さて、ここから実践的な内容に入っていきます。

トップセールスの黒川がどんな教え方をするのか?

まずは、営業にとって最もハードルが高い新規営業からスタートです。

 

………………

 

 翌日、出社するとすぐに黒川がやってきた。

「おはよう」

「あ、おはようございます。昨日はありがとうございました」

耕介は思わず笑顔で答えた。昨日の約束をきちんと守ってくれたのがうれしかった。

ふと後ろのほうに目をやると牛島課長がこちらを見ている。どうやらすでに課長には、今日から自分に営業を教えることを通してあるようだ。黒川のすぐに行動するところや、手回しの良さにさすがだなと思った。

 

「佐久間君はいままでどんなかんじで営業をやってきたの?」

「え、どんなって、ふつうですけど」

 どんな営業と言われても、同じ会社の営業なんだからやることは決まっているじゃないか。それをわざわざ聞いてくるなんて、おかしな人だな。

「ふつう、ねえ。なるほど。じゃあ、新規営業とかもふつうにやってたの?」

「はい。電話で新規のアポイントを取ってから営業に行っていました。それと、時間があるときには飛び込みもしてました」

「へえ、じゃあ一通りのことはできるんだね」

「ええ、まあ、一応……」(そのわりには売れてないけど)

「OK。それじゃあ今日はテレアポをやってもらっていいかな?」

 

 そう言うと黒川は、耕介を誰もいない会議室につれていった。

 用意してきたリストを手渡しながら、

「じゃあいつも通りのやり方でいいから、さっそくやってみようか」

「わかりました」

 とは言うものの、人に見られながらアポ取りの電話をするのはイヤな気分だった。

 なによりも失敗する確率がほぼ100%になる自分の仕事を、人前にさらすのが恥ずかしかった。心の準備も必要だ。それでも気合いを入れて受話器を取り、電話番号をプッシュする。

「もしもし、いつもお世話になっています。ストロング広告社の佐久間と申します。恐れ入りますが社長様はいらっしゃいますでしょうか?」

 普段通りに背筋を伸ばしてできるだけ元気よくしゃべることを心がけた。見られて緊張していたせいか、多少声がうわずってしまったが、いつも通りにできている。

「あ、そうですか。いつごろお戻りになられますか? あ、今日はお戻りにならない。そうですか、ではまたかけ直します」

 一件目はダメだった。でもまあこんなもんだろう。もう少し明るい声で話したほうがいいかな。

 気合を入れ直して次の会社に電話をしようとすると、

「OK。もういいよ」

 と黒川が止めた。

「なるほど、これまではそんな感じで電話をしていたんだね?」

「まあ、そうです」

「それでアポは取れてた?」

 痛いところを突いてくる。

「……いいえ、取れていませんでした」

 言い訳できないところを責められている感じだ。

「ふむ」

 たった一件電話して断られただけなのに、黒川はすべてを見透かしたような表情だ。

 まだ担当者とも話せていないし、これだけじゃあ結果がでるわけないじゃないか。もう失格ってこと? 

 不満そうな顔をしている耕介に、黒川はやさしく説明をし始めた。

 

「これまでは今のように電話をしていたようだけど、はっきり言って古いです。これからの世の中では通用しません。おそらく何度電話しても結果は見えています」

 口調はやさしかったが、言っていることは厳しかった。

「今のお客さまは、あのような電話を毎日のように受けています。そして営業の電話だとわかるとすぐに断ってきます。当然ですよね、営業の電話をいちいち取り付いでいたら仕事になりませんから」

 たしかにそうだけど、でも数多く電話すれば聞いてもらえることもあると思うけど。

「たまに担当者につないでもらえることもあるかもしれませんが、はっきり言ってそれはまぐれです。まぐれ当たりを期待するのは言わばギャンブルで、真っ当なビジネスとは言えません」

  まるで耕介の頭の中が見えているかのように黒川は続ける。

「それと、さきほどの佐久間君の電話のセリフには、禁句がいくつか入っていました」

「えっ、禁句ですか!」

「そうです。電話でアポイントを取るとき、絶対に言ってはいけない言葉です」

 そんなはずはないと思うけど、言葉遣いも間違っていなかったし……、耕介には心当たりがなかった。


 つづく。