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普通人の映画体験―虚心な出会い

私という普通の生活人は、ある一本の映画 とたまたま巡り合い、一回性の出会いを生きる。暗がりの中、ひととき何事かをその一本の映画作品と共有する。何事かを胸の内に響かせ、ひとときを終えて、明るい街に出、現実の暮らしに帰っていく…。

2018年2月13日(火)飯田橋ギンレイホール(東京都新宿区神楽坂2-19、JR総武線飯田橋駅西口徒歩3分〈西口改札を出て右、100m先の神楽坂下交差点を渡って右、外堀通り沿い100m先の信号を左に入ってすぐ〉)で、11:35~鑑賞。『パターソン』13:45~と2本立て上映。



作品データ :
原題 BABY DRIVER
製作年 2017年
製作国 アメリカ
配給 ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
上映時間 113分


『ショーン・オブ・ザ・デッド』『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』などで知られる英国の鬼才、エドガー・ライト監督のハリウッド本格進出作となる痛快クライム・アクション。犯罪組織の“逃がし屋”として働く、音楽に乗って驚異の運転テクニックを発揮する、若きドライバーの活躍を描く。リアルかつ華麗なカー・アクションに加え、主人公が絶えず聴いているiPodの曲がBGMとなり、そのビートに合わせて全てのアクションが展開していく斬新な演出も話題に!主演は『きっと、星のせいじゃない。』で注目された若手俳優のアンセル・エルゴート、共演にケヴィン・スペイシー、ジェイミー・フォックス、リリー・ジェームズ、ジョン・ハム、エイザ・ゴンザレス。

ストーリー :
ある日、青年が車内で音楽にノッている間に3人組の男女が銀行に押し入り、その青年の車で逃走する。青年は天才的なドライビング・テクニックを見せ、警察は捕まえることに失敗。彼の名は“ベイビー(Baby)”(アンセル・エルゴート)。幼少時に遭遇した自動車事故で両親を亡くし、自身もその後遺症で耳鳴りに悩まされている。そのためiPodが手放せず、常にお気に入りのプレイリストを聴き続けていた。どんなコワモテの連中を乗せても顔色一つ変えず、クールにハンドルを握り、音楽を聴くことで集中力と反射神経が極限まで研ぎ澄まされ、誰にも止められないクレイジーなゲッタウェイ(getaway)・ドライバーへと変貌するのだ。
ベイビーは過去に暗黒街の大物であったドク(ケヴィン・スペイシー)の車を盗み、その時に生じた損失の穴埋めのために、代償として犯罪者の逃走を手助けする「逃がし屋」の仕事をやらされてきた。銀行強盗を終え、穴埋めの仕事が終わりに近づいた頃、ウェイトレスのデボラ(リリー・ジェームズ)と運命的な出会いをする。そんな折、ドクから連絡が入り、凶暴なバッツ(ジェイミー・フォックス)を中心にしたメンバーでの仕事を命じられる。それを何とか成功させると、損失の穴埋めが終了したことがドクから告げられる。これを機に犯罪の世界から足を洗おうとデボラとの仲を深めていたベイビーだったが、デボラと行ったレストランでドクと再会してしまう。ベイビーを気に入っているドクは、彼を手放す気はなく、デボラと、ベイビーの育ての父であるジョゼフ(CJ・ジョーンズ)の身の危険を匂わせ、“合衆国郵便局の襲撃”の仕事を命じる。だが、この“最後の仕事”はあらゆるものを道連れにして暴走を始める…。

▼ Trailer



▼冒頭6分間の、迫力満点のカーチェイスシーン :



▼特別メイキング映像 :



▼エドガー・ライト監督(Edgar Wright、1974~) インタビュー映像 :

2018年2月11日(日)吉祥寺オデヲン(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、19:50~鑑賞。



作品データ :
原題 THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI
製作年 2017年
製作国 アメリカ イギリス 
配給 20世紀フォックス映画
上映時間 116分


娘を殺された母親の怒りと悲しみの身にまつわる騒動の行方をたどる衝撃と感動のサスペンス・ドラマ(正確に言えば、サスペンスとかミステリとかその種のジャンル分類不能映画!)。ミズーリ州エビングという架空の田舎町を舞台に、主人公がいつまでも犯人を捕まえられない警察に怒りの広告看板を掲げたことをきっかけに、町の住人それぞれが抱える怒りや葛藤が剥き出しになっていくさまを、ダークなユーモアを織り交ぜつつ、予測不能のストーリー展開でスリリングに描き出す。『ファーゴ』で第69回アカデミー賞主演女優賞に輝いたフランシス・マクドーマンドが亡くなった娘のために孤独に奮闘する母親を、『メッセンジャー』などのウディ・ハレルソンが住民たちから支持される警察署長を、『コンフェッション』などのサム・ロックウェルが差別と偏見に固まった粗暴な警察官を、それぞれ演じる。監督・脚本・製作は、早くから卓越した才能を認められ、劇作家としても名高いイギリス出身のマーティン・マクドナー。

ストーリー :
アメリカ「中西部」はミズーリ州の田舎町エビング。“迷った奴かボンクラしか通らない”さびれた道路沿いに立ち並ぶ、忘れ去られた3枚の広告看板(スリー・ビルボード)に、ある日突然、メッセージが現われる。
「レイプされて死亡」、「犯人逮捕はまだ?」、「ウィロビー署長、どうして?」
それ~《真っ赤な背景に大きな黒い文字》~は、7か月前に娘のアンジェラ(キャスリン・ニュートン)を惨殺されたミルドレッド・ヘイズ(フランシス・マクドーマンド)が、一向に進展しない警察の捜査に腹を立て、エビング広告社のレッド・ウェルビー(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)と1年間の契約を交わして出した広告にほかならなかった。
エビング警察署長のビル・ウィロビー(ウディ・ハレルソン)を敬愛してきた町の人々、そして息子のロビー・ヘイズ(ルーカス・ヘッジズ)までも、ミルドレッドの行動に憤慨する。名指しで批判されたウィロビー署長は心中穏やかならず、またレイシストとして悪名高い警官のジェイソン・ディクソン(サム・ロックウェル)は、腹の中で怒りを煮えたぎらせていた。ミルドレッドは町民たちから嫌がらせや抗議を受けても一歩も引かず、ひたすら娘の無念を晴らしたい一念に駆られるのだった。
人情味あふれるウィロビーは、ミルドレッドの苦境に同情的ではあったが、それでもなお広告板の設置は自身への不当な人格攻撃だと考えていた。彼はミルドレッドを訪ね、犯罪の捜査状況を丁寧に説明するが、彼女は「そうやって弁解してる間にも、別の子が犯されてる」とはねつける。仕方なく、自分は膵臓癌の末期症状で辛うじて余命を保つ身と告白する彼に、「町中の人が知ってる」と平然と答える彼女。知っていて広告を出したのかと驚く彼に、彼女は「死んだあとじゃ意味ないでしょ?」と不敵に言い放つ。
一方、ディクソンはミルドレッドの行動を警察官である自分への敬意を著しく欠いた振る舞いであると見なしていた。また、彼は父親のように慕う上司のウィロビーを苦しめるミルドレッドを何としてでも屈服させてやると決意する。ミルドレッドに広告板を貸したレッドに対して、脅迫的な態度に出る。その後、ミルドレッドの友人であるデニス(アマンダ・ウォーレン)にマリファナ所持容疑をでっち上げて逮捕し、しかも保釈にも応じなかった。
ミルドレッドの離婚した元夫のチャーリー(ジョン・ホークス)は粗野な人物だが、そんな彼ですらも、ミルドレッドのもとに「連中は捜査よりお前をつぶそうと必死だ」と忠告にやって来る。争いの果てに別れた彼から、「アンジェラが殺される1週間前、あいつは俺と一緒に暮らしたいと泣きついてきたんだ」と聞いて動揺するミルドレッド。「俺は“ママといろ”と言った。そう言わなければ―死なずに済んだ」と彼は畳みかける…。
一見強気なミルドレッドだったが、彼女も自責の念を抱えていた。事件当日、アンジェラは友人らと遊びに出かけるのに車を貸してほしいと頼んだが、娘の素行の悪さに頭を悩ませていたミルドレッドはそれを断わった。やがて激しい口論となり、「暗い夜道を歩いてレイプされたらどうするの?」と言うアンジェラに、「レイプされればいい」と返答してしまった…。
そんな中、ミルドレッドは歯の治療に行くが、歯医者はウィロビーと親しい友人だったため彼女に報復~麻酔なしの抜歯~しようとするが、逆にドリルで負傷させられる。歯医者は「私はミルドレッドに襲撃された、訴えてやる」と騒ぎ始めたので、ウィロビーが彼女を尋問することになったが、「何もしていない」の一点張り。尋問中、ウィロビーは突然吐血し、そのまま病院へと搬送される。死期を悟ったウィロビーは、退院後に妻と二人の娘と楽しい1日を満喫した後、「家族と過ごす最後の記憶が看病になるのは避けたい」との遺書を残し、自ら命を絶ってしまう。
ウィロビーの死が町中に知れ渡ると、「ミルドレッドが広告板を設置しなければ、署長はもっと長生きしていたはずだ」という風評が流れた。ミルドレッドを人殺し同然と思い込んだ町の人々は、彼女に対して一層陰湿な嫌がらせに出るようになった。ついには、ミルドレッドが職場(ギフトショップ)で見知らぬ男性客から恐喝されさえする。そして、ウィロビーの死にキレまくったディクソンは、エビング広告社に押し入り、レッドとそのアシスタントを暴行し、レッドを2階の窓から突き落とした。ディクソンの一連の暴挙は、ウィロビーの後任であるアバークロンビー署長(クラーク・ピーターズ)に目撃されていた。アバークロンビーは権力を乱用するディクソンを直ちに解雇する。その夜、ミルドレッドとロビーは帰宅中に3枚の広告板が燃え上がっているのを目撃した。二人は懸命に消火活動に当たったが、広告はほとんど燃え尽きてしまう。
ディクソンは警察署でウィロビーから届いた最期の手紙を読んでいた。そこには「お前が犯罪捜査の第一線で活躍したいと願っていると知ってから、何とか助けになってやりたいと思っていた。しかし、病のためにそれも叶わなくなった。お前の欠点はすぐにキレることだ。警察官に最も必要なのは愛だ。愛は平静を導き、平静は思考を導く。拳銃は要らない。憎しみも要らない…」と書いてあった。手紙に心を打たれて改心を誓うディクソンは、それまでいい加減にやっていたアンジェラの事件の捜査に本気で取り組もうと決心するが、そこで思わぬ事態が発生する。
広告板が警察に放火された~ディクソンの仕業に違いない!~と考えたミルドレッドは、報復のため火炎瓶で警察署に放火した。署内で音楽を聴きながらウィロビーの手紙を読んでいたディクソンは、付け火に逃げ遅れて大火傷を負いながらもアンジェラの事件の資料が燃えるのを守った。偶然その場を通りすがったミルドレッドの友人のジェームズ(ピーター・ディンクレイジ)は、ディクソンを救助し、警察にはミルドレッドが放火犯だと察しつつも「彼女は自分と一緒にいた、火事とは関係ない」と証言した。
大火傷したディクソンが入院すると自分が暴行したレッドと同室だった。ディクソンは顔が包帯で隠れていたため当初は気づかれなかったが、レッドの優しい対応を受けるうちに涙を流し、「窓から突き落として悪かった」と謝罪する。レッドは相手がディクソンだと気づき驚きはしたが、糾弾することなくオレンジジュースを差し出した。
一方、ミルドレッドのもとにもウィロビーからの最期の手紙が届いていた。内容は「自分が自殺するのと広告板は関係ない。君の気持ちはわかるが、警察にもどうしようもない事件というのは存在する。憎しみだけで生きないでほしい」というものだった。さらに彼は広告板の維持費として彼女に5000ドルを贈っていた。焼けた広告板は予備の張り紙を使用することで再掲され、ウィロビーが死んでも広告のメッセージは変更されなかった。
ミルドレッドは放火の際に自分をかばってくれたジェームズと食事に行くが、同じレストランに元夫のチャーリーが現われる。ジェームズが席を外している間にチャーリーは、広告板は酔った勢いで自分が燃やしてしまったと告白する。チャーリーに憤慨し、自分のとんだ勘違いに恥じ入るミルドレッドは、ついジェームズに癇癪まぎれの八つ当たりをしたために、ジェームズはその場にいたたまれず、「俺は苦しんでる君を支えたかっただけなのに」と帰ってしまう。ジェームズの衷情を傷つけたミルドレッドは、チャーリーを責めることもなくワインを贈り、その場を立ち去った。
退院したディクソンがバーで酒を飲んでいると後ろの席で若い男が話していた。彼は以前ミルドレッドの店に現われ、彼女を恐喝した男だった。会話の内容は、9か月前に女性をレイプして焼き殺したことを自慢気に語るもの!ディクソンはその男がアンジェラを殺した犯人だと推測し、車のナンバーから住所がアイダホ州であることを確認すると、男に近寄り喧嘩を吹っかけ、命がけで皮膚の一部を剥ぎ取りDNAを採取することに成功する。
ディクソンはミルドレッドに“容疑者”のことを話し、二人は和解する。しかし結局、そのDNAは犯行現場に残されていたものと一致せず、しかも問題の“男”には犯行時、中東へ派兵というアリバイもあった。ディクソンとミルドレッドは落胆するが、ディクソンは、“男”がアンジェラ殺しの犯人ではないものの、レイプ殺人犯であることに間違いはなく、放っておくわけにはいかない、“男”を探しにアイダホに行くと言うと、ミルドレッドも同行することを決意する。
ミルドレッドは息子に、ディクソンは母親に、それぞれ別れを告げ、銃を持ってアイダホへ向かう。車中、ミルドレッドが「警察署に放火したのは私よ」と告白すると、驚きもせず「あんた以外に誰がいるんだ」とあっさり応じるディクソン。また、ディクソンが「“男”を殺すのか?」と問いかけると、ミルドレッドは「道々、決めればいいわ」と穏やかな表情で答えるのだった―(END)。

▼予告編



▼監督&キャストが明かす『スリー・ビルボード』の魅力 :

2018年2月11日(日)吉祥寺オデヲン(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、17:00~鑑賞。



作品データ :
原題 ALL EYEZ ON ME
製作年 2017年
製作国 アメリカ
配給 パルコ REGENTS
上映時間 137分


1996年、ラスベガスで銃撃され25歳の若さで人生の幕を閉じたヒップホップ界のレジェンド、2PACことトゥパック・アマル・シャクール(Tupac Amaru Shakur)の生涯(1971/06/16~1996/09/13)を描いた伝記ドラマ。黒人解放運動に携わっていた母親のせいで住処を転々としていた幼少期から、ラップにのめり込んでいく10代、そしてヒップホップ界を巻き込んだ抗争の末に命を落とすまでが綴られる。主演はオーディションで選ばれた新人ディミートリアス・シップ・Jr.。監督はミュージック・ビデオ出身で長編4作目のベニー・ブーム。

ストーリー :
ニューヨークのスラムで生まれ育った2PAC(ディミートリアス・シップ・ジュニア)。ブラック・パンサー党員の母に連れられ、住まいを転々としていたため、あまり周りに馴染めない辛い幼少期を送る。役者に憧れた彼は、12歳でハーレムの劇団に入団し、舞台デビューを果たす。1986年、一家はボルチモアに移り住み、2PACはボルチモア芸術学校に入学。その頃から彼はラップに没頭して、数々の詩を書き始める。17歳の時にカリフォルニアに移り住むが、母親はドラッグ中毒となってしまう有様。そんな中、ラッパーになる夢を追い続けた彼は、1991年に2PACの名で、アルバム『2Pacalypse Now』でソロ・デビューを果たし、着々とその名を上げていく。 だが、ある日、レコーディングに訪れていたスタジオで強盗に襲われ、その身に銃弾5発を受けてしまう。一命を取り留めた2PACは、事件を仕組んだのは同じスタジオにいたショーン・パフィ・コムズ(ステファン・ワシントン)とノトーリアス・B.I.G.(ジャマール・ウーラード)だと思い込む。西海岸のヒップホップ・レーベル「Death Rowレコード」に所属する2PACは、東海岸の「Bad Boyレコード」のショーン・コムズやビッグを事あるごとに非難し、ヒップホップ界史上最悪の東西抗争が勃発する。1996年9月7日、2PACはラスベガスにて再度銃撃され、6日後の9月13日に25歳の若さで人生の幕を閉じる―。

▼予告編



▼ Movie vs Reality (Here is the comparison of film and reality!):

2018年2月9日(金)吉祥寺オデヲン(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、17:25~鑑賞。



作品データ :
原題 HOW TO TALK TO GIRLS AT PARTIES
製作年 2017年
製作国 イギリス アメリカ
配給 ギャガ
上映時間 103分


『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』のジョン・キャメロン・ミッチェル監督が、ニール・ゲイマン(Neil Gaiman、1960~)のSF短編小説“How to Talk to Girls at Parties”(2006)~短編集“Fragile Things”(金原瑞人・野沢佳織訳『壊れやすいもの』角川書店、2009年)に収録~を映画化した異色青春ラブストーリー。1977年のロンドン郊外を舞台に、パンクに夢中な少年と、異星人の美少女の、奇妙で甘酸っぱくて切ない恋の行方が描かれる。主演は『マレフィセント』『ネオン・デーモン』のエル・ファニングと、ブロードウェイの舞台デビュー作で第69回トニー賞主演男優賞を受賞したアレックス・シャープ。共演にオスカー女優のニコール・キッドマン。

ストーリー :
1977年のロンドン南部のクロイドン。パンクロックが大好きなのに内気で鬱屈した毎日を送る高校生エン(アレックス・シャープ)。ある日、ライブの帰りに偶然不思議なパーティに迷い込んだ彼は、そこで反抗的な瞳が美しい少女ザン(エル・ファニング)と出会う。大人たちが押し付ける規則だらけの生活にうんざりしていたザンは、エンが熱っぽく語るパンクの話~パンク・ロックバンドの「セックス・ピストルズ」やパンク・ファッションのことなど~で盛り上がり、エンと一緒にパーティを抜け出し、大胆に街へ繰り出す。しかし実は、彼女は遠い惑星からやって来た異星人だった!そして、彼女が地球にいられる時間は、残りわずか48時間にすぎなかった…。

▼予告編



■私感 :
パンクロックに惑溺しない私にとって、また主演のエル・ファニング(Elle Fanning、1998~)とアレックス・シャープ(Alex Sharp、1989~)に大して魅力を覚えない私にとって、本作は凡作とは言わないまでも、けっして秀作でもなければ、快作でもなく、心を打つ感動作でもない。何かヘンテコな“ボーイ・ミーツ・ガール(Boy Meets Girl)”ムービーにすぎない。マア一応、睡魔に襲われることもなく、何となく物語の展開を追ううちに、いつのまにか上映時間約1時間40分が過ぎたのだった…。

本作の映画評論(映画.com、筆者:須永貴子)「 “ボーイ・ミーツ・ガール”ものの枠にとどまらない、普遍的で大きな愛の物語」 http://eiga.com/movie/86994/critic/ は、次のような一文を記している。
≪乱暴に言ってしまえば、これは「ローマの休日」のアン王女を異星人に置き換えた「ロンドンの休日」だ。大人への反発心を共有するエンとザンのストーリーに、体制への反抗や自由への欲求が原動力であるパンクほどふさわしいものはないだろう。最初は「パンク?」と初めて聞くワードにキョトンとしていたが、お仕着せの服にハサミを入れて脱ぎ捨てて、パンクバンドのボーカルとしてステージに立つザンの眩しい変貌ぶりには、エンならずとも目が釘付けに。/シャイで恋愛経験のないエンが、ザンの星独特の愛情表現(手で脇を撫でさせられる、足の指で鼻を撫でられるなど)に戸惑うシーンの童貞感や、エンとザンがツインボーカルで歌うことで一心同体化するシーンのエクスタシーも効果的だ。人間のセオリーに収まらない新鮮な恋愛描写が、すべてのことにドキドキした初めての恋愛の甘酸っぱくてほろ苦い記憶を呼び起こす。≫

この映画ライターは「乱暴に言ってしまえば」と断りながらも、何と本作を『ローマの休日』に譬(たと)えて~アン王女を異星人ザンに置き換えて~『ロンドンの休日』だと言う。いくらなんでも、それはないだろう!そもそも本作と『ローマの休日』を比較すること自体、それは野暮というものだ!

『ローマの休日』(原題:Roman Holiday、ウィリアム・ワイラー監督、1953年)は、イタリアのローマを表敬訪問した某国の王女と、彼女が滞在先から飛び出し一人でローマ市内に出て知り合った新聞記者との、甘く切ない24時間の恋を描いている 。

宝石赤 cf. 『ローマの休日』 Trailer :


当のアメリカ人の新聞記者ジョー・ブラッドレーに扮したのが、すでに『炎のロシア戦線(栄光の日々)』 (1944年)での華々しい銀幕デビューから一気にトップスターへと駆け上がったグレゴリー・ペック(Gregory Peck、1916~2003)。彼は『ローマの休日』出演に際して映画界で当時無名に近い存在のオードリー・ヘプバーンの才能をいち早く見抜き、ヘプバーン本人を含めスタッフに様々な助言をし、またヘプバーンに自分と同等のクレジットを与えることで※、映画を大成功に導き、ヘプバーンにとって最高の共演者となった。ペックこそ、ハリウッドを代表する正統派二枚目スターで、誠実で正義感にあふれた、「アメリカの良心」ともいわれる、現在でも人々に愛され続ける大物男優である(cf. Gregory Peck ―20世紀・シネマ・パラダイス) ※。

※製作当初のフィルムでは、主演男優グレゴリー・ペックの名前が作品タイトルの上に表示され、ヘプバーンの名前はより小さなフォントで、ペックの名前の下に置かれていた。しかし、ペックが監督のウィリアム・ワイラーに「変えるべきだ。彼女は僕とは比べ物にならないような大スターになる」として、ヘプバーンの名前を、作品タイトルが表示される前に、ペックの名前と同じ大きな文字で表示することを提案した―。

※グレゴリー・ペックは政治に関してはリベラルな発言が多かったため、リチャード・ニクソン大統領からは政敵リストに載せられるほど警戒されていた(Richard Corliss“The American as Noble Man”)。また、実際の彼も知的な紳士で、人格者として知られており、その人望を買われて政界進出の噂が周囲から出た(かのオーソン・ウェルズ〈Orson Welles、1915~85〉にも大統領になるよう薦められていたという)が、本人は「すでに自分は大統領役や歴史上の偉人をもう何人も演じている。もうこれだけで充分ではないか?」と答え完全否定。あくまで俳優として職を全うすることを公言したエピソードが知られる。―私は小学生時代に『ローマの休日』に魅入られてこのかた、そうした己れを潔くする生き方の見本のようなペックの熱烈なファンであり続けたし、今もなお、そうである!


そして、『ローマの休日』で初の主役~ヨーロッパきっての古い歴史と伝統を持つ某国の王女アン~を射止めたのが、1951年にイギリスの数本の映画に端役で出演した後、ブロードウェイの舞台劇『ジジ(Gigi)』で(1951~52年)主役を演じたオードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn、1929~93)※。アン王女の高貴さと庶民的な愛らしさの両面を演じた彼女は、評論家からも大衆からも絶賛され、世界中の人々を虜にし、第26回アカデミー主演女優賞のほかに、第7回英国アカデミー賞最優秀英国女優賞、第11回ゴールデングローブ賞主演女優賞(ドラマ部門)を獲得。その後も『麗しのサブリナ』(1954年)、『昼下りの情事』(1957年)、『尼僧物語』(1959年)、『ティファニーで朝食を』(1961年)、『シャレード』(1963年)、『マイ・フェア・レディ』(1964年)、『暗くなるまで待って』(1967年)などの人気作・話題作に出演し、ハリウッドで最も集客力のあるスター女優の一人であり続けた。ハリウッド史上最も愛された、映画界ならびにファッション界のアイコンとして知られた※、そして今なお「永遠の妖精」として時代を超えて愛され続ける大女優こそ、ヘプバーンその人である(cf. ①「世界一の美貌のオードリー・ヘプバーンの輝かしい軌跡を振り返る」、②「オードリー・ヘプバーンの名言集!」、③本ブログ〈January 13, 2016〉記事「映画『パリの恋人』」)。

※『ローマの休日』の製作者は、当初アン王女役にエリザベス・テイラー(Elizabeth Taylor、1932~2011)を望んでいたが、監督ウィリアム・ワイラー(William Wyler、1902~81)がスクリーン・テストを受けに来たヘプバーンをアン王女役に抜擢。後にワイラーは「彼女は私がアン王女役に求めていた魅力(charm)、無邪気さ(innocence)、才能(talent)をすべて備えていた。さらに彼女にはユーモアがあった。すっかり彼女に魅了された我々は「この娘だ(That's the girl)!」と叫んだよ」と振り返っている(Filmography:Roman Holiday)。エリザベス・テイラーも、それなりに私好みの美人の女優だが、ここはワイラーの先見の明あってヘプバーンの大抜擢、イヤー、めでたし、めでたし!

※ヘプバーンの場合、何より大きな影響を持ったのは、ファッションモードが世界へ発信された点にある(ショートヘアにホワイトシャツ、フレアスカート、スカーフの、ローマの町でのヘプバーンの姿は、当時の女性たちを夢中にさせた)。繊維産業により外貨を稼ぎたかった欧米のメッセージは大きな反響を呼び、ヘプバーンも「ヘプバーンと言えばジバンシィ(GIVENCHY)」とされるほど、映画のみならずファッション革命のヒロインに成長していく。日本でもヘプバーン・サンダル(Hepburn sandal)*などの名前が残っている(cf. 「オードリー・ヘプバーンのファッション・コンプリート・ガイド」)。

*Hepburn sandal(通称「ヘップ・サンダル」)はもともとヘップバーンが、映画『麗しのサブリナ』で用いたことから生まれた名称。ビニールなどの素材を用い、爪先の後部が開放されているウェッジ・ヒールがついている。現在では比較的安価な合皮や布製のサンダルをこう呼んでいる。


上掲の映画評論が言わんとするところは、アレックス・シャープ/エル・ファニングにおける“ボーイ・ミーツ・ガール”( 少年が少女と出会い恋に落ちる話)が、グレゴリー・ペック/オードリー・ヘプバーンと同じような“普遍的で大きな愛の物語”を紡ぎ出したということである。
だが、“普遍的”~すべてのものにあてはまる様子~などという総花的な言葉で物事を一つに括るのは安直に過ぎる。問題は当の普遍性の背景を成す内容性であり、その量と質の全体性に目がどの程度行き届いているかだ。
果たして、シャープ/ファニングは男女の出会いと別れという月並みなテーマを、ペック/ヘプバーン並みに、全ての具体的な諸事実の積み上げと互いの細かい感情のやり取りから、“普遍的なお伽話”にまで美しく昇華させることができたか。
本作が映画のフレーム全体に関わる芸術的な美の様式を保持するにいたっていないこと、この点ははっきりしている。なるほど本作の場合は、「体制への反抗や自由への欲求が原動力である」パンクと、「斬新なデザインの服を着て、パフォーマンス・アートのような動きをしている」異星人を設定したところが、ミソだろう。
だが、いかんせん、主役を演じるシャープとファニングの両人が全身的な“魅力”に欠けるとあって、何かしらニヤニヤさせるシーンが幾つかあった程度で、ストーリーとかメッセージに感じさせるものは全くなし、恋愛映画としてもロック映画としても青春映画としてもSF映画としても食えない、何だか訳の分からない映画に成り果てた。

あるサイト(UPLINK:「斬新なのに懐かしい、刺激的だけど切ない〈ボーイ・ミーツ・ガール〉ムービーの新たなる傑作!」 http://www.uplink.co.jp/movie/2018/50197)によれば、≪主人公のザンには、ソフィア・コッポラやマイク・ミルズなどカルチャーアイコンのミューズ、エル・ファニング。女優としてもイノセントなプリンセス役の『マレフィセント』から、野心に目覚めたトップモデルに扮した『ネオン・デーモン』まで幅広い役柄を見事に演じ分け、ハリウッドの若手俳優の中でも特別な地位を築いた。本作でも、まだ何者でもない少女の強さと弱さ、不安と怒りを圧倒的な説得力で体現、“遠い惑星から来た女の子”にリアルな命を与えた。/相手役のエンには、ブロードウェイデビューを果たした舞台で、史上最年少でのトニー賞主演男優賞を受賞したアレックス・シャープ。いつも女の子にうまく話しかけられず苦手だったパーティで、一生で一度の恋におちてしまったパンク少年の成長を、ユーモアとセンシビリティを添えて演じた。≫

その芸歴から察するに、エル・ファニングもアレックス・シャープも今後の活躍が期待される若手俳優なのだろう。しかし、本作におけるファニング/シャープは、それぞれ御年19歳、28歳という若さこぼれる年齢にもかかわらず、ざっくり言えば、そこいらに見かける“ねえちゃん/あんちゃん”に毛の生えたようなものではないか。全身的な魅力度を根本的に左右する容貌ないし風貌という点で、二人がオードリー・ヘプバーン/グレゴリー・ペックの足下にも及ばないこと、これは明々白々な事実である。

〔余談〕 本作で一番存在感を印象づけたのは、オスカー女優~『めぐりあう時間たち』(スティーブン・ダルドリー監督、2002年)でオーストラリア人女優として初めてアカデミー主演女優賞受賞~ニコール・キッドマン(Nicole Kidman、1967~)であろう。若きパンクロッカーたちを仕切るラスボス的存在を強いインパクトで演じている。
ところで問題は、もともとキッドマンがなぜか、私にしっくり合った女優ではないこと―。
私が彼女と初めて出会った作品は、トム・クルーズと共演した『デイズ・オブ・サンダー』(トニー・スコット監督、1990年)。以来、彼女の出演作のほとんどを鑑賞はしてきたが、どうにも私の心の琴線に強く触れる作品ないし役柄が少なかったように思う(『めぐりあう時間たち』で第75回アカデミー賞主演女優賞を受賞するほどなのだが…)。
例外的に印象深い作品としては、『コールド マウンテン』(原題:Cold Mountain、アンソニー・ミンゲラ監督、2003年)~アカデミー賞監督アンソニー・ミンゲラが、ニコール・キッドマン&ジュード・ロウを主演に迎えて贈る、アメリカの南北戦争を背景にした壮大なラブストーリー(2時間35分の感動大作)~が挙げられるが、これとても、いいトコのお嬢さんで、戦争の混乱の中で徐々にたくましく変化・成長していくエイダを演じたキッドマンよりも、そのエイダ=キッドマンに女だけでも生きていくための術を教える流れ者の女・ルビーを演じたレネー・ゼルウィガー(Renée Zellweger、1969~)の方に(ゼルウィガーは同作で第76回アカデミー賞助演女優賞受賞)、私の興味と関心の多くが向けられたものだった。
実は私の場合、前出『デイズ・オブ・サンダー』鑑賞時のキッドマンに対する第一印象は、ひょろりと背が高いなあ、というものだった。この目の底に残した印象は、その後の『ビリー・バスゲイト』(ロバート・ベントン監督、1991年)→『遥かなる大地へ』(ロン・ハワード監督、1992年)を通して、強まりこそすれ、弱まりはしなかった。
私は時々あれこれ推測する。私の場合、キッドマンに対する「妙にひょろ高い背丈の女優!」というイメージが先行して、ややもすると彼女との相性が悪くなり、さらには彼女の役者としての総体を見失ってきたのではないだろうか…。私個人は日ごろ、個々の俳優を評価する際、まずは想像力をフルに働かせながら、好きなタイプ/嫌いなタイプの二元化を超えるよう努力し、次いでその演技力とその容姿・風采を可能なかぎり切り分けしつつ、それぞれの一定限の価値を見出すよう努力してきた。とはいえ、私が今日にいたるまで大女優キッドマンにさほど惹きつけられることがなかったのは、彼女に対する私の内的世界~理性‐感性‐想像力の総体~がどこか捻じ曲がった“身長云々”の広い意味での偏見~安からぬ思い!~に毒された結果、どうにも生き生きと躍動できない、宙ぶらりんの不安定な状態に何かと追い込まれ続けてきたからではないだろうか…。

 〔蛇足〕 ニコール・キッドマンの問題的な身長は、「公称」178 cmとか179cmとか180cmとか、イロイロ言われている。1990年にトム・クルーズ(Tom Cruise、1962~)と結婚し、2001年に破局した後に、キッドマンは「これでやっとヒールが履けるわ」と発言したとのこと。クルーズはキッドマンよりは確かにずっと背が低く、「公称」やれ173センチだ、170センチだ、さらには160センチ台だと、これまた諸説あり!私自身はどうやらクルーズより背が高そうなので、これから推してもキッドマンは180センチを超えている、と私は思うのだが…。それにしても、人気稼業を生業(なりわい)とする者は大変ですなー!実際より背を低くしたり、高くしたり、イロイロ気を使うわけです―。
2018年1月30日(火)TOHOシネマズシャンテ(東京都千代田区有楽町1-2-2、JR有楽町駅・日比谷口徒歩5分)で、19:40~ 鑑賞。



作品データ :
原題 DENIAL
製作年 2016年
製作国 イギリス アメリカ
配給 キノフィルムズ
上映時間 110分


ユダヤ人歴史学者であるデボラ・リップシュタット(Deborah Lipstadt、1947~)のノンフィクション“History on Trial:My Day in Court with a Holocaust Denier”(2005)(山本やよい訳『否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い』ハーパーコリンズ・ ジャパン、2017年)を原作とする本作。ナチス・ドイツによるユダヤ人の大量虐殺は歴史的事実ではないと主張するイギリスの歴史家デイヴィッド・アーヴィングと、彼の意見を歴史を捏造(ねつぞう)する謬見とするリップシュタットの、“異例の法廷対決”が描かれる。『ナイロビの蜂』のレイチェル・ワイズ(Rachel Weisz、1970~)がリップシュタットを、『ターナー、光に愛を求めて』のティモシー・スポールがアーヴィングを、それぞれ演じた。監督は『ボディガード』『ボルケーノ』のミック・ジャクソン。

ストーリー :
1994年、アメリカのジョージア州アトランタにあるエモリー大学で、歴史学者デボラ・リップシュタット(レイチェル・ワイズ)の講演が行なわれていた。彼女は自著“Denying the Holocaust:The Growing Assault on Truth and Memory”(1993)(滝川義人訳『ホロコーストの真実―大量虐殺否定者たちの嘘ともくろみ』恒友出版、1995年)で、イギリスの歴史家デイヴィッド・アーヴィング(ティモシー・スポール)が訴える大量虐殺はなかったとする“ホロコースト否定論”を看過できず、真っ向から否定していた。
アーヴィングはその講演に突如乗り込み、「学生に嘘ばかり教えている」と彼女を攻め立て、その後名誉毀損で提訴という行動に出る。異例の法廷対決を行なうことになり、訴えられた側に立証責任がある英国の司法制度の中で、リップシュタットは“ホロコースト否定論”を崩す必要があった。彼女のために、英国人による大弁護団が組織され、アウシュヴィッツの現地調査に繰り出すなど、歴史の真実の追求が始まった。
そして2000年1月、英国の王立裁判所で裁判が始まる。この裁判は開始時から欧米でセンセーショナルに報道され、裁判の行方はユダヤ人だけでなく、世界の知識層や学生などからも注目される。
2004年4月11日、判決の日。判事はアーヴィングをホロコースト否定論者であり、偽りの歴史を作り上げた人種差別主義者で反ユダヤ主義者であると断じた―。

▼予告編



▼インタビュー含む特別映像



▼ cf. Historian Deborah Lipstadt says, “There are facts, there are opinions, and there are lies.” :
(This talk was presented to a local audience at TEDxSkoll, an independent event. This event occurred on April 7, 2017 at Sheldonian Theatre, Oxford UK.)


【「物事には真実と見解、そして嘘があります」とデボラ・リップシュタットは言う。ホロコースト否定者を対象とした自らの研究内容と、否定者らの歴史歪曲のもくろみを明かす、並外れた物語の中で、真実や事実を「攻撃」する人々に対して、攻め(the offensive)に回ろうと呼びかける。「相対的(relative)な真実など存在しないのです」。歴史の今日的な危機状況に立ち向かう彼女は、一語一語に力をこめて、話を締めくくる。「最も重要なのは、真実と事実が攻撃されているということです。私たちの目の前にある、私たちに課された、目前に迫る困難は、重大です。戦える期間は短いのです。今、行動しなければなりません。後からではもう手遅れなのです。」(And most importantly, truth and fact are under assault. The job ahead of us, the task ahead of us, the challenge ahead of us is great. The time to fight is short. We must act now. Later will be too late.)】

◆ cf. Deborah Lipstadt インタビュー「フェイクとどう闘うか」(朝日新聞デジタル〈2017年11月28日05時00分〉 聞き手:編集委員・大久保真紀) :
「ポスト真実」の時代と言われる。事実より信条や感情へ訴えるウソの方が世論形成に大きく影響するといわれる状況に、どう立ち向かえばいいのか。ホロコースト(ユダヤ人虐殺)否定者と法廷で闘った回顧録を映画化した「否定と肯定」の日本公開を機会に来日した、米国の歴史学者、デボラ・E・リップシュタットさんに聞いた。

――ユダヤ人虐殺はなかったと主張するホロコースト否定者たちをどう認識していましたか。
「彼らの主張は地球が平らだと言っているのと同じです。最初は、真剣に向き合うべきものとは思えませんでした。ところが、しばらくして世の中を見ると、『否定者の言うことに一理があるかも』と言う人たちが出てきました。否定者がどんな戦略で、ふつうの人たちの意識を引き込んでいるのかに興味をもちました」
「1993年に『ホロコーストの真実 大量虐殺否定者たちの嘘(うそ)ともくろみ』を出版しました。否定者たちに『あなた方は間違っている』と言うためではなく、彼らに説得されてしまうかもしれない人たちに否定者たちのやり口を知ってもらうために書きました。ホロコーストに限らず、歴史的な出来事は体験者から直接話を聞けなくなると、遠い過去の昔話になり、否定や作り替えの入り込む隙間が大きくなります」
「彼らは証拠をねじまげ、記録や発言を文脈からはずして部分的に抜き出し、自分の主張と矛盾する証拠の山は切り捨てます。彼らは『羊の皮をかぶったオオカミ』です。見た目はいかにも立派な学者さながらに振る舞い、研究所を作り、機関誌も出しています。『私たちは修正主義者だ。我々の目的は誤った歴史認識を修正することだ』と言う。が、よく調べると、ヒトラーや反ユダヤ主義、人種差別を称賛する人たちでした。彼らのもくろみは、『見解』を装って事実をゆがめることです」

――著書で批判したホロコースト否定者の一人、英国の歴史著述家デイビッド・アービング氏に96年に名誉毀損(きそん)で訴えられました。
「『相手にするな』と学者仲間からは言われましたが、英国の法律では被告である私に立証責任があります。もし闘わなければ、私は負け、彼は『名誉毀損が成立した。私は否定者ではない。私の説が正しい』と言うでしょう。これを黙認したら、ホロコースト生存者やその子孫に顔向けできません。歴史学者として失格です」
「裁判費用は200万ドル(約2億3千万円)かかりました。弁護団に恵まれ、多くの人が支援してくれましたが、600万人が虐殺されたホロコーストの実在をめぐる、あまりにも重大なことを争うもので、怖くて眠れませんでした。訴えられて約3年かけて準備、法廷は2000年1月11日から32日間開かれ、4月に全面勝訴の判決が出ました。判決はアービング氏がウソつきで人種差別主義者で、反ユダヤ主義者であることを認めました。偏向した歴史観をもち、意図的にウソを述べ、真実をゆがめた、と」
「裁判にあたり、私たちは、彼が書いた著作の脚注をたどり、出典を精査しました。すると、彼はわざと間違って引用したり、半分だけ引用したり、事件の発生の順番を入れ替えたり、ドイツ語の原文をあえて間違った英語に訳したりして、結論を彼らの都合のよい方向にもっていっていました。出典の情報を少しずつ変えていく彼の戦術は、とても巧妙で、ふつうの人は信じてしまいます」

――映画の原作になった回顧録は10年以上前に書かれましたが、現代に通じるものがあります。
「これほど現代性をもつとは想像していませんでした。SNSは多くの恩恵を与えてくれましたが、客観的な事実とウソの違いがわからなくなり、それらを同列にしてしまいました。SNSはナイフのような存在です。外科医の手にあるナイフは人の命を救います。ですが、殺人者の手にあるナイフは命を奪います。どうやって利用するか、人類は学ばなくてはなりません」
「米国では実際に起きている地球温暖化を全く認めようとしない人たちがいます。歴史的な事実でいえば、ホロコースト否定だけでなく、オスマン帝国でのアルメニア人虐殺事件も否定者がいます。トルコの人たちにとっては、虐殺したことなんて認めたくありません。『不都合な歴史』ですから。そんなことは起こらなかったという方が都合がいい。日本の慰安婦問題や南京大虐殺はなかったという論も同じではないでしょうか」

――当たり前だった歴史を揺るがそうとする動きがある中、私たちは歴史にどんな目を向ければいいのでしょうか。
「米国の作家フォークナーがこんな言葉を残しています。『過去は死なない。過ぎ去りもしない』。歴史は古い事実だけではありません。起きたのは過去かもしれませんが、現代性のあるものです。もし、私たちの歴史のなかで悪いことがあれば、重要なのはそれを認識することです。同じぐらい大切なのは、そのことについてウソをつかないこと。歴史のひとつの側面を好き勝手に操ってしまえば、ほかの側面も操られます」
「ヒトラーの風評を変えようとしたアービング氏ら否定者は歴史に関心を寄せたいのではなく、現在を変えたいのです。彼らがやろうとしているのは、歴史を改めて違う形にすることで、いまと未来を変えようとしているのです」
「いま、歴史家はとても重要な責任を負っています。未来のことは予言できませんが、危険信号に注意を引きつける役割を果たすべきです。私自身は将来を照らす灯台のような存在でありたいです。たとえば、トランプ大統領は批判的なことを伝える報道に対して『フェイクニュース』『ライイング(ウソをつく)』と言います。『ライイングプレス』というのは、ヒトラーが使った言葉です。私は大統領がヒトラーと同じだと言っているのではありません。でも、同じ言葉を使っていることは指摘したい。それを示すのも歴史家の役割だと思います」

――ホロコースト否定者の発言を法的に規制するべきだとの意見もあります。
「その意見には反対です。私は言論の自由を信じています。自由によって扇動することは間違っていますし、街角で黒人を殴ることは許されません。ですが、言論の自由はとても大切です。何を言っていいか、いけないかを政治家が決めるのは絶対に違います」

――いまは声の大きな人の言葉が真実のように扱われる時代です。私たちはどう向き合っていけばいいのでしょうか。
「とても難しい。特に、政府のリーダーが真実をねじ曲げることに関与していると、本当に難しいです。いまの米国がそうです。先日も大統領の側近が、アフリカ系米国人の女性議員がある除幕式でとんでもないスピーチをしたと攻撃しました。それに対して、新聞が除幕式の様子が録画されたビデオを見つけ、実際はそんなスピーチはなかったことを伝えました。報道がなければ、みな側近の言うことを信じたでしょう。私たちにはファクトチェック(事実を確認)してくれる存在が必要です。独立し、事実を追求し、精査できる活力ある報道が必要なんです」
「いまは非常に多くの政治的なリーダーがでっち上げをして、まるで真実のように言い募る時代です。我々は、国の中で一番偉い人にでも、世界一偉い人にでも『証拠を示せ』『事実を示せ』と言い続けることが大切です。私たちにできることは、根拠を要求すること。いまは善き人ほど沈黙してはいけない時代だと思います」
「私たちは、何でも議論の余地があると習いました。しかし、それは間違いです。世の中には紛れもない事実があります。地球は平らではありませんし、プレスリーも生きていないのです。ウソと事実を同列に扱ってはいけません。報道機関も、なんでも両論併記をすればいいということではありません」

――私たちは具体的にどうすればいいのでしょうか。
「一人一人が、注意深くならなくてはいけません。SNSで何かを共有する前に、『これは事実?』と考え、信頼できる情報源が言っていることか精査することが大切です。私自身、フェイスブックで好ましく思っていない右翼政治家がとんでもない人種差別発言をしているという投稿を目にしたとき、ツイートしそうになったことがあります。ですが、ちょっと待てよ、と考え、事実ならばほかのメディアも記事にするだろうと考えて、ネットで調べました。誰も知らない媒体がひとつだけ発信していた情報でした。私は疑念を感じ、ツイートしませんでした」
「疑念をもって出典を精査することが重要です。私たちはカメラや車を買うときと同じように、すべての情報に対しても健康的な疑念をもった消費者になるべきだと思います。いまは真実と事実が攻撃されています。私たちに迫ってきた困難は重大です。いま行動しなくては手遅れになります」

◆ cf. “ファクト”が私たちの味方だった ― デボラ・リップシュタット インタビュー(CinemaTribune ニュース&レポート 2017年12月8日) :
“大量虐殺”を否定する歴史家デイヴィッド・アーヴィングを、自身の著書で非難し、名誉毀損で訴えられたデボラ・E・リップシュタット教授。果たして「ホロコーストは実在した」ことは証明できるのか─。映画『否定と肯定』の公開を前に、原作者であるデボラ・E・リップシュタット氏が来日。直撃インタビューに応じてくれました。 
                                   
──この裁判は、デボラさんが1996年に歴史家デヴィッド・アーヴィング氏から名誉毀損で訴えられた裁判でした。万が一、この裁判に負けてしまったら、ホロコースト否定論者の言い分がまかり通ってしまう危険性もあったと思いますが、あえて受けて立った一番の理由は何でしたか?
デボラ・リップシュタット(以下、デボラ):確かにリスクはありましたし、何人かの学者から“時間のムダだ”と言われました。そもそもファクトを把握している私にとって、アーヴィングは嘘つきでしたが、それについて判事を説得できるかどうかは未知数だったのです。
しかし英国の法律によれば、もし私が裁判を受けなければ、そのままアーヴィングの勝利になってしまう。そうなれば当然、彼は「デボラ・リップシュタットに勝った」と堂々と言えることになり、ホロコースト否定論者を法で認めるという恐ろしいことになっていたでしょう。そんなリスクは冒せません。少なくともファクトが私たちの味方だということは分かっていたし、選択肢がないと感じました。人は私が戦ったことを勇気がある行動だと言ってくださるけども、戦わなければ負けてしまうんです。

──その5年間の闘いが映画になりましたが、ご覧になっていかがでしたか?
デボラ:撮影現場に何度か足を運んでいたので、断片的には見ていたけど、初めて全体をスクリーンで観た時は素晴らしいと思ったし、言葉が出なかったわ。当時感じていた孤独感や怖れが甦ってくることもあったけど、結末を知っていたので(笑)、安心して観ることができました。

──映画化にあたり、シーンの取捨選択など、脚本や演出にどのように関わったのですか?
デボラ:(映画のチームは)大学にやってきて私の講義を二日間聴講し、私の家の周辺を歩き回ってリサーチをしていたの。常に前向きで、手がかりを得るためオープンに「助けてください」と言ってくれて、提案を求められました。彼らは私の普段の言動を見て、描くべきものがわかったようなので、私のほうから積極的に「この部分を採用して」と言う必要がありませんでした。私は歴史家として、事実が正しく描かれているか、逆になっていないかをチェックしました。最終的な脚本は満足のいくものだったし、映画は見事なものでした。

──この裁判は、“訴えられた側に立証責任がある”、“弁護士が分業”というイギリスの制度に加えて、チームの戦略として、デボラさん本人もホロコーストの生き証人も証言台に立たないというのが特徴でした。自分で証言できないというもどかしさが、今回の著書や映画でもひしひしと伝わってきました。
デボラ:本当に辛いことでした。私は、自分の人生に関わることはなるべく自分でコントロールしたいタイプで、今回の来日でも、自分でフライト便を決めたくらいです(笑)。
裁判では、私が証言しないのは、私の能力の問題ではなく、私が言うべきことはそれまでの私の本の中で語り尽くされているので、証言台に立って付け加えるものはないという判断でした。
映画では、ドラマチックな展開のために私と弁護士たちとの関係を強調していますが、実際には良好でした。この裁判において最高の弁護士が集まり、それぞれ自分たちが成し遂げようとしていることに献身的だったし、私のことを信じていると分かったので、私も彼らを信頼して、黙ってプロセスを見守ろうと決心しました。結果的に正しい判断だったと思います。この裁判で勉強になったのは、歴史のことは私が詳しいけれど、法廷での闘争については彼らのほうが専門家なので、彼らの言うことに耳を傾ける。最終的に素晴らしい結果を得ることができました。

──裁判で、事実や言葉が科学的・論理的に証明されていく面白さを感じました。この裁判を通して、言葉に対する意識の変化や面白さを感じましたか?
デボラ:言葉に対する意識が変わったかは分からないけど、この裁判を通して言葉の重要さを五臓六腑で理解できたと思います。例えば、“虐殺”における言葉がいかに重要かが分かる。ヒトラーの「わが闘争」も言葉から成り、人を焚きつけるようなスピーチも言葉から。政治家も言葉を通して権力を掌握していくし、ルワンダの虐殺も扇動から始まりました。そういう意味でも、言葉の重みを感じました。ホロコーストや大量虐殺を学ぶならば、言葉の重要さは知っておかなければなりません。

──インターネットで、誰でも何でも情報が取り出せるようになりましたが、中には“フェイクニュース”も多くなりました。ニュースや歴史書を読む時に気を付けなければならないこととは?
デボラ:インターネットは素晴らしい贈りものだと思います。私も何かを書くときは、スペリングやファクトチェックするし、インターネットがなくてはリサーチも出来ないと思うほどです。検索して情報を得るのは自由ですが、若者にはその責任を教えていかなければならないと思っています。ネットで読んだものがすべて真実なわけじゃありませんから。ネットに限らず本でも、著者は誰なのか、出版社はどこなのか、その本はある程度ファクトとして受け入れられているのか、リスペクトされているのか、疑念をもってチェックすることが重要です。


宝石赤 cf. Rachel Weisz and Deborah Lipstadt :

  
レイチェル・ワイズと言えば、私がすぐに脳裏に浮かべるのは、2005年公開のイギリス映画『ナイロビの蜂』(原題:The Constant Gardener、フェルナンド・メイレレス監督)である。同作は妻の死に世界的な陰謀の存在を嗅ぎ取った主人公の心の旅路~愛の強さと尊さ~を、ケニアのナイロビの雄大な自然を背景に映し出す感動作。レイチェルは不慮の死を遂げる若妻~正義感強く慈善活動に熱心だったテッサ・クエイル(Tessa Quayle)~を熱演し、第78回アカデミー賞助演女優賞、第63回ゴールデングローブ賞助演女優賞を受賞。
レイチェルが本作『否定と肯定』で演じたリップシュタット役は、『ナイロビの蜂』で演じたテッサ役と、同工異曲である。テッサ=レイチェルが多国籍企業によるアフリカを食い物にする国際的陰謀を必死に剔抉しようとし、リップシュタット=レイチェルが歴史を歪曲するホロコースト否定者たちの欺瞞と偽善を堂々と告発しようとする―。『ナイロビの蜂』→『否定と肯定』にレイチェルが刻む“怯まない強い女性像”は揺らぎのない確固たるものだ。
レイチェル・ワイズはイギリスの女優だが、自身の父方&母方のルーツにユダヤ人の血が流れる。彼女が本作にかける意気込みは並々ならぬものだった。撮影前に、本作の原作者であり主人公のモデルであるリップシュタット本人に何度も会い、リップシュタットの嗜好や信念から特性や性格まで的確に把握し、演技に臨んだ。リップシュタットは、「レイチェルは演技においてプロ中のプロで何の役を演じるにも一生懸命、そして才能を存分に発揮する。でも、この作品については、彼女のルーツも関係したから、さらにパワフルな演技だったと思う。彼女にとって共感ができた上、とても重要な役だったのでしょう。アウシュビッツで撮影した時に、レイチェルに『これは演技ではないわ』そう言われたの」(CINEMA Life! 2017年12月6日)と振り返っている―。

■私感 :
問題は、本作の原題が「Denial」(否定)であるのに対して、邦題が「否定と肯定」であること。
“ホロコースト否定論”と呼ばれるものがある。ホロコースト(The Holocaust=ナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺)を事実として認めず、「ホロコーストはなかった」とする主張だ。殺害された人数がニュルンベルク裁判に認定された600万人よりも少ないという主張に始まって、強制収容所にガス室は存在しなかったとか、ヒトラーによる虐殺の指示はなかったという主張、さらにホロコーストはユダヤ人と連合国によるでっち上げだという主張もある…。
だが、私たちはゆめゆめ忘れることなかれ!ニュルンベルク裁判(1945年11月20日~46年10月1日)→アイヒマン裁判(61年4月11日~同年12月15日)→フランクフルト・アウシュヴィッツ裁判(63年12月20日~65年8月10日)などに見られる通り※、二度とホロコーストのような非人道的な殺戮が起こってはならない、起こすことを容認してはならないという重大な決意が、第二次世界大戦後の世界、少なくとも欧米諸国を支えてきたことを―。

※ cf. 本ブログ〈February 07, 2016〉 本ブログ〈February 08, 2016〉
    本ブログ〈November 29, 2016〉 本ブログ〈February 05, 2017〉
    本ブログ〈February 07, 2017〉 本ブログ〈February 09, 2017〉 本ブログ〈May 13, 2017〉

本作は、ホロコースト否定論なるものが荒唐無稽な妄説という理解を前提にして成り立っている。そこには、原題「Denial」が物語るように、あくまでも当の「否定」に焦点を定めて、ホロコーストという最大にして最悪の世界史上の事実を否定するなんて許せない、あってはならないという毅然たるスタンスがある。

ところが、日本公開の本作には、「否定と肯定」という「両論併記」のごとき表題が付けられている。
ここで言う「肯定」が文脈上、「否定論」の肯定を指さないことは言うまでもない。それは、ホロコースト~ユダヤ人を中心とする人々に対する暴力的迫害⇒強制収容⇒大量虐殺~という歴史上の事実をその通りだと認めることを意味する。
はっきりしている点は、欧米諸国では基本的に、この種の「肯定(論)」が現前化する内的必然性がないこと。大方の良心的な欧米諸国民にとって、ホロコーストとは既成事実そのものであり、そこにはあえて「肯定」云々の言葉で言い立てて問題化する当必然性の余地はない。
翻って、この日本では、主にネットを中心に、ホロコースト否定論に組し、ガス室はなかったとかを声高に唱える人が少なくない現状下にある。注意すべきは、この憂うべき動きが南京大虐殺はなかったとか従軍慰安婦は娼婦だったなどという日本版“歴史修正主義”と相互促進的に連動していることだ。

※ cf. http://fknews-2ch.net/archives/37988034.html これは「ホロコーストとかいう史上最大の作り話」と題するブログエントリーである。このブロガーは一知半解な知識を振り回し、ホロコーストという世界史上の確定的にして具体的な現実・事実に何かと難癖を付けている!そのラストを飾る一文:「管理人は日本人なので、このような記事もアップできますが、もしヨーロッパに住んでたら、記事をアップした時点で管理人は逮捕され、ユダヤ人団体からも抗議を受けますね。/いやー自由な日本に生まれてよかっt」。浅薄な思いつきを真(まこと)しやかに書き立てる無責任ぶりが目に余る!現代的状況下の、この“存在の耐えられない軽さ”は、今や精神病理学の対象となる問題なのだろうか―。
なお、ついでながら、このブログ記事に反論するウェブサイト http://3rdkz.net/?p=434 (【世紀の捏造?】“ホロコースト否認”を科学する/【“ガス室はなかった”は本当か】)を参照する。
ここでは結末が、「①~⑩まで全て説明したつもりですが、頑迷な修正論者はあくまでどれほど論破されようとも、頑として自説を曲げない傾向にあります。せめてよく知らないけど…という人が「ホロコーストなんか本当にあったのぉ?」などと安易に口にしない、ネットに書き込まないことを切に願ってやみません。その言葉で誰かが傷ついているかもしれないことを想像してくださいね。貴方の軽はずみな言動で、日本のことが大嫌いになる外国人がきっといますよ。」と締め括られている。同サイトが“ホロコースト否認”を「科学する」旨を十分果たしえたかどうかはともかく、いろいろな角度から終始、比較的穏当で良心的な分析を心がけている点は称賛に値する。

※ 歴史修正主義とは本来、字義的には歴史に関する定説や通説を再検討し、新たな解釈を示すことである。物語られた歴史historyは、見直し=修正revisionの可能性に常に開かれている。見直し=修正を拒否する歴史は、イデオロギー的に絶対化された歴史である。だから、修正主義revisionismという言葉自体も、かつては必ずしも悪い意味ではなかった。
ところが近年では、「歴史修正主義」という言葉はほとんどいつもネガティブな意味で使われ、批判の対象に付けられるべき名前となった。≪客観的な歴史学の成果によって確定した事実を全体として無視し、自らのイデオロギーで過去の片々たる出来事を都合良く解釈し、誇張され捏造された〈事実〉を歴史として正当化する立場≫~端的に言って、特定のイデオロギーにより過去の歴史認識を書き換える行為~を批判する際に用いられる概念である。そこには、「ホロコーストなどでっち上げ」「アウシュヴィッツのウソ」(ガス室による組織的虐殺などなかったとする論)などと主張するホロコースト否定論者たちが、自ら歴史修正主義者revisionistを名乗って活動していることが災いしている。1990年代後半の日本に、「自虐史観」批判を掲げて登場し、「南京大虐殺はなかった」「日本軍〈慰安婦〉問題は国内外の反日勢力の陰謀」とまで叫ぶに至った勢力が、「日本版歴史修正主義」と呼ばれるようになったのも、この連想か働いたためである。

※ 「南京大虐殺(南京事件)」否定論が頭を擡(もた)げたのは、私の記憶する限り、1972年4月に鈴木明(1925~2003)が月刊誌『諸君!』に「『南京大虐殺』のまぼろし」を発表し、論争が開始されるとともに「南京大虐殺」がマスコミ報道されるようになってからのこと(単行本『「南京大虐殺」のまぼろし』文藝春秋、1973年3月、第4回大宅壮一ノンフィクション賞受賞!)。
鈴木が俎上(そじょう)に載せたのは、本多勝一著『中国の旅』(朝日新聞社、1972年)。同書は本多が1971年6~7月の約40日間、「中華人民共和国」を取材し、同年8月末~12月に朝日新聞に連載したルポ(日中戦争から太平洋戦争の時期の、中国大陸で日本軍が犯した戦争犯罪《平頂山事件・万人坑・ 南京事件・三光作戦》について)を再編集して単行本化したもの。鈴木は同書に書かれた南京事件における日本軍の“百人斬り”将校の話を問題視し、捏造された記事と批判した。
ここでの批判的論法は、同書約300頁ほどの中身のうちの、南京事件に関する記述約40頁に目を向けつつ、その40頁中のさらに1頁にも満たない「百人斬り」に関する記述のみに的を絞り、そして問題の「百人斬り」を「一本の日本刀のみで戦闘中の連続で100人殺害」と勝手に設定し~無抵抗の捕虜を据えもの斬りすることなどは考慮の埒外!~、それを事実に反するとして否定するという典型的なストローマン(藁人形論法)である。この論点のすり替えが極まり、論理展開が無茶苦茶になる事情を如実に物語るのが、本の題名だ。『「南京大虐殺」のまぼろし』!“百人斬りの幻”とでもするなら、ご愛敬というものだが、「百人斬り」がなかったことを、南京大虐殺がなかったことに大々的にすり替えようとする著者・鈴木明は、確信犯的な詭弁家というほかはない。


私たち日本人は、一度でもいいから、アウシュヴィッツ(Auschwitz)の地に立ち、「強制収容所」を見て回らなければならない。また南京を訪れ、「南京大虐殺紀念館(侵華日軍南京大屠殺遭難同胞紀念館)」を見学しなければならない。そして、それぞれの場所にしばし佇(たたず)みながら、現実再構成の想像力をフル回転して、有象無象の発する様々な雑音~歴史修正主義とは名ばかりの歴史捏造主義も含む~に紛れぬ、天の声と地の声に虚心に耳を傾けなければならない。
私自身はこれまでに、アウシュヴィッツ強制収容所を2度、南京大虐殺紀念館を1度訪問するととともに、各種の戦争体験者~わが父(太平洋戦争で外地へ出征)+旧日本軍人(中国戦線からの復員兵)+「満州・南樺太・南洋諸島」からの引揚者+北海道の炭鉱の強制労働に駆り出された朝鮮人ほか~から、当時の“痛み”としての体験談をじっくり聞きただしてきた―。

「ホロコースト/南京大虐殺」否定と「ホロコースト/南京大虐殺」肯定という両論併記は、一見すると学問的検討として理の当然と思われる。しかし、議論の内容性や質を無視した、「否定」と「肯定」の両論併記は、公正でも中立でも誠実でもない。ホロコーストないし南京大虐殺の否定論と歴史学の一般的見解を併記すれば、前者が後者と並び立つ重要な見解であるような錯覚さえ与えるだろう。
日本社会・日本国家は今後、「ホロコースト/南京大虐殺‐従軍慰安婦」否定論に敢然とNOを突き付けることができるだろうか。否定論の背景には根深い差別感情がある。ユダヤ人や中国人や朝鮮人に対して差別感情を持つ人々は、ホロコーストや南京大虐殺や従軍慰安婦の否認を容認し喝采することだろう。
日本社会の一般人、とりわけ明日の日本を担う若者は、今日的時代状況下で果たして、そのユダヤ人/中国人/朝鮮人に対する何らかの形の差別感情を断然と乗り越え、「ホロコースト/南京大虐殺‐従軍慰安婦」否定論が人権の理念・学問的誠実さ・一般社会での道徳など、ありとあらゆる人間的な徳目に反する「とんでもない議論」であることを、「しごく当たり前の共通理解」として篤と弁(わきま)えることができるだろうか。日本社会の未来は一(いつ)に、一般の青年男女の知的・精神的な成熟の度合いにかかっている。
2018年1月30日(火)TOHOシネマズシャンテ(東京都千代田区有楽町1-2-2、JR有楽町駅・日比谷口徒歩5分)で、17:20~ 鑑賞。

作品データ :
原題 FINAL PORTRAIT
製作年 2017年
製作国 イギリス
配給 キノフィルムズ
上映時間 90分


20世紀を代表する芸術家の一人、アルベルト・ジャコメッティ(Alberto Giacometti、1901~66)が手がけた最後の肖像画を巡る創作秘話を描いた伝記ドラマ。モデルを務めたアメリカ人作家ジェイムズ・ロード(James Lord、1922~2009)が、完成までの思いがけない苦闘の日々とジャコメッティの創作に懸ける執念を綴った回顧録“A Giacometti Portrait”(1965)(関口浩訳『ジャコメッティの肖像』みすず書房、2003年)を映画化。出演はジャコメッティ役に『シャイン』のオスカー俳優ジェフリー・ラッシュ、ジェイムズ・ロード役に『コードネーム U.N.C.L.E.』の美男子アーミー・ハマー。監督は、『ハンガー・ゲーム』シリーズや『トランスフォーマー』シリーズなどで俳優として活躍し、本作が5作目の監督作となるスタンリー・トゥッチ。



ストーリー :
パリ、1964年。 アルベルト・ジャコメッティ(ジェフリー・ラッシュ)の個展が開かれている。友人で作家のジェイムズ・ロード(アーミー・ハマー)は、肖像画のモデルを依頼される。アメリカに帰国寸前だったロードは、彼の「2日で描き上げる」との言葉を信じて、イポリット=マンドロン通り46番地にあるアトリエへ向かった。作家であるロードにとって、巨匠の仕事を間近で見られるチャンスと張り切るが、18日にも及ぶ地獄のセッションになるとは予想もしていなかった。
当時すでに名声を得ていたジャコメッティだが、自宅兼アトリエは狭く汚く古びており、そこに妻のアネット(シルヴィー・テステュー)と右腕的存在の弟ディエゴ(トニー・シャルーブ)の3人で暮らしている。アトリエに乱雑に置かれた未完成の作品の数々に圧倒されるロードの心中なぞ気にも留めず、ジャコメッティは真っ白なカンバスをイーゼルに立てかけた。ロードの顔の角度を微妙に調整し、パレットに絵の具を出し、煙草をくわえながら描き始める。「肖像画とは決して完成しないものだ」と不吉な言葉を発しながら…。
モデル1日目のセッションが終了した。カンバスは完成にはほど遠い。そこへジャコメッティのミューズ的存在の娼婦のカロリーヌ(クレマンス・ポエジー)がフラリと現われる。苦虫を噛み潰したような表情で作業していた時とは一転、陽気なカロリーヌにジャコメッティはメロメロだった。アトリエの外で悲しそうに見つめるアネットの前で、2人は3年間も堂々と不倫していた。
2日目。ジャコメッティはなぜか集中力を欠き、「絶対に完成しない」と叫び始めた。肖像画は未完成で、ロードは帰国を延期する。
3日目。筆は遅々として進まない。モデル経験のあるアネットと話すうちに、ロードは肖像画が完成しないのではと不安を感じる。
4日目。ジャコメッティは「明日は本格的に始める」と上機嫌だ。しかし、突然現れたカロリーヌに邪魔されて、セッションは終了。アトリエの外では、ジャコメッティの親友、あるJapanese Man~日本人哲学者の矢内原伊作か?~(Takatsuna Mukai)とアネットがお楽しみ中だった。
5日目。ジャコメッティは行方不明になったカロリーヌのせいで癇癪を起こし、セッションは絶不調に。
数日後、カロリーヌが舞い戻り、セッションが再開される。さらなる帰国の延長でロードは恋人に愛想を尽かされるが、創作の合間にジャコメッティから聞くピカソとの裏話や、目に見える現実を作品で表現するために葛藤するジャコメッティとの貴重な時間は、何物にも代え難かった。
14日目。ジャコメッティは完成間近の肖像画を太い筆で消す。絶望するロードに「希望が最高潮になると、私は投げ出すんだ」と笑う。15、16、17日目。描き、叫び、消すが繰り返される。果たして、ロードは恋人の待つニューヨークに帰れるのだろうか。肖像画は無事、完成するのか…。

【延びに延びて18日間に及んだこの無間地獄のようなセッションを、ロードは1965年刊行の回顧録“A Giacometti Portrait”に書き記す。ジャコメッティは翌66年に死去し、結果的にロードを描いた肖像画が〈最後の肖像〉になった。】

※ Alberto Giacomettiは主に彫刻家として知られるが、絵画や版画の作品も多い。第二次世界大戦以前にはシュルレアリスムの彫刻家と見なされていたが、最もよく知られている作品群は、大戦後に作られた、肉付けも凹凸もなく、針金のように極端に細く、長く引き伸ばされた人物彫刻である。彼は見ることと造ることの間の葛藤の先に、虚飾を取り去った人間の本質に迫ろうとした。その唯一無二の特異な造形が実存主義や現象学の文脈でも評価される。ジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Sartre、1905~80)は、これらのジャコメッティの人物造形を、「絶対の探求」~現代における人間の実存の表現~として高く評価した。

※ ジャコメッティは日本人哲学者である矢内原伊作(1918~89)と交流したことでも知られる。矢内原伊作は戦後サルトルやカミュに惹かれ、実存主義を研究、また造形芸術に関心が深く、1954年10月よりフランス国立科学研究センター研究員としてフランスに滞在、55年11月にジャコメッティとの会見を果たし、以後親交を結んだ。56年、留学を終え日本に帰国する直前にジャコメッティを訪ねると、彼は矢内原を描くことを希望する。矢内原は10月6日から12月16日までの72日間1日の休みもなく、ジャコメッティの油彩による肖像画のモデルを務めた。帰国予定の日を何度も何度も延期して。以後もモデルとして乞われ、すべてジャコメッティによる渡航費・滞在費負担で57年、59年、60年、61年の毎夏をパリで過ごした。その間、少なくともモデルを務めた230日間は、寝る間とわずかな例外を除いて矢内原はジャコメッティと行動を共にした。モデルを始めて何年目かの時、矢内原はジャコメッティ夫人アネット(Annette Arm)と寝る。何度も…。彼女はまだ若いからとそれを黙認するジャコメッティ。アネットの「不貞」行為で、ジャコメッティと矢内原の友情が壊れることはなかった。このアネットとの体験が書かれた矢内原伊作著『ジャコメッティとともに』(筑摩書房)の初版(1969年)は、アネット夫人の抗議によって絶版とされた。同書の廃版以降隠されてきた当該事実を、私たちは現在、矢内原伊作著(武田昭彦・菅野洋人・澤田直・李美那共編)『完本 ジャコメッティ手帖』全2巻(みすず書房、2010年)で知ることができる。

▼予告編



▼ cf. 「国立新美術館(The National Art Center, Tokyo)」10周年 “ジャコメッティ展”(2017年6月14日~9月4日)~13章「ヴェネツィアの女」、14章「チェース・マンハッタン銀行のプロジェクト」~ :
(同展には、アルベルト・ジャコメッティの初期から晩年までの、代表的な彫刻をはじめ油彩、素描、版画など、選りすぐりの作品132点が、全16章構成(基本的に時系列)で出品された。展覧会の見せ場は後半で、13章は「ヴェネツィアの女」、1956年のヴェネツィア・ビエンナーレを機に制作された女性立像のシリーズ。いずれも100センチをやや上回る大きさで、胴と腕が一体化したものや、肉付けが比較的きちんと施されているものなど、一体一体は微妙に異なる。9体が三角状に並べられたさまは、宗教的な荘厳さも感じさせる。14章は「チェース・マンハッタン銀行のプロジェクト」。ニューヨークに建設される銀行の広場のためのモニュメントで、「歩く男」「女性立像」「大きな頭部」の3点を設置する構想だった。プロジェクトは実現しなかったものの、最終的な大きさで制作された彫像がここで展示されている。)

2018年1月30日(火)TOHOシネマズシャンテ(東京都千代田区有楽町1-2-2、JR有楽町駅・日比谷口徒歩5分)で、12:50~ 鑑賞。

作品データ :
原題 DETROIT
製作年 2017年
製作国 アメリカ
配給 ロングライド
上映時間 142分




『ハート・ロッカー』『ゼロ・ダーク・サーティ』のキャスリン・ビグロー監督が、黒人たちの不満が爆発して起こった1967年の“デトロイト暴動”と、その暴動の最中に殺人にまで発展した白人警官による黒人たちへの不当な尋問の様子をリアリティを追求して描いた社会派実録ドラマ。出演は『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』のジョン・ボイエガ、『「メイズ・ランナー』のウィル・ポールター、『トランスフォーマー/ロストエイジ』のジャック・レイナー、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』のアンソニー・マッキーら。脚本は『ハート・ロッカー』『ゼロ・ダーク・サーティ』も手がけたマーク・ボール。

ストーリー :
1967年7月、米国ミシガン州デトロイトで大規模な暴動が発生し、街が騒乱状態となる。3日目の夜、州兵集結地の付近で銃声が鳴り響いたという通報が入る。デトロイト市警、ミシガン州警察、ミシガン陸軍州兵、地元警備隊たちは、捜査のために若い黒人客たちでにぎわうアルジェ・モーテルの別館に乗り込む。数人の白人警官がモーテルの宿泊客相手に、捜査手順を無視した強制尋問を開始。誰彼構わず脅迫し自白を強要する異常な“死のゲーム”が進行し、新たな惨劇を招き寄せていくのだった…。

※ デトロイト暴動(Detroit riot)は、1967年7月23日から27日にかけて米国ミシガン州デトロイトで起こった暴動。12番街暴動、12番通り暴動(12th Street riot)としても知られる。この暴動を鎮圧するため、ミシガン州は陸軍州兵を投入。43人が死亡し、1100人以上が負傷し、逮捕者は約7200人に上った。デトロイトでは1943年にも暴動があったが、それを超える規模となり、米史上最大級の暴動となった。この大暴動のきっかけは、当時デトロイト市内にあった「Blind Pig」という無免許で時間外営業を行なっていた酒場に、デトロイト市警(白人の割合が95%)が捜査名目で踏み入ったこと。これに反発した黒人たちが暴徒化し、略奪、放火、銃撃などが横行した末、市内は半ば戦場のような様相を呈していく…。

※ アルジェ・モーテル事件(Algiers Motel incident)は、デトロイト暴動の3日目、1967年7月25日の夜から翌日にかけて米国ミシガン州デトロイト市内のホテル、アルジェ・モーテルで起こった事件。アルジェ・モーテルは同年7月23日から7月27日に起こったデトロイト暴動の場所から約1.6km東に位置し、そこで暴動鎮静のため構成されたデトロイト市警察・ミシガン州警察・ミシガン陸軍州兵による民間人への暴行及び殺人が行なわれ、3人の黒人男性が死亡した。事件はアルジェ・モーテルの近くのホテルに狙撃手、銃を持った犯罪者とそのグループがいるとの報告が受けた後に始まり、死亡した一人は容疑者とされ、残る二人は警察による正当防衛によって死亡したとされた。暴行、第一級殺人、共謀、職権乱用の罪で3人のデトロイト市警の警察官と暴行、共謀の罪で民間の警備員が起訴されたが、全員無罪判決が下された。

▼予告編



▼特別映像 “衝撃の実話”

2018年1月29日(月)「ココロヲ・動かす・映画館○」(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-8-15、JR吉祥寺駅北口徒歩約5分)で、13:00~鑑賞。

作品データ :
原題 ARMY OF ONE
製作年 2016年
製作国 アメリカ
配給 トランスフォーマー
上映時間 92分




祖国を愛するあまり自分一人でオサマ・ビンラディン捕獲に挑み、2010年にパキスタン当局に拘束されたアメリカ人男性の実話に基づくコメディ。「パキスタンに行って、ビンラディンを捕まえろ」という神の啓示を受けた中年男ゲイリーは、あらゆる困難を乗り越え、パキスタンに辿り着くが…。主演は『リービング・ラスベガス』のニコラス・ケイジ、共演に『ロック・オブ・エイジズ』のラッセル・ブランド、『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』のウェンディ・マクレンドン=コービ、『スーパー!』のレイン・ウィルソン。監督は『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』のラリー・チャールズ。

ストーリー:
米国コロラド州の片田舎。愛国心溢れる中年男のゲイリー・フォークナー(ニコラス・ケイジ)は、米同時多発テロ事件の首謀者とされるテロリスト、オサマ・ビンラディンの居場所を政府がいつまでも見つけられないことに怒りを募らせていた。
ある時、日課の人工透析中にゲイリーは神から啓示を受ける。「パキスタンに行って、オサマ・ビンラディンを捕まえるのだ!」 アメリカを救えるのは、オレしかいない!使命感と愛国心を燃え立たせ、ゲイリーはビンラディン捕獲作戦を開始する。
まず向かったのはラスベガスのカジノ。目的は資金調達だ。次にサンディエゴへと飛んで渡航手段のヨットを探し、武器には日本刀を調達する…。突飛な行動続きのゲイリーを周囲は心配するが、当の本人はそんなことなどどこ吹く風。
様々な波乱を乗り越えて、ようやく辿り着いたパキスタン。ところが、そこで彼を待ち受けていたのは、意外にも陽気でフレンドリーな現地の人々だった!
見知らぬ土地での異文化交流をついつい楽しんでしまうゲイリー。そうしているうちに、いつしかCIAにも目をつけられてしまって―!?
どうなる、独りぼっちのビンラディン捕獲作戦。政府をも悩ますターゲットを探し出し、自身の信じる〈正義〉を達成できるのか?

【『ボラット』の鬼才監督が、全米を騒がせた愛国オヤジの〈実話〉に挑む、笑いと狂気が入り混じる仰天コメディ!…日本刀を振り回し暴走するニコラス・ケイジ(Nicolas Cage、1964~)の熱演は爆笑必至だが、思い込みで突っ走るその姿はいつしか不思議と悲哀を帯び、不条理な現代社会の狂気を浮かび上がらせていく…。】

▼予告編

2018年1月26日(金)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、18:05~鑑賞(再見)。
2017年12月23日、吉祥寺オデヲンで初見(本ブログ〈January 15, 2018〉)。



■私感 :
それにしても、ルーク・スカイウォーカー(Luke Skywalker)を演じたマーク・ハミル(Mark Hamill、1951~)と、レイア・オーガナ(Leia Organa)を演じたキャリー・フィッシャー(Carrie Fisher、1956~2016)、二人は目に見えて老けました!
前作(『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』2015年)で、キャリー・フィッシャーとマーク・ハミル、そしてハリソン・フォード(Harrison Ford、1942~、ハン・ソロ役)が、『スター・ウォーズ』シリーズの「エピソード4~6」(1977~83年)から約30年ぶりに老体に鞭打っての出演を果たした。私は映画鑑賞中、ハリソン・フォードの風格のある相貌には目を凝らすことができたものの、キャリー・フィッシャーとマーク・ハミルの何かしら老醜をさらした姿に、ややもすると視線の遣り場に困った―。

1978年7月、『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』(原題:Star Wars: Episode IV A New Hope)(公開当初のタイトルは『スター・ウォーズ』〈原題:Star Wars〉)に初めて出会ったとき、私は実に新鮮な驚き・興奮・感動を覚えた(cf. 本ブログ〈January 18, 2016〉)。以来、筋金入りのファンとして、アメリカのスペースオペラ『スター・ウォーズ』シリーズ(『エピソード5』→『エピソード6』→『エピソード1』→『エピソード2』→『エピソード3』)を飽かず享受しつづけてきた。
しかし、前作(レイを主人公とする「続三部作」の第1章『エピソード7』)→今作(レイを主人公とする「続三部作」の第2章『エピソード8』)は、とうてい私を堪能させるものではなかった。私の見るかぎり、我を忘れて素直に楽しめる映画シーンが激減した。物語(「遠い昔、はるか彼方の銀河系で…」)の展開がマンネリ化し、映画の質自体が劣化したように思われる。どうやら『スター・ウォーズ』シリーズの賞味期限も切れつつあると言えそうだ。

しかし、それにしても、マーク・ハミルとキャリー・フィッシャー、「帰って来たぞ!」はよしとしても、単に“昔の名前で出ています”じゃ困り者。およそ映画俳優たるもの、「登場人物に扮して台詞、身振り、表情などで演じる人」である以上、観る者を惹き付ける会話力や存在感はもとより、見た目の「美しさ」の何たるかが不断に問われざるをえない。
前作→今作に登場のマーク・ハミルとキャリー・フィッシャー、それは生の脈動を感じさせない老いたオジサン-オバサン(否、老婆-老爺)そのものだ。若々しい生気を眉宇に漂わせた、かつてのルークとレイア姫(Princess Leia)をまざまざと知る私としては、そのイメージの落差が大きすぎ、画面の二人をまともに正視できない歯がゆい苛立ちを覚えるばかり…。スペースオペラという「宇宙空間で繰り広げられる騎士道物語的な宇宙活劇」で、「旧作のメインキャラの復活」とはいえ、この種のご老体が食い足りない演技を見せるだけでは、当方の欲求不満は高じる一方…。

▼ 特別映像 ― Carrie Fisher(1956/10/21~2016/12/27) :
【キャリー・フィッシャーは2016年12月27日、心臓発作により急死(60歳没、合掌!)。本作が遺作となった。彼女はもともと私の好きなタイプの女優ではないが、父親がエディ・フィッシャー(Eddie Fisher、1928~2010)で、母親がデビー・レイノルズ(Debbie Reynolds、1932~2016)である点が注目される。何しろエディ・フィッシャーと言えば、1950年代を代表する世界的な歌手の1人で、あのエリザベス・テイラー~「ハリウッド黄金時代」を代表する大女優の一人~との結婚(1959~64)で世上を賑わした御仁。そして、デビー・レイノルズと言えば、ジーン・ケリー(Gene Kelly、1912~96)のミュージカルで、ハリウッドを代表する名作の一つ『雨に唄えば』(原題:Singin' in the Rain、監督:ジーン・ケリー&スタンリー・ドーネン、1952年)に抜擢され、一躍スターとなり、以降長い期間、人気女優の一人として活躍した女優・歌手・声優。私は小学~高校時代、フィッシャーのポップス“Oh ! My Pa-Pa”(1953年)、“Cindy, Oh Cindy”(1956年)をラジオやレコードでよく聴き、自ら口ずさんだものだった。また、小学~大学時代、『トップ・ハット』(1935年)、『巴里のアメリカ人』(1951年)、『バンド・ワゴン』(1953年)などと並ぶミュージカル映画の傑作として知られる“Singin' in the Rain”を十数回観つづけて、駆け出しの女優キャシー(Kathy)を演じたレイノルズに魅了された結果、キャシー=レイノルズこそが青年時代の私の「溌溂たる若さに輝く美しい娘」の代表格となった。私は今でも、女優の魅力度の点で、デビー・レイノルズとキャリー・フィッシャーでは、比較を絶する大きな差があると信じている。なお、娘のキャリーが急死した翌日(2016年12月28日)、母のデビーも脳梗塞で死去(84歳没、合掌!)。】



音譜 cf. Eddie Fisher “Oh ! My Pa-Pa” :


音譜 cf. Eddie Fisher “Cindy, Oh Cindy” :


音譜 cf. 『雨に唄えば』― Gene Kelly+Debbie Reynolds+Donald O'Connor(ドナルド・オコーナー、1925~2003) “ Good Morning” :
2018年1月25日(木)「ココロヲ・動かす・映画館○」(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-8-15、JR吉祥寺駅北口徒歩約5分)で、18:30~鑑賞。

作品データ :
原題 MISS SLOANE
製作年 2016年
製作国 アメリカ フランス
配給 キノフィルムズ
上映時間 132分




『恋におちたシェイクスピア』『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』のジョン・マッデン監督が『ゼロ・ダーク・サーティ』のジェシカ・チャステインを主演に迎え、天才的な戦略を駆使して政治を影で動かすロビイストの知られざる実態に迫った社会派サスペンス。全米500万人の銃愛好家や莫大な財力をもつ敵陣営(銃擁護派)に果敢に戦いを挑む、女性ロビイストの奮闘をスリリングに描き出す。脚本は元弁護士のジョナサン・ペレラによる初の書き下ろし。共演にマーク・ストロング、ジョン・リスゴー、マイケル・スタールバーグ、サム・ウォーターストン。

ストーリー :
ワシントンD.C.で、スパーリング上院議員(ジョン・リスゴー)による聴聞会が開かれていた。召喚されているのは、敏腕ロビイストとして名高いエリザベス・スローン(ジェシカ・チャステイン)。大手ロビー会社「コール=クラヴィッツ&ウォーターマン」在職中に手がけた仕事で不正を行なっていたとされ、その真偽が問われている…。
聴聞会から遡ること、3か月と1週間前。エリザベスは、「コール=クラヴィッツ&W」の花形ロビイストだった。勝つためには手段を選ばず、一切の妥協を許さない仕事ぶりはクライアントから高く評価され、政府やメディアからも一目置かれる存在だった。
エリザベスは銃擁護派団体からの仕事を依頼されていた。新たな銃規制法案に対し、女性の銃保持を認めるロビー活動で、廃案に持ち込んでくれというのだ。団体の代表者は議員たちにも強い影響力をもつ人物だが、エリザベスは彼の目の前でその仕事をきっぱりと断わる。その結果、上司のデュポン(サム・ウォーターストン)から、「依頼を断るなら、君にいてもらう必要はない」と言い渡される。
その夜、パーティに出席したエリザベスは、銃規制法案の成立に尽力する小さなロビー会社のCEO、シュミット(マーク・ストロング)から、自分と一緒に闘わないかと誘いを受ける。次の日、エリザベスは部下を引き連れ、シュミットの会社へ移籍。卓越したアイデアと大胆な決断力で難局を乗り越え、形勢を有利に変えていく。
だが、巨大な権力をもつ銃擁護派団体や元同僚も負けてはいない。エリザベスの赤裸々なプライベートが暴露され、スタッフに命の危険が迫るなど、事態は予測できない方向へ進んでいく…。

▼予告編


▼本編映像 《移籍》


▼本編映像 《密談》


▼本編映像 《討論》


▼特別映像~「ロビイスト( lobbyist)」とは


▼ジェシカ・チャステイン(Jessica Chastain、1977~) インタビュー :


▼マーク・ストロング(Mark Strong、1963~) インタビュー :


■私感 :
見応えのある映画だった。この、日本人には馴染みのない、アメリカ政治を裏から仕切るロビイストの物語は、衝撃的な展開の連続で、私の興味と関心を強く引きつけてやまない。
何しろ、エレガントな魅力が満載の実力派女優ジェシカ・チャステイン~政治ロビイストの世界で辣腕を振るう「エリザベス・スローン役」~が、文句なくかっこいい!男性優位の社会にあって媚びず甘えず、ひたすら強靭な信念で職務~権謀術数に満ちた怜悧な知的ゲーム~に寝食も忘れて没頭する。そして、思いっきり高級なドレスを軍服のようにきっちり身に纏(まと)い、足元はハイヒール、深紅の口紅に黒のネイルという、いざ鎌倉の出で立ちは艶やかにして凛々しい!

チャスティンは様々なタイプの「個性的な女性」を器用に演じ分ける実力派女優として知られている。
私はこれまでに、彼女の出演作については、『ツリー・オブ・ライフ』(2011年、テレンス・マリック監督)→『ヘルプ~心がつなぐストーリー~』(2011年、テイト・テイラー監督)→『キリング・フィールズ 失踪地帯』(2011年、アミ・カナーン・マン監督)→『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012年、キャスリン・ビグロー監督)→『インターステラー』(2014年、クリストファー・ノーラン監督)→『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』(2014年、J・C・チャンダー監督)→『オデッセイ』(2015年、リドリー・スコット監督)の7作を鑑賞。
この7作どの作品にも彼女の高い演技力が感じられるが、私にとって特別に印象深い作品は、『ヘルプ~心がつなぐストーリー~』と『ゼロ・ダーク・サーティ』の2作だ。

前者(原題:The Help)は、キャスリン・ストケット(Kathryn Stockett、1969~)の全米ベストセラー小説“The Help”(2009)を映画化した感動のヒューマン・ドラマ。人種差別意識が根強く残る1960年代初頭のアメリカ南部ミシシッピ州ジャクソンを舞台に、白人家庭でメイドとして働く黒人女性たちと作家志望の若い白人女性の勇気と友情によって、旧弊な町に変革をもたらしていく様子を描く。
この映画は上流階級の娘ながら黒人メイドに理解と共感を示す白人女性スキーター(Skeeter)をストーリー展開の軸にしているが、色とりどりの人間模様を刻む女性たちが登場する「群像劇」の面も持つ。
同作の鑑賞中、登場キャラクターで私の目をぐいぐいと引きつけたのは、物語の中心人物である3人の女性【エマ・ストーン演じるスキーター+ヴィオラ・デイヴィス演じる黒人メイドのエイビリーン(Aibileen)+オクタヴィア・スペンサー演じる黒人メイドのミニー(Minny)】ではなく、ジェシカ・チャステイン演じる、白人セレブ階級の女性らから爪弾きされる白人女性シーリア・フット(Celia Foote)である。
シーリア=チャステインは、純真無垢で能天気でマイペースで、黒人対して一切の差別的な感情を持たない“お馬鹿さん”。人を束縛するもの~男とか女とか、出身とか年齢とか、身分とか学歴とか、人種とか民族とか国籍とか、人が差別というほとんどの差異~から自由な、その性根が限りなく美しい彼女の存在こそ、同作に得も言われぬ躍動感を、また安堵の空気感をもたらしている。

後者(原題:Zero Dark Thirty)は、9・11全米同時多発テロの首謀者にして国際テロ組織アルカイダの指導者、ウサーマ・ビン・ラーディン[ウサーマ・ビン・ムハンマド・ビン・アワド・ビン・ラーディン(Usāma bin Muhammad bin Awad bin Lādin、1957/03/10~2011/05/02)]の捕縛・暗殺作戦が題材のアクション・サスペンス映画。テロリストの追跡を専門とするCIAの若き女性分析官マヤ(Maya)の姿を通し、全世界を驚愕させた同作戦の“内幕”~作戦に携わった人々の苦悩や使命感、執念~を描き出す。
ジェシカ・チャステインは、死と隣り合わせの状況でも決して断念せず、ビン・ラーディンを10年間追い続けた、ヒロインの「強い女性」マヤを、迫真の演技で演じ切った。それこそクールで賢くて、男に靡(なび)かず、上司をはじめとする“権威”にも何ら臆さない、問答無用にかっこいいマヤ=チャステインではあった!