たくさんあるスポーツのなかでも、ぼくはボクシングが好き!
スポーツマンシップとフェアネスがリング上にはあるから。
拳闘―拳で闘うシンプルさが真っ先に素晴らしいと思う。
試合に向けて肉体の限界を踏み越えてしまうような強靭過ぎる精神力に敬服してしまいます。
決戦を終えた後には、お互い一切の言い訳を拒絶するような潔さが清々しい。
思い浮かぶのは、辰吉丈一郎さんと薬師寺保栄さんとの試合。
日本人同士でのWBC世界バンタム級の統一戦でした。
試合前からも壮絶な口舌戦があり。
ワクワクドキドキしながら画面に張りついた、
しばらく寝ることができないほど興奮したあの記憶は、
いまも忘れられません。
たしかに何かに引き寄せられるように手に取ってしまうことってあります。
現実にはそんな簡単には世界チャンピオンにはなれないだろうけれども。
そんな夢を追い掛ける姿には、一種の憧れとうらやましさを感じてしまいます。
日々努力している、いつもがんばっている、ママになってもやればできる……。
実際にはそんなに簡単じゃないこともわかりますが。
フィクションでも架空であってもそうなって欲しかったな。
そんな夢を見ているような、そんな風にまで感情移入してしまうのがよい本だなあと思うよ。
「妻、40歳。職業、女優。二児の母、PTA会長、消防団員、町内新聞編集部員にして、プロボクシング女子フェザー級世界王座挑戦者!? その戦いの日々に、夫婦と家族の絆を見つめ返す中篇小説。」
鈴木一功さん―東京生まれ。俳優、劇作家、演出家。劇団レクラム舎主宰。東京工芸大学映像学科身体表現領域非常勤講師。映画、テレビ、ラジオドラマにも出演。著書に「日本の銭湯ガイド」など。
27P
いつもの路地でヒューヒューとロープが風を切る音がして、小さな、ため息ともつかない正確な呼吸の音が聞こえ、妻はただ一心にロープを跳んでいる。風切る音を聞いているだけで、素人のロープスピードではないのは私にもわかった。会長の言葉はもしかしたら本当なのかもしれないと、このとき急に腑に落ちるように思った。妻は射るような、獣のような視線で前を向き、足を虚空に上げている。夕闇の中、引き締まった顔から、きらきらと光る汗が街路灯の淡い逆光の中にほとばしっているのが見えた。
125P
こうしてラウンドが進みつれ、ざわついた私の気持ちが整理されていくのを感じる。そして二人の女が、ひたすらお互いの体を真剣に打ち合っているのを見ていると、楽しげな二人の会話を聞いているような気さえする。何に向かって、二人はパンチを繰り出しているのだろう。何十年かを生きてきた、女の怒り、哀しみ、喜び、あらゆる情念が二人の体から零れ落ちてくるようだ。女たちのそんな情念が躍動している様子に、私は陶然と見とれている。二人の間で起きているものは、ただもう美しいとしか言いようがない、何かだった。しきりに流れる汗と滴り落ちる血、それでもなお軽やかに、スピード感を持ってあくまで的確に、相手に向けて繰り出されるパンチ。しなやかな二つの肉体が繰り上げる一枚のドラマチックなタペストリーであり、フットワークのリズムに乗った一曲のファナティックな音楽だった。
