朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~ -145ページ目

朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~

読書とは――著者や主人公、偉人、歴史、そして自分自身との、非日常の中で交わす対話。
出会えた著者を応援し、
本の楽しさ・面白さ・大切さを伝えていきたい。
一冊とのご縁が、人生を照らす光になる。
そんな奇跡を信じて、ページをめくり続けています。

世の中の男女はいろんな生き方があることに気付かされます。

この物語のなかで強く印象に残った文。

211―212P

父と母は、ひとりを持ち寄ってふたりになり、三人を経て再びふたりを歩いている。姑のテルは、ひとりになってもふたりぐらしを続けていた。岡田と百合は、つよくひとりを意識しながらふたりを生きる。

信好と自分は―

出会ってからはいつだって、信好が紗弓の「答え」だった。

ひとりではうまく流れてゆけないから、ふたりになったのではなかったか。

 

こころ温かくなる物語。

「たまには男二人で昼飯でも食べよう」

義父と信好が2人でランチをするシーンは何気ないのだけれども。

お互いすごく心通う良いシーンだと思った。

 

豊かさとは、当たり前の毎日の生活にあるのかな

幸せな人生とは、夫婦とは、家族とは。

なんなの?と優しい声で問いかけてくるような感じ。

ささやかな喜怒哀楽とともに、このゆったりと進んでいく物語に心地良さを感じました。

メリハリがないわけでもない。

大きな展開があるわけでもない。

でも心地の良いこの流れに身を任せれました。

 

 <目次>

こおろぎ   

家族旅行   

映画のひと 

ごめん、好き 

つくろい   

男と女   

ひみつ   

休日前夜  

理想のひと 

幸福論  

 

1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。07年、同作を収録した『氷平線』で単行本デビュー。13年、『ラブレス』で第19回島清恋愛文学賞、『ホテルローヤル』で第149回直木三十五賞を受賞

 

直木賞の「ホテルローヤル」を読んだときから、ぼくは彼女のこと(作風)を気になってしょうがなくなってしまった。

なぜなら読んでいてほんのりと心地ちよかったから。

どちらかといえば青い空ではなく曇天の水平線の下、小船でただよっている感じ。

モヤモヤとした霧が立ち込めた雰囲気の中でその霧が少し晴れたところに答えが見つかるところがうまい。

文章の間に人間の本音が見え隠れするところもよい。

命を懸けたヤクザのような明るくない作風に惹かれてしまったのだ。

巻頭の色見本を見ているだけで楽しくなる。

例えば、紅の八塩、紅梅、鴇色、東雲色、萌葱色、利休茶、江戸紫、菖蒲色、檳榔子黒等々。

 

私たちの先祖は、実に豊かな色彩文化を発展させてきたものだ。

これらの色には、それぞれの物語がある。

廃れることなく現代にまで丁寧に紡いできたものだと感心する。

 

日本の奥ゆかしい伝統色とその歴史の世界を辿る旅。

伝統色にまつわる歴史的な逸話や染材などを知ることができる。

 

伝統色が微妙な色の違いによって多くの種類があるものと知った。

その驚きとともに日本人として生まれてきた嬉しさと有難さを感じた。

 

 

 <目次>

はじめに

春の章―赤、薄赤、黄系の色(赤―農耕民族日本人の太陽信仰、緋―茜で染めた火の色 ほか)

夏の章―緑、青、薄青系の色(緑―草木の生命力を色に託す、萌葱色―若武者、平敦盛の鎧縅 ほか)

秋の章―茶、橙系の色(茶色―茶の伝来とともに生まれた色、橡―大伴家持が好んだ着物 ほか)

冬の章―紫、無彩色系の色(紫―宮廷びとにもてはやされた理由、紫根色―権力を象徴する色 ほか)

 

 

1935年、北海道函館市生まれ。ノンフィクション作家・染織文化研究家。染織文化誌『藍』(青桐社)の編集長を務めて以来、伝統染織の文化史的側面を追い続ける。

解離性同一性障害。いわゆる二重人格。

ジキル=善。ハイド=悪。

この図式でジキルは純粋な善ではなく、悪への欲求を理性によって抑えていた善だと感じた。

 

古今東西、薬物による快楽に一旦身を置いてしまうと、理性によって抑えるのが難しくなりそれに依存してしまうのだろう。

薬物によって内面だけではなく、顔つきや声、筆跡や利き手などの外見までも変えてしまうところえげつなくホラー的だった。

全体におどろおどろしく誠に恐ろしい雰囲気を醸し出してくれていた。

 

最も印象を受けた箇所は、最終章の「ヘンリー・ジキルが語る事件の全容」。

なぜ教養高く高潔な紳士ジキル博士が、見るからに邪悪で粗暴であり罪を犯すようなハイド氏に変身するようになったのか。

なぜジキルはそれをやめようとしなかったのかなどを赤裸々に語るところ。

それらを聞くと彼の行動は決して奇怪なものではないように思われた。

 

欲望と理性との狭間で揺れているのが人というもの。

自分を見失うほどに欲に溺れるのも、自己を抑制しすぎるのも良くないのではないか。

ときどき何か別のもので発散していくなど、どのようにして折り合いをつけて生きていくのかが課題であり問題であろう。

 

どんな人にも善と悪が共存しているもの。

うまく欲望と理性とのバランスを保ってなんとか生きていければよいと思った。

 

約130年前の当時のロンドンの霧が立ち込める情景が随所に散りばめられていた。

まるで絵に描いたように目に浮かぶ記述が心地よかった。

また、ジキルやアタスンのような古きよき時代の英国紳士の立ち振る舞いも垣間見られて嬉しかった。

この物語を歴史的にも甘く重厚的にぼくを愉しませてくれて読んでいて幸せだった。

 

ロバート・L,スティーヴンソン

1850‐1894。イギリスの詩人・小説家。エディンバラ大学で工学を学ぶが、後に弁護士の資格を取得する。1879年にアメリカへ渡り、翌年結婚し帰国。生来健康がすぐれず、1890年より南太平洋サモア島に移住するが、4年後に急死した。

 

※「ハイド ダニエル・ルヴィーン 訳 羽田詩津子 角川書店」

 

スティーヴンソンのほうはジキル博士の視点で、この本は主にハイド氏の視点で話が進む。

話の流れは同じだが、ジキルとハイドそれぞれ視点が変わるだけでひとつの物語が楽しくなるとは思わなかった。

 

 

 <目次>

 

一日目 朝

一日目 午後

一日目 日暮れ

二日目 夜明け前

二日目 朝

二日目 黄昏

三日目 夜明け前

三日目 正午

三日目 夜

四日目 夜明け

訳者あとがき

 

ダニエル ルヴィーン。

アメリカ、ニュージャージー州出身。ブラウン大学で英文学とクリエイティヴ・ライティングを学び、フロリダ大学でフィクション・ライティングの美術学修士を取得。高校や大学で作文やクリエイティヴ・ライティングを教え、“HYDE”で小説家デビューを果たす。コロラド州ボールダー在住

「私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。」

 

ここから始まる冒頭の部分がなんとなく軽くてよい。

 

始まりの文章が心地よい。

もっと中身を読みたくなります。

文章が優しくて癒やされます。

出てくる登場人物もほっこりする人物なのでさらに癒やされます。

大切な人を失った人たちの心理描写が溢れる愛を持って表現されているからその上に癒やされます。

 

「死」と「性」と「食」

吉本ばななさんを初めて読むならこれだと。

以前参加した読書会で友人が紹介していました。

興味を抱きました。

ずっと昔から読んでいました。

ときどき読み返していました。

人の死が多いけれど、生きている人を見ていると力が沸いてくるんだ。

 

よい本は魅力があって色褪せることなく廃れずに人から人に引き継がれるものなんです。

 

胸が苦しくなったり切なくなったり心温まるようなお話でもなんでもよいから、

ふとしたことからご縁がある本をこれからも読んでいきたい。

 

ここの文章が気に入りました。

「偉大な人物は ~」

88-89P

この小さな街のすべての部分に、公園に、路に、霧のようにしみとおる冬の重い冷気を支えきれない。押されて息ができない。そう思った。

偉大な人物はいるだけで光を放ち、まわりの人の心を照らす。そして、消えた時にどうしようもなく重い影を落とす。ささやかな偉大さだったかもしれないけれど、えり子さんはここいて、そしていなくなった。

 

 

 <目次>

キッチン

満月 キッチン2

ムーンライト・シャドウ

 

 

 

1964(昭和39)年、東京生れ。日本大学芸術学部文芸学科卒。87年「キッチン」で「海燕」新人文学賞、88年単行本『キッチン』で泉鏡花文学賞、89(平成元)年『TUGUMI』で山本周五郎賞をそれぞれ受賞。海外での評価も高く、イタリアのスカンノ賞、フェンディッシメ文学賞を受賞。『アムリタ(上・下)』(紫式部文学賞)

「切り裂きジャック」-約130年前にイギリスで実際にあった猟奇殺人事件。

この事件を模倣したと思われる内臓をすべてえぐり取られた若い女性の遺体発見。

それからテレビ局への犯行声明。

グロテスクで目を背けたくなるような表現があります。

 

残忍な連続殺人に関わる人々の愛憎や苦悩。

臓器移植に関する善意や悪意。

 

次作の「セイレーンの懺悔」にリンクするそれ以前の事件。

 

臓器移植に関して深く切り込んで考えされる課題本。

 

需要(移植を待つ患者)に対して供給(脳死の判定)が少ないこと。

患者にとっての臓器移植への推進。

またその反対に、日本人の死生観―心臓が止まって体が冷たくなっていくそんな死とは違う脳死の扱いから臓器移植の慎重への是非など。

この臓器移植を巡って、ドナーやドナーの家族、移植を待つ患者、その家族、コーディネーター、医者等々。いろいろな立場からの意見が書かれていました。

 

医療は万能ではないこと。

命のやりとりに人為的な問題が絡んでくるため真実はきれいごとにはならないこと。

それぞれの立場になって慎重に考えていかないといけないこと。

グレーではなくてどちらかを選んで乗り越えなければならない問題だと思うのだが。

 

 

 <目次>

一 君臨

二 焦燥

三 恐慌

四 妄執

五 恩讐

エピローグ

 

1961年、岐阜県生まれ。『さよならドビュッシー』で第8回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2010年にデビュー

このなかの誰か一人でも、客観的な視野を持って、もし調査や確認をしていたら、もし別の行動をしていれば、誤った報道もなくなり人が傷つくこともなく最小限の事件となっていたのではなかろうか。

これは、日頃の行動に役に立てる視点かな。

 

取材する側、取材される側、視聴者、被害者、加害者などの眼で考えさせられました。

警察やマスコミの立場の違いから、警察の威信とは、マスコミの報道の在り方とは、そもそもの矜持とは?

 

 <目次>

誘拐報道

協定解除

大誤報

粛清

懺悔

 

1961年岐阜県生まれ。「さよならドビュッシー」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。ほかの著書に「ヒポクラテスの誓い」「どこかでベートーヴェン」など。

「人間というものは、ひとりひとりがそれぞれのじぶんの時間を持っている。
そしてこの時間は、ほんとうにじぶんのものであるあいだだけ、生きた時間でいられるのだよ。」
ミヒャエル・エンデ『モモ』より

 

京都や大阪の神社や寺の庭園などを訪れているとき、ぼくは生きた時間を過ごしていると感じていました。...
折々の情景や風物にまつわる文化や人、歴史などに肌を触れているとき、古来人がどのように時の流れを感じて、どんなふうに日々を暮らしていたのかが、そこはかとなくぼくの心にじわっと伝わってきました。

 

例えば仏像などの本物に逢える愉しさ、嬉しさ、懐かしさ。
言葉だけではその意味が正確に伝えられるものではありません。
実物でないとその素晴らしさはなかなか伝わらないものだから。

 

日本人として生まれてきてよかったと思えるとき。
日本人の誇りと自信を再確認しながら
肌が逆立ちつつ魂が奮い立つとき。
日本人が古来から持つ情緒や伝統の大切さに気づくとき。
それらを伝えることのはが豊かであればあるほど、人の時間も、また心も豊かに深まるものだと信じて。

 

仮に考えてみると、とある中小企業に対して整備不良が原因だと問われるとなかなか反証ができないものだ。

無理、無駄な抵抗と考えて現実には泣き寝入りをするのかもしれない。

中小企業の運送会社が財閥系大企業の自動車会社に歯向かっていくことは、勝算のない難しい戦いと考えて仕方がないのではないのかと。

 

仕事に誇りを持っていて決して信念を曲げない男が

真実を知ろうとする強い信念で突き進んでいきました。

第三者の立場として見ているとほんと彼を応援したくなります。

赤松運送の赤松社長とホープ自動車のグループとの戦。

ホープ自動車製の車に過去何度も事故が起きています。しかし、車に構造的欠陥部品があることをホープ側も知りながらもリコールを行わなわず販売を続けました。

人の命よりもホープ自動車の会社の保身のためだけに。

それが原因で死亡事故が起きてしまった赤松運送。

この赤松社長が鬼気迫る行動で事故の原因に迫り究明をして身の潔白を晴らす流れ。

かれの正義と日々の生活は?

かれの夢と現実は?

 

物事の動きにはスピード感やワクワク感があります。

勧善懲悪への結びは、当初からうすうす気づいていました。

終わりにはスッキリした気持ちになります。

 

大きな組織の前に個人は非力であって、大きな組織の中では個人の倫理は捻じ曲がってしまいがちなものです。

登場人物のそれぞれの心情が丁寧に描かれています。

それぞれの立場での葛藤や苦しみがじんじんと伝わってきました。

ぼくもこんな酷い状況になったなら、はたしてどのような行動をとるだろうか!

 

池井戸さんの本は、睡眠時間を削って読み切るのは当たり前。

三日で一気に読み終えましたよ。

目頭が少し熱くなってしまいましたね。

爽快感を味わいましたよ。

彼の小説のなかに引き込まれるのは何度もあるけどけっして止められないわ。

 

 

この小説の中でとくに印象に残った箇所。

「主観と客観」について。

 

392-393P

「サラリーマンは、主観と客観のバランスの上に成り立つ商売なんだよ」

沢田はいった。また英里子が問うような眼差しを向けてくる。しかし、今度もまた何もいわなかった。沢田の中で、ほんのわずか気持ちがそよぎ、うまく表現できないもどかしさが気持ちの底で渦巻くのを感じた。

主観と客観。その二つは必ずしも一致しない。今の沢田がそうであるかのように。商品開発部への異動という客観的成功に隠された、やりたい仕事ができないという主観的不満。客観的には満足できても、主観的には物足りない。主観と客観が両立したとき、夢は実現する。あるいは、夢が実現したとき、主観と客観は両立している。そういうものではないだろうか。

 

 <目次>

序章 決して風化することのない、君の記憶

第一章 人生最悪の日々

第二章 ホープとドリーム

第三章 温室栽培群像

第四章 ハブ返せ!

第五章 罪罰系迷門企業

第六章 レジスタンス

第七章 組織断面図

第八章 不経済的選択

第九章 聖夜の夜

第十章 飛べ!赤松プロペラ機

第十一章 コンプライアンスを笑え!

第十二章 緊急避難計画

終章 ともすれば忘れがちな我らの幸福論

 

1963年岐阜県生まれ。慶応義塾大学法学部卒業。銀行勤務を経て、98年「果つる底なき」で第44回江戸川乱歩賞を受賞。著書に「仇敵」「不祥事」「オレたちバブル入行組」など。

人間関係に悩む人にとって、いくらか役に立つかもしれない

 

人生の有効な時間は限られている。

アホと戦うような無駄なことなどをせずに、時間を有効活用していくべき。

 

そのためには自分は何を心掛ける必要があるのか?

また人の心理はこういうものだというような現実的な対処が書かれてあった。

 

限られた時間を有効活用するため、自分自身の意識を確認する必要がありその良いきっかけとなった。

 

兎に角、自分を誹謗中傷するようなアホとつき合うのは時間や労力の無駄。

他人からの負の感情にとらわれずに、自分自身と真剣に向き合うことが大切だなと。

 

 

 <目次>

はじめに

第1章 アホと戦うのは人生の無駄

第2章 臆病者のための戦略的コミュニケーションのススメ

第3章 どんな強者でも味方にする“人たらし”の技術

第4章 権力と評価の密接な関係

第5章 他人の目を気にするな

最終章 アホとではなく自分と戦え!

おわりに

 

 

 

日本戦略情報支援機構代表取締役、国立シンガポール大学リー・クワンユー公共政策大学院兼任教授。前参議院議員(鳥取県選出、2期)。第1次安倍政権で、内閣府大臣政務官(経済財政・金融・地方分権担当)をつとめる。元参議院国土交通委員長。前大阪日日新聞代表取締役社長。エール大学、ハーバード大学、ランド研究所でも研究員を歴任。早稲田大学、慶應義塾大学大学院(在学中にフランス高等経営大学院に単位交換留学)、デューク大学法律大学院、エール大学経済大学院を各修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了

一度は読んでおきたい扇情的な名作をこんなにもわかりやすく漫画にしてしまってもよいのかな!

短いページ数でもはっきりと登場人物たちの個性が出し切っています。

漫画家の水木しげるさん張りの絵が、作品の紹介にうまくはまっています。

これを機に興味を抱いたら、さっそく原本を手に入れて読むことですね。

 

 <目次>

【収録作品】

太宰治「人間失格」

中島敦「山月記」

梶井基次郎「檸檬」

森鴎外「舞姫」

坂口安吾「桜の森の満開の下」

フランツ・カフカ「変身」

宮沢賢治「注文の多い料理店」

永井荷風「濹東綺譚」

泉鏡花「高野聖」

夏目漱石「三四郎」

アンデルセン「雪の女王」

芥川龍之介「羅生門」

田山花袋「蒲団」

幸田露伴「五重塔」

新美南吉「ごん狐」

樋口一葉「たけくらべ」

魯迅「阿Q正伝」

伊藤左千夫「野菊の墓」

トルストイ「イワンのばか」

エドガー・アラン・ポー「モルグ街の殺人」

菊池寛「恩讐の彼方に」

二葉亭四迷「浮雲」

グリム兄弟「ラプンツェル」

夢野久作「ドグラ・マグラ」

堀辰雄「風立ちぬ」