朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~ -3ページ目

朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~

読書とは――著者や主人公、偉人、歴史、そして自分自身との、非日常の中で交わす対話。
出会えた著者を応援し、
本の楽しさ・面白さ・大切さを伝えていきたい。
一冊とのご縁が、人生を照らす光になる。
そんな奇跡を信じて、ページをめくり続けています。

本書で著者の真殿氏は、青山透子氏が唱える「自衛隊による撃墜説」について、その論拠を徹底的に検証し、非科学性と事実誤認を明らかにしている。

 

青山透子さんの主張――「日航123便は海上自衛隊のミサイルによって撃墜された」という説――は、森永卓郎さんの紹介で以前から知っていた。しかし、日航機が御巣鷹山に墜落し多数の犠牲者が出たという事実は揺るぎないものの、その原因については長く理解が難しいままであった。

 

■青山氏の主張に対する真殿氏の評価

p.210

青山氏の主張は、科学的調査の体を全く為していない。都合の良い情報のみを都合よく解釈し、客観的事実を無視してつなぎ合わせたものは、「科学」や「論」と呼ぶにはふさわしくない。

 

p.263

私(真殿)にとって青山氏の仮説は「陰謀論」と呼ぶに値せず、「デタラメ(出鱈目)」という言葉の方がしっくりくる。

 

■両者の主張の比較

どちらか一方が絶対に正しいというよりも、両者の主張はまるで「盾」と「矛」のように正面から食い違っている。(一部を抜粋)

 

青山氏「護衛艦まつゆきが訓練用ミサイル(訓練弾)を発射した」

真殿氏「事故当日の8月12日、まつゆきは豊洲の石川島播磨重工業工場に停泊しており、発射できる状態ではなかった」

 

青山氏「標的機が日航機の垂直尾翼に当たった」

真殿氏「まつゆきは標的機を発射・管制できる艦ではなく、高速飛行する旅客機に命中させることは不可能。生存者も機体の揺れを感じておらず、機首方位も変化していないため衝突の可能性は低い」

 

青山氏「訓練弾は開発中だったSSM-1である」

真殿氏「SSM-1は対艦ミサイルであり、当時艦上発射型は未開発。まつゆきにも装備されていなかったため発射は不可能」

 

■真殿氏が推定する事故原因(p.253・257)

異常発生前、機体は水平飛行で姿勢に問題はなく、操縦ミスによる過大荷重は考えにくい。生存者も揺れを感じていない。機首方位が一定であることから衝突の可能性も低い。

→ 機体の金属疲労・亀裂・腐食など、構造劣化が原因である可能性が高い。

 

事故機は「しりもち事故」により後部に大きな荷重がかかり、ボーイング社の修理が杜撰だった可能性がある。圧力隔壁だけでなく、後部構造にも修理ミスや不具合があったと推察される。

 

■事故原因をめぐる議論をどう受け止めるか

撃墜説のような陰謀論が存在するかどうかにかかわらず、また主張が平行線のままであったとしても、日航機が墜落し多くの命が失われた事実は変わらない。

 

尊い命が奪われるような事態を二度と起こしてはならない。そのためにも、航空機の整備・修理におけるミスは決して許されない。今回の事故を大きな「他山の石」として深く反省し、関係者が今後も安全確保に全力で取り組むことを願いたい。

 

 

目次

はじめに

第1章:日航123便墜落事故とは何だったのか

第2章:青山透子氏の「撃墜説」はどのようなものか

第3章:「海上自衛隊ミサイル撃墜説」疑惑のはじまり

第4章:護衛艦まつゆきはどこで何をしていたのか

第5章:「存在しないミサイル」の波紋

第6章:「日航123便機内写真」の新事実

第7章:「海上自衛隊ミサイル撃墜説」を覆す

第8章:事故から40年、驚くべき新説の登場

第9章:事故原因の真相

終章:拡散する陰謀論に抗う

青山透子氏の主張と本書の主張の比較

謝辞

参考・引用文献

 

著者等紹介

真殿知彦さん

1966年、千葉県生まれ。89年に防衛大学校を卒業後、海上自衛官に任官。2002年に筑波大学大学院地域研究研究科修士課程を修了。その後、アジア太平洋安全保障研究センター(ハワイ)、NATO国防大学(ローマ)の課程修了。第二航空群司令、海上自衛隊幹部学校長、海上幕僚副長、横須賀地方総監などを歴任。25年12月に退官

 

【No2040】日航123便墜落「撃墜説」の真相 海上自衛隊元最高幹部が解き明かす 真殿知彦 PHP研究所(2026/02)

東京・上野のカフェー西行で働く女給たち、そしてマスターの菊田を中心に、彼らを取り巻く人々の物語が描かれている。戦前から戦中、戦後へと移りゆく季節感や風俗が、淡い香りのように立ちのぼり、読んでいて心地よく、どこか懐かしい気持ちになった。

 

竹下夢二風の化粧で人目を引くタイ子。

小説修業が思うように進まず焦りを抱えるセイ。

少し嘘つきだが面倒見のよい美登里。

大胆な嘘で周囲を驚かせる、年上の新米・園子。

 

強く、そしてたおやかに生きる女性たちの笑いと涙が、淡々とした筆致で丁寧に描かれ、短編集ながら濃い味わいを残してくれた。

 

なかでも、タイ子の人生を追う一篇が心に残った。

字の読み書きができなかった彼女が、少しずつ文字を覚え、やがて出兵した息子と手紙を交わすようになる場面は、静かな感動があった。

 

戦争以外に大きな事件は起こらない。平穏に見える日々のなかで、人生と時代の流れがゆっくりと街を変えていく。その変化のただ中にあっても、変わらずひっそりと佇むカフェーに人々が集い、過去と現在が重なり合う情景が、どれも愛しく思えた。

 

 

<目次> 

稲子のカフェー

嘘つき美登里

出戻りセイ

タイ子の昔

幾子のお土産

 

著者紹介 

嶋津 輝さん

1969年東京都生まれ。2016年「姉といもうと」で第96回オール讀物新人賞受賞。2019年、同作を含む短編集『スナック墓場』で書籍デビュー(文庫化にあたり『駐車場のねこ』と改題)。

江戸時代のキリシタン禁制のなか、師である司祭が棄教したという噂を確かめるため、危険を承知で日本へ渡ってきた青年司祭ロドリゴ。その苦悩が書簡のかたちで綴られていく。

彼の語りは重く、読み手のわたしには心の底へ沈んでいくような感触があった。

 

棄教させるためのむごたらしい手段。

キリシタンに対する拷問や弾圧の場面を思い浮かべると、はじめは物語に没入できず、数か月も読む手を止めざるを得なかった。

 

しかし書簡の半ばを過ぎるころ、ロドリゴの揺らぎに寄り添うようにして、物語の内側へ引き込まれていった。

 

信仰にすがらなければ保てない者たちにとっての救い。

救いであるはずの信仰ゆえに殺されるという不条理。

迫害を受けても、神という存在は沈黙したまま。

何度問いかけても答えは返らず、ただ沈黙だけが続く。

 

揺るぎない信仰とは何なのか。

そして、わたしにとっての信仰とは何なのか。

日本人の宗教観とはどのようなものなのか。

読みながら、次々と問いが生まれていった。

 

踏み絵をあえて踏むことは、宗教を裏切ることになるのか。

形式ではなく、こころの領域まで誰かが踏み込むことはできるのか。

その問いのさなかで、あの場面が訪れる。

 

踏み絵の銅版のあの人は、ロドリゴ司祭に向かって静かに語りかける。

 

「踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。

踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生れ、

お前たちの痛さを分かつため十字架を背負ったのだ。」

 

この言葉は、信仰の本質を根底から揺さぶる。

裏切りとは何か。救いとは何か。沈黙とは何か。

読み終えてもなお、心の奥に問いが残り続ける小説だった。

 

いつかまた読み返すたびに、立場や年齢が変わっても、問いが深まって生まれ出てくるだろうと。

 

<目次>

まえがき

セバスチャン・ロドリゴの書簡 ほか

解説 佐伯彰一

外的な要因は、どれだけ願っても自分の思い通りにはならないことが多い。一方で、内的な要因は自分の考え方や姿勢しだいで変えられる部分が大きい。本書では、人生後半をより軽やかに生きるために、この「内的な要因」に目を向ける大切さが繰り返し語られている。

■ 32ページ ルール10「幸運よりも幸福を求めていこう」

誰しも「幸運」や「幸福」を求める。しかし、著者はこの二つを明確に区別している。

 

幸運(ラッキー)とは、外的な要因によってもたらされるもの。

宝くじが当たる、思いがけず良い話が舞い込む、実力以上の試験に合格するなど、自分ではコントロールできない出来事だ。

 

一方で、幸福(ハッピー)は内的な要因に根ざすもの。

自分の力や選択によって得られ、自分の心が満たされる状態を指す。

健康でいること、好きな人と過ごす時間、美味しいものを美味しいと感じられること、今やっていることに満足感を覚えること、人に喜んでもらえることなど、日常の中にある小さな充実が幸福をつくる。

 

要するに、幸運は「降ってくるもの」、幸福は「自ら育てるもの」

似ているようで、ラッキーとハッピーはまったく違う。

だからこそ、残りの人生では「自分の手で得られる幸福」を意識して積み重ねていきたい。

 

■ 194ページ 家族とも「淡交」がいい

ある程度の距離を置いたほうが、関係は長続きする」。

これは友人関係だけでなく、家族にも当てはまると著者は言う。

 

「淡交」とは、文字通り“淡い交わり”。

大切な人だからこそ、べったりと密着するのではなく、適度な距離を保ちながら付き合うことを指す。

 

家族は近い存在であるがゆえに、常に至近距離で接していると、どうしても相手の嫌な部分が目につき、しんどくなることがある。

だからこそ、距離を置くことで、むしろ関係が健やかに保たれる。

親しい間柄ほど、この「淡交」の姿勢が心を軽くしてくれるのかもしれない。

 

■ 目次

まえがき

1章 やりたいことだけする生き方

2章 サラリーマン生活からの卒業と新生活の工夫

3章 「働く」を楽しむ

4章 今だからできる挑戦

5章 好かれるオッサンになる

6章 一生持てる学びと遊び

7章 「老い」とのつき合い方

8章 家族と社会に遺すもの

あとがき

■ 著者紹介

古川裕倫さん

1954年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、三井物産に23年間勤務。ロサンゼルス、ニューヨークに通算10年駐在。2000年から07年までホリプロ取締役。現在は一般社団法人彩志義塾代表理事、情報技術開発株式会社社外取締役。企業風土改革コンサルタント、マインド研修講師としても活動。

 

【No2037】あたりまえだけどなかなかできない60歳からのルール 古川裕倫 明日香出版社(2018/01)

医療従事者にとっては当たり前でも、一般の人にはあまり知られていないことが多い。だからこそ、私はその「知られていないこと」を知っておきたいと思った。

 

本書では、老いていくプロセス、介護保険の仕組みと現場の実情、終末期医療や緩和ケア、死の事前準備や終活、延命治療の判断、自分らしい最期を迎えるためのポイントなどが、看護師の視点から率直に語られている。

 

人生の終わり方を考えるためには、死に至るまでの過程を知ることが欠かせない。

老いは誰にでも訪れ、最期はすべての人に平等にやってくる。社会的地位や資産の有無が大きな助けになるわけではない。むしろ、老いや死に向けて準備し、日々の暮らしの中で小さな努力を積み重ねている人ほど、よりよく生きていけるのだと感じた。

 

本書が示す「自分らしい最期」を迎えるための姿勢は、以下のような日常の習慣に宿るという。

自分の意見を言葉にできること。

他者と建設的に対話できること。

価値観を持ち、それを表現できること。

やりたいことや大切なことに優先順位をつけられること。

QOLを保ち、セルフケアを楽しめること。

自立した生活を続けられること。

そして、正しさよりも「自分らしさ」を最期まで大切にできること。

 

✦ 目次

はじめに

第1章 老いていく、そのプロセスとは?

第2章 老いのプロセスを経て、起こりうること

第3章 介護保険の仕組みと実情

第4章 終末期医療と緩和ケア

第5章 死の事前準備と終活の話

第6章 延命治療とDNAR(積極的な延命治療を差し控える)の実情

第7章 死にゆくパターンと実際の経過

第8章 死の確認とエンゼルケア

第9章 死のケアと周辺の話

第10章 自分らしい最期を迎えるためのポイント4つ

第11章 正しい人生ではなく、自分らしい人生を

おわりに

 

✦ 著者紹介

高島亜沙美さん 

1987年神奈川県生まれ。看護師・保健師。

2010年 東邦大学医学部看護学科(現:看護学部)卒業後、同大学病院に勤務。

2016年に退職し、現在は都内の病院に勤務しながら、noteやSNSで発信を続けている。

近年は日本の近代史や女性の権利にも関心を寄せる。本書が初の単著。

 

西智弘さん 

川崎市立井田病院 腫瘍内科部長。一般社団法人プラスケア代表理事。

2005年 北海道大学卒。家庭医療・総合内科・緩和ケア・腫瘍内科を経て、2012年より現職。

抗がん剤治療のほか、緩和ケアチームや在宅診療にも携わる。

2017年に一般社団法人プラスケアを立ち上げ、「暮らしの保健室」「社会的処方研究所」など地域活動を展開。日本臨床腫瘍学会 がん薬物療法専門医。

 

 

【No2036】人生の終わり方を考えよう 現役看護師が伝える老いと死のプロセス 高島亜沙美 西智弘 KADOKAWA(2026/01)

本書は、古代から現代までの戸籍制度を手がかりに、日本社会のあり方や「日本人とは何か」を問い直す内容である。

 

著者によれば、天皇には戸籍がない。戸籍とは「天皇の臣民」を登録する制度であり、天皇はその外側に位置づけられてきたからだ。また、戸籍は日本人であることの証明書として機能してきた歴史がある。戸籍を持つ者は日本国籍を有するとみなされる、と著者は述べる。

 

本籍地に誰も住んでいなくても問題はない。戸籍は家族の実態を写すものとして期待されておらず、現実の家族関係を正確に記録する制度ではなかった。むしろ、国家が国民の身分を登録し、家を媒介として国民統合を図るための装置として長く機能してきた。

 

日常生活では戸籍の存在を意識することは少ない。パスポート申請や相続など特定の場面を除けば、戸籍は「あるのが当たり前」で、普段は背景に退いている。

 

私は、人はそれぞれの形で幸せを求めて生きているものだと考えている。

現在、夫婦別姓、同性婚、事実婚、国際結婚、LGBTQカップル、シングルマザーなど、多様な家族のあり方が広がっている。そこにはそれぞれの幸せの形がある。

 

しかし、明治期に確立した戸籍制度は「家」を中心に据え、血縁や嫡出を重視する思想を色濃く残してきた。そのため、家族観やジェンダー観の変化と摩擦が生じ、制度が時代にそぐわない場面も増えている。

 

著者は、戸籍を「家を管理し維持するための制度」と捉える。戸籍は、画一的な家族像を公認することで、個人の自由な結びつきを制限してきた側面があるのではないか。

 

住民票やマイナンバーで代替できる部分も多い今、戸籍に縛られずに生きられる社会をどう実現するかが問われているように感じた。制度に息苦しさを覚えることなく、より柔軟に生きられる社会が必要なのだろう。

 

✦ 目次

一章 「日本人」としての証明書

二章 「古代の制度」がなぜ復活したのか

三章 明治国家が創り出した「家制度」

四章 戸主という名の「君主」

五章 「婿」と「妾」の国・日本

【寄り道 その一】人別帳の世界―江戸時代の「戸籍」

六章 創り出された「日本人」

七章 早くも現われた「限界」―徴兵制と国勢調査

【寄り道 その二】本籍を「皇居」に置く人たち

八章 戦前の「無戸籍」問題

九章 差別の温床として

一〇章 「大日本帝国」の戸籍―朝鮮、台湾、そして満洲

一一章 国破れて「家」あり

一二章 「日本人」の再編

一三章 天皇に戸籍はあるか

一四章 『サザエさん』に見る戦後の「家」

終章 戸籍がなくても生きていける

あとがき

 

✦ 著者紹介

遠藤正敬さん

政治学者。1972年千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了、博士(政治学)。早稲田大学、宇都宮大学、大阪国際大学、東邦大学などで非常勤講師を務める。専門は政治学、日本政治史。著書に『戸籍と無戸籍―「日本人」の輪郭』(人文書院、2017、サントリー学芸賞受賞)など。

 

■120ページ 五感に利くライフスタイルを取り戻せ

著者は、現代人の五感は便利さの中で磨滅しつつあり、意識的に使わなければ衰えていくと述べている。

そのためには、人工的な空間ばかりに身を置くのではなく、あえて自然の中に身を置き、五感を効率よく使う生活を取り戻すことが大切だという。

 

五感とは、視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚のこと。

自然に触れながら、これらを意識して働かせることで、人は本来の感覚を取り戻していくのだと思う。

 

季節の移ろいは、白・緑・赤・茶などの色として目に飛び込んでくる。

耳を澄ませば、小鳥のさえずりやカラスの声が季節を知らせてくれる。

味覚からも記憶はよみがえり、例えばオリオンビールを飲むと、沖縄の海辺を歩いた日の風景がふっと蘇る。

鼻孔をくすぐる金木犀の香りは、「ああ、またこの季節が来た」と心に知らせてくれる。

神社で大木に触れれば、長い年月を生き抜いてきた木の生命力が手のひらに伝わってくる。

 

こうして五感を研ぎ澄ませていくと、自分も自然の一部として生きているという感覚が静かに戻ってくる。

老いを愉しむためには、この「自然とつながる感覚」を取り戻すことが、実はとても大切なのだと感じた。

 

✦ 目次

まえがき

第1章 老けない人はここが違う

 (もっとわがままに生きていい/老後の信用は大きな財産 ほか)

第2章 アテにしない生き方

 (いつまでも「してもらえる」と思うな/何でも年のせいにするな ほか)

第3章 定年後を愉しめる人、愉しめない人

 (「読書はもっとも簡単な若返りの法である」/手書きの効用を忘れてはいけない ほか)

第4章 死ぬまで自分を見失わない

 (誘われてばかりいてはダメだ/プラス思考のクセをつけなさい ほか)

 

✦ 著者紹介

川北義則さん

1935年大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、東京スポーツ新聞社に入社。文化部長、出版部長を経て、日本クリエート社を設立。

著作は100冊を超え、エッセイを中心に執筆。講演活動も精力的に行っている。

 

 

【No2034】60歳から下手な生き方はしたくない 老いを愉しめる人、愉しめない人 川北義則 大和書房(2013/08)

読み進める中で、まず心に残ったのは「どんな時間にも意味を見いだし、愉しもうとする姿勢」の大切さだった。

たとえば、挨拶が長くてうんざりするような場面でも、それもまた自分の人生の一部であり、主観的な意味づけ次第で肯定的に受け止められる。そう考えることで、嫌な時間さえも“味わおう”とする余裕が生まれるのだと感じた。

20ページ 嫌なことも楽しもうと努力してみる 

レセプションやパーティでの長広舌も、現実として受け止めれば、そこに人間性や論理のかけらを見つけることができる。そうした視点の転換が、時間を「面白い流れ」として肯定的に捉える力になる。

 

熱中できる趣味があることは、人生を豊かにする。

私にとってはやはり読書だろうか。ひとりで読む楽しみはもちろん、課題本を決めて感想を語り合う場では、読む前の期待、語り合う時間の刺激、終わった後に得られる新しい視点など、三段階の愉しみがある。

24ページ 無趣味を楽しむ 

稽古事、絵、写真、美術館巡り、碁や将棋、読書、旅行など、興味を惹かれるものがあればそれが趣味になる。

長く仕事中心で生きてきたため、つい「結果」を求めてしまう癖がついているが、年齢を重ねた今こそ、過程そのものを味わう姿勢を取り戻したい。

 

量より質へと価値観が変わってきたことにも気づく。

若い頃は食べ放題や飲み放題の“お得感”に惹かれていたが、今は少量でも美味しいものをゆっくり味わいたい。健康を意識し、薄味でも満足できるようになったのは、年齢を重ねたからこその変化だと思う。

28ページ 年を取ったから楽しめる世界がある 

五欲(財・色・飲食・名・睡眠)は、年齢とともにギラギラしたものから“ほどほど”へと変わっていく。

欲が少なくなることで量への執着が薄れ、気持ちが楽になる。その分、質を追求する余裕が生まれ、人生に深い味わいが出てくる。

 

会社を辞めた当初は、束縛から解き放たれた開放感に満たされる。しかし、自由な時間が続くと、思っていたほど“完全な自由”ではないことにも気づく。

それでも、読書や旅行など、これまで続けてきたことを深めたり、やりたくてもできなかったことに取り組める時間が生まれたと考えると、自由の価値は大きい。

36ページ 働かないということ 

自由を最も強く感じるのは、束縛から抜け出した瞬間である。

組織は個人を守る一方で、忠誠を求め、自由を制限する側面もある。そこから離れた今、自由の本質を改めて考えさせられる。

 

世のため人のために役立ちたいという思いは、寄付やボランティアだけでなく、日々の仕事や生活の中で「自分にできることはないか」と心がけることから始まるのだと思う。

96ページ 分相応に生きるとは 

分相応とは「身の丈以上を望まない」だけでなく、「自分の力でできることはする」ことでもある。

自分の余裕の一部を、家族や友人、身近な人のために使う。その前提として、自分自身という“本尊”を大切にし、自分の分を見極めておく必要がある。

 

家族との縁も、偶然ではなく必然だったのかもしれない。そう考えると、心が揺さぶられる。

172ページ 感動する心を忘れない 

感動は与えられるものではなく、自分で探しにいくもの。

遠くへ行かなくても、身近なところに材料はいくらでもある。

注意深く観察し、その背後にある仕組みや原理に思いを巡らせると、宇宙の力のような大きな存在を感じることがある。

その感動が、生きていくエネルギーになる。

年齢を重ねた今こそ、科学的な観察と哲学的な考察を組み合わせ、前向きに世界を味わっていきたい。

 

目次

はじめに―新しい世界へ、積極的に踏み出す時

第1章 人生で一番楽しい時が、やってくる―自由を楽しめる人、楽しめない人

第2章 「スローライフ」という新しい考え方を持つ―すべては、この考え方次第!

第3章 金はあってもなくても、最期は同じ―「金に振り回されない」生き方

第4章 「六十歳」 年を取っても強い生き方―たとえば「ひとりの時間」を楽しめるか?

第5章 「六十歳」の魅力を周りに見せる―「包容力」と「年輪」があなたを輝かせる

第6章 自分にとっての「最高の贅沢」を見つける―堂々と胸を張って歩く人生

 

 

著者等紹介

山崎武也さん

1935年広島県生まれ。1959年東京大学法学部卒業。株式会社インタナショナル・アイ社長。ビジネスコンサルタントとして国際関連業務に幅広く携わるかたわら、茶道裏千家などの文化面でも活躍中。卓越した人間観察力から生まれたビジネス関連書には定評があり、ベストセラー、ロングセラーが多数ある

犯罪に巻き込まれないためには、日ごろから知識と考え方を身につけておくことが大切だと感じた。

そのためにも、日常の中で少し意識を向けたり、本を読んで心の準備をしておく必要がある。

 

目次を見てもわかるように、犯罪は「自分とは無縁のもの」と思いがちだが、実際にはそうではない。

むしろ、すぐ近くに潜んでいるもののように思える。

法的な視点で日常を見つめ直すと、生活の中には「犯罪になりうる」「犯罪になりそうな」ケースが数多く存在している。

 

本書は、こうした身近な事例を手がかりにしながら、「罪とは何か?」を考えるための教養としての刑法学を身につける一冊。

「なくなればいいのに、なくならない」──そんな罪について、立ち止まって考えるきっかけを与えてくれる。

 

知らないうちに被害者にも加害者にもならないために、大人として持っておきたい基礎的な教養だと感じた。

 

 

✦ 目次

はじめに

本書の使い方

第1編 日常編

おつりを多くもらったらどうなる?/誤って振り込まれたお金を使うと?/落とし物は拾っていいのか? ほか

第2編 お仕事編

借金返済のために会社のお金に手を付けると?/企業トップが越えてはいけない一線とは?/企業秘密を持って同業他社に転職すると? ほか

第3編 刑法の世界編

犯罪が成立するには?(罪刑法定主義)/「やってはいけない行為」とは何か?(実行行為) ほか

おわりに

 

✦ 著者紹介

穴沢大輔さん

明治学院大学法学部・消費情報環境法学科教授。

消費生活アドバイザーとしての実務経験も持ち、消費者問題や法教育の分野で幅広く発信している。

 

 

【No2032】なくなればいいのに。「罪って何?」を考える教養としての刑法学 穴沢大輔 自由国民社(2025/11)

キッチンや仕事まわりで、勝間和代さんが実際に使っている家電が、具体的な商品名とともに紹介されている一冊。

「自動的に貯まる仕組みを作れ」という彼女の持論は、約20年前からドルコスト平均法で投資信託を続けてきた経験に裏打ちされており、その考え方を知って私も取り入れてきた。

 

本書の大きなテーマは、AIをはじめとするテクノロジーをどれだけ使いこなせるかという点にある。

日常生活で使う調理家電や掃除家電を適切に選ぶことで、生活の質が上がり、時間が生まれ、心と体が軽くなる。

 

たとえば照明。

昔ながらの電熱線ではなくLEDを使えば省エネになり、電気料金も下がって家計に優しい。

こうした「できるところから変える」積み重ねが、暮らし全体を大きく変えていくのだと感じた。私自身も、自宅で少しずつ取り入れていきたいと思う。

 

✦ 本書の概要(目次より)

プロローグ 勝間家電をはじめる前に

第1章 ベースを整える 

 服は「サブスク一択」。テクノロジーでムダな資産ゼロへ。

第2章 「ムダな仕事」をしてはいけない 

 スマホを最強の武器に。格安SIMなら「5台で月4000円」。

第3章 キッチン仕事を軽くする 

 冷蔵庫は「片開き」「400L」「野菜室が真ん中」。探さない仕組みづくり。

第4章 生産性の高い家を作る 

 洗濯機に服を合わせる。外干し・クリーニング不要の体制へ。

第5章 健康をキープする 

 買ってよかった家電第2位「VR」。自分専用にカスタマイズすればジムいらず。

エピローグ おわりに

 

✦ 著者紹介

勝間和代さん(1968年東京都生まれ)。

経済評論家。早稲田大学ファイナンスMBA。

監査法人、アーサー・アンダーセン、マッキンゼー、JPモルガンを経て独立。

合理的な暮らし方の提案でも支持を集め、家電の選定・活用にも精通。

複数の家電を組み合わせ、時間と手間を最小限にする生活を実践している。