「人間というものは、ひとりひとりがそれぞれのじぶんの時間を持っている。
そしてこの時間は、ほんとうにじぶんのものであるあいだだけ、生きた時間でいられるのだよ。」
ミヒャエル・エンデ『モモ』より
京都や大阪の神社や寺の庭園などを訪れているとき、ぼくは生きた時間を過ごしていると感じていました。...
折々の情景や風物にまつわる文化や人、歴史などに肌を触れているとき、古来人がどのように時の流れを感じて、どんなふうに日々を暮らしていたのかが、そこはかとなくぼくの心にじわっと伝わってきました。
例えば仏像などの本物に逢える愉しさ、嬉しさ、懐かしさ。
言葉だけではその意味が正確に伝えられるものではありません。
実物でないとその素晴らしさはなかなか伝わらないものだから。
日本人として生まれてきてよかったと思えるとき。
日本人の誇りと自信を再確認しながら
肌が逆立ちつつ魂が奮い立つとき。
日本人が古来から持つ情緒や伝統の大切さに気づくとき。
それらを伝えることのはが豊かであればあるほど、人の時間も、また心も豊かに深まるものだと信じて。



