映画『サウルの息子』 | 普通人の映画体験―虚心な出会い

普通人の映画体験―虚心な出会い

私という普通の生活人は、ある一本の映画 とたまたま巡り合い、一回性の出会いを生きる。暗がりの中、ひととき何事かをその一本の映画作品と共有する。何事かを胸の内に響かせ、ひとときを終えて、明るい街に出、現実の暮らしに帰っていく…。

2016年2月4日(木)シネマカリテ(東京都新宿区新宿3-37-12 新宿NOWAビルB1F、JR新宿駅東南口および中央東口より徒歩2分)で、14:00~鑑賞。

作品データ
原題 SAUL FIA
英題 SON OF SAUL
言語 ドイツ語・ハンガリー語・イディッシュ語・ポーランド語他
製作年 2015年
製作国 ハンガリー
配給 ファインフィルムズ
上映時間 107分


一人のユダヤ人の勇気と尊厳に関する2日間の記録とホロコースト【ナチス・ドイツによる約600万人のユダヤ人に対する組織的大量虐殺】の実態を浮き彫りにした衝撃作。強制収容所に送り込まれたユダヤ人がたどる過酷な運命を、同胞をガス室に送り込む任務(下働き役)につく主人公サウルに焦点を当て、サウルが見たであろう痛ましい惨劇を観る者に想像させながら描く。ハンガリーの新鋭ネメシュ・ラースロー監督、驚異の長編デビュー作。ブダペスト出身の詩人で作家のルーリグ・ゲーザが主役に抜擢された。第68回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作品。

ストーリー
1944年10月、ビルケナウ絶滅収容所(アウシュヴィッツ第2強制収容所ビルケナウ)には、連日、移送列車(正確に言えば、家畜用貨車を連結したもの)で、大勢のユダヤ人が運ばれてきていた。彼らは到着するや、その場で、ナチスの軍医によって労働力になるかどうかで選別され、働けないと見なされた老人・女性・子供・病弱者などはガス室に送り込まれる。

「アウシュヴィッツ強制収容所」とは、1940~45年にかけてナチス・ドイツ占領地のポーランド南部・オシフィエンチム(ドイツ語名アウシュヴィッツ)市郊外につくられた、強制的な収容が可能な施設群の総称である。
主要な収容所として、1940年5月に「アウシュヴィッツ第1強制収容所(基幹収容所)」、1941年10月に「アウシュヴィッツ第2強制収容所ビルケナウ」、1942~44年に「アウシュヴィッツ第3強制収容所モノヴィッツ」が設立された。このすべてで収監された囚人が強制労働に就き、うち1つのビルケナウ収容所は長期間、絶滅収容所【ジェノサイド(大量虐殺)を主な目的とする強制収容所の一種】としても機能していた。
第1、第2の二つの収容所跡地は、1979年に「アウシュヴィッツ強制収容所」としてユネスコ世界遺産に登録され、「ポーランド国立オシフィエンチム博物館」が管理・公開している。なお、その世界遺産登録上の名称は2007年6月27日に、「アウシュヴィッツ=ビルケナウ ナチス・ドイツの強制・絶滅収容所(1940年-1945年)」に変更・改名された。


ハンガリー系のユダヤ人、サウル・アウスランダールーリグ・ゲーザ)は「ゾンダーコマンド」の一員で、同胞たちの衣服を脱がせ、ガス室へと誘導すると、残された衣服を処分して、金品を集める。ガス室の扉が閉ざされ、続いて阿鼻叫喚が響きわたる…。殺戮が終わると、彼は黙々とガス室の床や壁に散った血痕を拭い去り、折り重なって横たわる死体の山を焼却室で焼き、集めた遺灰を近くの川に捨てる。

ゾンダーコマンド(Sonderkommando)とは、ナチスが選抜し、わずか数か月間の延命と引き換えに、同胞であるユダヤ人の死体処理に従事する「特別労務班」のこと。

ある日、サウルはガス室で死にきれなかった息子とおぼしき少年を目撃する。ナチスの軍医に少年は容赦なく殺害されてしまうが、彼はその遺体を解剖室から持ち出し、何とかラビ(ユダヤ教の聖職者)を捜し出し、ユダヤ教の教義にのっとって手厚く埋葬しようと収容所内を奔走する。

※ユダヤ教では死後、救世主メシアが死者を復活させるために死体をそのままの状態に保つ必要があり、火葬は禁忌である。サウルが土葬に執着するのは、そのためだ。

ナチスの親衛隊(SS)による殺戮は、ますます残酷をきわめる。白昼、夜間を問わず、火炎放射器や銃撃によって、大勢のユダヤ人たちが無残に殺される光景が日常茶飯の出来事として繰り広げられる。
そんな中、ゾンダーコマンドの間では武装蜂起し、死体焼却炉を破壊して、収容所を脱走する計画が秘密裏に進んでいた。そして、ついにゾンダーコマンドが反乱を起こし、ナチスの護衛兵を射殺し、死体焼却炉を火薬で爆破することに成功。

※“ワルシャワゲットー蜂起”【第二次世界大戦中の1943年4月から5月にかけて、ポーランドのワルシャワ・ゲットーのユダヤ人レジスタンスたちが起こしたナチス・ドイツに対する武装蜂起】によって、他のゲットーや絶滅収容所の反乱も誘発された。抵抗者の多くは、自分たちが戦闘能力においてドイツ軍よりも圧倒的に劣ることを知りながら、戦って死ぬことを選んだ。
1943年8月2日のトレブリンカ絶滅収容所の反乱→1943年10月14日のソビボル絶滅収容所の反乱→1944年10月7日、ビルケナウ絶滅収容所では、ゾンダーコマンドの集団(囚人)が蜂起し、親衛隊の護衛兵を何名か殺害し、死体焼却炉を爆破する。この反乱はすぐに鎮圧され、彼らは全員殺害される。彼らに協力し、工場の火薬を提供した4人の女性囚人は、収容所が解放される数週間前の1945年1月6日に公開絞首刑に処せられた。
 

その熾烈な戦闘の混乱に乗じて、サウルも仲間たちと収容所を脱出。少年の遺体が入った麻袋をかき抱いた彼は、森の中に遺体を埋葬しようとする。だが、刻一刻、追手が迫るために、その場を離れ、川を渡っている途中で、少年の遺体を流してしまい、茫然と立ちすくむ。
彼は仲間たちと森の中にある小屋にたどり着く。ふと、入り口の方を見ると、そこに一人の純朴そうな少年が顔をのぞかせていた。終始、無表情だった彼は初めて、まるで自分の息子に再会したかのように、少年に微笑みかける…。

あらゆる感情を喪失してしまい、荒み切った表情のサウルが、ラスト近くで一瞬、見せる柔和な微笑み!それは、あまりに深い絶望に覆い尽くされた酷薄な世界の中に、一条の希望の光が垣間見えたような瞬間だった。

▼『サウルの息子』 日本語予告編



▼ SON OF SAUL アメリカ版予告編



私感
何とも凄い映画だ!
極限までシンプル化された「ホロコースト」の傑作!
死とほぼ同義である絶滅収容所の限界状況が息づまるような緊迫感に満ちた迫真力で描き出される!

本作では、これまで歴史の闇に葬られてきた強制収容所の悲劇の部隊“ゾンダーコマンド”にスポットが当てられている。
この「特別労務班」は入所の際、見かけだけの強健さから、一般被収容者(囚人)から引き離され、ナチス・親衛隊(SS)の命令どおり働かせられる側に回された集団だ。彼らは端的に言って、同胞ユダヤ人に対する“死への案内”役を務める。ナチスによるユダヤ人殺害の、その殺人幇助の仕事を遂行する。しかも、彼ら自身も3、4か月働かされた後に、口封じに~大量虐殺の証人を残さないよう~SSによって抹殺される運命が待っている。

主人公のサウルは、ゾンダーコマンドとして働いている。
彼はユダヤ人として自由を奪われた囚人=被害者でありながら、ナチスの命令どおりに同胞のユダヤ人虐殺に手を貸す犯罪者=加害者でもあるという、おぞましくも恐ろしい二重性を生きることを余儀なくされた人間だ。

映画の冒頭、男の着衣の背に記された、大きな赤い×印が映し出される。
カメラは男の動きを延々とワンシーン=ワンショットでとらえつづける…。

※この禍々しい「×」印は、SSが逃亡した者を狙い撃ちしやすいように作った「標的」である。

本作では、カメラは常に、ほとんど感情を露わにしないサウルの顔にフォーカスを当て、あるいは背後からその行動を手持ちカメラで追いつづけるという手法(定点観測)が徹底している。その結果、画面上では視界が極端に限定され、彼の背後で起きていること、人物たちは輪郭がぼやけて、曖昧で、不確かな、実在感を欠いたものに映る。見せたくないものを意図的に見せないように配慮しつつ、サウルの体験する過酷で悲惨きわまりない状況を、そのまま生々しく観客に経験させるという卓越した効果を上げている。
歴史の真実を限りなく忠実に描きつつも、殺戮の場所や出来事は断片的に(必要十分な情報だけ)見せることで、観客に“現実を再構成する”想像力を働かせる余地を残し、観客の心の中で個々ばらばらな断片をつないだ、絶滅収容所という地上の地獄に関する自分なりの全体像が紡がれる。

映画の冒頭シーン:
Σ 部屋に集められた数多くの老若男女が、次々に衣服を脱いでいく。男(サウル)は同じように×印の服を着た男たちとともに、シャワーを浴びたあとには熱いスープが待っていると伝えられた全裸の人々を、隣の部屋に誘導する…。

観客の私は、瞬間はっとする。
まさしく私自身がホロコーストの最終段階、大殺戮の現場(シャワー室ならぬガス室!)にただならぬ臨場性をもって否応なしに向き合わされているのだ!

Σ 扉が閉まると、(扉の外の)サウルの無表情な顔がアップになり、そこへ(扉の中の)阿鼻叫喚の響き~叫び声やうめき声や物音など~がオーバーラップされる…。

私は思わず息を呑む。(シャワーから出てくるのは、水ならぬ青酸ガス!)
人々の絶叫~殺されゆくユダヤ人たちの断末魔の声~、救いを求めて、ドア、壁を叩くくぐもった打音が、私の耳にこびり付いて離れない!
苦しみの末の、激しく、やがて弱まっていく、無数の打音は、私の想像力をマックスに高める音響である。それらは視覚性・触覚性をともなって、私自身の知覚を異様に生々しく侵略する。

Σ 部屋(ガス室)の中は、やがて静かになる。声が消えたら、サウルたちは扉を開けて、完全に青酸ガスの入れ換えを行なってから、中に入る。
と、肌色のものがいっぱい、床に倒れている…。死屍累々…。


ウワッ、怖い!(“Stücke”〈部品、パーツ〉と呼ばれる肌色の物体…殺されたユダヤ人の無惨な死体!)
一切の感情を圧したサウルの顔越しに見えるピンぼけの、周りが具体的によく見えない、その映像に、私は慄然と身を震わす。

Σ 短い暗転に続く次のカットでは、
サウルが血や汚物にまみれたガス室の床や壁を、タワシできれいに洗っている…。

私は天を仰いで嘆息する。
苦悶とともに絶命したがゆえの血と排泄物!
次の仕事(処刑)の準備作業にほかならぬ「ガス室」清掃!
……

私は本作の鑑賞中、まるで自分がサウルに乗り移り、そのままアウシュヴィッツにいるような感覚にとらわれつづけた。
私はサウルと共に行動しつづけ、サウルの呼吸がだんだん私のものになっていく…。
ずうっとサウルと一緒に、私は絶滅収容所の狂気~毎日数千人ものユダヤ人を機械的に処理する殺人工場!思考が停止し、ただ死の工場の歯車となった無機的な人間集団!~に飲み込まれ、閉鎖的な収容所内を切羽つまって闇雲に駆け巡るのだった…。

ナチス・ドイツによるホロコーストは、これまで数多くの映画で取り上げられてきた。
私自身が現に観たホロコースト映画を、さしあたり思いつくままに挙げれば、

夜と霧』(アラン・レネ監督、1955年、日本公開:1961年)
ソフィーの選択』(アラン・J・パクラ監督、1982年)
シンドラーのリスト』(スティーヴン・スピルバーグ監督、1993年)
ライフ・イズ・ビューティフル』(ロベルト・ベニーニ監督、1997年)
灰の記憶』(ティム・ブレイク・ネルソン監督、2001年) 
戦場のピアニスト』(ロマン・ポランスキー監督、2002年)
ヒトラー~最後の12日間~』(オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督、2004年)
白バラの祈り~ゾフィー・ショル、最期の日々~』(マルク・ローテムント監督、2005年)
ヒトラーの贋札』(シュテファン・ルツォヴィツキー監督、2007年)
カティンの森』(アンジェイ・ワイダ監督、2007年)
愛を読むひと』(スティーブン・ダルドリー監督、2008年)
イングロリアス・バスターズ』(クエンティン・タランティーノ監督、2009年)
黄色い星の子供たち』(ローズ・ボッシュ監督、2010年)
サラの鍵』(ジル・パケ=ブランネール監督、2010年)

この14作はすべて力作であり、秀作である。各作各様ながら、どの作品に対しても、鑑賞中も鑑賞後も、私はくっきりした好ましい印象をいだき、うたた感慨に堪えなかったものだ。

とはいえ、ここで強調すべきは、本作『サウルの息子』こそ、これらの映画よりもホロコーストの罪と暴力と闇を格段に深くとらえている点である。

そこでは、酸鼻を極めた、のっぴきならない状況に落ちこんだ一人の人間の2日間がありありとシンプルに描破され(“サウルの視点に止〈とど〉まり、彼の視力・聴力・存在を超えたフィールドに立ち入らない”)→よってもって、観客の想像力(⇒創造力)が激しく刺激され、観客の想像世界の中に絶滅収容所の恐ろしいシステムの有機的で連続的な映像が構築されていった…。

私は本作を見終わり、映画館外に出→帰宅し→今日に至るまで、この間ずっと、絶滅収容所の亡者の目をことさらに意識しつづけてきた。

1942年1月20日、ベルリンのヴァンゼー(ヴァン湖Wannsee)にある別荘で開催の「ヴァンゼー会議」で、「ユダヤ人問題の最終的解決」(Die Endlösung der Judenfrage)が決定された。
それは、ヨーロッパのユダヤ人を一人残らず地上から消すことを意味する―。

人間は一体全体、どこまで残酷になることができるのか !!

私たちはたじろがずに凝視しなければならない、
人類の中の狂暴性や凶悪性を!
文明社会が孕む自己破壊願望(本能)を!

20世紀において、人類の凶暴性が最も肥大化したのが、第二次世界大戦だった。
現在の世界の情勢には、当時と同じような、人類を破滅へと駆り立てる危うさがうかがえる。

人類が、私たち日本人が、自滅の道をたどらないためにこそ、負の遺産としての歴史を決して忘れずに、不断に見つめ直さなければならない。
私たちは苦難の歴史から目をそらさず、謙虚に学ぶ~“痛み”を負う~ことではじめて、未来に向かって着実に歩を進めることができるだろう―。