朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~ -106ページ目

朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~

読書とは――著者や主人公、偉人、歴史、そして自分自身との、非日常の中で交わす対話。
出会えた著者を応援し、
本の楽しさ・面白さ・大切さを伝えていきたい。
一冊とのご縁が、人生を照らす光になる。
そんな奇跡を信じて、ページをめくり続けています。

藤原幸人にかかってきた脅迫電話が惨劇の始まりだった。

「雪から雷になる」

この雷ときのこがキーワードだった。

30年前、村祭りで毒きのこ混入事件があった。

身上持ちの地元有力者4人のうち死者2人で重症者2人が出たのだ。

父の南人が疑われたが証拠がなかった。

姉の亜沙実と弟の南人が落雷を受けていた。そのとき姉は右耳の聴力を失いかつ体に醜い痣が残された。併せて彼らは一部記憶をなくしていたのだった。

 

亜沙実と南人の息子の幸人、幸人の娘の夕美の3人は偽名を使って、30年前の事件の真実を探しに、雷が多くてハタハタが噛みつく村と呼ばれる故郷、新潟の羽田上村に行った。

記憶の断片を取り戻しながら、つなぎ合わせながら少しずつ真実に近づいていく様子はとても緊張感があった。

 

先を知りたくないと思いながらも読む手が止まらなかった。

同じく彼らの父である南人を無実だと信じたいと思っていたのだ。

全体的に暗く重い雰囲気がありながらも慈愛に溢れていた。

このアンバランスさが読み終えた後も長い余韻を残す原因となった。

地方特有の言い伝えや文化などの記述、細かなトリック、複線などは、物語の引き立てる筋道としてはとてもよかった。

 

 <目次>

第一章 平穏の終幕と脅迫

第二章 記憶の崩壊と空白

第三章 真相の解明と雷撃

第四章 怨嗟の文字と殺人

第五章 映像の暗示と遺体

第六章 最後の殺意と結末

終章 雷神

 

1975年、東京都出身。2004年『背の眼』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、作家としてデビュー。07年『シャドウ』で本格ミステリ大賞、09年『カラスの親指』で日本推理作家協会賞を受賞。10年『龍神の雨』で大藪春彦賞、『光媒の花』で山本周五郎賞を受賞する。11年『月と蟹』で直木賞を受賞

 

細川護熙さんは、第79代内閣総理大臣です。

ご先祖には、細川藤孝(幽齋)や細川忠興などの名将や細川ガラシャなど戦国時代を生きたつわものたちがいます。

この本には、先ほどの武将たちのほか、織田信長や豊臣秀吉らのエピソードや言葉も出てきます。西郷隆盛などの明治維新に貢献した人々もたくさん出場しています。

 

細川さんは、座右の銘のひとつとして挙げられていました。

「明日あるまじく候」

明日はないと思って今を生きればいいのだ。

 

語るに言少なく、善く人に下り、喜怒を色にあらわさず。劉備玄徳

人に挙ぐるには、すべからく退を好むものを挙ぐべし。張詠

人間は負けたら終わりなのではない。やめたら終わりなのだ。リチャード・ニクソン

学問とは古聖人の道を稽古することなり。上杉鷹山

あまりに興あらんとすることは、あいなきものなり。吉田兼好。あまり作為的に面白がらせようとすることは、かえって興ざめする結果を生む。

 

首相になる人だから見える世界があろうかと思います。

これらの名言、金言の域が圧倒されるほどに凄かったので、意味の理解の領域に達することができません。真意・意義などはぼくのような凡人には全くわかりません。

だから、引用するだけになりましたが、含蓄のある言葉ばかりでした。

 

 <目次>

はじめに 

生き方について(明日あるまじく候、腹六分で老いを忘れ、腹四分で神に近づく ほか)

意志について(酣宴爛酔の余といえども、一坐の工夫なければ眠らず、古人刻苦光明必盛大也(古人刻苦 光明必ず盛大なり) ほか)

情について(政を為すの著眼は、情の一字に在り、正道を踏み、国を以て斃るるの精神なくば、外国交際は全かるべからず ほか)

教養について(もし無人島に配流の身になったらどんな書物を携えていくか、教養とは思いやり ほか)

理想について(寄せて在り芙蓉第一峯、その国がどんな法律をもっているかよりは、その国がどんな詩と歌とをもっているかの方が私にすれば重大なことだ ほか)

あとがき 

 

1938年東京都生まれ。上智大学卒。1963年、朝日新聞社入社。記者を経て、1971年、参議院議員。1983年、熊本県知事。1992年、日本新党を結党、同年参議院議員として国政に復帰。翌年、衆議院議員、第79代内閣総理大臣となる。1998年、60歳で政界を引退後、作陶・書・水墨画・油絵・漆芸などを手がけ、アーティストとして活動中。公益財団法人永青文庫理事長、公益財団法人鎮守の森のプロジェクト理事長。

 

例えば、美術品や芸術作品、仏像、神社仏閣。

鳥のさえずりや川の流れ、瀧から水が落ちる自然の音。

美しく整った物を見たり聞いたりするのが心地よい。

 

執着せず前向きに生きていくための流儀「粋に振る舞う」

心を豊かにするための生き様「みやびやかにする」

息苦しさから解放されるための思想「間を取る」

精神的満足を得るための思想「無になる」

惹きつけるための技「秘する」

質の高いものを生み出すための努力「繰り返す」

プロフェッショナルの思想「覚悟する」 など。

 

ここには、哲学者が選ぶ珠玉の三十の和の美しい言葉とともに、どうしようもないことは素直に受け入れる、気を引き締めて清清しく凛として生きるために、人間関係を円滑にして人生を豊かにするヒントがありました。

 

204P

コロナ禍はいつまで続くのか、いまだ先が見通せません。

ただ、少なくともいえるのは、日本人がこうした美しく生きるための言葉を持ち続ける限り、生への喜びをあきらめることはないだろうということです。

どんな状況になろうと、私たちは凛として生き続けるに違いありません。

いつかこの切実なあとがきの言葉さえ、笑える日が来るのを願ってやみません。

 

 <目次>

はじめに 

第1章 おだやかに生きるために(日本人の真摯さの源泉「恥じる」、争いを避けるための日本人の美徳「曖昧にする」 ほか)

第2章 「このままの自分でいいのか」と不安になったときに(最後に笑うための「待つ」姿勢「なる」、生き延びるための従順さ「従う」 ほか)

第3章 人間関係がうまくいかないときに(息苦しさから解放されるための思想「間をとる」、コミュニケーションを円滑にするためのネットワークづくり「結ぶ」 ほか)

第4章 自分の感情や悪い習慣をおさえられないときに(精神的満足を得るための思想「無になる」、過ちを赦し、心穏やかに生きるコツ「清める」 ほか)

第5章 思い描く将来を実現したいときに(物事を実現するための第一歩「唱える」、クリエイティブになるための行為「うつろう」 ほか)

おわりに 

 

1970年、京都府生まれ。哲学者・山口大学国際総合科学部教授。京都大学法学部卒、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。博士(人間文化)。商社マン(伊藤忠商事)、フリーター、公務員(名古屋市役所)を経た異色の経歴。徳山工業高等専門学校准教授、米プリンストン大学客員研究員等を経て現職。大学で課題解決のための新しい教育に取り組む傍ら、「哲学カフェ」を主宰するなど、市民のための哲学を実践している。また、テレビをはじめ各種メディアにて哲学の普及にも努めている。NHK・Eテレ「世界の哲学者に人生相談」では指南役を務めた。最近はビジネス向けの哲学研修も多く手がけている。専門は公共哲学。

 

【No.937】日本人がよく使う何気ない言葉には、「美しい生き方のヒント」が隠されている。小川仁志 アスコム(2021/05)

実際にこんなことがあるのかどうか。近い事件が起きているのかどうかはっきりしないが、まるでリアルに日本で起こっているかのように陶酔させてくれた。

麻薬カルテルやドラッグ、臓器売買、貧困、ネグレクトなど現代社会の暗い部分に光を当てている。

単に興味本位だけで決して足を踏み込んではいけない領域があることを気づかせてくれる。

 

善悪を超越する圧倒的な暴力があった。

正義や優しさ、倫理観、愛などが介在する余地などないほど純粋な暴力が描かれていた。

例えば、逃走用の車を手配するために車の持ち主を躊躇なく撃ち殺すような人物たちがたびたび登場する。

どんな手段を使っても自らの利益を追求する残酷さと暴力性がリアリティを持って描かれていた。

 

奴隷たちの心臓がえぐり取られ神に捧げられる儀式があるなど、血に塗られたアステカ文明をミックスして重層にして楽しませてくれるエンターテイメントだった。

 

 <目次>

Ⅰ 顔と新造

Ⅱ 麻薬密売人と医師

Ⅲ 断頭台

Ⅳ 夜と風

暦にない日

佐藤 究

 

1977年福岡県生まれ。2004年、佐藤憲胤名義の『サージウスの死神』が第47回群像新人文学賞優秀作となり、同作でデビュー。16年『QJKJQ』で第62回江戸川乱歩賞を受賞。18年『Ank:a mirroring ape』で第20回大藪春彦賞、および第39回吉川英治文学新人賞を受賞。

自分自身の体験ではなく、歴史からどのように学ぶべきなのか!

歴史から学び得た知見については、現在、未来に対しどのように活かすべきなのか。

ぼくは、この考えが肝になると思います。

92P

「トム・ソーヤの冒険」なので知られるアメリカの作家マーク・トウェインの言葉「歴史は繰り返さないが、しばしば韻を踏む」は至言だと思います。詩が韻を踏むように、歴史も韻を踏む。つまり、似たような事態が起こりうるのです。

本当に繰り返しているのではなく、繰り返しているように見える。あるいは、繰り返していると思いたいのかな。

 

昨今のコロナ禍での諸所での判断については、まさに過去から学ぶ必要があります。

失敗の歴史は、繰り返してはいけない。

118P

(1918から1919年にかけて大流行したスペイン風邪(インフルエンザ)の教訓から)

私は今回の新型コロナウイルスのパンデミックにおいて、「こういうパンデミックは思ったより長く暴れる」「感染拡大は波状的に来る」「政治家は接触制限の解除を早めがちで失敗した例がある」と、歴史的見地から繰り返し警告してきましたが、まずいタイミングで「GOTOトラベル」や「GOTOEAT」が実施されたり、変異種の襲来がわかっていたのに、接触制限を逸早く解除して失敗した自治体がありました。
 

井上さんと磯田さんのお二人が、いろいろな形での「歴史のミカタ」を示してくれています。その形を踏まえて考えていくと、歴史は単なる暗記ものではなく、なぜそれが起きたのかという理由が分かるようになってきて、楽しく学べる歴史になるのではないかと思います。

6P

歴史の本当のおもしろさは、ある程度、歴史知識ができた時点で、大人の人生経験をもとに、自分の見たい歴史の部分を、「自分のミカタ」で見るところにある。本書は、まさに、そういう自分の「歴史のミカタ」を大切にするための本である。

 

9P

だから、井上さんと「歴史のミカタ」を語れば、世間一般の陳腐な「表向きな歴史」ではない、裏に隠された「実態の歴史」が露わになるだろう、と思った。井上さんならではの、そうした実態を鋭く突く歴史のミカタの極意を知りたい、歴史を斬るあの井上流の剣の秘伝を伝授されたい。とも思った。本書では、歴史を動かすものは何か?といった歴史の本質的なミカタが語られる。軍事力・経済力・制度・文化・宗教の影響はもちろんだが、情念・物欲・性欲まで、はっきり人間の本性まで斬り込んで、本音の部分で、歴史の裏の読み方を語っている・所長と所員で、さんざん話すつもりだ。

 

146P

歴史のミカタには、歴史書やその前提となった史料がどのような状況下で、どういう目的で作られたかを洞察する能力が求められます。それなしに史料や証言を鵜呑みにすることは、用法・用量もわからずに薬を飲んでいるのと同じです。逆に、歴史書をきちんと批判的に読めるようになれば、職場の資料や新聞、テレビなども客観的に見られるようになるでしょう。

歴史には人間の闇も含まれているわけで、そこも踏まえて研究する歴史学は「大人の学問」だと思います。

 

154P

歴史のミカタには、謙虚さと傲慢さの両方が必要です。謙虚さとは、史料を読み「これでわかった」と思わず、「常に誤った判断をする可能性がある」という自戒の念を持ち、あらゆるものを疑うことです。いっぽう傲慢さとは、世俗の地位や評価を一旦脇に置いて、自由に思考し行動することです。歴史のなかに、偉人や権威者をひとりも置かないという態度です。

 

165P

歴史は、文字や遺物や絵画などからなる昔のあとかた、つまり史料から読み取って理解されますが、つまり歴史像を読み取るには二つのものが要るのです。ひとつは、時代背景・歴史用語への知識、漢文や古文書読解力など、プロの研究者が積むスキルです。もうひとつは、人生経験で培われる人間感情の複雑さや社会でよく起きる嘘や隠し事のパターンの理解力です。この二つがあると、歴史のミカタが深くなります。

 

世間の人たちが興味のある歴史は、専門家たちには興味がないという面白い視点がありました。

これらには、既にいくつもの案や予想などがあり出尽くしている感があります。

埋蔵文化財や古文書などで新しい事実が出てきたら、BS番組「英雄たちの選択」で深堀してそれを取り上げて議論してほしいものです。

155P

邪馬台国、本能寺の変、坂本龍馬暗殺は、歴史学者があまり興味を持たないテーマです。明智光秀が本能寺の変を起こした動機を探っても、坂本龍馬の暗殺犯を特定しても、歴史の「結果」が変わるわけではないからです。一方、それらのテーマには熱狂する歴史好きファンが少なくないため、明らかなミスマッチが存在します。

 

  <目次>

はじめに 歴史は「ミカタ」だ 磯田道史

第1章 歴史が動く時(歴史はどのような時に動くのか、源頼朝が乗った波 ほか)

第2章 歴史は繰り返されるか(反復して起こること、予測可能なことと不可能なこと ほか)

第3章 歴史の表と裏(秀吉が書いた、浮気の誓約書、秀頼は秀吉の子どもではない!? ほか)

第4章 日本史の特徴(日本史とヨーロッパ史は似ている、土地へのこだわり ほか)

第5章 時代で変わる英雄像(秀吉は大河ドラマの主人公になれない!?、関東史観と関西史観 ほか)

おわりに 「ミカタ」を豊かにする手だて

付録 おすすめ!「歴史のミカタ」を養う書籍

 

井上章一

国際日本文化研究センター所長。1955年京都市生まれ。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。国際日本文化研究センター教授などを経て、現職。専門は建築史、意匠論。『つくられた桂離宮神話』でサントリー学芸賞、『南蛮幻想』で芸術選奨文部大臣賞を受賞

 

磯田道史

国際日本文化研究センター教授。1970年岡山市生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了、博士(史学)。専門は日本近世史。『武士の家計簿』で新潮ドキュメント賞、『天災から日本史を読みなおす』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞

もし子どもの頃に出会っていたら、視点が変わっていたかもしれません。

しかし大人になったこの時期に読んだからこそ、見えてくるものがあると思います。

お金や時間に囚われているとき、心の豊かさや人生に大事なものは何かを考え、現状の生活を再考するきっかけとなりました。

 

期間がない、暇がないときは、だいたい忙しい状態です。

まるでこころを亡くしている状態のときです。

人間の心のうちの時間、人間の人間らしく生きることを可能にする時間がだんだんと失われてきていることがこの物語の中心テーマなのです。(訳者あとがきより)

 

「人間というものは、ひとりひとりがそれぞれのじぶんの時間を持っている。

そしてこの時間は、ほんとうにじぶんのものであるあいだだけ、生きた時間でいられるのだよ。」

 

あるとき、京都や大阪の神社や寺の庭園などに訪れている時間に、ぼくは、これが生きた時間を過ごしていると感じていました。

折々の情景や風物にまつわる文化や人、歴史などに肌を触れているとき、

古来人がどのように時の流れを感じて、どんなふうに日々を暮らしていたのかは、そこはかとなくぼくの心にじわっと伝わってきました。

例えば仏像などの本物に逢える愉しさ、嬉しさ、懐かしさ。

言葉だけではその意味が正確に伝えられるものではありません。

本物でないとその素晴らしさはなかなか伝わってこないものだから。

 

日本人として生まれてきてよかったと思えるとき。

日本人の誇りと自信を再確認しながら肌が逆立ちつつ魂が奮い立つとき。

日本人が古来より抱かれている情緒や伝統の大切さに気づくとき。

それらのときを伝える言葉が豊かであればあるほど、時間もまた豊かに深まるものと信じています。

 

モモのなかに描かれているイラストが秀逸です。

それを見ていると美しい情景がすぐ頭に浮かんできます。

 

過去、現在、未来。

時間は、貴賤を問わず、人に共通に与えられたものです。

無駄にしたくないと思うのならそうすればいい。

緩急のメリハリをつければよい。

無用の用も心の余裕も必要だ。

他人に強制されて管理されるものではありません。

生きた時間をどのように使うかはそれぞれの個々人に任せてあるべきだと思います。

 

95P

けれど、時間とはすなわち生活なのです。そして生活とは、人間の心の中にあるものなのです。

人間が時間を節約すればするほど、生活はやせほそって、なくなってしまうのです。

 

211P

「そうじゃないんだよ、モモ。この時計はわたしが趣味であつめただけなのだ。時計というにはね、人間ひとりひとりの胸の中にあるものを、きわめて不完全ながらもまねて象ったものなのだ。光を見るためには目があり、音を聞くためには耳があるのとおなじに、人間には時間を感じ取るために心というものがある。そして、もしその心が時間をとらないようなときには、その時間はないもおなじだ。ちょうど虹の七色が目に見えない人にはないもおなじで、鳥の声が耳の聞こえない人にはないもおなじようにね。でもかなしいことに、心臓はちゃんと生きて鼓動しているのに、なにも感じ取れない心を持った人がいるのだ。」

 

11章の「わるものが危機の打開に頭をしぼる時……」がとても気に入りました。

この10人にわたる灰色の男たちの幹部会での提案や発言内容については、未来の大人たちに対して、会議とは何なのか、参加して議論することとはどう意味があるのかなどを、わかりやすく教えてくれる教科書的な材料であったと思います。

 

町はずれの円形劇場あとにまよいこんだ不思議な少女のモモ。

その町の人たちは、聞く力を持っているモモに話を聞いてもらうと、幸福な気持ちになるのです。そこへ時間どろぼうの灰色の男たちの魔の手が忍び寄ります。

時間とは何か!を問うミヒャエル・エンデの不朽の名作です。

 

 <目次>

第一部 モモとその友達

第二部 灰色の男たち

第三部 時間の花

作者のみじかいあとがき

訳者のあとがき

ミヒャエル・エンデ絵

 

エンデ,ミヒャエル[Ende,Michael]

1929‐1995。南ドイツのガルミッシュに生まれる。父は、画家のエトガー・エンデ。高等学校で演劇を学んだのち、ミュンヘンの劇場で舞台監督をつとめ、映画評論なども執筆する。1960年に『ジム・ボタンの機関車大旅行』を出版、翌年、ドイツ児童図書賞を受賞。1970年にイタリアへ移住し、『モモ』『はてしない物語』などの作品を発表。1985年にドイツにもどり、1995年8月、シュトゥットガルトの病院で逝去

大島かおり

1931年東京生まれ。翻訳家

 

【No.934】モモ 時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語 ミヒャエル・エンデ 大島かおり訳 岩波書店(1976/09)

疑似体験の究極な行先は、一瞬のうちに、立場や老若男女問わず、すぐに演じなければならない俳優だと思う。

 

もし自分が役を演じるときに、そのときの心がまえや行動を考えることができる俳優業を疑似体験することができたお話だった。

要となる人物は、俳優の南雲草介だ。

すべての章に、表裏の主役として登場する人物。

ドラマや映画の撮影中、舞台の演技中に起こるさまざまな事件やトラブルを鮮やかに解決するベテラン俳優だ。

彼の推理力は鋭い。

物語の細部にだんだんと脳にダメージを与えてくるかのように効いてくる存在だった。

その南雲は、ある秘密を抱えていた。

 

「ヘッドボイスの行方」。

最後のこの章は、怪我で役者の道を断念して人気脚本家になった人物の視点で描かれていた。

役者の資質とは何だろうかと思った。

例えば南雲という俳優の流儀を知ることだろうか。

演技力などと括られることが多いが、演技力の本質とは何なのか!

よく答えられないのは、実際に俳優として真剣に悩み苦しみながら、その役を演じていないからだと思う。

 

 <目次>

沈黙のスピーチ    

一拍遅れのプロローグ

殺陣の向こう側   

汚れ役の歌    

黒い代役    

白紙の応援歌  

湿った密室    

歪んだ凶弾    

一拍早いエピローグ  

ヘッドボイスの行方

 

1969年山形県生まれ。筑波大学第一学群社会学類卒業。2003年「真夏の車輪」で第25回小説推理新人賞を受賞し、05年『陽だまりの偽り』でデビュー。08年「傍聞き」で第61回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。13年に刊行された『教場』が「週刊文春ミステリーベスト10」国内部門第1位、「このミステリーがすごい!2014年版」第2位となり、14年の本屋大賞にもノミネートされた。

「何をお探し?」と司書の小町さゆりちゃん。

おっかない表情のばかでかいおばさん。

らんま1/2に出てくる、早乙女玄場のパンダみたいな人

外見は関係ありません。

図書館にこんな司書さんがいたらいいなあ!を実現してくれました。

 

本のなかには、それぞれの人の読み方によって、人生の悩みに対する答えが書かれてあるものです。

彼らの背中を押して夢と希望を叶えてくれます。

彼らの悩みの解決策を導いてくれます。

こんなアドバイスができる場所は、図書館(と書店さんも)しかありません。

 

こんな司書さんが実際に存在してほしい、ぜひともレファレンスサービスをお願いしたいと思うくらいに、ぼくはこの5話のなかに入り込んでしまいました。

仕事に悩む20代女性、いつか店を持つ夢がある30代男性、仕事と子育てに不満をもつ40代女性、ニートの30代男性、定年後の60代男性。

20代の若者から60代の方までさまざまな立場の人たちが不思議な巡りあわせで図書室を訪れるのです。

レファレンスのあと本のリストを印刷した紙と一緒に渡されるのは、羊毛フェルトの「本の付録」です。

本の表紙にある猫や蟹、飛行機、地球などは、羊毛フェルトで作られたのでしょう。

それがそれぞれの5話にうまく絡んできます。

ふわふわと柔らかいマシュマロのような雰囲気が漂い心温まる内容が気に入りました。

本を通じたご縁、人と人との繋がりの大切さを感じました。

何か新しいことをする時には、自分の心の声を聞いて自分を信じて物事を進めていくと良い。

いつもの図書館で待ちに待って待って借りてきて読めてよかった!と思えた本です。

 

40P

桐山くんは嬉しそうに続けた。

「そういうのって、狙ってどうこうできることじゃないじゃん。だから、まず俺に必要なのは、目の前のことにひたむきに取り組んでいくことなんだと思った。そうやってるうち、過去のがんばりが思いがけず役に立ったり、いい縁ができたりね。正直、ZAZに転職して、これから先のことをはっきり決めてるわけじゃないよ。決めてもそのとおりにいく保証はないし。ただ」

そこで一度区切ると、桐山くんは静かに言った。

「何が起きるかわからない世の中で、今の自分にできることを今やってるんだ」

私じゃなく、自分に話しかけるように

 

56P

時間だ。

図書室を出て私は、パソコン教室を受講するために集会室に向かった。

私はきっと、森の中に入ったところだ。何ができるか、何をやりたいのか、自分ではまだわからない。だけどあせらなくていい、背伸びしなくてもいい。

今は生活を整えながら、やれることをやりながら、手に届くものから身につけていく。備えていく。森の奥で栗を拾うぐりとぐらのように。

とてつもなく大きな卵に、いつどこで出会うかわからないのだから。

 

158P

「ああ。崎谷さんもメリーゴーランドに乗ってるとこか」

「メリーゴーランド?」

ふふふ、とみずえ先生が口元をほころばせる。

「よくあることよ。独身の人が結婚している人をいいなあって思って、結婚している人が子どものいる人をいいなあって思って。そして子どものいる人が、独身の人をいいなあって思うの。ぐるぐる回るメリーゴーランド。おもしろいわよね、それぞれが目の前にいる人のおしりだけ追いかけて、先頭もビリもないの。つまり、幸せに優劣も完成形もないってことよ」

 

465P

「どんな本もそうだけど、書物そのものに力があるというよりは、あなたがそういう読み方をしたっていう、そこに価値があるんだよ」

 

232P

ここでの時間は、ゆっくりこっくり流れていた。今までバイトしてきたどことも違う。俺は出来損ないじゃなくて、自分を活かせる場を間違えていただけだったのかもしれない。少しだけでも、「役に立っている」という実感があった。そのことは大きな安心をくれた。俺はここにいてもいいのだと。

 

 <目次>

一章 朋香 二十一歳 婦人服販売員

二章 諒  三十五歳 家具メーカー経理部

三章 夏美 四十歳  元雑誌編集者

四章 浩弥 三十歳  ニート

五章 正雄 六十五歳 定年退職

【作中に出てきた実在する本】

 

 

1970年生まれ、愛知県出身。大学卒業後、シドニーの日系新聞社で記者として勤務。2年間のオーストラリア生活ののち帰国、上京。出版社で雑誌編集者を経て執筆活動に入る。第28回パレットノベル大賞佳作受賞。デビュー作『木曜日にはココアを』が第1回宮崎本大賞を受賞。同作と2作目『猫のお告げは樹の下で』が未来屋小説大賞入賞

山内マリコさんは、ぼくが敬愛し応援している作家さんの一人だ。

数多くのなかで、今まで一番多い回数、ぼくが直接会ってお話をしたことがある小説家だ。

お互いの顔と名前(ニックネーム!?)がわかるのは有難いと思っている(笑)

 

彼女のベースは、たしかに生まれの富山にある。大阪での学生生活から、京都での修行時代、東京に出て、「ここは退屈迎えに来て」のデビューから次にかけての雌伏のときがけっこう勉強し辛抱されたのではないかと推察する。

いままでの彼女のすべての経験が小説を書くための糧となっていると思う。

小説を読み重ねていくとだんだんとわかってきたのだ。

 

読んでいると、なぜかしら温かくアットホーム的な気持ちになってくる。

そうなりたいからだと気づいた。

ぼくは、彼女の映画評に関しては、悪いけれど興味が湧かない。

映画については、ほとんど見ないしまったく門外漢だからだ。

 

人を殺したり騙したりするような犯罪のシーンがないことや、人倫や道徳に反するような内容が(少)ないのはとても好印象だ。

 

たとえ若年層の女子や一般女性向きのお話が多くても、片田舎の街の隅から応援している、とある一介の男性もいても可笑しくないだろうと。

 

281P あとがき

石ころでも、丁寧に磨けば宝石になって、誰かのアンテナに引っかかることもあるし、その誰かが宝物みたいに大事にしてくれることもある。これからも気を抜かず、いい仕事をしていきたいです。

 

短編小説もあれば、雑誌のイメージ写真に添えられていたようなごくごく短い掌編もあり、さらには想い出を綴ったエッセイ、コラム記事といった、雑多な体裁の文章の集成です、発売期間が終わればあっけなく店頭から消える、儚い紙メディアの片隅にひっそり載っていたものを、編集者さんが落穂拾いのごとく熱心に集めて、編んでくれました。

 

 <目次>

1 How old are you?

2 ライク・ア・ガール

3 自分らしく生きることを決めた女の目に涙

4 若さ至上主義に憤るコノシロと未来のあたし

5 夢見る頃を過ぎた元美大生のママですけど何か?

6 さみしくなったら名前を呼んで

7 わたしの新しいガールフレンド

8 しずかちゃんの秘密の女ともだち

9 サキちゃんのプリン

10 気分よく自由でいるために服を着る

11 私たちはなぜオシャレをするんだろう

12 ファッション狂の買い物メモ

13 あこがれ

14 自分をひたすら楽しむの

15 ママが教えてくれたこと

16 われらのパリジェンヌ

17 ある時代に、ある夢を見た女の子の、その後

18 女の子の名前はみんなキャリー・ホワイトっていうの

19 高校の先生に頼まれて書いた、後輩たちへのメッセージ

20 リバーズ・エッジ2018

21 あの頃のクロエ・セヴィニー

22 もう二十代ではないことについて

23 わたしの京都、喫茶店物語

24 マーリカの手記

25 ここに住んでいた

26 ニキ・ド・サンファルのナナ

27 マンスプレイニング考

28 一九八九年から来た女

29 夢の上げ膳据え膳

30 きみは家のことなんかなにもしなくていいよ

31 楽しい孤独

32 ドイツ語に「懐かしい」はない

33 五十歳

34 超遅咲きDJの華麗なるセットリスト全史

あとがき

 

1980年富山県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業後、京都でのライター生活を経て上京。2008年「女による女のためのR‐18文学賞」読者賞を受賞。12年『ここは退屈迎えに来て』でデビュー

公安外事一課の倉島警部補の活躍を今野敏さんが描くシリーズものである。

ロシアのザハロフ外相が来日している最中、随行員のカリーニンの行動確認中にベトナム人、チャン・ヴァン・ダットが殺害された。

そのベトナム人は、ある会社に在籍はしているが実際に仕事をしている形跡がなかった。

そうなのにお金の巡りがあるのはなんとも不思議で、誰かからお金を融通してもらっているらしい。

この殺害事件の容疑者としてロシア人のヴォルコフが浮かび上がってきた。

ロシアやベトナム、そしてなぜか近隣国の中国がうっとおしいくらいにしつこく纏わり絡んでくる事件だった。

 

倉島が同僚の刑事出身の白崎先輩のことを侮ったり、後輩の片桐などの進言を蔑ろにしてしまう過ちを起こしてしまっていた。

ゼロ出身として抜群の嗅覚を持ち、行動力で圧倒的な信頼感を勝ち得てきた倉島がまさかの慢心を犯してしまう。

しかし、最後には自らを反省していつもの元気な姿を取り戻していくのだ。

やはり公安のエースとして解決できるよう行動することによって、信頼をリカバリーできたのだった。

 

一生のうちに実体験できるのは、チャンスも少なく時間的にも非常に限られていると思う。

疑似体験ができるのは、小説を読むためのメリットの一つだ。

刑事のぼくが倉島のそばにいて、いっしょに事件を捜査し解決に導いていく感覚にぼくが陥ったお話だった。

 

1955年、北海道生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業。大学在学中の78年に「怪物が街にやってくる」で問題小説新人賞を受賞し、作家デビュー。レコード会社勤務を経て、81年より執筆に専念。2006年、『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞を受賞。08年、『果断 隠蔽捜査2』で山本周五郎賞、日本推理作家協会賞をダブル受賞。また、『隠蔽捜査』シリーズで17年に吉川英治文庫賞を受賞した