前回の続きから。

 

 

「さて、続きをはじめようか」

 午後になって黒川がやってきた。

 それまでに耕介は自分なりにトークを考えていた。

 そのプリントされたメモを目ざとく見つけた黒川は、

「さすが! 飲み込みが早いね。トップ営業の資質ありだね」

 黒川の口調がさっきよりフレンドリーになっていたのを、もちろん耕介は気づかない。それよりもトップ営業どころか、営業そのものに向いてないと思っていたので、意外だか妙に心にひっかかる言葉だった。

 

「うん、なかなかいい線いってるね」

 と言いながら、赤のボールペンで耕介のメモに修正を入れている。

 しばらくして、

「これでもう一度やってみようか」

 と赤字で修正の入った耕介のメモをこちらに向けた。

「わかりました」

 さっそく取り掛かろうとする耕介を手で制しながら、

「ただし」

 といたずらっぽい目を向けて黒川は続ける。

 

「声を暗くして、ゆっくりと話してみて」

 

「暗く、ですか?」

 

 営業をやっていて、暗くしろというのは聞いたことがない。本当にそれでいいのかと不信に思いながらも、一応言われたとおりにやってみる。

 

 3件目の電話を終えたころから、その変化に耕介自身も気づき始めた。

 冷たく断られなくなったのだ。今までなら、こちらが話している途中でも、

「いま間に合ってます」

 などといわゆるガチャ切りされることが多く、その都度気持ちも落ち込んでしまっていた。ところが黒川に言われたとおりに話してみると、即座に切られることがなく、こちらの話を聞いてくれるようになったのだ。

「どう? 相手の反応が明らかに違うでしょ」

「はい。不思議ですね。どちらかというと愛想悪くしゃべっているのに」

「愛想悪く、か。どうしても罪悪感があるようだね」

「暗くしゃべると、お客さまに対して失礼な感じがして、どうも……」

「まあ無理もないか」

 黒川はちょっと考えるしぐさをして、すぐに部屋を出て行った。

 しばらくすると、若い女性を連れてきた。

「ごめんね、ちょっとだけ協力してもらいたいんだけど」

 と困ったような顔をしているその女性に話し出した。

「この紙に書いてあるセリフのままでいいから、アポ取りの電話をして欲しいんだ」

 すると彼女は明らかに動揺して、

「そんなの無理です。私は事務のアルバイトで来ているし、営業の電話なんてやったこともないですから」

「もちろんわかっているよ。ずっとやってもらおうと言うんじゃなくて、ちょっとした実験なんだ。ただ電話をしてこれを読み上げるだけでいいんで、やってもらえるかな」

「読み上げるだけでしたら、いいですけど」

「ありがとう、じゃあさっそくだけど、ここに電話してみて」

 おそらく学生のアルバイトだろう。社会人経験もなさそうな彼女にいきなり営業の電話をさせるなんて、無謀にもほどがある。耕介には黒川の考えていることがまったくわからなかった。

 ダイヤルをプッシュして、呼び出し音が鳴る。見ているこちらにも緊張が伝わってくる。

「はい、○○です」

 思っていたより相手が早く出たようで、ビックリしたように彼女が話し始めた。

「あ、あの、○○会社の□□という者ですが、………」

 紙に書いてあるセリフを棒読みしている。しかもたどたどしくつっかえながらだ。隣で聞いていても、恥ずかしくなるようなトークだった。これじゃあ実験にもならないだろう。

 

「わかりました。ありがとうございました」

 しばらくして彼女は電話を切った。受話器を置いてフ~ッと息をつく。

「どうだった?」

「はい、いまは社内で調達しているので、とくに必要はないとのことでした」

「そう。ありがとう。ところで、電話の相手は恐かった?」

「いいえ。思っていたよりも恐くありませんでした。むしろ最後のほうはやさしい感じで話していただきました」

「OK。ご苦労さま。実験は大成功だよ。ありがとうね」

 と言って黒川は彼女をもとの部署に帰した。

 そして耕介のほうを振り返って、「どうだった?」と聞いた。

「やさしいお客さまに当たったみたいですね」

 あのシロウト丸出しのトークで、きちんと対応してくれるわけがない。あれはたまたま運が良かっただけだろう。

「普通はそう思うだろうね。でもあれは狙い通りだったんだよ。冷たく断られることもなく、きちんと相手の話も聞けているしね」

 黒川は自信ありげに続ける。

「もちろん、女性だから愛想よくしてもらったわけでもない。一番の理由は“営業っぽくなかった”からだよ。もし彼女がベテランの電話オペレーターのように、同じ文章をしゃべったら結果は全く違っていただろう」

「営業っぽくない……」

 今日だけでも何度か出てきた言葉を、耕介はあらためて口にしてみた。

「営業なのに、営業っぽくなくしたほうがいいということですか?」

「その通り! と言いたいところだが、正確には違う」

 黒川はホワイトボードになにやら書き始めた。

 

つづく

 

 

 

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前回からかなり時間が空いてしまいました。

 

営業には落とし穴があると黒川が言ったところの続きから。

 

………

 

「電話で営業マンっぽいセリフを使うということは、

もうその時点で“これは営業の電話ですよ”と相手に知らせているようなものだからです。

さっきも言っていましたよね、営業からの電話はすぐに断ると。

そうです。だからお世話になりますとこちらが言った時点で、

もう相手は話を聞く前に断る体制になっているのです」

「なるほど、そう言われるとそうですね」

 

 確かに思い返してみると、こちらがまだ商品の話をする前から相手は断ろうとしていたっけ。

 それは営業の電話だと察知されたのが理由だったんだ。

 いままで自分がやってきたことを全否定された気分だったが、不思議と腹は立たなかった。

 

「でも、明るく元気な声でしゃべるというのも……?」

「もちろんダメです。私は営業マンでこれからあなたに営業しますよ、と言っているようなものですから」

「……」

 営業が明るくしゃべってはいけないというのは、聞いたことがない。

 それはいくらなんでもおかしいだろう。

 

「納得いかない顔をしているね。

 では例えばですが、道を歩いていて知らない人が笑顔で近づいてきたらどうします?」

「なんとなく警戒します」

 耕介はそのシーンを頭に浮かべてみてから答えた。

「それはなぜ?」

「う~ん、そうですね。なにかの勧誘かもしれないので避けたくなるのだと思います」

「でしょ。それと同じことですよ。知らない人から明るい声で電話がかかってきたら、当然のように警戒するでしょう」

「なるほど! 確かにそうですね」

 

 理屈はわかった。ではいったいどうすればいいのだろうか?

 すると黒川は時計を見ながら、

「あ、佐久間くん、ごめん。これからちょっと打ち合わせがあるんで、続きは午後からにしよう。

 それまでに今の話を踏まえたトークを考えておいてください」

 と言って出かけてしまった。

 営業っぽさを出さない電話トーク?

 耕介は今まで考えたこともない課題に取り組み始めた。

 

黒川が出ていくと当然ながら耕介は会議室にひとりだけになった。人目が気にならないのはいいのだが、静かすぎるのも落ち着かないものだ。誰かが大声で電話をしているのが遠くから聞こえる。

しばらくはテーブルに向って白紙のA4用紙を見つめていたが、どうにもペンが動かない。時間ばかりが過ぎていく。そこでいったん自分のデスクに戻ることにした。何かの連絡が入っているかもしれないし、パソコンを使ったほうがまとまりやすいと思った。

耕介が席に座ると、それを待っていたかのように牛島課長がやってきた。

 

「どうなんだ、売れそうか?」

 いや、そんな、まだ始めて1時間も経っていないのに、売れるわけがない。

「まあ、そう簡単に売れたら苦労しないわな」

 間髪入れずに自分で答える。

 なんだか売れないほうがいいみたいな口ぶりだ。

 耕介は返事に困って黙っていた。

「黒川の頼みだから特別扱いしてやってるんだぞ。すぐに成果が出なければ連れ戻すからな。気合い入れてやれよ」

 まわりの人にも聞こえるように、わざと大きな声でそう言うと、笑いながら課長は大股に歩きながら戻っていった。

 

 そんな課長の後ろ姿を見て、耕介はがぜんやる気になっていた。

黒川さんのためにも、なんとか結果を出したいと静かな闘志がわいてきたのだ。

「ようし、さっそくやるぞ!」

 パソコンに向かって作業を始めた。

 

つづく
 


 


 

営業では当たり前のようにやっていることでも、

じつはマイナスに作用していることが意外とあります。

今回は、そんな禁句について。

 

………………

 

「えっ、禁句ですか!」

「そうです。電話でアポイントを取るとき、絶対に言ってはいけない言葉です」

 そんなはずはないと思うけど、言葉遣いも間違っていなかったし……、耕介には心当たりがなかった。

「たぶん自分では気づいていないでしょう。ひとつは“お世話になっています”です」

 耕介は耳を疑った。営業として当たり前のように使っている、いわば決まり文句が禁句だなんて。

「えっ、でも……」

「意外でしょ? でもこれは事実です」

 納得いかない顔をしている耕介に、黒川は説明をはじめた。

「電話で営業をしようとしても、たいていはすぐに断られてしまいますよね」

「まあ、そうですね」

「どうして断られるかというと、営業の電話だからです」

「???」(何を当たり前のことを言っているのだろう)

 

「逆の立場で考えてみましょう。自分が仕事をしているときに、いきなり営業の電話がかかってきたらどうしますか?」

「切ります」

「どうして?」

「仕事の妨げになるからです」

「そのとき、相手の話をじっくりと聞きますか?」

「まあ、ほとんど聞きません」

「なぜ?」

「とくに興味のないものの話など聞きたくないですし、時間のムダですから」

「そうですよね」

 と言って黒川はニコリと笑って、一呼吸入れた。

 

「いきなり電話をしてきて一方的に商品説明をされても、聞きたくないのは当然です。それについうっかり聞いてしまうと、延々と時間を取られてしまいますしね」

「そうです」

「受け手の立場だと、営業の電話はすぐに断るのに、営業の立場で電話をすると、その断られるようなアプローチをしてしまうのはなぜでしょう?」

「あ、……」(そういえばその通りだ)

「それは、営業とはこのように話すべきだという暗示にかかっているからです」

「暗示……ですか?」

「はい。誰が決めたのかは知りませんが、世の中では営業マンというのはこういうものというイメージが出来上がっています。

 たとえば営業マンが電話をするときには、“お世話になっています”や“お忙しいところすみません”などを決まり文句のように使っていますよね。

 また、“明るく元気な声で話す”というのもそうです。多くの人がこれらを無意識に、そして当たり前のように使っています。ここに落とし穴があるのです」

「どういうことですか?」

 落とし穴と聞いて、耕介は思わず身を乗り出していた。


つづく


 


 

さて、ここから実践的な内容に入っていきます。

トップセールスの黒川がどんな教え方をするのか?

まずは、営業にとって最もハードルが高い新規営業からスタートです。

 

………………

 

 翌日、出社するとすぐに黒川がやってきた。

「おはよう」

「あ、おはようございます。昨日はありがとうございました」

耕介は思わず笑顔で答えた。昨日の約束をきちんと守ってくれたのがうれしかった。

ふと後ろのほうに目をやると牛島課長がこちらを見ている。どうやらすでに課長には、今日から自分に営業を教えることを通してあるようだ。黒川のすぐに行動するところや、手回しの良さにさすがだなと思った。

 

「佐久間君はいままでどんなかんじで営業をやってきたの?」

「え、どんなって、ふつうですけど」

 どんな営業と言われても、同じ会社の営業なんだからやることは決まっているじゃないか。それをわざわざ聞いてくるなんて、おかしな人だな。

「ふつう、ねえ。なるほど。じゃあ、新規営業とかもふつうにやってたの?」

「はい。電話で新規のアポイントを取ってから営業に行っていました。それと、時間があるときには飛び込みもしてました」

「へえ、じゃあ一通りのことはできるんだね」

「ええ、まあ、一応……」(そのわりには売れてないけど)

「OK。それじゃあ今日はテレアポをやってもらっていいかな?」

 

 そう言うと黒川は、耕介を誰もいない会議室につれていった。

 用意してきたリストを手渡しながら、

「じゃあいつも通りのやり方でいいから、さっそくやってみようか」

「わかりました」

 とは言うものの、人に見られながらアポ取りの電話をするのはイヤな気分だった。

 なによりも失敗する確率がほぼ100%になる自分の仕事を、人前にさらすのが恥ずかしかった。心の準備も必要だ。それでも気合いを入れて受話器を取り、電話番号をプッシュする。

「もしもし、いつもお世話になっています。ストロング広告社の佐久間と申します。恐れ入りますが社長様はいらっしゃいますでしょうか?」

 普段通りに背筋を伸ばしてできるだけ元気よくしゃべることを心がけた。見られて緊張していたせいか、多少声がうわずってしまったが、いつも通りにできている。

「あ、そうですか。いつごろお戻りになられますか? あ、今日はお戻りにならない。そうですか、ではまたかけ直します」

 一件目はダメだった。でもまあこんなもんだろう。もう少し明るい声で話したほうがいいかな。

 気合を入れ直して次の会社に電話をしようとすると、

「OK。もういいよ」

 と黒川が止めた。

「なるほど、これまではそんな感じで電話をしていたんだね?」

「まあ、そうです」

「それでアポは取れてた?」

 痛いところを突いてくる。

「……いいえ、取れていませんでした」

 言い訳できないところを責められている感じだ。

「ふむ」

 たった一件電話して断られただけなのに、黒川はすべてを見透かしたような表情だ。

 まだ担当者とも話せていないし、これだけじゃあ結果がでるわけないじゃないか。もう失格ってこと? 

 不満そうな顔をしている耕介に、黒川はやさしく説明をし始めた。

 

「これまでは今のように電話をしていたようだけど、はっきり言って古いです。これからの世の中では通用しません。おそらく何度電話しても結果は見えています」

 口調はやさしかったが、言っていることは厳しかった。

「今のお客さまは、あのような電話を毎日のように受けています。そして営業の電話だとわかるとすぐに断ってきます。当然ですよね、営業の電話をいちいち取り付いでいたら仕事になりませんから」

 たしかにそうだけど、でも数多く電話すれば聞いてもらえることもあると思うけど。

「たまに担当者につないでもらえることもあるかもしれませんが、はっきり言ってそれはまぐれです。まぐれ当たりを期待するのは言わばギャンブルで、真っ当なビジネスとは言えません」

  まるで耕介の頭の中が見えているかのように黒川は続ける。

「それと、さきほどの佐久間君の電話のセリフには、禁句がいくつか入っていました」

「えっ、禁句ですか!」

「そうです。電話でアポイントを取るとき、絶対に言ってはいけない言葉です」

 そんなはずはないと思うけど、言葉遣いも間違っていなかったし……、耕介には心当たりがなかった。


 つづく。


 


 

 

「もうすぐお昼だけど、一緒にどう?」

 商店街に戻ると黒川が声をかけてくれた。考え事をしながら歩いていた耕介は、ハッとしてから黙ってうなずいた。

「うまくて安い定食屋があるんだけど、そこでいいかな?」

「はい」

 耕介は、あることを考えていた。黒川の営業スタイルのことだ。どうして売れたのだろうか。正直言って、まだラッキーが3回重なったとしか思えないのだが、もしそこに何らかの売れる理由があったとしたら……? それを知りたいと思った。

 それに、今日の黒川の営業は、普段自分がやっていることとは全く違うものだった。おそらく牛島課長や他の営業メンバーたちとも違うだろう。気合と根性で売るのが営業だと教わってきたが、黒川のスタイルは正反対だった。

 物静かな口調と態度。強引さなど微塵も感じさせないセリフ。

 そしてなにより違うのは、お客さまの対応だった。営業マンに対する嫌悪感とか警戒心をまったく感じさせなかっただけでなく、むしろ黒川に対して親しみすら持っていたかのようだったのだ。

 以前、牛島課長と同行したときは、あまりにも強引にねばる課長にお客さまが根負けして買ってくれたときがあった。あれは内心かなり怒っていたようだったなあ。課長は注文が取れて満足気だったけど。

「相手のすきをついて必死にねばればいいんだ。営業は断られてからが勝負だぞ!」

 そう教わってきたし、それが営業という仕事なのだと思っていた。

 相手がどんなにイヤな顔をしても、どれほど冷たく断ってきても、何も感じないかのようにいつも笑顔で。そう割り切らなければやっていけないものなんだ、営業は。

 ただ、耕介の心を奥には、「本当にそうしなければいけないんだろうか?」という小さな違和感があったのも事実である。

 営業とお客さまがお互いに笑顔で商談が成立する今日のような光景は、これまで見たこともない異次元のものだった。

 

「おっ、今日はサバ味噌か」

 店の前に出されている日替わりメニューを見ながら、黒川はのれんをくぐった。

 純和風の居酒屋で昼はランチを出しているところのようだ。この辺は土地開発で新しいビルが建っているが、この店だけ昭和の雰囲気が残っていた。

 耕介は一通り店まわりを観察してから店内に入った。

 二人ともサバ味噌定食を注文した。

「ところで、さっき売れたのがラッキーって言ってたけど、本当にそう思う?」

 出されたおしぼりで顔を拭いていると、黒川はいきなり聞いてきた。言うタイミングをずっとはかっていたようだった。

「いえ、最初はそう思ったんですけど、あんなに連続で売れるのはラッキーとは言えないような……」

「何か要因があるかもしれないと?」

「はい。歩きながらそれをずっと考えていました」

「いいね~。で、何かわかった?」

「いえ、まったくわかりません」

「まあ、そんなに簡単に答えが出たら苦労しないよね」

 そう言って黒川は、冷たいお茶を飲んだ。耕介も一口飲む。

「もちろん、今日3件も注文が取れたのは、ラッキーの要素もあるよ。これをやったから確実に売れたというわけじゃない。でも売れる確率を上げることはできるんだ。それが今日の結果だよ」

「確率、ですか」

「そう、営業って相手がいるわけだから、どんなに自分で頑張ったつもりでも結果が出ないことがあるよね。だって買うかどうかを決めるのはお客さんだから。

 営業は、お客さんが買いたいと思ってもらうためにどうするかを考える職業なんだよ。そしてそこにはひとつの法則があるんだ」

「なるほど」

 わかったようなわからないような心境だった。納得してはいないが、でもいつも牛島課長が言っているような強引さは感じなかった。

 そこに、二人分の定食が来た。しばらく話を中断して、食べるのに専念する。

 よく食事中にしゃべりたがる人がいるが、耕介はそれが苦手だった。しゃべっている間は食べられないし、口の中に入れた食べ物を飲み込んでからじゃないとしゃべれない。なんせ口はひとつなのだから。

 だったらまず冷めないうちに食事を済ませてしまってから、ゆっくり話をするというのが性に合っていた。その点、黒川も同じだったようで、二人は黙々と箸を口に運ぶ作業に集中した。

 

「ねえ、佐久間君。たとえばなんだけど」

 黒川は食後のお茶を一口すすってから耕介に話しかけた。

「トップ営業なりたいと思わない?」

 いきなり何を言い出すんだ、この人は。

「えっ? そりゃあなれるものならなりたいですけどね」

 少し笑いながら答えた。黒川が言っていることは、“宝くじに当たったらいいと思わない?”というのと同じように聞こえたからだ。

「そうなれば、牛島課長からも文句は言われなくなるだろうねえ」

「そうですね」

「まわりの営業マンからも一目置かれる存在になるし」

「はあ」

「給料も上がるぞ!」

「……」

 この人はいつまで夢を語ろうとしているのだろうか。

「そんなの夢物語だと思ってる?」

「はい……、あ、いえ、そんなことは……」

「ははは、いいんだよ。じゃあ質問を変えて、最初に話していた売れる営業の法則を知りたくない?」

「あ、それは知りたいです」

「OK。教えよう」

「本当ですか! ありがとうございます」

 いままで暗闇の中を歩いているようだった営業という仕事に、少しだけ明かりが見えたような気持ちになった。かと言って、自分が売れるようになれるとは、まだ想像できないのだが。

 

「じゃあ、さっそく明日から始めよう」(この指導が終わったころには、君は売れる営業マンになっているよ!)

 

 こうしてトップ営業マン黒川の営業指導が始まった。

 

ポイント)売れる営業には法則がある 

 

 

つづく
 

 

 

 

 偶然出会った会社のトップ営業マン黒川と一緒に、これまた偶然に営業に行くことになった佐久間耕介。売れない新人営業マンにとってこれほどありがたいことはない。

 しかし耕介は内心うかない気持ちだった。営業という仕事に対してそれほど興味がないというか、むしろやめたいと思っていたのに、いまさら勉強するなんて気分になれないのが本音だったからだ。

 そんな耕介の気持ちも知らずに黒川はクライアントの会社に向かっていった。

 

 

「今日は午前中に3件アポが入っているから、急いでまわるよ」

 そう言って黒川は、さっそく一件目の会社に入っていく。

 さっきの喫茶店から歩いて5分程度の場所だ。こんな近くにお客さんがいるなんてうらやましいと耕介は思った。自分がアポイントを取れる会社は決まって駅から遠くて、行って帰るだけで半日以上かかってしまうこともあったからだ。

 受付の人に来社を告げると、そのまま応接室に通された。

 後ろからついていく耕介はもう緊張し始めている。なんせ会社を訪問してもいつも門前払いで、まともに応接室などで商談したことなどなかったからだ。

 案内された部屋は、奥に3人掛けの黒いソファーがあり、テーブルを挟んで一人掛け用のイスがふたつ置かれていた。典型的な応接セットだ。

 黒川は迷いなく奥のソファーに座り、隣に座るように耕介に目くばせした。

 耕介は黙って従った。

 ところで、黒川は本当にしゃべらない。この会社に来る道中もほとんど話をせずに黙々と歩いていた。根っからの無口なのか、それとも緊張しているのか。その無表情な顔からは想像もできない。

 そこへ先方の担当者が入ってきた。

 黒川はスッと立ち上がりあいさつをした。耕介も遅れて立って頭を下げた。

 そしてお互いに名刺交換。

「ストロング広告の黒川です」

 そう言って自分の名刺を渡してから黒川は急に固まってしまった。

 相手の名刺をじっと見つめて考え込んでいる。どうしたんだろう、名刺交換で緊張してしまったのだろうか。

 耕介がとなりでハラハラしていると、

「これは、田中……何とお読みするのですか?」

 黒川はとんでもないことをさらりと言った。

 相手の下の名前が読めなかったらしく、それをいきなり質問しているのだ。いくらなんでも相手に失礼だろう。それに漢字が読めないことを白状しているみたいで、印象も悪くなる。本当にこの人はトップ営業マンなのだろうか?

「ああ、これは〇〇と読むんですよ」

「え、これで〇〇と読むんですか、珍しいですね~」

「はい、いままでちゃんと読めた人はいませんよ(笑)」

「そうでしょうねえ、この字はなかなか使いませんからね(笑)」

 あれ? お客さまがいきなり笑顔で話している。初対面の人は例外なく怒ったような顔をして、面倒くさそうに応対するのが通常なのになあ。このお客さまは今日は機嫌がいいのかも。これならこちらの話もすんなり聞いてくれそうだぞ。

 と思っていると、黒川はまた変なことを言いだした。

「ところで、今日こちらにうかがう途中で気になったのですが……」

「なんでしょう?」

「商店街からこちらに向かう通り沿いに、こじんまりとしたラーメン屋さんがあったのですが、朝から人が行列をつくっていてちょっと驚きました」

「ああ、△△亭ですね」

「ご存知ですか! おいしい店なんですか?」

 おいおい、せっかく相手が話を聞いてくれそうなのに、どうでもいいラーメン屋の話なんか持ち出して、何を考えているんだ、この黒川という人は。

「この辺じゃわりと有名ですよ。私も好きでときどき並んでいます(笑)」

「そうなんですか、おススメは何ですか?」

「私はいつもスタンダードなしょう油味ですが、味噌味もいけますよ」

「しょう油と味噌ですね。ありがとうございます。私、ラーメンには目がないもので」

 あらあら、仕事そっちのけでラーメンの話に夢中になっちゃっているよ、この人たち。

 

 そうしてしばらく雑談が続くのを、耕介はとなりでぼんやり聞いていた。

 すると、お客さまが思い出したように、

「ところで、おたくは求人広告も扱ってるの?」

「はい、扱っています」と黒川。

「いまちょうど社内で人材採用を検討しているところなんだけど」

 こんなおいしい展開なんてアリなの!? お客さまのほうから相談を持ちかけてくるなんて信じられない。普通なら、聞きたくなさそうにしている相手に、半ば強引に商品説明をしないと営業にならないのに。

 それからあっという間に商談が決まった。今日最初に訪問した会社から、求人広告の注文をもらったのだ。

 ただ、これははっきり言ってラッキーである。そもそも相手にニーズがあって、そこにタイミングよく出かけて行ったから決まったようなものだから。こんなことがそうそうあるわけがない。

 

「良かったよ。商談が決まるところが見せられて」

 申込書にハンコをもらってその会社を出てから、黒川は耕介に話しかけた。

「そうですね。おめでとうございます。ラッキーでしたね」

「ラッキー?」

「だって、あのお客さまはもう広告を出すことを決めていたようでしたから」

「あ、ああ、そうだね。そういう意味ではラッキーかもね」

「それに、黒川さんがほとんど商品説明をしていないのに決まっちゃうなんて、あんなこともあるんですね~」

 事実だった。商談中もほとんどお客さまがしゃべっていて、黒川はうなずいたり、質問に答えたりするだけだった。

「ははは、説明しなくても売れるときは売れるもんだよ」

「そういうものなんですか」

 ところが、そのラッキーは1件目だけではなかった。

 次の会社でも、その次の会社でも、同じようなパターンで広告が売れたのだ。

 その日午前中のアポイント3件からすべて注文をもらったことになる。これは奇跡だ!

 相変わらず無意味な雑談から始まって、いつの間にかお客さまのほうから仕事の話をし始める。そして気が付いたときにはもう申込書にハンコをもらっているのである。

 すごい、すごすぎる。自分がどんなに必死になって駆けずり回っても、半日で3件の注文なんて取れるわけがない。いや1件ですらムリだ。

 耕介は、前を歩く黒川の背中をまじまじと見つめた。なんでこの人はあんなことができるんだろう?

 

つづく


 

「佐久間君」

 飛び上がるくらいびっくりした。こんなところに知っている人がいるわけがないと思っていたので、油断していた。

 恐る恐る声の主を探していると、すぐ近くの席に座っている見知らぬ男がこちらを見ている。この人が自分を呼んだのか? でも会ったこともないし、人違いかもしれない。

「佐久間君、ですよね?」

 するとその人の口から再び自分の名前が出てきた。こっちを向いてるし、明らかに自分に対して声をかけている。

「そうですけど」

 気味が悪いが、呼びかけを無視することもできないので、小さな声で返事をした。

「ああ、よかった。一瞬間違えたかと思った。私は君と同じ会社の黒川というものです」

 えっ、会社の人! やばいなあ、サボっていると思われる。これが牛島課長にばれたら最悪だ~。……ん、でもまてよ。黒川って名前は知ってるぞ。いつも営業成績がダントツトップの人も同じ名前だ。

「えっ、黒川さんって、まさか営業の!?」

 黒川という名前の社員は他には知らない。だけど、この人がトップ営業だとはとても思えなかった。なぜかというと、自分と同じようなニオイを感じるからだ。静かな喫茶店にひとりでいるのが好きなタイプ。大勢での宴会やお祭り騒ぎが苦手な性格。この黒川と名乗る男からは、そんな内気なオーラが出ていた。

 超体育会系の営業会社であるストロング広告社のトップ営業マンというからには、やはり大柄で声が大きくて押しが強くて酒も強い! そんなイメージしかなかった。目の前の黒川は正反対の人だった。小柄でかなりやせている。声も穏やかでどちらかというと弱弱しい印象だ。

「そうです。営業の黒川です」

「あの、トップ営業の!?」

「まあ一応そうですね」

 黒川はちょっと照れくさそうに答えた。耕介が信じられないという風にボーっとしていると、

「ひとり? よかったら、ここに来ない?」

 と自分のテーブルの前の空いている席を指さした。

「はい」

 言われるままに耕介は座った。

 黒川は通りかかったウエイターを呼んで、飲み物を注文するように耕介に促した。

 ホットコーヒーを注文した。

 そして、耕介がメニューを所定の位置に戻すのを見て、黒川は切り出した。

「じつは、君のことは前から気になっていたんだ」

「えっ」

「よく牛島課長に怒られてるよね」

「はい、まあ」(いきなりイヤなこと聞いてくるなあ)

「やっぱり。あの人は君みたいなタイプをみると目の敵にするからなあ」

「……」(なんと答えていいのかわからないので、黙っている)

「僕も昔はよく怒られていたからわかるんだ」

「え、黒川さんも!」

「そう、僕も目の敵にされるタイプだからね、君と同じように」

「そうだったんですか!」

「うん、入社当時は何度も会社を辞めようと思ったけど、売れるようになってからは何も言われなくなったんだ」

 耕介は、黒川の会社を辞めるというセリフに少し反応した。

「で、君も同じことを考えるんじゃないかと思って心配していたんだ」

 ドキッとした。図星だった。それに対してどう答えていいのかわからずに黙っていると、次の黒川のセリフに耳を疑った。

「そうなったらもったいないなと思ってね。だって君は営業に向いているんだから」

「そんな、まさか……」

「まさかと思うのもムリはないけど、いまだからわかるんだ。君は間違いなく営業に向いているよ」

 小さい声だが確かな自信を感じられる黒川の態度に、その言葉がウソやごまかしではないことはわかった。でも信じられない気持ちに変わりはない。

 

「ですが、実際にはまったく売れていないですし、牛島課長からはいつもおまえは営業に向いてないと言われてます」

「まあ、あの人ならそう言うだろうね。でも課長が言うからそうだと言い切れる?」

「それは……」

「課長の言うことと、僕が言うこととどっちが信じられる?」

「え~と、そう言われましても……」

 どう答えていいのか悩んでしまう。こういう状況になると耕介はいつも軽いパニックになってしまい、全身が火照ってくる。すぐに緊張してあがってしまう性質なのだ。

 一方で黒川はこのやりとりを楽しんでいるように、余裕の表情をしている。

 そして耕介が答えに困っていると、

「ごめん、ごめん。いじわるな質問だったね。でもそんな質問にも真剣に答えようとしているところが、君の良いところなんだよ」

 なんだかはぐらかされている感じだ。

  ただ、黒川の表情を見ていると、自分をからかおうとしているとは思えなかった。むしろ好意的に接してくれているように思えた。

 その証拠に、こうして二人でいることに、いつもなら感じる切迫感がなく、しばらく黙っていてもなぜか落ち着いていられた。

「ところで提案があるんだけど」

 コーヒーをゆっくりと飲んで、静かにカップを置いてから黒川はこう切り出した。

「なんでしょう」

「今日、これから僕と一緒に営業に行かないか?」

「は?」

 いきなり何を言い出すんだろう、この人は。

「もちろん、予定があるならしかたないけど」

「いえ、とくに予定は……」

「そう、じゃあ決まりだ」

 そういうと、黒川は伝票を持ってさっさとレジに向かった。

 耕介もあわてて残りのコーヒーを飲みほしてから追いかけた。

 物静かそうに見えて、行動するとなると素早い人だなと思った。

 外に出ると、初夏の日差しがまぶしかった。

 そして、このあと、耕介の人生が大きく変わる体験をすることになる。

 

 

ポイント)営業に向いている人は、必ずしも体育会系ではない

 

つづく


 

「いいか! 注文取れるまで帰って来るんじゃねえぞ!」

「わかりました」

「声が小さい!」

「わかりました~っ!!!」

「ようし、行って来い!」

 それを合図に20名の営業マン全員が一斉に動き出す。無言で書類をカバンに詰め込んで、みんな争うように出かけていく。今日もまた地獄の一日が始まろうとしていた。

 自分も早く出かけないと、また課長に怒鳴られるぞ。しかし、資料をかき集めながら、こんなときに限って携帯が見当たらない。

「おい、佐久間! いつまでグズグズしてるんだ!」

 やばい! 見つかった! どこだ携帯? ああもうどうしよう。机の引き出しのなかを必死に探しているところへ、課長の牛島が真っ赤な形相で近づいてきた。

「お前、今日売れなかったら本当にクビだからな、わかってるのか!」

「わかってます。わかってますけど携帯が見つからなくて……」

「そんなのいいから、さっさと行って来い!」

「はい~~~っ」

 ああもう、こんな仕事はイヤだ~!!!

 

 これが佐久間耕介が勤めるストロング広告社のいつもの朝の光景である。

 広告代理店というと聞こえはいいが、与えられた仕事はタウン誌の広告をお店に訪問して売ることだった。朝礼でその日の売り上げ目標を全員の前に立って大声で言わされる。売れずに帰れば厳しく責められる。お客さまに喜んでもらうというよりも、上司に怒られないために仕事をしていた。

 そのなかで耕介は売れない営業マンだった。もちろん自分なりに頑張っている。決してサボっているわけでもなく、日々言われた業務をきちんとこなしているのだがどうしても結果が出ない。来週こそはなんとか目標を達成したいと思いながら売れない毎日が続いて、入社して3ヶ月が経ってしまった。

 最初のうちは新人だからと大目に見てもらっていたが、この時期になるともう一人前の営業マンとして評価される。

 同期入社でも明暗がはっきりと分かれて、売れない者は半月もたずに辞めて行った。どうりで新人を大量に採用するわけだ。こうして売れる人間だけ残っていくという会社のしくみに気づいたときは遅かった。

「やっぱり自分は営業に向いてないんだ」

 もともと人を押しのけてまで前に出るタイプではなく、どちらかというとおとなしい性格の耕介は、実際に営業をやってみてそれを実感していた。

 

 急いで会社を飛び出したものの、今日も行くあてなどない。電車で隣の駅まで移動して、そこの商店街で飛び込み営業をやるつもりだった。たぶん断られまくるのだろうけど……。

 自分がこれだけ頑張っても売れないのなら、売れている人はもっともっと頑張っているんだろうなあ。でもこれ以上どうやれっていうんだろう。

 訪問するたびにお客さまから冷たく断られ、それでもねばると怒鳴られて、結局何も売れずに会社に帰ると今度は課長から大目玉を食らう。この状況が一生続くのかと考えただけで、朝から気分が暗くなってしまい、やる気もなくなってくる。

「こんな冴えない顔で営業に行っても、お客さんが会ってくれるわけないよな」

 と勝手に自分で言い訳をして、駅前通りの路地を曲がったところにひっそりとある小さな喫茶店のドアを開けた。先週の仕事帰りにのどが渇いたので、ふと立ち寄った店だ。決してサボろうとしているのではない。少しだけ気持ちを落ち着かせたいと思っただけだ。そう仕事のためである。

 そう自分に言い聞かせてはいたものの、根が真面目な性格なので、どうしても後ろめたい気持ちがある。あたりを見渡してから急いで店の扉を開けた。

 薄暗い店内には静かにクラシック音楽が流れている。全部で30席くらいだろうか。二人用の小さなテーブルがそれぞれ木製の壁で仕切られているので、ひとりでじっくりと時間を使うにはもってこいの場所だった。

 店に入って扉を閉めると、カウンターの中にいるマスターがこちらを見て無言で会釈をした。「いらっしゃいませ!」などと明るい声で出迎えて来ないところもいい。

 どこか隅の目立たない席はないかと、店の奥へとゆっくりと歩き始めたときに、いきなり自分の名前を呼ばれた。

「佐久間君」

 飛び上がるくらいびっくりした。こんなところに知っている人がいるわけがないと思っていたので、油断していた。

 

つづく。

あらすじ)

 超体育会系の営業会社に勤める主人公の成長ストーリー。
 

 入社3か月の売れない営業マン佐久間耕介は、いつも上司から怒鳴られていた。というのもどちらかというと彼は気が弱いタイプで、気合と根性をモットーとする上司からみると、どうしても腹が立つ存在だったからだ。

 しかも成績が全く上がらない。言うことを聞かない上に、成果もあげられない部下を叱咤するのは上司として当然である。ことあるごとに目の敵にされていた。

 耕介も限界に来ていた。精神的にも体力的にもキツイ仕事。もう辞めようと何度思ったことか。
 

 そんなある日、その会社のトップ営業マンの座をずっと守っている先輩社員と話をする機会があった。耕介がなにより驚いたのは、その先輩があまりにもイメージと違ったということだ。この会社のトップ営業なのだから、どれほどのスーパーな人物かと思いきや、とても物静かな人だったのである。

 いつもうつむき加減でボソボソと小声で話すし、押しも弱いし笑顔も頼りない感じ。

 普段から目立たない存在で、内気な性格だということが一目でわかった。

 それでも、営業成績はいつもトップで、あの鬼上司ですら何も文句を言えなかった。
 

 そこから、先輩によるマンツーマン指導が始まる。

 先輩の営業方法は、いままでの営業とは真逆と言っていいほど違っていた。

 そのギャップに驚いたり納得したりしながら、徐々にコツをつかんでいき、結果的に、耕介はトップ営業の仲間入りを果たすことになる。

 既存の営業と新しい営業との対比を通して、真の営業スタイルとは何かを導いていく。