読み終えて改めて装丁を見てみると、物語の空気そのままでぼくは切なくなります。
深い哀しみや厚い憎しみの連鎖は断ち切ることができないものだろうか。
たとえば「愛」によってそれを断ち切れることができるないのだろうか。
キリスト教による「愛」や、仏教によるところでは、「慈悲」の心を持って。
いつかの時点でそれを止めないと、ずっとずっと負の連鎖が永遠と続くように……。
オカルトのような突拍子もない設定と現実との二重構造の仕掛けがうまく物語を盛り上げています。
主人公が苦悩する生活がリアルだから作者の力量が必要だとつよく感じています。
過去と現在がつながったときの切ない哀しみが、大きな余韻として残る作品です。
◎1956年、埼玉県生まれ。広告制作会社勤務を経て、コピーライターとして独立。97年『オロロ畑でつかまえて』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。2005年『明日の記憶』で山本周五郎賞、14年『二千七百の夏と冬』で山田風太郎賞を受賞
48P
だから、初めて外回りに出た時は、懲役を終えて刑務所を出所した気分だった。胸に突き刺さる切断音、受話器を叩きつけられる耳をつんざく音、警戒する声、不愉快そうな声、疑念、厭味、説教、罵声、軽蔑、自分が全否定される言葉を浴び続けていると、相手の悪感情がメタンガスのようにためこまれて、体が爆発しそうになる。
189P
男がまた僕の誤りを正す口調で言う。
「偶然などであるものか。ここへ君が来たのも必然。ここに私がいるのも必然。因果というべきか。名品と呼ばれる一匹の金魚が、この世に現れるのと同じこと。すべてが必然の積み重ねなのだよ」
「僕のところに彼女が来たことも、偶然ではないと?」
「勿論、すべては繋がっているのだ」
「何が起きているのか、ご存知なら教えてください」
僕は言葉で小男にすがりつく。
「偶然に思えるあらゆるものが、じつは見えない糸で繋がっている。それが因果だ」
「へ?」まるで禅問答だ。もっと具体的な情報がほしい。
「どんな小さなことにも、何気なく選んだ途にも意味がある。それと気づかなければ見逃してしまうすべてのことに」
397P
空が赤く染まっている。海も赤く染まっている。
聞こえるはずのない中国の古い歌が遠くで聴こえた気がした。
黄昏のかりそめの赤は、いつもたちまち消えてしまう。
だから、僕はいまも、そしておそらくこれからもずっと、
夕暮れ時には心がざわめく