朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~ -161ページ目

朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~

読書とは――著者や主人公、偉人、歴史、そして自分自身との、非日常の中で交わす対話。
出会えた著者を応援し、
本の楽しさ・面白さ・大切さを伝えていきたい。
一冊とのご縁が、人生を照らす光になる。
そんな奇跡を信じて、ページをめくり続けています。

九十歳を超えて年を重ねても切れ味のよく卑近な感性が溢れ出ているエッセイ集です。

 

 

この世の中に、お節介焼きであっても理不尽であってもいいから、佐藤愛子先生のような「怒り」が必要ではないかと思います。

ちょっと緊張感を持って生きていきたいから。

 

 

 

かつては、今のような平和な世の中ではなく、明日をどう生き抜くかという命がけの時代がありました。

自分と相手への謙虚さや欲しがらない我慢さ、感謝の気持ちなど精神力がもっと長けていました。

激動と混迷の時代を乗り越えてきた方だからこそ彼女の言葉に重みが感じられます。

 

 

 

 

例えば、「駄目なものはダメ」というような体験や「子どもは早く寝なさい」とか「夜には爪を切ってはいけない」など、過去から現代に引き継いできたお婆ちゃんやお爺ちゃんの知恵のような大切な基準を次の世代に引き継いでいかねばいけないなと。

 

 

 

 

 

 

 

 <目次>

こみ上げる憤怒の孤独

来るか?日本人総アホ時代

老いの夢

人生相談回答者失格

二つの誕生日

ソバプンの話

我ながら不気味な話

過ぎたるは及ばざるが如し

子供のキモチは

心配性の述懐 

ほか

 

 

 

 

大正12年大阪生まれ。甲南高等女学校卒業。「戦いすんで日が暮れて」で直木賞、「血脈」の完成により菊池寛賞、「晩鐘」で紫式部文学賞を受賞

 

 

 

身近にある植物の名前や特性を知らないことで勉強する必要があることを実感していました。

 

トマトやアスパラガス、インゲンマメなど、なにげなく普段食べている植物や、シクラメンやチューリップ、ヒアシンスなど日ごろ鑑賞している植物に、しっかりと毒があるのを知ってびっくりしています。

 

家族がジャガイモの芽を切り取っていたのを見ていて知っていたのですが、それにはちゃんとした理由がありました。

 

芽の部分に有害なソラニンという物質が含まれていて、芽だけではなく小さく未熟なものの全体にこの有毒成分が含まれています。腹痛や嘔吐、下痢、めまいなどを起こします。

ジャガイモが日本でもっとも中毒率が高い食物であることも知って驚いています。

 

イチョウやウメなどの植物には、どこに有害物質があってどのように注意したらよいかという説明があります。

また、ハチミツ中毒がありトリカブトなど超有毒植物から蜜を集めたハチミツにも注意が必要である旨が記載されていました。

 

なかにはユーモアを交えた解説があって分かりやすく、終わりまで飽きずに読みやすかったですね。

 

むやみに植物を手に取らないこと、調理方法をちゃんと知っていないと料理に使わないこと、食べて苦いと感じたら食べないこと等々事故を防ぐために気をつけていきたいものです。

 

たまには、あまり手に取らない分野の本を読むのが脳に刺激的ですね。

 

 

<目 次>

はじめに

序章 忘れられがちな“植物の自然毒”(恐怖に震えるフランス兵―ジャガイモ1、食中毒事例のなかでも群を抜く―ジャガイモ2 ほか)

第1章 致死性の身近な植物(難解、厄介、そして後悔―トリカブト1、気まぐれな殺傷力―トリカブト2 ほか)

第2章 重大事故を起こす園芸植物(制御不能、踊り狂う猛毒―チョウセンアサガオ1、記憶破壊と幻惑と―チョウセンアサガオ2 ほか)

第3章 取り扱いに注意すべき“普通の”草花(箒と毒と家庭の守護神―アセビ、いにしえの春風の娘―アネモネ ほか)

 

 

 

 

1969年生まれ。サイエンス・ジャーナリスト。ガーデナー。自然写真家。おもに関東圏を活動拠点に、植物と動物のユニークな相関性について実地調査・研究・執筆を手がける。著書に「イモムシのふしぎ」「うまい雑草、ヤバイ野草」「ファーブルが観た夢」など

 

 

 

 

 

 

No.327】身近にある毒植物たち“知らなかった”ではすまされない雑草、野菜、草花の恐るべき仕組み 森昭彦 SBクリエイティブ(2016/06

辻村深月さんの短編ホラー集です。

 

学生の頃、怖いもの見たさ、興味本意で番組をたまに見ていたり、そんな関係の本を読んだりしていました。

なにか背中がぞわぞわするような気持ちを抱いて。

 

大人になると、日ごろの仕事や生活に紛れてあのころの思いを忘れてしまいました。だからあのころの気持ちを思い出しながら読んでいました。

 

 

読み終わってから、やはり背中がじわーっと怖くなるような感じがしました。

 

荒唐無稽な理不尽さはなくて、身近で実際に起こっているのかも!?と感じられるくらいのレベルかな。

 

 

 

日常の中でふと出会うような恐怖と不思議な出来事を描いています。

 

 

恐怖と日常とは隣り合わせで、こんな恐怖はふいに目のまえにあらわれるものなのかもしれないな。

 

 

 

 <目次>

十円参り   

手紙の主   

丘の上   

殺したもの  

スイッチ   

私の町の占い師   

やみあかご   

だまだまマーク  

マルとバツ  

ナマハゲと私 

タイムリミット

嘘地図 

七つのカップ 

 

 

 

1980年2月29日生まれ。千葉大学教育学部卒業。2004年に『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞受賞。12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞受賞

江戸の歴史にまつわるおもしろくてためになるトリビア短文集です。

 

数ページ単位で一つの話題がまとまっていて愉しく説明がなされています。

 

文章も簡潔なのでわかりやすくて読みやすい。

 

 

磯田道史さんから、映像や書物から歴史を学ぶ楽しさを教えていただきました。

 

 

「歴史には勘所というものがある」

 

235P

「したがって、ここにある文章は、歴史のトピックを、一見、何の脈略もなく、ならべたように見えるかもしれないが、そうではない。広く深く、日本史を見渡せるような、いってみれば「歴史の肝」になる話だけを、かなり厳しい目で選んだつもりである。表面上は、楽しく読めるように選んでいるが、日本史の重要人物や決定的要素を、意識的に選んで書き込んである」

 

 

 

新年あけましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いします(^^)

 

 <目次>

信長の好奇心

なぜ信長は殺されたのか?

秀吉の艶書

お稲荷様も脅した秀吉

家康の人事

家康の庭訓

朝寝坊を禁じた早雲

天才軍師・竹中半兵衛

軍用犬を飼っていた太田資正

宇喜多秀家の子孫 ほか

あとがき

文庫版あとがき

 

 

 

磯田道史さん

1970年、岡山県生まれ。2002年、慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(史学)「武士の家計簿」で新潮ドキュメント賞を受賞。他の著書に「殿様の通信簿」など。

 

 

 

12P

「天下を持っても、貧しさに極まっても、それは昨日までの過去のこと。上様とて明日はわかりませぬ。今日一日のみ、上様は天下の主として楽しまれ、わたしも今日一日のみ極貧に苦しんでいるだけです」

これを聞いて、信長は一瞬がくぜんとした。結局、人間は今だけを生きている。極貧にあえぐ男は、自分にその真理を告げたのである。やがて信長は満足そうにうなずき、男にたくさんの衣服金銀等を与えて帰したという。

 

 

99P

(寺田)寅彦は、(夏目)漱石から二つのことを教わったと書いている。自然の美しさを自分の目で発見すること。人間の心の中の真なるものと偽なるものとを見分け、そうして真なるものを愛すること。この二つである。

 

 

232P

古文書は解難い。古文書はそのままでは、なんのことやらわからないが、史家がこれを読んで噛み砕き、牛が乳を出すが如くにすれば、世人はその味を甘受できる。良い草を喰まねば、良い乳は出ない。だから、史家は、良き草、すなわち、良き史料をたずねて書物蔵に入り、牛が悠然と草を喰むが如く、ゆっくりと史料の頁をめくる。

 

 

233P

書物蔵のなかで、そういう人物、そういう筆跡をみるたびに、この人は忘れてはならない、このことも忘れてはならない、と思うことが多くなった。歴史に限らず、人生経験のなかで「これは忘れてはならない」と感じたものは、いまを生きる我々にとって、糧となる。古文書のなかで、忘れてはならないと感じたこと、そのちいさな断片を拾って、書き留めていくうちに、いつもまにか、この稿を成すにいたったように思う。

「境遇」という文字がよく出てきます。これが題名でありキーワードに。

 

表紙には、海の見える高台にある児童養護施設が写っています。

青いリボンが漂い二人の女の子がベンチに座って絵本を読みあっています。

 

 

養護施設で育った陽子と晴美。

同じ境遇のふたりをつなぐこの青いリボン。

人は生まれる環境を選べないけれども、その後の人生は自分の意思で自分の手で築いていくことができます。

 

陽子の息子を誘拐した犯人が示す真実が明らかになるときに、ふたりが歩んできた境遇の意味が改めて浮き彫りになります。

 

 

人の内部をえぐるように描き出す湊かなえさんの作品に圧倒されることが多いのだが。

 

期待や予想を裏切るどんでん返しもなく物語がどんどんと進んでいきます。

こんな展開でも次が待ち遠しくて、わかるまですぐに読破してしまいました!

いつもの湊さんのようにドロドロしていない素直で分かりやすい物語でした。

 

 

青いしおりが2本ついていました。

これは意図した心憎い演出だと読み終えてからわかりましたけど。

 

 

 <目次>

あおいリボンはおかあさん

ムスコヲブジカエシテホシケレバ

樅の木町殺人事件

真実の公表

それから

 

 

1973年広島県生まれ。「聖職者」で第29回小説推理新人賞、同短編を収録した「告白」でデビューし、本屋大賞を受賞。ほかの著書に「少女」など

 

 

 

 

19P

自分は女性として不完全であるという失望感、将来への不安、そんな理由で心の中にぽっかりとあいた空洞は、リゾートホテルでも、高級ブランド品でも埋めることはできず、子供を産むことはできなくとも、幼い命をこの手で立派に育てたいのだ、と彼に強く訴えたらしい。

 

 

 

 

22P

どうしてこんなことになったのだろう。助けてほしい。

陽子。

わたしの気持ちをわかってくれるのは、あなただけ。

 

―私たちが親友になれたのは、同じ境遇だからなのかな。

一度だけ、陽子にそう訊かれたことがある。

わたしは生後まもない頃、Y市内にある「朝陽学園」という児童養護施設に預けられ、高校を卒業するまでの十八年間をそこで過ごした。

 

 

 

 

89-90P

どんなに道を外れた出来事も、知らなければ罪にはならないのだろうか。

知らなければ罪にはならないのだろうか。

忘れられれば罪にはならないのだろうか。

罪にならなければ、罰を受けることもなく、償いをする必要もなく、何食わぬ顔をして幸せに暮らすことが許されるのだろうか。

いや、許されるはずがない。

ならば、知らせてやればいい。

大切なものと引き替えに。

歴史から学ぶべきことは多いが知らないことも多い。

 

井沢さんからワクワク、ドキドキしながら歴史の面白さを教えていただいています。

 

 

日本史上最大の外国からの侵略戦争『元寇』

 

このときの北条時宗の英断に光を当てるところがすばらしい。

 

井沢さんは、早稲田の法学部卒業であり、歴史研究家とすれば異端児なのかもしれません。

 

今までの日本の歴史観に対して、こうなんだよと怒りながら発言しているように感じてなりません。

根源的な理由を追究するため、自分の想いを入れつつ論拠をまじえて検証しています。

 

井沢流の検証のもと歴史の真実に向かって、じわじわと迫ってくるところが面白いと思います。

 

 

 

第1章 モンゴル帝国の脅威―遊牧民族による拡大戦略(なぜ万里の長城が必要なのか、なぜ朱子学が生まれたのか、なぜ元は日本侵略を企てたのか)

第2章 執権政治誕生の真相―鎌倉武士団が支持した組合(なぜ摂関政治は日本史上最低最悪なのか、なぜ「承久の乱」は失敗に終わったのか、なぜ源氏は三代で絶えたのか)

第3章 元寇をめぐる虚実―日本に「神風」は吹いたのか(なぜ英雄・北条時宗が評価されないのか、なぜ神風信仰が常識となったのか、なぜ日本が元軍に勝てたのか)

関連年表

 

 

 

1954年名古屋市生まれ。早稲田大学法学部卒業。TBSに入社。報道局在職中に「猿丸幻視行」で江戸川乱歩賞を受賞。退社後、執筆活動に専念。ほかの著書に「英傑の日本史」など。

 

 

 

 

16P

歴史上の格言に「絶対的な権力は絶対に腐敗する」というのがある。

完全無欠な神ならともかく、欠点だらけの人間や組織が絶対権力持つと、批判的勢力を潰してしまうために、自己改革する意欲も姿勢も失ってしまい決定的に腐敗してしまう、ということだ。

「平和に溺れ安逸をむさぼる国家は滅亡への道をたどる」

 

 

 

75P

しかし日本では、家臣が天皇家を滅ぼして自分が天皇になるということがまったく不可能であった。天皇家は神の子孫であるから貴いのであり、家臣の分際でそれを滅ぼすことなど倫理的に決して許されないからだ。

また仮に滅ぼしたとしても、天皇家の血を引いていなければ絶対に天皇にはなれない。神の「DNA」がないからである。当然ながら藤原氏は天皇家とは別の血統を持つ一族である、つまり絶対に天皇にはなれない。ではどうやって日本の統治権を奪うか?そのために考えられたのが関白制度であった。

一口で言えば、関白という地位を新たに設けたのである。関白は基本的に地位(身分)であって職位(ポスト)ではない。たとえば太政大臣は大臣としては最高のポストであり、これより上はない。しかし、いかに大臣であっても「臣(臣下)」であることには変わりがない。

つまり家来であって主人ではないのである。ところが関白は臣下出身のはずの藤原氏がなれる「身分」であると同時に、天皇の権限すら代行することができる「地位」でもあった。言ってみれば皇族扱いであり、敬称も「殿下」である。

 

 

 

155P

私の基本姿勢は、日本史の真の姿を右とか左とかのイデオロギーにとらわれずに、客観的に見ることである。ところが日本は、どうもイデオロギーのメガネをかけて歴史を見る人が圧倒的に多い。

 

 

 

212P「全体像を見ない歴史学」

要するに私の言いたいことをたった一言で延べれば、「日本史上最大の外国からの侵略『元寇』を撃退したのは神風ではなく、鎌倉武士団の奮闘である」ということだ。(中略)

理由は簡単で、今の日本の歴史学が根本的に、歴史上の重大な事件が起こった根源的な理由を追究する構造になっていないからである。個人の能力の問題ではないのだ。

当たり前のように店舗や提供される商品に対して、こだわり続けているお店だということを知りませんでした。

 

 

「コーヒー豆」に対するこだわりが強すぎる。

 

これを読んだらドトールのファンになるかも。

 

ドトールに行くのを楽しみにして実際に行きたくなりますよね。

 

 

お客様に提供する際のこだわりを感じてコーヒーを味わいたい。

 

 

 

 

6P

「ドトールコーヒーショップが提供しているのは、徹底的にこだわり抜いた本物のコーヒーなのだ。これが顧客を惹きつけている。一度、本物のコーヒーの味を知れば、そうそう後戻りすることはできない。実際、飲食業界や食通の人たちでドトールのコーヒーを高く評価する人は多い。」

 

 

 

8P

「どうして、ここまでこだわれるのか。それは、ドトールコーヒーが創業時から持っている、強烈な理念があるからである。人々においしいコーヒーを提供したい、おいしいもので感動させたい、豊かな生活を提供したい、という思いだ。そしてこの理念は、今もまったくブレることなく続いている。」

 

 

 

219P

「やるべきことを愚直にやる。これは、数千人もの成功者に取材をして、私が教わった真理のひとつだった。余計なことは考えず、愚直に愚直に、とにかくやるべきことをやる。そうすれば、必ず結果は出る。今回もまた、この真理を教えてもらった気がする。」

 

 

 <目次>

はじめに 「気がつくと選んでいる」お店

第1章 ドトールの「こだわる」理由と創業にあり―有名なコーヒーショップチェーンはこうしてできた

第2章 受け継がれ、進化する精神―二代目社長は何を引き継ぎ、何を変えたのか

第3章 「街の喫茶店のこだわりコーヒー」を全国どこでも手ごろな価格で―儲け、効率を追わない

第4章 フードの秘密―ドトールの食べ物は、どうしてあんなにおいしいのか

第5章 手間はかけても待たせない―オペレーション・サービスの秘密

第6章 「ドトールはダサい」からの脱却―「白ドトール」は、いかにして生まれたのか

おわりに

 

 

◎1966年兵庫県生まれ。早稲田大学商学部卒。リクルート・グループなどを経て、フリーランスのライターとして独立。著書に「なぜ今LAWSONが「とにかく面白い」のか?」など

 

「憧れ」と「恋」とは違うのかな。

一瞬にして落ちる恋もあれば、緩やかに進みすぎて、気づかない恋もあるというのに。

 

タイミングを逃すとだいたい恋は実らないことになります。

終わりの静流が残した写真が重くこころに寄りかかります。

悔しいくらいにこころに突き刺さります。

 

文字で表現してあって実際には見ていないのだけれども、その描写は、まるで目の前で写真を見ているかのように鮮やかに浮かびあがります。

 

読んでいる間、澄んだけがれのないまっさらな空気に包まれているような感覚でした。

それは物語の中に出てくる情景描写が美しかっただけでなく、登場人物たちの純真さゆえだなと。登場人物が皆そろって純粋で思いやりのある素晴らしい人たち。

 

主人公の魅力が客観的にあまり描かれていなかったのはちょっと残念。

どうしてこの人がステキな女の子たちに好かれていたの?

 

最後の結末に涙するというより、彼女の想いが最高潮に昇華されるシーンの美しさに、膨らむ想像によって泣けてきます。

 

愛する人の愛する人も好きでいたい。

切なすぎる愛の形に心が痛みます。

異性を友人として好きだという気持ちと、

特別な愛しい人として好きな気持ちとの境界線はどこにあるのだろうか。

愛するとはどういうことなのだろうか。

 

まるで水彩絵の具で彩られているかのように綺麗で、瑞々しく、透き通っている小説。

 

大事な人に会いたくなるほどステキだけど悲しい、悲しいけど幸せな物語。

 

―――好きな人が好きな人を好きになりたかったの……。

たった一度の恋。

ただ、ただ、切なくなります。

 

 

 

☆1962年、東京都出身。独協大学卒業。97年からインターネット上で小説を発表。2002年『Separation』でデビュー。03年刊行の『いま、会いにゆきます』はミリオン・セラーとなる。

 

 

 

3P

彼女は嘘つきだった。

ぼくは、彼女に嘘をつかれるたびに警戒するのだが、すっかり忘れた頃にまた、同じような嘘に騙されてしまうのだった。

 

 

86P

「何?」

ぼくは彼女の口元に耳を近づけた。

もう一度彼女が言った。

「―好きな人が好きな人を好きになりたかったの……」

その途端、ぼくの胸に鈍い痛みが走った。森の講演で静流の涙を見たときに感じたのと同じような痛みだった。

 

 

 

194P

彼女はぼくの目を見つめたまま、ずっと考えていた。迷いがあり、後悔があり、そして期待があった。友情があり、罪の意識があり、そして恋があった。彼女はレンズの奥の目を何度もしばたたかせた。何度も鼻を啜り、そして最後に決意した。

「今ではなく、明日」

彼女が言った。

「今でなく?」

ええ、とうなずいた。

「初めてのキスよ」

「そうだね」とぼくは言った。

「それなのに、鼻水でしょっぱい味がしたなんて嫌だもん」

彼女の目は真剣だった。そして確かに鼻水が光っていた。

 

この季節に読みたくなるような一冊かな。

 

本当に大切にすべきものは何なのか、本当の幸せはどのようなものなのかを考えさせてくれます。

 

人間は、ただ「今を生きる」のではなく、ただ「未来を見つめて生きる」のでもなく、「過去、現在、未来」を踏まえて生きていくのだという、ほんの当たり前だけれども大切なことを説いているのではないかな。

 

過去の苦しみやつらい経験などその全てが、人生の幸せを見つけるための鍵となります。

 

人生はどの地点からでも変えることができます。

 

 

自分の生の終わりには良い人生だったと思えるために、今これからどう振る舞っていければよいのかを考えさせられました。

 

スクルージが過去、現在、未来の幽霊と会って、これまでの行いを悔い改める様子には暖かくて優しいものを感じました。

 

 

おわりには、スクルージが多くの人によい行いをしていましたが、その場面はとても清々しくて、気持ちの良い読後感を味わうことができました。

 

 

〔「クリスマス・カロル」(1952年刊)の改題改訳〕

 

 <目次>

  1. マーレイの亡霊

  2. 第一の幽霊

  3. 第二の幽霊

  4. 最後の幽霊

  5. 事の終わり

    解説 村岡花子

    改訂にあたって 村岡美枝

 

43P

「こうやって坐っているのだって決してなまやさしいことじゃありゃしない。かなりの苦労なんだ」と幽霊は続けた。「私が今夜ここへ来たのは、お前さんには、まだ私のような運命から逃れるチャンスと希望があることを知らせるためなのだ。私の力で自由になるチャンスと希望だよ、エブニゼル」

「お前さんはいつでも私には親切な友人だった。ありがとう!」とスクルージは言った。

「お前さんのところへ三人の幽霊が来ることになっている」と幽霊は話を続けた。スクルージの顔は、幽霊とほとんど変わらぬくらいに蒼ざめた。

 

 

45P

合図に従ったと言うよりも、驚きと恐れがそうさせたのだ。幽霊が手をあげた途端に、たちまちにして空中には大変な物音がとどろいた。悲しみと後悔の入り乱れた声、言いようもなくなさけない声が聞こえて来たのである。

ほんの一瞬、耳を澄ましていた幽霊は、その悲しみの歌に自分も声を合わせながら、寂しい闇の中へ飛び去った。

スクルージは好奇心に圧倒された、思わずあとを追って窓ざわまで行って外を眺めた。

 

 

166P

しかし幽霊は相変わらず傍の墓を指さしているだけだった。

「人の進む道は、それを固守していれば、どうしてもある定まった結果にたどりつかなくてはならないのでしょう。それは前もってわかることでございましょう。けれども、もしその進路を離れてしまえば、結果もかわるのじゃありますまいか。あなたが私にお示しくださったものの場合でも、その通りだとおっしゃってくださいませんか?」

幽霊は依然立ちつくしているだけだった。

 

 

184P

それ以来、幽霊との交渉はなかったが、彼はその後は絶対禁酒主義を奉じて暮らしていった。そして、もし生きている人間でクリスマスの祝い方を知っている者があるとすれば、スクルージこそその人だといつも言われていた。私たちについても同じことが言われますように、私たちのすべての者がそうなりますように。それからティム坊が言った通り、「神よ、私たちをおめぐみください、みんな一人一人を!」

映画を見ているような構成が爽快で綺麗。

 

情景が目に浮かびやすいような文章の運びが上手。

 

ぼくはこういうのが好きだな。

 

 

冷めかけた恋愛感情とやるせなさを感じる。

 

そして一瞬の意思疎通の謀りごとにも共感しやすい。

 

 

 

 

真面目になって「恋愛」について考えた人なのかなと思う。

 

 

恋と愛をよくよく深く突き詰めて考えていたようすがわかる。

 

 

言葉が言葉を超えて、相手に伝わることが大切だと気がついた。

 

 

 

 

 <目次>

四月になれば彼女は

五月の横顔

六月の妹

七月のプラハ

八月の嘘

九月の幽霊

十月の青空

十一月の猿

十二月の子供

一月のカケラ

二月の海

三月の終わりに僕は

 

 

 

1979年横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業。「電車男」などの映画を製作。2011年「藤本賞」を史上最年少で受賞。著書に「世界から猫が消えたなら」「億男」など

 

 

 

 

 

55P

恋は風邪と似ている。恋をするたび藤代は思う。

いつのまにか、それははじまっている。風邪のウイルスが知らぬ間に体を冒し、気づいたときには発熱しているように、だがハルとは違った。彼女と恋に落ちた瞬間を、藤代ははっきりと覚えている。あれほど心が動く瞬間は、これからどんなに長く生きていくとしても、もう二度とないように思えた。

藤代はハルにとって、はじめての恋人となった。

 

 

 

 

61P

恋は風邪と似ている。

風邪のウイルスはいつの間にか体を冒し、気づいたら発熱している。だがときが経つにつれ、その熱は失われていく。熱があったことが嘘のように思える日がやってくる。誰にでも避けがたく、その瞬間は訪れる。

あの頃、ハルは言った。わたしはいつまでもフジと一緒にいる。なんの疑いもなく、そう繰り返した。

けれども藤代とハルだけが、例外であるはずがなかった。

 

 

 

82P

誰かを愛しているという感情は一瞬だということが、いまならわかります。

あのときのわたしは、それが永遠に続くものだと信じていた。あまりに幼稚で無防備。でもあの頃のわたしの方が、いまのわたしよりも何倍も力強く生きていた気がするのです。

好きな人のことをすべて知りたい。その人がいまどこでなにをしているのか。どんな本を読み、なにを食べ、どういう服を着ているのか。すべてを知りたいと思う。

愛している、そして愛されている。そのことを確認したいと切実に願う。

あの頃の清冽な想いに、わたしはいまだに圧倒されているような気がします。

フジとの別れは突然でしたね。

九年前のあの日のことは、忘れることはできません。あの日から、わたしはずっと考えてきました。なぜ、わたしたちは別れてしまったのだろうかと。

 

 

 

 

207P

「誰かの気を引こうとするときには、人はどこまでも優しく魅力的になれるんです。でもそれは一時的なものでしかない。手に入れたあとは、表面的で無責任な優しさに変わってしまう」

「相変わらず厳しいねえ……そうじゃない人もいると思うけど」

「ほとんどの人の目的は愛されることであって、自分から愛することではないんですよ」

「それは確かに」藤代は苦笑して続ける。「否定できない」

「それに、相手の気持ちにちょっとでも欠けているところがあると、愛情が足りない証拠だと思い込む。男性も女性も、自分の優しい行動や異性に気に入られたいという願望を、本物の愛と混同しているんです」