「えん」です。

決して「ふち」ではありません…


(くだらね~)









昨夜は、JISS(国立スポーツ科学センター)に所属する、
岡野憲一氏と杯を交わす会を催した。




…て言うか、飲みに行った。









ご存知無い方も多いと思うが、
このJISSと、隣りにあるナショナルトレーニングセンターと併せて、
国内最高レベルの研究と鍛錬が平行してされている、まさにトップアスリートの虎の穴である。








何故、そのスタッフの方と飲んだか、
と言えば、まずは同業だから、
と云うことがあるが…






それと、偶然、同じスポーツ専門学校で教鞭を執っていたから。






細かく言うと、
現在、全日本所属のクロスカントリーの選手のミニキャンプの最中なのだが、
その選手のトレーニングを「コラボレーション」して行っているので、
意見調整の目的があった。





何故そんな状況になるのか、
この事情は、説明してもなかなか分かりづらいと思うので割愛するが、
意外にこういうケースは少ない。





何故かと言えば、
多くの場合、「自分の考えを押し通す」事が多いから。





妙なプライドが、変に邪魔をするのである。



岡野氏ももちろんそうだが、
結局のところ、選手が最高の結果を出してくれれば良いわけで、
その為に何がベストか?
ということと、
選手が何が心地良いか?
の、これを重視した結果である。






そこに、妙なプライドは入り込む余地は無い、
というのが私の考えであるので、
個人的には、誰とでもコラボレーション出来るのが、ある意味私の利点である。







もう一つ、こういう事になった理由が、
JISSスタッフの岡野氏を、学生時代から知っていたから、
ということもある。





その後、岡野氏は日本のトップレベルのアスリートの指導にあたり、
何の因果が10数年後に再び出会い、
様々な事情で双方の指導を一人の選手に行い…








こんなことが、世の中にはあるのである。


長く業界に居ると。





意外に成立しない関係に、
二人して酔っ払いながら、


「いや~縁だよな~、縁!」



なんて、吠えたりしていたが。






実は、この選手を診る事になったのも、別の縁で、
その最初の時点で私が「?」と選手に思われたら、それも無くて、
そこから別の意外な縁に繋がって…





少々、不適切な表現かも知れないが、
こういう「縁」は、ネットワークビジネスのように繋がって行く。





実は、

細かく言えないが、
この先がまた、毛細血管のように縁が繋がるのである…








だからこそ、お若い方々に云いたい。





いま、目の前にいる人。




近くに居る人。






とにかく、その人達を大切にして下さい。




うっとうしく感じるオヤジかも知れない。






でも、その人に何かを感じだのなら、
誠心誠意、その人の役に立つように努めて上げて下さい。



ウソでも良いから。





この歳になって、
つくづく、つくづく思います。





この世は「縁」で、出来ている、と。
先日、プロ野球・楽天の野村監督の言葉、

「集団とチームは違う」

ということを書いた。



チームとは、何人かの集まりで、
結果として最大のパフォーマンスが上がれば良いことになる。


そのための戦略や人員配置、
個々の能力を最大限に活用するための言葉掛け、などなど…

が、リーダーの仕事、ということになろう。




チームの力とは、結局のところは総合力で、
例えば一見、能力が劣っているように見えるスタッフがいたとして、
実はその人が見えないところで様々な人への配慮が出来ていて、
それが結果的には他のスタッフの仕事をスムースにさせているケースもある。



また、能力のあるスタッフは、案外と自信過剰で、
そういう人のトゲのある言葉を、上手く緩衝しているスタッフも居たりする。




なまじ能力のあるリーダーは、
全員にハイレベルな能力を求め、
野球で言えば全員を四番打者、あるいは俊足巧打を集めたがったりする。



その上、地味な働きや、
一見、能力がありそうに見えるスタッフの意見を全面的に鵜呑みにしたりして、
チームや現状の把握が、冷静且つ客観的に見えていないケースが、かなり多い。




チームとして結果が出ない場合、
パフォーマンスが上がらない場合、
スタッフのせいにしたがるリーダーは多いが、
私の経験上、かなりの割合でリーダーにこそ問題があるケースが多い。




だが、そのことに気付くリーダーは少ない。


誰かが意見しても、聞く耳を持たない。



だから、そのうち誰も何も言わなくなる。



よって、自分は常に正しいと勘違いをし、それが永遠に続く。





あ~恐ろしい~
先日、楽天イーグルスの野村監督が、
引退した桑田元投手との対談で発していた言葉。




「集団とチームの違い」。




具体的なチーム名も挙げていたが、
ここでは主旨とずれるので、触れないことにする。




集団というのは、例え個々の能力が優れていたとしても、
単に集まっている、というだけであって、
それらが有機的に結びついているとは限らない状態。



チームとは、全体として最高のパフォーマンスを発揮するために、
個々もその目的の為に自分が最大限に役立てる術を知っていて、
リーダーも当然の如くそれを熟知していて、
最高のパフォーマンスの為に、個々の役割を徹底し、それを理解させ、
結果の為に肉体的、精神的あらゆるサポートをし、集団の存在価値を全員が共通理解を持ち、
結果に向かって邁進できる集まり。




要は、結果を求める集まりは、
「集団」でなく、「チーム」たれ、ということだ。




スポーツのみならず、企業でも、
プロジェクトチームでも、今一度考えなければならない事柄であろう。




あなたの集まりは、
果たして「チーム」になっていますか???
20080701164502.jpg
今日はクルーのコンディショニング調整のため、
NISMOへ。



写真は車両などの運搬に用いる車。







セパン(マレーシア)でのレースを終えてスタッフは帰国したばかり。




結果は、
開幕二連勝を飾った23号車は、200kg近い重量を背負っているため、
さすがに今回は厳しいレースになり、振るわず。



その代わり、と言っては何だが、
22号車が二位に入った。




で、優勝は、
NISMOがマシン提供している、
近藤真彦さん率いる24号車が見事!!



昨年に続き、マレーシア二連勝!!




つまり、GTーRがワンツーフィニッシュ!




次のレースは仙台~
今日で今期のパートナーストレッチ講習が終了。


こういうものを指導するのは、
とりあえず形を伝えるならば簡単で、
細部にまでこだわれば、伝えるべき事柄は際限ない…





だが、形は無論大事だが、
全てのベースになるのは、
「他者への慈しみ」の精神である。





私は、トレーナーに最も必要な資質は「臆病さ」であると思っている。



臆病であるからこそ、
「これで良かったのか?」
「もっと良い方法があったんじゃないか?」

と思えるわけで、
それは裏を返すと、他の人に対する「慈しみ」であると思うのである。




これは、例えば組織の上長の立場の方々にも当てはまる事である。



自分の指示の出し方はこれで良かったのか?


自分の在り方は、部下の成長に役立っているのか?


自分の考え方は、組織の目指す方向に合致しているのか?
いや、合致していないとしても、自分の考え方の方が妥当性があると、
論理的に説明がつくのか…?





臆病であって、
慈しみ深く…






それが、ひいては自分の仕事を愛している事になり、
つまりは自分に対する「慈しみ」なのではないか、



と思えるのである。
フィットネス業界の人には申し訳ないが…



特にジム。



あまりお客様から期待されてない現実がある。




「期待されてるに違いない」
と信じて、色々努力してるのは、もちろん理解している。



だが、お客様が期待しているのは、
上質なハードとレッスンプログラムの充実。




さて、そこでジムのトレーナーと言われている人達はどうするのか。






嫌みではなく、
場の提供と割り切るのも正解の一つ。

決して悪いことでは断じてない。



期待される立場、
お医者様でいうところの「掛かり付けのトレーナー」になるには、
それ相応の覚悟がいる。



何となく「トレーナー」という聞こえの良い立場に安住していると、
結局のところ、「トレーナー風」であるだけで、
実のところは何も出来ないことになる。




そのまんま、生きていくのも、
それもまた正解。




さー、どうするのか。



企業よ。


一個人よ。
今日で今回のミニキャンプが終了。


二人の選手を時間帯をずらしながら同時進行だったので、
部分的には一緒に身体を動かすこともあり、
少し気だるい疲労感が…


歳かな…






トレーニングテーマの「脱力」と「軸感覚の形成」であるが、
無駄な力を抜く、というのは競技を問わず、重要なことである。



横になって寝ていれば力を抜くのは簡単だが、
当然、立っていて脱力出来なければならない。




かといって、ただ力を抜くだけでは立っていられず、動けないので、
「必要最小限の力以外を抜く」ということになる。




つまり、固めるべきところは固めていないと動けない。



それが「軸」という概念であり、
「軸の意識を形成する」とは、逆にそれ以外の場所を脱力する、
という意味である。






より良く動く、というのは、
「どの身体軸で地面を捉えるか?」
である。

競技によって、どの軸が重視されるかは異なる。







その軸が、筋の力でなく、
出来るだけ「骨(コツ)」で立てている事が必須で、
他の部分が脱力出来ていれば効率良く大地を捉え、
重力に対して理想的に反発出来ている事になる。





要は、この部分をどのように教え、
身体の中に意識化させるか、
がパフォーマンスの決め手と言って過言ではない。

今日から今月のミニキャンプ。


地方から泊まり込みで上京し、
日替わりで一人ずつ鍛え上げる。



とは言っても、ヒーヒー言わせるばかりが目的ではなく、
やはり「考え方」が大事。




「考え方」という言葉は、このBlogでも何回か出て来ているが、
パフォーマンスを高めるにはどうしなければならなくて、
その中で自分はどうしなければならなくて、
それが今やっていることと、どのように繋がっていて…




と、全ては分からなくとも、
論理的に解釈する習慣が必要である。




筋力や持久力、調整力が例えば向上したとして、
それらを最終的に制御しコントロールするのは「脳」である。



実際には意識で全てコントロールするわけではないが、
意識下での訓練を繰り返すことで、
無意識下での精度が確立されるのである。



「頭の悪い」アスリートは一流にはなれず、
結果を残しているアスリートは、
必ず「頭が良い」はずなのである。




ただし、その「頭の良さ」を求める、理想的な求め方はアスリートによって様々である。


座学での学習などは好まないアスリートも多いし、
論より行動、というタイプも多い。



目的の最終的ゴールはパフォーマンスを上げる事なので、
入り口でつまづいては本末転倒。



指導者側は、あまり自分の土俵に引き込もうとし過ぎても良くないわけで、
そのさじ加減が常に悩みのタネになるのである。
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運動・トレーニング機器関連の展示会、
ヘルスフィットネスジャパンが今年も開催。



昨年より、少しブース全体が小さくなったかな…









展示されている機器類は、
正直言って昨年から目新しいものはない、かな…



もちろん、細かい使い勝手は向上しているが。



トレーニングマシンとしては、
ノーチラス社のもので、ウェイトスタック式でダイヤルで重量を簡単にアジャスト出来るものが、気に入った。



あと、私は個人的には小物が気になるので。



筋にパットを貼り付け、
筋の血中酸素濃度を計り、
筋の疲労度や脂肪燃焼効率を測定出来る、
株式会社アステムという会社の
「近赤外分光式・運動負荷モニター」
というのが目を引いた。


選手のトレーニング時のモニターや、
リハビリの進行度確認に使えそうだ。





他は、昨年と同じく、
どこもグループエクササイズに力を入れていて。


スピニングの変化系のようなものと、サーキット系と、
まとめると要は二種類。





あと、大手の定番メーカー以外では、
昨年から出ていた医療機器メーカーのブース(写真・medimo)に、
人が比較的集まっていたようだった。




時間があまりなくて、サクッと回っただけだから、
コンパニオンのお姉ちゃんたちの写真、撮る余裕なかったな~



期待してた皆さま、
スイマセン…
今行われている水泳ジャパンオープンで、
英スピード社のレーザーレーザーを着用した選手がほとんど好記録を連発。



選手も、契約先や所属企業の問題から着用を直前まで迷っていたようだが、
これだけ明らかな差がついてしまっては、
選手の選択は致し方ない。




このようなウェアによる問題は、
何も水着に限ったことではない。




私が関わっているスキージャンプでも、
以前は基準が曖昧な時期があった。



ジャンプは、極論を言えば「空を飛べれば」、当然遠くまで飛べる。
翼が付いていたり、あるいはパラシュートのようなものを付けたり…



で、それに近い状態を、且つ合法的にやる方法が、
当時では「ダボダボのジャンプスーツを着ること」だったのである。



つまり、脇と股にムササビのような膜をつくる、というわけだ。




当然、そうした選手は記録を伸ばし、
その後、スーツの寸法基準が厳格化された。



それでもルールの編み目をくぐり、
抵触しないように工夫をこらす選手もいた。




誤解のないように言っておくが、
その時点での工夫は、ルール的に何の問題もない。゛
限られた条件の中で肉体を極限まで鍛え上げ、あと少しだけ記録をライバルより伸ばす為に用具に頼るのは、
アスリートとして当たり前のことだ。






そしてその後、何度もルールが見直され、
今では自分の身体のサイズから何センチ以内のゆとりしか認めない、などさらに厳格化された。


スーツの繊維の材質、風の透過率も定められている。
(風を通さない方がパラシュート状態になる)







レーザーレーサーは、表面の加工の優秀さもあるようだが、
むしろそのシルエット加工技術で身体を締め付け、
凹凸を無くし魚に近い状態にすることが特徴のようだ。



むしろジャンプとは逆である。




今回の問題は、
スピード社の情報が正しく日本に入ってくるのが遅かった点や、
日本の主要メーカーの努力研究不足の点や、
水連上層部の動きがあまりに遅かった点や…




まあ、そういったことはさておき、
スピード社のものが着られれば何の問題もないのだろうが、
北島選手が憂慮するように、勝ったとしても水着が勝ったかのように言われ、
スピード社の水着を着用せず負けたら、着用しなかった点に注目が集まり、負けたことへの問題検証があやふやになる。


負けたら、やはり本人とコーチの責任であるはずで。




いまさら、スピード社の水着がどうのこうのと言っても間に合わないので、
北京後に水着に関する、何かしらの基準を設ける動きが出るのではないか?



こういう問題は、言わば「ドーピング問題」のようなものだ。



例えばドーピングも、
今の時点で「ドーピング」と認定されている薬物が対象になり、
処罰になるだけの話で、
今の時点で当局に認知されておらず、だが効果は絶大で、ルールにも抵触しない薬物を使っていても、何の問題もない。



だが、ドーピング委員会などで、北京後に認定されれば禁止薬物。




゛スキージャンプも同じで、
ルール改正前のスーツで好成績を残したものはOKで、その翌日は×。



ドーピングも、然り。


水泳も、そうした事を排除したければ、
究極は「素っ裸で泳げ」というのが納得の行くルール。




そうなると公序良俗上、水着の面積を男女別に算出すべきか…?


いや、抵抗の少ない体型はトレーニングによって作れ、と云うことに…?




スピード社のレーザーレーサーがどの程度、
圧倒的な差を生むのか、科学的な検証は分からないが…




だが、これだけスピード社の優位性が伝えられれば、
その時点で「メンタル面」の影響は無視出来ないレベルあった。



精神的な影響は、もはや無視出来ないレベルである。



そうなると、ジャパンオープンで好記録が連発されたのが、
実際に水着の影響か、世界的に結果が出ている水着を着ているという「精神的影響」(プラシーボ効果)なのか、
もはや分からない。





ここまで来ると、全てをひっくるめて、
本人が、「どの水着が一番、パフォーマンスが上がりそうか?」
で、本人の感覚で選ばせるしかない。



「感覚」というのは、
最終的には本人にしか分からない。



結果を優先するなら、先ずは本人の感覚を最優先に。





後の諸問題は、その後に。




とにかく、アスリートに一番「気持ち良い」パフォーマンスを発揮してもらう…



この時点で、
他に優先すべきか問題は有り得ない。





今の時点では、
全てが「合法的ドーピング」である。



契約上の問題は、
全て水連が被れば良い問題である。




北京後に、もし選手に責任が降りかかるような事態になれば、
一トレーナーとしてはやるせない。