謎の金融日誌 -2ページ目

ハイブリッド証券 : 基礎(7)経済学的な意義②

ハイブリッド証券には、株主(経営陣)・債権者間の情報の非対称性の影響を緩和し、過大投資(資産代替)や過少投資問題を緩和する効果もあります。今回はこの点についてみてみます。

   現代の大企業は所有と経営は分離しているのが普通です。すなわち資金提供者(株主、債権者)は日常の経営にタッチせず、経営のプロである取締役や執行役 員といった人たちに経営を任せています。この委任‐受任の関係を経済学でプリンシパル‐エージェント関係とよび、受任者が必ずしも委任者の利益を優先せず に行動すること(とそれによる弊害)をエージェンシー問題といいます。
  エージェンシー問題が発生する原因は①プリンシパルはエージェントの行 動や能力に対して情報が過少であったり観察力に限界があること、②プリンシパルとエージェントの利害が不一致な場合があることです。これを資金調達と投資 の場合に限ってみてみると、「過大投資」(資産代替)問題と「過少投資」問題の2種類の問題があるといわれています。

(1)資産代替
  ここでは単純化のため株主=経営陣として、株主と債権者間の問題を取り上げます(巨額のストックオプションを付与されている経営陣は株主と利害をほぼ一にしているとみなせますね)。ある企業において2つの選択可能なプロジェクトがあるとします。
 (ア)リターンの期待値は低いが成功したときの価値は大きい(σ大)
 (イ)リターンの期待値は高いが成功しても価値は小さい(σ小)
  簡単にいえば(ア)はバクチのような案件であり(イ)は安全だが魅力は低い案件といえます。このとき、経営陣は(ア)を選択する誘因があり、債権者は (イ)を選択する誘因があります。なぜなら経営陣(株主)は失敗しても有限責任であるにもかかわらず成功すれば大きなリターンが見込めるからです。一方債 権者は失敗すれば投資が無駄になるのに、成功しても元本+利息を超えるキャピタルゲインを得ることができないからです。ところが企業の日々の投資案件の詳 細を知っているのは経営陣だけであり、意思決定も経営陣が行います。経営陣は債権者より情報優位にあるわけです。そこで経営陣は本当はハイリスクハイリ ターンであっても「この投資はリターンの期待値が高く安定している」として危険な投資を実行してしまったり、当初の計画を変更してリスクテイクしてしま う=過大に投資してしまう可能性が高くなります。これは債権者の冨を株主に移転させることにほかならないので資産代替問題とよばれています。
   さて、この問題を抑制するにはCBや転換権付優先株の利用が有効です。資金調達実行後に経営陣が投資計画を変更してしまう場合は転換権を行使して経営に参 加することが可能です。また当初の目論見より株式のリターンが上がりそうならば、社債から株式に転換してキャピタルゲインを得ることもできます。ミクロ経 済学の用語を使って言えば、ハイブリッド証券には資金の調達と投資実行の時点の違いによる「誘因の動学的不整合性」を緩和する機能がある、ということにな ります。

ハイブリッド証券 : 基礎(6)経済学的な意義①

 今回は実務的な有用性の観点を少し離れて、「そもそもこのような証券が存在する客観的な意味、経済学的な意義」について考えてみます。

まず取り上げるのは、「業績の不確実性が高い場合に投資家のリスクを抑制する」という効果です。

  ベンチャー企業や業績が急に悪化した企業の場合、信用リスクが高いため一般投資家がなかなか投資できません。CBであれば、業績が伸びなければ社債のまま 償還してもらい、業績が伸びれば株式へ転換することによりキャピタルゲインを獲得できるため、ハイリスク案件の投資家を呼び込むリターンを提供することが できます。
 よりフォーマルには、CBの価値を以下のように考えます。

 CBの価値=社債の価値(A)+転換権の価値(B)

  ここで、業績の不確実性をその企業の資産価値のボラティリティσの大きさとすると、σが大きいほど社債のデフォルトの可能性が高まりますから(A)は小さ くなります。一方、転換権=コールオプションの価値はσの増加関数ですから、業績の振れが大きいほど(B)は大きくなります。したがってσの影響は(A) と(B)とで反対方向となるため、全体としてのCBの価値は不確実性があっても相対的に影響を受けにくくなります。したがって、このような状況下では社債 もしくは株式のいずれかで投資するよりも、CBのようなハイブリッド証券で投資することでリスクの抑制とリターンの確保を狙うことができることになりま す。
(つづく)

ハイブリッド証券 : 基礎(5)発行会社のねらい③

(買収防衛への利用)
ハイブリッド証券は買収防衛にも応用することができます。今回はこの点について考えてみましょう。

 転換権 や新株予約権といった手段は、「通常は株主価値の希薄化を招くので多用しないが、敵対的買収などの非常時には一定の条件で発動させる」ように設計しておけ ば買収防衛手段になります。これはポイズン・ピル(毒薬条項)という形でここ数年多くの企業で導入されました。ポイズン・ピルの名称は、買収防衛策が発動 されると毒薬のように浸透して買収者の持株比率が希釈かされるというイメージからきています。いろいろ細かいバリエーションがあるのですが、中心は新株予 約権(ライツ)を一定の条件の下で買収者以外の株主に割り当てる「ライツプラン」と呼ばれる方法となります(敵対的買収防衛策自体はライツプラン以外にも さまざまな手法が存在しており、それらが場面に応じて併用されます)。

 ライツプランはおおまかに「信託型」と「事前警告型」の2種類に 分かれます(この分類、名称は2005年の経済産業省「企業価値研究会報告書」を契機として一般に広がりました)。ここでは買収防衛の議論に深入りしませ んが、最近の防衛策の概要とハイブリッド証券の関係をごく簡単にみておきます。
 まず買収防衛策ですが、「信託型」は、平時において株主総会の特 別決議を経て新株予約権を発行し信託銀行に信託しておきます。実際に敵対的買収者が現れたら取締役会の判断で新株予約権の割当てと行使を行わせることで、 買収者の持株比率を引き下げてしまうのです。しかしこの方法は取締役会の保身に用いられる恐れがあるとされ、採用数は多くありません。一方、「事前警告 型」は平時に予め買収者が従うべき買収手続を明確に定めて公表しておきます。たとえば買収後の事業計画や買収方法の妥当性といった点について十分に説明さ せます。その上で問題があると経営陣(取締役会)から独立した第三者委員会が買収防衛策の発動について助言を行い、発動するか発動しないかが決められま す。発動されればライツプランが始動し、発動されなければTOBの方法により買収手続が開始されることになります。現在はこの事前警告型が手続の透明性が 高いとして導入の主流となっています。

 さて防衛策の典型は以上のとおりですが、これを型どおりに導入するには株主総会の特別決議が必要 になるなど手続が煩雑です。また防衛策の導入に否定的に反応する株式市場からは、株価下落の反応を招く可能性があります。そこで、実際の資金調達に資する こと・株主価値の希薄化を回避すること・買収防衛にもなる、という方法を考案するニーズがでてきます。そのために、議決権のないハイブリッド証券で必要資 金を確保しながら、証券の引受者に同時に新株予約権をセットで割り当てることが考えられます。行使条件がいわゆる有利発行だとか不公正発行に該当しないよ うにすれば、友好企業との「株式持ち合い」の代替策になりうるわけです。ただし実際にキャッシュアウトを伴いますから、事業会社からよりはメインバンクに 融資の代わりとして対応してもらうなどの利用法になるでしょう。

 ※発行価格に合理性が欠けており、引受者にとって著しく有利な場合は「有利発行」として
  他の株主から発行差止めの仮処分を裁判所に請求される場合があります。また「合理的な
  資金使途がなく、経営陣の保身を目的として他の株主の持株比率引下げを意図している場合」
  には不公正な発行として発行差止めの請求が出される場合があります。

  上記の買収防衛的な例として挙がるのは新日鉄が2006年11月に発行したハイブリッド証券です。このときは海外子会社が発行した優先出資証券を邦銀3行 (みずほコーポレート、三菱東京UFJ、三井住友)に引き受けてもらっています。この証券には新日鉄本体が発行する劣後CBへの交換権が付いていて、行使 価格740円が当時の新日鉄の株価よりかなり高かったため(2006年7月~9月の3ヶ月間の月末終値はいずれも400円台)、「買収防衛策とも受取れ る」という報道がありました(2006年11月16日付日経金融新聞)。ちなみに潜在的な希薄化率は5.96%でした。とはいえ、このような手法はどの会 社でも「買収防衛のためです」などとは認めないでしょうし、そもそも2006年頃の鋼材需要逼迫時に新日鉄に資金の実需はあったと考えられるので、憶測に 過ぎないともいえます。

ハイブリッド証券 : 基礎(4)発行会社のねらい②

発行コストの抑制)
 ハイブリッド証券を調達コストの抑制という観点でみてみます。これはハイブリッド証券を利用する目的というよりも、発行に当って工夫が必要な考慮点くらいの意味です。
 
普 通株の増資で資金調達を行う場合、想定されるコストは株式資本コストです(当然ですが資本のコスト=毎期の配当とは考えません)。資本コストは一般的に CAPMで考えるとすれば、リスクフリーレート(長期国債の利回り)+リスクプレミアムとなります。このリスクプレミアムは各銘柄に固有のβと<各銘柄と リスクフリーレートの収益格差>の積ですね。ハイブリッド証券を必要とする場合などはβがそれなりに大きい銘柄でしょうから、資本コストはリスクフリー レートに比べ無視できない高さになるでしょう。ただし近年のようにリスクフリーレートが低すぎるとCAPMから推定した資本コストが必ずしもその銘柄に妥 当するとは限りません。市場関係者はむしろ「国債利回りやスワップレートに対してどのくらいのスプレッドを上乗せするか」、というマーケットの相場感で資 本コストを判断していると思われます。

 さて、普通株だけで資金を賄うと上記のように資本コストの負担が重くなってしまい、資金使途であ るプロジェクトのIRRが資本コストと見合わなくなってしまう場合もあるでしょう。といってコストの安い借入や社債を使えば負債比率が上がってしまうの で、ハイブリッド証券でなるべく普通株式より低いコストを実現するニーズがでてくるのです。よくあるパターンは、社債に普通株への転換権を付与することで オプション価値を上乗せする代わりに、その対価として社債のクーポンをゼロないしきわめて低いレートにするケースがあります。もっとも、オプションは社債 と一体として設計されるのが通例なのでオプション単独での価値はあまり計算されません。

(投資家への甘味材の添加)
 発行コスト の抑制の項でも書きましたが、多くのハイブリッド証券では普通株式への転換権が付与されています。発行コストを抑制する技術的な観点もありますが、本来は むしろリスクの高いハイブリッド証券に対する投資家の呼び水(甘味材)の役割が大きいといえます。現時点で業績があまり良くなくても、調達した資金で高い 価値のあるプロジェクトを実施して企業価値が上昇すると期待できれば、株価はやがて回復するでしょう。そうすれば転換権のオプション価値が高まり、ハイブ リッド証券自体の転売益や転換権の行使による利益が見込めるようになります。また企業再生などの案件では経営危機などの万一の際に備えて優先株保有者に議 決権を与える道を残しておくとか、非上場化した案件で再上場を狙う場合の上場益をアップさせるために新株予約権を付ける(エクイティ・キッカーなどといい ます)といった方法が採られることもあります。
(つづく)

ハイブリッド証券 : 基礎(3)発行会社のねらい①

 企業がハイブリッド証券を利用する目的はさまざまですが、おおまかにいえば「財務基盤の強化」・「株主価値の希薄化の回避」・「発行コストの抑制」・「投資家への甘味材の添加」・「買収防衛」などが挙げられます。以下順番にみていくこととします。

(財務基盤の強化) 
  ハイブリッド証券は自己資本の強化がまず第一目標の場合が多いかと思います。特に、業績が悪化して自己資本が目減りしている企業で普通株での調達が難しい 場合や、自社の業績はそれほど悪くないが市況や需給が悪化しており株価の面で自信が持てない企業、負債を今よりも増やすと信用リスクの増大が懸念されたり 格付けの低下の可能性がある企業などでの利用が考えられます。

(株主価値の希薄化の回避) 
 自己資本の増強といっても、ただ単 に普通株式で増資すると既存株主の持ち分が希薄化するリスクがあり、株価が却って下落してしまいます。また普通増資を大幅に行うと定款で定める発行済株式 数の上限に抵触してしまう場合があるかもしれません。したがって株主価値の希薄化をできるだけ抑制した形で資金調達する必要があります。そのためにハイブ リッド証券の商品性が重要となります。
 特に上場企業の場合は負債比率が高まれば格付けの低下や調達コストの上昇といった形で資金調達のアベイラ ビリティが狭まることに注意が必要です。ハイブリッド証券の発行にあたっては事前に格付会社と協議して「資本性」について認めてもらう段取りをとります。 資本性とは「そのハイブリッド証券がどの程度資本としての性格を持っているか」という程度を指し、各格付け会社が独自の基準を定めています。細かい技術的 な点を除けばポイントは以下のとおりです。

 ①元本の償還の有無
  → 元本償還がなければ資本性が高くなります。
 ②満期の有無・満期までの期間の長さ
  → 永久債や50年債など満期が長いほど資本性は高くなります。
 ③配当や残余財産の請求権の順位
  → 配当や残余財産の請求権が他の債権者より劣後するほど、資本性が高くなります。
 ④配当の支払方法、累積ベースでの支払いかどうか、配当支払の停止条件
  → 配当が固定しているほど負債に近く、業績や利益に連動するほど株式に近い=資本性
   が高くなります(一般にはLibor+○bpといった方法で金利や配当が決まります)。また過去
   の配当を累積して支払う義務がなければ資本性が高くなります。また業績その他の条件に
   より配当支払が停止される可能性が高いほど、やはり資本性は高くなります。 
 ⑤コール条項
  → コール条項とは発行会社による償還オプションです。この条件が無いものや基準が厳しい
   ほど資本性は高くなります。

 資本性は0%、25%、50%、75%、100%などの数段階で判定されます(数字が高いほど普通株に近い)。ある証券の資本性が75%といった場合は、その金額の75%が資本とみなされ、格付け判断上の負債比率の計算から外されることになります。
(つづく)