おじさんは斉藤一人さんからヒントを得て、近頃、言霊(ことだま)という事を考え始めている。

Wikipediaによると下記のようになっている。
 言霊(ことだま)とは、日本において言葉に宿ると信じられた霊的な力のこと。言魂とも書く。清音の言霊(ことたま)は、森羅万象がそれによって成り立っているとされる五十音のコトタマの法則のこと。その法則についての学問を言霊学という。


 言霊に関する一般向けの本を買って読み始めたのだが、ひとりさん関係の本を20冊ほど立て続けに読んだせいか、ちょっと重い内容に通読とはいかずに、少々読みあぐねている。 f^_^;

 ひとりさんは言葉に出すと、もう一度その言葉を出すような場面を経験することになると本やCDの中でしばしば語っている。


 心に瞬間的に思うのは想念を転換することでかろうじて言霊の影響からは免れるが、口に出してしまうともう一度、同じような状況を味わうことになると、一人さんは何度も念を押すのである。


 今まで誰もこういう注意をした人はいない。少なくともおじさんは読んだことがない。


 それ以来、注意して今までなら怒っていたことを試練?と捉え、笑顔で受け流しているのだが、今まで怒りすぎたのかファミレスや本屋の支払い時に、ここのところ、店側のトラブルで待たされる事が続いている。


 さて、長い前置きになったが、究極の言霊とも言える言葉が書かれている本を買った。それは次の本である。CDも一枚付いている。


 
知らないと損する不思議な話/PHP研究所
¥1,575
Amazon.co.jp


 それで、その言霊の言葉とは、『私は愛と光と忍耐です』というものだ。


 一人さんのお仲間の間では常識だったらしく、おじさんのような勝手に弟子宣言して修行を実践している者は、著書で知るしかない。


 だけど、おじさんはサークルのように本当のお弟子さん達の仲間に入れて欲しいとは思わないんだ。


 何故と言われても困るんだが、ちょっとみなさんいい人過ぎて、何だか息苦しいような感じが先に立ってしまうんだ。



 さて、その内容だが、2部構成で、第1部は件の言葉を1日100回言って10日以上経過した人の体験談と、それに対するひとりさんの解説が書かれている。


 2部では因果の消し方と言うことで、輪廻ということソウルメイトについても、例によって信じられないなら、おとぎ話だと思って聞いてくれたらいい、と言うスタンスで書かれている。


 で結局は、『私は愛と光と忍耐です』という天国言葉が、カルマの解消や魂の向上に役に立つということが、事を分けて説明されている。


 人は魂の存在であり、天の中心に存在する神(何と呼んでももいい)の分霊(わけみたま)を授かった存在であり、その大きさはコップ1杯ほどだとひとりさんは喩える。


 『私は愛と光と忍耐です』を100回唱えれば、コップの中の水は入れ替わり、愛と光の考えで物事に対処出来るようになる。だから目安が100回ということらしい。


 おじさんは、3日目だから大きな変化は現れていないが、ひとりさんに言わせると10日を過ぎると色々自覚することが生じてくるそうだ。


 輪廻の過程で因果が悪い方にでるカルマ、いい方に出るダルマにより、現世の出来事が決まる。


 対処するには 『私は愛と光と忍耐です』を唱え、眼前に生じる物事を『愛と光=神の考え』で解決するとどうなるか、を考えるのだと。


 忍耐とは、愛と光で在り続ける忍耐を言うと悟られた方もいる。


 100回唱える事を続ける修行を忍耐と解釈した方ももいる。


 一時、ワクワクすることがこれから為す事を判断するバロメータと言われた時代があった。しかし、ひとりさんは、ワクワクすることがいいと考えるのは危険だという。何故なら、地獄言葉で心のコップの水が濁ったり黒ずんだりしている人は、詐欺の投資話なんかに引っかかり、ワクワクして話に乗ったなんてことも考えられるからだ。


 ワクワクすることが、自分のやりたいこと、やるべきことのバロメーターだというのは、『バシャール』が言ってブームになったその様子を言っているのだと思う。


 たったら、おじさんも自身が『本の話2(1)』及び『本の話2(2)』でバシャールを紹介しているので、少し反省している。


 今は、ホ・オポノポノとひとりさんの天国言葉の共通点、相違点などを考察中である。 (^^ゞ





 本を読むという行為は癖の部類だ。


 本が好きというのは理屈ではないんだね。


 おじさんが持つ数少ない資格を取るときに、一番悩んだのが好きな本が読めなくなることだった。


 もちろん資格もピンからキリまであり、それほど勉強しなくても取れる資格はある。


 しかし、ちょっとそれで生活ができるような資格となると、おじさんにとっては片手間では無理で、一定期間、何かを犠牲にする覚悟が必要になる。


 その資格を取るために必要な書籍は少なくとも十冊前後、問題集などを入れると数十冊になったけれど、それで読書の欲求が緩和される訳ではない。


 また新聞というのも、どうやら記憶を薄れさせる弊害(効用?)があり、受験する者は読まない方が良いようだ。また、読んだからと言って、これも読書欲求を緩和する効果はない。


 辛抱しかねて、軽い時代小説か何かを手に取ると、飢えを満たすように終わりまで一気に読んでしまう。一日棒に振るのは分かっていても、その本を手放せないのだ。


 若い頃は、この読書の癖がなかったら、自分はどんな資格でも取れると思ったこともある。


 実際は記憶力・集中力や忍耐力、あるいは、もっと別の経済力などの要素の方が大きいのだが、偉そうにそんな事を考えながら、詰まらない勉強を続けるのだった。


 結局、読書の効用とは何なのか。


 本当の効用は、学者や誰かがもっと緻密な分析をして発表されていると思うが、おじさん的体験としては、結果的に子供が本を読むようになっていたのは事実だ。


 聞いたことはないけれど、たぶん、少しはおじさんの影響を受けていると信じたいが、母の死から、遺伝かも知れないと思うようになった。


 おじさん自身は先日まで、親の姿を見て子供は真似をするという理論をひそかに信奉していたが、おそらく母が本を読んでいるのは見たことがないだろうから、母が本好きだという時点で、既に理論は破綻している。


 おじさんの『母が死んだ』をお読みいただいていない方のために少し説明すると、おじさんは生まれ落ちてすぐ母方の祖母に預けられ、祖母が亡くなるまでそこにいたので、物心つなかい時にも母が本を読む姿を見る機会はなかったであろう、ということである。


 それで結局、癖だの理屈ではないということで、今は了解したつもりになっている。


 いまさら、わざわざ本の効用などという本を読むつもりもないし、分析する熱意もないから、次に理論?が破綻するまで癖ということで行こうと思う。





 セールスメールが来て、アメブロで商用利用しているブログが軒並み削除の被害に遭っているようだという。


 まあ、強制削除の件は、このブログを始めたきっかけとなった商材制作者の方からメルマガでお知らせがあり承知してはいたが、今度の誰から来たとも分からないメールには気になることが書いてあった。


 どうやら、サイバーエージェント社が、商用のブログ開設を有料でなさるための伏線だったのではないかというのである。


 そう疑問を持たれている方のブログが紹介されていたので、早速、訪問して拝見した。興味のある方は → こちら


 確かに、初めから規約では商業用のブログは許可を得る必要があると読めるが、その後、星の数ほど商利用のブログが生まれ、ほとんどが事実上、放任されていた中で、これまでは時折、削除の噂が流れていただけだった。


 昔、削除経験者が書かれた分析レポートを読んでみたが、作成者もこれが原因ではないかと想像するだけで、もっとアクセス数の多いブログはあるし、もっと悪質?なブログもある中、自分のブログが削除された明確な理由が分からないという。


 結局、アメブロの削除担当者――そんな人がいると仮定して――本人の気分か趣味に委ねられているとしか思わえないような削除の仕方から身を護るのは、バックアップを取るしかないというのがそのレポートの結論であったと記憶している。


 おじさんが思うに、その辺を走っている車はだいたいスピード違反をしているが、その中で、15㎞オーバーの車と50㎞オーバーの車があれば、パトカーはより悪質な50㎞オーバーの車を追いかけるだろう、と人は思う。


 ところが、実際は15㎞の方をを捕まえる。15㎞の運転者は捕まえやすいし、従順だろうけど、50㎞オーバーはカーチェイスも辞さないだろうから、危険なんだね。


 それを本ケースに当てはめてみると、アメバさんの方では規約を楯に何の弁明も要らない訳だから、5㎞オーバーだって削除して構わない。


 近頃、頻繁に50㎞オーバーを削除しはじめて、おじさんの耳にも入り始めたのかなと思っている。


 まあ、おじさんにはあまり関係ないことだが、バックアップは取っておこうかな、なんてね。 (^^ゞ。



フジテレビ系(FNN);9月21日(金)13時32分配信
ユーモアあふれる研究に贈られる「イグ・ノーベル賞」。2012年も日本人が受賞した。
アメリカ・ハーバード大学で、日本時間21日朝に行われた授賞式に出席した栗原一貴さん(34)と塚田浩二さん(35)は、迷惑なおしゃべりを続ける人の邪魔をする装置を開発し、「音響賞」を受賞した。
「スピーチ・ジャマー」と名づけられた装置は、マイクとスピーカーを使って、話し手に本人の声を1秒ほど遅れて送り返すもので、自分の声がわずかに遅れて聞こえると、うまく話せなくなるのを応用している。
日本人の受賞は、6年連続となる。
以上


 今年もイグ・ノーベル賞の受賞を決めた日本人研究者、スピーチ・ジャマー(邪魔をもじった?)というスピーチを妨害する機械の発明に対して与えられた。


 記事記載のように、発声してすぐに自分の声が聞こえると話しづらいそうで、スピード測定器のような機械を当該発言者に向けて引き金を絞るとすぐに効果が出るようだ。


 これは話の長い社長などに向けると効果覿面だろうね。


 ターゲットを限定して使用でき、その他の人には何の影響も及ぼさないというスグレもので、受賞も当然である。


 ただ、現行の機械を写真で見たところでは、装置が大きすぎて、これを持ち込んで向けると、たちどころに相手に分かってしまう。馘首(くび)覚悟で使うなら止めはしないが……。


 今後は小型化に取り組んで欲しい。


 ところで、この間から日本を取り巻くアジア情勢のことを考える頻度が多くなったせいか、東アジアでイグ・ノーベル賞を貰った人の事を調べてみた。


 日本・中国の受賞者はすぐに目についたが、台湾・韓国・北朝鮮の受賞者がいない。


 ゆっくりと見ていくと、発見した。かの統一教会の教祖、文鮮明氏の名前が出てきた。種類は何と経済学賞である。


 何でもウィキペディアによると、「効率と安定成長を集団結婚産業に持ち込んだことに対して」というのが受賞理由だそうである。


 おお! また一人発見した。 同サイトによれば、「李長林 Lee Jang Rim (韓国、1992年に世界が終わるだろうと予言)」、受賞理由が「世界が終わる日を予測・断言し、数学的仮定を立てる際には気を付けた方がよいと世界に知らしめた」功績によるらしい。数学賞。


 また、権赫豪(韓国・ソウル、コーロン社) という方も発見した。こちらは環境保護賞。


 台湾も3人発見した。北朝鮮はゼロ。


 だからどうだというつもりはないが、日本の受賞者は、牛の糞からバニラの臭いと味のする成分を抽出したとか、犬語の翻訳機とか、柔らかくユーモアのある研究?に与えられているケースが多い。韓国は2人が宗教関係者である。


 ここからは、それぞれ各自でお考えを……。 (^_-)







 衆議院選挙が近々行われる動きになっているが、さて何党に入れようか、どの人に入れようか迷っている。


 おじさんには民主党はあり得ない。


 やったことは、マニフェストにない消費税の増税を決議しただけで、あとはことごとくマニフェストと反対のことをおやりになった。


 噴飯物なのは、朝日と毎日が系列のテレビで、評論家に民主党を口を極めて非難させていたことだ。


 公器という節度を投げ捨て、凄い民主党キャンペーンをやっていたのは、あなた達じゃなかったんですか。


 おじさんはこの2局の系列テレビのワイドショーは基本的に観ないが、おそらく同じ評論家先生は政権奪取前には違うことを仰っていたのではないですか。


 民主党を攻める前にご自分の総括をお願いしたいものです。


 言っちゃ悪いが、おじさんには選挙の前から分かっていたことだ。想像していた以上にダメすぎたけれど……。


 まあ、あなた方には前歴がありますから、おじさんは意外にも思わないが、今度は維新に乗り換えですか。


 いやいや、維新の八策は朝日毎日の隠れ社是とは違いすぎるので、お得意の1割ぐらいの意見と9割の意見も同じ数だけ載せてミスリードしますか。


  微少意見を大多数意見と同じ数だけ載せれば、あたかも賛否が拮抗しているかのような錯覚を与えるからね。


 賛成意見は大同小異だったが、反対意見は特殊なものが幾つかあったからこういう形になったと言うかも知れない。


 だが、反対意見の中で多数を形成できない意見など、取るに足りないものに決まっている。


 これは社の姿勢が反対という事をこういう手法で匂わしているのである。


 もし、前歴をお知りになりたかったら、休刊(廃刊?)中の雑誌『諸君!』のバックナンバーを探すか、朝日毎日が右寄りだと見ている月刊誌を1年ほど遡れば、幾つも出てくるだろう。


 まあ、有名なところでは、昔、ソビエト連邦があった時は、ソビエトを礼賛し、ソ連共産党の機関誌、プラウダの日本支局かと見紛うような文章を書き、北朝鮮を『地上の楽園』と絶賛なさった。


 それを信じた若い在日朝鮮人や韓国人がお国にお戻りになった。そしてその後の音信と言えば金か物資のおねだりで、やがてそれも途絶えていると聞いた。


 気の毒なのは彼らを夫に持つ日本人妻たちだ。どういう生活を送ってきたのか考えるだに恐ろしい。


 それほどの楽園ならば、金や物など送れというはずがないし、楽園などとんでもない、この世の生き地獄だった事は世界の常識となった。


 中国が文化大革命や大躍進政策で国民を何千万単位で粛正したり、餓死させたりしているときに、大絶賛されていたことをあとで知った。


 そうこうするうちに、ソ連邦が崩壊し、周辺の衛星社会主義国が次々と自由主義陣営へ戻ってきた。


 これらを含め、世界的な大問題で正しかったことは一度もないといってもよいくらい外しまくっている。


 何を書こうとしたのか分からなくなった。


 そうそう、次の選挙で何処に、誰に入れるかという事だったね。


 もう少し考えてみるね。


 お付き合いありがとう。


 それでは…… (^^)/~~~





 「ABC予想」と呼ばれる数学の整数に関する未解決難問について、京都大数理解析研究所の望月新一教授(43)が証明に成功した可能性があるとして、世界の数学者の注目を集めている。
(2012年9月19日  読売新聞 YOMIURI ONLINEより抜粋)
 続きはこちら


 数学の難問とされていた問題が解かれたかも知れない、というニュースに思わずおじさんは朝食の箸を止めた。


 ここでABC予想とは、と説明できたら格好いいのだが、それはおじさんの能力を超える。  (・・;)


 こういった数学史に残る問題に挑戦する数学者という人種の悲喜劇は、人の業というものを考えさせられる。 


 人類に課せられた数学的難問にトライする数学者は、幼少より神童、天才と呼ばれた人ばかりである。


 それらの人々が、生涯を賭けて解明に取り組み、ほとんどの人が夢を果たせず一生を終えるのだ。


 ほかのものに目を向けていれば、すごい業績を残したかも知れないのに、難問証明という誘惑に捉えられ、あたら才能を朽ちさせてしまうのである。


 だが、ひとまず証明ができたと発表しても、それで済んだわけではない。そこから世界中の数学者が寄って集って数学的検証(あら探し)をするのである。


 あら探しも、すぐに終わるわけではなく、忘れた頃に疑問を呈されることもある。


 指摘された部分を検証すると計算が誤っており、訂正で済む場合もあれば、根本的な見直しが必要な場合もある。後者のケースは発表は取り下げられる。


 だから、望月教授もここからが正念場なのだが、おじさんは何故か楽観している。


 望月教授の証明が正しければ、未解決の別の問題も解決しやすくなるそうだ。



 ところでフィールズ賞という賞をご存じだろうか。4年に一度与えられる数学のノーベル賞といわれるものだ。


 しかも40歳以下という条件があるため、受賞するのは至難の業だ。


 そんなフィールズ賞をこれまで3人も日本人が受賞していることをご存じかな?


 証明が正しいとなったら、望月教授は業績的には100%受賞確実なのだが、残念ながら年齢が超えてしまっている。


 どうして40歳にしたんだ。





 おじさんは数年前からサスペンダーをするようになっている。


 最初はしまむらで紺のものを買った、理由はそれ1本しかなかったから。


 毎日同じという訳にもいかないので、次のものを探すのだが、なかなか思ったようなものが見つからない。


 洋服の専門店でさがすと、礼服用のものがあった。黒と灰色を購入。


 帰って装着すると、黒は何とか大丈夫だったが、灰色は短すぎて肩が凝りそうだ。どうせなら、逆であって欲しかった。


 その後、思い出す度に、サスペンダーを探すのだが、痩せた人向けのものが多く、真に必要に迫られているおじさんのようなタイプ向けのものは、極めて少ないことを知った。


 おじさんも昔、笑ったことがあるから一般人の気持はよく分かる。


 しかし当人にとっては深刻な問題なのだ。


 どういうことかと言うと、普通の体型の人はベルトで軽く締めると、それで事足りる。


 ところが腹部が出てくると、ゆで卵に下から袴を着せ紐を巻くようなもので、下へ下へとズボンが落ちる。


 いきおい何かアクションをすると必ずズボンを上げる動作が入る。次にアクションの前後に入るようになり、気がついたら背中からYシャツが出て来るようになって、サスペンダーという言葉が頭をよぎるようになる。


 そして、しばらくの葛藤を経たのちに、サスペンダー購入へと向かう寸法になる。


 そのような訳で、とにかく種類を増やさなければならない。


 ある日、100円ショップにあったので、数本買って家で装着?したら、1本だけ長さ的に使えるものがあった。ラッキー


 しかし、これだけ太っている人間が増えているのに、あまり着けている人を見ないのは、どうしてだろう。


 ネットで検索してみると、幾つか出てきたが、大きい物でも長さが短いような気がする。しかし、世間ではこれで何とかなっているのだろうと手始めに2本購入したところ、やはり短かった。


 鉄アレイで伸ばすという乾坤一擲のアイデアも、何とももならずに、ズボンがくるぶしが見えるほど上がってしまう。


 そうだね~、ピエロが履いた感じと言えばいいかな。


  そんな苦労?を見たせいか、娘が父の日にサスペンダーをプレゼントしてくれた。


 色は深みのある紺で、いかにも高価そうな雰囲気が漂い、おじさんは深く満足して礼をいったが、着けてみてウン?となった。


 端のズボンを吊る部分に皮製の二股の部品が付けられるようになっていて、5~6㎝、前後で10㎝は長くなる計算だ。


 いざ着けた結果は、何と折り返しの金具が、肩よりも後ろ、背中の方に行ってしまったのだ。


 これが普通に合うのは、2メートルのバスケット選手か、相撲取りではないかと想像し、どんなところで買ったの? と訪ねると、
店は普通の店で、大きいのありますかと聞いたら出てきたのだという。


 確かに端の部品を取り付けなければ、胸の上部辺りに折り返しが来て問題なく使える。


 でも、すてきな革製の部品はそれを着けると端が2本に別れ、前4点、後2点の計6点でズボンと繋がり、とにかくおしゃれなのだ。


 それが使用できないということは、半分以上おしゃれ度が下がる。


 自分ではそんなに特殊な体とは思っていないので、折り返しなんか気にせずに件の皮を着けようかと考えている。


 それをカミ様にいうと、それよりもダイエットをしたらと軽くおおせになった。


 では後日。 ( ̄∇ ̄+)





 ここのところ、このブログの当初の趣旨であるニュースとその感想のようなものを幾つか書いた。


 当然、自分が一番関心のある題材を選ぶのだが、感情で区分すると、怒りや哀しみを伴うものとなる。


 そうすると、記事が完成する間中、その感情に身を委ねることになり、最近、実践している斉藤一人さんの奨める『天国言葉』の正反対の言葉を頭の中に保持し続けることになり、感情が大きく乱れることになる。


 なかなか実践は難しいが、確かに『天国言葉』を唱えていると、悪感情は保持しにくいというか、早く消滅する。


 おじさんはまだ修行の初めなので、悪い感情を消すのに少し時間がかかるが、しばらくすると、いつの間にかポジティブな思考に移行している自分を発見する。


 一人さんの本を紹介しておきながら、肝心の『天国言葉』を取り上げていなかったのは、レビューとしては失格だね。


 遅ればせながら、以下に8つの言葉を挙げておく。


 愛しています

 ついている

 嬉しい

 楽しい

 感謝してます

 幸せ

 ありがとう

 許します


 若干の注意としては、一人さん曰く、言葉にすることにより幸福を招く、言い換えれば口に出すことによって、言霊の作用が働くという。


 できれば1000回唱えると、超えたあたりから効果が実感できるそうだ。


 1000回というと多いようだが、やってみるとあっというまに達成できるよ。


 確かに、近頃のおじさんは、人間関係で感情を乱すような事は極端に少なくなったね。


 悪感情とその感情が発する言葉、一人さんは『地獄言葉』と言っているが、おじさんが悩んでいるのは、地獄言葉や悪感情の中に長時間、身を委ねると、天国言葉を唱えても解消が難しくなるのではないか、あるいはマイナスの出来事を引き寄せるのではないかということなんだ。


 だけど、ニュースを見て見ぬふりをして素通りすることが、人として正しいのかどうか、まだ正直、判断しかねている。


 この点は、いずれ何か一人さんの著作からヒントを得られるか、おじさんの中で進展があったらお知らせする。


 『天国言葉』の実践はお薦め!!。


 では……。




 
  アメリカで制作された映像がイスラム教の預言者を侮辱していると抗議して、武装した集団がリビアのアメリカ領事館を襲撃した事件で、アメリカのオバマ大統領は、現地のアメリカ大使を含む4人のアメリカ人が死亡したことを明らかにし、事件を強く非難しました。 続きはこちら
(NHK NEWSWEB より抜粋)

 原因はアメリカ人の制作したイスラム教の開祖である預言者ムハンマドを強欲で好色に描いた映画だそうである。


 一神教の事は『神の話』の中でしたが、もういちど繰り返そう。


 唯一の絶対神を信仰する者にとって、多神教の教徒や、他の絶対神を信仰する連中などは、排斥してもよいことになり、無神論者などもとより論外の存在である。


 絶対神を信ずる者同士が対立すると、最終的に相手(一方の信者)を排除するしかなくなる。


 この事件は、映像制作者 = アメリカ国民 = キリスト教徒 → アメリカは悪い → 領事館を襲撃という短絡的な思考と行動の流れになるが、アメリカは自由主義の国である。信教の自由も当然あり、さらに神を信じないという自由も認められているということを、読者諸兄なら解るだろう。


 この犯人達は、こういった事が理解できないようだ。それとも、おじさんが一瞬脳裏に閃いた9.11テロに掛けたテロ組織のメッセージなのか。


 全く表面的な理解でしかないのだが、イスラム教は女性を差別する宗教だと感じる。夫以外の人間に肌を見せてはならないという事のようだが、オリンピックなどでスカーフ?を巻いて走っている女性選手を見ると、不自由な宗教だと思う。


 さて、開祖のムハンマドは最後で最高の預言者だということになっている。


 つまり、その前のモーゼやキリストよりも後で預言を聞いたのだから、彼ら預言者より上で正しく、ムハンマド亡き後、神の声を聞ける者は世界には誰もいない。だから、古い教義を永遠に後生大事に抱えていかなければならないのだ。


 これは何もイスラム教に限ったことではない。また、一神教に限ったことでもない。


 しかし、こんな状態を神が望むはずはなく、神は何時の時代も、語りかけている。


 その方法も様々である筈で、一つと決めてしまう方がおかしい。


 例えば、こちらの文章での質問に言葉で答えてくれる(自動書記)というやりかたで、高度な智恵を授けてくれるというスタイルもある。


 ただ、書く手は質問も回答も同じだから、批判する者は批判するだろうね。


 この方法で智恵を得ているのは、『神との対話』シリーズがベストセラーになったニール・ドナルド・ウォルシュが有名だが、日本でも『波動の法則』の著者足立育郎も同様の手法で啓示を受けたと書いてあったと記憶している。


 そもそも、神からの啓示を受け取るのは、自動書記という方法の方が一般的であり、神道系新興宗教の天理教や大本教もそうだ。日月神示も岡本天明の自動書記により降ろされたとされている。


 ニール・ドナルド・ウォルシュを疑うなら、彼の問いと答えのレベルを測ればよい。 そこに閉塞感のある既存宗教を打破する大きな新しい啓示を人々は読み取ったからこそ、世界的なベストセラーとして売れ続けているのである。


 いずれにしても、今回のようなこんな卑劣なやり方は、どのような神の教義に照らしても間違いであるとおじさんは断言する。


 こういった行動を繰り返すと、アメリカばかりではなく、アメリカを快く思っていない人々からもイスラム教は女性蔑視のすぐに過激な行動に走る宗教と誤解されてしまう。


 今こそイスラム教がもっと懐の深い宗教であることを見せる時だ。イスラム教徒の自制を促したい。


 


 剛力彩芽……姓の方だけ見ると、力持ちの大男をイメージするけど、可愛い女優さんなんだってね。


 あとで『未来日記』というドラマの主人公が剛力彩芽だと知ったが、思い返してもどこがいいのか、おじさんには分からなかった。


 おじさんの美的感覚が優れているとか、絶対などというつもりはないが、みなさん可愛いですか?


 美人の定義は時代によって変化している。


 おじさんは平安時代の絵巻物に描かれている女性が綺麗だと思ったことはない。


 また、江戸時代の版画に残されている浮世絵の美人絵も美人には思えない。


 剛力さん、確かに表情や仕草に可愛いと感じる部分はあるが、何というか、それは赤ちゃんの仕草が可愛いと感じるのと同じ類の感じ方であって、惚れたり抱きたいというものとは違う。


 わかってますよ、おじさんが何を言っても、多くの人が恋愛対象として見るから売れているってことはね。 (^_^;)


 ただ、どんな容貌の人でも、時代が違えば美醜が逆転していたかも知れないってことだから、それを理由に卑下したりしないことだね。 o(^-^)o