前回からかなり時間が空いてしまいました。

 

営業には落とし穴があると黒川が言ったところの続きから。

 

………

 

「電話で営業マンっぽいセリフを使うということは、

もうその時点で“これは営業の電話ですよ”と相手に知らせているようなものだからです。

さっきも言っていましたよね、営業からの電話はすぐに断ると。

そうです。だからお世話になりますとこちらが言った時点で、

もう相手は話を聞く前に断る体制になっているのです」

「なるほど、そう言われるとそうですね」

 

 確かに思い返してみると、こちらがまだ商品の話をする前から相手は断ろうとしていたっけ。

 それは営業の電話だと察知されたのが理由だったんだ。

 いままで自分がやってきたことを全否定された気分だったが、不思議と腹は立たなかった。

 

「でも、明るく元気な声でしゃべるというのも……?」

「もちろんダメです。私は営業マンでこれからあなたに営業しますよ、と言っているようなものですから」

「……」

 営業が明るくしゃべってはいけないというのは、聞いたことがない。

 それはいくらなんでもおかしいだろう。

 

「納得いかない顔をしているね。

 では例えばですが、道を歩いていて知らない人が笑顔で近づいてきたらどうします?」

「なんとなく警戒します」

 耕介はそのシーンを頭に浮かべてみてから答えた。

「それはなぜ?」

「う~ん、そうですね。なにかの勧誘かもしれないので避けたくなるのだと思います」

「でしょ。それと同じことですよ。知らない人から明るい声で電話がかかってきたら、当然のように警戒するでしょう」

「なるほど! 確かにそうですね」

 

 理屈はわかった。ではいったいどうすればいいのだろうか?

 すると黒川は時計を見ながら、

「あ、佐久間くん、ごめん。これからちょっと打ち合わせがあるんで、続きは午後からにしよう。

 それまでに今の話を踏まえたトークを考えておいてください」

 と言って出かけてしまった。

 営業っぽさを出さない電話トーク?

 耕介は今まで考えたこともない課題に取り組み始めた。

 

黒川が出ていくと当然ながら耕介は会議室にひとりだけになった。人目が気にならないのはいいのだが、静かすぎるのも落ち着かないものだ。誰かが大声で電話をしているのが遠くから聞こえる。

しばらくはテーブルに向って白紙のA4用紙を見つめていたが、どうにもペンが動かない。時間ばかりが過ぎていく。そこでいったん自分のデスクに戻ることにした。何かの連絡が入っているかもしれないし、パソコンを使ったほうがまとまりやすいと思った。

耕介が席に座ると、それを待っていたかのように牛島課長がやってきた。

 

「どうなんだ、売れそうか?」

 いや、そんな、まだ始めて1時間も経っていないのに、売れるわけがない。

「まあ、そう簡単に売れたら苦労しないわな」

 間髪入れずに自分で答える。

 なんだか売れないほうがいいみたいな口ぶりだ。

 耕介は返事に困って黙っていた。

「黒川の頼みだから特別扱いしてやってるんだぞ。すぐに成果が出なければ連れ戻すからな。気合い入れてやれよ」

 まわりの人にも聞こえるように、わざと大きな声でそう言うと、笑いながら課長は大股に歩きながら戻っていった。

 

 そんな課長の後ろ姿を見て、耕介はがぜんやる気になっていた。

黒川さんのためにも、なんとか結果を出したいと静かな闘志がわいてきたのだ。

「ようし、さっそくやるぞ!」

 パソコンに向かって作業を始めた。

 

つづく