朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~ -162ページ目

朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~

読書とは――著者や主人公、偉人、歴史、そして自分自身との、非日常の中で交わす対話。
出会えた著者を応援し、
本の楽しさ・面白さ・大切さを伝えていきたい。
一冊とのご縁が、人生を照らす光になる。
そんな奇跡を信じて、ページをめくり続けています。

それぞれが凛子とクモオとになりきることで、もう一人の自分として手紙のなかで生き続けることができます。

 

お互いに離れて過ごして生きていることで、あらぬことを想像することができます。

 

おたがい手紙の行間を読むことで、頭のなかで複雑な妄想が膨らみます。

 

凛子はクモオに自分の人生を変えてくれることを期待して罠を仕掛けます。

 

クモオは何様にもなれない自分を変えられるきっかけを凛子に求めるのです。

 

 

「会わない方が良かった」と思っても後の祭り。

 

気持ちがわかるが、出会ったきっかけが重要か!

 

現実に目覚めて、前を向いて進んでいってほしい。

 

 

 <目次>

プロローグ

第一部

第二部

 

 

 

 

1961年東京都生まれ。成蹊大学文学部卒業。89年「わたしのヌレエフ」で第1回フェミナ賞を受賞。2004年『潤一』で第11回島清恋愛文学賞を、08年『切羽へ』で第139回直木賞を、11年『そこへ行くな』で第6回中央公論文芸賞を受賞。『ベーコン』『つやのよる』『だれかの木琴』『リストランテ アモーレ』『ママがやった』『赤へ』など、著書多数。

 

 

 

251P

凜子が天谷柚であるとわかった時点で、彼女が三十五歳であることを知ったし、そのポートレートも何枚も、飽きるほど見た。だが、それらの事前の情報と目の前の女とがうまく繋がらない。実物のほうが老けているとか醜いとか、そういうことではない。きれいな女だと思うし、まだ若々しさもある。だが、平面が立体になったことで、逆に何かが損なわれてしまった。

 

なぜだろう?文通の間感じていた距離よりもずっと近くに―手を伸ばせば届くところにいるのに、彼女がひどく遠くなった。「女」と言うしかないほどに。自分には無関係な、いっそ違う星に生息する生き物みたいに。かかわったのが実際のところ、何かの間違いか夢だったかのように。

 

「聞いていいかしら。……いくつ?」

「二十一です」

「学生さん?」

「ええ」

 

スマホがない社会には、あと戻れない。

利便性があり依存性が強いものだからこそ危険が潜んでいる。

子どもの利用にあたっては、目配りして気をつけていかないといけないと思う。

 

ハッと気づいた。

大人の常識だけで考えて注意するのではいけない。

 

子どもの気持ちにもなって考えれば。

子どもの目線になってスマホを見ることができれば。

彼らの想いに近づけることができるならば。

頭から抜け落ちていたところ。

 

スマホがない社会には戻れない。

子どもとスマホには、真摯に向き合わなくてはいけない。

 

そのためには、現状を学ばないといけないことに気がづいた。

 

 

 

 <目次>

はじめに 

第1章 スホマが変える子どもの世界(そもそもスマホとは何?、スマホは「バイキング料理」に似ている ほか)

第2章 子どもとインターネット(インターネットが変える子どもの生活、デジタル教科書を使う授業 ほか)

第3章 深刻化するネットトラブル(「わかったつもり」が危ない、知らない人と友達になる理由 ほか)

第4章 今日から役立つ知識と対策(昔腕時計、今スマホ、子どもがスマホをほしがったら ほか)

第5章 ネット社会の未来と子どもたちのこれから(将来像を描くのがむずかしい、第4次産業革命がはじまる ほか)

 

 

◎1961年静岡県生まれ。ジャーナリスト。家族・教育問題、児童虐待、青少年のインターネット利用などをテーマに取材。豊富な取材実績と現場感覚をもとに、出版のみならず新聞連載、テレビ出演、講演会など幅広く活動する。

 

 

 

 

57P

実生活での能力、優秀だったり、誠実だったりすることが、ネット社会では思わぬ落とし穴になります。ゲーム依存と聞くと「遊び好きな子」、「ネクラ」、そんなイメージを持たれるでしょうが、私の取材経験では「まじめでがんばり屋の子どもが危ない」、そう感じられてなりません。

 

 

67-68P

こうした親の姿勢―みずから学ぼうとせず、本当の意味で子どもの現状に理解を示そうとしないことが、実は子どもを追い詰めているのです。

 

 

119P

自分が子どもの立場だったら……、この視点を忘れずに親子で向き合ってほしいのです。

 

 

177P

要は、「人」ならではの誠意や機微を必要とする、だからそういう力を持った人は生き残れるというのでしょう。

磯田さんの歴史研究に向けた姿勢が、分かるこの文が気に入りました。

 

 

「わたしは、歴史家だ。みみずの這ったような字で書かれた古文書の文字のなかに、きらめくような一行があって、だれもしらない真実をみてしまった瞬間がたまらない。いつやってくるか知れぬ、その瞬間のために、生きているようなものだ。」

 

 

 

古文書に書かれた文字をひとつずつ読みながら。

絡みついた紐を解いているような姿が目に浮かびます。

 

 

 

震災などの歴史を知る大切さや、史実に基づいた本当の歴史を学ぶ楽しさを教えてくれたのはこの「磯田道史」さんです。

 

 

 

 

2P

わたしが知りたいのは、「歴史のほんとう」である。歴史のほんとうが、隠されていれば隠されているほど、探り出すことに興味を感じる。

「ほんとうの忍者は、どのようなものであったのか」

 

 

 

3P

そのような実体験に基づく、自分で考えて得られた「歴史像」というものは、歴史小説を読むだけで得られる歴史知識よりは、数段、上等なものに違いなく、「歴史の愉しみ方」としては、明らかに上級編である。

ただ、歴史は愉しいものであるとともに、厳しいものでもある。

 

 

 

 <目次>

はじめに 

第1章 忍者の実像を探る(忍者の履歴書、秘伝書に残された忍術 ほか)

第2章 歴史と出会う(「武士の家計簿」のその後、ちょんまげの意味 ほか)

第3章 先人に驚く(天皇土葬化のきっかけ、江戸の狆飼育 ほか)

第4章 震災の歴史に学ぶ(和本が落ちてきて、小早川秀秋の墓 ほか)

第5章 戦国の声を聞く(石川五右衛門の禁書を読む、五右衛門が獲ろうとしたもの ほか)

 

 

1970年岡山県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(史学)。静岡文化芸術大学准教授を経て、国際日本文化研究センター准教授。「武士の家計簿」で新潮ドキュメント賞を受賞。他の著書に「殿様の通信簿」など。

 

 

 

58-59P

子どもの心は、きらめくような感動の瞬間の積み重ねで育っていく。その瞬間は、子どもが自然物とふれあって格闘して実感で得られるもので、なかなか、人工的にはお膳立手出来ないものだと思う。

(中略)

数学者の岡潔さんだったと思うが、子どもには「するどい発見のよろこび」が大切だといっていた。人類が、知を獲得するための一番良い補助具は、やはり、発見のよろこびであろうと思う。わたしは、歴史家だ。みみずの這ったような字で書かれた古文書の文字のなかに、きらめくような一行があって、だれもしらない真実をみてしまった瞬間がたまらない。いつやってくるか知れぬ、その瞬間のために、生きているようなものだ。生まれてきた娘にこれといって教えるものはないが、感動を知った人にはなってほしい。そして、欲をいえば、なんでもいいからまわりにもその感動をわけてあげられるような人になってほしいと思っている。

 

たくさんあるスポーツのなかでも、ぼくはボクシングが好き!

 

スポーツマンシップとフェアネスがリング上にはあるから。

 

拳闘―拳で闘うシンプルさが真っ先に素晴らしいと思う。

 

試合に向けて肉体の限界を踏み越えてしまうような強靭過ぎる精神力に敬服してしまいます。

 

決戦を終えた後には、お互い一切の言い訳を拒絶するような潔さが清々しい。

 

 

思い浮かぶのは、辰吉丈一郎さんと薬師寺保栄さんとの試合。

 

日本人同士でのWBC世界バンタム級の統一戦でした。

 

試合前からも壮絶な口舌戦があり。

 

ワクワクドキドキしながら画面に張りついた、

 

しばらく寝ることができないほど興奮したあの記憶は、

 

いまも忘れられません。

 

 

 

たしかに何かに引き寄せられるように手に取ってしまうことってあります。

 

現実にはそんな簡単には世界チャンピオンにはなれないだろうけれども。

 

そんな夢を追い掛ける姿には、一種の憧れとうらやましさを感じてしまいます。

 

日々努力している、いつもがんばっている、ママになってもやればできる……。

 

実際にはそんなに簡単じゃないこともわかりますが。

 

フィクションでも架空であってもそうなって欲しかったな。

 

 

 

そんな夢を見ているような、そんな風にまで感情移入してしまうのがよい本だなあと思うよ。

 

 

 

 

「妻、40歳。職業、女優。二児の母、PTA会長、消防団員、町内新聞編集部員にして、プロボクシング女子フェザー級世界王座挑戦者!? その戦いの日々に、夫婦と家族の絆を見つめ返す中篇小説。」

 

 

 

鈴木一功さん―東京生まれ。俳優、劇作家、演出家。劇団レクラム舎主宰。東京工芸大学映像学科身体表現領域非常勤講師。映画、テレビ、ラジオドラマにも出演。著書に「日本の銭湯ガイド」など。

 

 

 

 

 

27P

いつもの路地でヒューヒューとロープが風を切る音がして、小さな、ため息ともつかない正確な呼吸の音が聞こえ、妻はただ一心にロープを跳んでいる。風切る音を聞いているだけで、素人のロープスピードではないのは私にもわかった。会長の言葉はもしかしたら本当なのかもしれないと、このとき急に腑に落ちるように思った。妻は射るような、獣のような視線で前を向き、足を虚空に上げている。夕闇の中、引き締まった顔から、きらきらと光る汗が街路灯の淡い逆光の中にほとばしっているのが見えた。

 

 

 

 

 

125P

こうしてラウンドが進みつれ、ざわついた私の気持ちが整理されていくのを感じる。そして二人の女が、ひたすらお互いの体を真剣に打ち合っているのを見ていると、楽しげな二人の会話を聞いているような気さえする。何に向かって、二人はパンチを繰り出しているのだろう。何十年かを生きてきた、女の怒り、哀しみ、喜び、あらゆる情念が二人の体から零れ落ちてくるようだ。女たちのそんな情念が躍動している様子に、私は陶然と見とれている。二人の間で起きているものは、ただもう美しいとしか言いようがない、何かだった。しきりに流れる汗と滴り落ちる血、それでもなお軽やかに、スピード感を持ってあくまで的確に、相手に向けて繰り出されるパンチ。しなやかな二つの肉体が繰り上げる一枚のドラマチックなタペストリーであり、フットワークのリズムに乗った一曲のファナティックな音楽だった。
 

220P「選挙の勝負は、告示前に決している-それが選挙の本質だった。」

 

 

こういう世界を知らないからこそ、読んでみると面白いのか!

 

 

 <目次>

プロローグ

  1. 看板に偽りなし

  2. 驕る男

  3. 争わない女

  4. 煮え切らない男

  5. 声を上げる女

  6. かき乱す男

  7. 闘う女

 

 

 

1962年大阪府生まれ。同志社大学法学部卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004年、企業買収を巡る熱き人間ドラマを描いた小説『ハゲタカ』でデビュー。

 

 

 

 

 

14P

当確師の最大の醍醐味は、盤石と言われる現職を叩き潰すことにある。

それに、けっして口外しないが、聖には一つの哲学があった。

選挙で、この国を浄化する―。

そのためには、圧倒的な権力者を叩き潰し、愚かな有権者に妄想を抱かせねばならない。

すなわち、政治なんて何をやっても変わらないと、諦めてはいけない。民主主義の主役は有権者なのだ。

 

 

 

 

97P

「彼は、聖が依頼を引き受ける時の必須条件を満たしていない」

「なんだね、それは?」

「人間力です。簡単に言うと、志や人を説得して自らの考えを伝える情熱、そして行動力です」

なるほど、確かにそれは選挙で重要な要素だ。

 




読み終えて改めて装丁を見てみると、物語の空気そのままでぼくは切なくなります。




深い哀しみや厚い憎しみの連鎖は断ち切ることができないものだろうか。



たとえば「愛」によってそれを断ち切れることができるないのだろうか。



キリスト教による「愛」や、仏教によるところでは、「慈悲」の心を持って。




いつかの時点でそれを止めないと、ずっとずっと負の連鎖が永遠と続くように……。




 




オカルトのような突拍子もない設定と現実との二重構造の仕掛けがうまく物語を盛り上げています。





主人公が苦悩する生活がリアルだから作者の力量が必要だとつよく感じています。






過去と現在がつながったときの切ない哀しみが、大きな余韻として残る作品です。









◎1956年、埼玉県生まれ。広告制作会社勤務を経て、コピーライターとして独立。97年『オロロ畑でつかまえて』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。2005年『明日の記憶』で山本周五郎賞、14年『二千七百の夏と冬』で山田風太郎賞を受賞









48P

だから、初めて外回りに出た時は、懲役を終えて刑務所を出所した気分だった。胸に突き刺さる切断音、受話器を叩きつけられる耳をつんざく音、警戒する声、不愉快そうな声、疑念、厭味、説教、罵声、軽蔑、自分が全否定される言葉を浴び続けていると、相手の悪感情がメタンガスのようにためこまれて、体が爆発しそうになる。


 







189P

男がまた僕の誤りを正す口調で言う。

「偶然などであるものか。ここへ君が来たのも必然。ここに私がいるのも必然。因果というべきか。名品と呼ばれる一匹の金魚が、この世に現れるのと同じこと。すべてが必然の積み重ねなのだよ」

「僕のところに彼女が来たことも、偶然ではないと?」

「勿論、すべては繋がっているのだ」

「何が起きているのか、ご存知なら教えてください」

僕は言葉で小男にすがりつく。

「偶然に思えるあらゆるものが、じつは見えない糸で繋がっている。それが因果だ」

「へ?」まるで禅問答だ。もっと具体的な情報がほしい。

「どんな小さなことにも、何気なく選んだ途にも意味がある。それと気づかなければ見逃してしまうすべてのことに」



 





397P

空が赤く染まっている。海も赤く染まっている。

聞こえるはずのない中国の古い歌が遠くで聴こえた気がした。

黄昏のかりそめの赤は、いつもたちまち消えてしまう。

だから、僕はいまも、そしておそらくこれからもずっと、

夕暮れ時には心がざわめく




フィクションにフィクションを掛けても、フィクション。


でも、もしあのノンフィクションにこのフィクションを掛けたら、真実となるのはないか。そんなような気がしてならない。



 

「本作品はフィクションですが、モデルにした『グリコ・森永事件』の発生日時、場所、犯人グループの脅迫、挑戦状の内容、その後の事件報道について、極力史実通りに再現しました。この戦後最大の未解決事件は『子どもを巻き込んだ事件なんだ』という強い想いから、本当にこのような人生があったかもしれない、と思える物語を書きたかったからです。ご多忙の中、真摯に質問の答えを探してくださった全ての皆様に、心から感謝を申し上げます。著者」



 

「最大9人がこの事件に関わっていたのか、2つの実行グループで動いていたのか!?」


これがフィクションだとわかっていても、書かれてある内容が事実だったのではないかと思えてしまって心が乱されます。


無駄なシーンの少ない書き口から物語に入りやすい。


前半の各種調査が進行するのと平行して過去の事件を説明するやり方も巧み。


中盤以降はすっかり事件の中に身をおけることができます。



「チャンスは人を通じてやってくる」


京都、大阪、滋賀、名古屋、広島、イギリスなどに足を運びながら、人を通じて情報がこれだけ数珠つなぎのように上手く繋がっていくのか感心してしまいます。


また、ぼくもずっといっしょに回っていたかのような感覚に陥ります。




 

仕立て屋を営む曽根俊也と新聞記者の阿久津英二の二人の主人公が、正反対まではいかない絶妙なアングルの違いが面白い。この重たい話のなかにも明るい色を醸し出しています。


綻びのない重厚なストーリー性があって、リアリティさと切迫感さとがあります。


 

「グリコ・森永事件」という実在の事件を扱うミステリーとして、完成度が高く傑作の域に達する小説。

「面白かった」






 <目次>

プロローグ 4

第一章    11

第二章    58

第三章    109

第四章    158

第五章    205

第六章    266

第七章    339

エピローグ 400

 

◎1979年兵庫県生まれ。関西学院大学社会学部卒。新聞社勤務後、2010年『盤上のアルファ』で第5回小説現代長編新人賞を受賞し、デビュー。同作は第23回将棋ペンクラブ大賞(文芸部門)も合わせて受賞した。他の著書に、『女神のタクト』『ともにがんばりましょう』『崩壊』『盤上に散る』『雪の香り』『氷の仮面』『拳に聞け!』がある。












399P

「俺らの仕事は因数分解みたいなもんや。何ぼしんどうても、正面にある不幸や悲しみから目を逸らさないけど、諦めたらあかん。その素数こそ事件の本質であり、人間が求める真実や」

隣に視線を向けると、鳥居は阿久津の肩に手を置いた。

「ご苦労さん」

踵を返した鳥居の言葉が、じんわりと胸の内に響いた。そして、自分は今、素数を手にしているだろうかと考えた。まだ割れると言い聞かせて前を見る。











409P

海は何も語らず、陽は淡々と沈んで刻一刻と空色を変える。頭上に広がる群青色の幕は切ないほどに美しい。俊也はこのまま静寂の中に吸い込まれていくような錯覚に陥った。瞼を閉じて、全てを出し切るように長く息を吐く。

確かにここにいると自分に告げるのは、磯の香りを運ぶ冬の風だけだった。




映画を見てから本を読みますか?



それとも、本を読んでから映画を見ますか?



そのきっかけはどちらでもよいと思います。



要は、その人にとって楽しむことができればよいのです。








例えば、あとで本を読んでいると、出演者の演技を頭で何回も再生しながら、活字を追って彼の姿が自然に浮かんできます。



例えば、先に本を読んでいると、あの意味はこうだったのか、具体的にそれがどうだったのかと確認をしながら、字幕の行間を見ることができます。




ぼくならば、先に本を読んでから、頭の中でいろいろと想像を膨らませてから映画を見たい派です。








老漁師のサンチャゴの独白が長く続きます。




彼の心理描写から、まるで自分がそこにいるかのような臨場感をもってぼくを鋭く煽っていきます。



だから、ぼくは読み進めるスピードが自然と高くなりました。







太く短い人生のような、花火のような成功とのその逆との間のギャップが大きい。




巨大カジキマグロと漁師との三日間の死闘。




舟にくくりつけた獲物を廻るサメとの激闘。




試合で完全にうちのめされノックダウンした敗北者のような哀愁がただよう小舟。







サンチャゴは、絶望のどん底におとされます。





小さな港にたどり着いたあとには、大きな魚の骨が残るのみ。






でも、彼には、死闘と激闘という大きな経験が残ります。






それらを、自分の滋養として、あの「小さな少年」に熱く語りながら伝えていってほしい。












以下は、本の紹介から記載しました。


「キューバの老漁夫サンチャゴは、長い不漁にもめげず、小舟に乗り、たった一人で出漁する。残りわずかな餌に想像を絶する巨大なカジキマグロがかかった。4日にわたる死闘ののち老人は勝ったが、帰途サメに襲われ、舟にくくりつけた獲物はみるみる食いちぎられてゆく…。徹底した外面描写を用い、大魚を相手に雄々しく闘う老人の姿を通して自然の厳粛さと人間の勇気を謳う名作。」



「愛能う限り」



湊かなえさんをまた手に取って読んでしまいました。



湊さんらしい母と娘との独白が続きます。




 

女性には母と娘の二種類があって、この二種類の女がいることで葛藤が生まれます。



娘は母に庇護されたいと望み、母性を持ち合わせた母も庇護される立場でありたい。



こう強く願うことによって、無意識のうちに内なる母性を排除してしまう女性がいます。




母性を持つ女は母で、母性を持たない女が娘であるということか。



あいかわらずぼくには母性の意味がつかめていません。





 


幸せな家では、あんなことは起らないだろう。




いわゆる不幸な家なのだから起こる連鎖反応だろうか。




以心伝心だけでは、相手に真意がわからないし伝わらないのですよ。




他人はもちろんのこと家族であっても、お互い腹を割って話し合わないと本音が伝わらないということを、ぼくは他山の石として教えていただきました。





うちではそうならないように話し合いをしていきたい。







 <目次>

第一章    厳粛な時

第二章    立像の歌

第三章    嘆き

第四章    ああ 涙でいっぱいのひとよ

第五章    涙の壺

第六章    来るがいい 最後の苦痛よ

第七章        愛の歌






◎1973(昭和48)年、広島県生まれ。2007(平成19)年、「聖職者」で小説推理新人賞を受賞。翌年、同作を収録する『告白』が「週刊文春ミステリーベスト10」で国内部門第1位に選出され、’09年には本屋大賞を受賞した。’12年「望郷、海の星」で日本推理作家協会賞短編部門を受賞




35P

漆黒の闇の中で思い描くのは、いつも同じこと。

あのまま夢の家で過ごせていたら、どうなっていただろう。

特別な気候でもないのに、すべての音が消えてなくなり、空気の流れる音だけが耳の奥に深くゆっくりと響き渡る夜がある。過去の一番幸せだったときの記憶を呼び戻す時間。思い出に浸る幸せな時間。

その中でわたしは何かを必死に探している。何かとはなにか。だけど、すぐに朝が訪れて、現実を目の当たりにしなければならないことも頭の片隅で認識しているため、完全に浸りきることはできない。何かの正体もわからない。

それが、わたしという人間なのだろう、きっと。なのに、今いるこの闇は永遠に明けないような予感がする。だから、思い切り記憶を呼び戻し、人生に足りなかったものを補いながら、深い眠りに就くことにしよう。






 

52P

母性、とは何なのだろう。

隣の席の国語教師に辞書を借りて引いてみる。

―女性が、自分の生んだ子を守り育てようとする、母親としての本能的性質。







 

252P

「そうよ。あなたは世の中の厳しさを知らないから、二者択一で自分で望んだ片方は必ず手に入れると思い込んでしまうのよ」




マチャミこと、久本雅美さん。

こんな友達がいて欲しいなあ。



いまここにマチャミがいるだけで、会場がぱっと明るくなるようで雰囲気が素敵な女性ですね。




富山市出身の柴田理恵さんとワハハ本舗の舞台でも共演されています。

また、「メレンゲの気持ち」「秘密のケンミンSHOW」「ぴったんこカンカン」「ヒルナンデス」など数々のバラエティー番組やドラマ等に出演されて活躍されています。




もうどこからもひっぱりだこで大人気のタレントさんですよね。



でも意外にも、彼女ご自身は、自分の肩書を「劇団員」だと言われています。




ぼくは、立派な「舞台俳優」さんであり、雰囲気を明るく楽しくさせる大「タレント」さんであると思いますよ。





久本さんをテレビの画面からの姿を知るのだけじゃなく、ぼくは素直な彼女の本音の姿を知りたかったんです。



そのためには、彼女が書いた文字を読むのが一番の近道かと。





190P

私の一人暮らしの家の中は自分でいうのもなんですが、すごくきれいです。地方公演で数日家を空けて夜に疲れて帰ってきても、その日のうちに荷解きして、持っていったものを元の位置に戻して、洗濯物を洗濯カゴに放り込むところまで一気にやってしまうのです。気持ちがすっきりします。

家の中が汚いという状態は、とにかく落ち着かずいやなのです。経験上、生活と人生は表裏一体だという考え方が身についてしまっていて、生活が乱れると人生が乱れてくるのではないかという気持ちになってしまうのです。だから、逆に、雑で散らかっている部屋に住んでいても、ちゃんと生きている人は偉いなあと思います(これがまた私のまわりにはわりとたくさんいるんだな……)





いつも「よろチクビ―」と言いながらも笑わせてくれる彼女は、ほんとうはまじめな家庭に育てられたことがよくわかりました。



いつでも、どこでも、急にでも、マチャミと会うことができたらなんとかお話ができるようにしたい。ぼくは、彼女の本を読んでその事前準備をしています()







テレビ番組でのゲストとの会話方法やワハハ本舗などの劇団の仲間たちとのコミュニケーション術などを通して、相手を活かして、自分も輝き続ける、久本雅美さんの話し方や聞き方、気の配り方を十二分に教えていただける内容です。








 <目次>

第1章 人の心を開く(初対面でも伝わる「あなたのことが好きです」というオーラ、外ゆう見的なことに触れるのはコミュニケーションが成立してから ほか)

第2章 先輩、後輩、仲間(誠実、丁寧は必ず誰かが見てくれている、大変なときこそ、大きく変わるチャンス ほか)

第3章 仕事を続ける心根(「不自由」とは時間がないことではなく、心に余裕がないこと、「やさしい」と「気が弱い」は紙一重 ほか)

第4章 親しき仲の思いやり(距離を縮めることより相手を思いやることが会話の第一歩、「上から目線」は禁物。負の感情をクールダウンさせるには ほか)

第5章 身だしなみは気配り(身だしなみで大きく変る印象、そこから始まる会話、年齢とともに考え始めたファッションとTPOの関係 ほか)





◎1958年、大阪府生まれ。81年、劇団東京ヴォードヴィルショーに入団。84年、同劇団の若手だった柴田理恵、佐藤正宏、演出家の喰始らとともにワハハ本舗設立。85年、『今夜は最高!』(日本テレビ系列)に出演以降、テレビやラジオにも活躍の場を広げ、数々のバラエティー番組やドラマに出演。舞台出演はワハハ本舗の公演だけではなく、松竹新喜劇などへの客演もしている。








11P

ほめ上手はとても素敵。そこに心があるかないか、愛情があるかないか、これが大事だと思います。私も太陽のように相手の心をぽかぽかと暖めていく存在になりたいです。








21P

空気を読むということは、皆さんに楽しんでもらえる場を作ること。これが私のめざすところであり、その場の空気がどうなるのか、それは私の気持ちの中にあるものだと思っています。








23P

なんでも自分を前に出すのではなく、まず人を活かすことを考える。相手のよさを活かすことで自分も活きる。これができなければ、MCは務まらないということを先輩に教えていただき、同僚からも学ばせてもらいました。

人を活かすとは、この人のよい部分はどこだろう、何をやったら楽しんでくれるのだろうと相手の立場に立つことから始まると思います。








46P

誠実であること。丁寧であること。これは見ている人は必ず見ています。







78P

時間があっても心が満たされていなければ不自由。でも時間がなくても心が充実していれば、いつでも自由でいられるのです。何をやっても楽しめる自分。感謝できる自分になること。要は自分の心がどうなのか。時間をどう使うのかなのです。そう思えたとき、気持ちがすっと楽になりました。








96P

何か自分の中に衝動が生まれたら、それを自信にして動いてみる。準備運動なしでもいい、予備知識もなしでいいと思います。

確かに一度しかない人生だから、慎重にいこうという考え方も大事。でもそういうことばかりを気にしすぎて、走り出す前に、こうなったらどうしよう、あれもできない、これもしていないと考えすぎて行動しないより、何か一つ感じるものがあったら、とりあえず動き出してみることも必要だったと思います。衝動にかられて何かにチャレンジしていくなかで、つかめるものがきっとあるはずです。当時の私がつかんだものは「続ける」ことでした。








130P

私が好きな「桜梅桃李」という言葉があります。桜は桜。梅は梅。桃は桃。李は李。咲く時期も輝きも違う。それぞれに素晴らしい価値があり、それぞれにしか咲かない花がある。人と自分を比べるのではなく、昨日の自分と今日の自分を比べて、自分らしい花を咲かせることにこそ、人生の価値があるのだと。








133P

友人からの苦言は励ましとイコールだ。信頼して、尊敬して、なんでも相談できる友人は、生き方を問う人生の先輩ともいえますし、友情は一番の宝ですね。




No.309】人に心を開いてもらいたい時、私が必ずやること、やらないこと。久本雅美 TAC出版(2016/09