今朝、家の天井にけっこう大きなクモが現れました。
「うわあぁー!!」と叫びながら、子どもがリビングに飛び込んできます。
「どうしたの?」と聞くと、「クモが!おっきいやつが!」と大騒ぎ。
私が見に行くと、確かにまあまあのサイズ感。
でも暴れてるわけでもなく、じっとしているだけ。
私はホウキを持ってきて、そっと外へと誘導して逃がしました。
そして、子どもの「こわい!」という反応が、どこから来ているのかがふと気になったのです。
だって、どう考えても人間の方が強くて、大きいから。
🧠「こわい!」は理屈じゃなくて、本能の反応
人の脳には「扁桃体(へんとうたい)」という場所があって、
そこが“危険かも”という情報に反応して、瞬時に体を守ろうとするんだそうです。
とくに、クモみたいに
・突然出てくる
・動きが予測できない
・見た目がちょっと独特
みたいな存在に対しては、危険かもしれない!とすぐにアラームが鳴る。
たとえ本当に危険じゃなくても、
「こわい!」と感じるのは、生き延びるための反射的な反応なんですね。
👶 でもね、子どもが怖がるのって、それだけじゃない気がした
クモを怖がってる子どもの顔を見て、ふと気づきました。
ああ、この子は
「自分がこの世界でいちばん小さくて、弱い存在だ」って、感じてるんだなって。
大人が見れば「大したことない」と思えるようなことでも、
子どもにとっては、それは『コントロールできない何か』で、
とても怖くて、身の危険を感じるようなことなんですよね。
それを思うと、「こわいって言うのやめなさい」とか、「そんなことで泣かないの」なんて言えない。
👦 でも、クモを見て全然平気な子もいるよね
そういえば、「クモなんか平気だよー!」っていう子もいます。
・虫に慣れてる子
・図鑑が好きで、クモを観察対象として見てる子
・大人が「きゃー」って言わない環境で育った子
怖がる子もいれば、怖がらない子もいる。
どっちが正解でも間違いでもなくて、
ただその子の「感じ方」なんですよね。
だから、大人としてできるのは、
「怖がったら寄り添う」「興味があれば尊重する」──
その子のペースに合わせて反応してあげることなのかなって思います。
🪞そして私は、自分が「強い存在」であることを思い出した
クモをホウキで外に逃がしているとき、ふと、こんな思いがよぎりました。
「私って、この空間で一番大きくて、力がある存在なんだな」と。
だからこそ、クモを殺すことも、逃がすことも、選ぶことができる。
その“選べる余裕”こそが、大人にしかない強さなのかもしれないと思ったんです。
🧑🏫 「大人は圧倒的に強い存在である」ことの意味
心理学では「安全基地(secure base)」っていう言葉があります。
それは、大人が子どもにとって『安心して戻れる場所』であること。
そして、子どもが怖がったり困ったりしたときに、
「大丈夫だよ」と迎えられる存在であること。
これって、ただ優しいだけじゃダメで、
「圧倒的な安心感」を与えられるくらいの安定性と力強さが必要。
だからこそ、
「自分はこの子を守れる側なんだ」と思い出すこと。
それは、ただ“支える”とか“甘やかす”とは違う、
『見えないところで効いてくる、大人としての“存在の力』なんだと思います。
🌱強さは、守るためにある
「こわい」と叫ぶ子の前で、
「大丈夫だよ。ここにいるよ」と言える自分でいたい。
そのために必要なのは、もっと強くなることじゃなくて、
“私はすでに強い”ということを思い出すこと。
今日、クモをホウキで逃がしたあの瞬間に、
私はそんな当たり前のことを、しみじみと感じていました。
この「私はすでに強い」という感覚については、次回もう少し深く掘り下げてみたいと思います🌷
