
作品データ :
原題 Zimna wojna
英題 Cold War
製作年 2018年
製作国 ポーランド/イギリス/フランス
配給 キノフィルムズ
上映時間 88分

前作『イーダ』で第87回アカデミー賞外国語映画賞を受賞したポーランドのパヴェウ・パヴリコフスキ監督が、自らの両親の波瀾万丈の人生をモチーフに、冷戦下のポーランドで出会った男女~ピアニストと歌手~が、時代の波に翻弄される中で繰り広げる激しくも情熱的な愛の軌跡を美しいモノクロ映像で描き出した恋愛叙事詩。
ポーランド、ベルリン、ユーゴスラビア、パリを舞台に、「西」と「東」に揺れ動き、別れと再会を幾度となく繰り返して15年。過酷だがドラマティックでもあった時代に流されながらも、「黒い瞳を濡らすのは一緒にいられないから」と、愛を知る者なら誰もが魂を揺さぶられる「2つの心」という名曲で結ばれ、互いへの燃え上がる想いだけは貫こうとする二人。民族音楽と民族ダンス、さらにジャズにのせて、髪の毛1本、草の葉1枚、そよぐ風と揺れる水面まで、すべてのショットが私たちの生きる世界はこんなに美しかったのかと教えてくれる映像で綴る、心と五感を刺激する極上のラブストーリー。
主人公のカップルを『イーダ』のヨアンナ・クーリクと、ポーランドの人気俳優トマシュ・コットが演じる。第71回カンヌ国際映画祭で監督賞受賞、第31回ヨーロッパ映画賞で最優秀作品賞を含む5部門受賞、第91回アカデミー賞で外国語映画賞を含む3部門ノミネートなど、世界的に高い評価を受けた。
ストーリー :
1949年、共産主義政権下のポーランド。3人の男女が、音楽を“収集”するために村から村へと訪ね歩いていた。彼らの使命は、民族音楽を集め、歌唱力とダンスの才能に恵まれた少年少女を探し、国立のマズレク舞踊団を立ち上げること。管理部長のカチマレク(ボリス・シィツ)の指揮のもと、まずは養成所が開かれる。音楽監督兼ピアニストのヴィクトル(トマシュ・コット)と、ダンス教師のイレーナ(アガタ・クレシャ)が、生徒たちの中から団員を選抜するのだ。
そのエネルギーに満ちた眼差しで、初日からヴィクトルの心を奪った少女がいた。彼女の名前はズーラ(ヨアンナ・クーリク)、イレーナは「問題児なのよね」と指摘する。「父親殺しで執行猶予中」と聞いて驚いたヴィクトルは、ズーラに「お父さんと何が?」と尋ねるが、ズーラは平然と真相を話し、「私に興味が?それとも私の才能に?」と、大人びた表情で聞き返す。
1951年、ワルシャワで初の舞台が幕を開ける。センターで歌い踊り、ひときわ輝きを放つのはズーラだ。公演は大成功を収め、ヴィクトルたちは大臣に呼び出され、最高指導者の賛歌を歌えば支援を惜しまないと持ちかけられる。イレーナは「私たちは純粋な民俗芸能にこだわっている」と断るが、権力にすり寄るカチマレクは引き受ける。
その頃、ヴィクトルとズーラは激しい恋に落ちていたが、ズーラはカチマレクにヴィクトルのことを密告していると告白する。西側の放送を聴くか、神を信じているかなど聞かれ、執行猶予中のズーラは命令に従うしかなかったというのだ。
西側の音楽を捨てられないヴィクトルは、パリへの亡命を決意する。1952年、東ベルリンでのマズレク舞踊団の公演後、一緒に行くと約束したズーラを、ソ連占領地区の端で待つヴィクトル。東ベルリンは東ドイツの首都。西ベルリンはアメリカなど西側が共同で管理している。東西ベルリンの間にまだ壁はない。亡命ということで、ソ連軍に見つかれば投獄され、西ベルリンに渡れば二度と戻れないことは、ヴィクトルもズーラも分かっていた。数時間が過ぎてもズーラは現われなかった。心を決めたヴィクトルは、一人で西側へと渡る。
1954年、パリ。ヴィクトルは編曲や作曲をしながら、ジャズバンドのピアニストとしてバーやクラブで演奏していた。ある時、マズレク舞踊団のツアーでやって来たズーラと2年ぶりに再会する。元恋人たちのぎこちない会話の終わりに、未熟だから無理だと思ったと、約束を破った理由をかろうじて告げるズーラ。二人は強く抱き合うが、「逃げない」という彼女の意志は固かった。ヴィクトルは一緒に暮らしていた恋人、女流詩人のジュリエット(ジャンヌ・バリバール)に、「大切な女に会った」と打ち明ける。
1955年、ヴィクトルはズーラに再会するために、ユーゴスラビア(社会主義連邦共和国)で公演するマズレク舞踊団の公演を観に行く。同国は東側に属しながら、チトー(Josip Broz Tito、1892~1980)がスターリン(Joseph Stalin、1878~1953)に反旗を翻したために、ソ連との友好相互援助条約をも破棄された、自主管理社会主義国家。現在はフランスに居住し、無国籍難民のためのナンセンス・パスポートで旅するヴィクトルにとっては、往来の自由な国だ。しかし、公演の途中、1幕目が終わると、ヴィクトルはユーゴスラビア国家保安局の男たちに連行される。ズーラを西側に連れ去るのではないか、と危惧したカチマレクが裏工作をしたためだ。秘密警察はヴィクトルを列車に乗せてフランス・パリへ送り返す。2幕目の幕が上がり、ズーラは空席に向かって悲しげに歌うのだった。
1957年、ズーラは国外移住のためにシチリア(イタリア)人と結婚する。そして、ヴィクトルと再会するためにパリにやって来る。1956年の“雪解け”(cf. ソ連の第20回党大会におけるフルシチョフのスターリン批判)以来、西側の人間と結婚していれば、国家機密を漏洩させる恐れがない限り、ポーランドから合法的に出国することができた。彼女は夫と別れ、ヴィクトルとパリの屋根裏部屋で、同棲生活を始める。ヴィクトルのプロデュースでレコードデビューを果たし、ようやく幸せをつかんだかに見えたズーラだったが、やがて次第にパリの華やかだがどこか浮ついた日々に馴染めず、次第に心を閉ざしていく。
そんな中、何も言わず突然、ポーランドへ帰ってしまうズーラ。ヴィクトルが舞踊団に電話をかけても、「行方不明」だと言われてしまう。ヴィクトルは彼女を追って、パリのポーランド領事の助言を無視して故国へと帰る。
1959年、ヴィクトルは祖国ポーランドを裏切ってスパイ活動を行なった容疑で「寛大」にも懲役15年の刑を受け刑務所にいた。そこでズーラとの再会が成る。彼の手は拷問により痛めつけられており、音楽家としての道は閉ざされていた。ズーラは彼を助け出すと約束する。
1964年、釈放されたヴィクトルは、クラブでカチマレクと歌手を続けるズーラと再会する。彼女はヴィクトルを早期に釈放させるためにカチマルクと結婚し、また男児を出産していた。歌手のズーラは、今や人気を失い、酔っ払い同然の生活に押し流されるばかり…。
やがて憔悴しきったヴィクトルとズーラは、廃墟となったカトリックの教会で、立会人のいない二人だけの結婚式を挙げる。そして、二人は錠剤(睡眠薬?)を飲んだ後に外へ出、大木の傍らの長椅子に隣り合わせに座って、ぼんやりと周りの広大な麦畑を眺め続ける。ズーラが「向こう側へ行きましょう。もっと景色が綺麗なはず…」(英語:Let’s go to the other side.The view will be better there.)と言うと、2人は立ち上がって画面上から去る(フレームアウト)―。
▼予告編
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[「ドゥヴァ・セルドゥシュカ(Dwa Serduszka)」(=「2つの心」)は、「オヨヨーイ」というリフレインが印象的な愛の民謡。劇中で、純粋な民謡として、あるいはジャズ・バージョンなど形を変えて何度も登場するが、それは主人公二人の関係性の変化のメタファーにもなっている。]
▼ Movie Clip - Dancing :
(パリのクラブのカウンターで「ロック・アラウンド・ザ・クロック」に合わせて彼女が踊り狂うシーンの躍動感は圧倒的!)
■私感 :
んーん、素晴らしく、いい映画でした!
冷戦下の1949年から1964年の間、国家・政治に翻弄されながら愛を求めていく音楽家の恋人たち。国家、音楽、思想、そして愛。まさしく“心と五感を刺激する極上のラブストーリー”である。
ヴィクトルを演じたトマシュ・コット(Tomasz Kot、1977~)もよかったが、ズーラを演じたヨアンナ・クーリク(Joanna Kulig、1982~)が群を抜いて何とも魅力的!アメリカの有力誌『ヴァラエティ(Variety)』による「若き日のジャンヌ・モローのような魅力で、揺れ動く感情を表現するヨアンナ・クーリク!」という批評も、ムベナルカナ、というところ!(cf. 本ブログ〈May 21, 2019〉)
本作の場合、光と影のコントラストが強調された、深いノワールな哀調をたたえたモノクロの画面が素晴らしいが、逢瀬を重ねるごとに、光の中でズーラ⇒クーリクは官能的な魅力~ファム・ファタールの一面を覗かせながら~を生き生きと浮かび上がらせる。
全体として繊細で憂愁に満ちた物語の中、時に登場人物が音楽と相互にリンクしつつ、生き生きと躍動する様が何とも心地よい。ここでは、愛と喪失について、ヴィクトルとズーラが別れ別れになることについて、言葉で語られないことのすべてが、二人に次ぐ、言わば「三人目の主人公」である音楽によって表現される。ヴィクトル⇒コットが亡命先のパリのジャズ・クラブで披露する演奏(吹き替え:マルチン・マセツキ〈Marcin Masecki、1982~、ポーランドの作曲家・ピアニスト〉)の数々は、短いながらも本作のハイライトの一つと言ってもいいほどの確かな存在感で迫ってくる。1950年代のムードを保ちながら驚くほど現代的に響くリアリティーのあるジャズ・サウンド~祖国ポーランドの伝統音楽のリズムやメロディーを使って巧みにアレンジした最先端の音楽スタイル~の魅力が光り輝く!