要素。

批判するなら民主主義やめれば?

だったら日本を去ればいいのに。

考慮がない?

考慮したからこそ、

「今」やろうとしているんじゃないの?

「雪国は大変だ」とか「受験シーズンと重なる」とか

レベルの低い批判で、日本の民主主義をゆがめないでほしい。

 

高市女史は、今後、自分らしい政治をやるために、

「今」、勝負に出ました。

同意します。

日本国や家族のためになることへの挑戦だと、

私は思っています。

 

私は既に期日前投票を済ませました。

100%ではありませんが、

前回の選挙より、遥かに明確な意思を反映できたと思います。

(比例は自〇党には入れませんでした)

昨日は、高齢の母を連れて、母の投票に付き添いました。

母は自分自身の明確な意思を訴えて、満足そうでした。

 

結果はわかりせん。

日本国を、こよなく愛する小市民として、

日本のためになる朗報を期待しています。

 

あれ?

ここは、音楽ブログだっちゅーの!

ダメな私…

 

高市女史への応援歌、第3弾で体裁を整えましょう(笑)

高市さん、

安倍(故首相)さんのように、日本への愛を貫いてくださいね…

 

We Live For Love / Pat Benatar (1980年・全米27位)