産経新聞9月9日(日)7時55分配信
 無免許運転の罰則強化に向けた法改正への取り組みなどを話し合う交通事故被害者支援シンポジウム「『無免許事故』について考える」が8日、大阪市内で開 かれた。今年4月、亀岡市で登下校中の小学生ら10人が死傷した事故の遺族を含む約180人が出席。法制審議会(法相の諮問機関)で創設が検討される「準 危険運転致死傷罪」や車社会のあり方について考えた。(矢田幸己)

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【Yahoo 地域ニュースより抜粋】


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 未成年の無免許運転の少年3人が登下校中の小学生の列に突っ込み、子供3人と付き添いの女性の胎児が死亡したという事件だった。


 実は何故、この時期にこのニュースを取り上げたかというと、昨日9日大阪は難波のスイスホテル南海でパーティーがあり、時間が早かったので付近をうろうろしていると、大きな声で署名の呼びかけが聞こえ、あまりに政治的な問題なら素通りするつもりだったのだが、亀岡暴走事件と紙に書いてあったので、一瞬、てんかん患者が繁華街を暴走したあれかと考えたものの、あれは祇園だったと再度、記憶をたどり、小学生の列に突っ込んだ方を思い出し、喜んで署名したからである。


 もっと若い頃は、とにかく息苦しいルール(法律)などには反対だったが、近頃は致し方ないと考えている。


 未成年者の刑が軽いという話は、昔から残忍な事件が起きる度に人の口の端に上っていたけれど、更正の可能性だのを持ち出すのは、かたかなサヨクやリベラルを標榜する新聞や知識人であった。


 この手の人々は、個人的につきあうと人間としては悪い人ではない(そうだ)が、巨視的な目で見ると社会に害悪を垂れ流す連中だと考えている。


 まず、自分が謝ることは絶対にしない。


 共産主義が無謬を標榜していたころからの癖か何か知らないが、相当な抵抗があるように見受けられる。


 伝統とか精神的な自由というというものに鈍感な故に、耳に快い意見、たとえば夫婦別姓だとか外国人参政権に賛成するのである。


 話が脱線して余所へ行ってしまいそうなので、今日はこれで終わろう。 (^_^;)





 昔からのことだが、ホームページやメルマガで、自分の「HPを拝見したい方は……」と丁寧な言葉のように使用している例をよく見かける。


 あと『拝見されたい』というのも時折、見かける。


 文法的なことは説明できかねるが、言葉面で判断すると、拝すると見るだから、自らを下に置いて見るということなので、一般読者に『俺のHPを拝して見ろよ』という事になり、意図とは正反対の事を強要している結果となっている。


 こんな場合は、どう言えばいいんだろう。『ご覧になる方』か『見ていただける方』とするのがいいだろう。


 おじさんは年々寛大になり、いきなりのタメ口はどうか知らないが、モデル(タレント?)のローラのようなものならOKだ。


 また敬語の本に書いてあるダメの代表格の二重敬語など、耳にした方はくどいと思ったり、悪く思うことは絶対にない。現実には文法がどうあれ相手に過剰な敬意と取られる方が、文法上完璧でも不足という印象を与えるよりましだ。


 「自分は文法上正しい敬語を用いたのですが、相手が誤解され、この商談は破談になりました」と帰社して上司に報告してごらん、文法的に正しいならいいんだよ、と言う上司が果たしているか。


 そんなに正しい敬語が使いたいのなら、退職して学者にでもなれと言われるのがオチだ。


 自分と相手、自分を下げて表現するのか、相手を上げて表現するのか、その違いだけを弁えていれば、言葉によって諍いが起きたり、取引が不成立になるような事はないだろう。


 おじさんが聞いた最高の間違いは、『お愚息様』というものである。ご令室様の感覚で使っているのは分かるのだが、誰か注意してやってよ。まあ正しくは『ご子息様』か『ご子息』だろうね。


 おじさんも耳で判断することが多くなって、二重(三重)敬語には鈍感になっている。


 二重敬語の代表は

  ○先生がお帰りになる。  ×先生がお帰りになられる。

だよね。


 でも一番は敬う心だよ。敬語が完璧でも、敬っている心が感じ取れない輩は一杯いるよ。


 敬語は自分の敬う心をどう表現するかが出発点なのに、そこを忘れてマニュアルや敬語の本などで、○×式で記憶すると、魂の入っていない仏像のようなものになってしまう。


 気をつけましょう。 (^-^)/


2013-8-4 字句訂正



 日本には日本が嫌いだという人がたくさんいるんだよ。自虐的というより、本当に嫌いとしか思えない御仁がね。


 メディアでは朝日新聞と毎日新聞は日本が嫌いだと昔から有名だ。


 大臣に韓国や中国が騒ぎそうな発言があると、先にそちらにご注進し、火が点ついて騒ぎが大きくなった頃を見計らい、韓国では〇〇大臣の発言が大きな問題になっている、国家の友好関係を損なわないために、政府には速やかな対応が望まれる、ってな具合だ。


 もともと新聞社や大学教授などは、学生運動をしていた連中の隠れ場になっていて、ざっくり分けると、朝日と毎日がサヨク的、読売・産経は保守的と色分けできる。


 そして日本が嫌いな人が多く朝日と毎日に集まっている。


 その新聞はかつて北朝鮮を『地上の楽園』と褒めそやし、それを信じて北朝鮮に渡り、苦労をした人が一杯いる。だが、それが明らかになったあとも、謝罪記事や訂正記事が出たとは寡聞にして知らない。


 また、中国の文化大革命を褒め称え、2000万人とも3000万人とも言われる粛正が行われた事は分かっていたのに、中国に都合の悪い記事は書かないと協定させられていたため、産経などはそれを破って早々と中国を追い出されたのに対し、朝日は最後まで中国に残って協定をお守りになった。


 日本が嫌いなら出て行ってくれ、それとも中国や韓国と、日本にとどまり国際的評価を落とすために、内から幇助・霍乱せよとの密命でも帯びているのか。


 左翼人の特徴は、謝罪をしないことである。


 昔、朝日はある記事が誤報だと指摘されたのに、ついに訂正記事を出さず、あろうことか縮刷版でこっそり訂正していたことがわかり、オピニオン雑誌に証拠写真入りで論文が出ていた。


 今も雑誌は残しているから、探せばもっと詳しく話せるが、今回はそこまですることはないだろう。論文の筆者は佐瀬昌盛氏だと記憶している。


 「中国はハエが一匹もいない理想の国」と絶賛していらした学者先生がおられたが、残念ながら名前が出てこない。


 先にも述べたが、「地上の楽園」と言う言葉もよく耳にした。


 まともに言論と向き合っている人間なら、ユートピアだの楽園だのと軽々しく口に出せるはずがない。


 人に本音と建前があるように、国にも光と陰があるだろうと思うのがまともな言論人である。


 そういう言論に惑わされず、時間を無駄にしないためには、まず信頼できる言論人を見つけ、それを軸に信用できる人を増やしていくことだ。


 おじさんの推薦する人は渡部 昇一(わたなべ しょういち)氏だ。著書も豊富だし、正しい歴史知識を背景にした日本人としての姿勢が学べるだろう。


 おじさんが、いつまでも健康で長生きして欲しいと切望する一人だ。






 PC関連の訴訟で印象深いのは現パナソニックとジャストシステム社のそれだ。


 おじさんの記憶では、かつてパナソニックが、ウインドウの右上にはてなマークのボタンがあって、それを先に押して任意の箇所をクリックすると簡単な説明が現れるというシステムの特許を持っているとして、ATOKや『一太郎』で根強い人気があるジャストシステム社を訴えたというものだ。


 もしかしたら、ボタンを押したときに、カーソルに〈?〉が乗るというのが特許権の侵害だったかも知れない。


 あの時、ネットでは、昔からある技術なのに誰も特許をとっていないのを幸いに、パナソニックが勝手に特許を取得し、困りそうな相手を選び訴訟をおこしたというので、かなり話題になった。


 もともと松下は「まねした」と揶揄されるほど、他社が開発したアイデアを真似して、多くの付加価値を付けて売るというので有名だった。


 そんなパナソニックが、おじさんでもアイデアが浮かびそうな、そして技術的にも大して難しくなさそうなゴミのような特許を楯に訴訟を起こし、かなり抗議の電話やメールが寄せられたそうで、不買運動などの運動も相当活発に動き出していた。


 大きく端折るが、一審ではジャストシステムが負け、控訴した結果、大逆転でジャストシステムが勝った。


 そして松下には上告という手もあったが、それは自ら断念し、二審判決が確定したというものである。


 記憶が薄れていて相当頼りない情報だが、控訴審のとき、裁判官が5人の裁判だった。


 おじさんは裁判が始まった事を聞いたときに、販売中止をされそうになっていた一太郎2005(花子・三四郎を含むバージョンアップ版)を応援の意味を込めて購入した。


 そうおじさんは何を隠そう一太郎・花子フリークなのだ。 (^_^)v


 一連の経過はパテントサロンというHPに整理されている。

そのページは こちら → 


 松下が上告を断念した理由は憶測の域を出ないが、ネットに端を発した運動に恐れを成したのではないかと考えている。


 ゴミ技術でも松下が特許を取るのは構わない。中国あたりの目端だけが利く人間に特許を取られるより、松下が取ってくれていた方が有り難い。


 ただ弱い所を見つけて困らせるということは、金輪際するなよ。もう懲りただろう。


 できたら、商標登録でいろいろやっておいてくれないかな。


 何故なら、松下さんとこは、いろいろ特許をはじめ意匠・商標などを研究されて、真似をしてこられた社史をおもちの会社だから、中国人が考えそうな商標登録の傾向にも精通なさっていると思うからである。 (・・;)

 
 おじさんはとっくの昔に、自分の中でのパナソニック不買運動は終了している。


 ただ今のところ購入したものは洗濯機しかないのだが……。


 



 カリフォルニア州サンノゼ発--21時間に及んだ評議の末に9人の陪審員団は米国時間8月24日、サムスン電子に対する訴訟において、Apple側を支持して同社主張の大半を認めた。また、陪審員団はAppleに対し、10億ドル超の損害賠償を認めた。
<cnet  http://japan.cnet.com/news/service/35020896/ より抜粋>



 まず一番にみんなが疑問に思うのは、何故、アップルが東京では負けて、アメリカでは勝ったの? という点だろう。


 一言で言ってしまえば、争点が違っていたという事かな。


 東京では同期の技術で侵害があったかどうかというものだったと記憶しているが、訴訟はあらゆる方面でなおかつ世界中で行われている。


 サムソンの同期技術がアップルの技術を侵害してはいない、ということが東京の一審では判断されたという事に過ぎず、アップルには控訴の道も残されているし、ほかの訴訟も同時進行しているのだろうと推測する。


 だから、これをもってサムスンが勝ったとはとても言えない。


 それにしても、PC及び派生した端末機器において、技術的な面で世界をリードしているのはアップルだね。


 これまでもやっていたのかも知れないが、アップルは何故、技術侵害を訴えないのか、という場面が過去にいくつかあった。


 日本も過去には似たような事があったが、サムスンの二番煎じは誰が見ても明らかだからね。


 次は今思い出した松下電器が関係した訴訟の事を書いてみよう。






 当年とって57歳になる考葦おじさんにとって、もう大体のことは既知(知っている)のことで、簡単な物事でハッと気付くとか、深く教えられるなどということは無いものと思っていた。


 ところが、最近、斉藤一人という人物や彼の弟子が書いた本を読んで、身近な考えや物事の中に人は大きな誤解や錯覚をしていることに気付いた。


 一体、この歳まで何をしていたのか。


 人生とは何て簡単なことだったのか。


 そんなことを考えさせられるのが一人さんの著書群だ。


 そして、おじさんが今読んでいるのが、これだ。


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 いまのところ、地球の環境がどうだこうだとは書かれていない。


 人は劣等感を克服するために何度も生まれ変わる。


 その劣等感は親から植え付けられ、親はその親から植え付けられている。


 つまり、その事実に気付くことが生まれ変わる目的である、という訳だ。


 子供のために親が頑張る姿を見せたいというのも、一見、立派そうだが、これも劣等感を植え付けてしまう親の劣等感解消法の一つだと一人さんはいう。


 面白くて、早く次の本を読みたくなる人だね。環境問題の書籍と間違えて買わないようね。


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 今回は、『本の話 6』でお約束した斉藤一人さんの宗教家としての一面を書いた本を取り上げる。


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斎藤一人福の神がついてる人貧乏神がついてる人 [ 舛岡はなえ ]
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 一人さんのお弟子さんの一人、――変な表現(笑)――舛岡はなえさんが書かれたものだ。


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 舛岡さんと言えば、おじさんが一人さんにハマるきっかけとなった『本の話 5』でご紹介した本の著者、宮本真由美さんと同じく、一人さんのお弟子さんですね。 


 一人さんの本を探しているときによく眼にするお名前です。
 さて、この本は冒頭、ある講演会場で、一人さんが聴衆全員を相手に、浄霊している場面の描写から始まる。数は1600人となっている。


 舛岡はなえさんはこの日を、一人さんとの出会いから30年弱、待ちわびていたと言います。


 おじさんも一人さん関係の著書を10冊前後読んでいますが、修行という言葉などから、宗教的な匂い(?)がしていました。


 一人さんはこれはと見込んだ人に水晶玉と浄霊方法を教え、『白光の戦士』として、無料で申し込みのあった人に浄霊をさせています。


 この本は、その『白光の戦士』たちの浄霊活動記録にもなっています。


 ここで言外に明らかにされているのは、人の本質は魂であり、前世、今世、来世と繋がり、現世では浮遊霊を浄化させながら、死んで浮遊霊にならないような生き方をしなければならないと言っている訳ですね。


 一人さんは、天国か地獄か浮遊霊しか道はないと言っています。


 誰に教わった訳でもないのに、浄霊の呪文などを覚えたと言っています。


 ただ、残念なことに、浄霊の申し込みは受け付けていないそうです。そう斉藤一人さんの公式ホームページに書いてあります。


 そりゃそうでしょう。身に覚えが無くても、お祓いみたいに、念のために浄霊をしてもらっとこうか、って人は絶対にいるはずです。


 実は、考葦おじさんも、時間が出来たら、白光の戦死を探して、お願いしに行こうかなと思っていたぐらいですから。


 業務に支障が出始めたので、受け付けないということですから、今後、どんなふうに推移していくのか予測がつきませんが、この本には白光のシールが付いています。


 浮遊霊から身を護るために貼り付けて使うようになっているようですが、ただ……、浄霊が出来るのかどうかは分かりません。


 わたくし考葦おじさんは、一人さんの言動からみて、浄霊効果もきっとあると信じています。


 言霊の性質上、浄霊効果があると言い続ければ、もともと予定されていなくても、あるようになる筈です。


 白光の戦士に頼れない今、このシールを頼るしかない、うん。


 おじさんが希望するのは、
この中にも白光の戦士が浄霊している周りに居た人が
浄霊されてしまったということが書かれていますので、
業務に支障が出たから受け付けないのは十分理解できますが、
一人さんが浄霊されている件のDVDを
販売するような事を考えていただけないかな、
ということです。


 このままだと、シールを買うためだけに、この本を買うことになってしまわないですか。


 今回は小さな苦言を呈します。



好きな色の組み合わせ ブログネタ:好きな色の組み合わせ 参加中
本文はここから


 おじさんは若い頃から何事にも柔軟で、好みが偏るという事はないと自負していた。


 大昔のある夏の日、海へ遊びに行くので、海パンが必要になった。


 10年ぶりぐらいなので、海パンなんかもうないだろうと思い、その時、流行のものを買って準備を整えたところ、海パンなんか昔のがあるのにという伯母の言葉で、古いタンスを開けたところ、なるほど、一つ競泳用のものが出てきた。


 以前書いたかも知れないが、おじさんは母方の祖母に育てられ、金銭面では伯母が家計を支えていた。


 おじさんは、競泳なんかしたことがないし、不思議なことだと思ったが、おじさんのタンスに入っているのだから、はいていた事があったんだろう。


 そこへ、一緒に海に行く予定の仲間から電話があり、おじさんの海パンが出てきたという。


 数年前に海へ行って、そいつのバッグに一緒に入れて忘れていたものだという。


 これもすっかり忘れていた。


 迎えの車に乗って、これお前のだろうと出された海パンを見て、おじさんは息を呑んだ。


 型は時代の移り変わりで違っていたが、色合いがすべて同じだったのだ。


 紺をベースに赤の縁取りやら模様が入っている。


 昔の競泳用の海パンの話も加え、自動車(くるま)の中で笑い者になりながら、おじさんは柔軟でも何でもないことを痛感した。  。゚(T^T)゚。






 前回、本の話でご紹介した斉藤一人氏の言葉が書かれたで、俄然、興味を覚えた考葦おじさんは、すぐに本屋へ行き、一人さんの本を探しました。


 探すまでもなく、この一人さん、おじさんが知らなかっただけで、ずいぶん著書を出しておられます。


 その中から、CDの付いた『強運』というタイトルの本を購入し、その足で喫茶店へ向かい、2時間ほどで読了しました。


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 CDがついており、自分が運が強いと言われる秘密が明らかにされています。


 結論を書くと、誰にでもできることで、一つ上の事に向かって努力することが、強運を迎え入れ維持する秘訣であると言います。


 え~? っていう人がいると思いますが、一人さんのこれまでの実績を出されると、誰も何も言えません。


 実は、わたくし考葦おじさんは、昔から処世訓みたいなものが苦手で、だから、そういった類の書籍の棚は避けてました。


 だけど、一人さんの本を読んで考えを改めました。


 これほど事業で成功している人が、同時に『生き方』という点でも多くの弟子を育てておられる、これは驚異です。


 どの本か失念しましたが、一人さんは宗教をやりたかったそうです。しかし、宗教は人様からお金を貰わなければならない。それなら、そのお金を自分で稼いで人を育てようと決心されたと言います。


 そこいらの凡百の宗教家は恥じて穴に隠れたい気分でしょう。


 今度は、宗教家としての一面を見せた一人さんの著書をご紹介します。


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戦略的引き分け、あり?なし? ブログネタ:戦略的引き分け、あり?なし? 参加中
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 いかなるゲームにおいても、戦略無き戦いは、ただ負けに出向くようなものだ。


 それはオリンピックにおいても同様である。


 後々に有利な展開が予想される場合に、意識的に引き分けるという選択肢は「あり」である。


 但し、オリンピックという祭典において、スポーツマンシップにもとる行為は、いただけない。


 【いかなる差別をも伴うことなく、友情、連帯、フェアプレーの精神をもって相互に理解しあうオリンピック精神に基づいて行なわれるスポーツを通して青少年を教育することにより、平和でよりよい世界をつくることに貢献することにある。】
(財団法人日本オリンピック委員会所載の根本原則6より引用)



 政治的問題を持ち込まないのも言うまでもない。 


 一言で言えば、子供が観て感動する場面が生ずるかどうかと考えれば良いのである。そんな引き分けのための戦いをどう感動できるというのか。


 とかく人類は卑怯と見られる行為をしてしまいがちである。だから、スポーツにおいてはそれをしてはならないのである。よって、オリンピックというスポーツの祭典における戦略的引き分けは『なし』と結論する。


 理想を持ち込みやすい場だからこそ、オリンピックが生まれたと言うこともできよう。


 それを負ける方を選んだ方がよいという選択が行われるということは、ルール違反にならないなら、何をしてもよいという考えにつながり、その発想自体が、その国の民度の低さ、度量の狭さを如実に物語るのだという事を知った方がよい。


 Kという国は、そう考えているのが見え見えである。柔道での七分袖と丈の短い柔道着は、ルールぎりぎりかも知れないが、いかにも見苦しい。


 かの国がスポーツに貢献したことと言えば、柔道の掛け逃げ、組みぎわの腕の巻き込みという危険技、柔道着の事前チェック、方襟つかみ、諸手刈り(これはヨーロッパも多い)……、多くの禁止事項を数多く生んだことである。


 オリンピックの根本精神はおろか、礼に始まり礼に終わる、柔よく剛を制す、という柔道の基本精神を学ぶことなく、柔道という競技を開始しているおそらく唯一の国である。


 オリンピックでも問題が生じたら、必ずK国が当事者にいる。


 バドミントンも、過去には、とにかく審判にクレームを言いまくり、相手のペースを乱すという戦術がお得意だった。


 哀しい国と人々である。誤ったオリンピック観を子供達に植え付けなければいいが……。