男と女のオハナシ。 | 33歳☆結婚カウントダウン→新婚編■

男と女のオハナシ。

「家族」(1918)




私の大好きなエゴン・シーレの最後の代表作「家族」(1918)。
この画家の生涯と絵についてはこちら
をご覧下さい。


今日はワタシの永遠の謎であり研究テーマでもある「男」と「女」の
違いについて書いてみたいと思います。

まずはワタシの事から。

小さい頃から両親も仲良く、弟とも親友のようにしていたワタシは「男」も「女」も
同じ人間だと思っていました。

共学の高校だったこともあり、男女仲良く遊べる事は自分にとって普通のことでした。

それが崩れたのは大学の時。

その時付き合っていた彼がどうしようもない程の女好きで
浮気も本気も入り交じった数々の所行は、それまで何も免疫のなかったワタシには
衝撃でした。

泣いても怒ってもけしてやめてくれませんでした。

「どうして?」と聞くと

「気持ちイイから。」

彼の心を考えても考えても理解できない。
いざこざが多く、病気のようになってしまいました。
いえ、多分心の病気だったと思います。

家族に紹介もされ、結婚も考えていた相手だったからぼろぼろになりました。

別れてから3年程は誰とも付き合わず、1人でいました。

仕事も満足にできない状態でした。

でも、年月が立つうちに癒されるものなのですね...
そのうちにだんだん元気になり、仕事も自分も順調になった頃、
また彼ができました。

その彼とは仕事上で知り合った相手なのですが
ここでも付き合ううちに少しづつすれ違いはじめました。

土日に仕事にゆく彼が我慢できなかった。

責めたり怒ったり。
なぜそこまでストイックに仕事をしなければならないのか
わかりませんでした。

俗にいう「仕事とワタシとどっちが大事なの?」現象です。

そして、それ以上に友達や趣味仲間との時間を大事にする彼。

束縛をするワタシと彼の間に存在する亀裂....。
だんだん深まる暗くて深い溝......。

そして別れ。

ここでも泣いたりケンカしたり。
最後の日、彼は泣きながら「さよなら」といってバンドの練習に出かけました。

半年後また付き合いましたが、同じ理由で別れました。


恋愛を通して、だんだんとわかりはじめた事。

それは
「男」と「女」はまったく違う生き物である、ということ。


「お互い理解しあう」の本当の意味をすこしづつ知りました。

大事な物事の順位や表現の仕方、捕らえ方は男女で全く違う。

同じ人間であるから、わかりあえるというのは間違い。

「どれだけ違うのか」を理解しあうのが本当の理解なのではと......。


「どうしてわかってくれないの?」

「どうして自分のようにしてくれないの?」

「どうして私を一番優先してくれないの?」



.....こんな意味の言葉をくり返していたように思います。

そして帰ってくる言葉は常に期待していたものではなかった。

そんなことに気がついて、「そういうものなのだ」と
思えるようになったのは28の時でした。



傷つくのはいつまでたっても変わらない。
傷ついた心が癒えるのには何十倍もの年月がかかる。


でも見返りを相手に要求しないでもいられるように。
相手を責めなくともいられるようになりました。

少なくとも昔よりは.........。


これもユーミンも言っているように
「神が与えてくれた大切なレッスン」だったのかなと思えるようになりました。
(年代が知れますね 笑)

もしも今、傷ついている人がいて
それが男女関係であったなら

それが愛する伴侶が相手であったなら。

それは未来の自分達に必要な「レッスン」なのかもしれません。
それがよりお互いの絆が深まるための必要悪なのかもしれません。


「自分と違う相手」を

悩みつつ、不思議がりつつ、泣いたり怒ったりしながら

それでも愛しながら

生きていきましょ。



ワタシも何か合った時は

アメブロの皆さんに

どっぷり甘えつつやっていきたいと思います。(笑)

よろしくお願いします。


(追記)

タケ王子より詩のTBいただきました。
ワタクシ不覚にも泣いてしまいました........。

ありがとうございます。

→記事はこちら。「シラナイクセニ」