久しぶりの自撮りです。
もう、50歳です、
今まで、西に白虎だから、疑わず
西に白だと考えていました。
ですが、西とは「2(男)」が「4(止)」で、男子禁制です。
そして、
南に女は住みませんでした。
「女人禁制では無い」けれど、南町での女人宿泊は禁止です。
なので、
南町に居る「女に見える」人たちは、全て「男の娘」です。
朱雀は、もともと「明けの鳥」です。
それが「朱の鳥」に変わりました。
西(にし)は女で、「カラス」→「玄鳥」です。
酉(とり)は男で、「白鳥」→「(じつは)ニワトリ」を意味する。
夜明けを告げる「ときの声」
「Day break bell」→「ときの声」は「ニワトリの声」でした。
女は「日る」→「昼」→「日み」→「アマテラス」
男は「ヤる」→「夜」→「ヤみ」→「闇」
「ヤ」は「幼い」の意
ただ、
束は、木が男(ろ)を抱いていて
東は、木が女(日)を抱いている
だから、もしかしたら有っているかもしれないが、
朱雀は「白い鳥」です。
たぶん
「海鳥」⇔「スサ」だから「カモメ」かな?
シュメール文明では、人の目線を統一する事によって、
物事を多角的に見る試みが為されていました。
北に玄武(黒)
西に白虎(白だけど、本当は百だから赤)
南に朱雀(赤だけど本当は白)
東に青龍(青)
たとえば、壊れた道具を渡された時に
「どんな対策をするか」で、人を大まかに分類しました。
北に、清掃したり、整備したりして直す者
西に、直さないで思い出にする者
南に、叩いて直す者
東に、新しく生み出す者
・・・と分け、
これを「壊れた道具」ではなく「病人」としたならば、
北に、ほぐしたり、ケアしたりする者
西に、安静にさせる者
南に、鍛え直す者
東に、薬を調合する者
と分けて、直し方&治し方を
「中央(五黄)」で、協議したのです。
みんなで考える」けれど、意見をまぜこぜにしないで、
多数決ではなく、協議するのです。
一部で、気温が「45℃」で、収束しなかった。
と言う意見を聞きますが、
外気温が「45度」で、外を出歩きますか?
エアコンの効いている部屋に
「密」に成って過ごすと思いませんか?
肺炎は、暖かくなると、症状が緩和します。
45度でも感染が広がったから
暖かくなっても「収束しない」と言うのは考え物です。
条件を多角的に見て、判断してみましょう。
私見ですが
「covid-19」は、収束に向かってゆくと思います。
ウィルスは「自己増殖」しないので、
あと少しの期間
自粛して
ウィルスを「死滅」させましょう。
喜捨は「後払い」でなければいけない
何か「助けてもらった」事に対して、喜捨が可能です。
寄付と喜捨は違います。
日本では「前払い」が基本でしたが、
喜捨に関してだけは「後払い」です。
なぜならば、
,前払いは、術者に「圧(プレッシャー)」と成るからです。
「幾ら支払ったから治せ」
と言うのは「間違い」の元凶です。
落語の「ときそば」は、
前払いだからこそ、笑えるのです。
ソバの代金を
誤魔化す、詐欺ではなく
面白い話に、店主が歓んだから「ときそば」は成り立つ
後払いで「ときそば」=「ごまかし」したら罪と成ります。
ずっと、引っ掛かっていたのだが
人の世の常識と、「宇宙のルール」が乖離している。
と判断する。
神職や僧侶は、「滝に打たれる」とか言う謎の儀式をしている。
霊力は体を鍛えても強く成らない。
そんな事、「常識」じゃないのか?
人の体に宿る「神の力」=「間」は、他人を救った経験で育つ
例えば、
数多の宗教は「人を欺して銭を稼ぐ」
つまり
他人を欺す事で「欺す神」を育てている。
スポーツで「他人を感動させる=救う者」は、
それぞれの「スポーツの神」を育てている。
掃除や洗濯
さまざまな「てだすけ」は、それぞれの「才」を育てている。
「才」という字は「ン」=「左上に昇る」螺旋を表す。
「才」は「さい→Ψ←ぷしー」→「Ⅺ(さい)」=「11」⇔「士」
「Ψ(ぷしー)」は「武士」そして「ぷしー」は「魂」を意味する。
「魂」=「プシュケ(Psyche)」の方が分かり易いかな?
「才」=「Ψ」=「Psy(Psychic)精神」⇔「Psyche(魂)」
この「魂」が「宗」⇔「Soul」
閑話休題
人の才は「他人を救わなければ」成長しない。
才の育ち方は、「何をして救ったか?」に世って違ってくる。
他人を救う「才」が「魂の力」であり、「神通力」と成る。
「才」は聖杯と呼ばれる「Ψ」で表される。
男を意味する「Y」を満たすのが「他人を救った経験」です。
「Ψ」⇔「聖杯」
聖杯がミタされれば、「才」は、レベルアップします。
他人を救った分だけ「魂は成長する」至極単純です。
これが基本です。
欠点を克服して「完璧」を目指すのは間違っている。
人は
他人の欠点を責めるのをやめ
自分の長所を伸ばしてゆかなければならない。
誰かの長所が、誰かの短所を補う。
それが「助け合い」
それが「人の心」
それが「人」と言う生物です。
古代の大和では、幼い者を「八」と言った。
古代では、助け合えない者を「八」と呼び、
成長して、助け合える者を「人」と呼んでいた。
他人の欠点を許して、手を差し伸べる。
それが
宇宙が求める「人」と言う生物です。
自分の欠点を無くす努力より、他人を救えるように成る努力
それが、「人の道」だと思います。
ことわざに「多芸は無芸」と、言いますから・・・。
「凡」は死ぬ、「梵」は生まれる。
ほんとうは「梵」は「ばん」と読みます。
「凡=死=し=白、梵=も=萌=黒(玄)」
ひな祭りの「ぼんぼり」は「凡昇り(ぼんぼり)」で、
東北の方で行われる風習です。
台湾にも「天桃燈」が有ります。
今生で積み上げた努力は「来世に才能」として引き継がれる。
才は「さい」→「Ⅺ(さい)」で「11⇔士」です。
「楽士(がくし)」は「音楽の才」で「剣士」は「剣の才」を持つ。
「さい」は「Ψ」(Yが充たされた者)で
「Ψ(さい)=Ψ(ぷしー)」で「ぷしー(Ψ)=魂」
なので「魂=Ψ=才」です。
人は生まれ変わって「才=魂」を育てている。
凡夫とは「来世に思い(努力)を託す者」だと思います。
今までずっと
幺が男で
夭が女だ
と思っていました。
でも、誤りでした。ごめんなさい
字の画数で考えると、夭が男で、幺が女なのです。
「幼」←これは「幺が女」と「力が男」です。
「幼」は「(幼い)女男」と言う字だったのです。
幼い女男が「幺力(女男)」でした。
妖は「未熟な女男」です。(たぶん)
「玄(くろ)」が「女」
「白(しろ)が「男」
また
「烏(からす)」が「女」→「西(にし)」が「女」→「玄(くろ)」
「鳥(とり)」が「男」→「酉(とり)」が「男」→「白(しろ)」
西(にし)=束(つか)→女
酉(とり)=東(ひがし)→男
艮(うしとら)→女→銀→軽くなる⇔取り舵=左折(させつ)
良(よい)→男→鉛(鉛の八は荷物、ロは労働)
鉛→重くなる→面舵(おもかじ)=右折(うせつ)
つなみに
船は右側通行(荷が重くなる)=商売繁盛を心掛けます。
一(いち)⇔女
二(に)⇔男
イブは「1=い=女」と「2=ふ=男」です。
先日、低気圧と高気圧は「入れ替わっている」と書きました。
が誤りでした。
気圧が低いから「低気圧」なのですが、
「て」は「飞」なので、「浮く」って意味も有ったのです。
「什飞」→「飛」これは「て(飞)」が二個セットなので「飛」
「什」か「升」⇔「篭」かもしれません。
「飛ぶ飛ぶ」は「てふてふ」で、逆は「重い」から「でぶでぶ」
なので
「てふ」は「浮く」で「軽い」
「でぶ」は「沈む」で「重い」
「てい気圧」は浮いている。→軽い
「低気圧」は気圧が低い。→軽い
と、同じ意味に成るのです。